Nagraはスイスのローザンヌにある業界デジタルTV、パブリックアクセス、サイバーセキュリティの企業「NagraKudelski Group」の1951年に創設されたブランド。Nagraテープレコーダーは同社の最初の成功した製品でポーランドの研究者Stefan Kudelski氏(2013年没)によって開発された。現在はクデルスキーグループを離れロマネルシュルローザンヌに本拠を置く独立所有の会社Audio Technology Switzerland S.A.によって開発、製造、販売されている。「Nagra」は開発者の母国であるポーランド語で「記録する」という意味(Wikipediaから引用)。
Nagraテープレコーダーは映画撮影現場で使用されていた映像と同期する機能を備えた可搬型が有名。過酷な環境でもトラブルなく稼働する必要があり小型で堅牢、高性能な製品として第一線を退いた現在でも魅力を放っていて愛好家は多い。
私も若い頃からスイスメイドの精密で美しい造形に憧れた一人だが現役で稼働していた当時はコンシューマ市場で見ることはなくステレオサウンド誌で紹介された美しい写真を眺め、価格の"0"の数を数えてリアルに天文学的な数字に慄いた。日本の代理店があり入手は可能といってもまったく実感はわかなかった。今となっては「どうあがいても手が届かないもの」の存在は人格形成において必要ではないかとさえ感じる。しばらくして雑誌の売買欄で売りに出されたNagra Ⅳがありハガキで問い合わせたら結構な量のマニュアルのコピーが送られてきて「まずこれで勉強しなさい!だれに譲るかは後日通知する」旨のメモといかにNagraが貴重で素晴らしい物かが滔滔と書かれてあった。所有する側にもそれなりのレベルが求められるみたいな上から目線でさすがにこれにはちょっと引いた。
最初の製品は1951年のNagara Ⅰ
Nagra Ⅰ (Audio Technology Switzerland S.A. HPより)
世界初のポータブルテープレコーダーでそれまでは洗濯機のようなサイズで多くの電力と手間のかかるメンテナンスが必要とされた。1951年はSONYのデンスケ1号機がNHKに納品された年だがそれよりも遥かに小型。
1953年Nagra Ⅱはモジュロメーターが搭載されその後ⅡCⅠではプリント基板化されるなど細かな改良がされた。ⅡCⅠでは7本の真空管を用いていて電池は135Vの積層電池とヒーター用電池を必要とする。モーターはゼンマイ駆動。
Nagra ⅡCⅠ (Audio Technology Switzerland S.A. HPより) その後のNagra Ⅲの原型と一目でわかる。
Nagra Ⅲ(1957年)
Nagra Ⅲ (Audio Technology Switzerland S.A. HPより)
ローマオリンピック(1960年)の放送で活躍し以来各国のブロードキャスターに導入されるようになった。カメラと同期するための水晶発振子を利用したNP(ネオパイロット)を搭載したⅢNPは1962年。
・電源: ATN電源か単一電池12個
・テープスピード: 38.1cm(15inch)/s(NAB)、19.05cm(7 1/2inch)/s (CCIR/NAB切替)、9.525cm(3 3/4inch)/s
・ワウ・フラッター: 0.04%(15ips)、0.06%(7.5ips)
・クロストーク: 70dB以上(1kHz)
・ノーマル録音レベル: 0dB=510nWB/m
・周波数特性: 30~18kHz(±1dB)15ips 40~15kHz(±1dB)7.5ips
・SN比: 72dB以上
・外形寸法: W360×D240×H110mm
・重量: 6.3kg
内臓電池は単一12本で18V。外部電源はコネクターはDIN 6pinで他の機種と共通だがATN2は出力電圧の関係で使用できない。適正電圧は12V〜24Vで無負荷のATN2電源は35Vまで上昇するためでNagra Ⅲ専用電源 ATNが用意されている。
ATN(Nagra Ⅲ用外部電源) ATN2 for NAGRAⅣ&4.2only でわざわざNAGRAⅢにバッテンがついている。
ATN2には「注意:NAGRAⅢに接続するな」と朱書きのシールまで貼られていて誤接続によるトラブルが多発したことが伺える。
