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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(呂布)332

2014-04-27 08:06:24 | Weblog
 隠里を出るときから呂布には、しつこいほどの監視の目が注がれていた。
どこからか、必ず誰かが監視していた。
粘着性の強い視線であった。
それが誰かは、さっぱり見破れなかった。
おそらくは交替で勤めていたのであろう。
それが外れた。
茂みから獲物を覗き見して、
「警護の騎兵に女武者達が多く混じっている」と知ったせいか。
監視者達の関心が呂布から女武者達に、完全に移った。
荷馬車に積まれている物は、村の収穫物。
しかし、女は別物。そういう事なのだろう。
「卑しい」と笑う気にはなれない。
私欲があるからこそ命をかけられる。
ただ、呂布は襲撃に加わる気にはなれない。
 顎髭が全員に騎乗を命じた。
全員から変な気が沸き上がっていた。
欲望丸出しで次々と、競うように騎乗した。
誰もが先頭に立とうとした。
それを太刀傷跡が押し留め、隊列を組ませた。
 もう誰一人、呂布に注意を払っていない。
盗賊団からの抜け時なのかも知れない。
しかし、呂布は抜けない。
人目を避けるように逃げるのが嫌だった。
そういうことから隊列の最後尾についた。
流れに身を任せる事にした。
 顎髭の号令一下、大雑把な隊列が動く。
茂みを断ち割るようにして出撃した。
およそ五十余騎。
みんながみんな、先頭を競うようにして駆けて行く。
 街道で悲鳴が上がった。
居合わせた、上り下りを行き交う者達が、盗賊団の一隊を見て逃げ惑う。
 急く連中が砂塵を巻き上げた。
呂布はその後尾を離れぬように追う。
最後尾からでも馬群の隙間から獲物の一行の様子が垣間見れた。
どうやら襲撃されるのに慣れているらしい。
慌てず騒がず、五両の荷馬車を中心に防御陣を敷いた。
二両の荷馬車から大きな木の盾を次々と下ろし、盗賊団の正面に並べて行く。
 盗賊団は盾を蹴散らそうと正面から突っ込んだ。
「急拵えに盾を並べただけ」と甘くみた。
ところが、思いの外、盾が頑丈で突き崩せない。
もたついたところに、盾と盾の隙間から槍が繰り出され、矢が射られる。
仲間達が次々と落馬して行く。
 顎髭が判断を下した。
「左右から回り込め」
 顎髭が半数を連れて右に迂回すれば、太刀傷跡も残りを率いて左に向かう。
 呂布は、「被害が少ないうちに撤退すべきだ」と思う。
が、頭領でもなければ、仲間ですらない。
如何ともし難い。
その時、左の前腕に痛みを感じた。
大蛇に噛みつかれた箇所だ。
同時に、後頭部に寒気をも感じた。
殺気に近い新たな軍気。
思わず背後を振り返った。
 こちらに騎馬隊が向かって来ていた。
二十余騎。
砂塵を巻き上げ、全速力で駆けて来る。
その一隊は盗賊団みたいに、まちまちの防具を身に着けていたが、
それぞれの胴体部分に赤い布切れを織り込んでいた。
盗賊団の仲間ではない。
その類ですらない。
完全な統制がとれていた。
 ようやく呂布は理解した。
「盗賊団が物見を出していたように、この赤劉家も物見を出していたのだ」と。
待ち伏せしていたつもりが、飛んで火に入る夏の虫。
 その先頭の男と視線が絡む。
生意気に槍の穂先を向け、意を伝えて来た。
久しぶりに見る偉丈夫。
剛力のほどが窺い知れる。
大太刀を抜いて待ち構えた。
ほどなく突き掛かって来た。
 偉丈夫に呂布を任せ、他の騎兵達は盗賊団に向かって行く。
呂布とて物好きではない。
身を挺してそれを妨げようとは思わない。
今は目の前の偉丈夫に心を踊らせた。
どのくらいの強さなのか。
見かけ通りに強いのか。
 初手を大太刀で受けた。
驚かされるほどの鋭さに加え、力強さがあった。
並みの者なら、一撃で貫かれていただろう。
呂布が斬り返すと、相手は簡単に槍を反転させて弾く。
 馬を寄せ、大太刀と槍で何度も何度も打ち合う。
気合いが飛び、汗が飛ぶ。
呂布は楽しくなってきた。
これほどの者に出会えるとは。
師の張任を思わせた。
この男は、技こそないが、それを上回る剛力。
速さと剛力で呂布を凌ごうとしていた。
 気付くと辺りは静まり返っていた。
どうやら襲撃は失敗に終わったらしい。
殲滅させられた気配。
それを知らしめるかのように、周りを赤劉家の騎兵達に遠巻きに包囲された。
だが、呂布は一向に気にならない。
目の前の偉丈夫を倒したら、包囲陣を突き破って逃げるだけのこと。
 長引く勝負を見かねたのか、幾人かが、偉丈夫に加勢しようとした。
すると貴奴は、不敵にもそれを悉く断った。
貴奴も勝負を楽しんでいるらしい。
 数度打ち合い、示し合わせたように離れた。
間合いを置き、一息入れ、睨み合う。
貴奴が槍を持ち直す。
呂布も大太刀を持ち直す。
 と、そこに割り込む者がいた。
姿格好から、偉丈夫の隊にいた者に違いない。
旅汚れているが、「女か」と見紛うほどに美しい。
その者は棍のみを手に、「私が相手するわ」と女言葉で偉丈夫を制した。
 不思議にも、血が上っている筈の偉丈夫の動きがピタリと止まった。
不承不承ながら言に従う。
 その者の視線を受け、呂布は思わず問う。
「男か、女か」
 其奴は気軽に答えた。
「男よ。名はマリリン。貴男は」と、またもや女言葉。
 勝手が違うが応じた。
「呂布」
 マリリンの目が大きく見開かれた。
何故か動揺している気配。
それも一瞬のこと。
マリリンは平静を装い、包囲陣の一角を開けさせた。
逃げ道を作ってくれた。
その意図が分からぬ呂布ではない。
小癪にも試しているのだ。

