金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(帰省)128

2019-08-27 06:56:10 | Weblog
 俺は答えを得た。
前世の上陸用舟艇とホバークラフトだ。
馬を乗せられ、動力には風魔法を転用できる。
 さっそく砂浜に出て、錬金魔法を起動した。
材質はミスリルを混ぜたセラミック。
船底に重心を置いた全長8メートル、高さ3メートル、
船幅4メートルの上陸用舟艇をイメージ。
バランスを考慮しつつ軽量化を図った。
思ったよりもEP消費量は少なかった。
これに風魔法の術式を施した。
周囲の魔素を取り込み、魔力に変換して風魔法で動かす。
単純にした。
 不格好な上陸用舟艇が砂浜に出来上がった。
平らな船首をこちらに向けて鎮座していた。
俺は近付いて手を触れた。
術式に魔力を通し、所有者として認識させ、コーティング。
術式が必要とするMPは50。
さっそく始動させた。
ぐいぐい魔素を取り込んで行く。

 船首の渡し板を下ろした。
馬を休ませるには充分な広さだが、床が固すぎる。
そこでチューンナップ。
錬金魔法で乾燥した藁を造りだして敷き詰めた。
 指笛で馬を呼び、手綱を引いて舟艇に乗せた。
首筋を撫でて、「少しの辛抱だからな」と言うと納得したように足を崩した。

 術式を単純にしたのが功を奏した。
短時間でMPが満タンになった。
さっそく乗り込んで舟艇を動かすことにした。
低速発進。
砂浜から1メートルほど浮き上がった。
風魔法の利点は砂塵が舞い上がらないこと。
痕跡なし。
 バランスも良し、そのまま海に乗り出した。
静かに、海面の上を滑るように沖へ向かった。
波の影響を受けないので揺れがない。
加えて風魔法のお陰で無音。
念の為、探知スキルと鑑定スキルにも目を配り、
空や海の魔物からの襲撃を警戒した。
 脳内モニターをも分割し、それでアリスを再追跡した。
まだなんの反応もないが、必ず見つけ出す。

 アリスは焦りから周辺を広く旋回した。
何度も、何度も。
でも陸地が見つからない。
見えるのは西に傾こうとする太陽だけ。
もうじき日が暮れる。
飛んでいるのは問題ないが、このままでは・・・帰れない。
 太陽で思い出した。
来る時、太陽は右側にあった。
だとすると逆に太陽を左側にすれば・・・たぶん戻れる。
 アリスは太陽を左に見ながら飛んだ。
心が急いた。
全速力で飛翔した。
しばらく飛んでも、なかなか陸地が見えてこない。
それでも諦めない。
一か八か、賭けた。
 かなり飛んでから水平線の向こうに黒い物を見つけた。
分からないが、何かがあるのは確か。
方向を維持した。
徐々に黒が緑に変じ、形を成してきた。
陸地だ。
 アリスはホッとしてスピードを緩めた。
間違いはなかった。
安堵した。
陸地を見て、さて、どこに向かう・・・。
新たな疑問。
どこから飛び立ったのだろう。
近くに宿場町があったのは確かだが、名前は覚えていない。
暗くなれば宿場町に灯りが点る。
それを待つか。
 不意に魔力の塊に気付いた。
かなり大きい。
それが向かって来ていた。
海中からではなく、陸地方向からこちらに向かって来た。
海面すれすれの低空飛行。

 俺は前方にアリスの魔波を感じ取った。
『アリス、アリス、届いているか』
 アリスが怒りで応じた。
『おっそい、どうしてこんなに遅いの』
 怒られるのは想定していなかった。
『ごめん』思わず謝った。
『何か変な物で飛んでいない』
『船を飛ばしてる』
『船は飛ぶ物なの』
『最近の船は飛ぶみたいだね』
『分かった、直ぐに行くわ』

 接近して来るアリスをズームアップした。
妖精よりランク下の者では姿を見ることは適わないが、俺は特別。
なにしろアリスの名付け親、眷属にする者。
その気になれば何時でも見られる。
 初めて見る表情をしていた。
整った顔をグッチャグチャにし、大粒の涙をボタボタ零していた。
これでは言葉をどうかけて良いのか分からない。
正視するのを止めた。
 勢いを殺さず、胸元に飛び込んで来た。
痛い。
シャツを掴み、ワーワーギャーギャー、誰憚ることなく泣いた。
俺には出来ない感情表現に感心してしまった。
これだけ泣けるなんて羨ましい。
脳筋だなんて馬鹿にして、ごめん。
そっとアリスを両の掌で優しく包んだ。
 
 どのくらい泣いていたのかは分からない。
不意に名前を呼ばれた。
『ダン、ねえダン』
 アリスが俺を見上げていた。
さっきまでの泣き顔ではない。
涙の痕跡もない。
いつものアリスだ。
『なんだいアリス』
『この船は錬金魔法で造ったの』
『そうだよ』
『もっと高く飛べないの』
『これは馬専用だから、どうなんだろう。
もっと軽くすれば飛べるかな』
 アリスがパッと明るい顔になった。
『こんど造ってよ』
『アリス用かい』
『そうよ』
『俺が造った物よりアリスの方が速く、高く飛べるんじゃないのか』
 アリスがさも当然のように言う。
『それはそれ、これはこれ』
『分かった、工夫がついたら造るよ』

 俺は舟艇を浜に向けた。
それを見てアリスが疑問を呈した。
『どうしたの、これで尾張に向かわないの』
『急ぐ旅じゃないから、街道を見物しながら進むよ』
『まあ、いいか、好きにしなさい』
 浜や周辺に人気がないのを確認して、砂浜に乗り上げた。
船首の渡し板を下ろし、馬の手綱を取った。
馬も状況を読んだのか、素直に立ち上がった。
肌も鼻息も、挙動も異常なし。
馬を砂浜に下ろし、錬金魔法で舟艇を魔素に変換した。

