金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

なりすまし。(15)

2015-10-28 21:27:08 | Weblog
 どうやら、「あるぷす」は社名であるらしい。
その軽自動車から一組の男女が、まるで転げ落ちるように、飛び出して来た。
様子から同僚同士と見えた。
近くに居た作業員に駆け寄り、女の方が早口で何事か捲し立てた。
剣幕に押されたのか、聞かれた作業員は辺りを見回した。
そして俺に目を留めると、行き成り指差した。
 女は俺を視線のうちに捉えると、笑顔で駆け寄って来た。
走る姿は頂けないが、意外と人目を惹く容姿をしていた。
化粧映えしてるのかと思ったら違った。
すっぴん。
年の頃は三十路前後だろう。
俺の正面に立つと、息を整えるより先に軽く頭を下げた。
大人の女の香りが俺の鼻を擽った。
息を整え、「発掘の責任者の雨宮さんですね」と確認し、手早く名刺を手渡し、
「地元のテレビ局です。土饅頭の掘り返しを取材させて貰えませんか」用件を告げた。
 断る理由はない。
許可しようと・・・したものの、言葉を飲み込んだ。
視界の片隅に異な動きを捉えたからだ。
送れて来た男の動きに目を奪われた。
男は小さな鞄から、さらに小さなカメラを取り出した。
スマートフォンをバージョンアップして、取材向けのカメラに特化させたものだ。
長時間収録に耐え得るようにバッテリー容量も大型化されているので、
見た目、不格好、蛙に似ていた。
次にマイクを取り出した。
慣れた手付きでマイクとカメラを同期させ、マイクを女に手渡し、
自分はカメラを構えた。
レンズが俺に向けられた。
 女がマイクチェックするのを横目に、俺はカメラのレンズを遮った。
「俺の顔出しはNGで」
 女がキョトンとした顔で俺を見た。
男もカメラをずらして俺を見た。
それから二人で顔を見合わせた。
 女が真顔で俺に言う。
「NGなんて、まるで芸能人みたい」
 聞きようによっては、「馬鹿にしてる」みたいに聞こえるだろう。
だが女の表情からそれは窺えない。
深い意味は微塵も感じられない。
 俺は本名と偽名を使い分けて生活していた。
テレビで顔出しなんて、どこで誰の目に触れるか分からない。
出演は墓穴を掘るに等しい。
だからといって、正直には説明出来ない。
強引に切り抜けるしかない。
 ところが女はアッサリ、NGを受け入れた。
「足下だけを撮るのでインタビューさせてくれ」と言う。
 これ以上の拒否は出来ない。
受け入れた。
 女の表情が崩れた。
「有り難う御座います。
それでは、
・・・、
掘り返されるのは昔々に人身御供になった女児達の墓、いわゆる昔風の墓、
土饅頭ですね」
「ええ」
「その数は三つとか」
「そうです」
 当たり障りのない質問が続いたと思ったら、急に変わった。
「犠牲になった女児達の数が分かりますか」
「それは聞かされていません」
「そうですか。
その土饅頭を雨宮家が個人で管理していた理由は」
「この辺りの大地主だったからでしょう。
今で言うところの村長か町長のような存在でしたからね」
「ご謙遜を。
武士階級よりも広い土地を所有し、懐事情は豊かだったのでしょう。
市長か県知事の間違いではないですか」
 答えようがない。
すると女が両目を細めた。
「人身御供になった女児達は雨宮家の犠牲になった分けですよね」辛辣に問う。
 これまた答えようがない。
事実かどうかではなく、他人の俺には関係ないこと。
 女は執拗な追求はせず、話題を変えた。
「ここにあった神社はすでに移転したんですよね」
「そうです、それが」
 女が妙な目力を出した。
「その神社も雨宮家の個人所有。
一般家庭で神社を所有するのは珍しいですよね」
 俺が応じないので女は続けた。
「噂では、移転の際に土饅頭を置き去りにした。
それで土饅頭に祀られていた女児達の霊が怒り、祟って、
この峠で交通事故を何件も引き起こし、大勢の死傷者を出した。
そうと知って、雨宮家は慌てて土饅頭の移転を決めた。違いますか」
「もっと続けてくれません。聞きたいですね」
「別の噂もあります。
それを私なりに考えてみました。
その被害者の中に貴男の妹さん夫妻もいましたね。
残念なことに二人とも亡くなりました。お気の毒です。
貴男が家を捨てたので、妹夫婦が雨宮家の後継者になった。
でも二人が亡くなったことで、貴男にも後継者復帰の目が出てきた。
そういう噂もあります。如何ですか」まるで取り調べ。
 女は話し終えると挑発的な目付きで俺を見据えた。
 傍で聞いていた刑事と教授が異議を唱えようとした。
それを俺は片手で制し、無表情で女を見返した。
「俺で時間潰しをしていると、肝心の土饅頭の掘り返しが終わりますよ」
 女は当初のイメージを、かなぐり捨て、鼻で笑った。
「そうよね」と応じ、相棒を振り返りもせずに、「行くわよ」と駆け出した。
 駆け去る後ろ姿を目で追いながら、刑事と教授が口を揃えた。
「喰えない女でしょう」
「喰っちゃうと、腹を壊しそうですね」
 教授が朗らかに笑う。
 刑事は、
「いつもあの調子で相手を怒らせるんですよ。
怒らせて、相手が口を滑らせるのを待っているみたいです」
と苦虫を噛み潰したような顔。