白銀の翼(呂布)331

2014-04-24 21:20:22 | Weblog
 呂布は、しゃしゃり出て来た奴を一瞥した。
口の軽そうな青年。
「太刀傷跡に気に入られようとしている」としか思えない。
 他の取り巻き共も興味を覚えたらしい。
それぞれが、ゆっくりと歩み寄って来た。
六人。
太刀傷跡と、しゃしゃり出て来た男を合わせると八人。
 呂布は八人を見回した。
「どうしても切れ味を試したいのか」
 しゃしゃり出て来た奴が背後の数を頼んで横柄に答えた。
「試したい。さあ渡せ。俺が試してやる」
 太刀傷跡は背後に一歩退いた。
その表情が、「これは示し合わせた事ではない」と語っていた。
たぶん、しゃしゃり出て来た奴が太刀傷跡の心中をおもんばかり、
勝手にやっている事なのだろう。
 呂布は売られた喧嘩は買う。
だけではない。
売られない喧嘩でも買う。
そして、「一歩退けば、それは百歩退いたも同じ」と承知していた。
ましてや、この手の連中相手に退くのは性に合わない。
その場で素早く大太刀を抜いて切っ先を、しゃしゃり出て来た奴の鼻先に突き付けた。
切っ先と鼻先には微かな隙間しか残されていない。
触れるか、触れないか。
 突然だったので、其奴の対応が遅れた。
声を呑むので精一杯。
身体を震わせ、後退るように尻から落ちた。
顔面蒼白。
怖々と呂布を見上げた。
 其奴に呂布は言い捨てた。
「切れ味を知りたいのだろう。さあ、立ち上がって太刀を抜け」
 だが、其奴は立ち上がらない。
震えながら困惑していた。
 代わって別の一人が怒鳴る。
「何をするんだ、貴様」と腰の太刀に手を伸ばした。
 呂布は同じように、切っ先をその男の鼻先に突き付けた。
「お前も切れ味を試したいのか。抜け、大太刀の切れ味を教えてやる」
 ついでに切っ先を軽く振る。
鼻先を浅く斬る。
皮一枚。
軽く、薄く斬ったつもりなのだが、意外と出血した。
切っ先を外し、袖口で血を拭う。
 男は慌て、手で鼻先に触れ、血を確認した。
怒りに震えて呂布を睨み付け、太刀を抜こうとする、が、途中で手を止めた。
そのまま押し黙る。
最初の勢いはどこへやら。
 呂布は取り巻き共を睨み付けた。
「誰でも構わん、太刀を抜け。切れ味を教えてやる」
 誰一人、威勢の良い言葉を返さない。
仕様がないので呂布は全体を見回した。
だが、動きがない。
全ての目がこちらを向いているのだが、傍観するのみ。
 呂布は傍で身体を強張らせたままの貘立夫の、昨夜の言葉を思い出した。
「村の頭は顎髭だが、奴に信望がある分けじゃない。
奴の取り巻きが多いだけのこと。
次に取り巻きが多いのが、太刀傷跡。
二人が義兄弟の契りで結びついているので、なんとか村は一つに纏まっている」
 盗賊達は林の中で幾つかの集団に分かれていた。
大きな集団が顎髭で十二人。
続いて目の前の太刀傷跡が八人。
他はそれよりも少ないが、五人、六人と集団を形成していた。
出身地が同じか、気が合うか、ありふれた関係だそうだ。
貘立夫は同じ涼州出身の者達四人と組んでいた。
村は、どうやら一蓮托生の関係ではなく、都合のみを考えた関係らしい。
 ようやく太刀傷跡が動いた。
寄って来て呂布に、「もういいだろう」と言い、
取り巻き共を振り返り、「朝飯の準備だ」と追い立てた。
簡単に問題を収拾したように見えるが、
その顔色が怒りに染まっているのだけは隠せない。
 連中が遠ざかるのを待ってから貘立夫が呂布に言う。
「完全に敵に回したな」
「そのくらいが面白い。
とばっちりを食いそうになったら、遠慮なく俺から離れろ」
 盗賊団は腹拵えを終えると、獲物の隊商の進路を確認させる為、
少数の物見を出立させた。
そして本隊も移動を再開した。
拾い物だという軍旗を掲げ、脇街道をさらに南下した。
この頃になると行き交う者達が目につくようになるが、気にしない。
不揃いの武具を装備して、軍のように堂々と進む。
 そして着いたのは、埋伏場所に予定していた脇街道から離れた茂み。
その後方には、全騎が余裕を持って身を潜められる広さがあった。
さらに利点があった。
そこからだと騎馬での進退が自由に出来るのだ。
 昼近くになって、物見に出していた連中が迷うことなく合流した。
「直に赤劉家の隊商が現れます」
 その言葉通り、獲物が現れた。
先頭は騎兵二十一騎。
続いて小荷駄の馬車五両。
替え馬十頭。
後尾に騎兵八騎。
赤劉家の旗印を掲げて、速歩で進んで来た。
 みんなが茂みの隙間から、それを覗くので、呂布もそれに倣う。
遠目にだが、小編成ながら堂々としていた。
先頭の騎兵は辺りの警戒も怠らない。
が、弱点が。
先頭の二十一騎のうちの十三騎が女武者なのだ。
武装していても、体付き、仕草から、そう見て取れた。
気付いたのは呂布だけではなかった。
別の者も気付き、それを口にした。
途端に、みんなの士気が熱を帯びたように上がった。
勝ち戦と踏んだらしい。
「あの女、俺が貰う」という奴まで出る始末。