 四日市宿場には暗くなる前に着いた。
着いたのは良いが、
泊まる予定ではなかったので厩舎有りの宿屋の当てがない。
そこで門衛にお勧めの宿屋を聞いて、そこに向かった。
 厩舎有りで5000ドロンだった。
記帳していると宿屋の者に尋ねられた。
「もしかして桑名宿場から船で熱田宿場へ渡られるのですか」
「はい」
「よければここの港から熱田へ渡りませんか」
 思いもかけぬ提案だ。
「えっ、渡れるんですか」
「この夏から熱田向けの回船が始まりました。
始まったばかりなので知名度は有りませんが、歴とした問屋の船ですよ。
船旅が長い分、景色も楽しめますよ」
「料金は」
「馬込みで4000ドロンです」
 桑名までの旅程が短縮できるから安い料金だろう。

昨日今日明日あさって。(帰省)127

2019-08-21 06:44:43 | Weblog
 馬は今日も快調だ。
四つの蹄をパカパカと響かせて進んで行く。
反してアリスは不機嫌。
『面白くな~い』
『我慢我慢、もう少し行くと良いものが見られるからね』
『何が見られるの』
『驚くものだよ』
『教えてくれないの』
『それは見てからのお楽しみ』
 フ~ンとばかりにアリスは飛翔した。
『どうするんだ』俺は尋ねた。
『暇潰し』
 思い切り急上昇した。
姿は見えないが馬も気配で分かったらしい。
顔を斜め上に向け、「ブルルン」鼻を鳴らした。
 俺は探知スキルと鑑定スキルでアリスを追いかけた。
脳内モニターを分割してアリス追跡用を立ち上げ、マークした。
この甲斐甲斐しいばかりの世話焼き、俺はおかんか。
 アリスの暇潰しは魔物狩り。
ザコ魔物には飽きたのか、ほどよい手応えの魔物を探しては狩って行く。

 空気に漂う香りが変化した。
四日市宿場が近いからだろう。
高台から右手を望むと、それが見えた。
俺はアリスを呼んだ。
『アリス、こっちに来いよ』
『ようやく呼んでくれたわね。
もしかして、お楽しみのもの。
直ぐに行くからね』
 アリスが猛スピードで駆け付けた。
その途中で言葉を失ったらしい。
俺の肩に乗ったはいいものの、耳を掴む手が震えていた。
 高台の向こうには青い海が広がっていた。
遙か先まで続く大海原。
水平線には白い入道雲。
海と空の青に、白い雲、サンサンと輝く太陽。
 風が運んで来た潮の香りがアリスの鼻を擽った。
『クシュン』
『これが海だよ。
湖の水とは違って、しょっぱいよ』
『広い、広い、広い』譫言のように言いながら、海へ飛んで行った。

 俺も高台から浜に下る道を見つけた。
外壁に囲われた宿場の外なので途中に人家はない。
それでも畑が点在するので、道は整備されていた。
砂浜までは下りない。
馬を帯同しているので手前の木陰で足を止めた。
魔物の襲撃も想定して馬は繋がないでおいた。
 改めてアリスを探した。
姿は見えなくても魔波を追えば位置は分かる。
性格か、真一直線に水平線に向かっていた。
まったくもう、妖精まっしぐら。
このままでは追跡を振り切ってしまう。
俺は慌てた。
『止まれ、止まれ、アリス』
 返事が返ってこない。
直ぐにモニターから消えてしまった。
どうしよう。
空を飛べれば直ぐに追いかけたい。
でも飛べない。
他に手は、ない。
帰りを待つしかない。

 アリスは水平線を目指して飛んでいた。
でもいつまで経っても辿り着かない。
雲ですら遠い。
分かったのは空の青と、海の青の違いだけ。
 海面スレスレでホバリングし、波の味見をした。
ダンタルニャンが言っていたように、しょっぱい。
でも味に深みがあった。
 感心していると、何かが勘に触れた。
嫌な魔力の塊。
気配察知で探した。
急接近してきた。
真下から一直線に向かって来た。
海中に黒い影。
波の揺れで、あやふやな形状だが、生き物であるのは確か。
湖の魚とは明らかに違う大きさ。
 それが姿を現した。
垂直に飛び出して来た。
口を大きく開けて、アリスを丸ごと飲み込もうとした。
 不意を突かれたアリスではあるが、
脳筋だけに何の考えもなしに反射神経が働いた。
空中で後退って躱した。
 飛び出して来た物は魚に似ていたが、大きさが尋常ではなかった。
開けている口も嘴のよう形状。
ぐいぐい上に伸びて行く。
途中、片目がアリスを捉えた。
濁った目色。
それは勢いのまま海面から空中に身を躍らせた。
 全身が鱗で覆われていて体長はおおよそ5メートルほど。
嘴を持つ細長い魚だ。
空中で身を捻り、尾びれでアリスを叩き落とそうとした。
これも躱されると、体勢を立て直しつ、嘴から海中に戻ろうとした。

 アリスはようやく自我を取り戻した。
妖精魔法を放った。
尾びれを掴み、空中で固定した。
逆さになった奴が激しく抵抗し、
身体を左右に揺らして力で逃れようとした。
 海の魔物だ。
それなりに対処しなければならない。
が、が、初見、海の魔物への対処は知らない。
そこで思い付いたのが、魚の活け締め。
 まず奴の頭部にウィンドスピア、風槍を放った。
外皮が頑丈なのか、仕留めるには至らない。
でも刺さっただけで充分だった。
奴の動きが鈍った。
念を入れて風槍を二本追加した。
ついに動きが止まった。
それでも仕留めきれてはいない。
しぶとい。
 次は〆だ。
近付いてエラに触れ、手を差し込んでウィンドカッターを放った。
手応えあり。
血がドバドバと流れてきた。
今度は反対側のエラだ。

