金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(江戸の攻防)245

2010-06-30 21:02:21 | Weblog
 悪い知らせを緑狸のポン太が運んで来た。
「一揆勢が雪崩れ込んで来た」
 神殿裏手の守りが破られたのだそうだ。
建物内部を駆け回る物音。争う声。そして、幾つもの悲鳴が上がった。
神殿の奥に避難させている神社の者達に違いない。
 助けに向かおうとする孔雀を小太郎が止めた。
「無駄だ。場所を移動しよう」
 年下の小太郎の老成したかのような口調に、孔雀は思わずムッときた。
「私達が巻き込んだのよ。それを見殺しにしろというの」
「気持は分かるが、手遅れだ」
 戦い慣れしていない神社の者達が魔物に敵うわけがない。
それは最初から分かっている。
だからといって何もしないというのも・・・。
孔雀の心が千々に乱れる。
 小太郎が、「仕様がないな」と不敵な笑顔。
孔雀の思いを理解したのだろう。
「行くぞ」と彼女を促し、自ら先頭に立って神殿奥へ駆け込む。
 ポン太も、「それじゃ、オイラも」と同行する。
 廊下に、巫女装束に具足を重ねた少女三人の姿を見つけた。
悲鳴を上げながら、こちらに逃げて来る。
その奥では、神社の宮司達が三人を逃がす為に戦っていた。
すでに半数近くが、その足下に血を流して倒れているではないか。
 孔雀はポン太に、「三人を頼むわよ」と任せた。
 小太郎が宮司達に、「ここは俺達が引き受けた。逃げろ」と彼等の前に出た。
 孔雀も刀を構えて小太郎の隣に並ぶ。
 魔物達は狭い室内空間なので刀を無駄に振り回さない。
突きのみで攻めて来る。
 それは孔雀も読んでいた。
相手の剣先を軽く受け流して、伸びてきた手首を斬り落とした。
返す刀で右目に突きを見舞う。
小太郎も孔雀に負けじと魔物の首を斬り捨てた。
 二人の手並みに魔物達がたじろぐ。
警戒して隊列を組む。
 その様子に、「拙い」と小太郎。
個人対個人であれば勝ち目もあるが、隊列を組んで押して来られたら、
二人ではとても太刀打ち出来ない。
 孔雀は何かが燃える臭いに気付いた。
左手の廊下から煙が漂ってきた。
失火か、あるいは魔物達の放火か、それは分からない。
ただ、何かが燃えているに違い無い。
 すぐに炎が顔を覗かせた。
このところ空気が乾燥続きであったので、あっと言う間に燃え広がった。
猛烈な炎と煙がこちらに押し寄せて来る。
 魔物達の判断は早い。
矢弾や刀槍には強いが、火災とは戦いようがない。
身を翻して逃走を開始した。
建物の外へ出ようと急ぐ。
 それは二人も同じ。
逃げ遅れた者がいては困るので、「逃げなさい」と声を掛けながら、
神殿正面へと引き返して行く。
途中で幾人かの仲間が加わる。

 白拍子が北条道庵の背中に斬り掛かった。
しかし、頭上の太い枝が邪魔をした。
振りかぶった刀の刃先が引っ掛かったのだ。
 道庵は背後の物音と、白拍子の悪態をつく声で事態を飲み込んだ。
足を止めて振り返った。
白拍子を鎮守の森に誘い込んだ効果が目の前にあった。
彼女は、枝に食い込んだ刃先を引き抜こうと懸命になっていた。
道庵は、すかさず彼女の懐に刀を構えて身体ごと飛び込む。
 白拍子の表情が変わった。
必死で、柄から手を離し、後方へ高く跳び退った。
が、別の太い枝に背中を激しく打ち付けた。
小さな悲鳴を上げ、前のめりになって、下草の上にドーンと落下する。
 道庵は急いで相手に駆け寄った。
片足で背中を押さえ、首筋に刃先を突き入れるつもりでいた。
 そこに邪魔に入った。
黒猫が右の木陰から跳んで来たのだ。
道庵の顔を目掛けて両の前足を伸ばす。
爪で掻き切るつもりらしい。
 道庵は足を止めて向きを変えた。
刀を構えて迎え撃つ。
大きく跳んで来る黒猫を一刀両断すべく、大上段から振り下ろした。
 黒猫は身体を捻って、白刃をスレスレのところで躱した。
ところが急激な体捌きで失速。そのまま頭から落下する。
 落下する途中を道庵が蹴り上げた。
確かな手応え。
鈍い音を残して黒猫の身体が前方の藪に消えて行く。




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金色の涙(江戸の攻防)244

2010-06-27 10:15:07 | Weblog
 ヤマトの目の前で白拍子と北条道庵が刀を交えていた。
白拍子が鮮やかな刀捌きで連続技を繰り出せば、道庵は巧みに防御する。
白拍子が一方的に押しているように見えるが、そうではなかった。
道庵は冷静に受けに徹し、相手に隙が生じるのをジッと待っていた。
 決め手に事欠いた白拍子の足が止まった。
それを待ち兼ねていたかのように道庵が動いた。
一足跳びに、剣先を槍に見立て、相手の喉元へ突きを見舞う。
鋭い攻め。並みの者であれば一撃で斃していただろう。
 白拍子は後方へ大きく跳んで躱した。
相手の次の攻めを無にするために、間合いも大きく取った。
改めて構え直した。
 近くに居た魔物数人が、これ幸いと、白拍子の背中に斬り掛かった。
白拍子に油断は無い。
背後の殺気を感じ取るや身体を反転させて、敵中を擦り抜けながら、
首を次々と斬り離す。
まるで舞い踊っているかのような体捌き
 ヤマトは白拍子が離れている隙に、道庵に襲い掛かかろうとした。
それを白拍子は見逃さない。
ヤマトに視線を飛ばして、「私の獲物よ。邪魔しないで」とばかりに、
無言の牽制をした。
ヤマトが下手に手出しすれば、己の刀の錆にするのも厭わないだろう。
 出足を挫かれたヤマトの隣に、赤狐の哲也が肩を並べた。
「あいつ、熱くなってるな」
「ああ、顔に似合わない。おそらく、鬼達の性格が出ているのだろう」
 鞍馬の山中で怨霊となっていた白拍子は、何の因果か、
空中で三つ巴となって絡み合いながら戦っていた光体に遭遇した。
鬼の血を吸うバロン、鬼達の王の銀鬼、その銀鬼の奥底に巣くっていた雷鬼。
その三つの光体を我知らずのうちに一度に吸収してしまった。
 当初は三つの光体に馴れずに荒れていた白拍子だったが、
今では己の物としていた。
自由に空を飛び、幾つもの武技を操る。
なかでも最高の物は、彼等が持っていた闘争心ではなかろうか。
何があっても怯む事がない。
「どうする、天魔退治が最優先だろうに」
「暫くは白拍子に任せるしかないな」
 その目の前で道庵が身を翻した。
神域の鎮守の森の方へ駆けて行く。
そして森の入り口で、白拍子を誘うように振り返った。
 どうやら俊敏な白拍子の体捌きを警戒しているらしい。
立木の多い鎮守の森に誘い込み、飛び跳ねる事に制約を加えるつもりのようだ。
傍目にも分かるというのに、頭に血が上っているのか、白拍子は相手を追って行く。
 二匹は、道庵と白拍子が森の奥に消えて行くのを見守るしかなかった。
 哲也が、「これじゃ、どうもならんな」と顔を顰めた。
「俺は二人を追う。お前達は神社に残っていた連中を助けてくれ」
「分かった」
 哲也が一声甲高く鳴いて、仲間達に指示を出した。
道庵が鳥居の前から居なくなった事で、狐狸達は一安心。
魔物部隊を出し抜いて、次々と鳥居に駆け込んで行く。

