ジョン・ブラナー『テラの秘密調査官』関口幸男訳(ハヤカワ文庫、78)
関口幸男訳である。あいかわらずの隔靴掻痒訳。文脈を咀嚼せず(脳を通さず)機械的に英単語を日本語(極端な話、英和辞書を引き最初に出てくるような一番一般的な日本語)に置き換えているだけのように思われてならない。たとえば64pの「教育」は「education」の訳なのだろうけれど、この場面でこの訳語は妥当だろうか。
――きわめて辺境の惑星ツァラトゥストラは750年前、主星のノヴァ化で滅びたと考えられていた。実は一部の住人は船団を組んで宇宙に逃れ、複数個の近傍の太陽系に分散避難していた。それが銀河連邦軍団のパトロール隊によって発見されたのは、やっと120年前のことだった。そのときには避難者世界の文明は退化し歪んだものに変化していた。
銀河連邦の方針は、干渉せず、それら諸世界の自然な発展を見守る(ただし銀河連邦以外の勢力が介入しないよう、数名の秘密調査官を、気づかれないよう現地に常駐させ、監視は怠らない)というものだった。
さて、それら諸世界のひとつであるZRP(ツァラトゥストラ避難民惑星)第14号惑星が本書の舞台。
この惑星の最大都市キャルリッグでは毎年一回、一年のはじまりである春分の日に対応する<最初の新月>の日に、「王狩り」を行ない、「王殺し」を果たした者が、その一年間キャルリッグの支配者となることになっていた。
ただしこの「王」とは、キャルリッグの北面を領するスモーキング山脈に生息する「翼竜(パラダイル)」のことで、「翼竜」氏族以外のトーテム氏族からそれぞれ代表を出し、グライダーで「王」と闘うのだ。ただし誰も「王」を倒せなかったときは、「翼竜」トーテムのパラダイル氏族が(暫定的)支配者となる。
このところ10年以上、(パラダイル氏族の策謀もあり)王を倒した者はなく、年輪を経て王はますます強大化していた。しかし今年はトウィウィット氏族の族長の息子サイクマルが成長し、「王」を倒す者があるとすればそれはサイクマルであろうというのが巷間専らの噂であった。
ところが当日、異例にも何処の出身者とも判然とせぬベルフェールなる異国人が参戦を表明し、不思議な稲妻めいた光線で、あっけなく「王」を斃してしまう。そうして彼は「一族」を率いて、キャルリッグの支配者としておさまってしまったのだ。
実は彼らは銀河連邦傘下の惑星キュクロプスの無法者たちで、偶然(軍の秘密条項であった)ZRPの存在を知り、かつスモーキング山脈に大量の核物質が埋蔵されていることを聞きつけ、上記の振舞いに及んだのである。
これより以前、キャルリッグ駐在の連邦軍秘密調査官はベルフェールによって殺害されており、上記の情報を連邦軍が把握するまでになお半年が経過していた。
遅まきながらの連邦軍の反応は、新任の調査官を現地に派遣することであった。選任されたのはマッダレナ・サントスという若い女性で、資格はまだ正式登用以前の「仮及第者」、しかも美人ではあるが地球本国出身であることをはなにかけ、我儘にして驕慢、口を開けば不平不満しか出てこないという、札付きの問題児で、地球へ戻されることが決まっていた。しかし幸か不幸か、軍団に余剰の人員がなく、急遽彼女を派遣するということになったのであった……。
というのが設定。ここまでで既に本書のボリュームの半分が消費されている。
――彼女を乗せた着陸艇がZRP14軌道に実体化したとき、謎の宇宙船からの攻撃を受ける。マッダレナは緊急脱出し、北極に近い高緯度地帯に不時着する。
そこで彼女が見たのは、750年前に避難民を乗せツァラトゥストラを出発してこの惑星に不時着した避難船の残骸であった。それはいまだ半分機能しており、この世界の「逃げ込み寺」としてきわめて年老いた尼僧によって支配運営されていた。そこには、キャルリッグを脱出したサイクマルが匿われていた。そして彼はこの厳寒の地に生息するはずがない若い翼竜を上空に見出す――
という風に、この後どうなるのかと、わくわくさせられるのだが、後半はシノプシスみたいに急速に話は流れていく。本来ならば400ページは必要な物語が、実にあっさりとした中編小説に収まってしまったのは残念。
また、「翼竜」がかなり高い知能を有することが明らかになるのだが、その「知能」が、ほとんどペットのイヌ並みに扱われているのには、これは私が日本人だからかもわからないが、不満が残った。
サイクマルと若い翼竜の関係が、対等な「友情」ではなく、飼い主と飼い犬の関係なのだ。人間と動物の間に厳然たる一線を引く英米的な無意識の認識的慣性から、著者は免れていない。この辺がブラナーのスペキュレーションの弱さだろう。多作も関係しているに違いない(原著、62年)。
