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「元戦闘機パイロットだが質問ある?」に突っ込んでみた

2012-01-20 20:12:09 | 軍事ネタ

最近、各所で以下の2chスレが話題になってた。
元空自の戦闘機パイロットが質問に応えるというもので、
搭乗機はF-4ファントムIIとのこと。

元戦闘機パイロットだが質問ある?
http://minisoku.blog97.fc2.com/blog-entry-1709.html


航空自衛隊のF-4EJ

しかし・・・
興味深いスレなんでざっと読み通すと、妙なとこがちらほらと。
それを以下に挙げるので、その前に皆さんも上のスレを読むことをおすすめする。




ASM-2は空自に配備されている空対艦ミサイルで、戦闘機から敵艦に向けて発射される。
このASM-2の射程は170km前後あるとされ、世界の空対艦ミサイルを見渡しても射程は長い方である。
決して短いと言える性能ではない。
艦の搭載する対空ミサイルの射程を考えても、大部分の艦が搭載する
シースパロー、ESSM、SM-1等の対空ミサイルは射程が30~50km前後なので凌駕するし、
イージス艦の搭載する強力なSM-2対空ミサイルと比べても射程は同等程度。

航空機による対艦攻撃が危険な任務なのは確かだが、
射程ギリギリでASM-2を撃ってすぐに引き返せる戦闘機の機動性を考えれば、
スレで書かれてるほど特攻に近い性能差ではないはずである。




ロールペダルではない、ラダーペダルである。
ロールは機を回転させる動作で、ラダーは機首を左右に振る動作のこと。
この操作の意味は大きく違うので、元パイロットなら間違えようがない。




まずTACネームコールサインを混同している。
コールサインが作戦機に定められた部隊での正式な呼称である。
レス内容にある「イーグル~」は数字がついてるのでコールサインであり、
例えば「イーグル1」なら「イーグル隊の1番機」ということになる。

間違って回答しているTACネームとはパイロット個人に付けられるあだ名のようなもので、
映画トップガンの主人公が「マーベリック」と呼ばれているもの。
しかしこれは彼個人のあだ名なので、部隊機を指して「マーベリック1」「マーベリック2」とは言わないのである。

また同時に質問されてる「Fox2」とは武装使用の府庁である。
米空軍やその同盟国、空自も武装の発射の際にコールする決まりになっている。
米空軍と空自でFox1,Fox2,Fox3の意味合いは微妙に違えど、
しかしスレ主が本当に元空自戦闘機パイロットなら、
レス内容のように曖昧な回答のはずがない。




戦闘機による対艦攻撃のセオリーは、敵艦からのレーダー波にキャッチされないように、
海面スレスレの低空侵入、攻撃位置についたら一瞬だけ高度を上げ、対艦ミサイルを発射したら一目散に逃げる、である。
少なくともイージス艦に対する攻撃が真上からが鉄則、というのは有り得ない。

イージス艦は防空に特化した艦で、真上につくのが最も難しい相手である。
イージス艦の搭載するSM-2対空ミサイルの射高は30kmにも及び、
高度30kmというと成層圏で、F-4戦闘機はおろか、
さらに強力なF-15戦闘機ですら実用上昇限度20km足らずなので、
SM-2の射程範囲から逃れることはできない。
わざわざ真上まで接近する戦術的合理性がない。


色々突っ込んだけど、戦闘機パイロットとして論外のことも含まれてるので、
以上のことから空気を読まずに、この話題になってるスレ主は偽物と断定できるかな。
残念!

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対空砲の100年。

2012-01-10 21:03:37 | 軍事ネタ

こんばんは、ゆっきぃです。
2012年に入り、我がブログも7年目。
今日は対空砲について。

対空砲とは、航空機などの空中目標に向けて撃つ砲のこと。
実はこの対空戦闘が史上初めて行われたのは1911年のイタリア・トルコ戦争と言われており、
この戦争中には飛行船による爆弾投下、つまり史上初の航空機による地上攻撃と、
翌年1912年にはこの飛行船に向けて砲を撃ち上げて迎撃する対空戦闘が行われた。
つまり今年の2012年は、飛来する航空機に向けての対空戦闘史を数えて100周年というニッチな記念年であるわけで。
(尚それ以前から弾着観測用の気球などを撃墜する戦術はあった。)