白銀の翼(呂布)330

2014-04-20 08:19:27 | Weblog
 呂布は貘立夫に小川沿いの小さな一軒家に案内された。
あちこちの外板が痛んでいる、ただの古びた農家。
それでも雨風だけは凌げる。
ただ、五年先まで建っているかどうかは、はなはだ怪しい。
 二人の間には気まずい空気だけしかない。
仕様がないので、戸口を開ける前に呂布が口を開いた。
「ここに妻子と暮らしているのか」
 思わぬ問い掛けだったらしい。
貘立夫が呆気にとられた。
「妻子・・・。
・・・。
ここに受け入れられるまでは青州からの追っ手が来ぬか、びくびく続きの毎日だった。
ところが今は、安心どころか、盗賊団の荒仕事で生きるか死ぬか。
笑えるだろう。
そんな状況で妻子、・・・自分一人の面倒をみるので手一杯」
「涼州には戻らぬのか」
 貘立夫は呆れ顔、
「俺の出自は知られている。
追っ手が一番に目をつけるのは生まれた村だ。恐くて戻れぬ」と言い、
「お前は帰ったのか」と呂布に問い返した。
 呂布が、「当然だろう。帰った」と即答すると、貘立夫は目を丸くした。
「ほんとに、ほんとか」と疑う。
「俺が嘘ついてどうする」
 貘立夫は一拍置いた。
「そうだよな。昔からお前はそんな奴だった。
手前勝手というか、頑固というか、たいした奴だった」
 どうやら、褒められている・・・らしい。
呂布は顔がこそばゆい。
「村は滅びていたが、近隣の村々の者達が戻った俺を手厚く持て成してくれた。
お前も知る通り、俺は親父とは血が繋がっていない。
それでも、親父の親戚達が心の底から喜んでくれた」
「・・・そうか。俺も戻れば良かったのか」
「当然だろう。
お前は俺と違い、血の繋がった親戚は多い。違うか」
「そうだな。俺の親戚は多い」
「なら戻れ。
追っ手の心配はいらない。
奴隷の身分は青州内に限ってのこと。
涼州なら自由な庶民のままだ。
それに、みんなが守ってくれる」
 貘立夫の表情が明るくなった。
「分かった。機会をみてから戻る。
それにしても、お前はどうして旅を・・・。
涼州に居れば追っ手の心配はいらんだろう」
「家族を探している。
あの時、母と弟妹も一緒に拉致された。
今も必ず、どこかで奴隷として生きているはず。
・・・。
何か覚えていないか」
 貘立夫が頭を捻った。
真剣に思い出そうとした。
だが、そのうちに辛そうな顔に変わった。
「すまんな。
あんまり役に立てそうにない。
お前の母さんは綺麗だったから、よく覚えている。
でも、弟妹となると、さっぱりだ」
 呂布はしっかり覚えていた。
養父が母に産ませた可愛い盛りの弟妹。
弟は八歳、六歳、四歳の三人、そして妹二人は双子の二歳。
みんな呂布に、「兄さん、兄さん」と懐いていた。
ここで諦めては殺された養父に顔向け出来ない。
「確かにお袋は目立つ人だった。何か思い出せないか」
「あの日、俺は殴り倒されて荷馬車に投げ込まれた。
だから同じ荷馬車に乗せられた連中のことなら、少しは覚えているが、
他の荷馬車に乗せられた連中の事となると、さっぱり分からない」
「行き成り思い出せと言って悪かった。
後で何か思い出したらでいい。それを教えてくれ。
他の連中の事でもいい。
些細な事でもいい。
何が探す手蔓になるか分からん」
「分かった」と貘立夫は答え、改めて呂布を見遣り、「すまん」と一言。
「何が」
「ここに連れて来ちまって、悪かった。
何だか、妙な立場に追いやってしまった」
「気にするな。
明日の襲撃には同行させてくれるそうだ。
その時、隙をみて逃げる。
だから何も気にするな。逃げるのには慣れている」
「それなら良いが、あの二人は油断がならん。
頭の方は意固地で頑固。
もう一人は相手を倒す為なら、どんな汚い手でも使う」
「顎髭と太刀傷跡の二人だな」
 貘立夫が表情を緩めた。
「顎髭と太刀傷跡か、上手いな。
特に太刀傷跡には気をつけろ。
槍も太刀、弓も何でもござれだが、平気で卑怯な事をする。
相手を油断させて背中を斬るのを、得意中の得意にしている」
 翌早朝、日が昇るより先に村に軍気が走った。
幾人もの農夫が手に手に松明を掲げ、各家々の者を起こして回った。
荒仕事の出撃準備を知らせた。
この家に寝起きしている者達が素早く身支度を整えた。
貘立夫と仲間五人。
呂布も昨夜用意の具足を見に着けた。
襲撃に参加するつもりはないが、
貘立夫が、「太刀傷跡に背中から斬られぬように」と揃えてくれた物だ。
 呂布が戸口から出ると、愛馬の葉青が寄って来た。
その手綱を引いて、みんなの後について行く。
あちこちの小道から武装した者達が、馬を引いて加わった。
 村の出口には篝火が焚かれていた。
そこで子供達や留守の農夫達の見送りを受けた。
 馬の手綱を引いた盗賊団の隊列が暗い森に踏み入った。
獣道と見紛うほどの小道なのだが、意外と整地されていた。
横に張った枝も藪もない。
要所要所に松明を掲げた農夫が立っているので、迷うことはない。
ここはどうやら、官吏や軍の目を避ける為の、盗賊団の出撃路に違いない。
 誰に見咎められることもなく、誰に遭遇することもなく、街道に出た。
空が薄明るくなってきた。
夜明けだ。
 太刀傷跡が顎髭の傍に寄り、何事か囁く。
打ち合わせのようで、何度か遣り取りした。
その結果として、顎髭が真っ先に騎乗して、みんなを見回した。
「ゆくぞ」
 応じて、みんなが気勢を上げて騎乗した。
顎髭の先導で、街道を洛陽方向に向かう。
朝早過ぎるせいだろう。
行き交う者はいない。
かなり行ってから街道を逸れた。
脇街道を南に向かう。
そして途中の林に入った。
「ここで待つ。朝飯の準備をしろ」と顎髭が言い渡した。
 下馬した呂布は悪寒を感じた。
傍近くに太刀傷跡が寄って来ていた。
奴の目が呂布の太刀を捉えていた。
「お前の身体がでかくて気付かなかったが、その太刀は大太刀か」
 確かに、みんなは呂布の身体に気をとられ、この太刀の大きさまでは気が回らない。
他の太刀に比べ、少し長いだけでなく刀身が肉厚なのだ。
その分、重い。
普通の者には振り回すのさえ困難だろう。
 呂布は嫌悪感を隠して答えた。
「大太刀だ」
 すると近くにいた別の者が、得意顔でしゃしゃり出て来た。
太刀傷跡の取り巻きと思えた。
「本当に使いこなせるのか。俺に貸してみろ。俺が切れ味を試してやる」
 呂布の傍にいた貘立夫の身体が強張る。
言葉を信じて取り巻きに大太刀を渡せば、太刀傷跡に斬られるのは必至。

