金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(動乱)394

2014-11-30 08:07:08 | Weblog
 侍女と女武者が董卓の使いを案内して来た。
その者は部屋に入るなり、両膝をつき、大袈裟に拱手をした。
「お目通り、感謝いたします」と顔を伏せたままの姿勢で言う。
 埃に塗れた軍装だが身分は武官と分かった。
それにしても、いやに、か細い体軀ではないか。
「北伐は辛い軍務」とは聞いていた。
それにしても、ここまで痩せるものだろうか。
思わず聞いてしまった。
「身体は大丈夫なの」
 その武官の肩が揺れた。
顔を上げていないので表情は見えないが、苦笑いしているような声音。
「この身体は生まれつきです」
「顔を上げなさい」
 ゆっくり現れた顔。
額が広く、両目が大きい。
目が大きいからではないが、目端が利くような顔をしていた。
「名は」
「李儒と申します」
「国軍の者なの、それとも将軍の家臣なの」
「元は朝廷に文官として端の方にて仕えていましたが、色々ありまして、
今は、将軍に乞われて家臣となりました」
 珍しい。
朝廷の端の方にいても文官であるのなら、それなりの官位にあったはず。
切っ掛けさえ掴めば昇進も望める。
なのに、それを捨てて将軍の家臣に降るとは。
朝廷での出世より、董卓に望みを託したのであろうか。
太后としては大いに気にかかった。
「董卓にどうやって口説かれたのしら」
 李儒は直ぐには答えない。
少し間を置いて、おもむろに口を開いた。
「北の方は広々としていて気持ちが良い。
有るのは三つの色のみ。
足下は草色。見上げれば青色。
真冬ともなれば一面が雪化粧。
そこで暮らすのは獣のような野蛮な連中ばかり。
狼がいて、匈奴がいる。
強い者のみが生き残れる単純な世界だ。
見てみようとは思わないか」
 おそらく李儒は話を端折っているのだろう。
場所柄を考え、言葉を選んだに違いない。
董卓の事だから朝廷の有り様の批判もあっただろう。
特に宦官の存在には辛辣で、追放を主張している一人。
李儒に、「文官は宦官がいる限り出世は望めない」と吹き込んだに違いない。
そうまでして手元に置きたいからには、李儒に才気を見たのだろう。
どんな才気かは知らないが、董卓は無駄飯を喰わせるほど優しくはない。
 董太后は李儒を値踏みしながら話しを本筋に戻した。
「分かりました。それで使者のおもむきは」
「洛陽の地震が起きたと分かり、将軍は太后様や皇帝陛下の身を案じておられます」
「心配させたわね。
わらわは元気よ。
帝も症状は変わらないけど、無傷。
でも、ここに来るまでに見たでしょう。
王宮も町中も酷い有様。手の付けようがないわ」
「はい、見ました。実に酷い有様です」
「それで将軍は」
「こちらに急ぎ戻られております。
五日もあれば全軍、帰還出来ます」
「全軍・・・」と太后は漏らし、
「今、手元の兵力は如何ほどか」と真剣に問う。
「貴族、豪族の部隊は、それぞれの領地に戻しましたので、手元には国軍のみです。
兵力は四千。
元は五千でしたが、匈奴との戦いで四千に減らしました」
 太后は思案し、申し渡した。
「悪いけど急ぎ将軍の元に戻り、洛陽への入城は行わず、
洛陽の北に布陣するように伝えてちょうだい。
匈奴が何時ものように南下を開始したのよ。
すでに今年の北伐の軍も出撃させたけど、なんだか心許なくてね。
将軍が北に布陣してくれるのなら一安心だわ」
 匈奴といっても一つではない。
かつては一つの大勢力であったが、いまは南北に分かれていた。
南匈奴は多数派で後漢とは比較的友好な関係を取るようになった。
もう一つの少数派、北匈奴は後漢とは敵対関係を維持したまま、
南匈奴とも血で血を洗う骨肉の争いを繰り広げていた。
問題は匈奴が南北に分かれたことにより、戦力が減じた事にある。
そこを突くように新たな騎馬民族が台頭し始めた。
代表格は鮮卑であり、烏桓であった。
新たな騎馬民族ではあるが、
匈奴が一大勢力になる前に北方を支配していた東胡なる騎馬民族の残党でもある。
とにかく北方の遊牧民は多種多様で力による離合集散を繰り返していた。
為に、中華の人々には匈奴 も鮮卑も烏桓も区別が付けにくく、
南下して来る騎馬民族は全て、「匈奴」と一括りにして呼んでいた。
 李儒が目を輝かせた。
「了解しました。戻って伝えます。
それからもう一つ。
申し遅れましたが、太后様は華佗をご存じですか」
 巷では医術、薬師として知られていた。
「放浪癖があり、所在不明の日が多い」としても知られていた。
放浪癖といっても事実ではない。
薬草に興味があり、暇があると常に山中を探し歩き、帰らぬ日々が続くのだ。
「聞いた事がないわ」
「市井の医家では最高の腕だそうです」
 董太后は興味を覚えた。
「宮廷の薬師達よりも優秀なのかしら」
「おそらく。
悪い噂は聞いた事がありません。
市井で数多くの病人を診ているので、経験も豊富です」
 宮廷で患者が出ると、朝廷勤めの薬師が治療を行う。
薬師は薬草だけでなく医術の心得もあり、腕は確かだった。
その薬師だけで事足りることが多く、医家が朝廷に割り込む隙は一分もなかった。
「その華佗がどうしたの」
「将軍の伝手で華佗が軍に帯同し、都に向かっています。
朝廷の薬師が手に負えない病人を華佗に診せたらどうでしょうか」
 小憎らしい。
覚醒せぬ帝を看病しているのは方術師を兼ねる薬師達だが、
一向に快方に向かっていない。
言外にそこを突いて来た。