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なりすまし。(14)

2015-10-25 08:06:32 | Weblog
 雨の神社は戦前までは地域で一般に開かれていた。
それが戦後の農地解放で雨宮家が農地の大半を失い、その力の根源を失うや、
人々が離れ、神社を維持する金銭に事欠くようになった。
そこで神主不在の無住の神社にし、柵で囲い、一族以外には非公開とした。
人件費と維持費を節約した。
ただし昔から慣例になっていた行事は全て一族のみで執り行った。
その際の神主は近くの神社に出張を依頼し、今日まで何とか凌いで来た。
 地鎮祭が執り行われ、俺は久々に祝詞を聞いた。
朗々して、何やら心に訴えかけてくるモノがある。
汚れ仕事に従事しているから余計、清々しく聞こえるのかも知れない。
 本家の人間は俺一人。
存在が重苦しい両親には声をかけていない。
可愛い薫と梓は祟りに関わらせたくないので、辞退させた。
もっとも俺の主催と知り、一族の主立った者達が顔を揃えたので寂しさは全くない。
 俺の隣の達三が嬉しそうに小声で言う。
「坊ちゃん、この際ですから言わせて貰います。
このまま、実家に留まりませんか」
「無理を言うな。直ぐには辞められない」
 公務員というより実態は殺し屋。
直ぐに辞表を受け取って貰えるだろうか。
簡単に足を洗えるだろうか。
それに俺、中身は他人だし。
家族に加わっていいのか。
「分かっております。
それでも私の目の黒いうちに戻ってくださいな。お願いしますよ」
 地鎮祭が終わると大学生のグループが三つの土饅頭に駆け寄った。
最初に草刈機が唸りを上げた。
 三日前、「雨の神社跡地の土饅頭の噂を聞いた」と近くの大学から電話があった。
「ゼミ生の勉学の一環として、土饅頭の採掘を任せて貰えませんか。
経験を積ませたいのです。
けっして遺骨や副葬品には傷付けさせません」懇願されてしまった。
 相手が人骨なので重機は使えない。
三つの土饅頭の草刈を終えると思い思いの作業着姿のゼミ生達が、
それぞれに受け持った土饅頭にスコップ片手で取り掛かった。
盛り上げられた土をスコップで除去した後は、
園芸用の小さなスコップで慎重に掘って進む。
どの辺りに何が有るのか分からないので、文字通りに手探り。
 ゼミ生の群から一人が離れた。
引率の教授だ。
日本史が専門で、地元郷土史跡の史料編纂を行っていた。
かなり高齢だが、二十歳前後の生徒達に囲まれてるせいか、身体の動きが若々しい。
彼には朝一番に挨拶された。
「無理を聞いて頂き、有り難うございます」と。
 教授は俺を見つけると傍に寄って来た。
「雨宮さん、神社移転も前もって聞いていたら、
その時もお手伝いに押し掛けたのですがね。
実に惜しかった」
「そんなにお好きなんですか、と聞いては、・・・、変ですか」
「いいえ、それが普通の方の感想です。
でもですね、昔の古い寺社の下には何が埋まっているモノなんです。
経験上、何かが有ります。
特に立地条件の良い所は、その前にも何かが建てられていた場合が。
寺社の前は砦とか、集落の可能性が高いのです。
それに住居集落に関わらず、必ずセットでゴミ捨て場が有ります。
そのゴミが良いんです。
ただのゴミに見える物でも、私共にとってはお宝なんです」
「ゴミがお宝・・・」
「ゴミ捨て場に捨てられていたものから、その時代の生活様式が分かります。
何を食べていたのか、どういう道具を使っていたのか」
「そうか、昔はゴミを一カ所に集めて埋めていた」
「そうなんです。
獣に荒らされぬ工夫も成されていたので、大方のゴミは奇麗に残っています。
古墳にばかり目を向けられていますが、
ゴミ捨て場も私共にとってはお宝そのものなんです。
このような土饅頭にもお宝が眠っています。
殊にここは人身御供になった女児達の墓。
親はどんなに貧しかろうが、
娘が寂しい思いをせぬように精一杯の副葬品を贈った筈です。
その副葬品に興味があるのです。学術的な興味が」
 その土饅頭の一つから声が上がった。
「木枠、らしきもの」
 棺であろう。
ゼミ生の一人がカメラを構えた。
 警察のテント前が慌ただしくなった。
バイブ椅子に腰掛けて、お茶していた者達が手袋しながら飛び出して行く。
俺が事前に例の機捜の刑事に連絡して置いた。
「人骨が大量に出るかも知れない」からと。
それで、古い人骨だったのか、比較的に新しい人骨だったのか、
後で問題になっては困るので鑑識が出ばっていた。
 俺は教授が動きそうにないので尋ねた。
「行かなくて良いんですか」
「いつまでも年寄りが出しゃばっちゃ、若手が育ちません。
ここは講師や助教に任せます」
 好きなことを、得意分野を他人任せにするのは、口で言うほど簡単ではない。
「それが一番きついでしょう」
 教授は頭を振って苦笑い。
「そうなんです。
・・・。
ゼミとして県内にネットワークを張っているのですが、
ここの神社の移転は事前に捕捉出来ませんでした。
ヒューマンエラーなんです。
任せていた担当者が怠っていたのです。
だからといって激しくは怒れません。
怒ると最近の若手は萎縮するのです。
頭は良いのですが、ハートが、・・・、何糞と思わないのですね。
まるでガラス細工です。
・・・。
もう私も時代遅れのようです。
近いうちに誰かを後釜に抜擢して、私は、はい、さようならです」寂しいことを言う。
 現場が賑やかになって行く。
人の動きが一段と激しくなり、報告が指示が飛び交う。
その様子に釣られた分けでもあるまいし、手空きの関係者が集まり、遠巻きしにした。
 土饅頭を見回っていた機捜の例の刑事が戻って来た。
「三つの土饅頭から棺らしき物が出ました。
辛うじて木枠らしき物が残っていて、棺ではないかと断定しただけですがね。
中に収まっていた人骨らしき物も年代物で、本来なら、慎重な鑑定が求められます」
 問題は、「祟り」なので、移転した神社の神域近くに迅速に埋めねばならない。
 教授が尋ねた。
「人骨の状態は」
「ボロボロに崩れ落ちそうなので、ゼミ生達は四苦八苦です」
「そちらの鑑識は」
「経験から、古い古い年代物の人骨と言っています」
 後方で急ブレーキの音がした。
神社跡地の入り口辺りからだ。
そちらを向いて教授と刑事が共に嫌な表情をした。
俺も気になるので振り返った。
派手な色使いの軽自動車が跡地に飛び込んで来た。
青、緑、黄、紫。
胴体に、「あるぷす」と赤い文字。




