隠里を出るときから呂布には、しつこいほどの監視の目が注がれていた。
どこからか、必ず誰かが監視していた。
粘着性の強い視線であった。
それが誰かは、さっぱり見破れなかった。
おそらくは交替で勤めていたのであろう。
それが外れた。
茂みから獲物を覗き見して、
「警護の騎兵に女武者達が多く混じっている」と知ったせいか。
監視者達の関心が呂布から女武者達に、完全に移った。
荷馬車に積まれている物は、村の収穫物。
しかし、女は別物。そういう事なのだろう。
「卑しい」と笑う気にはなれない。
私欲があるからこそ命をかけられる。
ただ、呂布は襲撃に加わる気にはなれない。
顎髭が全員に騎乗を命じた。
全員から変な気が沸き上がっていた。
欲望丸出しで次々と、競うように騎乗した。
誰もが先頭に立とうとした。
それを太刀傷跡が押し留め、隊列を組ませた。
もう誰一人、呂布に注意を払っていない。
盗賊団からの抜け時なのかも知れない。
しかし、呂布は抜けない。
人目を避けるように逃げるのが嫌だった。
そういうことから隊列の最後尾についた。
流れに身を任せる事にした。
顎髭の号令一下、大雑把な隊列が動く。
茂みを断ち割るようにして出撃した。
およそ五十余騎。
みんながみんな、先頭を競うようにして駆けて行く。
街道で悲鳴が上がった。
居合わせた、上り下りを行き交う者達が、盗賊団の一隊を見て逃げ惑う。
急く連中が砂塵を巻き上げた。
呂布はその後尾を離れぬように追う。
最後尾からでも馬群の隙間から獲物の一行の様子が垣間見れた。
どうやら襲撃されるのに慣れているらしい。
慌てず騒がず、五両の荷馬車を中心に防御陣を敷いた。
二両の荷馬車から大きな木の盾を次々と下ろし、盗賊団の正面に並べて行く。
盗賊団は盾を蹴散らそうと正面から突っ込んだ。
「急拵えに盾を並べただけ」と甘くみた。
ところが、思いの外、盾が頑丈で突き崩せない。
もたついたところに、盾と盾の隙間から槍が繰り出され、矢が射られる。
仲間達が次々と落馬して行く。
顎髭が判断を下した。
「左右から回り込め」
顎髭が半数を連れて右に迂回すれば、太刀傷跡も残りを率いて左に向かう。
呂布は、「被害が少ないうちに撤退すべきだ」と思う。
が、頭領でもなければ、仲間ですらない。
如何ともし難い。
その時、左の前腕に痛みを感じた。
大蛇に噛みつかれた箇所だ。
同時に、後頭部に寒気をも感じた。
殺気に近い新たな軍気。
思わず背後を振り返った。
こちらに騎馬隊が向かって来ていた。
二十余騎。
砂塵を巻き上げ、全速力で駆けて来る。
その一隊は盗賊団みたいに、まちまちの防具を身に着けていたが、
それぞれの胴体部分に赤い布切れを織り込んでいた。
盗賊団の仲間ではない。
その類ですらない。
完全な統制がとれていた。
ようやく呂布は理解した。
「盗賊団が物見を出していたように、この赤劉家も物見を出していたのだ」と。
待ち伏せしていたつもりが、飛んで火に入る夏の虫。
その先頭の男と視線が絡む。
生意気に槍の穂先を向け、意を伝えて来た。
久しぶりに見る偉丈夫。
剛力のほどが窺い知れる。
大太刀を抜いて待ち構えた。
ほどなく突き掛かって来た。
偉丈夫に呂布を任せ、他の騎兵達は盗賊団に向かって行く。
呂布とて物好きではない。
身を挺してそれを妨げようとは思わない。
今は目の前の偉丈夫に心を踊らせた。
どのくらいの強さなのか。
見かけ通りに強いのか。
初手を大太刀で受けた。
驚かされるほどの鋭さに加え、力強さがあった。
