金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(動乱)420

2015-02-28 21:23:01 | Weblog
 呆れ顔の李儒をよそに、董卓がマリリンに問う。
「お主の事情は韓秀殿から聞いている。
この先、どうする。
よかったらワシの家臣にならないか。
ワシの家臣で不足なら国軍の士官に推挙しても構わん」
 韓秀は子息二人の行く末の為、董卓に取り入ろうと必死であった。
そんなところから関心を引くため、マリリンの事情まで明け透けに話したに違いない。
その様が目に浮かぶ。
「今のところは赤劉家の居候で満足です」
 マリリンの返答に、傍近くにいた許褚と華雄が顔を綻ばせた。
 董卓は、「欲がないな」と笑顔を見せ、
「許褚と華雄はどうする」と二人を振り向いた。
 許褚が生真面目な顔で即答した。
「俺も暫く居候を続ける」
 一方の華雄は困ったような表情を浮かべた。
マリリンに強引に弟子入りした手前、勝手な行動は出来ない。
しかし董卓からの仕官話しは実に魅力的。捨て難い。
 そこでマリリンが華雄に助け船。
「華雄、貴男は子持ちでしょう。
私には何の遠慮もいらないのよ
娘の雪梅の幸せを一番に考えなさい」
 マリリンの中のヒイラギが怒った。
「華雄を手放すつもりか。
董卓の下に置けば、いずれ討ち死にの運命だぞ」
 それは私も分かっているわ。
でもね、稼ぎのない親を持つ雪梅が不憫でならないのよ。
「その雪梅が孤児になるんだ」
 そこが問題なのよね。
どうしたものかしら。
 華雄がマリリンを見た。
「師匠、俺も居候を続けていいかな」
「後悔しない」
「たぶん、しないと思う」
 董卓はお手上げの表情を浮かべた。
「しようがないか」
 もう一人の居候、呂布は郭夷と先行していて、今は姿が見えない。
その呂布のことを董卓に問う。
「呂布に仕官話しはしなかったのですか」
 董卓はまたもや、お手上げの表情を浮かべた。
「あれには、にべも無く断られたよ。
何やら個人的事情で、それどころでは無いらしい」
「れいの人探しですか」
「聞いたのか」
「詳しくは話してくれません。
遠慮深いのか、私達が頼りないのか」
「迷惑をかけたくないのだろう。色々複雑だから。
それに顔を覚えているのは呂布一人。
知らぬ我らでは何の力にもなれない」
 と、異な臭い。
これは・・・。
これまでの草木の焼ける臭いとは明らかに違う。
風に乗り、それが飛んで来た。
肉の焼ける臭い。
人か、馬か、獣か、それは確とはしない。
進むに従い風が熱さも伴って来た。
 マリリンは慌てて、首に巻いていた布を鼻まで引き上げた。
みんなも同様に鼻を布で覆う。
少し進むと先行していた呂布と郭夷を見つけた。
二人は高台で前方を凝視していた。
マリリン達が近付いても振り返らない。
そこに馬を並べると熱気が押し寄せて来た。
 広大な原野が見回せた。
手前はほとんどが焼け野原。
まだ燻っているところもあるが、大方焼き尽くしていた。
火災自体はまだ収まってはいない。
西の原野が炎に包まれていた。
 手前の焼け野原は何進大将軍が布陣していた場所。
注意深く見ると何が焼けているのかが判明してきた。
線のように連なっているのは馬止めに並べた盾。
小さな塊は荷馬車。
より小さな塊、それは連弩。
天幕は焼け落ちてしまったようで姿も形もない。
そして、目を逸らしたくなるが人、人、人、それから馬。
 動いている物は、現場の熱さを物ともせずに舞い降りる鴉の群だけ。
焼け焦げた人馬に黒山のように群がっていた。
あまりの惨状に誰も口を利かない。
 視界の隅に微かに動く気配を捉えた。
左方。