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なりすまし。(13)

2015-10-21 21:17:00 | Weblog
 俺は雨宮清一の甘さに反吐が出る思いであった。
なにしろ成人して財産を相続するや、お人好しにも、
異母姉妹の結婚費用を稼げるようにと気を遣い、
父に一つの企業の経営権を委ねた。
委ねたのは一族の主要な企業ではないが、この地方では有名企業でもあった。
幸いだったのは一族内での父の扱われようが外部に漏れなかったこと。
父は外部では、
「バルブに踊ることなく雨宮系企業を守った」と意外な評価をされていた。
その評価を武器に、企業に乗り込んで独善的な経営を行った。
そして高転びした。
擦り寄って来た詐欺師達にカモにされ、倒産目前にまで追い込まれた。
 一族の者が察知した。
東京の清一に雨宮系企業を実質的に任されている者達を集め、善後策を練った。
本家に飛び火せぬうちに父の実権を奪うことを決定した。
経営から放逐し、元のように非常勤の役員に戻した。
これが原因で父との仲がさらに悪化した。
放逐が清一の指示と勘繰り、息子への嫉妬が、憎しみへと変わったのだ。
 小人閑居して不善をなす、という言葉がある。
暇を持て余した父が今回の祟りの切っ掛けを作った。
娘、都の密かな願いを叶える為に神社敷地に目を付けた。
隠れ家のようなレストランを営むに都合の良い場所にある。
神社の移転を決めた。
昔の祟りによる事故を知っていたので自ら陣頭指揮を執り、
手順を慎重に守って移転作業を行った。
それを知った一族の古株達は危ぶみながらも、神社移転を簡単に考えた。
今よりも交通の便が良く、日当たりの良い場所への移転なので、
敢えて反対しなかった。
父への同情心もあり、花を持たせることにした。
 祖父祖母が父を低評価していた分けが今なら分かる。
まず、一族に馴染もうとしない。
加えて、人の意見を聞こうともしない。
一族の古老達と良い関係を築けていたら、土饅頭の情報を仕入れられた。
経験豊かな社員の意見に耳を傾けていたら、
擦り寄る詐欺師達に騙される事もなかった。
 俺は父に視線を向けた。
思い切り罵倒したい思いに駆られた。
寸前で言葉を飲み込んだ。
殺し屋としての矜持が俺を押し留めた。
殺しのセミナーで、
「心はホットに、頭はクールに。感情を露わにするな」と叩き込まれていた。
 父のプラス面を考えた。
彼は種馬として母を妊ませ、俺という後継者を得た。
ただの一つだが、立派に役目を果たした。
それ以上を望むのは、酷なのかも知れない。
 俺は、みんなを見回した。
父にも聞こえるように、
「親父達は葬儀の疲れがあるだろうから、この一件は俺が始末をつける」言い切った。
 居合わせた者達は誰一人として異議を唱えなかった。
父と母は返事代わりなのか、ソッと立ち上がると、何も言わずに退席した。
それを横目に薫と達三が俺の前に両膝をついた。
ことに薫は喜色一面。
「しばらく家に泊まれるのね」妹は心から大歓迎らしい。
「俺の部屋は残してあるのか」照れ隠しに言った。
 すると達三が、さも当然のように応じた。
「何を仰有います。お坊ちゃんは跡取りですよ。
部屋だけでなく、全てが昔のままです。
隠し場所のエロ本、DVDにも手は付けておりません」
 言うに事欠いてエロ本、DVDときた。
達三は機嫌の良いときは口が軽くなる。
しかし、みんなの前で言うことか。
ところが功を奏した。
これで大広間の空気が一変した。
みんなが噴き出し、その笑いが室内の重かった空気を一掃した。

 明言したものの作業に直ぐに着手できなかった。
色々と段取りがあり、それに忙殺された。
関係する諸方に出向いての打ち合わせ。
そして作業人員の手配。
結局、五日かかった。
 当日は朝早くから神社跡地に関係者を乗せた車が次々に集まって来た。
まずテントの設営から始まった。
雨宮家のテント。
神主のテント。
警察のテント。
大学のテント。
資材業者のテント。
予備のテント。
合わせて六張り。
 神主の差配で、土饅頭を囲むように四隅に青竹が立てられ、
注連縄を巡らして結界が張られた。




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なりすまし。(12)

2015-10-18 08:26:40 | Weblog
 別の方向からの一声が俺の、雨宮清一の記憶に彩りを添えた。
 祖父祖母は遅く生まれた一人娘を大切に育てた。
繭の中でくるむようにして育て上げた。
弊害で、娘は成人しても身体が弱かった。
そこで婿には、健康な跡継ぎに恵まれるようにとの配慮から、
強健な身体の持ち主が望まれた。
当然、婿だけでなく、その家族の健康状態も調べられた。
 選ばれた父が周囲の期待に添うように、俺、雨宮清一をもたらした。
残念にも、引き換えに母は産後の肥立ちが悪く、病室から出ることなく亡くなった。
残された祖父祖母には一人娘の死を嘆く暇は与えられなかった。
跡継ぎとして生まれた赤ん坊の将来を考えねばならなかった。
 祖父祖母は高齢なので、「自分達は孫の成人まで見届けられない」と判断。
婿は外から入れた人で、一族とは何の関係もない。
赤の他人。
強健な身体第一で選ばれた男。
孫の将来、雨宮の財産を考えると、委ねるには心許なかった。
熟慮の末、婿を再婚させることにした。
相手は一族の血の濃い家から選ばれた。
それが今の継母である。
孫を立派に育て上げ、財産を継承させる事を望んだ。
 祖父祖母が健在の頃は何の問題も発生しなかった。
継母が娘二人を産んだので家内は賑わった。
孫三人に囲まれた祖父祖母はご満悦であった。
ところが孫、清一の小学生時代に、その祖父祖母が相次いで亡くなった。
そうなると当主には父が当然、ものの順序としても繰り上がる。
当主として父が自己主張を始めた。
あちこちで諍い、衝突を生じた。
屋敷の使用人も、会社の社員も多くは一族の者達か、その関係者。
父を当主と認めても、一族への差配までは認めない。
「たとえ婿でも、養子として入れた分けではない」と言うわけだ。
あからさまに、「ただの種馬」とは言わないが、一切の口出しを拒否した。
実際、このこと有るを恐れていたのか、
生前の祖父祖母は父を会社にタッチさせかなかった。
非常勤の役員として高給を与えたのみであった。
しかも念の入ったことに、祖父祖母は全ての財産を清一一人に残し、
成人するまでの間の財産管理人に部外者である弁護士を選任していた。
 世間体を考慮したのか、ある時期より父が会社の社長に就任した。
したが、株の過半数は清一の財産を管理している弁護士が握っていたので、
父には何の権限も与えられなかった。
派手に新機軸を打ち出して、財産を失う懸念があったからだ。
一族の者達は旧来の経営方針を維持し、清一が成人して社会経験を積み、
それ相応の人物になって戻るのを待つ腹積もりであった。
清一が地元の大学ではなく、東京の大学へ進み、キャリアとして警察に入ると、
みんなは我が事のように喜んだ。
「警察で人間の機微に通じてくれれば、経営に役立つ」と。
 何時の間にか清一と父の間には深い溝が出来ていた。
仕事したいのに何もさせて貰えない父。
直系というだけで期待を集める息子。
この構図は高校生時代から、ことに酷くなった。
父だけでなく、継母も夫に味方して口から毒を吐くようになった。
人のいないところで清一に嫌味、当てつけ、誹謗を繰り返した。
しかし清一は父が置かれた状況が分かるので、何を言われても反論しなかった。
それに異母姉妹への配慮から、全て耐える事にした。
大人の事情に妹二人を巻き込みたくなかったのだ。
これが原因で東京の大学に進んだし、東京で就職もしたと言える。
今日まで帰省しなかったのは、傍目には父との仲違いに見えるが、それは違う。
清一が父との本格的な衝突を恐れただけ。




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なりすまし。(11)