 空中で固定したまま血を抜いた。
海面が赤く染まる様は不気味。
そこへ血の臭いに誘われたのか、海中に群れなす魚影。
魚か、海の魔物かの区別がつかない。
 奴がようやく息絶えた。
そうなれば次はご褒美の魔卵だ。
気配察知と勘働きで念入りに探した。
魔力が色濃く残っている箇所にウィンドカッターを放った。
縦横斜めに切り分けると、それがあった。
でかい。
海の魔物の魔卵を手に入れた。
 油断していた分けではないが、再び海の魔物に襲撃された。
離れた海面から飛び出して来たのだ。
白くて大きな塊。
鱗はない。
手か足かは知らないが、長い触手のような物を何本も伸ばしながら、
勢いに任せて向かって来た。
 アリスは魔卵を収納し、上に逃げた。
そこまでは追って来られないようだ。
と言うか、目的はアリスではなくて活け締めた奴だった。
触手で抱くように掴み、九割方を引き裂いて海中に消えた。
残してくれたのは妖精魔法で固定していた尾びれのみ。
 安心したのも束の間、アリスは自分の置かれた状況に気付いた。
周囲は海のみで陸地は欠片も見えない。
焦って右往左往した。
『ダンタルニャン、ダンタルニャン』叫んでも答えはない。

昨日今日明日あさって。(帰省)126

2019-08-18 07:28:10 | Weblog
 それから先の街道は険しく、うねうねしていた。
馬の負担を考え、下りて一緒に歩くことにした。
角砂糖を三個を取り出し、馬の口に放り込んだ。
馬が頬をプルプルさせた。
 探知スキルと鑑定スキルを連携させて街道を下った。
獣が多い。
魔物もいるが、こちらはザコばかり。
襲って来れば返り討ちにするだけ、問題はない。
 盗賊団登場と言うアクシデントはあったが、
この調子なら次の坂下宿場は素通りでいいだろう。
 アリスが猛スピードで戻って来た。
『お待たせ、私がいなくて寂しくなかった』
『静かで良かったよ』
『嘘ばっかり、寂しかったくせに』俺の髪を思い切り引っ張った。
 痛い、禿げちゃう。
『はい、寂しかったです』
『最初から、そう素直に言えば良かったのに』髪を離し、肩に腰掛けた。
『どうだった、面白いものはあったのかい』
『あのでっかい木ね、あれ水膨れじゃなくて、魔水を溜めてるみたいね』
『魔水を、どうして』
『それは私には分からないわ。木に聞いてみたら』
 と、アリスが再び飛翔した。
右の森に飛び込んで行く。
『ザコ共が目障りだわ』
『俺も行こうか』
『馬の面倒は誰がみるの』
 俺は馬担当らしい。
探知スキルと鑑定スキルで様子を見守った。
アリスが森に屯していたザコ魔物の小さな群を狩り始めた。
力が有り余っているのか、妖精魔法ではなく腕力で殴り倒して行く。
逃げ惑うのは猪の種から枝分かれしたEクラスの魔物、パイア。
アリスは一匹も逃さない。
拳で痛打を与え、蹴り殺した。
ザコだったが土産もあった。
魔卵だ。
八個も手に入れた。
『私の物だからね』

 結局、坂下宿場を過ぎ、関宿場も過ぎ、亀山宿場まで来てしまった。
俺が健脚と言う分けではなく、坂下宿場の手前から、
馬が俺を乗せたまま快調に進んでしまったのだ。
ここでも厩舎のある宿屋にした。
二人部屋で5000ドロン。
予定の範囲内に収まった。
 記帳していると宿屋のスタッフに注意された。
「川筋で戦が始まりそうです。
尾張に戻る際は気をつけて下さい」
 この伊勢地方と尾張地方の境を三つの川が流れていた。
木曽川、長良川、揖斐川。
合流と分流を繰り返し、途中に沢山の輪中を生み出した。
これが争いの種になった。
領有権だ。
加えてそれは水運業者への課税にも波及した。
 苦心惨憺の末、決着がついても、洪水の度に河川の地形が変われば、
全て白紙に戻され、一からの話し合いになる。
そしてその度に前哨戦として軍勢が投入される。
多くは小競り合いで終わるが、水が原因だけに状況は水もの、
いつ大衝突に発展しても不思議ではない。

 俺はスタッフに聞いた。
「回船も軍に借り上げられそうですか」
 沿岸の港から港への輸送を担っているのが回船で、
それに乗って桑名宿場から熱田宿場へ渡るつもりでいた。
「川船は借り上げられるだろうけど、回船はどうかですかね。
でも今回は尾張側がやる気満々だそうだから、様相が違うのかな」
 意外なことを聞いた。
諍いの当事者は河川沿いに領地を持つ双方の貴族である。
その当事者は縁戚の貴族に加勢を要請するが、
事態が大掛かりになる事は嫌った。
費用を持つ当事者が赤字に転落するからだ。
その為に争いを最小限に食い止める努力をし、面子が立つまで戦って、
寄親伯爵に調停を依頼するのを常とした。
「尾張側がやる気満々なんですか。
勝っても領地は得られないのに」