当初は通常の地上用の野砲を空中に向けて撃ち上げていただけであるが、
1914年に勃発した第一次世界大戦では布と木でできた複葉機が大々的に使用され、
とうとう戦争に於いて空軍というものの存在感が発揮されるにつれて、
やがては専用の照準器などを装備した対空砲が開発・配備されることとなった。

第一次世界大戦から航空機技術の急速な発展は目覚しく、1939年に勃発した第二次世界大戦では、
戦争に於ける空軍の役割を側面支援的なものから主力たるものへと変貌させた。
この時代の航空機は全金属製の単翼機が主流となり、高々度を飛行する爆撃機も本格的に開発され、
航空機の持つ破壊力を原始的に爆弾を投下するものから、絨毯爆撃によって一都市を焦土に変えるまでに進化させた。
空軍の重要性が飛躍的に向上するにつれて、それを迎撃する対空砲の役割も重要なものとなっていった。


アメリカ空母艦上の4連装40mm機関砲ドイツ軍のFlak18/36 8.8cm高射砲

この時代の対空砲は役割ごとに2種類ある。
12.7mmや20mm、30mmや40mmの小口径弾を連射して撃ち上げて弾幕を張る対空機関砲と、
75mmや88mm、大きいものでは120mmやそれ以上の大口径砲を撃ち上げる高射砲である。

機関砲は弾が軽いので高々度には届かないが、弾幕によって壁を作ることができる。
これは低高度から侵入する戦闘機や急降下爆撃機相手には有効な兵器だった。
高射砲は連射と小回りが効かないが口径が大きい分、砲弾の重量があり直進性もあるので高々度まで弾を届かせることができ、
また予めセットされた時限信管によって砲弾を空中炸裂させることによりその破片で広範囲の航空機に被害を与えることができた。
これは高々度を飛来する爆撃機などに有効な兵器だった。
(機関砲でも40mmなど比較的大口径のものは時限信管を備えたものもあった。)

第二次世界大戦ではこの機関砲と高射砲が併せて配備され、相互の弱点を補完し合った。
一部では実験的に対空ロケット弾なども開発・配備されたが、まだまだ実用的なものではなかった。

対空戦闘の参考動画。

0:50~より。米艦隊に体当りする神風特攻隊。米艦隊より撃ち上げられる多数の弾幕の軌跡と、空中炸裂する黒煙が確認できる。


対空砲は運搬・設置に時間がかかるのが弱点であったが、
各国軍はトラックの荷台や戦車の車体に対空砲を載せて自走させることにより、
戦車部隊に随伴させて空からの脅威に対抗しようとした。
またアメリカ軍は近接信管を開発し、砲弾の空中炸裂を手動での時限信管頼りではなく、
敵機の接近を砲弾が感知して自動で炸裂するようにした為に命中率が大幅に向上した。


歩兵携行対空ミサイル、FIM-92「スティンガー」艦載される20mm対空システム、CIWS「ファランクス」

第二次世界大戦から70年経った今日では、対空兵器はさらに飛躍的な進化を遂げている。
対空機関砲はレーダーに連動しての自動追尾が当たり前で、接近するミサイルや航空機に対して自動で弾幕を張り迎撃する。
高々度に対する高射砲は廃れた代わりに対空ミサイルが登場し、敵機に対して誘導することで撃墜率は飛躍的に向上した。

現代の対空機関砲と対空ミサイルも、昔の機関砲と高射砲のように相互補完関係にある。
それについては以前に別の記事で詳しく書いたのでそちらを参照。
→ 現代の対空砲について

対空ミサイルは小型のものは歩兵携行型もあるがこれは自衛用程度で、大型のものはさらに高々度・遠距離までをも正確に狙える。
艦載型の対空ミサイルなら短距離用のもので射程30km程度、長距離用のものでは150kmにも達する。
さらにアメリカ海軍や海上自衛隊が配備するイージス艦は対空戦闘に特化した艦であり、
最大で12-24個の目標へ同時にミサイルを誘導することができ、
一度に多数のミサイルや航空機が襲来しても迎撃可能となっている。

