チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

短話ガチャンポン

2015年08月29日 22時51分00秒 | 読書
 眉村卓『短話ガチャンポン』(双葉文庫、15)

 数ヶ月前、眉村さんから「いま、長さも内容もバラバラな、エッセイみたいのや断章めいたのもある短い作品を書きためていて、『短話ガチャポン』というタイトルでまとめるつもり」というお話を伺いました。
 ちょうど「或阿呆の一生」を読んだばかりだったので、すぐにそれが頭に浮かびました。そんな感じですか、と訊きましたら、「まあ形式的にはそうですが、あんなに深刻なものではありません」とのことでした。
 本書がそれです。タイトルが「短話ガチャンポン」となったのは、「ガチャポン」という言葉が権利関係で使えないのと、ガチャンポンというのもそれなりに通用しているからのようです。

 さて、一読私が感じたのは、当初エッセイめいた軽い作品集かと想像していたのですが、意外にきっちり小説しているな、ということでした。軽く読み飛ばせないのです。短い作品も含めてすべてそれなりにずっしり重い。
 ああ、これはやっぱり「或阿呆の一生」の著者版だ、と思いました。
 芥川のは三十代の作物ですが、遺稿です。「或阿呆の一生」を連載中に自殺したのです。
 著者は八十歳で、(本集中にも書かれていますように)大病されましたが、今は本復され、また以前のように精力的に東奔西走されています。まったく、二十歳下の私などが及びもつかぬバイタリティです。前者は若いが病んでいる。後者は高齢だが健康。と、両者の立ち位置は全く正反対です。

 しかし著者は、大病をされたこと、年齢(同い年である筒井さんが、自分より先輩は指折り数えられるようになった、という意味のことを日記に書いていらっしゃったと思います)などからいつかは訪れる死を強く意識されるようになったのではないでしょうか。
 それが本書には強く反映されているように思われるのです。
 あとがきで著者は、「何だかどれも、老齢に入り込んでしまった作者の心象が見えるようだ、と指摘する方があれば、そうなのだ、それがモチーフなのだと、白状するしかないのでります」と書いています。

 老人小説としての私ファンタジーには、すでに『いいかげんワールド』(07)あたりから着手されていましたが、それが前作『自殺卵』(13)収録作品あたりから(つまり大病を経験されてから)、もっと死を意識した作風に変化してきました。
 本作品集もその路線上にあります。
 つまり、「或阿呆の一生」を書いた芥川とは対称的なポジションから書き上げられたものながら、本作品集は、意外にも芥川作品に(表層的にではありますが)接近遭遇しているのです。

 「或阿呆の一生」には、著者の気分の浮き沈みが断章ごとに読み取れるのですが、本書も同様の明暗があります。
 たとえばほんとは自分はもう死んでいるのではないか、というモチーフが複数回出てきます(「杉田圭一」「生田川家」「大阪T病院」)。
 一方、年齢的な鬱感情が、ふとしたきっかけでおだやかに晴れる瞬間をとらえた作品もあります(「幻の背負投げ」「臨終の状況」「勧誘員」「思い出し笑い」)。「易者」では主人公は開き直ることができています。
 「エンテンポラール」では老いた肉体を脱ぎ捨て別次元のスポーツ選手になってしまう。
 これらは著者が、そのときどきの自身の感情を、素直に表現しているということではないかと思います。非常に自然なのです。

 私が特に気に入ったのは、「勧誘員」で、主人公は人生の経験者として蓄えた「世故」を、企業が営業に役立てるために、死後、脳から移植する契約を結ばないかと勧誘されるのですが、対価を聞くと案外に安かった。勧誘員は微笑して、「あなたは、あまり上手には生きてこなかった。むしろ不器用に、自分に誠実に生きてきた。だから金額も高くないんですよ」(私も実は同類で)「あなたのような人に出会うと、そうだそうだ、それでいい、という気になるんです」
 いいですねえ。まさに眉村節。

 「転倒」は、無駄な描写が全くない私(体験)小説の秀作。
 「昔のコース」も私小説。本書集中の白眉。主人公は、結婚前両親と同居していた、両親亡き後の今は妹夫婦が住んでいるA通りの実家へ、届け物を届けにH町の自宅からぶらりと出掛ける。そしてふと、昔その家に住んでいた頃、通勤に利用したコースをたどってみようと思いつきます。景観は一変していますが、面影が残っている場所がなくもない。歩きながら過去を思い出す。岸ノ里から北向きの地下鉄四つ橋線に乗った主人公は、大国町付近で一瞬並行する地下鉄御堂筋線の車両が見えないかと期待する。そしてその車窓に、先月亡くなった弟の顔が見えたらいいな、と思う……。ああ、しみじみ、よいです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする