悲鳴が聞こえた方向を見ると絶望でしかなかった。
薬草採取をしている此処とは環境が大きく異なっていた。
河川の養分を吸い上げた雑草が万遍なく生い茂り、
さらには雑木林も点在、視界を完全に妨げていたからだ。
竹の育ち具合とか、蔦葛の絡まり具合からすると、
ここ何十年も人の手が入ってない、と分かった。
俺は探知君の精度を度外視して範囲を広げた。
それで見つけた。二種の色の点滅。
数は不明だが、人と魔物が重複していた。
つまり戦っているのだろう。
俺達は見守り警護の大人達を加えたので心強い。
でも問題が・・・、誰が・・・、指揮を執る。
さりとて話し合う時間はない。
危機は目と鼻の先にあるのだ。
時間を浪費するつもりはない。
俺はさも当然のように魔法使いの一人に指示した。
シビルにだ。
「土魔法の出番だよ。
周辺の雑草を掘り返して、見通しを良くして。
ただし、この周辺の魔物を刺激したら危ないから、そこは慎重にね」
シンシアが振り返った。
「私は・・・」
「水魔法の出番は魔物が現れてからだよ」
火魔法のルースは出番がない、と分かっているのか、
何も言わずにマジックアイテムから弓を取り出した。
もう一人の大人、シェリル付きの守り役兼任女武者、
ボニーも無言でマジックアイテムから槍を取り出した。
信頼の証しか、大人達から文句は出ない。
シビルが魔法使いの杖を導体として詠唱を開始した。
手慣れているのか瞬く間に発動した。
周囲の土を無造作に掘り返して雑草を埋め込み、視界を広げて行く。
シェリルが疑問を口にした。
「助けに行かないの」
「そうだよ、行かないよ。
まず正確な状況が分かっていない」
「あれは悲鳴よ、助けが必要だわ」
「それだけで助けに向かうのは無謀だよ。
良く見てごらん。
大人よりも丈の高い雑草が全面に生い茂っているだろう。
あれを掻き分けて進むのは無茶だよ。
獣道もあるけど、あれに入るのもお勧めしない。
下手すると魔物の群のど真ん中に突っ込むかも知れない。
はっきり言って、ここで様子見するしかない」
「助けたい」
シェリル付きのボニーが口を挟んだ。
「姫様、ご無理を申されますな。
ここに居るのは女子供だけです。
見捨てずに、ここで待ち受けしているだけでも、たいしたものです」
「待ち受け・・・」首を傾げるシェリル。
俺は説明した。
「獣道から逃げて来た者は助ける。
俺達に出来るのはそれくらいだ」
最善なのはサッサと撤退すること。
女子供の安全を最優先しても誰も非難しないだろう。
でも、ここに居る者達がそれを良しとするだろうか。
否。
正義感の強いものばかり。
曖昧な言動をすれば、助けに向かいかねない。
短い付き合いでも、そのくらいは分かる。
そう踏んで先手を取った。
みんなを足止めする為に盾を並べて陣地を構築した。
意味が分かるのか、大人達は何も言わずに従ってくれた。
感謝、感謝。
にしても、戦っている連中は何者なのだろう・・・。
あのような場所に何があるのだろう・・・。
俺の頭の中に虫が湧いた。
いやいや、疑問が湧いた。
俺は大人達に尋ねた。
「あの辺りには命を懸けるに値するような物があるの・・・」
ルースが答えた。
「巨椋湖に棲む魔物達の繁殖地が湖周りの湿原にあるそうよ。
そこで産んだ卵を狙ったものじゃないのかな」
「そうそう、そんな話は国軍でも聞いたわ。
卵を乾燥させて細かく粉のように砕き、調剤スキル持ちに持ち込めば、
高額で買い取ってくれるそうよ」とシンシア。
俺はさらに尋ねた。
「Bランクのフロッグレイドなんてのも居るけど、危なくないの」
「産卵する魔物の大半は産みっぱなしよ。
浅い水辺に産んでお終い。
そういう習性みたい。
もしかするとだけど、百個産んで百個全部が孵って困るのは、
たぶん親世代よね。
餌を巡って親子で争うことになるからね。
その辺りを考慮した神様が、そういう習性にしたんじゃなくって。
そういう分けで基本、卵は産み捨てよ」とルース。
「魔物の世界も世知辛いんだね」
俺の言い草に大人達が笑った。
シェリルが別の疑問を口にした。