2015-10-14 21:38:30 | Weblog
 両親は俺と目を合わせようともしない。
ただじっと事態の推移を見守るつもりのようだ。
 取りなすかのように妹の薫が口火を切った。
「兄さん、大事な話って何なの、聞かせて」
「俺は葬儀の時、席を外してロビーで休んでいた」と、みんなを見回した。
 話しを進める手順として目撃者が欲しかった。
それに応じて数人が頷いた。
「その時、俺はどこかの誰かと話していた」同じく、みんなを見回した。
 これまた数人が頷いた。
「あれは県警の刑事だ。
都夫婦の事故が怪しいとか、どうとかじゃなく、
あの峠でこのところ事故が多発しているので、
所轄の交通課だけじゃ手が足りないと、機捜の刑事二人が駆り出された分けだ」
 みんなの関心は今一つ。
そこで俺は刑事との会話を省くことなく一切合切、話した。
話しが進むに連れ、みんなの表情が引き締まって行く。
刑事が発した言葉、
「あの神社が移転してから峠道での事故が始まりました。
それで、みんなは神社移転に祟られている、と噂しています」も当然入れた。
「ことに雨の日、霧の日に集中している」とも。
終わる頃には、多くが戸惑いの色、恐れの色を浮かべた。
 俺が話し終わっても暫く、誰も口を開かない。
ようようの事で口を開いたのは親戚の古株。
「そういう噂は聞いた事がある。
しかし、祟らぬように手順を守り、神社の移転を済ませたと聞いた。
実際、移転工事では事故らしきものは何一つ起きなかった。
それで、ただの噂と聞き流したんだ。分かるだろう」
 俺は古株に目を遣った。
「妹夫婦の事故現場に手向けようと花束を持って行った。
そのついでに、刑事の話が気になったので神社の跡地にも行った。
するとだ、つつがなく移転は終えていたが、
残念なことに、その神域の外に残されていた物があった」
 土饅頭とは教えず、みんなの顔色を窺った。
誰一人、表情を変えない。
土饅頭の存在自体を知らぬらしい。
「神域の外だから神社とは無関係だろう」古株が言う。
「神域の外も含め、あの一帯が神社の所有ですよ。
そこに残されていたのが土饅頭。それが三つ。
手入れされてないので、草藪で覆われていた。
それで気付かなかったのだろうね」
 幾人かが仰け反った。
彼等彼女等は土饅頭を理解していた。
 薫が素朴な疑問を口にした。
「土饅頭って何なの」
 若いから知らなくて当然。
侮るつもりはない。
「亡骸を埋めて、土を盛り上げただけの昔の墓だ。
名前もないような者達が埋葬された」
「それが家の神社と関係があるの」
「昔々は人身御供というものがあった。
人身御供、学校で一度は聞いたことがあるよね。
・・・。
日照りが続くと、やがて飢饉になる。
そこで恐れた人々は、雨乞いの為に竜神に生け贄を差し出した。
多くは女児だ。
水量の減った湖に、底に穴を開けた小舟で送り出した。
その人身御供とされた女児達の遺体を引き取って埋葬したのが我が家だ」
 薫の目が点になった。
 手前にいた中年婦人が問う。
「その土饅頭も移転させた方が良かったの」
「そのようですね。
昔、俺が子供だった頃、親戚の年寄りから、そう聞かされた」
 その中年婦人が後ろを振り返り、俺の親父に話しかけた。
「貴方は聞かされてなかったの」
「まったく」素っ気ない。
 別の方向から声。
「聞かされているのは直系の清一さんだけじゃないのか。
何れ本家を継ぐとみて、年寄り達が色々と教え込んだ、そんなところだろう」
 雨宮家の直系は俺一人になってしまった。
実母は本家の一人娘で、俺を生むと直ぐに亡くなった。
祖父祖母も既に亡い。
実父は他所から入った人で、今の母は継母。
妹二人は異母姉妹になる。




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なりすまし。(10)

