どうやら、「あるぷす」は社名であるらしい。
その軽自動車から一組の男女が、まるで転げ落ちるように、飛び出して来た。
様子から同僚同士と見えた。
近くに居た作業員に駆け寄り、女の方が早口で何事か捲し立てた。
剣幕に押されたのか、聞かれた作業員は辺りを見回した。
そして俺に目を留めると、行き成り指差した。
女は俺を視線のうちに捉えると、笑顔で駆け寄って来た。
走る姿は頂けないが、意外と人目を惹く容姿をしていた。
化粧映えしてるのかと思ったら違った。
すっぴん。
年の頃は三十路前後だろう。
俺の正面に立つと、息を整えるより先に軽く頭を下げた。
大人の女の香りが俺の鼻を擽った。
息を整え、「発掘の責任者の雨宮さんですね」と確認し、手早く名刺を手渡し、
「地元のテレビ局です。土饅頭の掘り返しを取材させて貰えませんか」用件を告げた。
断る理由はない。
許可しようと・・・したものの、言葉を飲み込んだ。
視界の片隅に異な動きを捉えたからだ。
送れて来た男の動きに目を奪われた。
男は小さな鞄から、さらに小さなカメラを取り出した。
スマートフォンをバージョンアップして、取材向けのカメラに特化させたものだ。
長時間収録に耐え得るようにバッテリー容量も大型化されているので、
見た目、不格好、蛙に似ていた。
次にマイクを取り出した。
慣れた手付きでマイクとカメラを同期させ、マイクを女に手渡し、
自分はカメラを構えた。
レンズが俺に向けられた。
女がマイクチェックするのを横目に、俺はカメラのレンズを遮った。
「俺の顔出しはNGで」
女がキョトンとした顔で俺を見た。
男もカメラをずらして俺を見た。
それから二人で顔を見合わせた。
女が真顔で俺に言う。
「NGなんて、まるで芸能人みたい」
聞きようによっては、「馬鹿にしてる」みたいに聞こえるだろう。
だが女の表情からそれは窺えない。
深い意味は微塵も感じられない。
俺は本名と偽名を使い分けて生活していた。
テレビで顔出しなんて、どこで誰の目に触れるか分からない。
出演は墓穴を掘るに等しい。
だからといって、正直には説明出来ない。
強引に切り抜けるしかない。
ところが女はアッサリ、NGを受け入れた。
「足下だけを撮るのでインタビューさせてくれ」と言う。
これ以上の拒否は出来ない。
受け入れた。
女の表情が崩れた。
「有り難う御座います。
それでは、
・・・、
掘り返されるのは昔々に人身御供になった女児達の墓、いわゆる昔風の墓、
土饅頭ですね」
「ええ」
「その数は三つとか」
「そうです」
当たり障りのない質問が続いたと思ったら、急に変わった。
「犠牲になった女児達の数が分かりますか」
「それは聞かされていません」
「そうですか。
その土饅頭を雨宮家が個人で管理していた理由は」
「この辺りの大地主だったからでしょう。
今で言うところの村長か町長のような存在でしたからね」
「ご謙遜を。
武士階級よりも広い土地を所有し、懐事情は豊かだったのでしょう。
市長か県知事の間違いではないですか」
答えようがない。
すると女が両目を細めた。
「人身御供になった女児達は雨宮家の犠牲になった分けですよね」辛辣に問う。
これまた答えようがない。
事実かどうかではなく、他人の俺には関係ないこと。
女は執拗な追求はせず、話題を変えた。
「ここにあった神社はすでに移転したんですよね」
「そうです、それが」
女が妙な目力を出した。
「その神社も雨宮家の個人所有。
一般家庭で神社を所有するのは珍しいですよね」
俺が応じないので女は続けた。
「噂では、移転の際に土饅頭を置き去りにした。
それで土饅頭に祀られていた女児達の霊が怒り、祟って、
この峠で交通事故を何件も引き起こし、大勢の死傷者を出した。
そうと知って、雨宮家は慌てて土饅頭の移転を決めた。違いますか」
「もっと続けてくれません。聞きたいですね」
「別の噂もあります。
それを私なりに考えてみました。
その被害者の中に貴男の妹さん夫妻もいましたね。
残念なことに二人とも亡くなりました。お気の毒です。
貴男が家を捨てたので、妹夫婦が雨宮家の後継者になった。
でも二人が亡くなったことで、貴男にも後継者復帰の目が出てきた。
そういう噂もあります。如何ですか」まるで取り調べ。
女は話し終えると挑発的な目付きで俺を見据えた。
傍で聞いていた刑事と教授が異議を唱えようとした。
それを俺は片手で制し、無表情で女を見返した。
「俺で時間潰しをしていると、肝心の土饅頭の掘り返しが終わりますよ」
女は当初のイメージを、かなぐり捨て、鼻で笑った。
「そうよね」と応じ、相棒を振り返りもせずに、「行くわよ」と駆け出した。
駆け去る後ろ姿を目で追いながら、刑事と教授が口を揃えた。
「喰えない女でしょう」
「喰っちゃうと、腹を壊しそうですね」
教授が朗らかに笑う。
刑事は、
「いつもあの調子で相手を怒らせるんですよ。
怒らせて、相手が口を滑らせるのを待っているみたいです」
と苦虫を噛み潰したような顔。