 孔雀達は神殿に本陣を敷いて敵を迎え撃っていた。
矢面に立つのは戦い慣れた孔雀達。
戦いに不慣れな神社の者達は邪魔でしかないので奥に避難させていた。
 襲来する魔物達に方術師達の「気の矢」が自在に飛ぶ。
由比ヶ浜から始まった戦いで彼等の技の練度が上がっていた。
実戦に勝るものなし。
襲って来る敵の手足を、具足諸共、「気の矢」で弾き飛ばした。
狙いと精度の高さがあれば、兜の堅さをも物ともしない。
次々と敵の手足、首が宙に舞う。
 しかし、敵は多勢。
神殿を十重二十重に囲み、斃れる仲間を横目に、数で押して来た。
 それを風間の者達が刀で迎え撃つ。
彼等も度重なる戦いで腕前が上がっていた。
魔物の剛力を二人一組で押し止め、手足の何れかを斬り離し、蹴倒す。
けっして無理はしない。
 無勢の彼等を狐狸達が補っていた。
床下に身を潜め、機に応じて飛び出す。
狐拳、狸拳でもって敵の足下を攻め、隙があれば目、喉を潰した。
 神殿正面階段を守っているのが神子上典膳と善鬼。
押し寄せる敵を一歩たりとも近づけさせない。
すでに二人の具足は血塗れ、真っ赤に染まっていた。
それでも人であるので疲労してくるのは避けられない。
刀を持つ腕が重くなる。
 典膳が、「孔雀いるか」と叫ぶ。
いつもは孔雀に遠慮気味の典膳だが、今は違う。
孔雀が駆け寄るや、「ここは任せた」と言い捨て、敵中に躍り込む。
驚いた孔雀が呼び止めるが、典膳の足は止まらない。
 典膳は疲れた身体に、「うおっしゃー」と大声で活を入れた。
刀を上段に振り翳し、正面の敵に突っ込む。
相手の刀ごと一刀両断。血飛沫が舞い上がる。
血飛沫を浴びた典膳の顔からは表情が消えていた。
次の瞬間には別の敵に斬り掛かって行く。
 典膳の獅子奮迅の戦い振りは魔物達を圧倒した。
敵は警戒して遠巻きにするしかなかった。
突破する為に、槍を構えた者達が前に出て来た。
 孔雀が善鬼に、「ここは私が防ぐわ。典膳を助けて」と言う。
「いいのか」
「彼奴は弟分なのでしょう」
 善鬼は躊躇う。
ここの守りは孔雀一人の手には余る。
 何時の間にか傍に風魔小太郎が来ていた。
「安心しろ、ここは俺が孔雀殿と二人で守る」
 善鬼は頷いて階段から飛び降りた。
典膳に、「加勢するぞ」と声掛けて駆け寄る。
 だが典膳には聞えていない。
何の返事もせずに敵中に身を躍らせて行く。
繰り出される槍をも恐れない。
魔物の剛力を技の冴えで凌ぐ。
槍を巧みに払い除けて、敵の手足を次々と斬り落とすのだ。
まるで物の怪に憑かれたかのような戦い振り。




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前評判の悪かった岡田ジャパンが予選を勝ち抜け。
そして、ちゃぶ台をひっくり返す「ちゃぶ台返し世界大会」。
それが岩手県で開催されたそうです。
それも今年で四回目とか。
優勝したのは群馬在住の米国人。
驚かされる一週間でした。
今週はパラグアイに勝って、さらに驚かされるのでしょうか。

金色の涙(江戸の攻防)243

2010-06-23 21:21:24 | Weblog
 彼は神池の底に横たわり、長い間、ズッと眠っていた。
溜りに溜まった汚泥が彼の身体の上に厚く積み重なり、抜け出そうにも、
傷付いた身体は年月が経つに従い劣化し、今では全く動かせないでいた。
 戦い疲れたところを相手に狙われ、この神池に引きずり込まれて数百年。
今では彼の存在を、みんなは忘れていた。
気休めは、戦った相手を自分の下に敷いている事くらいであろう。
相手は、とうの昔に絶命していた。
 池の上空に現れた何者かの気配で、久し振りに目覚めた。
敵では無さそう。悪意が全く感じられない。
相手も彼の存在に気付いたらしい。
頻りに探りを入れてきた。
彼は僅かしか残っていない力を放出した。

