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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(大乱)270

2022-05-29 07:20:34 | Weblog
 俺は二人を呼んでから気付いた。
伯爵に装着した【奴隷の首輪】を忘れていた。
あれは滅多に出回らないダンジョン産。
なので残して置くのは拙い。
直ちに術式を解除し、風魔法で回収した。
アリスとハッピーが来た。
『伯爵はどうするの』
『ペー、ペ~だ』
『ここなら【魔物忌避】の術式で守られてるから大丈夫。
たぶん、通り掛かった誰かが助けてくれる』
 伯爵のHPの減り具合は忘れよう。

 俺達は領都・ブルンムーンに取って返した。
スタンピードを誘導する連中を探さねばならない。
集まった魔物達を氷雨と冷風で解散させたので、暴走は起こり様がない。
けれど、企んだ者達はそれを知らない。
今もどこかで虎視眈々と機会を窺っているはず。

 広い範囲を探知スキルで探し回った。
思いの外、早く見つけた。
彼等は伯爵軍の後方で夜営していた。
誘い出された魔物達が伯爵軍を襲うと想定し、
そこに付け込むつもりでいたのだろう。
 数は十二名。
思っていたよりも多い。
二人三人では済まないみたいだ。
鑑定で連中を調べた。
職業ではペイン商会が二名、ハニー商会も二名、
残り八名は『ジイラール教団』。
何れも、まごうこと無き伯爵の債権者。
所属は違うが、一蓮托生の関係のようだ。
 
 十二名をスキルで分けた。
火魔法使いが四名、テイマーが四名、護衛が四名。
この陣容で誘導するのだろう。
出来る、出来ないは、経験者ではない俺には判断が付き兼ねた。
 直ぐ傍に箱馬車三輛があった。
馬車の荷物をも鑑定して判明した。
多数の【魔物誘引剤】を積載していた。
国やギルドが禁止している高性能品だ。
呆れを通り越して、言葉がない。
どこで手に入れたのやら。
 要するに飴が【魔物誘引剤】で、鞭が火魔法なのだろう。
テイマーと誘引剤で文字通り誘い出し、火魔法で退路を遮断する。
方法としては利に適っていた。
ただし、本当に都合良く運ぶかどうかは分からない。
何しろ【魔物誘引剤】の効果の程が分からないのだ。
下手すれば彼等も巻き込まれ、戻らぬ人になる可能性なきにしも非ず。

 俺は伯爵から聞き出した事を、アリスとハッピーに手短に話した。
そして協力を求めた。
『僕はそろそろ戻るよ。
通学している子供だからね。
そこで二人に頼みがあるんだ。
この連中を尾行して、本拠がどこにあるのか調べてくれないかな』
アリスが俺の目の前で、クルリと蜻蛉を切った。
『私が本拠を潰しても良いかな』
 ハッピーもアリスへの対抗心を露わにした。
丸い身体で蜻蛉を切る仕草。
『ポー、潰す』
 スライムのハッピーはどこが頭で、どこが足なのか、さっぱり分からない。
だから、それで蜻蛉を切ったと言えるのか・・・。
疑問は疑問のままにした。
『潰すのは連中の全貌が分ってからだよ。
誰が首謀者なのか、そこを知らないとね』

 人には許容範囲という物がある。
その範囲は人によって違う。
入れ物に例えれば、おちょこサイズの者もいれば、釜サイズの者、
風呂サイズの者、琵琶湖サイズと人によって様々。
俺は広い方だと思っていたが、今回の件は範囲を大きく外れていた。
俺が狙われるなら未だしも、領民を駒扱いにするとは。
アリスが俺の心を読んだらしい。
『ウワー、怒ってる、怒ってる。
そうか、本気で潰すのね』
『パー、手伝う、手伝う』