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白銀の翼(動乱)393

2014-11-27 20:16:28 | Weblog
 董太后が窓辺に寄った。
顔を少しだけ差し出し、庭の様子を見遣った。
みんな甲斐甲斐しく立ち働いていた。
半壊した祖廟に集まり、動き回る姿はまるで蟻。
瓦礫を砕く者。
砕かれた瓦礫を荷車まで運ぶ者。
瓦礫満載の荷車を引いて、後宮の外に運び出す者。
埃を吸わぬように口元を布で覆い、文句も言わず作業を続けていた。
肝心の祖廟本体には、今だ手を付けかねていた。
解体するにも人手が足りないのだ。
この後宮には完全に倒壊した棟が一つあるのだが、そちらも手の付けようがない。
遺体の回収もままならない。
そこで比較的容易そうな祖廟が優先された。
しかし全力で取り組んでも、如何せん今は瓦礫撤去で精一杯であった。
 洛陽の王宮は落ち着きを取り戻していた。
震災直後は惨憺たる有様で、この世の終わりかと思われた。
後宮では外れの一棟が倒壊し、祖廟が半壊した。
表の王宮でも一棟が倒壊、二棟が半壊した。
別の一棟は出火で焼け落ちた。
幸いだったのは時刻がら、それぞれの棟に居た人間の数が少なかったこと。
お陰で人的被害は軽微なものと思われた。
しかし地震の揺れで窓が、扉が、天井が、側壁が、棚が壊れ、
ありとあらゆる物が散乱した。
王宮と言うよりはゴミ捨て場に近い状態であった。
「片付けるより、新しい王宮を建てた方が早いのではないか」と、みんなが噂した。
だが、洛陽居住の忠臣達が大勢駆け付けた。
自分達の屋敷も被害を受けている筈なのに、そんな事は、おくびにも出さず、
瓦礫の撤去、解体、修理を買って出た。
 ここ後宮は女官と宦官の世界。
本来、男の出入りは固く禁じられているのだが、今回の被害は並大抵ではなく、
緊急措置として男手の動員が許された。
「男は現場以外には立ち入りを禁ず」との付帯条件が付けられてのこと。
実際、後宮の辻々に女武者達が立ち、動員された男達が悪させぬように見張っていた。
 祖廟の現場に立ち会っていた女武者が報告に現れた。
「遺体は見つかりませんでした」
 祖廟儀式に参加した者達のうち三人が行方不明になっていた。
女武者二人と祭主になった何美雨。
そこで、「瓦礫撤去と並行して遺体の発見に努めよ」と指示を下しておいた。
 董太后の表情が歪む。
「やはり結界に吸い込まれてしまったのね」
「そのようです」
「結界の入り口はどうなったの」
「それも見つかりません」
「壊れた分けか。
それで封じられていた悪霊怨霊が逃げだした。
今、洛陽の夜を騒がせているのは其奴等か」
「そのようです」
 地震のあった夜から。
別の言い方をすると、祖廟儀式が失敗に終わった夜からなのだが、
洛陽の庶民達が、「あれは悪霊怨霊の仕業だ」と噂するようになった。
何やら夜の町中で悪戯するモノが居るらしいのだ。
「後ろから背中を叩かれたので振り返ったが誰もいなかった」とか。
「誰もいない道を歩いていたら太腿に痛みが走ったので、
その箇所を確かめてみると傷付けられ、血が流れていた」とか。
色々と事例が多い。
犯人が分からないので、みんなは悪霊怨霊の悪戯と断定した。
幸い、今のところ祖廟儀式と悪霊怨霊を結びつける噂は流れていない。
それに人命も失われていないので、大騒ぎには発展していない。
「そなたはどう思う。
大師の説明では、夜に活動するのは小物の悪霊怨霊の類だそうよ。
太陽の光に弱いので、小物は夜しか活動しない。
だから今のところ危険はない、と言ってるわ」
 女武者が片頬を強張らせた。
「すると大物は。
言い方からすると大物は昼活動しても平気と聞こえます」
「そこらが曖昧なのよね。
あの大師を信用してよいものかどうか」
 董太后の言っている大師は朝廷勤めの方術師を統括する者のことだ。
今現在の大師は盧名深で、岨士良が方術師筆頭として支えていた。
この二人、何かと馬が合うらしい。
祖廟儀式が失敗に終わっても、
「地震のせいで結界が壊れました」と口裏を合わせ、弁明に終始した。
 女武者が真摯な表情で言う。
「あの大師は信用なりません。
あの場に居合わせた者達は、
儀式が失敗して、それを受けて地震が起こったように感じられた、と口を揃えています」
 それを質そうにも、当の大師とも方術師筆頭とも連絡が付かない。
洛陽の夜を騒がせる悪霊怨霊退治の為に、配下の方術師達を引き連れ、
総出で市井に下っていた。
彼等と連絡を付けようにも、その居場所を知る者は皆無の状態であった。
おそらく、悪霊怨霊に託け、
自分達を取り巻く状況が良くなるまでは姿を現さぬつもりなのだろう。
 そこへ董太后取り巻きの侍女の一人が急ぎ足で現れた。
「董卓将軍からの使いが面会を求めています」
 董太后はその侍女と女武者に命じた。
「誰にも見られぬように、その者をここに連れて来なさい」
 命ぜられた二人は顔を見合わせるが否はない。
承諾した。
 董太后は董卓が若手武官であった頃より、その才気を見抜き、大いに可愛がった。
ことに同姓であることから、血縁でないにも関わらず、
「わらわを洛陽の叔母と思い、困ったことがあれば何でも相談しなさい」
と申し渡した。
そして実際、董卓は武官として戦果を上げるだが、宦官嫌いの口が災いし、
何度も昇進が見送られる事態に遭遇した。
するとそれを知る度に太后は帝を説き伏せて正当に昇進させた。
「今日の董卓将軍があるのは太后の力添え」といっても過言ではない。