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その軽自動車から一組の男女が、まるで転げ落ちるように、飛び出して来た。
様子から同僚同士と見えた。
近くに居た作業員に駆け寄り、女の方が早口で何事か捲し立てた。
剣幕に押されたのか、聞かれた作業員は辺りを見回した。
そして俺に目を留めると、行き成り指差した。
女は俺を視線のうちに捉えると、笑顔で駆け寄って来た。
走る姿は頂けないが、意外と人目を惹く容姿をしていた。
化粧映えしてるのかと思ったら違った。
すっぴん。
年の頃は三十路前後だろう。
俺の正面に立つと、息を整えるより先に軽く頭を下げた。
大人の女の香りが俺の鼻を擽った。
息を整え、「発掘の責任者の雨宮さんですね」と確認し、手早く名刺を手渡し、
「地元のテレビ局です。土饅頭の掘り返しを取材させて貰えませんか」用件を告げた。
断る理由はない。
許可しようと・・・したものの、言葉を飲み込んだ。
視界の片隅に異な動きを捉えたからだ。
送れて来た男の動きに目を奪われた。
男は小さな鞄から、さらに小さなカメラを取り出した。
スマートフォンをバージョンアップして、取材向けのカメラに特化させたものだ。
長時間収録に耐え得るようにバッテリー容量も大型化されているので、
見た目、不格好、蛙に似ていた。
次にマイクを取り出した。
慣れた手付きでマイクとカメラを同期させ、マイクを女に手渡し、
自分はカメラを構えた。
レンズが俺に向けられた。
女がマイクチェックするのを横目に、俺はカメラのレンズを遮った。
「俺の顔出しはNGで」
女がキョトンとした顔で俺を見た。
男もカメラをずらして俺を見た。
それから二人で顔を見合わせた。
女が真顔で俺に言う。
「NGなんて、まるで芸能人みたい」
聞きようによっては、「馬鹿にしてる」みたいに聞こえるだろう。
だが女の表情からそれは窺えない。
深い意味は微塵も感じられない。
俺は本名と偽名を使い分けて生活していた。
テレビで顔出しなんて、どこで誰の目に触れるか分からない。
出演は墓穴を掘るに等しい。
だからといって、正直には説明出来ない。
強引に切り抜けるしかない。
ところが女はアッサリ、NGを受け入れた。
「足下だけを撮るのでインタビューさせてくれ」と言う。
これ以上の拒否は出来ない。
受け入れた。
女の表情が崩れた。
「有り難う御座います。
それでは、
・・・、
掘り返されるのは昔々に人身御供になった女児達の墓、いわゆる昔風の墓、
土饅頭ですね」
「ええ」
「その数は三つとか」
「そうです」
当たり障りのない質問が続いたと思ったら、急に変わった。
「犠牲になった女児達の数が分かりますか」
「それは聞かされていません」
「そうですか。
その土饅頭を雨宮家が個人で管理していた理由は」
「この辺りの大地主だったからでしょう。
今で言うところの村長か町長のような存在でしたからね」
「ご謙遜を。
武士階級よりも広い土地を所有し、懐事情は豊かだったのでしょう。
市長か県知事の間違いではないですか」
答えようがない。
すると女が両目を細めた。
「人身御供になった女児達は雨宮家の犠牲になった分けですよね」辛辣に問う。
これまた答えようがない。
事実かどうかではなく、他人の俺には関係ないこと。
女は執拗な追求はせず、話題を変えた。
「ここにあった神社はすでに移転したんですよね」
「そうです、それが」
女が妙な目力を出した。
「その神社も雨宮家の個人所有。
一般家庭で神社を所有するのは珍しいですよね」
俺が応じないので女は続けた。
「噂では、移転の際に土饅頭を置き去りにした。
それで土饅頭に祀られていた女児達の霊が怒り、祟って、
この峠で交通事故を何件も引き起こし、大勢の死傷者を出した。
そうと知って、雨宮家は慌てて土饅頭の移転を決めた。違いますか」
「もっと続けてくれません。聞きたいですね」
「別の噂もあります。
それを私なりに考えてみました。
その被害者の中に貴男の妹さん夫妻もいましたね。
残念なことに二人とも亡くなりました。お気の毒です。
貴男が家を捨てたので、妹夫婦が雨宮家の後継者になった。
でも二人が亡くなったことで、貴男にも後継者復帰の目が出てきた。
そういう噂もあります。如何ですか」まるで取り調べ。
女は話し終えると挑発的な目付きで俺を見据えた。
傍で聞いていた刑事と教授が異議を唱えようとした。
それを俺は片手で制し、無表情で女を見返した。
「俺で時間潰しをしていると、肝心の土饅頭の掘り返しが終わりますよ」
女は当初のイメージを、かなぐり捨て、鼻で笑った。
「そうよね」と応じ、相棒を振り返りもせずに、「行くわよ」と駆け出した。
駆け去る後ろ姿を目で追いながら、刑事と教授が口を揃えた。
「喰えない女でしょう」
「喰っちゃうと、腹を壊しそうですね」
教授が朗らかに笑う。
刑事は、
「いつもあの調子で相手を怒らせるんですよ。
怒らせて、相手が口を滑らせるのを待っているみたいです」
と苦虫を噛み潰したような顔。
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