 転移しようとした俺をアリスが呼び止めた。
『お願いがあるの』
『僕に出来ることなら』
『尾行に調査、二つともなると、人手が足りないわ。
そこで提案なのよ。
山城ダンジョンで私の里の妖精達を鍛えているでしょう。
彼女達の手を借りても良いかしら』
 確かに妖精の里の子達をダンジョンで鍛えていた。
希望する子達のみに限っているが、それでも数は多いと聞いていた。
ただ、相手は魔物やトラップ。
各階に配備された魔物やトラップをクリアし、
現在は最下層の地下二十階を目指していた。
そこでは対人戦は全く想定していない。
 困ったことに、一番怖いのは人間なのだ。
欲の皮の突っ張った人間は狙ったものを得る為なら何でもする。
恥も外聞もない。
目の前のアリスも甘言と酒で捕獲された口。
『対人戦の機会にするのかな』
『そうよ、今回の件は都合が良いものね』
『分かった。
アリスにはハッピーがいる様に、必ず誰かと組ませること。
一人が前衛、もう一人が後衛。
心配なら中衛を入れて欲しい。
その際、反撃してもいいけど、逃げるのが最優先。
妖精に戦死者は出したくない』

 聞いたアリスがニコニコ。
『ありがとう。
それでね、全員をダンの眷属にしたらどうかしらね』
 それは考えていなかった。
『否、しない。
アリスとハッピーだけで十分だよ』
 アリスとハッピーからの好感度が上がったようだ。
二人の周りの空気が生暖かい気がした。
『それじゃあ、私の仲間のままで良いのね』
『それでお願い』

 俺はハッピーに確認した。
『仲間のダンジョンスライム達はどうする』
『ピー、ダンジョンでお腹一杯~』
 ダンジョンスライムはダンジョンマスターの配下として、
ダンジョンの管理一切を行う存在。
ダンジョンの設計着工、施工竣工、そして改装まで行う。
魔物を召喚し、各階に配備し、死亡した魔物や人間を廃棄する。
ダンジョンの宝箱の中身を錬金で造り出す。
他にもあり、多忙を極めている。

 俺は転移転移で国都の屋敷に戻った。
幸い、夜遊びは誰にも気付かれてもいない。
部屋で自分自身に光魔法を起動した。
入浴と洗濯のライトクリーン。
心身の疲労を取り除くライトリフレッシュ。
お肌にダメージは残したくない。
おやすみ。
 翌朝は何もなかった。
普通にモーニングして、学校へ行った。
街中も教室もいつも通り。
木曽の、否、美濃の騒ぎは到達していない。
国軍駐屯地の壊滅が大きいのだろう。
でも、早々に知れ渡るだろう。
美濃の寄親や寄子貴族からの知らせはないだろうが、
領都・岐阜に置かれた各ギルドから伝わる筈だ。

昨日今日明日あさって。(大乱)269

2022-05-28 22:02:53 | Weblog
 クリトリー・ハニーが伯爵に人払いを願った。
初対面の貴族を相手に堂々としていた。
飲むしかなかった。
執事一人を残して下がらせた。
クリトリーが満足そうに頷き、はっきり言った。
「支払い期限は一ヶ月後がなります。
その点、ご承知おき下さい」
 伯爵は承服できなかった。
「この金額を一ヶ月で揃えろと言うのか。
どう考えても無理だろう」
「でしたら、国都の侯爵様にお願いに上がりますか」
 伯爵の実父は侯爵として評定衆に名を連ねていた。
「なにを・・・、ワシの許可なく勝手に会うと言うのか」
「当然でございましょう。
金額が金額ですので」
「ふざけるな、貴様、何様だ。
ワシを虚仮にするのか。
これでも伯爵だ。
人は幾らでもいる。
店に送り込んでやろうか」
 暗に商売を潰すと示唆した。
するとクリトリーが笑顔で返した。
「それは面白い。
潰せるものなら、潰してごらんなさい」

 二人で睨み合っていると執事が口を開いた。
「どうかお二人とも、ご冷静に。
只今、お茶を運ばせましょう」
 水入り、否、お茶入りになった。
執事がドアから外に顔を出し、廊下に控えていたメイドに声をかけた。
「新しいお茶を頼む」

