Decca Decolaがお嫁入り

やっとこさ入手したDecca Decolaの整備記録

EMT928 について

2017-10-24 06:23:21 | EMT

 EMT社のレコードプレーヤーはEMT927とEMT930が特に有名だがいずれもアイドラードライブで、世界のレコードプレーヤーのメカニズムの変遷に合わせてその後異なる方式の製品が開発された。しかしあまりに前者が偉大だったために影が薄いのも事実でそのうちに肝心のレコード再生がブロードキャストの現場から消滅したことで余計にその感が強い。またEMTはこのころ技術面、流通面でThorens,Studer,Revox社と連携を強めていて1968年発表されたEMT928はThorens TD125をリファインした製品。EMTとThorensのレコードプレーヤーは西ドイツのラールにある両社が共同出資していた「ラール精密工業」で生産されていた。プロユースの製品はEMTが、コンシューマユースの製品はThorensが扱っていたため両社は競合しなかったとされる。Wilhelm Franz氏は1971年に58歳で逝去したがEMT928は氏が関わった最後のレコードプレーヤーと言われている(設計者は別人だが)



 EMT928最大の特徴は「安い」事で1975年の河村電気研究所のカタログでは¥650,000(EMT930は¥950,000 EMT927は¥1,200,000)しかしやっぱり庶民には縁のない世界でオーディオが憧憬の対象だったまだ夢多き時代。(それにしてもその後のEMT927の高騰には驚く)
 駆動方法はベルトドライブでイコライザー内蔵、アームはEMT929でカートリッジはTSD15専用(しかし78回転もある)クイックスタート付きでメカニズムは以前とは全く変わったが頭出しの原理などは同じでマークも同様(だが78回転マークは消えている)。またマークの位置もEMT930よりは離れていて定速に至るまでの時間はEMT930よりもかかったことが伺える。駆動は3相シンクロナスモーターで3波はオペアンプのウイーンブリッジ発振回路とトランジスターのコンプリ増幅回路で発生させている。モーターのドライブ基板には調整用の半固定ボリュームが多数配置されていてプロユースにしてはこの半固定ボリュームの品質が悪く故障の原因となっているように思う。重量のあるボードはThorens 124でおなじみの(?)「マッシュルーム」でフローティングされていてまさにThorens流でベルトドライブの採用とともにS/Nと廉価性を追求した現れと思われます。Thorens TD125との細かな違いはあるらしい(所有したことがないのでよくわからない)がモーターの規模に応じた駆動方法もそうだが個人的にはドライブベルトがとても気になる。残念ながらEMT純正ベルトは入手できていないが硬く伸びない材質で糸ドライブに近い感覚だったかと思う。(以前「MICRO社」で似た材質のベルトを扱っていたように記憶する) EMT928で通常のゴムベルトとの違いを馴染みのお店で架け替えて聴き比べたことがあったのだがその違いに驚いた(だと思うけど)店主はEMT928の話になると必ずその時の話をしていた。モーターの性状が現れやすいと思うし一面アイドラードライブに近い性質を持つようにも思う。EMTはその後「Technics SP-10」に触発されてダイレクトドライブへと移行していく一方でThorensは最後までベルトドライブにこだわった。ブロードキャストの送り出しを考えればDDに勝るものは無いと思うが趣味の世界ではそうではなかったし鉄塊のようなベースのプレーヤーが流行ってもThorensのフローティングは変わらなかった。




















 EMT928 その1
 

 電源スイッチは中央にあるレバー

 3段階で左からOFF、中央は電源ONでスタンバイ(ターンテーブルはブレーキがかかっている)右は回転。白いボタンは勢い余ってOFFにならないようにするためのストッパーでホントにOFFにするときはボタンを押しながらレバーを左にスライドさせる。頭出しの方法は如何に?
 
 サブターンテーブルのブレーキはこの小屋の中にある。また電源が入るとEMTロゴが美しく点灯する。スピード切り替えレバーの隣のボタンを押すとEMT930と同様にレコード盤面を照らす。 

