金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(呂布)319

2014-03-09 07:14:17 | Weblog
 田澪の口から出た、「刺客」という言葉が呂布を魅了した。
何者にも代え難き言葉。
今すぐにでも遭ってみたいもの。
思わず頬が緩む。
 その思いが表情に現れたのだろう。
彼女に呆れられてしまう。
「もしかして喜んでいるの。
刺客を放たれてもいいの」
 彼女は老いているが、鋭いところがある。
曖昧な言葉や、嘘を許すとは思えない。
呂布は正直に述べた。
「是非とも強い奴と手合わせしたい。
命をかける価値のある奴なら、なお結構。
これは、おかしなことかな」
 彼女だけでなく供の二騎や馭者までが表情を変えた。
かまわずに呂布は続けた。
「旅していて武の鍛錬をする暇がない。
少しでも怠ると腕が鈍りそうで・・・。
それを取り戻すには強い奴と手合わせするしかなかろう」
 彼女が表情を改めた。
「どういう育てられ方をした。
刺客との立ち会いを望むとは。
まるで、武にのみ生きている、という言い方ではないか」
「そうではないが」と呂布、一息置いて、
「技量を向上させるには鍛錬も大切だが、命をかけた立ち会いの方が、
より手っ取り早いと思う。
百の鍛錬よりも、命をかけた一つの仕合」と続けた。
「死に急いでいるとしか思えん。
・・・。
呂布、何の為に戦いたがる」
 呂布は一息置いて答えた。
「家族を探す為」
「家族を・・・」
 呂布は身の上に起きた事を話した。
生まれ育った村が如何にして滅びたか。
盗賊団の襲撃の手口から、大人の男達や病人、老人が皆殺しにされたこと。
そして女子供が狩り集められ奴隷として売られたこと。
「俺も家族も奴隷として売られた。
年月は経ったが、色々あって俺は自由になった。
自由になったからには、売られたままの家族を探さねばならない。
呂家の長男だかなら。
みんなを救い出して家を再興しなければ、殺された養父に申し訳ない。
それには強いに越した事はないだろう。
必要なら腕ずくで奪い返すつもりだからな。
だから暇があれば腕を磨いている。笑うか」
 みんなの表情が暗い方に沈んで行くのが分かった。
呂布は無理して破顔した。
「同情しないでくれ。
こんなに乱れに乱れた世の中だ。
他でも似たような話が転がっているそうだ」
 田澪がしみじみと言う。
「そうは言うがな・・・」
「気にしないでくれ。
これは俺一人の事情だ。
俺一人が戦えば済む話し」
 そうこうしているうちに田睦家に到着したので、話は打ち切りになった。
 戻った気配が分かったのかどうかは知らないが、誰も声をかけていないのに、
ふし転ぶようにな足取りで啄昭が向かえ出て来た。
鋭い視線で、みんなを見回す。
読み取ったのだろう。
「ご苦労様でした」と丁寧な拱手をされた。
 顔を上げて子細を聞きたがる。
呂布が固辞したので、田澪が取り立ての一切を語った。
これまで無念の思いでいたのだろう。
老家宰の表情が、話が進むに従い晴れて行く。
 満足した老家宰の先導で屋敷の蔵に向かう。
 田澪が老家宰に問う。
「田睦は」
 老家宰が嬉しそうに答えた。
「今日は裏庭を耕しておられます。野菜を作られる心づもりなのでしょう」
 没落しても土豪は土豪。
土地の旧家の体面もあり、主人が自ら野菜作りをすることはない。
けれどこの家では、
主人の田睦は長年、寝て臥せる生活が常態化したせいで体力を失っていた。
持って生まれた虚弱体質とは違う。
諸事情により生きる気力を失い、寝て臥せていたのだ。
それが畑仕事とは嬉しい知らせに違いない。
「そうか、それは重畳」
 蔵の前で、取り立てた金が馬車から下ろされると、老家宰は目を輝かせた。
自ら金を数え直して笑みを浮かべた。
「確かに」と頷き、軽い足取りで何回かに分けて蔵に仕舞う。
 仕舞い終えた老家宰に田澪が尋ねた。
「さあ、次は誰にしようかね」
 老家宰が二、三の名を上げると、老婆もそれを同じように繰り返した。
互いに視線を交わし、誰にするか話し合う。
 そこへ使用人の中年女が息せき切って駆け付けて来た。
「お客様ですよ」と来訪者の名を告げた。
 それまで名を上げていた一人だ。
「用向きを聞いたか」と老家宰。
 中年女が不機嫌そうに答えた。
「私ごときには教えてくれないわ」
 みんな顔を見合わせた。
田澪の機転で態勢を整えた。
老家宰が応対し、呂布と田澪は立ち会いと役割を振り、供の二騎と馬車を残し、
来訪者の待つ玄関先に急いだ。
 先方は馬車で屋敷に乗り入れていた。
馬車の脇には供が四騎。
三人の姿に気づくや、馭者とは別に一人が馬車から下りて来た。
如何にも土豪の主人らしき不貞不貞しい面つき。
供の四騎も一斉に下馬した。
都合六人。
その目が全て呂布に向けられた。
無遠慮な厳しい視線。


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