 伯爵は運ばれたお茶を手に、考えた。
国都の父・侯爵に知れたら怒られるどころではない。
まず確実に隠居させられ、弟の誰かが後を継ぐ。
自分は見せしめに鄙な山村に送られ、そこで死ぬまで蟄居の身だ。

 クリトリーがお茶を飲み終えると口を開いた。
「金額に匹敵する仕事があるのですが、如何ですか。
私からの仕事ではなく、友人からの依頼になります。
ご紹介いたしましょうか」
 伯爵は理解できなかった。
代わって執事が尋ねた。
「横から失礼いたします。
その依頼を受けて、完遂すれば相殺になるので御座いますか」
 クリトリーがにこやかに頷いた。
「はい、その通りです。
きちんと契約書もご用意いたします」

 翌々日、クリトリーの友人が屋敷を訪れた。
イマン・ホーン。
彼女は金髪に青いターバンを巻いていた。
挨拶もそこそこに仕事の話になった。
「私共の依頼を受けて頂ける、そうお聞きしました」
「受けるか受けないかは、依頼の内容を聞いてからだ」
「それでは、まずこれを」
 何もない所から封書を取り出した。
亜空間収納スキルを隠そうともしない態度に伯爵は凍り付いた。
普通は隠すスキル。
それを堂々と披露するとは、あしらい難い。

 イマンがテーブルに置いたのは一見すると官製の大型封書。
執事が事務的な態度で封書を受け取った。
裏表を確認するが、目付き、手付きがおかしい。
何やら困惑していた。
しかし、何も言わずに伯爵に手渡した。
 受け取った伯爵は手触りで、ハッとした。
ただの官製封書ではない。
宮廷上層部が用いる物だ。
慌てて封蝋を見た。
王家の印璽。
封は切らず、丁寧に剥がした。
中には定形封書が二通、入れられていた。

 一通目は管領よりの添え状。
これは要するに二通目を保障するもの。
勿論、見慣れた管領の花押があった。
二通目が王妃様よりの命令書。
それは、よりにもよって密勅。
これには当然、王妃様の花押があった。

 一読した。
密勅を要約すると、
「美濃地方の寄親伯爵、アレックス斎藤に下命する。
木曽の領主、ダンタルニャン佐藤子爵が関東代官に組した。
美濃地方の国軍と語らい、近々に兵を挙げる。
彼等の目的地は国都である。
旗下の寄子貴族を率い、一味を早々に討伐せよ」とあった。
 開いた口が塞がらない。
討伐の勅命だ。
封書も印璽も、用紙も花押も本物だ。
が、この様な形で来る事はない。
肝心の使者が・・・、イマン。
有り得ない。
伯爵は疑わし気な視線でイマンを見た。

 イマンは無表情で伯爵を見返して来た。
読めない。
伯爵はその二通を執事に手渡した。
目色で読めと命じた。
受け取った執事は仕方なく目を通した。
唸る、唸る、唸る。

 漸くイマンが口を開いた。
「それがあれば言い訳も出来るでしょう」
「良く出来てる。
誰が見ても本物だと断言するだろうな。
しかし、王妃様と管領様が否定する」
「小さなことは気にしないの。
万一の際は、それが貴方の命を救うわ。
皆に、密勅と騙された、そう叫べは良いのよ。
分かるわよね。
さて、本題はここからよ」
「これが、ではないのか」
「そうよ、それはただの言い訳の材料」

 イマンは執事が読み終えたのを確認して説明した。
「大事なのは木曽の領都を包囲し、攻撃して血を流すこと。
それで大樹海の魔物達を引き寄せて欲しいの。
目的は魔物のスタンピードよ。
貴方は血を流す事に専念して。
スタンピードはこちらで引き受ける。
専門の連中にやらせる。
だから期日はスタンピードが発生するまで。
発生の事実で借金を相殺にするわ。
・・・。
分かったかしら。
聞いた以上は、ナシはなしよ。
こちらが契約書よ」