並みの者なら、一撃で貫かれていただろう。
呂布が斬り返すと、相手は簡単に槍を反転させて弾く。
馬を寄せ、大太刀と槍で何度も何度も打ち合う。
気合いが飛び、汗が飛ぶ。
呂布は楽しくなってきた。
これほどの者に出会えるとは。
師の張任を思わせた。
この男は、技こそないが、それを上回る剛力。
速さと剛力で呂布を凌ごうとしていた。
気付くと辺りは静まり返っていた。
どうやら襲撃は失敗に終わったらしい。
殲滅させられた気配。
それを知らしめるかのように、周りを赤劉家の騎兵達に遠巻きに包囲された。
だが、呂布は一向に気にならない。
目の前の偉丈夫を倒したら、包囲陣を突き破って逃げるだけのこと。
長引く勝負を見かねたのか、幾人かが、偉丈夫に加勢しようとした。
すると貴奴は、不敵にもそれを悉く断った。
貴奴も勝負を楽しんでいるらしい。
数度打ち合い、示し合わせたように離れた。
間合いを置き、一息入れ、睨み合う。
貴奴が槍を持ち直す。
呂布も大太刀を持ち直す。
と、そこに割り込む者がいた。
姿格好から、偉丈夫の隊にいた者に違いない。
旅汚れているが、「女か」と見紛うほどに美しい。
その者は棍のみを手に、「私が相手するわ」と女言葉で偉丈夫を制した。
不思議にも、血が上っている筈の偉丈夫の動きがピタリと止まった。
不承不承ながら言に従う。
その者の視線を受け、呂布は思わず問う。
「男か、女か」
其奴は気軽に答えた。
「男よ。名はマリリン。貴男は」と、またもや女言葉。
勝手が違うが応じた。
「呂布」
マリリンの目が大きく見開かれた。
何故か動揺している気配。
それも一瞬のこと。
マリリンは平静を装い、包囲陣の一角を開けさせた。
逃げ道を作ってくれた。
その意図が分からぬ呂布ではない。
小癪にも試しているのだ。
どこからか、必ず誰かが監視していた。
粘着性の強い視線であった。
それが誰かは、さっぱり見破れなかった。
おそらくは交替で勤めていたのであろう。
それが外れた。
茂みから獲物を覗き見して、
「警護の騎兵に女武者達が多く混じっている」と知ったせいか。
監視者達の関心が呂布から女武者達に、完全に移った。
荷馬車に積まれている物は、村の収穫物。
しかし、女は別物。そういう事なのだろう。
「卑しい」と笑う気にはなれない。
私欲があるからこそ命をかけられる。
ただ、呂布は襲撃に加わる気にはなれない。
顎髭が全員に騎乗を命じた。
全員から変な気が沸き上がっていた。
欲望丸出しで次々と、競うように騎乗した。
誰もが先頭に立とうとした。
それを太刀傷跡が押し留め、隊列を組ませた。
もう誰一人、呂布に注意を払っていない。
盗賊団からの抜け時なのかも知れない。
しかし、呂布は抜けない。
人目を避けるように逃げるのが嫌だった。
そういうことから隊列の最後尾についた。
流れに身を任せる事にした。
顎髭の号令一下、大雑把な隊列が動く。
茂みを断ち割るようにして出撃した。
およそ五十余騎。
みんながみんな、先頭を競うようにして駆けて行く。
街道で悲鳴が上がった。
居合わせた、上り下りを行き交う者達が、盗賊団の一隊を見て逃げ惑う。
急く連中が砂塵を巻き上げた。
呂布はその後尾を離れぬように追う。
最後尾からでも馬群の隙間から獲物の一行の様子が垣間見れた。
どうやら襲撃されるのに慣れているらしい。
慌てず騒がず、五両の荷馬車を中心に防御陣を敷いた。
二両の荷馬車から大きな木の盾を次々と下ろし、盗賊団の正面に並べて行く。
盗賊団は盾を蹴散らそうと正面から突っ込んだ。