 貴族の面子を保つ為であれば小規模の戦闘は黙認されていた。
しかし乱世ではないので、
武力による領地の変更や増減は認められていない。
「領地ではなく、面子なんだそうです。
それで今回は尾張の若様が出張られると言う噂です」
「若様、織田伯爵家のですか」
「はい、その若様です。
長年の争いに決着をつけると仰せだそうです」
 双方の伯爵家は調停する側で、出兵する側ではない。
「若様がそうでも、伯爵様や執事が止めるでしょう」
「そうも行かないらしいですね。
織田伯爵家の庶子様を知ってますか。
魔物の群討伐で子爵に陞爵されたお方を。
その方の評価が上がっているので、若様がご機嫌斜めなんだそうです。
色々と考えたんでしょうね。
それが今回のご出馬になったそうです」
「そうなると今回は例年のような戦い方ではなくなる分けですね」
「ええ、小競り合いでは終わらないでしょうね」
 俺は疑問を感じた。
今年は台風がまだ来ていない。
当然、洪水も発生していない。
「けど、あれですね。
今年の洪水はまだでしょう。
開戦の口実はどうなっているのですか」
「そこに気がつきましたか。
子供だとは思っていましたけど、なかなかですね。
口実は水運業者への課税です。
尾張側にとっては甚だしく不公平であると口にされたそうです」
「難癖をつけた分けですか」
「はっはっは、確かに難癖ですね」

 俺はベッドで寝ながら考えた。
あの後も宿屋のスタッフとの会話が弾んだ。
話し好きなのか、ペラペラ喋ってくれた。
俺を子供と見てか、知らないことも丁寧に教えてくれた。
 その宿屋のスタッフから聞き逃した事があった。
織田伯爵家の若様のことだ。
双方の寄親伯爵家が頭を付き合わせて調停したものを、
その一方の伯爵家の若様が否定していいのか。
調停した親の顔を潰す行為だ。
これがどうにも解せない。
 若様が焦るほど庶子の子爵様の評価が上がっていることも解せない。
と言うのは、子爵様に陞爵されたのは五月のこと。
今は六月の夏休み。
これまで低評価であったものが一転して高評価になったのは良い。
それが短期間で伊勢地方にまで噂として流れて来ている。
ちょっと広がりすぎではないか。
解せない、解せない。

 唐突にアリスに起こされた。
『いい加減に起きなよ』俺のお腹の上でジャンプしていた。
解せないまま寝入ってしまったらしい。
大人なら疑問で寝られなかっただろうが、俺は子供。
睡魔には勝てなかったのだろう。
便利だ、子供スキル・・・。
これなら心身を壊す心配がない。
いつまでも子供心を持っていたい。
 アリスに急かされて朝食をとり、亀山宿場を立った。
庄野宿場から石薬師宿場、四日市宿場を経て、
伊勢の東の玄関口、桑名宿場に向かう予定でいた。

昨日今日明日あさって。(帰省)125

2019-08-14 06:42:40 | Weblog
 直感が疼いた。
俺は反射的に反対側を見た。
男が馬に乗ったまま上ってきた坂道だ。
 ずっと先の曲がり角から騎乗の者達が現れた。
続けてキャラバン隊。
先行しているのは護衛の冒険者十騎。
幌馬車六両。
後衛の冒険者十騎。
 それで全てが氷解した。
お宝隊が何の危機感も抱かずに坂を上ってきた。
この坂道は襲撃に適したロケーションだ。
街道の片側が崖なら、襲撃の際に何両かを崖下にロストしてしまう。
ところが、ここは両側が森。
失う心配が全くない。
 両側の森に伏兵も考えられるが、
冒険者に気配察知スキル持ちがいることを懸念し、
離れた場所に待機させたのだろう。
 その開拓地を見た。
緑の点滅が広がり、周辺の茶色の点滅に近付いて行く。
獣だとばかり思っていたが、違っていたらしい。
二つの点滅が一体化した。
「全員、騎乗しました。三十四騎です」脳内モニターに文字。

 こちら側の上り下りの起伏は緩やかだ。
道筋もほとんど一直線に近い。
偽装された開拓地から騎馬の群が飛び出して来た。
脳内モニターでズームアップ。
全員が武装していた。
俺がいる坂道の上を目指していた。
逆落としするつもりなのだろう。
 途中にいた旅人や行商人も事態の推移に気付いた。
彼等の邪魔にならぬように左右に避けた。
 俺が魔法を行使すれば、連中は短時間で一掃できる。
でも、それは出来ない。
昼間の俺は、顔を晒してる俺は魔法が使えない幼年学校の生徒。
ここで力を披露すれば、面倒事に巻き込まれるだけ。

 俺はキャラバン隊を振り向いた。
冒険者に通じる合図をした。
片手で指笛を吹き、もう片手で「急ぎ集まれ」と。
 先頭が気付いた。
でも、こちらを子供と見たのだろう。
無視された。
見ず知らずの子供だから、当然こうなるのも仕方ない。
はぁ、無力感。
 こうなっては俺に出来る事はない。
一人で阻止できる数ではない。
有利な高所を捨てることにした。
坂道を下った。
 先頭の冒険者達と擦れ違う際、一騎に咎められた。
「子供だから見逃すが、悪戯でも次はないぞ」
「お母ちゃんに言い付けるぞ。はっはっは」もう一騎が笑う。
 緊張感が欠片もない。
こういう手合いだから斥候も出していないのだろう。
「おじさん、向こうから武装した騎馬隊が来るよ。
それでも笑ってられる」嫌味を言った。
 俺の言葉に彼等は戸惑った。
互いに顔を見合わせた。
「坊主、どういう事だ」別の一騎が言葉を荒げた。
 背中に複数の蹄の音が急接近して来た。
途端、冒険者達の表情が一変した。
一斉に視線を坂の上に向けた。
彼等の表情から坂の上に現れたのが分かった。 