 イマンが再び亜空間収納から取り出したのは、ちょっと毛色の違う紙。
真新しい羊皮紙。
それをテーブルに置いた。
執事が摘まみ上げた。
「これが契約書ですか」
「ええ、そうよ。
しっかり確認してちょうだい」
 役目柄、文面に目を通した。
契約書の文言を精査した。
読み進むにつれて目色が変化した。
悪い方向へ。
「契約の細目に問題はない。
ただ、書面の枠外の紋様が・・・。
これは『ジイラール教団』の紋様ではないか」

 都雀は彼等を通称『ジイラール教団』と呼ぶ。
冥王・ジイラールを主神として祀っているせいで、
邪教として禁制の対象になっていた。
陰では暗殺教団とも噂されていた。

 伯爵は教団名に怯えた。
それをイマンが片手を上げて制した。
「何も心配ございませんわ。
さあ、サインを下さいませんか」
 脅しも同然の紋様だ。
彼の教団は、斧で対象者の頭をかち割る、そうも噂されていた。
それが仕事の流儀らしい。

 伯爵はサインする前に意を決して尋ねた。
「スタンピードまでは理解した。
それで、どこへ向かわせる」
「良いでしょう。
向かうのは、この国都。
それ以上は教えられません」

 俺は全裸伯爵の自白を止めた。
先が読めるだけに、これ以上は必要ない。
それよりも急ぐ用事が出来た。
直ちに眷属二人に声を掛けた。
『アリス、ハツピー、領都に戻ろう。
スタンピードを誘導する連中がいる様だ』

昨日今日明日あさって。(大乱)268

2022-05-15 10:32:39 | Weblog
 全裸伯爵は慌てて起き上がった。
姿の見えない俺を探しあぐね、斜め上に向けて怒った。
「どこだ、姿が見えないぞ」
 へっぴり腰の気概を見せられても困る。
それでも命令に従ったので【奴隷の首輪】に施された術式が停止した。
怒鳴ったからか、奴は大いに咳込む。
鎌鼬の傷口も痛々しい。
 僕は弱い者虐めは嫌いだ。
鎌鼬で傷付いた奴の身体を治療してやろう。
まず光魔法のクリーン。
傷口を洗う。
しかる後、治癒魔法のヒール。
傷を治す。
でもHPの回復は行わない。
弱ったままにして置いた。

 奴は戸惑った。
魔法もだが、俺の行いが理解できないらしい。
自身の身体を見回しながら、さかんに視線を巡らし、俺を探す。
俺は風魔法を纏い、移動しながら脅した。
「同僚の亡霊達が知りたがっている。
何故、我等の駐屯地を襲った。
全員が納得できるように答えろ」
「邪魔だったからだ」
 【奴隷の首輪】が反応していない。
何の為に邪魔だったのか。
でも演技してみよう。
「邪魔・・・。
それだけで皆を殺したのか」
 雷魔法を起動した。
イメージはヒリヒリ。
奴の心臓には負担をかけない様に留意した。
Go。

 奴がひくついた。
奇妙な声を漏らした。
「ウッヒュー」
 小刻みに震え、手足をばたつかせた。
変則的で、不器用な踊り・・・。
これは面白い、見物だ。
でも見物人がいないのでお金は取れない。
「ヤヤヤッ、メテック、レーーーー」
 少し力を強めた。
イメージはビリビリ。
「アワワワッ、イタイッ、イタイッ」
 奴の手足の動きが早まった。
ドタバタ、ドタバタ。
全身の毛も逆立った。
・・・。
飽きた。
おっさんの裸踊りは楽しくない。
俺は魔法を解いた。