「急拵えに盾を並べただけ」と甘くみた。
ところが、思いの外、盾が頑丈で突き崩せない。
もたついたところに、盾と盾の隙間から槍が繰り出され、矢が射られる。
仲間達が次々と落馬して行く。
顎髭が判断を下した。
「左右から回り込め」
顎髭が半数を連れて右に迂回すれば、太刀傷跡も残りを率いて左に向かう。
呂布は、「被害が少ないうちに撤退すべきだ」と思う。
が、頭領でもなければ、仲間ですらない。
如何ともし難い。
その時、左の前腕に痛みを感じた。
大蛇に噛みつかれた箇所だ。
同時に、後頭部に寒気をも感じた。
殺気に近い新たな軍気。
思わず背後を振り返った。
こちらに騎馬隊が向かって来ていた。
二十余騎。
砂塵を巻き上げ、全速力で駆けて来る。
その一隊は盗賊団みたいに、まちまちの防具を身に着けていたが、
それぞれの胴体部分に赤い布切れを織り込んでいた。
盗賊団の仲間ではない。
その類ですらない。
完全な統制がとれていた。
ようやく呂布は理解した。
「盗賊団が物見を出していたように、この赤劉家も物見を出していたのだ」と。
待ち伏せしていたつもりが、飛んで火に入る夏の虫。
その先頭の男と視線が絡む。
生意気に槍の穂先を向け、意を伝えて来た。
久しぶりに見る偉丈夫。
剛力のほどが窺い知れる。
大太刀を抜いて待ち構えた。
ほどなく突き掛かって来た。
偉丈夫に呂布を任せ、他の騎兵達は盗賊団に向かって行く。
呂布とて物好きではない。
身を挺してそれを妨げようとは思わない。
今は目の前の偉丈夫に心を踊らせた。
どのくらいの強さなのか。
見かけ通りに強いのか。
初手を大太刀で受けた。
驚かされるほどの鋭さに加え、力強さがあった。
並みの者なら、一撃で貫かれていただろう。
呂布が斬り返すと、相手は簡単に槍を反転させて弾く。
馬を寄せ、大太刀と槍で何度も何度も打ち合う。
気合いが飛び、汗が飛ぶ。
呂布は楽しくなってきた。
これほどの者に出会えるとは。
師の張任を思わせた。
この男は、技こそないが、それを上回る剛力。
速さと剛力で呂布を凌ごうとしていた。
気付くと辺りは静まり返っていた。
どうやら襲撃は失敗に終わったらしい。
殲滅させられた気配。
それを知らしめるかのように、周りを赤劉家の騎兵達に遠巻きに包囲された。
だが、呂布は一向に気にならない。
目の前の偉丈夫を倒したら、包囲陣を突き破って逃げるだけのこと。
長引く勝負を見かねたのか、幾人かが、偉丈夫に加勢しようとした。
すると貴奴は、不敵にもそれを悉く断った。
貴奴も勝負を楽しんでいるらしい。
数度打ち合い、示し合わせたように離れた。
間合いを置き、一息入れ、睨み合う。
貴奴が槍を持ち直す。
呂布も大太刀を持ち直す。
と、そこに割り込む者がいた。
姿格好から、偉丈夫の隊にいた者に違いない。
旅汚れているが、「女か」と見紛うほどに美しい。
その者は棍のみを手に、「私が相手するわ」と女言葉で偉丈夫を制した。
不思議にも、血が上っている筈の偉丈夫の動きがピタリと止まった。
不承不承ながら言に従う。
その者の視線を受け、呂布は思わず問う。
「男か、女か」
其奴は気軽に答えた。
「男よ。名はマリリン。貴男は」と、またもや女言葉。
勝手が違うが応じた。
「呂布」
マリリンの目が大きく見開かれた。
何故か動揺している気配。
それも一瞬のこと。
マリリンは平静を装い、包囲陣の一角を開けさせた。
逃げ道を作ってくれた。
その意図が分からぬ呂布ではない。
小癪にも試しているのだ。