 ヤマトの中の「金色の涙」は神池に全神経を集中させたのだが、
小さな魚や貝等の生体反応ばかりで、肝心の物が発見できない。
波紋を生じさせた気配の質量からすると、その正体はおそらく、
「魔物と呼ばれる類の物ではなかろうか」と推測できた。
ところが、分かり易い気配であるのに、全く手掛かり一つも掴めない。
そうこうするうちに、波紋が消えると同時に不可思議な気配も消えてしまった。
 白拍子が、「気配の消し方は、まるで幽霊ね」。
そして、「アンタ、水中を潜れたわよね」とヤマトを覗き込む。
「そうだけど、それが」
「ここから飛び込んでみる。実際に自分の目で調べた方が早いと思わない」
「乱暴な事を。この高さから飛び込んだら、手足が千切れてしまうよ」
 白拍子が冷たく笑う。
「うっふふ。それほど、ヤワではないでしょう」
 真剣な目をしていた。
 ヤマトは呆れたように言う。
「止めてくれ。それよりも、先に天魔を探さないと」
「そうだったわね」
 白拍子が高度を下げた。
荒々しい空気が錯綜する一帯を目指した。
そこは鳥居前。
狐狸達が魔物達相手に一歩も退かずに戦っていた。
 ヤマトが天魔を見つけると同時に、白拍子も奴に気付いた。
目立つ体躯ではないが、発する気配が違う。周りの魔物達とは別物。
強烈な殺気と喜びが全身から溢れ出ている。まるで狂気そのもの。
 奴は鳥居前に陣取り、狐狸達が突破するのを阻止していた。
左右を擦り抜けようとする狐狸達を次々と血祭りに上げる。
巧みな刀捌きで狐狸達の手足や切り離し、首を刎ねるのだ。
 白拍子の判断は早い。
サッと地上に降り立つや、ヤマトを放ち、手近に居た魔物に襲い掛かった。
相手が振り翳す刀を物ともしない。
強引に懐に飛び込み、蹴倒し、刀を奪い取った。

 北条道庵は、異様な者が空から舞い降りるのに気付いた。
発せられる気配が、初めて接する異質な物であった。
 巫女装束に紫の鳥帽子。腰には飾りの白鞘巻きの小太刀。
昔に流行った白拍子ではないか。
驚くほどの長身で、この世の者とは思えぬくらいに美しい顔立ちをしていた。
そして、何よりも驚かされるのは背中に生えた大きな翼。
その翼、着地するや音もなく姿を消した。
全てが理解を超えていた。
 白拍子が胸元から黒猫を放った。
どうやら浅草寺近くで戦った黒猫ヤマトに違いない。
黒猫も、こちらの存在に気付いていた。
互いに視線を合わせて睨み合う。
黒猫の早さは油断ができない。一気に間合いを跳んでくるからだ。
 ところが、白拍子の方の動きが速かった。
配下から刀を強引に奪い取るや、次の瞬間にはこちらに跳んで来た。
大上段から、奪った刀を振り下ろす。 
一見すると力任せだが、身体の動きは滑らか。無理がない。
 道庵に躱す術はない。
己の刀を頭上に差し上げ、両手で持って受け止めた。
刀と刀が激しくぶつかる衝撃音。
両者の刀が折れて飛ぶ。
 すかさず道庵は相手の腹部に前蹴りを放った。
膝を上げて受け止める白拍子。
道庵は続けて裏拳を飛ばす。
 白拍子が跳んで離れた。
倒れていた魔物を見つけるや、そいつの刀を毟り取った。
 道庵も急いで近くの配下から刀を借り受けた。
再び刀を構えて白拍子と対峙する。




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金色の涙(江戸の攻防)242

2010-06-20 10:22:15 | Weblog
 北条道庵が大蛇神社を包囲する魔物部隊を率いていた。
およそ二千余人で広い神域を水も漏らさぬように包囲した。
 見張られているのを逆手に取り、相手の戦力を見極める為もあり、
呼び寄せた魔物部隊を赤塚城跡に宿営させた。
御陰で一晩で相手の戦力が見極められた。
思っていたよりも少数であった。
 相手は、包囲され逃げ場を失った事を悟ったのか、思惑通りに救援を求め、
ポンポコリンと腹鼓を打ち、雄叫びを上げ始めた。
狐狸達の言葉は分からないが、悲鳴に近い事だけは分かる。
 赤塚城跡の魔物部隊を見張っている狐狸達が、
神社に居る仲間達を元気づけようと、朗々と雄叫びを返し始めた。
そんな彼等の雄叫びが近付いて来る。
読み通りに、加勢に駆け付けて来るようだ。
彼等が動けば、城跡の魔物部隊が追跡する手筈になっていた。
今頃は距離を保って、追って来ているだろう。
全ては目論見通り。
 道庵は後ろに控えている陣太鼓に合図した。
「総攻撃だ」
 二つの太鼓が強弱をつけ、交互に打ち鳴らされた。
包囲していた者達が一斉に動き出す。
「一人も、一匹も見逃すな」と命じてある。
女子供であろうが、犬猫であろうが、神域に居る者は全て容赦なく殺害するだろう。
 陣太鼓に応えて、城包囲中の一揆勢が吹き鳴らす法螺貝が届いた。
あちらも城攻めを開始したようだ。
同時攻撃で、狐狸達の徳川方への加勢も封じた。
あまりにも順調に事が運んでいる。

 白拍子がヤマトを胸元でしっかりと受け止め、
「度胸が良いじゃないの」と耳元で囁く。
ヤマトは、白拍子のふくよかな胸に抱かれ、心地好い香りと安心感に包まれた。
実に妙な気分であった。
 白拍子はヤマトを抱いて宙を飛び始めた。
 狐狸達の雄叫びに続いて、陣太鼓が打ち鳴らされ、法螺貝が吹き鳴らされた。
眼下の一揆勢が鬨の声を上げ、城攻めを開始した。
鉄砲が火を噴き、火矢が次々と射られる。
 白拍子が、「どうする。このまま行くの」と問う。
 ヤマトは一揆勢の動きを「金色の涙」に解析させた。
魔物と思わしき動きをする者がいないかどうか。
答えが出るのに手間はかからない。
それらしい者は皆無。いずれも普通の兵ばかり。
おそらく魔物部隊は狐狸達の殲滅に全力を挙げているのだろう。
となれば、江戸城は城兵達に頑張ってもらうしかない。
「行こう、神社に」
「城は見殺しにするの」
「人と人の争いには関与しない」
「冷たいのね」
 ヤマトは一呼吸置いて答えた。
「徳川方の将兵は粒揃いだ。何とかするだろう。
それより、お前が気にしてるのは九郎と於福の事じゃないのか」
 途端、ヤマトを抱く白拍子の腕に自然に力が入った。
「あの二人なら大丈夫よ。私と同様、とうの昔に死んでいるのだから」
 白拍子の指摘通り、三人は死から蘇った者であった。
それ以上の会話はなく、白拍子はポン太のポンポコリンを頼りに、
大蛇神社へ急いだ。
 前方から焦臭い気配が漂ってきた。
どうやら前方の下方に見える深い森が大蛇神社。
森のあちらこちらで殺気と殺気が衝突していた。
狐狸達が魔物達を迎え撃っているのだろう。
 水量豊かな神池を見つけた。
深い鎮守の森に囲まれ、水面が木の葉に映えて緑色をしていた。
上空から見下ろすが、その深さは見定められない。