延焼を免れた一帯があり、その丈の高い草むらの陰。
何やら潜んでいる気配。
ただ、殺気だけは感じ取れない。
 マリリンは何も言わず、そちらに馬を進めた。
呂布達が同行しようとするが、それを断り、ただ一騎で向かった。
草むらの手前で馬を止め、草陰に向かって呼び掛けた。
「私達は官軍よ。大将は董卓将軍。さあ、出て来なさい」
 予想していた通りだった。
武器を持たぬ兵士達が、ぞろぞろと出て来た。
六人。
それぞれが心配気にマリリンと董卓達に視線を走らせた。
服装から判断すると、正規の官軍ではないらしい。
「貴男達は大将軍の軍勢に加わっていたのね」
 一人が怖ず怖ずと答えた。
「私共は洛陽の者です。
兵力が不足しているというので志願したのです」
「逃げ遅れたのね。もう大丈夫よ。
董卓将軍の手勢がもうじき到着するわ」
 その言葉に六人が安堵の表情を浮かべた。




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白銀の翼(動乱)419

2015-02-24 18:25:03 | Weblog
 董卓は何進の指揮下に入った者達の名に目を剥いた。
「ほう、良家のお坊ちゃま達が揃ってるな。
・・・。
何進殿が人誑しなのか、連中に人を見る目がないのか」
 李儒が至極当然のように言う。
「何れも欲のある連中ばかり。
特に袁紹、袁術、曹操あたりは強欲です。
おそらく何進殿を踏み台にするつもりでしょう」
「踏み台・・・、それも世の習いか」
 袁紹と袁術は三公を輩出した汝南袁氏の血筋。
共に同世代であった為、汝南袁氏筆頭の座を巡り、互いを大いに意識していた。
それに決着を付ける決め手は朝廷内での出世しかない
二人が何進の下に駆け付けたのは正しい判断であった。
いずれ、順当に行けば何皇后の産んだ皇子が皇位を継承し、次代の皇帝となる。
そうなれば皇帝の伯父にあたる何進が絶大な権力を握る。
となれば先物買いで、今から何進の下で手柄を立てるに如くはない。
たとえ小さな手柄でも徒や疎かには出来ない。
 一方、曹操の家は宦官で最高位を勤めた曹騰が生家を再興させたもの。
気心の知れた夏侯家より養子を貰い受け、曹家を継がせた。
曹家、夏侯家ともに袁家よりも由緒ある名門で、その血統は前漢へまでも遡れた。
曹家を昔のような武門の家柄として盤石にするのが、曹家夏侯家双方の願いであった。
その為に何進の下に駆け付けた。
 董卓は暫し考えたが、結局、黙って引き揚げることにした。
「どこに敵の目が有るか知れたものじゃない。
尾行されぬように、こっそり引き揚げよう」
 日暮れとともに何進大将軍率いる官軍陣地の篝火が燃え盛った。
今にも夜空を焦がさんばかり。
大軍の余裕か、周辺を見回る人員にも事欠かない。
隙のない巡廻が行われた。
 ところが深夜、風上で火の手が上がった。
複数の箇所の枯れ草に火が点けられたのだ。
辺りが火炎の明るさに照らし出された。
そこには多勢の人馬の影。
燃え盛る炎の後方から次々と火矢が射られた。
夜空に高々と射られ、それが官軍陣地に向けて降下して行く。
 飛来する火矢で官軍陣地が混乱した。
混成軍なので元々連携の悪い指揮系統が、あっという間に断ち切られた。
これほど絶え間ない火矢攻撃を受けては反撃の余裕はない。
それに両者の間には燃え盛る炎があり、そこは馬で以てしても越えられない。
為す術がない。
飛来する火矢が雨あられ。
悲鳴が上がり、怒号が飛び交う。
多くは踏み留まらない。
火を消そうともしない。
同じ様に誰も、「火を消せ」とは言わない。
「逃げろ」とも言わない。
それぞれが手前勝手に逃げて行く。
火炎の明るさを避け、暗闇に紛れて逃げて行く。