 久しぶりに通電するとこのブレーキが上手くいかない。グリスが固着しているらしくまた調整がずれていて中途半端に接触している。とりあえず当たらないようにブレーキユニットを移動させて聴いてみる。。EMT930stとカートリッジとアームは共通でメカニズムとフォノイコが異なるわけだがやはり出てくる音も若干異なる様子でレンジが狭くて丸いという印象。しかし聴いているうちに次第に落ち着いてきた。
 LP数枚聴いていると変化は感じるがやはり最初の印象は残る。メカニカルなS/Nは良好で(今まで聴いていた)EMT930stよりも優秀(アイドラーのせいかもしれないので個体差かもしれない)。ボリュームを上げると少しハムが聞こえるが不具合なのかは不明。インシュレーターはかなりへたっている様子だがこの状態でも耐振動は良好でケースの足が効果的な様子。この足は軟性のゴムでいい感じです。音の変化はまだありそうだしイコライザーの点検は必要だとしてその他に気のついた点としては
 ・クイックスタートが機能しない。ソレノイドは動いているが肝心なサブテーブルが停止しない。遅延回路など信号のコントロールはできている。
 ・アームリフターの動きが乱暴でエレガントでは無い。調整は効くのだろうか?
 ・速度の調節ボリュームがスムースでは無い
 ・前面にあるイコライザーの操作ボードでカーブの切り替えスイッチが接触が悪く大きなノイズがでる。
 ・スピンドルの注油は行なっていない。

 入手したのは随分以前で一通り整備したと思うがそれ以来稼働していなかったので色々と不具合が出てきている。掃除を兼ねて久しぶりに整備してみる。

 ライトとクイックスタートのメカニズムの入っている小屋の佇まいはEMT930のライトボックスに似ていてEMTのモニュメントにも見えないこともない。この小屋は2本のネジで内部のメカニズムに固定されているがボードからは少し浮いていて(0.5mm程度)余計な共振を起こさないように配慮されている。
 


 メカニズムを外してメンテする。ジョイントはボードの穴から覗けるし分解は易しいのでメンテナンスポイントかもしれない。
 モーター軸に直結されている駆動プーリーの直径は大きい。

 ベルトが外れないようにタル状になっている。分解してみると

 軸に強い負荷がかかった時にスリップする構造になっている。(クイックスタートの停止時にはスリップはしないと思う)上下にあるフェルトに上下のプラスチックパーツがスプリングで押し当てられてのフリクションで調節している。調節代はあるかは不明だが原理からフェルトの脱脂、スプリングを強くする(引っ張る!)などすればスリップの限界点が変化すると思われます。実際にこれで組んでみるとスリップはベルトとプーリーで発生していて脱脂してもダメなのでベルトは要交換であることがわかった。またサブテーブルの回転を止めるフェルトは消耗品でこれも要交換だが多分入手は困難なので自作する必要がある。この部分の材質は他に樹脂系の材料を使ったEMT928もあって試行錯誤が伺える。ここの信頼性が低ければ放送現場では使えない。

 instruction manualを見ると、このプーリー部(スリップクラッチとのこと)とモーターには注油は不要と強く書いてある。モーターの軸受けにはオイルレスメタルを使っているらしい。

 裏からネジ3ヶ所外してアーム周り、ライト周りを外すとボードが外せます。
 
 手前にある操作パネルを外すにはまずレバーを外さないと。引張ってもダメで裏から留めてあるネジを緩めます。思いっきり緩めても大丈夫でネジは抜け落ちません。また電源レバーロックのボタンは捻って外す。金属製で内側にネジが切ってあります。
 


 ネジ3ヶ所を外してようやくボードが外れた。メカニズムは堅牢でとても配慮されている。さすがに高級業務機だと感心する。
 これで速度調節ボリュームとストロボの鏡(一体になっている)を取り出せたのでまず鏡を磨いた。傷つけないように丁寧に。

 ボリュームはトラックコイン(勝手に命名)が回転しながら左右に移動するという独特なもの。ハトメ2個で留まっているのでドリルで揉んで外す。

 このパーツは分解ができる構造です。プラスチック3ヶ所で裏表がジョイントされている。分解すると

 こういう内部です。トラックコインはラック&ピニオンギアで中心部の左右に端子がありスプリングで裏表の金具に押し当てられている。金具の一方は抵抗帯なので位置によって抵抗値が変化する。抵抗値はトラックコインの位置で判断できる、という構造。

 このパーツはEMT928の最重要パーツと思います。既製品は見たことが無くスペシャルパーツだった可能性が高い。メインテナンスする場合は分解して内部を清掃して再度組み立てるわけだが気をつけないとスプリングが弾けて細かい部品がとばっちってエライ目に会います。会いました。
 部屋の隅々まで掃除して家族には褒められたのはよかった。。肝心の部品も見つかりました。ここを紛失、損傷すると完全修理は困難になる、、という意味で最重要パーツ。

 導通帯を磨いて抵抗帯を掃除して組み立ててトラックコインを移動させてみて抵抗値を測定してみると、、快調です。このチェックはアナログテスターに限る。鏡やプリズムも磨いてよく見えるようになって良かった。