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白銀の翼(動乱)392

2014-11-23 08:12:45 | Weblog
 孫堅は呉美友の提案を受け入れた。
「分かった、委細は任せる」
「安心して任せて。
貴方や孫策孫権の役に立てる土地を買うわ」
 天井から見下ろしていたモノは、むかつきを押さえられない。
初めて手にする土地なのに女房任せとは。
如何に信用していると言っても、所詮は女ではないか。
官位が低いからこそ、ここで土地の購入は大事なのだ。
土地は食料の生産だけではない。
次第に土地を増やして行けば、耕作する者も多勢雇わねばならなくなる。
いわゆる小作人。
あるいは奴隷。
人が集まれば集落となり、それが村にまで膨れ上がれば一つの大きな財産。
村となれば商人や旅人が立ち寄り、金銭が行き交い、各地の情報がもたらされる。
それは孫家の信用を高めると同時に、人材登用の足がかりにもなる。
それに富が増えれば、官位を金銭で買えばいい。
付け届けは官吏の基本中の基本。
土地こそが力の根源なのだ。
なのに女房任せとは。
 女房が満足そうに出て行くのを見送ると孫堅は再び横になった。
二度寝するつもりらしい。
これはモノにとっては願ってもない機会。
好機到来。
そうとは知らずに孫堅は直ぐに寝息を立てた。
まるで赤ん坊のよう。
 モノは居ても立ってもいられない。
霊体を大きく広げた。
一枚の布のような姿となり、天井からヒラヒラと降下した。
それでもって孫堅を押し包み、ありとあらゆる穴という穴から侵入を開始した。
なんの抵抗も受けない。
モノは、まっしぐらに頭部を目指した。
脳内の記憶を喰らい、己の物とする。
同時に孫堅の魂の部分をモノの内に取り込めれば全てが完了する。
 と、異な気配。
霊体に寒気が走った。
遅かった。
身動きが取れない。
「いやに遅かったな」と孫堅の声。
 まさか。
モノは驚愕した。
「カスが」と孫堅の笑い声。
 身体は眠っていても、魂の部分が起きていた。
待ち構えていたのかも知れない。
そうと気付いたモノは逃走を図った。
霊体を、すぼめた。
最小化し、一気に鼻から逃れようとした。
だが、自由にならない。
孫堅の魂に雁字搦めにされていた。
「せっかく来たんだ。もう少しゆっくりして行け」と嘲笑い。
 このような強い魂に出会ったのは初めて。
まるで術者ではないか。
しかし、孫堅が術の修行をしている姿は一度も見ていない。
術者の臭いすらなかった。
なのに何故。
「俺の姓を思い出せ」
 孫堅の孫。
・・・。
まさか孫子を生み出した孫家。
・・・。
孫子は二人いた。
一人は呉の国に仕えた孫子。
もう一人は斉の国に仕えた孫子。
同時代の人間ではないが、ともに軍略に優れ、実戦で数々の結果を現したので、
尊敬の念を込めて孫子と呼ばれていた。
二人の血縁関係は不明だが、ともに斉の出自であった。
「分かったか」と声、
「よく覚えて置くがいい。
孫子は軍略に優れていただけではない。
その傍ら呪術も学ばれていた。
軍略に活かす為ではないぞ。
お主達のように悪霊怨霊から己を守る為だ。
俺は家系が孫子に繋がるということから、
子供の頃より戦略と同時に呪術も学ばされた。
それが、まさか、このような機会に有り付けるとはな。
魂を鍛え上げて良かった」と続けた。
 モノは恐怖を覚えた。
孫堅の魂がスルリとモノの霊体に侵入を果たしたのだ。
魂には遠慮がなかった。
強引にモノの記憶を漁る。
こうも易々と手玉に取られるとは。
「ほう、邪教の村の悪霊怨霊かと思っていたが、違ったか。
・・・。
ははーん、秦を滅亡させ、楚漢戦争ときたか。
古い古い、しかし面白い」
「軍略は孫子の書から学び、大軍師であり、大将軍でもあったのか。
にしても、たいして活かしてないな。詰まらない戦術ばかり。
孫子の塾では末席だな」
 嘲笑われてもモノに為す術はない。
「手柄を立てて、その褒美に粛清されたか。気の毒な奴」
「張良の結界・・・」と声の調子が変わった。
「それが破れて、洛陽が・・・。
地震に火災。
ほう。そういう事か。
実に役に立った。礼を申す」
 途端にモノは気が遠くなった。
同時に、霊体から力が失われ、ちりぢりになるのを感じた。
 一方、孫堅は何事もなかったかのように起き上がった。
昂ぶり一つない。
冷静な表情で部屋から出ると、女房を探した。
 外出の準備をしており、着る物に悩んでいた。
「あら、起きたの」と顔を向けて来た。
「さっきの話しだかな」
「考えが変わったの。それは駄目よ」
 孫堅は相手が女房といえど柔らかい物腰。
「まあ、聞きなさい」
 呉美友が向き直った。
「はい、聞かせてもらいます」
「もう少し蔵の物を売り払い、土地を増やしてくれないか。
できれば川沿いの土地が良い。
余裕が出来れば、孫策孫権に操船を学ばせたい」
「孫策孫権にですか」
「そうだ。この土地の生まれであれば、操船できて当たり前だからな」
「そうですね。
この土地に孫家が根付くには、それも必要ですわね」
「それから人手が足りないときは俺に言ってくれ。
縁戚を辿り、若い者達を呼び寄せる。
孫家と呉家でこの土地に根付こう」