 道庵は鳥居前で、城跡から駆け付けて来る狐狸達を待ち構えていた。
傍に残していた配下は五十数人。
 狐狸達の先頭が見えた。
神社への参道を必死に駆けて来る。
 道庵の合図で配下が残らず動いた。 
横に広がって足止めの陣を敷いた。
彼等が足止めすれば、城跡から追って来ている魔物部隊が後方から追い付く。
 足止めの陣に狐狸達が突入した。
刀槍を構える魔物の隊列に物怖じしない。
小柄な体躯と体捌きで右に左に動き回り、狐拳、狸拳でもって互角に渡り合う。
 後方から魔物部隊が追い付いた。
三千余で包囲するようにして、殲滅戦を開始しようとした。

 その時だった。
新たな雄叫びが上がった。
右の草原から無数の狐が姿を現わした。
緑狸のポン太や、赤狐の哲也と親しい「王子の狐」であった。
狐狸達の悲壮な叫びを聞いて加勢に駆け付けたのだ。
「伏見の狐」に比べて法力は弱いが、体術では負けてはいない。
押し寄せる波の如く、右側面より魔物部隊に襲い掛かった。
 王子の狐が選んだ陣は「車掛かりの陣」。
常に新手が前に出て、薄皮を剥ぐように敵兵を取り除き、
味方部隊は、交替の早さで疲労と損害を最小限度に押さえる。
 およそ千近い狐達が一塊となって突き進む。
二匹掛かりで敵兵を引き倒し、両目ないしは喉仏を拳で潰す。
あるいは武器を持つ手の指、無理なら足の指を噛み切る。
やることに容赦がない。

 神池の真上にいた白拍子とヤマトは、不可思議な気配を感じ取った。
眼下の神池からであった。
水面から、何やら奇妙な気配が立ち上ってきた。
 白拍子が、「これは」とヤマトに尋ねた。
 ヤマトは下を見ながら、、「何かが棲んでいるのかも知れない」。
 と、水中から波動らしき物が発せられ、池の中央あたりから波紋が広がり始めた。
 「金色の涙」に解析させるが、池が深すぎるのか、生体反応は読み取れない。
しかし、何かが居る気配。




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金色の涙(江戸の攻防)241

2010-06-16 21:05:33 | Weblog
 程無くして大蛇神社に緑狸のポン太がやって来た。
孔雀を見つけると、赤塚城跡の魔物部隊の報告をした。
「連中、動く様子が全く無い」
「城攻めには加わらないのかしら」
「今のところは、そうみたいだ。
それから、武州松山、川越、岩槻、その三城から魔物部隊が姿を消したそうだ」
「すると、城跡に現れた魔物部隊がそれなのね」
「らしいな。これからどうする」
「城跡に天魔が姿を現わさないのなら、こちらから探しに行くしかないわね」
「上野の本陣にか」
「そうよ。半数が城の包囲に向かったそうだから、見張りも手薄になるでしょう」
 一揆勢の本陣の周辺は警戒が厳重であった。
ことに狐狸達には厳しかった。
敵であると知っているだけに、見かけると矢弾を放ち、一歩も侵入を許さなかった。
 そういう事を知っているだけにポン吉は弱気になった。
「手薄になるかな」
 孔雀がキッと睨む。
「なってなかったら、なかったで、何とかするのよ」
 そこに善鬼が険しい顔で駆けて来た。
「囲まれた」
 そして慌てたように、「魔物部隊に包囲された」と言葉を継いだ。
 密かに接近して来た魔物部隊が大蛇神社を水も漏らさぬように包囲し、
攻撃態勢を整えているとか。
 その言葉を裏書きするかのように、他の者達が殺気だった顔で集まって来た。
狐狸達も居た。
 付近の巡回を任せていた風間の者が渋い顔で報告した。
「申し訳ないです。接近されるまで、全く気付きませんでした」
「相手が魔物部隊では仕方ないわね」
「敵は、およそ二千近い数です。それに連中、城跡の者達とは別のようです」
「すると上野の、天魔の近くにいる者達ね」
「たぶん・・・」
 孔雀の表情が和らぐ。
「ついでに天魔も居れば、手間が省けて良いわ」
「天魔が居るかどうかは確かめておりません」
「戦えば分かるわ」
 善鬼が呆れたように言う。
「相手は二千近いというのに、この人数で戦えるのか」
 人間は孔雀を含めて十六人。
狐狸達の主力は城跡の方に居て、ここに居るのはポン吉を含め、狸二十数匹、
狐十数匹。
余りにも劣勢である。
 神社の宮司達が戦仕度で加勢に現れた。
「我等も戦う」
 人数にして十三人。
巫女や老人が居り、かえって足手纏いなのだが、今から脱出は不可能だろう。
受け入れる事にした。
 孔雀はポン吉を呼んだ。
「頼みがある」

 老婆、於福は、江戸城大手門の櫓の屋根に巧みな体捌きで駆上がった。
城兵には、「日向ぼっこ」と適当に説明しておいた。
巫山戯た説明だが、誰一人として、敢えて阻止する者はいない。
於福に睨まれると、雑兵如きでは太刀打ち出来ないのだ。
 実は、白拍子が九郎と楽しそうに話していたので、邪魔をしたくなかったのだ。
彼女は、なるだけ二人が一緒に過ごせるようにと願っていた。
今の彼女が二人にしてやれるのは、それだけだった。
 城外に見張りと威嚇の為に、徳川方の砦が幾つか建てられていたのだが、
小競り合いで兵力を失う事を恐れ、急ぎ退去が決まった。
その際、敵に利用されるのを防ぐ為に火が放たれた。
城の周辺から何本かの黒煙が立ち上り、味方の兵達が引き上げて来る。
 屋根からだと一揆勢の動きも子細に観察できた。
連中は整然と行軍し、遠巻きにしながら包囲を始めた。
城下の住人達はすでに避難していたので、何の混乱も起きない。
どうやら連中、空家を宿舎として接収するつもりらしい。
民家や商家、武家屋敷に荷物が次々と運び込まれる。
 その時、於福は背中に寒気を感じた。
相手に殺意はないが、背後に忍び寄られるまで気付かなかった。
 忍び寄った者に問われた。
「九郎に両親の事は話してあるのかい」
 振り向いた於福は、相手がヤマトと知って苦笑い。
「何の間のと言いながら、お節介な猫だね。
でも、良いわ。事情も察してるようだし。
小難しい話しを赤ん坊にすると思うかい。聞いても、理解出来ないだろうね」
「すると、教えたのは方術だけ」
 於福が口元を歪めた。
「そういう事。方術を使えなければ、魔物とは威張れないからね」