2015-10-11 07:32:38 | Weblog
 俺は雨宮清一の記憶をフル稼働して、実家に足を踏み入れた。
屋敷正面も広かったが、奥行きはそれ以上にあった。
初めての泥棒だと迷子になるかも知れない。
 久しぶりの帰宅だというのに、記憶は鮮明に残っていた。
廊下の手入れは昔通りで滑りがいい。
これは日々の乾拭きの成果だろう。
誰もいなければ、尻で滑りたい気分だ。
 途中で出会う使用人達や親戚の者達に黙礼した。
された方は予想せぬ長男の出現に驚き、声もなく、ただ俺を見送るだけ。
 帰るのを諦めた哲也が溜め息混じりに呟いた。
「みんな困ってそうだな」
 他人でしかない俺には答えようがない。
鼻で、「ふっ」と誤魔化した。
 すると後に従っていた老爺の達三が応じた。
「それはそうでしょう。
葬儀に顔を出される件は薫お嬢様から聞いていましたが、
帰宅されるとは誰からも聞いておりませんから」非難じみていた。
 この老爺、昔は長男を贔屓していた。
それが、長男が大学を卒業するや家出同然の勝手な就職を決めた時、
声を荒げて執拗に抗議した。
「貴男様は雨宮本家の長男なんですよ、考え直して下さい」
 あの時の怒りが今もって持続していた。
言葉の端々だけでなく、目色もそれを物語っていた。
身体は老いても、気持ちだけは枯れていない。
俺は長生きの元かも知れない。
 葬儀の翌日なので、身内の主立った者達が居るとしたら大広間だと思った。
そちらに真っ直ぐ足を進めた。
その大広間から幾人かの話し声が聞こえてきた。
 俺は襖を開けて中の様子を見た。
だだっ広い畳敷きの部屋で、親戚の者達を集める時はこの大広間が使用される。
みんな一様に喪服のまま、あちこちで膝を崩して話し込んでいた。
それぞれ話の合う者同士で集っているようで、五組に分かれていた。
手元のお盆には茶、酒、茶菓子が置かれていた。
これで笑い声が起きたら茶話会ではないか。
 俺は声もかけず、黙って大広間に入った。
久しぶりの畳の感触。
悪くない。良い具合だ。
素知らぬ顔で上座に歩む。
 みんなが、「誰・・・」とばかりにチラッと顔を上げた。
すると、俺に気づいて驚愕の顔、顔、顔。
死人が蘇った分けでもあるまいし、一斉に声が止む。
誰かが俺の足下を見たら、
「幽霊じゃない」と返そうと思ったが、そうはならなかった。
 俺は当然のように当主が座する上座に腰を下ろした。
哲也も腹を据えたのか、文句も言わずに隣に腰を下ろした。
老爺は長年の身に付いた習性か、俺の後ろに両膝つき、指示を待つ姿勢。
「大事な話なんだ。
屋敷に来ている親戚だけでなく、家や会社の古株も呼んでくれ。
そうそう。
都の事故の話しにもなるから梓には聞かせたくない。
誰かに預けて、外で遊ばせてくれるか」
 老爺は復唱して、サッと身軽に大広間を飛び出した。
 俺は、みんなを見回した。
ほとんどが見知った顔。
年老いた者から大人の仲間入りした者と、それぞれに年齢を重ねていた。
みんなは落ち着きを取り戻したようで、表情を和らげた。
 遠縁だが、お年玉をよく呉れた中年女が俺に言う。
「都ちゃんはお気の毒だったわね」
「ええ、思い掛けないことで、・・・」
 それを口火に親戚の者達が俺を質問攻め。
「今は何をしているの」
「どこに住んでるの」
「結婚してないの」
「警察ではどういう仕事しているの」等々に愛想良く、無難に答えた。
 流石に、「殺し屋なの」という質問は飛んで来なかった。
 別のものが飛んで来た。
遠くから軽やかな足音が近付いて来たと思ったら、襖が力一杯開けられて都の遺児、梓が飛び込んで来た。
脇目も振らず、畳の上を駆けて俺を目指して来た。
笑顔一杯。
「クマー」声を上げ、座ったままの俺の首に抱きついた。
涙の跡を見つけた。
一夜の間に両親の死を深く理解したらしい。
 俺は憑依しているだけで、この女児とは何の繋がりもないが、心が痛む。
雨宮の記憶が俺に影響しているのか、それは分からないが、
分からないまま梓を片腕で抱き寄せ、その小さな頭を撫で回した。
「ちゃんと眠れたかい」
 小さな頭が横に振られた。
「ううん、悲しくて、悲しくて、・・・、眠れなかった。
それで一杯、・・・、一杯泣いて、みんなを困らせた」
「泣いても良いんだよ」
「本当に、・・・」あどけない瞳を俺に向けてきた。
 俺は梓の視線を優しく受け止めた。
「悲しい時は一杯泣いて、嬉しい時は一杯笑う。
今は泣くときだから一杯泣く。
大好きだったお父さん、お母さんの為なら一杯泣いても良いんだよ。
そうすれば、涙と一緒にアズアズの声が、大好きだよって、
天国のお父さんとお母さんに必ず届くから」
 途端に梓の目から涙が溢れ出た。
小さな嗚咽も漏れ出た。
「お母さん・・・お父さん」
 涙が俺の首筋を濡らすが、全く不快ではない。
 大人達の足音が聞こえて来た。
次々と新顔が到着した。
親戚の者達だけでなく、注文通りに家の使用人や、会社の古株達も顔を揃えた。
 俺の正面に老爺と、妹の薫が両膝をついた。
二人して、「梓をどうするの」と目顔で問う。
 俺は考えた。
相手は女児。
その対策は警察では習っていない。
学校でも習わなかった。
それでも精一杯考えたたが、・・・、思い余り、
下策とは思いながら愚図っている梓に声掛けた。
「お腹は減ってないか」
 梓が泣き止み、顔を上げた。
「・・・、減ってる。
昨日はそんなに食べてないし、・・・、今朝は食べる気がしなかったもの」
 俺は隣の哲也を指した。
「この兄さんを知っているか」
「知ってるよ、・・・、何度か遊んであげたことがあるもの」
「クマはこれから、みんなと大人の大事な話がある。
だからこの兄さんと近くのファミレスで食事してくれないか」
「・・・、いいよ。
でも勝手に帰っちゃ駄目だよ。
私を待ってること、約束出来る」
 約束すると梓は立ち上がり、哲也の手を引いた。
「駅前のファミレスにしてね」
 親子のような格好で二人が大広間から去ると、俺は全員を見回した。
当主である父は母と二人して、俺と距離を置きたいらしく、
廊下の近くに腰を下ろしていた。
冠婚葬祭を二人の妹に任せていたので、
俺が両親と顔を合わせるのは就職が決まって以来。
八年もの年月が過ぎていた。
二人とも年相応に老けていた。