白銀の翼(呂布)329

2014-04-17 21:55:57 | Weblog
 顎髭が新たに現れた六人に状況を掻い摘んで説明した。
その下手なこと、下手なこと。
今一つ要領を得ない。
最前より居合わせた一人が見かねて、補足する始末。
 六人が一斉に呂布の方を向いた。
不躾なまでの視線。
上から下までを舐め回すように観察した。
やはり彼等も金髪碧眼が珍しいのだろう。
最後は金髪で止まった。
一人として目を逸らさない。
 呂布も六人の品定め。
何れも荒くれ者ばかり。
が、なかに一人だけ油断ならぬ色を隠している者がいた。
頬に太刀の傷跡。
その者が緩やかに歩み寄り、ジッと呂布を見上げた。
似合わぬ明るそうな声を出した。
「盗賊は嫌いか」
 呂布の答えは一つしかない。
「嫌いだ、殺したくなる」
 居合わせた者達の顔色が変わった。
怒りのあまり、何人かが呂布に詰め寄ろうとした。
ただ一人、太刀傷跡だけは違った。
詰め寄ろうとした者達を、片手を上げて制した。
「さも面白い」とでも言わんばかりの顔。
ニヤツキながら問う。
「それなりの理由があるのだろうな。聞かせてくれるか」
 呂布は太刀傷跡を睨み付けた。
「俺が小さな頃、生まれた村が盗賊団に襲われた。
大人達は殺され、女子供は拉致されて奴隷に売られた。
俺も家族とは切り離され、奴隷に売られた」
 太刀傷跡は視線を呂布から貘立夫に向けた。
「お前から似たような話を聞いたな」
 貘立夫が嫌そうな表情になった。
「同じ村の生まれだ」
 詰め寄ろうとした者達の身体から力みが抜けた。
同情が芽生えたらしい。
 太刀傷跡は再び呂布に視線を戻した。
「盗賊が嫌いなのは分かった。
それはそれで仕方がない。
・・・。
この村は本来は無人だ。
理由は知らないが、本来の村人達が逃散し、ここは無人になっていた。
そこに俺達が流れて来た。
それぞれに生まれた村は違うが、俺達も同じように逃散した者ばかり。
それが偶然にここに流れ着いた。
それで隠里にした。
表は荒れたままにして置いて、官吏の目を誤魔化した。
今のところは露見していない。
まあ、そのうちに露見するだろう。
そうなれば徴税の官吏が押し寄せて来る。その時は逃げる。
出来損ないの官吏共に盗られる生活は嫌だ」
「それで盗賊か」
 太刀傷跡が胸を張った。
「そうだ。
温和しく野良仕事だけするつもりなら、そもそも逃散なんかしない。
ここに集まった者達は官吏や豪族に盗られない生活をすることにした。
それで今は隠里で野良仕事、なんだが、野良仕事だけでは食って行けない、
そこで荒仕事も始めた。盗賊だ。
でもな、弱い者達からは、けっして奪わない。
襲う相手は豪族、貴族の隊商ばかりだ。
だからそう嫌うな」
「見たところ子供達もいるようだが」
「いずれ戦力になる。
それよりも、お前はこの先どうするつもりだ。
逃げた奴隷には追っ手がかけられるだろう」
 これ以上、益州から追っ手がかかるとは思われない。
なにしろ相手方に甚大な人的被害を与えた。
馬鹿息子や取り巻きの武官達を含め、数にすると五十人ほどを呂布一人で葬った。
それらを金銭に換算すると莫大な額。
新たな追っ手を編成しようにも、二の足を踏むに違いない。
それに事情を知った者達が、果たして追っ手を引き受けるかどうか。
万が一、来たら来たで歓迎するだけ。
 呂布は事も無げに答えた。
「遭ったら斬るだけ」
 太刀傷跡はジッと呂布を見た。
睨み付けている分けではない。
ただ見ているだけ。
そして、やおら目を逸らした。
顎髭に言う。
「そうそう、獲物が来た。
荷馬車の数は少ないが、俺達には手頃な隊商だ」
 顎髭は呂布と太刀傷跡を見比べ、訝しい気な表情をした。
「正確な数は」
「荷馬車は五両。護衛は二十九騎。替え馬が十頭。
明日にも、この近くを通り掛かる」
「荷馬車が少ないな。
それで、どこの隊商だ」
 太刀傷跡が嬉しそうに答えた。
「徐州の劉家。別名は赤劉家。裕福として知られてる家柄だ。
荷馬車の数が少なくても心配はいらんだろう。
大層なお宝を積んでると、俺は見た」
 顎髭が頷いた。
「そうか、あの徐州の赤劉家か。
かっこうの獲物が来たという分けか」
 太刀傷跡が呂布を再度、見遣った。
「呂布、俺達の仕事振りを見てから、どうするのか決めろ。
居ても良し、去っても良し。好きにしろ」
 顎髭が異を唱えた。
「待て待て、勝手にそいつを放つつもりか」
 太刀傷跡が顎髭に、
「兄じゃ、呂布は俺に任せてくれないか」と言い、
「今夜は呂布の面倒をみてやれ」と貘立夫を見遣る。
 顎髭と太刀傷跡は兄弟には見えない。
顔貌からして似ていない。
体躯も似ていない。
おそらく義兄弟の契りを結んだのであろう。
 顎髭は太刀傷跡以外の全員を室外に去らせた。
全員の足音が遠ざかるのを待ち、太刀傷跡の傍に歩み寄った。
「何を考えている」
「ここで呂布を斬ろうとすれば、おそらく半数を失う」
 顎髭が表情を歪めた。
「そんなに奴は強いか。でかいだけの奴じゃないのか」
「でかいだけじゃない。見かけ通りに強い」
「お前の勘は当たるからな。それじゃ、どうする」
「明日、隊商を襲えば乱戦になる。
その際、隙を見て、俺が後ろから斬る」