「お宝は目の前だ、行け」
「押し潰せ、潰せ、潰せ」
 坂の上から怒号が飛んで来た。
俺は振り返る気も起きない。
すでに高所を取られた時点で勝負は付いていた。
冒険者達の奮闘に期待し、その間に逃げるだけ。
その肝心の冒険者達は言葉を失っていた。
果たして役に立つのか、どうか。
 俺は馬を進めた。
馭者席の男達は不安顔、チラチラ俺に視線を送って来た。
何か言葉をかけて欲しいのだろうか。
生憎、人生経験豊富な彼等にかける言葉は持ち合わせていない。
言えるとすれば問い掛け、荷物を選ぶのか、命を選ぶのか。
無駄な抵抗をしなければ見逃してくれる筈だ。
 と、下にも騎馬の群が現れた。
「十五騎です」脳内モニターに文字。
挟み撃ちされた。
袋の鼠。
チューチュー、たこかいな。
 でも。ちょつだけ希望が。
後衛の冒険者達は即座に対応したのだ。
隊列を維持して迎撃した。

 俺は手詰まりになった。
どうする、俺。
坂道を駆け下って、そのまま敵中を駆け抜けるか。
いや、この馬には耐えきれない。
下り坂の途中で潰れてしまう。
 街道の前後を見遣った。
丁度、ここは中間点。
双方が弓の射程内。
となれば一つしかない。
 後衛は奮戦しているし戦力も互角に近い。
最大の問題は前衛の冒険者達。
予想通り、押し込まれていた。
十騎も今や四騎。
それを盗賊団が弄んでいた。

 俺は弓士スキルを十全に発揮しようと決めた。
まず身体強化スキルから。
そして収納スペースからM字型の複合弓を取り出した。
イメージで段取り。
矢の取り出しは、より効率的に自動装填。
矢を番えた状態で出現するようにした。
威力はEPから2を付加。
人間相手ならこれで充分だろう。
 前衛は全滅寸前だが、そこは最後まで頑張ってもらおう。
大人には大人なりの責任を果たして貰おう。
ちょっとだけでも盗賊団を引き付けてくれれば、儲けもの。
 盗賊団の肝を探した。
蛇を殺すには頭から。
それらしいのを見つけた。
後方から叱咤激励している奴だ。
 狙うのは命ではない。
彼等には何の恨みもない。
身動きを封じるだけで充分だろう。

 盗賊団の頭領らしいのが俺の気配に気付いた。
キッと振り返った。
視線が絡み合う。
俺は射た。
 頭領は勘働きなのか、動体視力なのか、簡単に矢を切り払った。
ニヤリと俺を見遣り、槍を構えた。
そして嬉しそうな顔で突っ込んで来た。
 自動装填なので矢を番える動作は必要としない。
現れた次矢を引き絞って射るだけ。
相手の力量を確認する意味合いで次矢は右胸、これは囮。
本命は三本目、太腿。
目にも留まらぬ連射。
自動装填だからこそ出来る技。
 頭領は次矢も切り払うが、そこまで。
直ぐに悲鳴を漏らした。
三本目が太腿に深々と突き刺さっていた。
あまりの痛みに耐えられぬのか、馬上に身を伏せた。
 それからは簡単なお仕事だった。
振り上げられた腕を、向けられた脇腹を、馬の側面の太腿を、
見える背中を。
ズームアップの助けを得て、射て、射て、射てまくった。
それもこれも冒険者達が盗賊団の目を引き付けてくれたお陰。
余裕、余裕。

 男は三人がかりで冒険者を弄び、余裕で倒した。
相前後して仲間達も一人を倒した。
これで前衛の冒険者全てを片付けた。
男達は自慢げな顔で味方を振り返った。
するとそこには目も当てられぬ惨状が広がっていた。
防具の革ごと射貫かれて馬上で苦しむ者、落馬して転がる者。
全員が負傷していた。
肝心の頭領も同じ有様。
当惑した。
言葉もない。
 男は自分を取り戻すと原因を探した。
それは直ぐに見つかった。
馬上から弓を射ている者がいた。
射手は今も男の周りの者を狙っていた。
 男は頭を働かせた。
距離は短い。
射手特有の手間を考えれば盗賊団が有利。
三人も犠牲にすれば射手を屠れる。
やられる前にやれとばかりに残った者達を叱咤激励し、突っ込ませた。
男は味方の後方に位置取りし、追走した。

 俺がただの弓士スキル持ちなら盗賊団が有利だろう。
でも俺は弓士スキルに加えて矢は自動装填。
手間いらず。
簡単なお仕事。
ちょっと引いて放つだけ。
手前から順番に片付けて行く。
結局、手元に辿り着いたのは乗り手をなくした馬のみ。
 反対側、後衛に目を転じた。
冒険者六騎対盗賊団七騎。
こちらは予想通り、冒険者側が健闘していた。
終局まで待ってもいいのだが、
冒険者側にこれ以上の被害を出す必要はないだろう。
俺は射線上にある五騎を狙い射て、負傷させ、戦闘不能にした。
射線上にいない二騎は冒険者達に任せた。
 俺は馬を進め現場から離脱する事にした。
これだけの大事件だ。
負傷者多数の上に死者も出ている。
簡単に済む案件ではない。
そうなれば領軍が駆け付けて取り調べが始まる。
関係者は犯罪者でなくも拘束に近い扱いを受け、
一件書類を書き上げるのに協力させられる。
それに付き合わされるのは面倒臭い。
 残った二騎を片付けたのだろう。
後衛の一騎が俺に話しかけてきた。
「助かったよ」
「いいえ、俺の進路の邪魔をしていたので片付けただけです。
それじゃこれで」
「えっ、盗賊団討伐の褒賞金を貰わないのか」
「いりません。先を急ぎますので」振り返らずに、馬を急がせた。