電池を内蔵すると結構な重量となる。黒のパネルにシルバーのリングが4輪でこれはもう蒸気機関車にしか見えない。Nagra ⅢNPが拙宅に来たのは四半世紀以上前でステレオのNagra Ⅳと比べて人気がなかったのか結構流通していたように思う。改めて観察すると古典と未来が混ざったような独特の雰囲気でネジ一つにもクラフトマンシップが行き届いている気がする。民生機と全く異った構造で巨額の費用が掛けられた宇宙船の内部はこんな雰囲気ではないだろうか、、などと思ってしまう。
数本のネジを緩めるだけでパカッ!と口をあけて内部を見ることができる。保守点検にはとても都合がよい。
ワンモーターのメカニズムとユニット化された電子回路は美しくNagra Ⅲは64年前のNagra最初のソリッドステート製品のはずだが、、この完成度には驚嘆する。(この個体は1965年製造)。
Nagra Ⅲの周辺機器
DH
(引用 https://www.radiomuseum.org/r/kudelski_nagra_aktivlautsprecher_active_speaker_box_hp.html)
「DH」という名前のパワードスピーカーで製造は1964年、外部電源は接続できず単一電池12本必要で現場での使用に特化している。パネルはNagra Ⅲと合わせているが予算の関係なのか角メーター。欧州製品らしい楕円形スピーカーを積んでいる。
MIXER MBⅡ
(引用:https://www.radiomuseum.org/r/kudelski_nagra_mixer_bm_ii_bm_2.html)
MBⅡは200Ωのマイク入力が3系統、LINE入力が1系統のNagra Ⅲ専用アクティブミキサーで本体から10.5Vの電源が供給される。各々にローカットフィルターがありコントロールは入力だけで出力はなく本体で行う。出力はDIN6pinで信号、電源が含まれる。オリジナルのツマミは他と同様に金属のバーなのだが使い勝手が良くなかったのか日本製のものに置き換えられている。他の製品と同様にパネルには誇らしげに「SWISS MADE」とある。
Nagra Ⅲ 1963年4月の米国のパンフレット
(引用:https://museumofmagneticsoundrecording.org/RecordersNagra.html)
いかに優れた性能かが述べられているが注目すべきは価格で Nagra ⅢB $ 1045 Nagra ⅢNP $1095 。 米国の現在の物価は1963年当時の約9倍と言われるので100万円程度でちょっと低いような、、。1963年当時の大卒初任給19700円で現在は約10倍。当時は1$=360円なので$1000=36万円(そういえば1000ドルカー パブリカなんてCMがあった)その10倍とすると360万円でこちらの方が感覚的に近い気がする。
Nagra Ⅳ-S(1971年)
Nagra初のステレオテープレコーダーでNagra製品では一番知られている。
Nagra Ⅳ-S (Audio Technology Switzerland S.A. HPより)
電源:交流電源(ATN-2)によるか、単一電池12個による駆動(充電地も可)
テープスピード: 38.1cm(15inch)/s(NAB及びNAGRAMASTER)、19.05cm(7 1/2inch)/s、9.525cm(3 3/4inch)/s
ワウ・フラッター: 0.028%(15ips)、0.030%(7.5ips)、0.043%(3.75ips) NAB規格
クロストーク: 70dB(1kHz)
ノーマル録音レベル: 0dB=510nWB/m
周波数特性: 30~20kHz(±1dB)15ips
30~15kHz(±1dB)7.5ips
30~10kHz(±2dB)3.75ips
SN比: STD...70.5dB (NAB 15ips)
NAGRAMASTER...74.5dB(NAB 15ips)
外形寸法: W333×D242×H113mm
重量: 6.4kg
Nagra Ⅳ-Sには3種類ありⅣ-SDは通常の2chステレオ機 Ⅳ-SLはパイロットヘッドを加えたタイプ Ⅳ-SJは騒音、振動測定などのデータレコーダーで非オーディオ用。本体には7号リールまでかかるがアクリルカバーが閉じるのは5号まで。ただし7号に対応したアクリルカバーも用意されていて(冒頭の写真)、QGBアダプター(後述)を用いれば10号リールまで可能。それ以外でも夥しい数の周辺機器が用意されている。
左右の入力ボリュームはスイッチで連動、非連動の切り替えができる。