白銀の翼(呂布)328

2014-04-13 07:45:34 | Weblog
 小川の両側には古びた農家が建ち並んでいた。
谷間にしては日当たりが良い。
見上げると青空が広がり雲が流れていた。
 子供達は声を上げて水遊び。
大人達は忙しそうに野良仕事。
切り取ったような平和な空気が流れていた。
「隠里か」と呂布が言葉を漏らすと、
「隠里には違いないが、もう一つの仕事が本業だ」と貘立夫が得意顔。
しかし詳しくは説明しない。
 騎乗のまま整備された細道を、川沿いに上流へと案内された。
しばらく進むと、妙な建物が見えてきた。
通路の行き止まりに、それがあった。
川沿いの高台に建てられていた。
異様な二階建て。
高さもあるが、横にも変な広がりを持っていた。
農家とは無縁の建て方。
おそらく建て増しに次ぐ建て増しで、このような不格好な建物になったのだろう。
いったい何者が、何人が住んでいるのやら。
 四人の接近に合わせたように、建物から五人が飛び出して来た。
いずれも危なそうな顔の持ち主ばかり。
野良作業より、腰に下げた太刀を振り回した方が似合いそうな連中だ。
先頭の男と貘立夫の連れが何事か言葉を交わした。
何人かが呂布に警戒の籠もった視線を送って来た。
 三人が手前で下馬したので、呂布もそれに倣う。
「馬はその辺で遊んでいるから放したままでも大丈夫だ」と貘立夫。
 集団でドカドカと建物に入って行く。
右に左にと曲がりながら、奥へ奥へと案内された。
廊下の壁のあちこちに弓や槍が掛けられていた。
古びた物もあれば、真新しい物も。
途中で何人かと出会うが、これまた危なそうな顔の持ち主ばかり。
まるで盗賊の舘ではないか。
 通されたのは誰もいない大広間。
みんなが中央に進むと、それを見ていたかのように、
上座の横合いから顎髭を蓄えた男が大層な態度で現れた。
顎髭で威厳を示そうとしているのかも知れない。
 みんなが顎髭に拱手をしたので、呂布もそれに倣う。
 向かえ出たうちの一人が呂布を片手で示し、顎髭に言う。
「名は呂布。貘立夫の幼馴染みで奴隷でしたが、雇用主から逃れて来たそうです」
 顎髭は呂布を舐め回すように観察し、軽く頷きながら貘立夫に視線を転じた。
「我らの稼業を喋ったのか」
「見せてからと思い、まだです。
ですが、この呂布、ごらんのような身体。必ずや役に立つでしょう」
 顎髭が厳つい表情で呂布に視線を戻した。
「すまんな、分けも話さずに連れて来たようだ。
・・・。
今、この村は人手不足で困っている。
それで人集めに若い者達を八方に走らせた。
貘立夫もその一人だ。
野良仕事が出来る奴か、荒仕事が出来る奴が必要なんだ。
それで、呂布、お前は何が出来る」
 行き成りの展開。
貘立夫の心底が見えた。
同郷の幼馴染みといっても、別に親しくはなかった。
喧嘩を行事のように繰り返していただけ。
懐かしいだけで大切な相手ではないのだろう。
それで呂布に声をかけたのかも知れない。
奴隷に売られて苦労を重ねただろうに、人の痛みは相変わらず分からないらしい。
 貘立夫の変わらぬ性格に呂布は苦笑い。
怒りよりも呆れが先にきた。
お陰で貘立夫の立場に気を遣う必要がなくなった。
顎髭に答えた。
「野良仕事は分かる。もう一つの荒仕事というのは何だ」
 顎髭の表情が変わった。
「聞いたからには引き返せないぞ」と威嚇して来た。
 居合わせた者達が呂布の傍から離れた。
左右に分かれて、呂布を睨み付けて来た。
貘立夫もその一人。
いやに芝居がかっていた。
 呂布は全員を見回して品定め。
顔こそ厳ついが、一人とて腰が定まっていない。
確かに荒仕事で稼いでいるのだろうが、鍛錬を怠っているのが見て取れた。
「盗賊か」と一笑に付した。
「盗賊で悪いか」と顎髭。
 呂布は敢然と答えた。
「悪い」
 顎髭だけでなく全員の身体に怒りが走った。
腰の太刀に手を伸ばす者もいた。
 呂布は微動だにしない。
ここで弱気を見せては相手の思う壺。
警戒を怠らないが、腰の太刀には手を伸ばさない。
腕を組み、顎髭を泰然と見遣る。
「ここを血で汚すか」
 顎髭が表情を引き締め、「ここで殺すには惜しい奴だな」と呂布を睨み付けて来た。
呂布も応じて睨み返した。
何人かが太刀を抜いた。
 ドカドカと新たな足音。
数人がこちらに向かって来た。
六人が姿を現すが、場の空気に気付いて凍り付き、足を止めた。
状況を知ろうと、一人が声を上げた。
「どうした、どうした」