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なりすまし。(9)

2015-10-07 20:59:35 | Weblog
 俺は哲也に後始末一切合切を頼もうとしたが、すんでのところで思い止まった。
神社の移転に協力した哲也であるが、遠縁である上に名字も違う。
祟りに関わる事なので、これ以上の協力を求めるのは酷というもの。
かといって実家に電話すれば済む簡単な話でもない。
決めた。
ここは乗りかかった船。
気は重いが、実家に戻り、本名の雨宮精一として振舞うしかない。
清一が実家の両親と仲違いしていても、憑依した俺には関係ない。
なりすましたまま、淡々と厚顔無恥を装うだけ。
 それに白猫の存在もある。
姿形は明らかにペルシャ猫の雑種だが、悪霊怨霊の類としか思えない。
人間相手ならまだしも、化け猫では勝手が違う。
勝手に帰京すると、その化け猫の怒りを買うだろう。
幽体離脱しか取り柄のない俺では勝ち目がない。
 俺は忌引休暇に有給を加え、都合十日の休みを取得した。
今日はその二日目。
時間的余裕がタップリあった。
 実家に戻ることを哲也に告げると、
「いいのか、両親とは馬が合わないんだろう」と心配してくれた。
 曖昧な笑いで誤魔化し、哲也の車に乗り込んだ。
 実家に戻る前に移転した神社を見たくなった。
急な注文にも関わらず、哲也は嫌な顔一つせずに頷いてくれた。
それは同じ峠にあった。
旧道を十分ほど下って新道に合流すると、
今度は逆に坂道を上って十五分ほどの中腹の、
これまた眺望の良い崖沿いに建てられていた。
氏子が血縁者に限られており、一般の参拝は想定していないので、
敷地は高い鉄柵で囲われ、参道入り口には厳重に鍵がかけられていた。
外部から見た限りだが、鳥居を潜ると短い参道の先に小さな本殿があった。
神社の形式はしらないが、遠目に如何にも神社といった趣きがした。
 俺は哲也に尋ねた。
「鎮め石はどこに」
「本殿の後ろの林の中に壺を埋め、その上に鎮め石を置いた」
 どうやら林を奥院に見立てたらしい。
 神社が無人なので、実家の会社の者が当番で朝昼晩の三回、
自動車で見回っているそうだ。
 実家は市街地にあった。
広い駐車場を挟んで右に会社、左に実家。
哲也は車を実家の玄関先に着けた。
「俺は帰るわ」と哲也。
 俺と両親の久々の体面が諍いに発展するものと確信しているのだろう。
「遠慮するな」
 来客と思ったか、玄関から使用人が飛び出して来た。
古くから雨宮家に仕えている老爺、小宮達三ではないか。
俺の顔を見て表情を引き攣らせた。
「あっ、・・・、お帰りなさい、お坊ちゃん」
 三十路でお坊ちゃんは頂けないが、老爺の心情が分かるので、
俺は精一杯の愛想を振りまいた。
「元気そうだね、達三」
「はい。清一様は如何ですか」表情が和らぐ。
「ご覧のように元気だ」
 老爺が俺を見回して深々と頷いた。
「そのようですね」
「みんなは揃っているかい」
「何かお約束ですか」怪訝そうに俺を見た。
「急に用事が出来た。
親戚の主立った者が居れば丁度良いのだが、どうかな」
「幾人か、いらっしゃいます」俺をじっと見た。
「大事な用事だ。
心配はいらない。親父やお袋とは喧嘩はしないよ」
 俺は哲也の腕を掴み、玄関に入った。




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なりすまし。(8)

