チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

インテグラル・ツリー

2008年11月27日 00時45分16秒 | 読書
ラリイ・ニーヴン『インテグラル・ツリー』小隅黎訳(ハヤカワ文庫86、原著83)

 ハードSFを読むのは久しぶり。いやまさに「どこを切ってもハードSF」とでもいうべき作品で、満足しました。

 ほぼ太陽(ソル)と同サイズのG型恒星の回りを、1.67天文単位の距離で、太陽の半分の質量の、超新星爆発を起こして直系20キロメートルに縮んでしまった中性子星が回っている。その中性子星の回りを、地球の2.5倍ほどの、(もともとは木星型だった)惑星が回っています。
 ところがこの惑星、中性子星にあまりにも近いため(ロシュ限界手前)その豊富な大気(酸素と水がたっぷり含まれている。これは木星型大気に由来するスモーク・リングが形成されたのちに、植物によって光合成されたんでしょうね)が中性子星の潮汐力で引きずり出され、しかし中性子星に対して十分な速度を保っているため中性子星に落ち込まず、惑星軌道上にとどまっている。つまり惑星軌道上に大気のトーラスを形成している。
 そしてそのトーラスの中心部の細いリング状部分は密度も高く、1気圧に足らないにしても、ゆうに人の生存に適する環境となっているのです(スモーク・リング)。

 これすなわち「大気のある宇宙空間」! 大気はあるが重力はない(地面もない)。
 いわば空中しかない世界なのです!(はっきりいってこの着想だけで既に「勝ち」です(^^;)
 そこには、そのような環境に適応した動植物(当然生物は皆羽根や翼をもっている。外来の人類以外は)に満ち溢れており、また、500年前に遭難した人類が、科学文明は失いながらも、空中に浮かぶ巨大な積分記号(∫)状の樹の両端に住みついています(潮汐力により両端では逆向きの擬似重力がある)。

 そんな世界で、潮汐力によってまっぷたつに引き裂かれたインテグラルツリーから辛くも脱出した少数の一族が否応なく冒険に踏み出し、そのことによってはじめて他の樹木や浮かぶジャングルに住む別の人類の存在を知り、交流し、やがては遭難した人類が、そもそもそれに乗ってこの世界にやってきた宇宙船を司り、500年間まどろんでいた(というと語弊がある)存在の目にとまる……

 おお、なんたる魅力的な世界設定! ただ、前半は快調なんですが、後半になるとストーリーがいささか心許なくあやうくなってきます。そういえば『リングワールド』でも後半は青息吐息でなんとかゴールインしたという印象があり、どうもニーヴンという人、本来物語作家ではないのかも。

 とはいえ圧倒的な世界設定がそのような不足を補って余りあり、戦闘場面は退屈しましたが、「脱出は簡単、ただ飛び出して拾ってもらえばいい」という冒頭のとってつけたような記述が伏線として後半で機能していてなるほどと感心したり、最後まで楽しく読み通すことができました。いや面白かった。

 『リングワールド』のように派手ではないけれども、その分「ディズニーランド」的な雰囲気(訳者あとがきに従えば「作り物の軽さ」)は免れていて、わたし的には好みでした。訳者あとがきにある「把握のゆとり」がよい方に効いた佳品であると思いました。それにしてもこの世界、実にもって魅力的で、続編があるのなら是非読みたい(^^)
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TOKYO BLACKOUT

2008年11月16日 15時54分50秒 | 読書
福田和代『TOKYO BLACKOUT』(東京創元社 08)

 本書も一気に読了。面白かったです。

 電力の大消費地・東京。その不夜城への電力の安定的供給は、各地の発電地帯と東京を結ぶ数本の、文字どおりのライフラインによって維持されている。その生命線を担う3本の鉄塔が何者かによって破壊され、酷暑の東京は未曾有の大停電に見舞われる……

 『ヴィズ・ゼロ』より一年あまり、期待の大型新人が満を持して繰り出した第2作は、田中光二に端を発する《パニックSF》の、その正統を襲う由緒正しき21世紀復活版だった!
 帯に「超弩級」という惹句が踊っていますが、看板に偽りはありません。願わくはタイトルは「大滅亡(ダイオフ)」の顰に倣って「大停電(ブラックアウト)」としてほしかった(>おい)

 という冗談はさておき、本篇は前作をさらにスケールアップ、パワーアップした快作でした。前作同様、実によく取材され、それが十全に作品に生かされており、読者は未曾有の大災害に襲われた首都を、ありありとしたリアリティを以って体感することができます。

 ところで、この大災害を引き起こしたのは、政治的テロリストだったのでしょうか? 違います。そこには22年前にさかのぼる、ある殺人事件が関与していました。殺されたのはテロの首謀者の実母でした。そして殺した殺人犯の名は……、

 ――東京。

 いやー、ハードボイルドですなあ(^^) とはいえこの動機で最後まで引っ張るのはさすがに強引なのですが、なぜ東京から<光>が奪われなければならなかったのか、が明らかにされるのが最後の最後ということもあって(当然作者は自覚的なはず)、リーダビリティは最後まで減衰することはありません。というか、「リアリティを超越した」<妄想的>動機だからこそ(そしてその妄想がリアリティで分厚く包み込まれているからこそ)いいのです。面白かった。