昨日今日明日あさって。(帰省)124

2019-08-11 06:32:40 | Weblog
 華麗に騎乗したつもりが、振り落とされてしまった。
転がる俺を見た馬がフンとばかりに、そっぽを向いた。
ケタケタと笑い声。
念話での笑いが脳内に響き渡った。
アリスしかいない。
 探知スキルと鑑定スキルを連携させて起動した。
アリスの姿は視認できなくても、魔波で特定できる。
そちらを向いて念話を送った。
『お見送り、ありがとう』
 アリスはダンジョンの妖精フロアをさらに拡張する為、
留守番をすると言っていた。
『はあ、なに言ってくれてんの。
それは昨日までの話し。
今日は違うわよ。
一緒に行くわよ~ん』
『えっ、なんでそうなる』
『天気は毎日違うでしょう。
それと同じ。
今日は一緒に行きたい気分なの。
文句あるの』
『ありません』
『よし。
ついでに教えてあげる。
アンタ、バリーの話しを忘れてない』
 そうだった。
甘く考えていた。
バリーに、この馬に乗る前は角砂糖を与えてくれと言われていた。
 マジックバックから大きめの角砂糖を三つ取り出した。
すると気付いたのか、馬が俺を振り向いた。
口を大きく開けて催促する。
頬を撫でながら、三つ放り込む。
満足そうに口に含む馬。
噛み砕かない。
口内で溶けるのを楽しむようだ。

 気を良くしたのか、馬は俺を拒否しなかった。
手綱にも素直に従ってくれた。
急ぐ必要もないので、ゆっくりのんびり旅。
お茶休憩やトイレ休憩を挟んで大津宿場に来た。 
『ひゃー、広い湖だな』アリスが喜んでくれた。
『琵琶湖だよ。
ここで待ってるから、見てきてごらん』
『分かった。
待ってるんだぞ』
 アリスが全速力で湖面を北上して行く。
姿は見えないが、湖面に立つ不自然な波でそれと分かる。
俺は念の為、探知スキルと鑑定スキルでアリスの魔波を追跡した。
これがあれば迷子になっても、俺の魔波を逆探知すれば戻れる筈だ。
 流石はBランクのスピード。
あっと言う間に加速して湖の中間点に達した。
そこでホバリング。
『広いだけ、まあ、いいか』独り言が聞こえた。
 引き返して来るのも速い。
力尽くの減速で、俺の肩に腰を下ろした。
『さあ、次行こう』

 何の騒ぎもなく東海道を草津宿場から石部宿場へと進んだ。
途中で途絶える街道とは言え、行き交う人やキャラバンで賑やかだ。
巡回している領軍もよく見かけた。
魔物との不幸な遭遇がないのは彼等のお陰なのかも知れない。
 夕方も近い。
俺はこの宿場に泊まることにした。
ここからが本当の一人旅の始まりだ。
全ての宿場町に冒険者ギルドがある分けではないので、
事前に調べておいた宿屋に入った。
 カウンターにスタッフの姿がない。
「すみません」呼び出した。
 奥から大人の男が顔を出した。
宿屋の屋号の入った半纏を羽織っていた。
「はい、いらっしゃいませ」
「泊まりたいのですが、僕一人で、乗って来た馬がいます」
「お子様一人ですか」不審顔。
「国都の学校が夏休みに入ったので帰省します」
 学校と帰省で表情が緩んだ。
「そういうことですか、安心しました。
大部屋はありません。四人部屋、二人部屋の二種類だけですよ」
 大部屋は他人との雑魚寝になるので安い。
「一人なので二人部屋でお願いします」
「夕食と朝食、それにお風呂は」
「お願いします」
「厩舎込みで5000ドロン前払いになります」
 たぶん、半分は馬だろう。
俺は中銀貨で支払った。

 宿場町の朝は早い。
日の出と競争するように働き始める。
なによりも先に朝食の準備に取り掛かる。
早立ちのキャラバンが多いからだ。
 慌ただしいので俺は彼等の後にした。
それでも早めに宿場を立つことが出来た。
馬も快調。
アリスも快調。
『田舎って落ち着くわねえ、空気がとっても美味しい』
 ここから街道を下る者達が少なくなってきた。
その少ない中でも目に付くのは行商人達。
荷物を背負わずに小型の荷馬車の馭者席にいた。
荷物重視ではなく、機動性重視と思える。
おそらく魔物対策なのだろう。
 俺のようなソロの旅人も多くはない。
どうやら、この辺りからは少なくなる傾向ようだ。
それはそうだろう。
日程的に鈴鹿峠があり、その峠の名物が盗賊に魔物なのだ。
 幾つかのキャラバン隊が先行した。
その後に荷馬車の行商人達。
続けてその他の旅人達。
俺はその他。
騎乗なので行商人の荷馬車の後ろに付けた。
 途中、行商人が一両、一両、荷馬車で枝道に逸れて行く。
枝道と言っても、道は平され、両側は見通しの言い様に刈られていた。
防風林もあるが、ここも下の方は枝葉が完全に刈り取られていた。
これだと盗賊や魔物が隠れる場所がないので、行商人は当然、
先の村や集落の者達も安心して生活ができる。