 以前メンテナンスした時はケチってマッシュルームインシュレーターは使わなかった。自作した代用品。

 今見てもなかなかの力作(?)でも今回は素直に注文しました。安いところを探すがどこも大きな差がない。ほとんどレプリカだと思うが形は一緒でも構造が異なるものがあるらしい。ドイツなのでしばらくかかります。
 ベルトは国内調達だったので翌日に届いた。

 古いベルトを測定してちょっと小さい寸法なのを注文した。これで回転させるとまあ支障なく使えます。ただスリップクラッチは回転開始時には動作しないしターンテーブルの回転を止めてもスリップはベルトとの間に起こる。これは仕様とは異なっている動作かもしれない。以前は純正ベルトを使っていたのだが劣化のために交換した。当事モノが入手できても多分使えないだろうしもはや音質の比較はできないと思う。もちろんサイズが違うので使えないが以前に某オークションで「MICRO」社の糸ドライブターンテーブルのオプションとして発売されていた(記憶が定かでないが)伸展しないベルトが出品された時に沢山の入札があった事を思い出す。そのまま糸と取り替えられたのか?も不明。

 回転調整のボリュームを触ったので調整(アジャスト)が必要。トラックコインを中央にして各回転ごとにボードの半固定抵抗を回してストロボが止まるところに設定します。

 各回転ごとに4個、全部で12個ある半固定抵抗のうち「F」と書いてあるのをマイナスドライバーで回して設定する。回す時は丁寧に壊さないように。。ついでに接触不良が無くスムースに回転が変化するかチェックする。ここがダメだと部品交換を覚悟することになる。
 この個体は問題無いようです。

 ストロボパターンがくっきり見えて素直に嬉しい。50Hzと60Hzでプリズムの位置を動かして切り替えるのだが実際に窓から見て見えやすいところに微調整した方が良いです。ところで3種類の波を作っているのだから各々の周波数で発光させればストロボパターンは1種類で済んだのでは無いかと思うのがなぜだろうか。大人の事情か?

 ベルトを変えて聴いてみる。カートリッジの出力の配線が度重なる着脱で断線していたり、の修理で数時間費やした。やはりベルトの影響力は大きくかなり様子が違う。もっともノーサス状態なので以前と違うのは当然ですが。

 正常動作しているようだが12個のトリマーの設定が気になる。33 1/3、45、78の各回転ごとに4個の半固定ボリュームがある。
 
 前述のようにFが着いている回転数の数字は発振周波数調整用でマニュアルによればモーターの3波、S,R,Tの内のS端子に周波数カウンターを接続して 33 1/3は21.5Hz 45は29Hz 78は50Hz に調整する。オシロスコープで波形をモニターしながら行った。調整できないときは半固定ボリュームの不良を疑う。周波数カウンターはマルチテスターに内蔵されていてすこぶる便利。ついでに各端子の交流電圧を測定する。マニュアルによれば 33 1/3は5V 45は6V 78は8.5V になるようにSのトリマーを調節する。Sトリマーで出力電圧は変化するが残ったRとTトリーマーは何を調節するのだろうか?各々回しても出力電圧は変化しない。(発振回路の基礎を勉強していないので手探り状態だ。)がある部分で3波とも周波数が一致する。しかし出力電圧は完全には一致しない。ここは出力段のばらつきなのかもしれない。Sトリーマーで電圧を設定するとS端子のみならずRとT端子の電圧も同様に変化する。この状態でRとTトリマーを回すとモーターがカクカク言い始める。カクカクしないところは結構クリチカルでほぼ一点となるため必然的にポジションが決まる。。色々やってみたがどうもこの調整方法で問題なさそう。モーター軸に負荷をかけた時にも調整点がずれているとカクカク状態になるが調整が取れているポジションが一番トルクが強い。きちんと多現象オシロスコープを用いて各々120°の位相差である事を調整すべきだが前世紀の単現象オシロしかないのでこのあたりで妥協した。

 クイックスタートに備えてブレーキをかけてサブターンテーブルの回転をストップしている状態では回っているメインのプラッターとサブターンテーブルはスリップしている。しかし実際はメインのプラッターまで回転が止まってしまう事がある。チェックするとモーターの回転はつづいているのだがモーター軸とベルトで滑っている。交換した新品ベルトは古いベルトを計測してそれよりもちょっと小さなサイズの540mmだったがどうもこのサイズでも大きすぎたらしい。そんなにサイズは豊富では無いのだが再度探すと520mmというのが見つかったので改めて注文した。

 価格は540mmの3倍。品質が良いとも思えない。でも動作は良好で今後の交換は520mmのものにします!