この切り替えが不調で調整した。ツマミをギアに押し付けるクラッチ機構になっている。イモネジは1/16inch。
日本国内の代理店は「報映産業」で取扱は多分Nagra 4.2 Nagra Ⅳ-Sからではないかと思う。1983年1月1日の価格表を見るとNagra 4.2 は1,270,000円 Nagra Ⅳ-SDは1,330,000円 Nagra Ⅳ-SJは1,790,000円 オーディオ愛好家が注目したのはやはりステレオの仕様のNagra Ⅳ-SDで、モジュロメーターの立体的な造形はNagraの象徴としてその後のアンプにまで取り入れられた。
Nagara ⅠS(1974年)
Nagra ⅠSは初の3モーターを搭載した小型フルトラック機でマニュアルによると用途に合わせて以下の4種類がある。
電源は単一電池8本12Vで本体と切り離すことができるボックスに収まる。3モーター機ということで今までと内部の構造も大きく異なっている。
メカニズム部分が少なくなり電子回路に置き換わった。Nagraに限らずテープレコーダーほとんどがこの流れだったわけだがキャブから電子制御の燃料噴射になったみたいだと感じる。上を向いているマイクとヘッドホン端子が本体の両サイドから飛び出しているという特異な形状でフルトラックのモノだがマイクは2本接続できて本体でミキシング可能。フロントパネルに端子を設けなかったのはオーダーに応じてのコネクターの変更を配慮したと思われる。この機種はマイクはキャノンのメス2本、ヘッドホンは6.3mmになっている。突起が左右にあるということで通常のキャリングケースの形状では出し入れに問題が生じるので
この専用レザーケースは左右の大きなポケットの内側に穴が開いていて左右から被せるように突起部分が収まる。「DR」のシールは「DENMARK RADIO」のマークでパネルにも美しく刻印されていてこれはNagraにオーダーしたのかもしれない。当時Nagra ⅠSが日本に正式に輸入されていたかは不明で報映の価格表にも見当たらない。モノトラック録音機はNagra 4.2やNagra Eで足りるとされたのだろうか。
Nagra E(1976年)
最後のNagraアナログポータブルテープレコーダー。
1312
Specifications
THD at 400 Hz < 0.9 % at 0 dB, < 2 % at +3 dB
Frequency response 50- 15000 Hz at +/- 2 dB
Signal to noise ratio 62 dB ASA A weighted
Erase depth 12000 Hz recorded signal > 79 dB
Wow and flutter +/- 0.1 % (DIN 45507)
Reference oscillator 1 kHz signal, 0 VU level – 8 dB
Built in reference oscillator
For tape calibration –12 dB @ 1 kHz, 6.3 kHz and 10 kHz
Operating range - 20 to 70 °C
Autonomy In continous operation 20 hours
Inputs / output
Mic input 3 pin XLR’s
Mic powering “T”power, Dynamic
Sensitivity From 0.2 mV to 4 mV / 0 dB
Line input
On microphone 2.5 mV / 0 dB
Line Assymetrical with output load > 300 , 0.94 V for 320 nWb/m
Physical
Dimensions 315 x 226 x 104 mm
Weight 5.5 kg(12 cells and tape included)
1モーターでメカニズム部分はⅣ-Sとほとんど一緒だがモーターの直径が少し小さい。筐体の高さも若干低くツマミ類は先祖返りした。トレードマークのカラフルな赤に染められているがパネルの厚みは2mmで以前の機種と変わりない。にもかかわらず華奢で軽く感じられるのは(実際1kg程度は軽いのだが)リッドを受ける部分のゴムパッキンが省略されていること、アイキャッチャーのNagraメーターが(非常に見やすいのだが)角メーターになったこと、外装に使われているネジが安っぽいことなどかと思う。(特にこのネジは非常に気になるところで隙あらば交換してしまいたい!と思う。多分しないけど。)