 水口宿場から土山宿場へは何の問題もなく進めた。
時折、遠くに魔物の群を見つけたが、
彼等がこちらに向かって来ることはなかった。
まるでテリトリーが決まっているかのようだった。
 難関の鈴鹿峠が迫って来た。
アレが遠目にも見えてきた。
噂のように辺りの嶺々には巨木が何本も、そそり立っていた。
その姿は前世のバオバブに似ていた。
違うのは大きさだけ。
一番大きいのは、遠目にだが、100メートルを越えてないか。
いや、越えてるだろう。
壮観の一言。
これ見たさに東海道を下ったのだ。
昨年暮れの国都入りが中山道からだったので、
これが引っ掛かっていた。
一目見て満たされた。
機会があれば登山して幹の太さを測ってみたい。
まあ、それはいずれ、今回は拝むだけにしよう。
 予想通り、アリスが食い付いてきた。
『あのお化けのような木はなんなのよ。
幹が太いだけのあれは』
 返事も待たずに飛んで行く。
『幹の中には水が詰まってるそうだ』
 バオバブと同じで、たぶん、水だろう。
できれば、酒が詰まっているとジョークで返したかった。
でも、それを聞いたアリスは確実に幹を叩き割る。
『へー、水膨れの木なのね』
 自由な奴が羨ましい。
俺は脳内モニターの分割が可能な事から、アリス追跡用を立ち上げた。
アリスをマークしてEPを調整しながら、ゆるく広げて行く。
この網の中に入れておけば迷子にはならないだろう。

 少ないが、上り下りの旅人達がある程度の間隔で行き交っていた。
街道を上って来る者達に異常が見られないのは、
途中で盗賊や魔物に遭遇していないからだろう。
 俺は拍子抜けしながらも街道を下ることにした。
実は期待していた。
出来れば魔物との遭遇を。
ここは国都ではないので存分に戦えると。
 俺は馬を進めた。
ゆるやかな上り下りの連続だったので騎乗の旅を味わった。
山間部特有の風が吹き、前髪を揺らし、目鼻を擽る。
平地なら馬を本能のまま、駆けさせたい気分。
 この上り下り、大人の体重だと馬にとっては酷使なのだろうが、
俺は子供なので軽い。
この程度なら問題ないだろう。
 幾つ目かの坂を上がったところで、
反対側から上がって来る騎馬に目を奪われた。
上り坂なのに騎乗のまま馬を急がせていた。
この調子でここまで来たのだろうか。
馬を潰すことを厭わないのだろうか。
近付くに従い、男の表情が窺えた。
下卑ていた。
生まれつきなのだろうか。
嫌な感じがしかしない。
 上りきった男は馬を休ませようとはしない。
人目も気にせず鞭を入れ、先を急がせた。

 俺は気になったので、探知スキルで追尾させた。
男は手前にあった開拓地に飛び込んだ。
すると複数の緑の点滅が男の元にわらわらと集まって来た。
 あそこは、ちらりと横目にした程度。
魔物対策と思われる騎乗の兵複数に守られて、
二十数人ほどの農夫が鎌や鍬で雑草を刈り払っていた。
どう見ても、開拓している様子だった。

昨日今日明日あさって。(帰省)123

2019-08-04 06:00:49 | Weblog
 アルバート中川は近衛軍の中佐であると同時に子爵でもあった。
国軍近衛軍問わずに佐官尉官にある者は男爵位が与えられるが、
アルバートの場合は元々子爵家の家督を継いだ生粋の貴族様。
確たる証拠はなくても、多少乱暴でもその言葉は重い。 
 ところが一人が立ち上がってアルバート中川に視線を向け、
落ち着いた口調で疑問を呈した。
「これはこれは、とんだ結論ですわね。
バイロン神崎子爵の断頭台送りですべて終わったと思っていました。
なのに、タグを持たない焼死体五十二人、
神埼子爵邸から姿を消した家臣陪臣五十二人、
数が合うからと言って犯人扱いですか」
 女侯爵はゆっくり評定衆を見回した。
但馬地方の寄親伯爵から侯爵に陞爵され、
評定衆に名を連ねるクラリス吉川は、
ひとり一人を品定めするかのように見回すと鼻を鳴らした。
「フッ、証拠にはなりえませんわね」
 女侯爵ではあるが、手腕は伯爵時代に実証済み。
病死した夫の残した借財を返済したのみならず、屋敷の蔵を増やした。
その彼女があえて口出ししたのは、
神崎子爵家が但馬地方の寄子であるからだろう。

 アルバート中川にとっては女侯爵の発言は想定内であった。
敵愾心を煽らぬように、諭すように返した。
「数だけではありません。
佐藤子爵家に恨みをもつ者は神崎子爵家だけなのです。
焼き討ちする程の恨みとは思えないですけどね。
・・・。
スラムに詳しい奉行所の応援を得て、
国都に残ったであろうと思われる家臣陪臣すべてを探させています。
虱潰しにね」
 クラリス吉川が言う。
「神崎子爵家への仕置きは終わった筈です。
公開処刑の上に領地没収。
遺族や主立った家臣は領地から追放。
それで充分でしょう。
なのに佐藤子爵家への焼き討ちの責任追及ですか。
何を目論んでいるのですか」
「神崎子爵家に責任を被せようとは思っていません。
あくまでも焼き討ちの責任追及です。
全員が焼死したからと言って、それで終わりには出来ません。
身元を特定し、何があったのかを知らねばなりません」
「神崎子爵家には実弟が残っています。
彼は今、領地を引き渡す立会人として実務に努めています。
彼も平民に落とされましたが、腐ることなく、お家を再興させようと考え、
誠心誠意の働きをしているのです。
お家再興を前にして、蛮行に及ぶとお考えですか」

