チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

ランクマーの二剣士

2005年07月31日 13時44分19秒 | 読書
フリッツ・ライバー『ランクマーの二剣士』浅倉久志訳(創元文庫、05)

 これは面白かった。わたし的には今年のベスト作品かも。 
 前半の疾走がすばらしい。たとえば007映画には主題歌に入る前の導入部的シーンがありますが、そのようないわゆるお約束のプロローグである「1」から、既にして作品世界に引きずり込まれてしまいました。そのシニシズムとソフィスティケーションの極致というべき面白さを見よ!
 
 ライバーって、もとシェークスピア俳優でしたよね。「2」は良質の(その手の)お芝居を観ているような、デカダンで豪勢な雰囲気に満ちていて、「うま凄」です。この章だけでも極上の小品として堪能できます。

 「3」に入ると、一転「宇宙家族ロビンソン」的な冗談とも本気ともつかぬ通俗SF的世界がネーウォン世界に乱入してきて何ともいえぬ大騒動に(^^;

 「3」の後半は、マウザーによる「勝手に法廷劇」。あれれ古代世界たるネーウォンに、弁護士や裁判所制度があったのだろうか(>そんなはずはありません)。で、法廷劇の結末が決闘って……(汗)
 ライバーさん、やりたい放題で遊びまくっています!

 「おお、艦長よ、それなら、まず、このわたくしに銀の錘をつけて海に沈めなさい!」
 リューキーンの視線は彼女を越えて、ベッドわきの棚の上にある大きな取っ手のついた軟膏入れの銀の壺や、重い銀の鎖へとさまよった。(63p)


 ――なんて絶妙の可笑しさです。うますぎ(^^)

 という風に、冒頭部分をやや逐一紹介しましたが、このような前半の充実ぶりが後半まで行き届かなかった憾みがあるものの、実に面白く楽しめました。

 なんと申しましても、出てくる女(人間の女とは限りません)がすべて魅力的でよろしい。いえもちろんフィクションの中で、という意味でありまして、現実世界でこんな女たちに会いたいとは思いません。思うはずがありません。こんな「きっつい」女たちに囚った日には、私などはさしづめハミガキのチューブのように搾り取られ、かつは尻の毛までひっこ抜かれて道端にぽいと捨てられてしまうこと必定……(汗)

 ただそのなかで、ヒスヴェットが後半存在感を喪ってしまったのはいかにも残念でした。前半の際立った屹立ぶりから、もっと活躍するように(してほしいと)期待していたのですが。もっともF&Gにとっては、それはそれで由々しい事態ではあるわけですが。

 その代わりに、終盤になって大活躍というか大暴走(笑)するのが坊主頭のリーサ。おいおい、こんなタマ(!)と一緒になって大丈夫なのか>マウザー(^^ゞ

 ファファードがぞっこんとなるのが、食屍鬼にして透明の肉から透ける骨格が美しい女傑クリーシュクラですが、大男こそ偉丈婦に包み込まれたいと願うものなのでしょうか。

 謎の傍観者である美しき小間使いフリックスは、結局謎のまま夜空に消えてしまう。「アリリア」という新たな謎を残して。

 鞭愛好家にして君主グリプケリオの唯一の理解者である膨満しきった厨房の支配者、髭女のサマンダ……彼女もまた実にいい味を出していました。最後に宿敵リーサに厨房でジュウジュウ焼き殺されてしまいましたが。

 ――メリルが魅了されたのは、このような強い(自立する)女たちが過不足なく描かれているからでしょう。いずれにしましても、マウザー⊂リーサ、ファファード⊂クリーシュクラ、クリプケリオ⊂サマンダといった、男が女に包摂庇護されるという構図が看取されるわけです。

 ところでこの鼠の地下帝国の描写、非常に既知感が強かったのですが、何か下敷きがあるのではないでしょうか? アリスかな、と思いましたがアリス物語を既に忘却しているのでした。

 さて鼠どもは退治されグリプケリオは遁走した。ランクマーは清廉な新王のもとに平和が甦りました。めでたしめでたし。
 ――では終わりません。ライバーがそんなめでたしめでたし話を書くはずがありません。マウザーはいみじくもこう呟きます。

 聖者のようなラドミックス・キストマーセスの治下で、ランクマーが前以上に愚かな幻想と恥知らずな貪欲によって支配されるであろうことは明らかだった。なぜランクマーの神々が彼らの都市にあれほど怒りと絶望を抱いているのかがわかる気がした。(415p)

 その、最後に立ち上がったランクマーの神々の、なんと弱かったこと!(笑)
 それにしても、上のフリックスだけでなく、グリプケリオを乗せた潜水艇はどこに向かったのか? 回収されなかった謎がいくつか残りました。
 あまつさえ、F&Gと彼らの新しい(と書くのは以前にも二剣士は結婚しているからですが)伴侶たちの立ち向かう先での冒険物語がまだ語られておりません。

 というわけで、最終巻とは言い条、ファファードとマウザー、そしてネーウォンの物語は決して終わったわけではなく、本国でその後纏められた2冊のシリーズ本の翻訳の、可及的速やかなる実現を鶴首して待望するばかり。
コメント
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