現代の対空兵器は航空機を狙うだけではない。
艦載される対空機関砲は、艦に接近する巡航ミサイルや対艦ミサイルを感知して自動で迎撃する。(こういったシステムをCIWSという。)
さらには大型の対空ミサイルで、何百kmも先から降り注ぐ弾道弾を迎撃するMDシステムまでもが完全ではないにせよ開発されている。

CIWS参考動画。



現在も開発中の新兵器、レーザーだのレールガンだのといったものが実用段階に入ろうとしており、
これからも対空兵器は進化していくだろう。

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現代の航空戦でドッグファイトは起こりえるのか

2011-12-20 22:33:02 | 軍事ネタ



今日は現代の航空戦について。
巷のミリタリー好き同士による会話では、現代航空戦はハイテク機器による戦闘であり、
遠方からミサイルを先に放った方が勝ち、ドッグファイトなど起こりえない、という論調が目立つ。
しかしどうだろうね。

これと全く同じ認識を持っていたのがベトナム戦争前のアメリカ軍。
1950年代の当時は空対空ミサイルが実用化し始め、これにより空戦は遠距離からの誘導弾で勝敗が決し、
第二次世界大戦のように戦闘機同士が激しい空戦機動により絡みあうドッグファイトは発生しなくなると考えられていた。
この概念を軍事学ではミサイル万能論と呼ぶ。




ミサイル万能論に則り、戦闘機は超音速で飛行しミサイルを運搬し発射するだけの役割、
「ミサイル・キャリアー」としての存在が要求され、そのような設計思想でF-106やF-4といった戦闘機が開発された。
しかし蓋を開けてみれば、ベトナム戦争に於いてはミサイルの命中精度はさほど高くなく、
ミサイルを主武装として頼り切った米軍戦闘機はミサイルを撃ち尽くせば逃げるのみ、
対するベトナム空軍の運用するソ連製戦闘機MiG-21などは機関砲を主武装としドッグファイトで強力だった。

結局のところ、このベトナム戦争でミサイル万能論という概念、
ミサイル・キャリアーという設計思想は大きな間違いだったと認識され、
その戦訓からF-14,F-15,F-16,F/A-18といった今も活躍する格闘戦重視の戦闘機が開発されたのだ。
(F-14については主任務は長距離ミサイルによる艦隊防空というミサイル・キャリアーの役割として開発されたが、格闘戦能力もF-15に劣らないほど重視されている。)

そしてその戦訓は未だに尊重されており、最新戦闘機であるF-22はステルス性能が取り沙汰されるが、格闘戦能力も超一流の機体なのである。
F-22は現時点で圧倒的な性能と言われるが、ステルス性以外の運動性・機動性・搭載量などの基本性能も併せて世界最強と呼ばれているのだ。

つまるところ、よく見かける「現代空戦はハイテク機器の戦いなのでドッグファイトは起こりえない。」という考えは、
50年前のアメリカに蔓延していたミサイル万能論の再来でしかない。
世界最高の軍事技術レベルとハイテク機器を有する当のアメリカが、
未だに戦闘機に格闘戦能力を重視していることと矛盾する考え方だ。


実際、世界中の戦争を見れば現代の戦闘機によるドッグファイトは発生している。
第四次中東戦争、フォークランド紛争、イラン・イラク戦争などでは大規模な空戦が行われ、
その中でドッグファイトも頻発し、目視距離内での短距離ミサイルによる撃墜もあれば、機関砲による撃墜記録さえあるのだ。
特に1982年レバノン紛争に於けるベッカー高原航空戦などでは、第二次世界大戦以来最も大規模で苛烈な空中戦が演じられ、
この戦いを通して紛争中にイスラエル軍戦闘機はシリア軍機を85機以上撃墜し、その内の7%ほどが機関砲による撃墜と分析されている。
7%という比率はミサイルを搭載する現代戦闘機では決して少ないものではない。
こういった数々の戦争を分析した上で、各国軍は戦闘機にとって格闘戦能力は必要なものと認識している。