「あそこの獣道は人が通った形跡がないわ。
だとしたら、あの人達はどこから回ったの。
そんなに道があるの」
ボニーが首を傾けながら答えた。
「もしかしてですけど、近くの川を下る小舟を何艘か見ましたわ。
乗ってるのは、みんな冒険者のような風体だったの。それかしら」
シンシアが手を打った。
「そうよ、それよ、私も見かけたわ。
獣道を通らずに済むし、採取した卵を運ぶのにも楽だわ」
精度大雑把な探知君に変化が生じた。
重なっていた二つの点滅の一方が二つに割れた。
緑色の点滅だから人間側だろう。
人数は不明なままだが、逃走に転じた。
こちらに向かって来た。
途中に船着き場でもあるのだろうか。
彼等は蛇行しながら逃げていた。
おそらく手近に見つけた獣道を辿っているのだろう。
魔物の点滅も二つに分かれた。
一つが逃走する連中を追跡して来た。
俺は探知君を元に戻した。
範囲は限られるが精度は高い。
それで状況を確認すると最悪だった。
逃げる連中が辿る獣道が此方に通じていたのだ。
俺はみんなに知らせた。
「一部の者達が此方に逃げて来る。
獣道だ。人数は五人前後。
それを魔物が追って来る。
数は十匹ほど」
みんなの顔に緊張が走った。
事前に予想していたとは言え、最悪の展開なのだ。
緊張しない方が、おかしい。
俺は正直に告げた。
「こちらの周りにも魔物がいるが、数は僕達の方が多いので、
これまで奴等は手出しして来なかった。
でも状況が変わった。
馬鹿頭が居れば、何の考えもなしに突っ込んで来る。
そこを理解して備えて欲しい」
キャロルが俺に言う。
「でも何とかなるんでしょう、ダン」
「当然。こちらは元軍人が中心だ」
引き取ったのはシンシア。
「任せなさい。
私が正面で水魔法をぶっ放すわ。
シビルは左警戒。あっ、MP回復ポーションを飲むのを忘れないでね。
ルースは右警戒。最悪の場合は火魔法も使って良いわ。
ボニーは後方警戒。槍働きを見させて貰うわ。
子供達は当初は正面だけど、状況によっては変わるわ。
遊軍として走り回って貰うことになるわ。覚悟してね」
薬草採取をしている此処とは環境が大きく異なっていた。
河川の養分を吸い上げた雑草が万遍なく生い茂り、
さらには雑木林も点在、視界を完全に妨げていたからだ。
竹の育ち具合とか、蔦葛の絡まり具合からすると、
ここ何十年も人の手が入ってない、と分かった。
俺は探知君の精度を度外視して範囲を広げた。
それで見つけた。二種の色の点滅。
数は不明だが、人と魔物が重複していた。
つまり戦っているのだろう。
俺達は見守り警護の大人達を加えたので心強い。
でも問題が・・・、誰が・・・、指揮を執る。
さりとて話し合う時間はない。
危機は目と鼻の先にあるのだ。
時間を浪費するつもりはない。
俺はさも当然のように魔法使いの一人に指示した。
シビルにだ。
「土魔法の出番だよ。
周辺の雑草を掘り返して、見通しを良くして。
ただし、この周辺の魔物を刺激したら危ないから、そこは慎重にね」
シンシアが振り返った。
「私は・・・」
「水魔法の出番は魔物が現れてからだよ」
火魔法のルースは出番がない、と分かっているのか、
何も言わずにマジックアイテムから弓を取り出した。
もう一人の大人、シェリル付きの守り役兼任女武者、
ボニーも無言でマジックアイテムから槍を取り出した。
信頼の証しか、大人達から文句は出ない。
シビルが魔法使いの杖を導体として詠唱を開始した。
手慣れているのか瞬く間に発動した。
周囲の土を無造作に掘り返して雑草を埋め込み、視界を広げて行く。
シェリルが疑問を口にした。
「助けに行かないの」
「そうだよ、行かないよ。
まず正確な状況が分かっていない」
「あれは悲鳴よ、助けが必要だわ」
「それだけで助けに向かうのは無謀だよ。
良く見てごらん。
大人よりも丈の高い雑草が全面に生い茂っているだろう。
あれを掻き分けて進むのは無茶だよ。
獣道もあるけど、あれに入るのもお勧めしない。
下手すると魔物の群のど真ん中に突っ込むかも知れない。
はっきり言って、ここで様子見するしかない」
「助けたい」
