和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

雁渡し/今日の俳句 第1368号

2013年10月03日 07時30分41秒 | 今日の俳句

◇雁渡し/今日の俳句◇
       ◇※第1368号※◇

 2013年(平成25年)10月3日(木)

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■ 10月3日
○ ドイツ統一の日
 1990年のこの日、東西ドイツが45年ぶりに統一され、ドイツ連邦共和国が誕生した。
ベルリンの壁が崩壊してからわずか11箇月後だった。

○ 登山の日,山の日
 日本アルパイン・ガイド協会の重野太肚二氏が発案し、同協会が1992(平成4)年に制定。
「と(10)ざん(3)」の語呂合せ。

○ 交通戦争一日休戦の日
 1971(昭和46)年、東京都八王子市で毎月水曜日に自家用車の利用自粛・公共交通機関の利用を呼びかける「ノーカー運動」が実施された。日本初の「ノーカーデー」であった。
その時のスローガンが「交通戦争一日休戦の日」だった。

○ 蛇笏忌,山廬忌
 俳人・飯田蛇笏の1962(昭和37)年の忌日。
 1885-1962 明治-昭和時代の俳人。
明治18年4月26日生まれ。早大在学中に早稲田吟社で活躍。高浜虚子に師事するが,明治42年郷里山梨県境川村に隠棲(いんせい)。
虚子の俳壇復帰とともに句作を再開,「ホトトギス」の中心作家となる。俳誌「雲母」を主宰,山間の地にあって格調のたかい作風を展開した。
昭和37年10月3日死去。77歳。早大中退。本名は武治。別号に山廬(さんろ)。
句集に「山廬集」「椿花(ちんか)集」など。
【格言など】芋の露連山影を正しうす(「ホトトギス」巻頭句。大正3年作)

【「ウィキペディアフリー百科事典」より転載】


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   ■※今日の俳句※■


 子規庵の蓑笠ゆれぬ雁渡し
        長谷川かな女


 青北風が吹いて艶増す五島牛
        下村ひろし


 雁渡し豆腐一丁買ひて足る
        稲垣きくの


【季語の解説】
※ 雁渡し→青北風(あおぎた)。
 雁が渡ってくる9月、10月ごろに吹く北風のこと。
青北風といい、この風が吹き出すと急に夏も去り、潮も空も秋らしく青むようになる。

【「現代俳句歳時記(秋)角川春樹編・角川春樹事務所」より転載】


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※わが友に贈る/寸鉄※
【「聖教新聞」2013年(平成25年)10月3日(木)より転載】


     ※わが友に贈る※

 会合の成否は

 中心者の一念で決まる。

 万全の準備と祈りで

 「来て良かった」と

 皆が喜ぶ集いに!

      ◇10月3日◇


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    ◇※名字の言※◇

上空を飛ぶ機内から東北の夜景を見た。家々の明かりが宝石のように輝き、家路に就く車のヘッドライトが、幾筋もの光線となって四方に伸びていた





人々が生きている。街が動いている――そう思うだけで胸が熱くなる。東日本大震災の直後、東北の街や、被災に耐える人々の心は、安らぎの明かりがない闇の夜だった





一昨年の大震災は「春分の日」の10日前に起きた。きょう3日は「秋分の日」から10日後にあたる。春分と秋分の日は、昼夜の長さがほぼ等しいとされる。ならば「3・11」の夜は、きょうの夜と、ほぼ同じ長さだったということになる。だが、あの日の夜の長さは、単なる時間では計りがたい





真っ先に駆けつけ、共に涙し、今も復興の軌跡に寄り添い続ける同志。連日、渾身の激励を送り、弟子の勝利を待ち続ける師の存在……東北の友は“福光の輝き”の尊さを知っている





照明の世界では、光度そのものを「カンデラ」という単位で表し、どれほど明るく感じるかという照度は「ルクス」を使う。励ましも、友を思う“心の輝き”を損なうことなく届けたい。そのために、光を送る側も心を磨こう。悩める友に歩み寄ろう。心が近づくほどに、友の未来への希望も明るさを増すはずだ。
   (城)

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 ◆浩ko・ 編集後記◆

今日も有難う御座います。 和井弘希です。
 今朝、パソコンを立ち上げたらインターネットへの接続もできなくなり、修復に午前3時から7次まで掛かりました。平素より、私のマガジンを愛読くださっている皆様、全ての愛読者の皆様に、配信の遅れましたことをお詫び申し上げます。

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