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白銀の翼(動乱)391

2014-11-20 20:02:08 | Weblog
 孫堅は小町娘三人を救出して功をあげた。
原因となった邪教の村の掃討は他の部隊に譲ったものの、
今回の騒動では一番の功と認められた。
ところが俸禄は中央で決めるものだから、直ぐには手元に反映されない。
「代わりに」という分けではないが、娘三人の親元が裕福であったお陰で、
それぞれの家から孫堅に謝礼がなされた。
金銭を含む進物であった。
 孫堅は金銭は惜しみなく部下達に配った。
自分が受け取ったのは物品のみ。
直ぐに売り払うのも卑しく思え、物品は自家の小さな蔵に仕舞うことにした。
いつもの事なので女房も慣れていた。
そういう分けで孫家の台所事情は楽ではなかった。
今の俸禄では女房の為に女中二人を雇うので精一杯。
とても自分の手足となる家臣までは雇えない。
それでも孫堅は現状に満足であった。
部下達を思うように鍛え上げたので、仕事に支障はない。
今回のような騒ぎではなく、本格的な戦が勃発しても恥ずかしくない進退が出来る。
 非番なので遅く起きようと思っていたのだが、俄な騒ぎで目が覚めてしまった。
廊下をドタバタと駆け回る足音。
長男の孫策を弟の孫権が追いかけているらしい。
叫声が飛び交い、笑い声が上がった。
 女房の呉美友が部屋に入って来た。
子供二人を成したというのに、その容姿は、いささかも衰えていない。
妖艶な笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、目を覚ましちゃったわよね。
あの腕白坊主ども、騒がしいでしょう」
「よいよい、気にするな。元気なら問題はない」
「それもそうね。
ところでアナタ、ご報告があるの」と呉美友、
「新しい進物が入って来たので、蔵の古いのを整理しました。
そこでね、手狭なので幾つかを売り払いました」と得意そうな表情を浮かべた。
 孫堅は目が覚めたが、眠気までは去ってはいない。
それでも女房に気を遣う。
「思いの外、高く売り払えたみたいだね」と聞いてみた。
 呉美友の表情が緩む。
「その通りなの。
これでアナタも家臣を雇い入れる事が出来ます。
馬の口取りとか、槍持ちとか」
 となると、よほどの高値で売れたに違いない。
驚きで孫堅の眠気が吹っ飛ぶ。
機転の利く女房とは思っていた。
しかし商いにまで才覚があるとは知らなかった。
女房のことだから、おそらく高値で売れると見込んだ物だけを売り払ったのだろう。
が、何かが引っかかった。
女房の笑顔だ。
素直な笑顔ではない。
深読みかも知れないが、何か言いたいのかも知れない。
「何か、他にあるみたいだね」と念の為に聞いてみた。
 すると女房の双眼が輝いた。
待ってましたとばかりに口を開いた。
「実はね、耳寄りな話しを聞いたの」
幾つかの地名を上げ、「畑が売りに出てるの」と一つ、一つ事細かに説明した。
それでは終わらなかった。
さらに幾つかの船溜まりの名を上げ、「船が売りに出てるの」と言い出す始末。
 本当に呉美友には驚かされる。
出合いから今日まで、この調子。
飽きさせてくれない。
 それでも孫堅は今回は首を捻った。
畑は分かる。
しかし船が分からない。
孫家も呉家も漁業とは無縁。
川船に乗ったことはあれど操船の経験は無い。
なのに、女房の口から出た船溜まりに置いてあるのは海船のはず。
 そうと察した女房が悪戯笑い。
「船は言ってみただけ、驚いた」
「驚くさ。冗談と分かって安心した。
ところで畑は本気か。
耕すには人手がいるぞ。心当たりがあるのか」
「安く雇えるのが居るわ。うちの弟よ」
 弟は一人しかいない。
「呉景は役所勤めだろう」
「しがない地方官吏よ。
薄給だから悪さでもしないかぎり、死ぬまで土地一つも得られないわ」
 聞きようによっては悪口に聞こえた。
しかし事実は違う。
両親亡き後は姉である呉美友が女手一つで育て上げたので、
弟というよりも我が子同然。
心底から可愛がっていた。
薄給の弟の行く末を心配しているのだろう。
 そんな様子をモノが見ていた。
洛陽から逃れて来た悪霊怨霊の類である。
孫堅を知り、こいつに憑依しようと決めた。
急いてはいない。
弱ったところを待って憑依すべく、その周辺に纏わり付いた。
だが、このところ苛つきを覚えてばかり。
孫堅の態度が気に食わない。
部下達には上司らしく振る舞うのだが家では違う。
女房に頭が上がらないというか、男にしては女に優し過ぎるのだ。
モノが人であった頃は、こうではなかった。
軍師と敬われ、大将軍と恐れられた頃は女を物扱いした。
牛馬も同然に扱った。
単なる戦の昂ぶりの捌け口。
それを何とも思わなかった。
 モノは決めた。
孫堅が弱るのを待つのは止めにした。
今夜、寝込みを襲い、強引にでも憑依しようと決めた。