 奴は電気が切れた人形の様に、その場にドッと崩れ落ちた。
こんな奴に時間はかけたくない。
俺は命じた。
「立て。
一切をキリキリ吐け。
ちょっとでも嘘が混じっていたら、魔物の巣に放り込む」
 奴はビクッとし、サッと立ち上がった。
「頼まれた」弱々しい。
「誰に」
「パム・ペインに頼まれた」
「それは誰だ。
どこに住んでいる何様だ」
「国都の貸金業者だ。
ペイン商会。
店は外郭西区画に構えている」
 借金が原因なのか。
「国軍の駐屯地を殲滅し、木曽の領地に軍勢を差し向ける程の金額か」
「ああ・・・、そうだな」

 奴の答えに納得できない。
寄親伯爵であるなら、大抵の借金は何とでも対処できる。
加えて、奴の親父は王家の評定衆の一人。
尚更、家柄と権力が活かせる。
上から目線で棒引きを求めても良し、半減でも良し。
駄目なら、濡れ衣を着せて店自体を潰す事も出来る。
俺はそれを指摘した。
ところが奴の返答は違った。
「奴にはそれが効かない。
奴は、当家の借金を別の業者に売りつけたやがった。
専門の取り立て業者だ」

 貴族の負債を債権回収業者に委託する事は稀にある。
信用のある商人ギルド傘下の業者だ。
でもそれは両者の合意によってのみだ。
「事前に合意したのか」
「知らぬ間に売られていた」
 合意の上なら些少は割り引かれる。
それが知らぬ間にとなると。
「それは、裏の借金か」
 表の借金があれば、裏の借金もある。
裏の借金であれば、そうやたらに表沙汰には出来ない。
債権回収業者も快く引き受けてはくれない。
奴は不機嫌な顔で黙った。
俺は命じた。
「喋れ」
 奴の口は閉じられたま。
首輪が応じた。
ちょっと絞まった。
「ゲッゲー」
 奴の手が首輪に触れた。
俺は見逃さない。
風魔法を起動した。
鎌鼬。
奴の右耳を削いだ。
「ギャーーー」
 鈍い切れ味をイメージしたので、痛みが倍加したようだ。
奴は涙目、両手で傷口を押さえた。

 俺は今回は光魔法も治癒魔法も使わない。
それが奴にも分かったのだろう。
奴は両手で止血しようと懸命になった。
俺は奴に告げた。
「まだ左耳や鼻が残っているな。
ああ、手の指や足の指もあるか。
良かったな、夜は長い、じっくり行こうや」
 奴がついに観念した。 
鼻水混じりの涙を流しながら話し始めた。

 事の起こりは伯爵の性癖にあった。
ギャンブル。
表で行われているカジノや競馬、牛相撲や闘鶏に飽いた彼は、
踏み込んではいけない世界に踏み込んだ。
それはスラムで催されている裏カジノであり、地下格闘技であった。
 裏社会の者達が伯爵を見逃す筈がない。
最初は勝たせる様に細工し、酒と女で接待した。
掛け金が不足すれば貸金業者も紹介した。
寄親伯爵様なので上限はなし。
そんな甘々な姦計に伯爵は嵌った。
 気付いた時には大きく負け越していた。
と言うか、利息が大きく膨らんでいた。
実際に借りた金額より、利息分が占める割合が大きかった。
領地から上がる税収が過少に見えた。
それでも貸金業者からの催促はなし。
いい気になった彼はスラム通いを止めなかった。

 突然、幕が下ろされた。
貸金業者のパム・ペインが伯爵邸を訪れて通告した。
「伯爵様への貸付が大きく膨らみました。
これでは我々の手には余ります。
そこで負債を一割引きでハニー商会に売りました」
 一割引きで親切顔をされた。
それでも返済の目処は立たない。
伯爵は言葉がなかった。
口を開く前にパム・ペインが連れの女を紹介した。
「この者がハニー商会の店主です。
クリトリー・ハニー。
以後はこの者と良しなに」
 パム・ペインは女を残して、サッサと帰って行った。

