チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

地球巡礼

2009年06月03日 00時00分00秒 | シェクリイ
ロバート・シェクリイ『地球巡礼』宇野利泰訳(ハヤカワ文庫78 原書57)

 「おれはときどき、お前たちロボットがうらやましくなる。いつも笑って、気苦労がなく、元気で」
 「それはたましいをもってないからです」(「人間の負う重荷」128p)


 シェクリイって、気の抜けた筒井康隆とかいわれますが(あれ、逆だっけか)、ヨコジュンの方がイメージとして近いんじゃないか。そんなことを読んでいて思った。共通イメージは「安全」。対して筒井康隆は「危険」という感じ。
 「人間の負う重荷」なんか、これ新喜劇です。最後の無理矢理予定調和的大団円といい(^^;。
 実は松竹新喜劇と書きかけて、もはや松竹新喜劇をほとんど思い出せないことに気づき松竹をはずしたのでした。吉本的なシーンもあるので、新喜劇と書くのは間違っていないと思う。吉本的なのは、男女がいい雰囲気のところへ、女の方の護衛ロボットが無粋にもというかKYにも職務忠実に「護衛」しに行こうとするのを、男の方のロボットたちがくだんの護衛ロボットの上に折り重なって阻止する場面とか(笑)。

 「この店での経験からいいますと、赤毛とブロンドのかたは精神分裂症に罹りやすいし、ブルーネットの人は躁鬱症になる傾向があります」
 「おもしろい話だな。するときみは、この店にながいことつとめているのか?」
 「1週間です」  (「悪薬」162p)


 「災厄を防ぐ者」に至っては、これはもうヨコジュンそのもの。というか、この話、荒熊雪之丞もののイレモノに入れたほうがずっと面白くなるのになあ、と読中ずっと感じていました。
 荒熊ものでは、宇宙人等の「この世のものならぬ」存在が、突然彼の部屋に飛び込んできて、そうして話が始まるというのが毎度のパターンです。本篇も同様の構造をとり、主人公が望んでもいないのに未来予知能力のある宇宙人(まあそんなものです)がまとわりついて、主人公の危機を予知し無理矢理避けさせる、という筋立て。ところがこの宇宙人、主人公はNY在住なのに、アジアやヨーロッパで起こる事故や災害まで気をつけさせようとして主人公にうるさがられる、そんなヤツなのです(笑)。もちろんこれでも十分に面白いんですが、幸か不幸か《ヨコジュン体験》を済ませてしまった日本のSFファンには、その筆の運びはなんともナイーブでもどかしいんですよね。これはぜひヨコジュンにリライトして欲しいものだ、と思ったことでした。

 ところで、唐突ですがシェクリイという人はソニー・ロリンズに似ていると思うのです。その歌ごころ、その豪放磊落なプレイには天性のものがあるのに、そういう資質に安住できず、右顧左眄してしまい、おのれを見失ってしまうところが、私にそう感じさせるようです。
 本書は57年刊の第3短篇集で、デビュー以来の絶好調がいまだ継続しています。著者は60年代にニューウェーブっぽくなりますが(ロリンズもまたいっときニュージャズに引き寄せられましたね)、本書ではまだスランプを知らなかった著者の、良くも悪くも童心、無邪気に書かれた作品が収録されている。著者のよき資質、歌ごころがのびのびと展開させられていて、素直に楽しむことが出来ます(といって、60年代の長篇も私はきらいではありません。でも誰でも楽しめるような作風でないのもまた確か。ちなみに私はロリンズ「橋」も好きです)。

 「無邪気」と書きましたが、それはF派として並び称されたブラッドベリと比べれば明瞭です。ブラッドベリがそのベースにマイノリティへの共感を確実に持っていることは、先日の『刺青の男』の感想にも書きましたし、『火星年代記』を読めば一目瞭然でしょう。
 対するシェクリイですが、上述の「人間の負う重荷」で主人公に尽すロボットたちは、明らかに黒人のメタファーになっており、むろん黒人への積極的な差別意識はありませんが、「主人(白人)に尽す忠実な黒人使用人」という構図が無意識裡に肯定されている。たぶんブラッドベリは、こういう描き方は認めないでしょう。

 この辺が、シェクリイのボンボン的な甘さで、あるいは後に示される「腰の据わらなさ」も、このあたりに起源しているのかも知れません。ですがこのような立ち位置は、実は50年代のSFの主要読者層にモロ重なっていたはずなんです。それゆえその健全で「安心」な作風が熱狂的に受け入れられたのではないか。

 ただ本人は、その現状に安住できればよかったのですが、そこまで鈍感でも馬鹿でもなかった。それから何とか脱しようとする努力の成果が、60年代長篇だったのだろう、というのが私の認識。しかしその志向性が、作家自身の資質をねじ伏せる方向だったのもまた間違いなく、それがシェクリイの不幸であったというのは反面で言い得るのではないでしょうか。
コメント
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