 EMT928 その2
 「その1」との一番大きな違いはクイックスタートのブレーキの形。

 形はゴツく洗練されていない雰囲気でいかにも業務用。でもこちらの方が確実にストップする。ブレーキパットの材質は「その1」はフェルトだがこちらは樹脂製で両側に金具が張り出していて3点でサブテーブルを押さえつけている。また駆動のメカニズムも異なっており試行錯誤の跡がうかがえる。なぜEMT930stのような形状にしなかったのかだがすでに存在していたThorens製メインプラッターに後付けした苦肉の策だったようで、レコードのサイズからサブテーブルのハカマ部分を伸ばせないためにパットによる十分な圧接ができない。またベルトの滑りから確実なストップと起動が難しく特殊なベルトを採用したりトルクを増すために大型のモーターの採用や新設のドライブ回路などで対応している。しかし実際に使用してみるとクイックスタートの調整はクリチカルで信頼性は他のEMT製品と比較して低く業務用としては致命的だったと言わざるを得ない。またモーターのドライブ基板には多数のトリマーがあって長期使用の不安が残る。基板はモジュール化されていないので調子が悪ければ基板ごとの交換を求められたと想像する。事実「その2」のトリマーは2ヶ所交換しておりまた1ヶ所は分解整備で対応した。Thorens製品の流用に起因する弱点かと思うが製造のコストダウンを図って価格を抑えた割には一般人から見たらはまだまだ非常に高価で、1970年代のThorens125MKⅡの国内販売価格はアームなしで94,000円ほどなのに対してTSD15と929アーム、内臓イコライザーがあったとしても700,000円(1976年)はやっぱり厳しい値付けだったかと思う。当時一般にも販売されたらしいが個人で購入した人は皆無だっただろうし放送現場での評判はどうだったのだろうか?
 しかし悪いことばかりではなく現在入手できるEMT製品としては(その不人気が故に)かなりリーズナブルでしっかりと整備すれば十分に楽しめると思います。業務用ということで堅牢に設計、製作された部分もありそれらは確実に再生音に反映される。特にTSD15を使用する機器はコンプリートなEMT製品しか無いわけで。ただ状態の良い製品は少なくなっていると思います。

 「その2」のスピード微調整のトラックコインボリュームは以前分解整備したことがあってすでにカシメからネジ止めに変更してある。今回ボリュームの両端の接触が悪くなったようなので再度分解整備した。

 このパーツも代替えが見当たらないのでちゃっちい割に貴重品です。
 「その2」は「Decca」のアームとカートリッジを載せています。メインプラッターは鉄製らしく磁性体なので本来はDeccaのカートリッジは使えないのですがサブターンテーブルが厚いので磁力の影響を受けないため問題なく使えますしアーム取り付け穴もほぼ一致します。


 Decca製品はハム対策が面倒ですが唯一無二の世界を持っている。。EMT928との相性は悪く無いと思います。Deccaのプレーヤーシステムは見たことがありませんがコラーロとの組み合わせが絵になのはやはりDecca Decolaの影響かと思います。拙ブログで紹介させてもらった時にも書きましたが整備したときはこのEMT928を基準に行いました。





 お読みいただきありがとうございました。


 追記 1
  クイックスタートの調整で休日が潰れてしまった。。ボードを10回は着脱したと思う。仮組みでは動作するのだがいざ組み立てると不安定になる。原因がわからないうちに夜になってしまった!どうにかまとまったが調整法を会得したわけではないので虚しさばかり残る。ケース(木製)に入れると再生音が変化する。やっぱりサスペンションが貧弱なので使用する環境でかなり変わってしまうと思います。この辺りはコンシューマー機器のよう。結局「その1」のクイックスタート機能は不安定で諦めてしまった。またヒマな時にチャレンジします。


 Wishbone Ash  Live Dates(英 1973)
 ウイッシュボーン アッシュは1970年代に活躍した英国を代表するギターサウンドグループ。同時代のギターキッズはこのバンドのコピーをした事が一度はあるかと思う。アンディ・パウエルとテッド・ターナーのツインリードギターの美しさは今聴きなおしても胸を熱くする。憧れて「ギブソン フライングV」を買ってしまったひともいたのではなかろうか。南部アメリカの雰囲気がプンプンの「オールマン ブラザーズバンド」はもちろん良かったが「やっぱりロックはイギリスだ〜!」と思わせた一枚(でも2枚組のライブ盤)。演奏の良さは当然だが録音も秀逸で(編集の手が入っていると思うが)繊細な部分までよく聞こえる。


 追記 2
  クイックスタートについては放送現場でもやはり問題があったようで1975年にEMTより調整についての解説が出たようです。