昨日今日明日あさって。(大乱)267

2022-05-08 08:33:40 | Weblog
 俺はアリスとハッピーに伯爵誘拐の手順を説明した。
聞いた二人はあくどい表情をした。
『それ良いわね』
『ポー、良いかも良いかも』

 俺は虚空からダンジョン産の【奴隷の首輪】を取り出した。
それを風魔法でもって操り、伯爵に装着した。
首元が冷たい筈なのだが、目を覚ます気配がない。
俺は奴に光体を纏わせ、光学迷彩を施した。
奴を透明化して上空に転移させた。
アリスから返事が来た。
『汚い、汚い、汚物。
でも捕獲、捕獲、これで良いのよね』
『パー、汚物お陀仏』
 気持ちは分かる、
何故なら、伯爵と言えども、おっさん。
それも裸体。
全裸伯爵を見て嬉しい訳がない。

 俺も上空に転移した。
アリスとハッピーの方を見た。
二人は魔物・コールビーの、エビスゼロとエビス一号の三対六歩足で、
全裸伯爵を捕獲していた。
上半身をアリス、下半身をハッピー。
幸い光体が緩衝材の役割を果たしているので、伯爵の身体に傷はない。
その伯爵に目覚める気配は一向にない。
完全に熟睡していた。
 俺は尋問場所を探した。
鑑定を広げた。
見つけた。
街道を西に向かった先にそれがあった。
道の駅だ。
宿場町と宿場町の間に設けられた野営地だ。
駅馬車や荷馬車なら二十輌ほどが収容できる。
【魔物忌避】の術式が施された石柱が周囲を囲んでいるので、
安全性は極めて高い。

 今回の騒動が伝わっているのか、夜営している者はいない。
俺達はそこに着地した。
伯爵を広場の真ん中に下ろして、光体を解いた。
全裸で石畳に寝かされているのに、ここでも目を覚ます様子がない。
泥酔なのか、鈍感なのか。
俺はアリスとハッピーに指示した。
『周囲を警戒してくれ』
『魔物を見つけたら討伐して良いのね』
『パー、パッパラパー』

 俺は優しく水魔法を起動した。
ただの水の塊を、奴の頭上から浴びせた。
それで漸く奴が奴が目を覚ます気配、身動ぎした。
もう一発。
片目を開けた。
何やら口を開いた。
「ふにゃ・・・、なにごと・・・」
 もう片方の目も開けて呟いた。
「だれか・・・、おらぬのか」
 片手を上げて、何かを探る動き。
触れる物はない。
すると片手を下げて、両目を閉じた。
眠りの戻るかと思いきや、違った。
ビクッと身体を震わせ、身体を丸めた。
「寒い」
 それはそうだろう。
水を浴びせたのだから。
奴が目を見開いて、ガバッと上半身を起こした。
「何事だ、雨か、濡れているぞ」
 現状に気付いたようだ。
暗い中、左右を見回した。
そして怒鳴る。
「誰か居らぬか、誰か」
 漸く星空に気付いた様子。
「ここはどこだ」

 俺は声が届く位置に土魔法で椅子を造った。
肘掛タイプ。
それに腰を下ろして伯爵に声をかけた。
「君は自分の首に付いてる物が何か知っているか」
「誰だ」
 奴は星明りを頼りに辺りを見回した。
見える筈がない。
俺は光学迷彩を解いていないのだから。
奴は周囲を警戒しながら首に手を添えた。
そして声にした。
「これは」
 外そうとした。
ちょっとの隙間に強引に指先を捻じ込んだ。
力を込めた。
無理だと思うが、それで外せるのなら開放してあげようか。
「【奴隷の首輪】だよ。
力では外せないと思う。
どうしても外したいのなら、首を切り落とすのが一番手っ取り早い。
やってみたいのなら、僕が手伝ってあげようか。
切れ味の悪い鋸を持ってるんだ、ただで良いよ、どうだい」