白銀の翼(呂布)327

2014-04-10 21:55:20 | Weblog
 若い奴に名を呼ばれたが、心当たりはなかった。
呂布は戸惑いながら、相手の顔を穴があくほど観察した。
だが、全く分からない。
 相手は、そんな呂布にはお構いなし。
立ち上がると、狭い店内を駆ける勢いで向かって来た。
呂布の卓に来ると、正面にドカッと腰を下ろした。
懐かしげに言う。
「俺、俺、貘立夫」
 途端に涼州の多喜村が平穏無事であった頃を思い出した。
貘家というのは村でも一、二を争う豪農で、村役人を輩出する家柄。
当時、その家には呂布より二つ年上の男子がいた。
名前は忘れた・・・、立夫だったかも知れないが、
何かというと金髪碧眼を理由に呂布を目の仇にする生意気盛り。
呂布は相手にしなかったが、よく絡んでくるので、その度に返り討ちにした。
とにかく貘立夫は元気だけが取り柄の子供であった。
そして、不確かだが、貘立夫も赤嶺団に捕らえられ、奴隷として売られたはず。
 徐々に目の前の男が子供の頃の顔に戻ってゆく。
色黒になっても面影だけは残っていた。
そんな呂布の顔色を読んだのだろう。
貘立夫がより一層、嬉しそうな表情になった。
「どうやら思い出してくれたようだな」
 喧嘩はしたが、親しく会話したことは一度もなかった。
一緒に遊びたいとも思わなかった。
呂布は素早く、貘立夫と連れの二人の姿格好を見遣った。
三人揃って腰に太刀を吊り下げているが、庶民にも、商人にも見えない。
ただ、旅汚れていないので、この土地の人間だということだけは確か。
呂布は小声で問う。
「この土地に売られていたのか」
 貘立夫は目をパチクリ。
笑いながら、小声で答えた。
「はっはっは、売られた先は青州。
なんとかここまで逃げて来た。そっちは」
「売られた先は益州。俺も逃げて来た」
「先を急ぐ旅なのか」
「急いではいない」
「泊まる先は」
「適当に探す」
「なら、俺達の村に泊まれ。積もる話しもある」
「村・・・」
 青州から逃れて、事情を伏せ、どこぞの村に潜り込んだのか。
「行けば分かる」
 そう言われると否はない。
十数年ぶりの偶然の出合い。
昔は喧嘩相手だったが、今はただ懐かしい。
それに、家族を見つける手掛かりを持っているかも知れない。
 運ばれて来た酒、飯を手早く済ませ、三人に同行した。
金回りの悪そうな三人だったが、見るからに良い馬に乗っていた。
毛並みが良く、馬体に艶がある。
連れの二騎が先を行き、呂布と貘立夫はそれに続いた。
 呂布は疑問を口にした。
「連中は青州まで売りに行ったのか。遠すぎないか。
青州まで行かなくとも、長安か洛陽あたりで売れたと思うのだが」
 赤嶺団が拉致した者達を青州まで売りに出向いたとすれば、
呂布も家族捜しの範囲を広げなくてはならない。
「売られた場所は洛陽の傍だ。
洛陽の南の小川沿いに月に一度、馬や牛の市が立つ。
そこで俺達も牛馬と同じ扱いで売られた」
 途端に呂布は頭に血がのぼった。
「俺達は牛馬扱いか」
「そう怒るな。
それが世の習い。
俺は洛陽に塩の商いに来ていた青州の商人に買われ、
遙か東の海沿いの町に連れて行かれた。
仕事は詰まらないものだったが、そこで初めて海というものを見た。
遠くまで青々とした海原が広がっていた。
静かな時は実に美しい。青い青い草原だった。
機会があれば呂布も一度は見ておけ。
ただ、海の嵐はいかん。
あれは砂嵐に似て、激しく恐ろしい。
大きな波が押し寄せて来て、人も船も家も一挙に飲み込む。
遭った時は何もかも捨てて、高い山とか丘に逃げるしかない」
 そこから貘立夫の喋りが止まらなくなった。
青州での仕事を事細かく説明してくれた。
要は塩の作り方。
毎日毎日、砂浜で日光に晒され、それで日焼けしたそうだ。
 一行は街道を逸れて荒れた脇道に入った。
路面の凹凸が激しく、丈の高い雑草が行く手の障害となっていた。
行き交う者は極めて少ないようで、幾つかの薄い足跡が見られるだけ。
まるで獣道。
 そこを先行の二騎が巧みに右に左にと馬を進ませた。
呂布と貘立夫もそれに続く。
ところが少し行くと、草はぼうぼうに生えていても、
凸凹面は平され、馬が進みやすいように手入れされていた。
だけではなかった。
道の両側の森の中に人の気配を感じた。
少ない人数だが、監視の目。
それ以外にはない。
 どうやら余所者を歓迎していないらしい。
これから貘立夫が案内する村には何があるのだろう。
呂布は素知らぬ顔をすることにした。
 ようようのことで目的地に着いた。
谷間にあった。
谷底を流れる小川の両側に人家が見られた。
幾人かが畑仕事に勤しんでいた。
子供の声も聞こえた。