シェリル付きのボニーが口を挟んだ。
「姫様、ご無理を申されますな。
ここに居るのは女子供だけです。
見捨てずに、ここで待ち受けしているだけでも、たいしたものです」
「待ち受け・・・」首を傾げるシェリル。
俺は説明した。
「獣道から逃げて来た者は助ける。
俺達に出来るのはそれくらいだ」
最善なのはサッサと撤退すること。
女子供の安全を最優先しても誰も非難しないだろう。
でも、ここに居る者達がそれを良しとするだろうか。
否。
正義感の強いものばかり。
曖昧な言動をすれば、助けに向かいかねない。
短い付き合いでも、そのくらいは分かる。
そう踏んで先手を取った。
みんなを足止めする為に盾を並べて陣地を構築した。
意味が分かるのか、大人達は何も言わずに従ってくれた。
感謝、感謝。
にしても、戦っている連中は何者なのだろう・・・。
あのような場所に何があるのだろう・・・。
俺の頭の中に虫が湧いた。
いやいや、疑問が湧いた。
俺は大人達に尋ねた。
「あの辺りには命を懸けるに値するような物があるの・・・」
ルースが答えた。
「巨椋湖に棲む魔物達の繁殖地が湖周りの湿原にあるそうよ。
そこで産んだ卵を狙ったものじゃないのかな」
「そうそう、そんな話は国軍でも聞いたわ。
卵を乾燥させて細かく粉のように砕き、調剤スキル持ちに持ち込めば、
高額で買い取ってくれるそうよ」とシンシア。
俺はさらに尋ねた。
「Bランクのフロッグレイドなんてのも居るけど、危なくないの」
「産卵する魔物の大半は産みっぱなしよ。
浅い水辺に産んでお終い。
そういう習性みたい。
もしかするとだけど、百個産んで百個全部が孵って困るのは、
たぶん親世代よね。
餌を巡って親子で争うことになるからね。
その辺りを考慮した神様が、そういう習性にしたんじゃなくって。
そういう分けで基本、卵は産み捨てよ」とルース。
「魔物の世界も世知辛いんだね」
俺の言い草に大人達が笑った。
シェリルが別の疑問を口にした。
「あそこの獣道は人が通った形跡がないわ。
だとしたら、あの人達はどこから回ったの。
そんなに道があるの」
ボニーが首を傾けながら答えた。
「もしかしてですけど、近くの川を下る小舟を何艘か見ましたわ。
乗ってるのは、みんな冒険者のような風体だったの。それかしら」
シンシアが手を打った。
「そうよ、それよ、私も見かけたわ。
獣道を通らずに済むし、採取した卵を運ぶのにも楽だわ」
精度大雑把な探知君に変化が生じた。
重なっていた二つの点滅の一方が二つに割れた。
緑色の点滅だから人間側だろう。
人数は不明なままだが、逃走に転じた。
こちらに向かって来た。
途中に船着き場でもあるのだろうか。
彼等は蛇行しながら逃げていた。
おそらく手近に見つけた獣道を辿っているのだろう。
魔物の点滅も二つに分かれた。
一つが逃走する連中を追跡して来た。
俺は探知君を元に戻した。
範囲は限られるが精度は高い。
それで状況を確認すると最悪だった。
逃げる連中が辿る獣道が此方に通じていたのだ。
俺はみんなに知らせた。
「一部の者達が此方に逃げて来る。
獣道だ。人数は五人前後。
それを魔物が追って来る。
数は十匹ほど」
みんなの顔に緊張が走った。
事前に予想していたとは言え、最悪の展開なのだ。
緊張しない方が、おかしい。
俺は正直に告げた。
「こちらの周りにも魔物がいるが、数は僕達の方が多いので、
これまで奴等は手出しして来なかった。
でも状況が変わった。
馬鹿頭が居れば、何の考えもなしに突っ込んで来る。
そこを理解して備えて欲しい」
キャロルが俺に言う。
「でも何とかなるんでしょう、ダン」
「当然。こちらは元軍人が中心だ」
引き取ったのはシンシア。
「任せなさい。
私が正面で水魔法をぶっ放すわ。
シビルは左警戒。あっ、MP回復ポーションを飲むのを忘れないでね。
ルースは右警戒。最悪の場合は火魔法も使って良いわ。
ボニーは後方警戒。槍働きを見させて貰うわ。
子供達は当初は正面だけど、状況によっては変わるわ。
遊軍として走り回って貰うことになるわ。覚悟してね」