演習でF/A-18がF-22ラプターとドッグファイト、ガンキルした際のHUD画像

もちろん2011年の現在ではより命中精度が高く射程の長いミサイルが登場している。
アメリカ軍のAIM-120やロシア軍のR-77など、最新型の中距離ミサイルは射程が100kmに達し命中精度も高く、
これらの信頼性の高いミサイルが運用される現代ではドッグファイトの発生する確率は1980年代よりも下がったかもしれない。
しかしそれでも尚ゼロとは考えられておらず、最新戦闘機のほとんどは格闘戦能力も重視されているのだ。

今度こそF-XはF-35に決定か

2011-12-13 19:10:53 | 軍事ネタ

今日はSkyrimレポートの続きを更新しようと思ったけど、
軍事関連で時事ネタが入ったのでこちらを優先。
本日、航空自衛隊のF-X(次期主力戦闘機選定)が最終段階に入ったと報道されました。




次期戦闘機、F35選定へ=第5世代機で「性能重視」―防衛省
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_359682


やはり一番可能性のあったF-35に確定かな。
まあ性能面から最も有り得る選択肢だと思われるけど、
数日前にはF-35の開発が難航しさらに2年延長される可能性があるという報道もあったし、
また2年前にも同じようにF-35決定と報道されて実は報道ミスだったということがあったので、
これからまた細かい部分でひっくり返る可能性もあるけど。
→ 2009年11月23日 航空自衛隊F-X、F-35を採用か

ただ元々今年の11月中にはF-Xを確定させると発表されていたので、
時期的にもこれが最終段階として十分に有り得る話。


F-35はステルス戦闘機であり、遠距離からの敵軍のレーダー波を受け流し、レーダーに映りにくいという特徴を持つ。
遠距離から探知されなければそこにいるということもバレず、またミサイルの攻撃も受けず、
逆にこちらからは一方的に敵機に対してミサイルを放てるという、
ステルス性というのは現代の航空戦に大きなアドバンテージをもたらす。

反面、F-35の性能面で問題とされているのが武装搭載量と機動性。
F-35は大型の機体に強力なエンジンで、十分な重量の武装を搭載して飛行することが可能だが、
ステルス性能を活かす場合は翼下や胴体下に兵器を吊り下げることはできず、胴体内に武装を格納する必要がある。
その場合、空対空ミッションだと短距離ミサイル2発と中距離ミサイル2発、合計4発しか格納できないのだ。
この点については改良案も研究されているが、まだF-35自体が開発中で完全ではない現状、対応はまだまだ先の話になるだろう。

機動性については、現在日本が配備している戦闘機はF-15,F-2,F-4の全てがM2.0(約2450km/h)以上で飛行することができる。
またどこの国でも一線級の戦闘機のほとんどはこの速度域で飛行することが可能だ。
しかしF-35の最高速度はM1.7(約2080km/h)と言われており、代替元である旧式戦闘機のF-4にまで劣り、最高速度が全てではないにせよ、
M2.0以上の速度で飛来する敵機をM1.7で追いかけ迎撃するのは難儀する局面も出てきそうである。

実際のところ空戦では最高速度よりも加速性能の方が重要だが、こちらもF-35が特別に優れているという話は聞かない。
運動性能の面で言えば良くも悪くもないようで、F-16相当の運動性能は有しているようだが、しかしF-35は最新の第5世代機である。
第4世代機のF-16と同等の運動性能なら、悪くはないが優れているわけでもないので、
他国のタイフーンやSu-35等の主力戦闘機たちと比べれば劣っているとも言える。

以上の点から、F-35は空対空戦に関してはBVR(視界外)戦闘に特化されている機体であり、
有視界距離でのドッグファイトはできなくはないが得意ではないだろう。


現代のハイテク機器による航空戦ではドッグファイトは起こりえないという人もいる。
しかしいつだって想定外の局面というものはあるし、
また日本の空戦というのは専守防衛という戦略上、
本土に向かってくる敵機を迎撃する性格のものだ。

本土に向かってくる敵機に向けてミサイルを放ち、それらが外れた場合、迎撃機は引き返して逃げるしかないのか?
防空が主任務である以上、あらゆる手段を講じて敵機を食い止めなければならない。
つまり、日本の戦闘機部隊は手持ちの中距離ミサイルを全て外し、それでも尚敵機が向かってくる場合、
次は敵機に突進して短距離ミサイル、また機銃を使ってでも敵機を阻止しなければならない。
そこにドッグファイトが生起する可能性が生まれるのだ。


