項羽は呂馬童だけでなく、供の二人も無事に帰させた。
三騎の足取りは当然ながら、来たときよりも軽い。
人馬ともに解放された状況を喜んでいるらしい。
それを丘の上から見送っていると、隣に並ぶ宋文が問うてきた。
「そろそろ準備に取りかかりましょうか」
「そうだな。日暮れ前には終わらそう」
「馬達を丘に上げますか。それとも我らが下に降りますか」
「いや、これ以上巻き込むのはよそう」
宋文は驚くも、間を置いて頷いた。
「そうですね。それが宜しいでしょう」
項羽は部下達を集めて、新たな編成を行った。
騎馬隊編成から歩兵編成への変更だが、誰一人、異は唱えない。
項羽が騅を思いやるように、部下達もそれぞれの馬を思いやっていた。
言葉には出さないが、
「事ここに至っては、愛馬までも道連れにはしたくない」と。
項羽達は準備を終えたのだが、肝心の反項羽連合軍の動きが鈍い。
見ていると、彭越の本陣を中心にして、使者が各陣間を走り回っていた。
項羽達は無勢だが、神樹の丘に陣取っているために、
「聖地で血を流したくない」と、
誰もが先鋒を引き受けかね、譲り合っているのかも知れない。
あるいは、
先鋒として丘に攻め上がったは良いが、後続の軍により、
「そのまま項羽達もろとも丘から長江に追い落とされるのでは」と、
懸念しているのかも知れない。
これまでの彭越であれば、味方を押しのけてでも自分の手柄に拘った。
ところが思いの外、動きが鈍い。
反項羽連合軍の重鎮の一人なのに奇妙な事だ。
最前の戦闘とは明らかに態度が違う。
もしかして、項羽の最期を確信し、劉邦の皇帝即位後の政治を見据えて、
手柄を他の諸侯に譲って歓心を買おうとでもしているのか。
そこまで殊勝な性格ではなかった筈なのだが。
「劉邦に取って代わろう」とでもする野望が芽生えたのか。
宋文が断言した。
「奴なら劉邦の追い落としも考えかねません」
部下の一人が鼻で笑う。
「身のほど知らず、厚顔無恥が奴の信条ですからね」
項羽は決めた。
「向こうが攻めてこないのなら、こちらから攻める」
部下達に異存はない。
自然発生的に鬨の声が上がった。
誰かが叫ぶ。
「我ら楚の兵の強さを、奴らの骨の髄にまで教えてやるぞ」
再び呼応する鬨の声。
項羽は騅達を解き放った草地とは正反対側を指し示した。
長江の下流に沿った街道を選んだ。
こちら側なら騅達を巻き込むおそれがない。
そして、小舟を操っている章護には見物がし易いだろう。
項羽の合図で二百余が動いた。
槍を担いで丘を駆け下った。
荷を少なくした騎馬隊なので盾は当初から持っていない。
身に着けているのは刀槍のみ。
実に身軽な軍装であった。
隊列は項羽を先頭に押し立てた魚鱗の陣形。
無勢が先手を取るとは思わなかったのだろう。
反項羽連合軍の対応が遅れた。
迎撃の矢を放つのさえ忘れていた。
突破力のある項羽が敵の第一列に襲いかかった。
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三騎の足取りは当然ながら、来たときよりも軽い。
人馬ともに解放された状況を喜んでいるらしい。
それを丘の上から見送っていると、隣に並ぶ宋文が問うてきた。
「そろそろ準備に取りかかりましょうか」
「そうだな。日暮れ前には終わらそう」
「馬達を丘に上げますか。それとも我らが下に降りますか」
「いや、これ以上巻き込むのはよそう」
宋文は驚くも、間を置いて頷いた。
「そうですね。それが宜しいでしょう」
項羽は部下達を集めて、新たな編成を行った。
騎馬隊編成から歩兵編成への変更だが、誰一人、異は唱えない。
項羽が騅を思いやるように、部下達もそれぞれの馬を思いやっていた。
言葉には出さないが、
「事ここに至っては、愛馬までも道連れにはしたくない」と。
項羽達は準備を終えたのだが、肝心の反項羽連合軍の動きが鈍い。
見ていると、彭越の本陣を中心にして、使者が各陣間を走り回っていた。
項羽達は無勢だが、神樹の丘に陣取っているために、
「聖地で血を流したくない」と、
誰もが先鋒を引き受けかね、譲り合っているのかも知れない。
あるいは、
先鋒として丘に攻め上がったは良いが、後続の軍により、
「そのまま項羽達もろとも丘から長江に追い落とされるのでは」と、
懸念しているのかも知れない。
これまでの彭越であれば、味方を押しのけてでも自分の手柄に拘った。
ところが思いの外、動きが鈍い。
反項羽連合軍の重鎮の一人なのに奇妙な事だ。
最前の戦闘とは明らかに態度が違う。
もしかして、項羽の最期を確信し、劉邦の皇帝即位後の政治を見据えて、
手柄を他の諸侯に譲って歓心を買おうとでもしているのか。
そこまで殊勝な性格ではなかった筈なのだが。
「劉邦に取って代わろう」とでもする野望が芽生えたのか。
宋文が断言した。
「奴なら劉邦の追い落としも考えかねません」
部下の一人が鼻で笑う。
「身のほど知らず、厚顔無恥が奴の信条ですからね」
項羽は決めた。
「向こうが攻めてこないのなら、こちらから攻める」
部下達に異存はない。
自然発生的に鬨の声が上がった。
誰かが叫ぶ。
「我ら楚の兵の強さを、奴らの骨の髄にまで教えてやるぞ」
再び呼応する鬨の声。
項羽は騅達を解き放った草地とは正反対側を指し示した。
長江の下流に沿った街道を選んだ。
こちら側なら騅達を巻き込むおそれがない。
そして、小舟を操っている章護には見物がし易いだろう。
項羽の合図で二百余が動いた。
槍を担いで丘を駆け下った。
荷を少なくした騎馬隊なので盾は当初から持っていない。
身に着けているのは刀槍のみ。
実に身軽な軍装であった。
隊列は項羽を先頭に押し立てた魚鱗の陣形。
無勢が先手を取るとは思わなかったのだろう。
反項羽連合軍の対応が遅れた。
迎撃の矢を放つのさえ忘れていた。
突破力のある項羽が敵の第一列に襲いかかった。
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