 気の利いた者達が繋がれた馬の手綱を切り、馬を解き放つのだか、
それが混乱に輪をかけた。
あちこちで人と馬が衝突した。
中には恐怖のあまり同士討ちする者も出る始末。
 鮮卑の騎馬隊は当初の位置に踏み留まったまま。
突撃の誘惑にも駆られるのだが、暗闇での味方同士の衝突を懸念し、
ただひたすら火矢攻撃のみに専念した。
原野ごと焼き尽くす気構えのように思えた。
 やがて風向きが変わった。
横向きに転じた。
それを機に鮮卑の騎馬隊が撤収を開始した。
それにしても一兵も損じず、漢帝国軍を撃退したことは奇跡だろう。
漢帝国軍に大軍の余裕から油断が生まれたのだろう。
そのお陰で風上に接近が出来た。
鮮卑の騎兵達はよほど嬉しいのだろう。
自然発生的な勝ち鬨が、あちこちから上がった。
それが静かな星空に響き渡って行く。
 マリリンは天幕の外を走り回る足音で目覚めた。
夜更けの巡廻にしては騒がしい。
「敵の襲撃か」と思ったのだが、急を告げる声は上がらない。
でも何かが起きていた。
急いで起き上がると枕元の剣を掴んだ。
枕を並べている呂布、許褚、華雄は高鼾。
三人を起こさぬように足音を忍ばせて天幕から飛び出した。
幾人かが走り回り、幾人かが夜空を見上げていた。
一部に雲がかかった星空。
その星空の下、遠い南の方角が妙に明るい。
夜空を見上げている者達は、そちらを向いていた。
誰かが、「山火事」と呟いた。
「こちらにまで延焼せぬか」と一人が心配した。
「遠いから、こちらまでは延焼せぬだろう」と一人が打ち消した。
 マリリンは思い当たった。
昨日、何進大将軍が布陣した辺りではないか。
予期せぬ事態に言葉もない。
 同じ天幕から呂布、許褚、華雄も飛び出して来た。
マリリンに肩を並べた。
珍しく許褚が、「起こして下さいよ」とマリリンに愚痴った。
華雄が大声で、「あの辺りは大将軍の陣地」と言う。
呂布が、「おそらく夜討ちを受け、焼き払われたのだろう」と結論づけた。
 夜明けと同時に董卓軍二千騎が進発した。
鮮卑の騎馬隊を警戒しながら、何進大将軍の陣地を目指した。
火事はまだ消えてはいない。
あちこちから煙が立ち上っていた。
 先鋒の前を行く物見はマリリン達四騎。
呂布、許褚、華雄。
陣地の場所を知っているので董卓に抜擢されたのだ。
ところが進発して間もなく、董卓が少数の騎兵を率いて物見に加わって来た。
前日と同じで李儒と郭夷も当然のように帯同していた。
「将軍、勝手に前に来て良いのですか」とマリリンが疑問を呈した。
「それがしも、そう思う。
大将には真ん中で、でんとして欲しい」と李儒が顔を顰めた。
 董卓がマリリンに馬を寄せた。
「敵は物見や先鋒は見逃す。
狙うのは真ん中辺りにいる大将だ」と言って李儒を振り返り、
「襲われたらワシは真っ先に逃げるぞ」と笑う。




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白銀の翼(動乱)418

2015-02-22 08:11:26 | Weblog
 董卓軍は予想以上に多くの兵を失った。
加えて、重軽傷者のみならず疲労困憊している兵達は都に引き揚げさせた。
その為に宿営地に残った兵力は当初の半数の二千騎ほど。
それでも士気に衰えはない。
赤劉家勢の合流が天佑となった。
兵力としては僅かだが、マリリンを含む四騎の存在が、みんなに目に見えぬ力を与えた。
圧倒的な強さを目撃しているので、誰もが勝利を信じて疑わない。
 これからと言うときに鮮卑の騎馬隊が姿を消した。
撤退したのであれば良かったのだが、そうではなかった。
索敵の為に物見を四方八方に放った。
そのうちの何組かが戻らないのだ。
