現在上映中の映画、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(原題:Darkest Hour) を観てきたので感想。
ネタバレありで書くが、まあほぼ史実なので背景をもともと知ってる人はネタバレでもなんでもない。
第二次世界大戦が始まりドイツ軍の電撃戦によりフランスも落ちようとしてる状況下、
連合国の盟主たるイギリスでは事態に対応する為の政変が起こり、
首相にある変わり者が就任した。
アルコール中毒と激しい性格、海軍大臣で好戦的、周囲から疎んじられた人物・・・
ウィンストン・チャーチルである。
議会や党内、また国王ジョージ6世までも、
チャーチルの首相としての適性に疑問符をつける人々は多かった。
しかしときは戦時下である。
しかもヒトラー率いるナチスドイツという未曾有の軍事力を保持した独裁国家が、
第一次世界大戦の復讐を果たそうと、実際に西欧を丸呑みし始めている。
まさにヨーロッパ世界の重大な危機で、対応を間違えればイギリスも侵攻されることは明白だった。
敵は圧倒的な軍隊を保持する上に、イギリス陸軍はダンケルク包囲でまるごと消滅の危機にある。
30万人もの兵士たちが全滅しようとしており、その生命を守るためにも、
また陸軍消滅後はドイツの侵略に抗う手段はなくなり、イギリス全土の命を守るためにも、
チャーチルに対して和平交渉を強硬に主張する外相ハリファックス。
イタリアが仲介すると申し出ている今ならドイツとも交渉できる。
負け戦を続けて無駄に命を浪費し全土を危機に晒すのは愚の骨頂といわんばかりだ。
これに対してチャーチルが「いつまでヒトラーにやりたい放題にさせる気だ!?」と激を飛ばすシーンがある。
そう、劇中ではこのセリフのみで解説されていないが、そもそもナチスドイツの膨張は宥和政策の失敗である。
前政権のチェンバレン首相はハリファックス外相やフランス政府とともに、戦争を最後まで回避する努力を続けた。
しかし避けすぎてしまった。
ヒトラーが台頭したドイツは、敗戦により解体された軍隊の再軍備宣言、中立地帯ラインラントへの軍隊配備、
オーストリアを併合、ミュンヘン会談でのチェコからの領土収奪、と立て続けに軍事・領土的拡張を続けており、
これに対してイギリス・フランスは「それを認めて刺激しなければ戦争を避けられるなら」「今回が最後の譲歩だぞ」と、
開戦させたくないばかりに何度もドイツに譲歩し、ドイツは全ての賭けにハッタリで勝って膨張してきたのだ。
そして手がつけられないところまで軍事力を蓄える期間を与えてしまった。
数千万人もの若者の命をすり減らした第一次世界大戦の悪夢を再現したくなかったばかりに、
戦争を避けすぎた宥和政策ゆえに第二次世界大戦が起きてしまったというのは、
現代でも参考にすべき歴史の流れである。
チェンバレンの人命尊重の政策は間違えてるとは言いたくはないが、
それゆえに膨大な人命を危機に晒してしまうというのは倫理的に難しい問題である。
戦うことで、特定の人命を消費することで守られる人命もある、結果的にどちらが多くの人命を救えるのか?
ヒトラーの和平交渉というエサに釣られてまたもや彼らの膨張を許すのか?
それとも出血を覚悟して本土決戦を覚悟してまで徹底抗戦して国を守るのか?
チャーチルはひとつの回答を出した。
ダンケルクで包囲された30万人の将兵を守るために、
カレーに滞在する部隊4000人をドイツ軍にけしかけて注意をひく。
その間に海軍艦艇を総動員して30万人をダンケルクから撤退させるのだ。
それではカレーの4000人は全滅してしまうと批判されるも、
その4000人の命を消費しなければ30万人は救えない。
30万人を引き上げなければ陸軍は消滅し、
次はイギリス本土5000万人が危機に晒される。
つまり5030万人を救うために4000人には玉砕させる決断を下す。
それと同様に、明らかにドイツの時間稼ぎとわかっている和平交渉は破棄、
宥和政策は継続せず、徹底抗戦へと舵を切る。
チャーチルは特定の人命を消費してより多くの人命を救う道を選んだのだ。
チャーチルは優れた弁舌家で、その演説により議会や国民を徹底抗戦へと誘った。
その点ではヒトラーと共通している点もあるように見られるが、
戦いの時代においてはそういう強い人物が必要だったということだろう。
昨年はクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』が公開されたが、
これは大御所監督の戦争映画ということで観に行った人も多いのではないかと思うが、
あの作品の舞台裏として観ると一層楽しめるだろう。
戦争の舞台裏の政治劇というと2012年公開の『リンカーン』があるが、
嫌われ者のチャーチルが戦いを訴えてそれが周囲に認められていく流れは、
リンカーンよりはわかりやすく気持ちが盛り上がる映画といえる。
ただリンカーンと同じく絵的にはおっさん同士が言い合いしてるだけの映画なので、
わかりやすい戦闘やアクションシーンもないのでデート映画には向かないことは確かだ。
唯一、秘書は可愛かった。
そしてダンケルク救出作戦を成功させた終盤では、有名なあの演説が登場する。
ここはかなり熱いシーンでクライマックスの盛り上がりを見せるが、
「ネバー!ネバー!」の連呼でこれだけ観客を熱狂させる映画は、
このチャーチル以外には先月まで上映されて大ヒットしたミュージカル『グレイテスト・ショーマン』ぐらいであろう。