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白銀の翼(動乱)390

2014-11-16 07:55:42 | Weblog
 張角は説明を終えると弟二人の表情を見比べた。
どちらも、すっきり晴れた顔はしていない。
趣旨そのものが理解出来ないのか、感情的に納得出来ないのか。
その辺り分からないのだが、曖昧な表情を浮かべて取り敢えずは頷いてくれた。
張角は、「それで良し」とした。
理解出来なくても、納得出来なくても、二人が張角の意に反することはない。
 弟二人、何かが優れている分けではない。
文にしろ、武にしろ、人並みでしかない。
取り柄といえば、身体の大きさくらい。
張角より頭一つ高く、大柄で筋骨隆々。見かけは力仕事に向いていた。
が、それは、あくまでも見かけだけ。
張角は郷里を出て道士として名を高めたが、二人は社会の底辺に埋没した。
そうと知った張角は、何にも成れそうもない二人を拾うように傍に呼び寄せた。
丁度その頃は、張角の周りに信徒らしき者達が増えた為、
手足となって動く者が欲しかった時期でもあった。
これが働かせてみると実に良く働いてくれた。
張角を、「兄じゃ、兄じゃ」と慕い、張角の言葉には一も二もなく従い、
教団の基礎を固めるのに大いに役に立ってくれた。
今では張角は、「大賢良師様」。
二人は、その弟として教団の要職にあり、みんなに広く認知されていた。
 張角は二人に念を押した。
「いいか、まずは守りからだ。
それ以上の事は考えるな。
顔にも、言葉にも出すな。
信徒達を先走らせて、無駄死にさせたくない」
「先走らせて、ですか」と張梁が疑問を呈した。
「そうだ。
無駄死にさせない。
・・・。
信徒を大事に、大事に温存し、来るべき時に備える」
 兵力と言うべきところだが、二人が口外すると見越し、敢えて信徒とした。
「すると」と張宝の表情が明るくなった。
 釘を刺した。
「言葉は飲み込め」
 二人は顔を見合わせ、小声で何事か交わした。
得心がいったらしい。
満足げな表情を浮かべ、張角に拱手をし、
「なんなりとご指示を」と声を合わせた。
 二人は兄弟から信徒に立ち戻った。
その二人に張角は教祖として厳命した。
「各地の信徒の村々に主立った者達を走らせよ。
一に、食料の増産と貯蔵を確かなものにすること。
二に、武具の増産を急ぎ、あるいは買い揃え、信徒達に満遍なく行き渡らせること。
三に、より以上に武技を磨かせ、部隊を再編成し、賊の襲来に備えさせること。
最後に、一人も暴走させないこと。
我ら太平道の民は、生きるべき時も、死すべき時も一緒。
この張角と共にあれ、と」
 張角率いる太平道は華北地域で広まった。
華北というのは、黄河と長江の中間を流れる淮河より北のことで、
それより南は華南と呼ばれる。
通常、中華は淮河で南北に二分割された。
ただ、ややこしいことに三分割を好む人々も存在した。
彼等は一つ付け加えた。華中。
黄河と長江の間、淮河水系の流域のことだ。
彼等は黄河より北を華北、長江より南を華南とし、蔑称で差別した。
彼等の誇りは中心都市、洛陽であり、都であった。
 太平道は黄河水系で大いに勢力を誇っていた。
信者は約五十万。
彼等は各地の貴族、豪族の領地から逃れ流れて来た人々で、いわゆる流民、
それが寄り集められ黄河流域各地で開拓し、千人から万人規模の村町を造っていた。
彼等の結束は固く、張角を神と信じ奉り、
「我ら流民は世俗権力から見放された者、中華の埒外にある」として
朝廷や地方権力者の介入を一切許さなかった。
また、それを跳ね返すだけの実力も有していた。
体力に優れた者達を集め、兵士として鍛え上げ、
各地の開拓地に盗賊対策の自衛の民兵として配備していたからだ。
 それを疎ましく思う者は大勢いた。
特に華北の貴族、豪族連中は徴税ができないので、目の仇にした。
何度も、「邪教だ。国軍の力で解散させてくれ」と朝廷に奏上した。
しかし悉く却下された。
朝議の度に、
「解散させるのは簡単だが、行く場をなくした流民の面倒は誰がみる。
流民が盗賊団に流れ込まぬように、華北の領主達で面倒見られるのか。
それぞれの領地で小作農にしようとしても、連中はまたまた逃げ出す。
逃げるのには長けてる連中だからな。
太平道を潰して、盗賊が増えては何にもならない。
解散させた後の、その点が肝心なのだ」
という疑問が出され、議論は迷路に。
「少なくとも太平道の指導下で開拓している分には盗賊にはならない。
それに開拓地が増えれば、将来の話しだが、接収して国領とすれば国庫が潤う」
という都合の良い意見までが出る始末。
誰も、どこも解決策を見出せなかった。
 それに時代もあった。
北方の騎馬民族が度々国境を突破し、南下して来た。
洛陽近くにまで現れ、ありとあらゆる物、食料、貴金属から人までも奪って行く。
加えて盗賊団も蠢動もした。
隙を突いて町や村を襲い、時に応じては官の倉庫から強奪して行く。
まさに内憂外患。
現状でさえ人手不足なのに、これ以上の戦線拡大は不可能であった。