どうやら敵に遭遇し、討ち取られたと判断するしかない。
 物見の一組が吉報を持って戻った。
本陣に、「北上して来る軍影が遠くに見えた」と報告した。
洛陽からの味方としか考えられない。
 マリリン達は董卓に呼ばれた。
四人揃って本陣に入ると、
「洛陽からの迎撃の軍だと思うが念の為に確認したい。一緒に来てくれ」
と董卓に頼りにされた。
董卓自らが物見に出る、と言う。
側近の李儒が反対するのだが、聞く耳を持たない。
董卓は宿営地を国軍の将校に委ね、物見に出た。
それにマリリン達も付き従う。
他には李儒、郭夷に近習の騎兵十騎。
合わせて十七騎での物見となった。
 北上して来る軍勢に遭遇出来るであろう場所へと向かった。
敵と出会わぬように警戒を怠らず、慎重に、かつ早く移動した。
「北上して来る軍勢は多勢なので、見通しの良い場所を進軍して来る」と推測した。
途中、だだっ広い原野を見つけた。
その手前で董卓が馬を止めた。
辺りを見渡した。
特に地形を注意深く観察した。
 李儒が進言した。
「このまま進むと見通しが良いので発見されてしまいます」と言い、
左の小高い丘を指さし、
「あそこの雑木林なんかは如何ですか」と。
 丘の雑木林に馬で乗り入れた。
馬を後方に隠し、人間は最前の木陰草陰に伏した。
 それほど待たされなかった。
百騎ほどが現れた。
先鋒が放った物見であろう。
遙か離れた後方には砂塵が舞い上がり、大軍であるのを示していた。
 それを遠くから見ていた李儒が隣の董卓に報告した。
「国軍の騎馬隊です」
 その国軍の百騎が原野の真ん中辺りで止まった。
十騎四組が四方に散開し、速歩で馬を進めた。
何やら時々、馬を止めて足下を見回していた。
 李儒が言う。
「もしかすると、この辺りで宿営するつもりかも知れません」
 董卓が応じた。
「そうか。まだ日は高い、宿営には早いだろうに。
・・・、ここで鮮卑の騎馬隊を迎え撃つ陣地構築か」
「それも無きにしも非ずですね。
ここなら、だだっ広いので大軍同士の会戦には適しています」
「鮮卑の騎馬隊相手にいい度胸だな」
 やがて先鋒の部隊が現れた。
二千余の騎馬隊。
十数両の荷馬車を中心にして布陣した。
荷物を次々と下ろした。
木の大きな盾。
それを次々と並べて行く。
馬止めとするようだ。
「あの旗印は何進将軍。
本当に陣地構築をするようですよ。大丈夫ですかね」と李儒が董卓を振り向いた。
 董卓も、「大丈夫も何も相手は鮮卑だからな」と首を傾げ、
次の瞬間には背筋を伸ばし、
「おいおい、何進将軍の旗印の他に国軍大本営の旗印がある。
だとすれば大将軍じゃないか。
大抜擢なのか、それとも人がいないのか、官位の大安売りなのか」
と半分驚き、半分皮肉を言った。
 李儒が唸った。
言葉にはしない。
 大将軍は武官の最上位にあり、朝廷では文官最高位の三公と同列である。
非常時にのみの臨時的措置で、平時に置かれることはない。
大将軍ともなると国軍大本営の旗印の下、数多の将軍をもその指揮下に置いた。
それは朝廷の危機感の表れでもあった。
 時間はかかるが、後続の幾つもの部隊が到着を始めた。
何れもが国軍大本営の指示に従い原野に散開し、
それぞれが荷馬車を中心にして布陣した。
どうやら全ての部隊が荷馬車に木の盾を積んで来たらしい。
「準備は万端と言ったところですかな」と郭夷が鼻で笑った。
 董卓も笑った。
「敵が注文通り攻めてくればな」
 日が沈む前に陣地構築が終わった。
大本営をど真ん中に、幾つもの小さな部隊を周囲に配置し、大きな円陣を組んでいた。
巨大な見事な円陣だ。
それぞれの部隊から物見の騎兵複数が駆けて出た。
 篝火の支度も怠りがない。
次々と点火された。