 澄み切った青空に、狸の腹鼓、ポンポコリンが響き渡った。
ヤマトは音のした方向に耳を向けた。
大蛇神社や赤塚城跡のある西北の方向からだ。
これは緑狸のポン吉に違い無い。
 間を置かずに同方向より狐の甲高い雄叫び。
赤狐の哲也がポン太のポンポコリンに応じた。
 二匹に続けとばかりに狐狸達が雄叫びを上げ始めた。
何れにも悲壮感が漂っているではないか。
危難が迫っているらしい。
となれば天魔しか考えられない。
 不意に、宙に人影が浮かんだ。
翼を広げた白拍子ではないか。
真摯な顔でヤマトに問い掛けた。
「困ってるようだ。助けに行くかい」
「頼めるか」
 白拍子はニコリと笑い、「良いとも」と両手を差し出した。
挑むような目付きは、「ここまで跳んでこい」と言わんばかり。
 ヤマトは於福に、「豪姫を頼む」と残した。
白拍子の浮かぶ場所まで距離があるが、躊躇ってはいられない。
胸元に躍り掛かるようにして、宙に身を躍らせた。




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金色の涙(江戸の攻防)240

2010-06-13 10:13:34 | Weblog
 秀康は脳裏に羽柴秀次の顔を思い浮かべた。
色白で温和しい顔立ち。
武張った事は苦手で、怒ったとかいうような話しを聞いた事がない。
 本人の意志とは無関係に、秀吉の姉の子として生まれた事によって、
大名にまで祭り上げられてしまった。
他人は羨むが、傍目にも悩んでいるのが分かる。
文武の才能が欠片もないからだ。
幸いにして秀吉が、文武に優れた者達を秀次の家臣団として付けたので、
出兵も領地の経営も上手く運んでいる。
状況に取り残されているのは秀次一人。
 それが更にややこしい事態に。
公式に秀吉の養子に迎え入れられた事により、
豊臣家の後継者の一人となってしまった。
本人は戸惑う日々だが、家臣団は喜び、「主人に武勲を」と必死となった。
今回の、奥羽に派遣された軍の総大将の座も、家臣団の運動の結果であった。
そんな周辺状況で自ら総大将の座を秀康に譲るだろうか。
家臣団が承知するわけがない。
 そこで新たに思い浮かべたのは石田三成の顔。
理知的な顔立ちで、これまた武張った事を苦手としていた。
ただ、彼が秀次と違うのは、苦手な戦場であっても、
けっして素振りにも見せないという事。
自ら先頭を買って出た事が二度、三度。
 今の三成は総大将の秀次を補佐する立場にあるが、
実際は彼が奥羽へ派遣された全軍を仕切っているのは周知の事実。
彼であれば秀次も家臣団も自在に操れる。
もしかすると、今回の総大将の件も彼の発案なのかも知れない。
だとすると、何故・・・。
手柄を譲られる程、格別に親しいわけでもない。
 返事を躊躇っていると左近が口を開いた。
「豊臣、徳川の両家を繋ぐのは貴方様だけなのです。
秀次様もそこのところを汲んで、貴方様を推されたのです」
 左近の口振りが熱い。
勢いに乗って長々と続けた。
そして最後に、「貴方様の采配で一揆勢を蹴散らすべきです」と。
 言葉に圧される一方であった秀康だが、一つ気懸かりが。
左近の口から秀次の名は出るが、三成の名が全く出てこないのだ。
なにやら伏せている気配。
武辺者の左近らしい。
背後にいる三成の存在を気付かせぬように、最善の注意を払っているのだろうが、
逆効果である事を知らぬらしい。
三成の名が出ぬ事が不自然なのだ。
 秀康は三成のもう一つの顔を思い出した。
彼には、豊臣家の為とあらば汚れ役も辞さない覚悟があった。
実際、「難癖を付けて潰した大名も幾つかある」と噂されていた。
 秀康が下総の結城家に出されたのにも三成の影がちらついていた。
おそらく秀康は、三成が徳川家に打ち込む楔。
徳川家の後継者が定まっていないので、関東、下総に縁付けた。
そして今回、願ってもない一揆勃発。
これを機に徳川の武将達を一時的にだが、秀康の采配下に置こうというのだろう。
 父、家康が自分に並ぼうとする者を許すだろうか。
将来を嘱望されていた兄でさえも、警戒されて切腹に追い込まれてしまった。
たとえ嫌な父でも親子で争う気はない。
 それに秀康は徳川姓に戻るつもりは露もない。
結城は小さな領地だが、水に恵まれた豊かな大地。気に入っていた。
堤防を築いて河川の氾濫を押さえれば、今の倍の収穫が見込めるだろう。
 秀康の迷いに気付いたのか、左近が話しを打ち切った。
「お返事は今すぐでなくとも構いません。秀次様のご到着までにお願いします」
 その退き際は、歴戦の武将に相応しい鮮やかさ。
余計な事は言わずに、さっさと退出した。
 戦振りは勇猛果敢な左近だが、「口説くのは不得手」と秀康は安堵した。
期限は短いが、これで断る口実を考えられる余裕を得た。
ところが、翌朝になって自分の読みの甘さを思い知らされた。
 関宿城に居る結城家の主立った者達が秀康に面会を申し込んで来た。
彼等は開口一番、「総大将の話しを受けましょう」と言うではないか。
 左近の退き際が鮮やかだったのは、彼等を訪れる為だったらしい。
今の結城家は、結城家本来の古い家来、徳川家から付けられた家来、
豊臣から付けられた家来、新規に雇った家来等が入り混じり内部は複雑であった。
左近は彼等に影響を持つ者達を満遍なく口説いたのだろう。
努力の跡か、重臣の雁首が過不足無く揃っていた。
 左近にしては細工が細かい。
全ては三成の指示なのだろう。
でなければ短時間でここまで上手くは運ばない
 秀康は溜息をついて斜め上を見上げた。
外堀を埋められてしまった。目を閉じる。
総大将就任受諾への期待感の高まりを感じた。
意外な事から複雑な家臣団が融和しようとしている。
ここで断っては家臣団の信頼を失ってしまう。
 秀康は個人の感情よりも家臣団の融和を選んだ。
目を開けて大きく頷く。
「分かった、引き受けよう」

