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心理カウンセラーが気ままに書き続ける当たり前

信じる って? (続き)

2008-03-07 12:39:03 | Weblog
世の中に起こる様々な問題は、それに関るほとんどの人が、だ~れも本当の
自分を信じていないことから起こる結果でしかないのです。
現象面から見れば、様々な要因が絡んでいる結果のように見えますが。
夫婦・親子・兄弟姉妹・教師生徒・上司部下そして、友人の間にある、起こる
諸問題。・・・・・

    ーーー嗚呼ーーーー

そこにつけこむ宗教。”救ってあげます”  ・・・本当に?
人の弱さにつけこむのです。これはとても失礼な見方ですか?
幾つかの団体の中を内側から見てきました。外側からじゃわからない何かを
知りたくて。そして、同じ境涯にいる仲間を見て「ああ、私だけじゃなかった」
って胸をなでおろす人々を見てきました。
疑いを持ってはいけない、ただこの教義を信じなさい。
教祖の言葉を、教祖の過去における様々な不思議な体験を、そして手を差し
伸べるその手を掴みなさい。
それであなたは苦しみから解放されるのです。   ・・・本当に?   

釈尊は何も書かなかった?
キリストは復活した?原罪って何?
解釈次第で、どうにでもなる遥か昔の言葉(文字)。
平等であるべき人間が、一部の者に使われる、理不尽な思いをさせられる、
不平等と、生老病死からの逃避願望。そこに自然発生的に起きた宗教。
頭脳の仕組みが人より抜きんでた、力があった、霊感体質を持つ者達が
多くの人々を操作するようになり、権力を入手。笑いが止まらない!

そして、この現代に、相変わらず多くの人々は苦しみ、もがき、目を耳を
覆いたくなる事件だらけ。
それを仕方がない、そういうものさ、何をしてるんだか、やーねー、親が
、社会が、政治が、教育が、・・・・悪い!!!!って、人事(ひとごと)。
絶えず、傍観者、評論家、茶飲み話に、一杯引っ掛けて、寄ると触ると
無関係話(と心底思っている)に花を咲かす。

         ---嗚呼ーーーーーー

絶えず他人の目を意識し、おもね、拒否し、擦り寄って、誰も信じていない。
指導者を求め、どこかで拒否し、恋焦がれ、何かいい事ないか鵜の目鷹の目。

         ---嗚呼ーーーーー

寂し~~い。
当たり前!孤独感を持ちつづける人生。チラチラ上目遣いに見る周り。
どこにも「信じる」という言葉はない。
条件付きなら、期限付きなら、だって又違う何かが現れるかも知れないじゃない?!
品下(しなくだ)れる事が大好き。そこに「みんな」が付けば文句ある?に。
なぜならラクだから。
便利・ラクからは価値あるものなんか生まれない!・・・自論。

でも、自分を信じるって、難しい?いいえ、一番ラクチン。他者は離れる裏切る
いい加減でも、自分自身は一生離れないのです。変な言い方ですよね?
仕方ないのです、こういう言い方しか出来ないのですから。
手垢の付いた「魂」なんて表現は嫌いです。いっぺんに価値消滅って感じがする
のです、私には。
そうですね、生まれて、真っ直ぐ前を見る目をもってた頃、5~6才ぐらいで
しょうか? それとももう少し年令を重ねても純粋なままでしょうか?
そんな子が、それぞれの心の中に居ます。

本物の自分自身が、何でも出来る、透明な目をもつ純粋な本人がいることを
誰も知らないのです。
私?会いました、そう、1~2年前頃だったでしょうか。
突然、雷に打たれたような衝撃が、体内から突き上げるような感覚が襲って
きたのです。
その時、何を感じたか?自分の存在と自分の力と、何もかもを見捨ていた事に
気がついたのです。そして、謝ったのです、自分自身に。
「ごめんなさい」って。
どんなに寂しい思いをしてたでしょう。
どんなに歯がゆい思いで私と共に年月を歩いて来たことでしょう。
どんなに、どんなにどんなに・・・・・・ごめんなさい。
はっと気付いたのです。
誰でもない、私自身を信じてみようって。無限の可能性を。笑います?
きっと、そこに気付いた私を、私が見捨てる筈はないでしょう?誰でもない
私自身を。いとしい、いとしい私を。私にとって私以上の存在はないって。
ええ、誰でもです。それで、医者はいらない、指導者も要らない、なぜなら
道先案内人は、私自身なのですから。
どんなことが身の回りに起きようとも、私は揺らぎません。
信じきっている私を私が裏切る筈もなく、苦境に立たせる筈もないことを
知ったのですから。
信じるということは、こういうことなのです。自分を信じきれない人は
死ぬまで文句垂れの石(ごく)潰しでしかないのです。キョロキョロして
落ち着きのない人生、絶えず自分以外の誰かが、信じきってないのに、
誰かが幸せを持って来てくれる筈と、虚しい思いで生き続けるのです。

     -----嗚呼ーーーーーーーーーー

そんな人の本当のその人は、心の中で膝小僧を抱えて泣いています。
等身大になれない自分を悲しがって、少年(少女)のままの姿で泣いてます。
私(僕)しかいないのよ、私(僕)しか自分を救えない事に気付いて!って、
叫んでいるのです。
この世で、自分にとって自分以上の価値あるもの(人)なんかないのです。
ネ?素晴らしいでしょう?自分が好きになれそうですか?ええ、それが
何よりも何よりも大事な事なのです。
それが出来たら、きっと人に対しても違う見方ができるようになります。
疑いを持ってはいけません!宗教家が言います。でも、誰も言いません。
信じるのは自分です!って。

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