一部では煮炊きも始まった。
煮炊きの煙で敵に存在を知らしめ、おびき寄せる算段なのかも知れない。
 董卓は味方と連絡を付けようとはしない。
その点をマリリンが問う。
「出向かなくて良いの」
 董卓がニコリと笑う。
「何進殿は生まれつきの武人じゃない。
妹の出世とともに引き上げられただけ。
周りに人材を集めて武人を気取っちゃいるが、腹が据わっていない。
そんな奴の下に付くのは極力願い下げだな。
一蓮托生で沈むのが落ちだ」
 李儒が、
「その人材ですが、周りの旗印からすると、袁紹、袁術、曹操、橋瑁、孔伷、劉岱、
張邈と揃っています。
それぞれが屋敷の兵力を引き連れて参戦しているのでしょう」と言う。




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白銀の翼(動乱)417

2015-02-18 21:12:15 | Weblog
 何美雨は魔鏡を手に持ち、室内を見回した。
足下に倒れている宦官は虫の息。
頼りとしていた老女官、黄小芳は立ち尽くして茫然自失のまま。
新たに外から飛び込んで来る者はいない。
騒がしく走り回る物音も聞こえない。
 隅の卓上に歩み寄り、魔鏡を置いた。
懐から短剣を取り出し、それも置いた。
それが済むと窓から差し込む陽射しの中に入り、衣服を脱ぎだした。
血に塗れた衣服を次々と足下に落とした。
汚れていない肌着さえも脱いだ。
陽射しの中で一糸纏わぬ姿となった。
細身であるのと同時に顔の造りが幼いので女児にしか見えないが、既に十三才。
身体に女性的な丸みがあれば少女と言っていいのかも知れない。
ただ残念なことに、その兆しはない。
 老女官の方を向いて鋭い声を飛ばした。
「黄小芳。目を覚ましなさい」
 その一言で黄小芳が正気に返った
あたふたと室内を見回し、何美雨のところで視線を止めた。
ほっとした表情を浮かべた。
それから全裸に目を丸くした。
直ぐに咎めた。
「なんて格好をしているのです。お行儀の悪い」
 何美雨は床に転がっている宦官を指さした。
「血で汚れたのよ。着替えるのを手伝って」
 黄小芳の視線が宦官に向けられた。
嫌そうな表情を浮かべた。
「早まりましたね。買収できましたのに」
「こんな小物にビクビクするのは嫌よ。
幸い一人と分かったのだから、何の後腐れもないわ。
そなた、後始末は得意だったわよね。お願いね」
 後宮で密殺されたり、不審死する者は年に数人はいた。
外聞を憚り、その度に内々に処理するのが黄小芳の仕事の一つ。
たいていは汚物として後宮から運び出し、都の郊外に打ち棄てるのが慣例であった。
「しようがないですね。次からは慎重に行動して下さい。
それでは着替えましょう。何かご希望は御座いませんか」
「んー、・・・。
着替えるより先に、銅鏡に紐を付けてくれないかしら。
首から下げたいの」
 黄小芳は銅鏡と何美雨を見比べ、続き部屋から赤い紐を持って来た。
それを銅鏡の上部の穴に通し、手頃な長さに調整した。
「肌着の上からにしますか」と何美雨に問う。
「このままで良いわ」
 黄小芳は呆れたような表情。
それでも文句は言わない。
渋々といった感じで素肌の上に銅鏡をかけた。
 驚いた。
首から下げても重さを感じない。
金属のゴツゴツした感触もない。
金属の冷たさもない。
まるで下げた瞬間から身体の一部と化したみたいだ。
 何美雨の満足そうな表情を見て、黄小芳が忙しく動き始めた。
続き部屋に置いてある衣服を次々と運び込み、窓辺の陽射しの中に並べた。
それにこの部屋に置いてある衣服も加えた。
肌着も含めると、かなりの数になる。
 これには呆れた。
「こんなには着られないわよ。私を着倒れさせるつもりなの」