 孔雀達は練馬村の大蛇神社にいた。
「池に身を投げた村娘が大蛇となって天に昇った」という伝説を持つ神社で、
村娘が身を投げた池を神池とし、深い鎮守の森に囲まれていた。
広い神域を持ち、孔雀達を迎え入れる建物には事欠かない。
社務所の裏の使われなくなった宿舎に彼女達は間借りしていた。
赤狐の哲也が間に入り、宮司と話しをつけてくれたのだ。
 赤塚城跡の魔物部隊の見張りは狐狸達に任せていた。
人の見張りでは魔物部隊に気付かれるおそれがあったからだ。
 付近の巡回をしていた風間の者が顔色を変えて戻ってきた。
「一揆勢が動き始めました」
 同じ知らせを狸も持って来た。
「およそ五万から六万の兵が江戸城の包囲をすべく、動き始めた」
 西の巡回をしていた風魔小太郎が駆けて来た。
「井伊の赤備え隊が姿を現わした。
兵力は、およそ五、六千。幡ヶ谷村方向に進軍している。
あちらの門から入城するのかも知れん」




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金色の涙(江戸の攻防)239

2010-06-09 21:05:19 | Weblog
 ぴょん吉の言葉が、広間に居る者達の心を騒がせた。
たしかに徳川軍は遭遇戦を得意とする。
西方が織田領土である有利さを武器に、無勢ながらも少数精鋭で、
東方の強力な敵である今川家、武田家と戦を繰り広げ、少しずつ領土を広げた。
それは、大軍でもって執拗に攻め立てる織田家、豊臣家とは対照的な戦振り。
今や家康は、「海道一の弓取り」である。
 そんな家康を毛嫌いしている秀康だが、徳川家が評価されるのは嬉しい限り。 
しかし、現状で遭遇戦は望めない。
 江戸城は徳川家の居城。
それを捨てて全軍出撃など出来るわけがない。
留守居を任されている大久保忠世でも二の足を踏むだろう。
たとえ、忠世が命令したとしても他の家来共が従わぬ筈だ。
家来の下せる判断の埒外にある。
 不審そうな顔をしていた島左近の表情が変わってゆく。
次第に和らぎ、狐に対する警戒を緩めた。
万事に用心深い石田三成のことだから、
軍の通行する道筋には多数の忍者を放っているだろう。
おそらく、この辺りにも居る筈だ。
左近は関宿に入る前に、彼等からの報告を順次に受けていたに違い無い。
一揆勢に関する事のみならず、魔物部隊や狐狸達に関する噂も。
でなければ警戒を緩めるわけがない。
 島左近が狐を見下ろした。
「上方から来られた狐殿は人の戦に詳しいようだが、戦好きなのかな」
 心外そうに、ぴょん吉が相手を見上げた。
「好きで人の戦を見ているわけじゃない。
我等の縄張りにまで入り込んで来て戦をするから、嫌でも見ざるを得ないのだ」
 答えに左近は、すまなそうな顔をした。
「畑仕事の邪魔にならぬようには気をつけているが・・・、獣までは」
 ぴょん吉の視線が秀康に向けられた。
「そうそう、ヤマトの話しでは、お主は宇喜多秀家や豪姫と親しいそうだな」
「いかにも。お二人には、上方では随分と可愛がってもらった」
「その二人と前田慶次郎、真田親子が、お主に加勢したいと昨日、江戸城に入った」
 あり得ぬ話しに、秀康は自分の耳を疑った。
「えっ・・・、それは」
 相手の驚きように、ぴょん吉はこれまでの経緯を語る事にした。

 夕闇迫る原野を孔雀等が駆けていた。
方術師四人に風間の者八人、風魔小太郎に代官所の二人。
十五人全員を引き連れていた。
 先頭を駆けるのは緑狸のポン太。
みんなを赤塚城跡が見通せる雑木林に案内した。
そこには既に狐狸達が先着していた。
 みんなの前に赤狐の哲也が進み出た。
「連中、急拵えで長屋を建てている」
 本丸跡と思わしき高台を中心に幾つもの長屋が建てられようとしていた。
立ち働いている者達の身ごなしが異常に早い。
それもその筈。
天魔に操られている魔物部隊であった。
遠目にだが、およそ三千余。
 天魔を探していた狐が彼等を発見した。
彼等の様子から、ここに宿営するのは今夜が初めてと見て取れた。
 哲也が孔雀に言う。
「あの者達は上野の一揆勢に紛れている魔物部隊とは別物だ。
あそこから出て来たのなら、俺達の目に触れぬわけがないからな」
「すると、新たな魔物部隊かしら」
「いや、岩槻や川越の城を守っている魔物部隊が、総攻撃に備えて、
駆け付けて来たとも考えられる。
そちらの方向からだとすれば、無警戒だったから、気付かなくても不思議はない」
 孔雀が目を細めた。
「天魔の気配は」
「今の所は無い」
「お前達の数は」
「狸も併せると、およそ百匹と少々といったところだな」
「それでは魔物部隊三千は荷が重いわね」
「たしかに重い。どうする」
「暫く様子見しましょう。天魔が来るかも知れないから」