関口幸男訳である。あいかわらずの隔靴掻痒訳。文脈を咀嚼せず(脳を通さず)機械的に英単語を日本語(極端な話、英和辞書を引き最初に出てくるような一番一般的な日本語)に置き換えているだけのように思われてならない。たとえば64pの「教育」は「education」の訳なのだろうけれど、この場面でこの訳語は妥当だろうか。
――きわめて辺境の惑星ツァラトゥストラは750年前、主星のノヴァ化で滅びたと考えられていた。実は一部の住人は船団を組んで宇宙に逃れ、複数個の近傍の太陽系に分散避難していた。それが銀河連邦軍団のパトロール隊によって発見されたのは、やっと120年前のことだった。そのときには避難者世界の文明は退化し歪んだものに変化していた。
銀河連邦の方針は、干渉せず、それら諸世界の自然な発展を見守る(ただし銀河連邦以外の勢力が介入しないよう、数名の秘密調査官を、気づかれないよう現地に常駐させ、監視は怠らない)というものだった。
さて、それら諸世界のひとつであるZRP(ツァラトゥストラ避難民惑星)第14号惑星が本書の舞台。
この惑星の最大都市キャルリッグでは毎年一回、一年のはじまりである春分の日に対応する<最初の新月>の日に、「王狩り」を行ない、「王殺し」を果たした者が、その一年間キャルリッグの支配者となることになっていた。
ただしこの「王」とは、キャルリッグの北面を領するスモーキング山脈に生息する「翼竜(パラダイル)」のことで、「翼竜」氏族以外のトーテム氏族からそれぞれ代表を出し、グライダーで「王」と闘うのだ。ただし誰も「王」を倒せなかったときは、「翼竜」トーテムのパラダイル氏族が(暫定的)支配者となる。
このところ10年以上、(パラダイル氏族の策謀もあり)王を倒した者はなく、年輪を経て王はますます強大化していた。しかし今年はトウィウィット氏族の族長の息子サイクマルが成長し、「王」を倒す者があるとすればそれはサイクマルであろうというのが巷間専らの噂であった。
ところが当日、異例にも何処の出身者とも判然とせぬベルフェールなる異国人が参戦を表明し、不思議な稲妻めいた光線で、あっけなく「王」を斃してしまう。そうして彼は「一族」を率いて、キャルリッグの支配者としておさまってしまったのだ。
実は彼らは銀河連邦傘下の惑星キュクロプスの無法者たちで、偶然(軍の秘密条項であった)ZRPの存在を知り、かつスモーキング山脈に大量の核物質が埋蔵されていることを聞きつけ、上記の振舞いに及んだのである。
これより以前、キャルリッグ駐在の連邦軍秘密調査官はベルフェールによって殺害されており、上記の情報を連邦軍が把握するまでになお半年が経過していた。
遅まきながらの連邦軍の反応は、新任の調査官を現地に派遣することであった。選任されたのはマッダレナ・サントスという若い女性で、資格はまだ正式登用以前の「仮及第者」、しかも美人ではあるが地球本国出身であることをはなにかけ、我儘にして驕慢、口を開けば不平不満しか出てこないという、札付きの問題児で、地球へ戻されることが決まっていた。しかし幸か不幸か、軍団に余剰の人員がなく、急遽彼女を派遣するということになったのであった……。
というのが設定。ここまでで既に本書のボリュームの半分が消費されている。
――彼女を乗せた着陸艇がZRP14軌道に実体化したとき、謎の宇宙船からの攻撃を受ける。マッダレナは緊急脱出し、北極に近い高緯度地帯に不時着する。
そこで彼女が見たのは、750年前に避難民を乗せツァラトゥストラを出発してこの惑星に不時着した避難船の残骸であった。それはいまだ半分機能しており、この世界の「逃げ込み寺」としてきわめて年老いた尼僧によって支配運営されていた。そこには、キャルリッグを脱出したサイクマルが匿われていた。そして彼はこの厳寒の地に生息するはずがない若い翼竜を上空に見出す――
という風に、この後どうなるのかと、わくわくさせられるのだが、後半はシノプシスみたいに急速に話は流れていく。本来ならば400ページは必要な物語が、実にあっさりとした中編小説に収まってしまったのは残念。
また、「翼竜」がかなり高い知能を有することが明らかになるのだが、その「知能」が、ほとんどペットのイヌ並みに扱われているのには、これは私が日本人だからかもわからないが、不満が残った。
サイクマルと若い翼竜の関係が、対等な「友情」ではなく、飼い主と飼い犬の関係なのだ。人間と動物の間に厳然たる一線を引く英米的な無意識の認識的慣性から、著者は免れていない。この辺がブラナーのスペキュレーションの弱さだろう。多作も関係しているに違いない(原著、62年)。