現代のミサイルがそこまで命中しないことがあるのか、
ドッグファイトが起こりえるのか、現代の空戦については、
長くなるので次回の軍事記事で書こうと思います。

要塞の昔と現在、その存在意義

2011-11-25 22:18:23 | 軍事ネタ

古来より戦争では、必要に応じて要塞が築城された。
要塞とは、要所を防衛もしくは避難する為の機能を持たせた強固な建築物であり、
それは土や石やレンガを素材にしたり、コンクリートや鉄筋で固められていたり、
地上にあったり地下にあったり山肌にトンネルを掘ったり、時代や場所によって様々である。

古代や中世では要塞として城や砦などが世界各地に築城されていたが、
これらの背が高い城壁は火薬と砲の発達と共に格好の標的となり、有効性を失っていった。
やがて要塞は背を低く、厚さを増し、隠蔽され、火砲を据え付けるようになり、
このように軍事テクノロジーが進歩するごとに要塞も姿形を変えてきた。


第一次世界大戦の塹壕

日露戦争や第一次世界大戦の時代の近代的な要塞で主流のものは、コンクリートや土で補強された堡塁が建造され、
複数の堡塁はお互いに援護し合える配置で、さらにそれらは連絡路として塹壕で接続されていた。
こういった要塞は砲撃に対して強く、また砲台や新兵器である機関銃を据え付けることにより、
塹壕や堡塁に生身で突進して取り付こうとする敵歩兵部隊に弾丸の雨を浴びせ薙ぎ倒すことができた。

さらにこの塹壕と堡塁の陣地はその後ろにも同様のものが築城され、何重もの陣地線とされ、
一番前の塹壕と堡塁が陥落してもまたそのすぐ後ろの同様の陣地線が立ちはだかるというものだった。
当時の歩兵は生身で突撃するしかなく、機関銃の弾幕の前に倒れて倒れてようやく一番手前の塹壕線を確保したところで、
また同様の陣地がそのすぐ後ろにあり、それを確保する為にさらに甚大な被害を被らなければならないという。
こういった機関銃と砲撃の発達による防御力の向上は、第一次世界大戦を長期化させ、人口をすり減らすような消耗戦を生じさせた。


要塞の欠点として、その土地に築城されるものであるから、当然移動できないというのが最大の弱点であった。
つまり要塞そのものに正面から当たらず迂回すれば良い、という機動戦の考えは当時からあり、
実際に第一次世界大戦の緒戦では迂回・包囲されあっさり陥落した要塞も多い。
しかし西部戦線のフランスとドイツは国境線に沿い競って塹壕線を伸ばし、ついには海峡にまで達し、
騎兵や歩兵で進軍すれば機関銃や砲撃に薙ぎ倒され、平野における機動戦を不可能にした。

こういった状況を打開する為に、大戦中の1916年、史上初の戦車という兵器が戦場に登場する。
機関銃の弾幕や砲撃の破片をものともしない装甲と、歩兵に引っ張られずとも自ら機動できる動力を有し、
歩兵の盾となりながら敵の塹壕線まで前進し、搭載された機関銃や砲で敵歩兵を蹂躙する。
戦車という兵器の当初の発想はまさに「移動できる要塞」であった。


第一次世界大戦時のドイツ軍の初歩的な戦車

時代を経て1939年、第二次世界大戦が勃発する。
またもやフランスとドイツは対峙することになるが、両国の戦術は違っていた。
フランスの防衛戦略は25年前の第一次世界大戦での戦術の延長線上にあるもので、
ドイツとの国境に沿って穴なく配置された巨大な要塞群、マジノ線を築城し、マジノ線を少数兵力で強固に防衛し、
その分余った戦力で主力軍を形成し中立国ベルギーとの国境に配置するものであった。
実際にドイツは第一次でも第二次でも両大戦でベルギーから迂回しての突破戦略を採用しているので、
フランスのこの防衛戦略は決して的違いではなかったが、新兵器の戦車の運用法がまだ確立していなかった。