白銀の翼(呂布)326

2014-04-06 08:04:20 | Weblog
 何としても田獲家との戦いに参戦したい呂布であったが、
その願いを近くにいた古参兵らしき男が打ち砕いた。
「気持ちは分かるが、おそらく仲裁が入る。
田一族と程一族、それぞれの長老が手を組んで仲裁する。
お互い、一族の兵を失いたくないからな」
 思いもしなかった。仲裁とは。
 その古参兵が続けた。
「戦いに勝てば何がしかが得られる。
土地、金、女、あるいは名誉。
ところが今回の戦いでは何もない。
同じ長安の豪族同士の諍い。殺して奪えば恨みを残すだけ。
氏族は違っても、それぞれの領地が入り組んでいるだけに始末に困る」
 呂布はそれでも諦めきれない。
「そちらの三人が殺され、ご隠居の田澪様は負傷。
それで仲裁が受け入れられるのか」
「何らかのケジメは必要だか、大がかりな戦いは誰も望まないだろう」
 すると近くにいた別の若い兵が口を差し挟んだ。
「仲裁の話があっても無視すればいい。
呂布殿が申される通り、こちらはご隠居様が怪我させられ、仲間が三人死んでる。
田獲の首だけは何としても切り落とさねば我らの気が済まん」と威勢が良い。
 敵の刺客を捕らえ、仲間の怪我の手当も終え、手が空いて暇になったからか、
居合わせた者達も話しに加わって来た。
気のゆるみか、それぞれが好き勝手な事を、あーだこうだと主張した。
それでも論戦が進むに連れて意見が集約されて行く。
最終的には二つに大別された。
古参兵と同じ、「仲裁が入れば、受けざるを得ぬ」派。
若い兵と同じ、「仲裁が入っても無視し、あくまでも戦うべきだ」派。
 人数的には若い兵の主張に賛同する者が優勢であった。
 それを古参兵が嘆いた。
「どうしても戦いたいらしいが、
戦いとなれば心ならずも田獲家に味方せねばならぬ血縁、地縁の者もいるはず。
その者達とも戦わねばならん。
刃を交える者の中には顔馴染みの者もいるだろう。
家族で付き合っている者もいるだろう。
長安という狭い地域に住んでるから当然のこと。
それでも戦うか。
親しい者を仕留められるか」
 途端に主戦派は押し黙った。
 呂布も返す言葉が見つからない。
奴隷であった頃は身分に縛られて不自由であった。
それがため、通りを行き交う庶民を、「なんと自由な」と羨ましく見ていた。
ところが奴隷を抜けてより、見聞きする庶民の暮らしに疑問を感じるようになった。
今こうして豪族の家来達の話しで、その原因がはっきりと分かった。
彼等は一見、自由に見えるが、血縁地縁の、しがらみの中で生きているのだ。
一箇所に住むということは、
自分の家族縁者に縛られ、近隣の者達や、村、町に縛られること。
加えて、権力者の支配も受けざるを得ない。
 呂布は気分が萎えた。
戦いを主張する自分が馬鹿に見えた。
何も言わず、愛馬の葉青に飛び乗った。
そして、みんなを見回した。
「世話になった。
田澪様に宜しく申し伝えてくれ」
 言葉が終わるのを待ち兼ねたように葉青が躍動した。
嬉しそうに勝手に駆け出した。
手綱で指示もしないのに街道の方へ引き返して行く。
 その呂布の背中に聞き覚えのある声が届いた。
「近辺を通ることがあれば、程家の我々を訪ねて来い。酒を酌み交わそうぞ」
 呂布は振り返らず片手を大きくあげて誘いに応えた。
街道に戻ると手綱で洛陽方向に馬首を向けた。
長安から都、洛陽までは街道が続いているので迷うことは考えられない。
途中で交差していても、広い道を選べば良い。
 その街道だが、確かに他に比べて広いが、他と同じように路面が荒れていた。
途中、凸凹が散見され、官吏による手入れが為されていないのが見て取れた。
これでは馬車での帝の巡幸は無理だろう。
 呂布の懐は暖かった。
益州で稼いだものに、田睦家の家宰からの心付けと、田澪からの心付けを足すと、
あまりの重さに、二つに分けてしまうほど。
そのお陰で宿泊や食事には困らない。
騎乗の時は頭を布切れで覆って、砂塵除けにしたが、
宿泊や飯屋、飲み屋では金髪を露わにした。
大いに珍しがられたが、偉丈夫の旅人に声をかけてくる者はいない。
荒くれ者と分かる者達ですら近寄らない。
触らぬ神に祟りなしとばかり、遠巻きにするだけ。
 ところが、そんな呂布に声をかけて来た者がいた。
途中の町の飯屋に立ち寄ると先客七人ほどがいた。
金髪碧眼の呂布が入って行くと、客も店の者も一見しただけで、すぐに目を逸らした。
呂布は酒と飯を頼んだ。
すると、三人で卓を囲んでいた中の一人が二度見して来た。
そのまま視線を外さない。
不躾なまでの視線。
益州からの追っ手とは思えない。
殺気は微塵も感じ取れない。
 呂布は男を見返した。
視線を絡ませた。
色黒の若い奴。
その顔に見覚えはない。
こちらにはないが、相手にはあったらしい。
表情が微妙に崩れた。
「呂布」と叫ぶと同時に、泣き笑い顔。