2015-10-04 07:42:28 | Weblog
 俺と視線を合わせた猫は草を掻き分けて、喉を鳴らしながら前に歩み出て来た。
ペルシャ猫にしては、いやに尻尾が長い。
おそらく雑種なのだろう。
俺から視線を外すことなく、雑草を押し潰すようにして尻を下ろした。
赤い右眼と青い左眼。
縦長の細い瞳孔が横に広がった。
それでも、けっして丸くはならない。
 俺は猫と睨み合う格好になった。
この猫は何なのか。
小綺麗な、ただの野良猫なのか。
それとも辺りを包む冷気の中心にいる化け猫なのか。
対応に迷ってしまう。
 突然、耳鳴り、頭痛が始まった。
頭の中が掻き回される感じ。
あまりの痛撃に思わず声を漏らし、膝を崩した。
地面に両膝をつき、両手で頭を抱えた。
それでも俺は猫への警戒だけは緩めない。
視界の片隅で捉えていた。
 幽体離脱の経験が無駄ではなかった。
不足の事態を理解した。
「別の何かが俺の脳内に干渉して来た」と分かった。
必死で魂魄を引き締めた。
精神気力と肉体気力を一つにして対抗した。
 嘲笑いが脳内で弾けた。
「ふっふっふふふふ」何とも柔らかい。
自分の声ではない。
心当たりは目の前の猫、・・・、しか考えられない。
俺は視界の片隅で猫の表情が緩むのを逃さない。
気力を振り絞り、立ち上がって一歩踏み出した。
 応じるように猫が、すっくと四つ足で立ち上がった。
逃げない。
恍けた表情で俺を見て、尻尾で自分の顔を撫で回した。
「お前は面白い奴ね」
 耳に聞こえたのではなく、直接、脳内に響いた。
思わず俺は思考停止。
脳内を無数の、はてなマークが飛び交う事態に陥った。
 新たな声。
「理解しなさい」
 猫としか思えないのだが、俄には信じられない。
人語を解する猫、それとも俺が錯乱しているのか。
俺は理解が、・・・。
「頭の悪い奴ねぇ。
幽体離脱する奴が混乱してどうするの。
ありのまま受け入れれば楽になれるわよ」流暢な喋り。
 長生きした猫は化け猫、猫又となり、
「人語を解するだけでなく、怪しい技も身に付ける」という伝承があった。
それからすると猫又なのだが、・・・。
「馬鹿ねえ、こんな小綺麗な猫又がいると思うの。
あんな低俗な輩と一緒にしないで欲しわね」否定した。
 だとすると悪霊怨霊の類、・・・。
「今度は悪霊怨霊と来たわね。
なんて単細胞なの」またもや否定した。
 未知のものへの恐れより、戸惑いが膨らんだ。
何なんだ、・・・、お前は。
「この土饅頭の下に埋葬してあるものは、な~に」子供扱い。
 人身御供になった女児達を弔っているが、・・・、それが何か。
「それを見捨てて、他の場所に移転するとは何事なの。
古来よりの自分達の役目を忘れたの。
祟りを恐れていないとでも」
 そんな事を俺に言われても、・・・、困ってしまう。
「すまないわね。
アンタは雨宮の身体に憑依している、単なる他人だったわよね。
そうよね、そうだったわよね。
でもアンタが何とかしなさい。
これも縁というもの。
でないと、この峠道で、ずっとずっと事故が続くわよ」
 やっぱり事故は悪霊怨霊の仕業、・・・というか、俺の記憶が盗まれた。
「盗まれたくなければ、盗まれないようにすることね。
それに何度も言わせないで。私は悪霊怨霊じゃありません。
善意の第三者。
土饅頭で祀られている娘達が哀れだから、お節介をしているだけよ」
 人身御供になった女児達が化けて出た、・・・、それはとは違うのか。
この猫が事故を引き起こして、・・・、いる分けで、
理由もなく咎のない人達を殺して、・・・、いる分けか。
「分けもなく事故を起こして大勢を殺している、と思っているようだけど、
そういうアンタはどうなの。
今のアンタに、前のアンタ、二人が殺した数は両手両足では数えられないでしょう。
私とアンタ、何が違うというの。どこに違いがあるの。
どちらも人殺し。似たもの同士でしょう」言い切った。
 前の俺も、今の俺も、・・・、悪い奴だけを殺して来た。
公には出来ないが、・・・、死刑になって当然の奴だけを殺して来た。
それの何が悪い、・・・、何をもって批判する。
こちらは公務員・・・、後ろ指さされる覚えはない。
「それじゃ聞くけど、殺した奴の所業を完璧に調べ尽くした上での殺しかい。
其奴は殺されるに値した罪を犯したと、どうやって確信したの」厳しい口調。
 事前の調べは別の連中の仕事で、
殺しに値するかどうか判断するのも、また別の連中の仕事。
他にも何らかの仕事があるのかも知れない。
大雑把に知っているだけで、詳細は知らないし、知らされていない。
知りたいとも思わない。
 殺しが決定されると俺の手元に一通の文書が下りて来る。
通告書。
名前と写真。現在の住所、職業、あるいは日常的に立ち寄る特定の場所。
罪状には一切触れていない。
俺は文書で通告された奴を殺すだけ。
個人の感情が入らぬような仕組みになっていた。
 個人的感情を排した、・・・、実に合理的なシステム、
これのどこに欠陥があるというのか。
スマートでシンプル、・・・。
逮捕、裁判、収監を行わず、・・・、即処刑。
最先端を走っていて、・・・、エコであることは疑う余地がない。
「人の命を奪うのに、こっそりとはね。
後ろ暗い仕事に見えて笑っちゃうわ。獣にも劣るわね」痛烈な批判。
 俺もそれで殺された。
殺されるに値するかどうかは確信が持てないが、・・・、情け無用で殺された。
疑問は心の底に仕舞っていて、・・・、けっして開けぬようにしていた。
何故なら、前の俺を殺した奴に憑依したので、・・・、それで満足するようにしていた。
過去を振り返るな、・・・、前を見て歩け、という分けだ。
 背後から声が聞こえた。
「どうした、大丈夫か」哲也が俺を心配していた。
 その声と同時に猫が姿を消した。
 俺は哲也を手招きして、草藪に覆われた土饅頭を指し示した。
「祟りの原因はこれかも知れない」
 土饅頭の由来を説明した。
初耳だったらしい。
「人身御供を祀っていたのか」哲也が仰け反った。




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