 伯爵が黙った。
首輪から手を放し、躍起になって俺を探す。
頼りになる灯りは星明りだけ。
きょろきょろ前後左右を見回し、挙句には上も見た。
やがて諦めたのか、力のない声。
「どこにいる」
 俺は相手した。
「見える訳がないだろう。
俺はお前が殲滅した駐屯地の将兵の一人だ。
要するに亡霊だな」脅した。
 
 途端、奴の表情が強張った。
ビクリ、ビクビク。
離れ様として座ったまま後退りした。
「まさか」
「そのまさかだよ」
 図に乗ってみた。
サービスで奴の頭に水の塊を落してやった。
「ヒャー」
 行き成りの事に、奴は驚いて転げ回るしかなかった。
石畳の上を子供が遊んでいるかの様に、ジタバタ、ゴロゴロ。
面白い。

 俺はサービス精神を発揮した。
開店大サービス。
「俺だけじゃない。
同僚達も大勢いる」
 風魔法を起動した。
狙いは奴、全裸伯爵。
四方八方から鎌鼬を叩きつけた。
奴の外皮に無数の浅い傷をつけて翻弄した。
辺りに響き渡る悲鳴。
「助けてくれー、許してくれー」
 奴が俯せになった所で閉店した。
身動ぎ一つしない。
死んだ訳ではない。
鑑定によると、HPが半減していた。
水浴びと亡霊出現による心理的効果が大かも知れない。
ひ弱だな、全裸伯爵。

 俺は奴に命じた。
「起きろ。
起きて俺を見ろ」
 聞こえている筈なのに、奴は起きない。
気絶した振りして場から逃れようとしているのかも知れない。
だが、それは悪手。
所有者や使用者の命令に従わねば、
【奴隷の首輪】に施された術式が発動する。
首輪が少し絞まった。
「ウゲーー」
 伯爵が潰されたカエルの様な声を上げた。
両手を首輪に伸ばした。
外そうとした。
人の手で外せる訳がない。

昨日今日明日あさって。(大乱)266

2022-05-01 10:49:53 | Weblog
     ☆

 俺達は短時間で領都・ブルンムーンの上空に辿り着いた。
星明りに紛れて、下界を見遣った。
アリスが呻いた。
『東側に魔物達が列を成しているわよ』
 ハッピーも同意した。
『ポー、魔物だらけだっペー』
 俺は探知と鑑定を重ね掛けして、全容を調べた。
いるわ、いるわ、東門に隣接する森に、弱いのから強いのまで。
普段は遭遇するなり衝突に発展するのに、今はそれがない。
互いに距離を置き、人の争いを注視していた。
何かの切っ掛け一つで動き出すかも知れない。

 代官のカール達を見つけた。
副官のイライザや複数の領兵を従えて、外壁の上から森を窺っていた。
魔物が集まっているのに気付いたのだろう。
どうする、カール。
ここを守り抜く手段はあるのか。
 イライザがカールに何事か囁く。
頷くカール。
仲が良いことで。

 俺は視線を魔物達へ転じた。
奴等を屠るのは簡単だ。
範囲攻撃、その魔法一発で済む。
だが、魔物は木曽の大事な資源。
徒や疎かには扱えない。
穏やかに退いて欲しい。
そこで俺は自分のステータスを確認した。
何かないか・・・。
 あった。
氷魔法。
幸いにも、レベルが低いから指定範囲全てを凍らせる事は出来ない。
今回はそれで間に合う。
凍り付かせて殺すのが主旨ではないのだ。
退かせるだけで十分なのだ。
これに水魔法を重ね掛けすれば万全だろう。

 俺はアリスとハッピーに手短に作戦を伝えた。
『そう、それだけなの、詰まんない。
まあ、それで皆が救えるのなら協力するわよ』
『パー、分かった』

 二人が配置に就いた。
それを確認して俺は魔法を起動した。
レベルが一つ上の水魔法でエリアを確定してからの氷魔法、重ね掛け。
イメージは氷雨。
 一瞬で空気が変わった。
間を置かず、高度から雨が振り始めた。
初手こそ雨粒だったが、直ぐに小さな氷の粒が混じる様になった。
それが霰とも雹ともつかぬ物に育つのに時間は要しない。
氷雨が魔物達を襲う。