電子回路はワンボードになったがNagra ⅠSで採用されたロジック回路は1モーターということで使われていない。オペアンプなども無くすべてディスクリートで構成されているのも古典的だが不慮のトラブルに対応するためかもしれない。
前年の1975年にはSONY TC5550-2が発売されている。nagra Eの1978年の価格は680,000円でNagra 4.2やNagra Ⅳ-Sの約半額という廉価版だがそれでもSONY TC-5550-2の4倍の価格。モノラル機であるし一般人にはなかなか手を出しづらかったと思う。しかしRevoxではなくStuderを、ThorensではなくEMTを、など日本には業務機を崇める気風がありオーディオブーム最盛期には入手された方も居たかもしれない。
QGB
Nagra E Nagra 4.2 Nagra Ⅳ-S に装着できる10.5inchアダプターで内部にモーターと制御するための電子回路がある。電源は本体とDIN 6pinコードを繋いで本体のバッテリーからもしくはQGBに接続する外部電源のATN2(3)で両者に供給される。StellavoxのABR85はSP7専用で電源も必要としないがQGBはテレコ本体とは完全に独立しているため他のテープレコーダーとも物理的に合体できれば稼働させることができる。
久々に稼働させようとしたがリールクランパーがうまく動かずリールを固定できない。
なかなか原理を理解できず思いの外修理に時間がかかってしまった。
巻き戻し、早送りはこのダイヤルを引っ張り上げて送りたい方向に捻ると高速で移動する。真ん中だとどちらにも行かず止まっている。
テープのテンションは2個のローラーで検知され軸の回転がコントロールされる。回路図を見ると50個以上のトランジスターで構成されサーボが掛けられていると思うが非常に複雑でほとんど理解できない。故障しないのを祈るのみ。
Nagra Ⅳ-S本体の足にクランプでしっかり固定され位置決めされる。本体の前面にパネルがあるので水平使用に限られるがしっかり一体となるのは安定動作するための重要な要素と思う。高さの低いNagra Eと組み合わせるにはちょっと工夫がいるし本体足の形態がⅣと異なる。他のテープレコーダーの場合はテープが走行する高さを揃えて走行経路に障害物がないようにすれば大丈夫そうで実際にSONY TC5550-2やStellavox SP7と組み合わせている写真を見ることがある。 Stellavox のABR85は使いづらく実用性は低かったがQGBはとてもよくできたアダプターで動きは快適、設計者は天才ではないかとさえ思う。
Nagra SN(1971年)
半世紀前に開発されたNagra SNは当時世界最小のオープンテープレコーダーでテープ幅は1/8inch(3.81mm)でカセットテープと同じ。単3電池2本で稼働しフルトラック、ハーフトラック、そして2chステレオタイプがある。
Nagra SNN フルトラック録音 9.5cm/s 4.75cm/s
Nagra SNS ハーフトラック録音 4.75cm/s 2.38cm/s
Nagra SNST(1977年)ステレオ録音
外形寸法:約147 x 101 x 26mm
重量:510g
スパイ映画によく登場すると言われるが私は見たことがない。アポロ宇宙船で月まで行ったとかスピーカーを搭載していないのでオープンテープ版のウォークマンとも言われる。レタリングは精緻で今ならレーザー刻印ができそうだが当時はどうやったのだろう?と思う。操作は横に飛び出しているレバーで行い早送り機能はなくて巻き戻しはハンドルを起こして手動で行う。ヘッドホンは3.5mmのプラグでその他多くのオプション機器とは横についているコネクターで接続する。
今ではよく目にするが当時はスパイが隠し持ってるのだから一般人は見ることができない、、などと思っていた(ホントです)。雑誌の写真に反応して「実際に流通してるとは思わなかった!」などというコメントが次の号に載ったりするほど幻の製品だった。swiss madeの時計のような位置付けで大切にされ酷使されたのは少ないように思います。
適当なケースがないかと探して見つかったのはマレーシア航空の洗面セット。ポルシェデザインらしく大きさもちょうど良い。ビジネスクラスなんて乗ったことがないので知らなかった。その他ハードディスクドライブのケースが良さそう。