 居室に戻った秀康を追いかけるように、左近が忍んできた。
「よろしいですか」
「よろしいも何も、みんなには聞かせられぬ話なのだろう」
 秀康は近習の者達を下がらせた。
 内緒話でもするかのように左近が声を潜めた。
「徳川軍と連合するとなれば、それに相応しい総大将が必要となります。
家康様さえ居られれば悩まなくて済むのですが、あいにく上方。
今の江戸城には代わりになるような御方が居られません。
そこで秀康様にお願いがあるのです。
是非とも総大将になって頂きたい」
 ぴょん吉の話しには驚かされた。が、左近の話しも負けてはいない。
豊臣徳川連合軍の総大将とは。
「羽柴秀次様で良かろう」
 左近は即座に、「それはなりません」と。
「どうして。秀次様なら申し分ない筈だ」
「その秀次様が固辞されておるのです」
「固辞とな・・・、その分けは」
「ここは是非、秀康様に譲りたいと」
 秀次は豊臣家の後継を噂される一人である。
この状況で総大将の座を秀康に譲るだろうか。
手柄をみすみす手放すようなものだ。
秀康は、「何か別の理由があるのではないか」と勘繰ってしまう。




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金色の涙(江戸の攻防)238

2010-06-06 10:04:24 | Weblog
 殺気に満ちた五騎が大手門に飛び込んで来た。
汗と土埃にまみれている事から、如何に急いで来たかが分かる。
 先頭の眼光鋭い武士が島左近。油断無く門内を見回した。
残りの四人は従っている様子から、彼の家来なのだろう。
 結城秀康は彼とは公私ともに面識があった。
上方にいた頃は、前田慶次郎の酒席で幾度も言葉を交わしていた。
彼は慶次郎とは対照的に生真面目な性格。冗談の通じない相手であった。
 左近は秀康に気付くと素早く下馬して片膝ついた。
五十近い年齢だというのに所作は身軽。声にも張りがある。
「秀康様、馳せ参じました」
 従う四人も慌てて下馬すると両膝をついて頭を下げた。
 秀康は出迎えの列から二、三歩、前に出て、左近に声をかけた。
「遠路、ご苦労であった。まずは汗を流してからにしよう」
 奥羽から帰還中の豊臣軍が、誰を使い番として寄こすか分からないが、
遠路を汗と埃にまみれて駆けて来ると考え、
いつでも風呂が使えるように準備をさせて置いた。
 秀康は場を広間に移した。
主立った者達を呼び集め、左近を待つ間、各隊の訓練の具合を聞いた。
豊臣秀吉から、「黒地に黄金色の瓢箪」の旗印を送られたからには、
豊臣軍の面前で恥ずかしい戦をするわけにはゆかない。
その為、自家の軍の進退、連携の練度を上げるのに力を注いでいた。
 各隊の報告の途中で廊下に響く足音。
左近が急ぎ足で入って来た。
風呂を手早く切上げてきたとしか思えない。
用意させて置いた衣服を身に纏い、広間の真ん中を堂々と進み出、
秀康の面前で低頭した。
「ありがたき、馳走でした」
 堅苦しい挨拶が続きそうなので秀康は機先を制した。
「顔を上げよ。風呂上がりが早いな。ちゃんと洗ったのか」
 左近は背筋を伸ばして姿勢を正した。
「このように、綺麗にいたしました」
 冗談なのか、本気なのか。ようく見れば、首筋に洗い残しの土埃。
おそらくは鶏の行水。顔だけ洗ったのだろう。
「方々は元気か」
「秀次様を始め、みなさま元気です」
「で、此度の事、味方してくれるのか」
「勿論です。
『徳川様の為であれば、我等、命は惜まぬ』と秀次様が申しておられました」
 左近の口から出る言葉には力があった。
広間に居並ぶ者達がホッとするのが分かった。
「ありがたい。それで到着は何時になる」
「早い部隊は二、三日中に。全部隊が揃うのは、おそらく十日」
 なにしろ五万余の軍勢が行軍すれば、街道は兵士や荷車で埋まってしまう。
どんなに、「早くしろ」と言っても進軍速度には限界がある。
「十日か。それまでは江戸城に耐えてもらうしかあるまい」
 幸いにも一揆勢は動きを見せない。それが救いだ。
 左近が頬を緩めた。
「部隊編成を換えました。
各家ごとの部隊編成ではなく、騎馬隊を先頭に、速度の速い順に致しました。
小荷駄部隊は最後尾となります」
 小荷駄部隊は主に糧食を運ぶ為、荷車が多い。
この差配、羽柴秀次ではなく、石田三成であろう。
いつものように強引な口調で各大名を説いて従わせたに違い無い。
力業だが、この状況下では最善の策。豊臣政権で重用されるわけだ。
「糧食の心配は無い。付近の城から余分に集めて置いた。
念のため、炊き出しの者達を途中に出向かわせようか」
「ご懸念は無用です。
別の者達が、豊臣の名で途中の村々に炊き出しを命じ廻っております」
 三成の事だから命令と同時に必要以上の金銭も渡すように指示しているだろう。
武力で威勢を示し、金力で懐柔。やる事にソツは無い筈だ。
 となれば、全軍が揃うのを待つ必要はない。
直に戦闘に携わる部隊さえ揃えば出撃ができる。
 その時だった。
足音もなく、黒い影が広間に飛び込んで来た。
それは狐。左近の隣に居並ぶように腰を下ろした。
 左近の身体が強張る。居並ぶ狐を横目で見た。
狐に殺意も悪意も無いのが分かるのだろう。
不審そうに狐と秀康を見比べた。
 居合わせた者達も目を丸くした。
事情を知っている者が幾人かいて、小声で両隣に囁く。
 秀康が狐に問う。
「ヤマト殿のお仲間だな」
「その通り。あの折りには世話になった」
 浅草寺裏での天魔との戦いに遭遇し、彼等を助け出す形となった。
去り際にヤマトが、「いずれ返礼をしよう」と言っていた。
「名は」
「ぴょん吉」
「ぴょん吉殿か。すると上方から来られた狐殿だな」
 ぴょん吉が嬉しそうに頷いた。
「覚えていたか」
「いかにも。それで如何様ですかな」
「敵陣が活気づき始めた。
昨日までは普請に忙しかったのだが、今朝から様子が一変した。
どうやら出陣準備らしい」
 これまで一揆勢が動かないのが不思議だった。
上野の山に陣取ってからは砦の普請に余念がなく、
どういう成算でもって行動しているのか、それが分からなかった。
ヤマトに聞いたように、「世を騒がせる」だけなのだろうか。
それとも、深い何かがあるのだろうか。
「となれば、明朝から包囲に入る分けだな」
「そうなるだろう」
 敵の全兵力が上野周辺に陣取っている時に、背後より奇襲を掛けたかった。
相手が大軍であろうが、一気呵成に蹴散らす自信はあった。
敵が城を包囲する為に移動すれば、当然、本陣も移動すると見なければならない。
作戦の練り直しが必要になる。
「城の防備は」
「城の普請が中途半端だから、あちこちに攻口がある」
 大久保忠世や榊原康政もそれを認めていた。
承知の上だから、それ相応の手当てをしている筈だ。
「敵の今の兵力は」
「およそ十万」
「膨れ上がったな」
「徳川方が籠城に拘らなければ何とかなるだろう」
「それは」
「上方では、『徳川の強さは野における遭遇戦』と噂している」