 アルバート中川は毛利侯爵派閥に批判されるのは覚悟していた。
公開処刑と言う処分を受けたが、神崎子爵家の血縁を考慮すれば、
元寄親として簡単に頷ける話しではない。
ここで抵抗して置かねば元寄親としての立場がない。
評定衆の会合内容は原則非公開になっているのだが、
翌日には市井に噂として流れていると言うことが多い。
特に内容がねじ曲げられている場合が多い事から、
反対派閥の仕業と分かるが、抗議の仕様がない。
どこに抗議しようと、噂の一言で切り捨てられる。
それを想定してのクラリス吉川の批判なのだろう。
クラリス吉川を慮っていると、意外な所から矢が飛んできた。

「もしもだ、犯人が家臣陪臣の五十二人だったとして、
どう責任を取らせるつもりだね」
 ロバート三好侯爵が口を開いた。
三好侯爵派閥の総帥が興味深そうにアルバート中川を見ていた。
「そうですね。
これまでは身分、財産を含めての処分になりましたが、
肝心の佐藤子爵家が壊滅しています現状から、
これまでの処分では追い付かないと思います」
「君が処分を下す責任者ではないから、曖昧な返答も致し方ないな」
 ロバート三好はアルバート中川から視線を国王の席に転じた。
そこにはブルーノ足利がいた。
評定衆の会合に出座する義務はないが珍しく席を温め、
無関心そうにコーヒーを飲んでいた。
ロバート三好は苦笑いが押さえきれない。
国王にも届くように正対した。
「話しを変えましょう。
襲撃側が神崎子爵家の家臣陪臣だと仮定します。
その彼等が主が討ち損なった相手を代わりに討ち取った。
これは蛮行なのでしょうか。
それとも亡くなった主に対しての忠義なのでしょうか。
どうお考えになります」

 ブルーノは予期せぬ発言に思わず咳き込み、コーヒーを吹いた。
テーブルを濡らし、盛大に咳き込む。
侍従がハンカチでブルーノの口元を拭う。
もう一人の侍従がコーヒーカップを片付け、テーブルを拭く。
さらにもう一人が濡れた上着を脱がせ、着替えを取りに走った。
余った一人は出遅れを恥じている様子。
 ブルーノは侍従のハンカチを取り上げ、顔を拭く真似をした。
表情を読まれぬように顔全体をハンカチで覆い、
気持ちを落ち着けよう、落ち着けようとした。
そもそも今日は発言する予定ではなかった。
アルバート中川の発言にどういう反応が返ってきて、
どういう方向に議論がすすむのか、それを自ら確かめたかった。
 落ち着いたところで全体を見回した。
ブルーノと同じ反応をした人間が半数近くいたようで、
彼等の供回りが甲斐甲斐しく主人の世話に走り回っていた。
それらを横目にブルーノは口を開いた。
「もう少しでロバートにコーヒーで殺されるところだった」笑い、
「誰か死なぬコーヒーを持って来てくれ」お代わりを注文した。
 出遅れを恥じていた侍従が返事より先に動いた。

 ロバート三好の発言で場が一瞬、凍り付いた、が、
国王の表情が変わらぬので、みんな安堵したらしい。
次々にコーヒーやお茶のお代わりを注文して場が和む。
 三好侯爵派閥の一人が何気なく言う。
「蛮行か、忠義かと聞かれますと、何と答えたらいいか悩みますな」
 同じ派閥の一人が気軽に応じた。
「私なら忠義と答えますな」
 毛利派閥の者が加わった。
「忠義で決着もありですな」
 中間派が渋い顔で言う。
「タグを残していたら身元が判明したので忠義かも知れません。
けれどタグを残してないのでしょう。
後ろめたい気持ちが見え見えです。
これでは大義は主張できません。
完全に蛮行でしょう」
「たしかに蛮行とも言えますなあ」

 議題が本筋から外れた。
神崎子爵家の家臣の忠義は神崎子爵家のみに向けられたもので、
その上にある国王にまで向けられないのは何故なのか。
その家臣の忠義は何故、神崎子爵止まりなのか。
家臣が神崎子爵当人に忠義を捧げたのはいいが、
何故、子爵家のお家再興まで考えていないのか、等々。
 水が低きへ流れるように、人も易きに流れる。
焼き討ちの真相解明と言う小難しい問題よりも、
忠義か蛮行かの方が取っ付き易いようで、
みんな敢えて本筋を避け、こちらの議論に移行してきた。

 夏休みに入ったので俺は帰省する事になった。
本当は冒険者パーティを優先したかったのだが、
実家から矢のような催促が来た。
無視できぬように母や祖母からのが多かった。
こちらの性格を読まれているようで気分が悪い。
でも反面、嬉しさもあった。
 外郭東門でパーティの仲間達に見送られた。
「田舎へのお土産は忘れてないわよね」とキャロル。 
「みんなが選んでくれたお土産はマジックバッグに収納しているよ」
「こちらに帰って来るときもお土産を忘れないでね」とマーリン。
「勿論だよ。名物の一つが塩だから、それで満杯にするよ」
「ひどい、それは却下。他のをお願いね」
「私達も乗馬の練習をするから、次は一緒に連れてってね」とモニカ。
「頑張ると尻が腫れるから、ほどほどにね」
「パーティは私が面倒見るから安心しなさい」とシェリルが胸を張った。
「たのんだよ、シェリル。君が頼りだ」
 その他に大人達もいるのだが子供達の邪魔にならぬように、
微笑みながら遠巻きにしてしていた。

 顔馴染みの冒険者ギルドの職員バリーのお勧めの馬は、
異様にでかい馬体をしていた。
門衛をも睥睨し、パカパカと手綱を持つ俺を引いて行く。
荒い鼻息で、今にも噛み付きそう。
横転でもしようものなら俺は即、圧死だろう。
 東門を出て、少しした所で騎乗した。

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