母方の祖父は、昭和10年代前半に亡くなったが、ハワイ航路のコック長だったと聞いている。
だから私は母方の祖父も祖母(昭和4年頃亡くなった)も、顔を知らない、抱っこされたこともない。ただ、昔の人たちなのに、写真は結構、数十枚?はあるのではないか?
お盆が近づくと、両親の家に行って、古いアルバムを見せてもらう。この写真は、私が子供の頃から知っている写真だ。大正末期のものらしいが、野球をやっているというのはモボだったのだろうか?
もちろん、当地にあるお墓は両親と私達が入る予定のもので、祖父も祖母もお墓は当地にはない。
両親宅の仏壇も本来は、お参りする人がいないのだから、仏壇があること自体が不思議なのだが、関係者を供養するため、名前を書いたものを置いて、お盆や命日などにはお寺さんに来てもらっている。
新潟から当地へ、お寺を変えたせいかどうか知らないが、お盆のお経は既に先週、お寺さんが来て、あげていったそうだ。事前に日にちを葉書で指定してきて、その日は一日、外出できないのだそうだ。
随分と新潟とは違って、流れ作業的で味気がない。
宗派を変える理由はないが、お寺を変えるってこと、あり、ですよねぇ。
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①モボ・モガは死語かな?
しかし、古い時代のことを語るにはいい言葉です。
②三重苦の件。
昔、そういう人が仲間にいましたね。
バカ、間抜け、アホの三重苦。
その人は誰言うともなしに「ヘレンシェルパ」でした。
完全な差別用語で、君の考案でねかったろっか?
鶏頭(とりあたま)シンも君が名付け親でした。
これも完全な差別用語ですよね。
③看護士の件
主夫とも言いいますね。
看護婦&看護夫がいいかも?
いや~~メッチャ懐かしい言葉を目にしました!
モボ…モダンボーイですね^^
モガ…モダンガール。
今はほとんど使われなくなりましたけど、シンさんのお爺さんの年代でしたら、ハワイ航路のコック長で野球をされてて、当時写真なんていうのもあまり撮らなかったのでは?
それが何枚も写真があるなんて…生粋のモボですね^^
お寺さんにしてもピンキリで、いろんな宗派によったり、お寺さんの経営方針なんてのもあるのでしょうか?
お寺さんはピンキリなんでしょうね。
越後にいたときのお寺から紹介を受けずに、両親は移住したので、東本願寺札幌別院に聞いて今のお寺を決めたんです。
この地では結構な古刹なんですが。。。
檀家の数も多いらしくて。
「サービス」が行き届かないのでしょうね。