フランスの戦車の運用法は第一次世界大戦と同じく歩兵支援に尽きるもので、
歩兵師団の中に散りばめて配備し、その装甲と火力で歩兵戦闘の直接支援を行うものであった。
一方ドイツの戦車の運用法は、戦車と歩兵輸送車輌を主体に装甲師団を編成し、
さらに装甲師団をまとめて集中運用することにより戦線の一点突破を図る。
その突破口に後続の歩兵部隊を雪崩込ませて穴を広げ、その間も戦車部隊はさらに奥へ奥へと進撃し敵軍司令部や物資集積所を制圧、
指揮系統を破壊しつつそこから生じた混乱の中で、優れた機動力で敵野戦軍を包囲・殲滅するものであった。

戦車を歩兵部隊に散りばめていてはその部隊の機動力は結局歩兵と同じであるが、戦車は戦車で運用すれば機動力を発揮できる。
その戦車部隊の機動力に通常は牽引・設置などに手間取る砲兵部隊が追従できるはずもないが、
ドイツ軍はこれまた前大戦から投入された新兵器である航空機「空飛ぶ砲兵」と称し、
敵戦線に高速に食い込む戦車部隊を爆撃機から降らす爆弾で空から支援した為に、
最大限の機動力と攻撃力を両立・発揮させることに成功した。

これらの戦車と爆撃機という新兵器の運用法、電撃戦によるドイツ軍の進撃速度は、
フランス軍が想定していた戦いの局面とは全く別のものであり、フランスは1ヶ月で降伏することになる。


マジノ線は現在も残っており、観光地となっている

フランス軍はマジノ線という要塞群と歩兵とその支援という、第一次世界大戦型の戦術で圧倒的敗北を喫した。
近代兵器の機動力の前にはもはや要塞は存在意義を失ったものという認識が世界各国に広まったが、
迂回できない地形や、重要な戦略目標そのものが要塞化されていた場合はまだ有効性を保っていた。
ブレスト要塞、セヴァストポリ要塞、オマハ・ビーチ、硫黄島の戦い、などは第二次世界大戦で要塞が有効性を発揮した著名な戦闘である。


現代戦に於いては、一般的な要塞はさらに無用の長物と化す。
コンクリートで塗り固められたトーチカは強固には違いないが、現代の航空機は目標にピンポイントで誘導爆弾を投下する能力を有しており、
通常の航空爆弾ごときでトーチカは破壊されないが、貫通力を高めたバンカー・バスターはコンクリートやシェルターでも貫通し内部から爆破する。
また事前に要塞の場所が判明していれば、航空機を飛ばすまでもなく巡航ミサイルで一方的に破壊することも可能である。

しかし完全に全ての要塞が無用となったのではなく、例えば地下シェルターなどは隠蔽場所にもってこいで、
ゲリラ戦の根拠地となったり対地ロケットやミサイルなど兵器や物資を隠していたりと厄介な場面もあり、
直接戦闘となれば現代兵器の的となるが、秘密基地的な隠れ家という性格で言えば有用性は残っている。
また最新戦闘機による空爆や巡航ミサイルなどの支援はあてにできる国のほうが少ないので、
先進国以外の途上国軍隊同士の戦争であれば、未だに要塞やトーチカというのは有効性を十分に発揮し得る。


また要塞というのを強固な建築物や構造物という見た目のみに捉えず、
「敵軍に対して強力な火力と防御力を発揮し、攻略困難と認識させ、プレッシャーを与えるか迂回を強要させる特火点である。」
という概念上のものとして捉えれば、現代の先進国同士の軍隊でも要塞という概念は残っている。

高射砲や対空ミサイル、対艦ミサイルや対戦車ミサイル、ロケット砲や機銃などが多数設置され、
そのように厳重に防護された航空基地や離島などはそれ自体が概念的には要塞であり、
近づくことも危険で迂回せざるを得ない、またはそこにあるだけで敵軍に対して大きなプレッシャーとなり得るものだ。

つまり軍事テクノロジーの進歩によって一見存在意義を失ったように思える要塞も、
現代型として大きく形を変えて、そのようにして今後も残っていくだろう。