 風上からアリスとハッピーが風魔法を起動した。
俺が希望したのは肌を刺す冷気。
二人は俺の注文に応えた。
文字通りの寒風が発生した。
魔物達が潜む辺り一面を、上空より冷たい風が吹き付けた。
氷雨とのダブル。
まるで極北に居るかの様。
ドラゴンのブレスブリザードには負けるが、
この辺りの魔物では耐え切れぬだろう。

 まず数の多いゴブリンが脱落した。
頭上から降り注ぐ寒風や雹、霰に辟易したようで、
それぞれが棲み付く集落へ、東へ、北へ、南へ、群れ成して退いて行く。
 次いでパイア。
こちらは幾つもの小集団になって、木陰から木陰へ小走りし、
森の奥へ消えて行く。
 そしてモモンキー。
知能を活かし、雹や霰が降らぬ方向を見定めると、そちらへ向かう。
それは上位種のヒヒラカーンも同じ。
大樹の陰から陰を選びながら、外壁から遠ざかって行く。

 残ったのはヘルハウンドやガゼラージュの類。
寒さに強いようだが、そんな彼等も足下に積もる雹や霰には困った。
時折、蹴って散らす。
やがて一頭、一頭、踵を返して行く。
アリスが俺に呼び掛けた。
『これでスタンピードはないわね』
『ピー、ないない』ハッピー。

 外壁から見ていたカール達には影響しないが、
それでも寒風に乗って雹や霰が飛んだのだろう。
驚きの声が上がった。
「冷たい風だ、季節にはまだ早いだろう」
「雹も」
「霰だろう」
「こんな奇妙な天気は初めてだ」
「魔物の数が減ってる」
 カールの声が聞こえた。
「イライザ、チョンボに乗って外を調べてくれ。
ただし、遠目にだ。
決して接近するな」
「了解、直ちにチョンボを呼びます」
 
 俺達は場所を変えた。
敵軍の真上に移動した。
こちらは平和なもの。
各所に立哨や巡回する兵はいるが、大半は天幕の下で寝転がっていた。
疲れていても、それはそれ。
妙に元気な者達も存在した。
そんな彼等は帯同している従軍慰安婦や酒場の陣幕に突撃していた。
嬌声や言い合う声が聞こえた。
まあ、それも致し方ないこと。
人は人を殺す為に生まれた訳ではない。
立場の低い者はそれを強いられるだけ。
逃れないから女や酒に逃れる。
ほんとう、ご苦労様。
だからと言って俺は許さない。
ここは俺の領地、守るべき場所。

 アリスに尋ねられた。
『ここも冷やす』
『プー、かんぷうかんぷう』
 それでは芸がない。
大軍の中から伯爵一人を誘拐しよう。
そして尋問しよう。
今回の行動の理由を聞かせてもらおう。
 俺は探知と鑑定のスキルを最大限に活用した。
まず敵本陣を探した。
それは直ぐに見つかった。

 伯爵軍。
相手が籠城しているとはいえ、陣構えはきちんとしていた。
基本通りで、付け入る隙が無い。
もっとも、それが夜襲を受けて機能するかどうかは分からない。
あくまでも基本通りなのだ。
 伯爵本人を見つけ、その上に移動した。
伯爵一人では広すぎる天幕。
生憎、一人ではなかった。
従軍慰安婦が三人いた。
裸になった四人が広いベッドに寝転がっていた。
戦い疲れたのか、それなりの音色の、いびきをかいていた。
ベッドの下には空になった酒瓶が転がっていた。
アリスが言う。
『冷やしてやろうか』
『ペー、キンキンに』
 人をキンキンに冷やしたら駄目だろう。
冷やして良いのはビールとタマタマだけ、たぶん。

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