白銀の翼(呂布)325

2014-04-03 21:18:19 | Weblog
 呂布は木陰に身を隠した。
背中を幹に預け、短槍を膝に乗せた。
何としても、この場を切り抜けないと。
と、飛来する矢音が止んだ。
「もしかして」と思い、木陰から敵の方を覗いた。
思った通りだった。
三人の肩口に矢羽が見えない。
通常であれば矢が抜き易いように、肩口後方に矢筒を担ぐ。
それが見えないということは、敵の矢は手持ちのみ。
おそらく二、三本だ。
だから敵は矢を射るのを控えたに違いない。
 呂布は考えるより先に木陰から飛び出した。
敵にも考える暇は与えない。
狙い易いように身を晒した。
誘いに敵が乗って来た。
立て続けに連射して来た。
連射でも狙いは正確無比。
万が一にも逃す、外すというような事は考えないのだろう。
手持ちの矢を全て射て来た。
 全ての矢を躱すのは容易ではないが、正確無比な敵の狙いが分かるだけに、
対処のしようが、なくもなかった。
体捌き、槍捌きに一瞬の弛みも許されないが、並みの者には不可能でも、呂布は違う。
試すだけの価値はある。
飛来する矢に集中した。
体捌きで躱せる矢は躱し、躱せない矢は槍で弾いた。
的確に小刻みに対処した。
それは敵の手持ちの矢が少ないから可能なこと。
 矢を射尽くした敵三人は互いに顔を見合わせた。
言葉は発しないが、困ったことは確か。
 その時、森に数人が駆け込んで来た。
遠目にだが、全員が武装しているのが見て取れた。
先頭の男が声を上げた。
「呂布殿、無事か」
 昨夜、密かに訪ねて来た田澪の家来の声に違いない。
やはり呂布は囮にされたのだ。
怒り混じりに大声で答えた。
「残った敵は三人」
「そちらか、直ぐに行く」
 呂布の声で居る場所が分かったらしい。
ただちに加勢に向かって来た。
 それに応じるかのように、敵三人が弓を捨て、腰に下げた太刀を抜いた。
覚悟を決めた。
一人が雄叫びを上げた。
残りの二人もそれに倣う。
一斉に呂布に向かって来た。
 じっと待つのは性に合わない。
呂布も駆けて迎え撃つ。
短槍を棍のように片手で持つ。
 先頭の敵が太刀を豪快に振り翳した。
腕力が自慢なのだろう。
呂布の頭蓋を打ち砕かんばかりの勢い。
 とうの呂布は慌てない。
冷静に動きを見定め、短槍を反転させて、襲って来た相手の手首を打ち砕く。
右に回り込んで来た敵は、その脇腹を払う。
残った一人は、踏み込んで来た足の向こう脛を打つ。
意識して力を込めた分けではないが、呂布の一撃、一撃には破壊力がある。
三人が悲鳴を上げて地を転げ回る。
打たれた箇所を掌で押さえて嗚咽を漏らす。
 田澪の家来達が殺到して来た。
手分けして三人にのし掛かり、捕らえた。
 例の男が呂布の傍に来た。
「騙すような事になってしまった。すまん」
「騙された方が悪い。気にするな。
それより表の連中は」
「一人残らず仕留めた。
先回りしている敵も同様だ。今頃、別の隊が襲っているはず」
「そつがないな」
「ぬかりはない」と男は頷いた。
 呂布が洛陽に向かうと知っているだけに、余裕を持って先手が打てたのだろう。
 一同は捕らえた三人を引っ立てて森を出た。
すると、待ち兼ねたかのように愛馬の葉青が呂布の方に駆けて来た。
嘶きながら鼻先で呂布の胸を突っつく。
 男が羨ましそうに言う。
「馬に好かれているな」
「まあな。
ところで田獲家との戦いだが、俺が加勢しては拙いのか」
 呂布はこのまま洛陽に向かうのは気が引けた。
戦いから逃げるようで嫌だった。

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