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白銀の翼(動乱)389

2014-11-13 20:53:57 | Weblog
 何も持たざる者達の歓喜の声が張角を包む。
歓喜が歓喜を呼び、それが何度も何度も繰り返され、一向に鎮まろうとはしない。
思い掛けぬ事に歓喜が気をも生み出す。
人数分を越える気が流れ集まり、流石の張角も思わず身震いした。
これ全てを吸収しようとすれば、手慣れた術者でも一瞬で破滅する。
 ようようの事で歓喜が弱まり始めた。
それを待っていた張角は一歩、二歩、前に踏み出した。
再び両手を広げた。
その動作に、みんなが鎮まった。
張角は全体を、ゆっくり見回した。
「千里眼で洛陽の様子が分かった。
帝都は地震に襲われ、家屋敷が壊れ、炎に包まれ、あちこちから悲鳴が上がっていた。
そこで占った。
漢帝国の未来は、どうなってるのか、と」
 誰一人、張角から視線を外さない。
その様子に張角は満足そうに、一人で頷いた。
誘導するには最適の状況だ。
昔は時に応じて、嘘の継ぎ接ぎで急場を凌ぎ、
機転を利かせて大将軍にまで、のし上がった。
「占いの結果が、あの火事だ。
丘の火事を見ただろう。
漢帝国はあの様に火に焼かれて滅びる」
 期待していた言葉だったのだろう。
みんなが沸き立つ。
より大きな歓喜の声が、至る所から上がった。
こうなると鎮まりそうにない。
騒ぐに任せる事にした。
 波が引くように沈静化するのに時間を要した。
張角は待ちながら、じっくりと目につく者達を観察した。
果実は熟れ、もぎられるのを待っていた。
ここに到れば焦る必要はない。
 やがて声が消えた。
全ての視線が張角に集中した。
次の言葉を待ち兼ねている気配が、ひしひしと伝わって来た。
 張角は片手を頭上に差し上げた。
「聞け。
今や帝国は山陰に沈む夕陽。
いずれ近いうちに完全に消え去る。
だが、我らは共に沈む分けには行かぬ。
臣下でもなければ、恩顧の一つも受けてはいない。
そうだろう、諸君」
 そこで言葉を切ると、みんなが一斉に呼応の声を上げた。
「帝国が消え去れば、この世は暫く闇に包まれる。
あちこちで大きな乱が起きる。一揆も起こる。
北からは騎馬民族も来る。
盗賊の横行は今以上となり、
貴族、豪族共は自分の領地を守るので手一杯。
誰も当てには出来ない。
だがワシには、みんながいる」
 再び言葉を切って、みんなを見回した。
すると、またもや一斉に呼応する声が上がった。
元より教祖を信じている者達なので、疑問は欠片もないのかも知れない。
「我らは共に手を携え、生きて行かねばならぬ。
それには、それぞれの村の備えは欠かせぬ。
塀を高くし、堀を深くする。
食料を増産する。
武具を増やし、武技も磨く。
みんな、力を貸してくれるか」
 地を揺り動かし、覆さんばかりの呼応の声が上がった。
こうなると、まるで獣の集まり。
昔から、
「少数の者達を説き伏せるのは難しいが、多勢だと付和雷同し易く説き易い」と聞く。
だが、信徒という事実を差し引いても、こうなると異常。
三度目の呼応の声は、より一段と熱を帯びた。
加えて狂わんばかりに教祖賛辞の声が沸き上がった。
今ここで、「洛陽に攻め上る」と言えば、直ちに実行に移されるだろう。
 その夜。
張角の元を弟二人が訪れた。
「兄じゃ、都に攻め上ろう。
今なら攻め落とせる」と上の弟の張宝。
 三人だけになると兄弟としての言葉遣い。
遠慮がない。
 下の弟、張梁も同意した。
「地震騒ぎで国軍は身動き取れない筈だ」
 張角は苦笑い。
「おいおい、それじゃ、朝廷が息を吹き返す」
 弟二人は意味が分からないらしい。
 張角は丁寧に説明した。
「今の状況だと、誰も手出ししなければ漢朝は内部から自然に崩壊する。
ところがだ、誰かが外から手出しすれば、外敵に対して内部で共闘態勢が組まれる。
宦官と三公九卿、武官、文官、後宮が手を結ぶ。
指揮する者の力量にもよるが、漢朝が完全に息を吹き返してしまうかも知れん。
腐っても漢朝。そういう事だ、分かるか」




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白銀の翼(動乱)388

2014-11-09 07:05:14 | Weblog
 心地好く目覚めた。
身も心も軽く感じた。
疲れが欠片も残っていない。
清々しい。
そして、実に晴々とした気分。
 異な空気に気付いた。
辺りに漂っていた。
 見上げている天井が真新しい。
全く見覚えがない。
おもむろに上半身を起こした。
 途端に人の声が押し寄せて来た。
「おお」「きゃー」「起きられた」と幾つもの声。
驚いて声のする方を振り向いた。
広い室内に人々が坐して、自分を見ていた。
全員の視線が自分に集中した。
老若男女。みんながみんな、感極まった表情で自分を見詰めた。
中腰になって、身を乗り出している者達もいた。
だが、一人も見覚えがなかった。
 そこで理解した。
ここは結界ではない。
結界が崩壊し、自分は解き放たれたのだ。
 小高い丘の上で修行中の者を見つけた。
その者は優れた術者で、幽体離脱の術を行っていた。
自分が盗み見ているとも知らず生き霊となり、身体から離脱し、
無警戒に上へ上へと夜空を目指して昇って行った。
そこで脱け殻同然の身体を乗っ取り、隠れて待ち伏せた。
生き霊は行きと同様、無警戒に戻って来た。
身体が元の場所にないのに、まごついた。
そこを攻撃した。
奴が体得していた「聖なる火」を真似、何発も放った。
それで生き霊を殺した。
が、自分も火の海に取り残された。
それから先の記憶がない。
 最前列に二人の大柄な男が坐していた。
その一人が声をかけてきた。
「大賢良師様、目を覚まされないので、みんな心配しておりました」
 そうだった。
自称は「大賢良師」。
太平道の教祖、張角であった。
 かつての自分は盗賊から大将軍に登り詰めた。
ところが大器と評判の盟主は皇帝となるや狭量となり、自分達功臣を次々と粛清した。
「せめて一矢でも報いたい」と悪霊怨霊に身を堕としたのだが、
皇帝が最後まで信頼していた張良の手により、結界に囚われてしまった。
 思わず笑みが溢れた。
再び人として生きられるとは。
皇帝よりも張良よりも長生きではないか。
これは天の配剤なのかも知れない。
 張角本人の記憶が蘇ってきた。
最前列の大柄な二人は弟の張宝と張梁。
 張角は二人を交互に見遣り、どちらにともなく問う。
「これはどうしたのだ」
「お忘れですか」と張宝。
「よく寝た。寝過ぎて忘れた。どうなってる」
 弟二人は互いに顔を見合わせた。
今の張角を不審に思っていねのだろうか。
乗っ取っても同じ身体なのだから、声だけは変わらないはず。
それとも、喋り方・・・。
 上の弟の張宝が身内ではなく信者として答えた。
「大賢良師様は、丘の上で修行するので誰も近付くな、と我々にご命令なされました。
それで我々は下で見守っていましたところ、深夜に丘が火に包まれました。
そこで我ら、急ぎ救出に向かいましたところ、
大賢良師様が火の海から飛び出されたところに遭遇。
転がり出られ、気を失われました。
声をかけましたが、一向に目を覚まされません。
そこでここに、お運びしました次第で。
みな心配いたしておりました。
もう三日も寝込まれていたのです。
・・・。
目覚められて、我ら一同、心から喜んでおります」
 張宝が平伏すると、張梁が倣い、一同が遅れずと続いた。
張角は、みんなの頭頂部を見回した。
数にすると、およそ五十人余。
室外にも人々が詰めかけている気配がした。
 張角に成りきることにした。
「外の者達にも顔を見せねばなるまい。全て開け放て」
 戸という戸が全て取り外された。
外が一目で見渡せた。
人、人の海。
みんなで張角の目覚めを待っていたのだろう。
 張角はゆっくりと立ち上がった。
途端に外の者達から歓声が上がった。
様々な感情の色を乗せ、寄せては返す波のように広がって行く。
 かつては大軍を率いていた。
その時は殺伐とした色に染められていた。
殺気と欲望。
それらに押されるようにして号令した。
「立ち向かって来る奴は刺し殺せ、斬り殺せ、射殺せ。全てを焼き尽くせ」
 だが、ここは違う。
ここに居るのは、様々な事情から土地を手放さなくてはならなくなった農民達や、
劣悪な環境から逃げて来た奴隷達、生まれつきの流人達が大半を占めていた。
全てを捨てて来た者達や、生まれつき何も持たない者達で溢れていた。
虫けら以下の者達で溢れていた。
朝廷も盗人も一顧だにしない連中。
そんな彼等の慈愛が張角を押し包む。
 思わず張角の涙腺が緩む。
一滴、二滴、・・・。
滴を受けて唇が湿った。
 張角は、みんなを抱き締めるように両手を大きく広げた。
「聞け。
丘の火事騒ぎを覚えているか。
その前にあった地震を覚えているか」
 みんなから歓声が上がった。
それぞれが手前勝手な言葉を発するので何を言っているのか、よく聞き取れない。
 張角は、みんなが鎮まるのを待って続けた。
「あの地震は都、洛陽を襲った。
横暴な、腐りきった者達への神の怒りだ。
多くの家屋敷が壊れ、火事が多発し、大勢が犠牲になった。
それが本当かどうかは、洛陽から直ぐにも伝わって来る。
旅の商人達が教えてくれるだろう」
 そこで言葉を切ると、一斉に大歓声が上がった。
喜びが堪えきれないのだろう。
みんな勝手に立ち上がり、飛び跳ね始めた。
喜びを泣き叫びで表現する者も続出した、
地が震え、空気が震えた。