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久し振りに世襲でない人が首相になりました。
お坊ちゃま首相の政治から、普通の当たり前の政治。
これを機に、世襲議員が首相にならぬように願いたいものです。

金色の涙(江戸の攻防)237

2010-06-02 21:25:27 | Weblog
 ヤマトは視界の片隅に、部屋を出て行く白拍子と於福を捉えた。
二人は何やら囁きあいながら姿を消した。
 それに広重も気付いた。
ホッとばかりに胸を撫で下ろし、ヤマトに語る。
「部下が何百冊もの古文書を調べ、それらしい記述を幾つか見つけた。
それらを繋ぎ合わせると、鎌倉幕府の始まった頃の話しだが、
幕府の命令で由比ヶ浜から流されようとしていた赤ん坊を、
たった一人で救い出そうとした女武者がいたそうだ。
奇襲で赤ん坊の船を奪うところまでは出来たらしい。
しかし、多勢に無勢。
矢折れ刀尽き、ついには船に火を放たれ、赤ん坊ごと焼かれた。
その時の女武者ではないかと思われるのが、於福という者だ。
雇われ者だが、男顔負けの働きをするので知られていたらしい。
・・・。
あの婆さん、自ら於福と名乗っている。
それに、女武者のように腕が立つとか。
鎌倉の頃の於福本人に間違いないと思う。
名を隠しているわけでなし、怒るような事かな」
 於福という名まで知っているとは。
長安が詳しく話したのだろう。
悪気が無いだけに始末に困る。
 ヤマトは、於福が怒ったのは名前云々ではなく、広重の詮索が高じるのを恐れ、
先手を打って封じたのではないか。
そして白拍子も、これ幸いと同調したのではないか、と観ていた。
 二人が隠したい事は、ある程度だが推測していた。外れてはいない筈だ。
「於福という名は女武者としての名だろう」
「ん、そうか、通り名という事か」
「雇われの女武者だと言っていたから、そうなんだろうな」
 武家であれば武名を挙げねばならぬが、於福の女武者は雇われ仕事。
すべては村の生計を維持する為であった。
そういう者が氏素性を晒すわけがない。
恨みを買えば村に討伐の兵が送られるからだ。
 広重が合点した。
「すると、俺が本当の名を知っていると思ったのか」
「そういう事になる」
「なる程。しかし、残念な事に於福という名しか知らない」
 ヤマトは、九郎の居た場所を見た。
何時の間にか姿を消していた。黒太郎もいない。
おそらく庭でも駆け回っているのだろう。
九郎に聞かれる心配がないので、一歩踏み込んで聞いてみた。
「赤ん坊の方は」
「そちらは生れたばかりで、名は付けられていない。
ただ、父母の名は誰だか分かっている」
「推測か」
 広重が、「いや、確実だ」と自信タップリ。
 古文書から父母の名前に辿り着いたに違いない。 
ヤマトは、ここで釘を差す事にした。
居合わせた者達もいるので丁度良い。
誰一人として、これ以上の詮索をしないように、言葉を選んだ。
「余計なお世話かもしれないが、よく聞いてくれ。
けっして魔物が人であった頃の氏素性には触れてはならない。
詮索するという事は、喧嘩を売っているのと同じ事だからだ」
 ジッと広重を見ながら続けた。
「白拍子に於福、九郎に黒太郎、三人と一匹相手に、それでも続けるのかい」
 広重は武将としての意地か、表情を変えない。
「黒猫殿も脅すのですか」
 みんなの前で脅されて、「はい、そうですか」とは引き下がれないのだろう。
そこでヤマトは攻め口を変えた。
「女子供の嫌がる事をするのが三河武士か」
 それには広重も閉口、「女子供、・・・魔物でも女子供か、困ったな」と苦笑い。
思い直したようにヤマトの目を見詰める。
真意を探るかのような視線だ。
 ヤマトは、「猫の目を読めるかい」と。
 広重は首を左右に振った。
「犬なら嬉しいのか悲しいのかが、だいたい分かる。
しかし、猫の目は分かり難い。クルクルと目まぐるしく変わる」

 関東の要にある下総の関宿城は、幾つもの河川を堀として活用し、
防御に優れた城として知られていた。
ここには家康の異父弟、松平康元が二万石で入っていた。
その康元は家康の供で上方にあり、留守であった。
 江戸城を出た結城秀康はここにいた。
この城は守備兵の大半を江戸城に増派した為、
残っているのは老人女子供ばかり。
戦力としては全く期待できない。
計算できるのは自ら率いて来た者達や、新たに呼び寄せた結城の兵、
併せて二千余人のみ。
 秀康は留守居の者達や康元の奥方に事情を話し、
奥羽から帰還の豊臣軍を受け入れるべく準備をしていた。
なにしろ五万近い軍勢。宿舎の用意にてんてこ舞いであった。
 川向こう、東側に置いた番所から知らせが届いた。
「島左近殿が参られました」
 島左近は、かつては大和国、筒井順慶の重臣であった。
順慶が幼児であった頃から長く仕え、同じ大和国の松永久秀と幾度も戦い、
その勇名を近隣に鳴り響かせた。
しかし、順慶が病死すると、後継の定次とは折り合い悪く、浪人する事になった。
 そこに目をつけたのが石田三成。
算盤勘定が得意の文官である彼は、弱点の武を補強すべく、
島左近を口説きに口説き、破格の待遇で家老として迎え入れた。




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驚き・・・かな。
「普天間の米軍基地は県外」と言っていた鳩山さんが、
閣外に去ることになりました。
それも小沢さんとセットで。
在任期間は、自民党末期の首相達を見倣ったのか、あまりの短さ。
どうして、こうなるのでしょう。
次の首相こそは二年以上は続けて欲しいものです。


腹案で
閣外選ぶ
鳩山さん

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