 ただ、蛇足ですが、スタンドつきの(ということは天体)望遠鏡で北斗七星の並びが分かるように見えることはありえないのではないでしょうか。双眼鏡なら分かるのですけど。大停電で星々が甦った東京の空というイメージは、それだけで感動的であり、望遠鏡などという小道具は不要だったかも。
 また、あとで刑事が覗いたときにまだ対象物を捕らえているというのも(いくら北天でも)考えにくいことですし、星座のかたち(想像された動物の姿)が浮かび上がってくるというのも、現実的ではない。北斗七星のように星と星が線で繋がって見えることはあり得ると思いますが。
 そういう意味ではラストのシーンは、「らしさ」にこだわる著者らしくもない机上のファンタジーになってしまっているのです。そういうくさい演出もまた一般読者を対象とするエンターテインメント小説には必要なのかも知れませんが。
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ヴィズ・ゼロ

2008年11月14日 00時21分27秒 | 読書
福田和代『ヴィズ・ゼロ』(青心社 07)

 一気通読。これはよかった! 予想以上の傑作でした。今まで読んでなかった不明を愧じるばかり。

 ハイジャックされた旅客機が関西空港に着陸させられる。おりしも台風が通過中で、橋一本でのみ、本土と繋がっている空港島は交通が遮断され、孤島と化してしまう。ハイジャックは13年前のある殺人事件と関係があった。13年前の事件の関係者が、敵味方に分かれ、奇しくも嵐の空港島に集結していた……

 おお、これは関空版「エアポート」ですね。綿密に取材がなされていて、それがありありとした臨場感を読者にもたらします。
 テーマは「ルサンチマン」。13年前の事件を、それぞれに引きずった男たちの「ルサンチマン」が、男たちの生きざまが、交差します。かっこいい。ハードボイルドです!
 読中一瞬ですが、私は、矢作俊彦を読んでいるような錯覚に捉えられました。本篇の男たちは矢作の登場人物たちに通ずるものがあります。もし本篇を矢作が読んだら気に入るのではないか。もとより矢作のことですから、気に入った上でいろいろ不満を並べ立てるでしょうけど(^^;

 ところで、「ハードボイル」と書きましたが、もちろん小説の形式がミステリのハードボイルド小説というわけではありません。警察庁情報部外事課や警視庁公安警察、スパイ、逆スパイ入り乱れる設定は、80年代に隆盛を極めた情報小説、謀略小説、それらを統合するかたちでの「冒険小説」のそれであるといえる。このような「冒険小説」はソ連崩壊による冷戦構造終結によって次第に衰微して行きました。またそういうバックグラウンドから離脱する「あがき」でしょう荒唐無稽化(バイオレンス・ファンタジー化)も同時進行して、結局90年代半ばには(ジャンルとしては)空無化してしまったというのが私の認識なんですが(尤もこの手の小説を最近殆どトレースしてないので、あるいは見当はずれな理解かも)、本篇はまさに往年のリアルな冒険小説の再来といえる。

 その意味で、本篇は「プロ小説」でもあるわけですが、ところが意外にも「アクション小説」の要素は殆どないのですね。ふりかえって、いわゆる「アクション・シーン」がごく少ないことに驚かされます。この点が爾余の「冒険小説」とは画然と区別できる本篇の特徴です。そのような特徴から、私は「冒険小説」というレッテルもちょっとそぐわないのではないかなという気もします。むしろ「冒険小説」に統合される以前の「情報小説」というレッテルのほうがふさわしいかも知れません。

 いずれにしても、新人のデビュー作品にしてこのレベル、将来どこまで進化を遂げるのか末恐ろしい。折りしも第2作『TOKYO BLACKOUT』が上梓された由、読まねば(^^)
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火星ダーク・バラード

2008年11月10日 02時29分11秒 | 読書
上田早夕里『火星ダーク・バラード』(ハルキ文庫 08)

 いやー面白かった。本格SFというよりも、火星を舞台にした一種の超能力SFです。ただしその超能力は科学によって生み出されたものという設定なので、もとより超自然ホラーとは一線を画するものではあるのですが、全体的なつくりはクーンツを彷彿させられました。
 その意味では予想と違っていたのだけれども、読み出したらそんな戸惑いはどこかにふっ飛んでしまった。まさにクーンツも顔負けのノンストップ・ノベルであり、500ページを超える長尺にもかかわらず、その圧倒的なリーダビリティで、一気に読まされてしまいました。

 筆力も並々ならぬものがありますね。最近の若手作家は描写をはぶく傾向があるように思うのですが、本篇は恰も70年代SFのようにびっしり書き込まれており、しかもそれが最後まで緩まず又走り出しもせず、どっしりと安定して揺るぐことがないのに感心しました。そういえば平谷美樹さんも描写力には定評がありますが、これは小松左京賞の特徴なのかな。好感を持たずにはいられません(^^;。

 ただ火星世界そのものの描写は最初にあるだけで、しかもそれがあからさまに「引き写し」的であるのがちょっと不満。たとえば光瀬龍や先日読んだ森下さんの「濡れた指」に強く認められる、SF者特有のといってよいでしょう「世界」そのものを描写することへの《嗜好》があまり感じられないのは、SF読みとしてはやや物足りないものを感じました。

 その代わり《人間》はよく描けていて、悪役も単なる悪役ではなく、どうしようもない変質殺人鬼であるジョエルですら、読者と通底する部分を有していて、単純な勧善懲悪は排除されています。
 堀さんの書評に指摘されているように、グレアムはある意味クラークの思想を体現しているのですが、ごく普通のSFファンなら無条件に(というか脊髄反射的に)肯定してしまうその思想を、著者は「ちょっと待て、〈人類〉ではなく〈人間〉のレベルに立ち帰ってよーく考えてみよう」といっているようで、その辺に私は著者の立ち位置の独自性を強く感じて興味深かったのでした。
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