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白銀の翼(動乱)387

2014-11-06 20:34:20 | Weblog
 韓秀が口を開いた。
「威張る事ではないが、私は方術には、ど素人だ。
それで恥を忍んで聞くが、解き放たれた悪霊怨霊の類の恨みはどうなる。
遙か昔に封じられたお陰で、恨みを晴らしたくても、
憎い相手はとっくの昔に亡くなっている。
違うかな于吉殿」
 于吉が顔を綻ばせた。
「そうだ。その点が大問題なのじゃ。
相手は既に死んでいるからな。
・・・。
連中は何時かは消滅するものと諦めていたのに、行き成り解き放たれた。
今はその喜びに溢れている。
自由だ、自由だ、どこへでも行ける。何でも出来る。
が、そのうちに落ち着いてきて現実に気付く。
憎い相手は既に死んでいた、なのに自分は悪霊怨霊のまま、とな。
気付いた連中が、どう行動するのか考えると頭が痛くなる」
 頭が痛くなった様子はない。
言葉とは裏腹、喜んでいた。
「面白がっている場合かしら」と劉芽衣が注意した。
 それでも于吉の表情は変わらない。
「まあ、固いことは言うな」と目を輝かせて言う。
「噂では、于吉殿は悪霊怨霊の類と仲良く話せるそうですわね」
「まあ、そうじゃな。
連中の恨み言を聞くのも修行の一つ、と理解してくれ。
今回は大昔の話が聞けるかと思うと、今からワクワクする」
「連中から危害は加えられないの」
「ワシは道士であって、方術士ではない。
その点を説けば理解してもらえる」
「先ほどの『聖なる火』の手際は方術士そのもの。
隠していても方術士の臭いは消せないと思うけど」
「ワシは道士が主で、方術の方は片手間。ほんの片手間じゃ。
危害が加えられない限り除霊はしない。
悪霊怨霊も人間味があってな、根気強く説けば分かってくれる」
 劉芽衣は呆れ顔。
「いいでしょう。好きになさって下さい。
それより、この先行きが気になります。
世情は暗澹たる有様。
朝廷は上から下までが乱れに乱れ、巷は小さな一揆や乱が勃発し、
盗賊が我が物顔で横行する始末。
中華の隅々にまで怨嗟の声が溢れています。
そこに悪霊怨霊が解き放たれとなれば、状況は悪化の一途。
仙人とも噂される于吉殿の見解をお聞きしたい」
 それでも于吉の表情は変わらない。
「成るようにしか成らん。それが浮世の習い。
我ら道士は不死を目指しておるから、よく分かる。
生ある物は必ず滅す」
「不死の否定ですか」と芽衣が咎める目付き。
 于吉が口の端を歪めた。
「そうではない。
入れ物である身体のみが滅する
芽衣殿も方術士の一人だから、魂魄は知っておるじゃろう。
魂は天に与えられしもの。
目には見えないが、確と存在するもの。
魄は入れ物の身体。
魂が魄に宿って初めて人になる。
まあ、この話は長くなるから今は止すか」
 韓秀がホッとした表情で問う。
「そうです。
急ぎ知りたいのは、悪霊怨霊が朝廷に仇なすのか、どうか」
「恨み骨髄の劉邦が死んでいるとなると、どう出るかな。
そうじゃ、お主達、張良が封じた悪霊怨霊が如何なる者達であるのか、分かるか」
 劉芽衣が即座に答えた。
「当時、大勢が粛清されましたが、なかでも高名なのは韓信、彭越、英布。
この大物三人なら悪霊怨霊になって祟っても不思議ではないですわね」
 軍師にして大将軍でもあった韓信。
盗賊から大将軍にのし上がった彭越。
刑罰としての刺青を入れられながら、これまた大将軍にのし上がった英布。
いずれも漢王朝の礎を築くのに功績がありながら、後に粛清の対象となった。




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白銀の翼(動乱)386

2014-11-02 08:02:35 | Weblog
 洛陽の赤劉家屋敷に静寂が訪れた。
「聖なる火」を恐れて悪霊怨霊の類は接近すら試みない。
それでも庭に集まった者達は警戒心を隠さない。
しきりに辺りを見回した。
 屋敷を取り仕切っている劉芽衣の視線が激しく左右に動いた。
相手を捉えた。
その者の傍に歩み寄った。
「于吉殿、聞きたい事があるの。いいかしら」
 于吉に否はない。
「何かな」
「この騒ぎの因をご存じのように思えるんだけど。
私の気のせいかしらね」
 篝火の明かりを受けた于吉が表情を曇らせた。
「読みの鋭さは母親譲りだな」
「お褒めに与って光栄だわ。
それで説明はしてくれるのかしら」
 于吉は承諾の表情で頷き、みんなから離れた場所に劉芽衣を誘う。
それに、当然のように夫の韓秀が芽衣に付き従う。
 于吉は建物角で足を止めると、誰もいないのを確認して振り返った。
韓秀の存在には驚かない。
事前に足音で察知していた。
その二人の顔を交互に見比べて、念を押した。
「劉家の密事じゃ。知ってはならん事じゃ。
それでも、敢えて知りたいか」
「劉家の。
・・・。
帝の、かしら」
「今の帝は無関係。
その前も、さらにその前も。
血筋が縁遠くなっていて、今じゃまるで水同然。
赤の他人も同じじゃ」
「すると」
「一言で説明するとなると、劉家繁栄の源、劉邦の密事じゃな。
それを朝廷の方術師や女武者達が後生大事に守ってきた。
資格のない者が知ると口封じに殺して、今日まで守ってきた」
 芽衣は韓秀と顔を見合わせ。
それも一瞬。
「いいわ。聞かせて頂戴」と芽衣。
 呆れたように于吉が問う。
「恐くはないのか」
「恐いわ。
でも知っておいた方が今後の為でしょう。
それに私達が聞いた事は于吉殿が喋らなければ、誰にも露見しない。そうでしょう」
 于吉の乾いた笑い。
「はっはっは・・・、いいだろう。
後宮の祖廟を知っておるな」
「ええ、遠くから拝んだことがあるわ」
「そこに納められている物は、どうだ」
「劉邦様の分骨ではないのかしら。
そういう噂を聞いた覚えがあるわ」
 それに韓秀も同意の頷き。
「私は洛陽生まれの洛陽育ち。
分骨の噂は知っている。そう聞いて育ったからな」と言葉を添えた。
 于吉が今度は鼻で笑った。
「ずっと、みんなを欺いてきたものじゃ。
それも仕方のない事じゃがな」
「嘘だったのか」と韓秀、「すると何の為に」と語気を強めた。
「まあ、落ち着いて聞くのじゃな」と于吉、二人を交互に見遣り、
「実はな」と故宮祖廟について語り始めた。
 朝廷勤めの方術師の力量弱体化により、後宮祖廟の儀式を執り行う人員が不足し、
仕方なく于吉が内密に招聘された。
そこで于吉は全容を知った。
後宮祖廟に納めてある棺が、全ての元であった。
造らせたのは漢の初代皇帝、劉邦。
漢建国に功のあった将軍達を次々に粛正し、その罪の意識に苛まれたのか、
悪霊怨霊の祟りを信じた劉邦は、恐れをなして対応策を軍師、張良に命じた。
それで造られたのが、出口のない入り口だけの結界が張られた棺。
張良は棺に都、長安の悪霊怨霊の類を一つ残らず封じた。
棺は漢が一時途絶えても、新たに再興されるや、新しい都、洛陽に運ばれ、
今日まで大事に守られてきた。
棺自体が結界の入り口。
結界本体の姿形は決まってはいない。
全ては術者の力量にかかっていた。
その結界も過ぎゆく年月とともに老化してゆく。
棺の結界も例外ではない。
そうなると自然に緩み広がり、雲散霧消するか、破裂を伴って自然崩壊する。
于吉は結界が朝廷の真下の地下深く広がっている気配を感じた。
いずれ壊れるのは明らか。
それでも何事もなく今日まできたのは、歴代の方術師達の力量の証に違いない。
それが急変した。
方術師を統括していた前任の大師の急逝を機に、事態が急転直下。
新任の大師も力量はあるのだが、故宮祖廟の儀式は未経験であった。
にも関わらず、
新任の大師は自分の力量を過大評価していたのか、
儀式を甘く見ていたのか不明だが、
経験者を遠ざけ、自分が信頼している者達だけで儀式を執り行った。
その結果が今回の地震だ。
結界が崩壊し、崩壊に伴う強烈な破裂が地盤を突き上げ、
朝廷みのならず都全体を揺るがした。
同時に封じられていた悪霊怨霊の類が解き放たれた。
 芽衣と韓秀の二人は言葉もない。
互いに顔を見合わることもない。
黙って于吉の顔を見ているだけ。
 堪り兼ねたかのように于吉が言う。
「何か申すことはないのか」




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