 老女官は鼻で笑っただけ。
衣服と何美雨をこれまた見比べた。
そして何着か選び出し、試着させ、手早く一つに絞り込んだ。
「これにしましょう」と決め、何美雨の意見は聞かず、さっさと着替えを済ませた。
 黄小芳は何美雨を改めて見た。
「なかなか似合ってます。
・・・。
それにしても貴女様の手際の良さには驚きました。
短剣の業はお父様に鍛えられたのですか」
「父からは何も教わってないわ。
刃物に慣れてるのは、血筋なのかも知れないわね。
知ってるでしょう。我が家が屠畜を生業にしていたことは。
教えられなくても獣を仕留める業が身に付いているのかもね」
と何美雨は自分を卑下しながら、懐に手をやった。
魔鏡が何やら暖かい。
熱を放出しているのではなく、春の陽射しのような緩い暖かさ。
それが身体の隅々に染み渡って行く。
「これからは、もう少し静かに暮らして下さいね」と黄小芳。
「その先には何があるの」
「はあ」
「ここで私は何時まで隠れて暮らせば良いの」
「それは」と黄小芳が絶句。
「いつまでも隠れて暮らすのは嫌よ。
そろそろ行こうかしら」
「どこへですか」
 悪戯っぽい表情で何美雨が答えた。
「何皇后のところよ。
そろそろ挨拶しないとね」




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白銀の翼(動乱)416

2015-02-15 07:44:13 | Weblog
 宦官が鋭い眼光で何美雨と黄小芳を見据えた。
「申し開きは太后様、皇后様の前で」と断固たる態度。
 しかし黄小芳の表情は変わらない。
「そなたは誰を相手にしていると思うの」と冷静な声音。
 宦官が何美雨を値踏みする目付きで見た。
「知らん。その女児は何者なんだ」
「知らないほうが、そなたの幸せよ」
「何を・・・」と宦官の表情が歪む。
「後宮祖廟の儀式のおりに、密かに後宮に招き入れられた方がいたでしょう。
さる高貴なお家のお嬢様が。
そなたは管轄外でも、噂くらいは聞いたでしょう」
「それは・・・」と宦官の目が泳ぐ。
 黄小芳の態度は終始一貫していた。
その自信ありげな態度が宦官を弱気にさせた。
百戦練磨の老女官は見逃さない。
「聞くけど、この方は手配でもされているのかしら」
 宦官、「それは・・・」と息を呑み、「一体、何者なんだ」と声を潜めた。
 相手の揺らぎを黄小芳が突く。
「手配もされてないのに、捕らえて、どうしようと言うの。
罪人に仕上げるの、こんな年端も行かぬ子を」
 黙ったままの宦官に黄小芳が言葉を重ねた。
「そなたに、どんな益が有るというの。
手配されてもいない者を捕らえて、褒美が出ると思うの。
ようく考えなさい。
この件が私一人の判断である分けがないでしょう。
我らの背後に誰かいるとは思わないの。
庇護している方の怒りを買うとは思わないの」
と矢継ぎ早に言い募った。
 宦官の表情が変化した。
当初の自信たっぷりから葛藤へと転じた。
 老女官が最後の一押し。
「そなたが見逃してくれれば、庇護を命じた方にお願いして、
なにがしかの褒美を差し上げましょう」
と嘘に嘘を重ねた。
 それまで成り行きを見守っていた何美雨が老女官の背後から顔を出した。
意識して、あどけない笑顔を作り、宦官に鎌をかけた。
「そなた一人であれば、褒美は独り占めよ」
 満更でもない表情で宦官が頷いた。
「一人です」
 何美雨は詰めの確認をした。
「ここはどうやって見つけたの」
 相手が女児とみて、宦官の口が軽くなった。
「このところ黄小芳殿の動きが怪しかったので、そっと後を付けて来ました」
と得意げに語った。
 それだけ聞けば充分。
黄小芳は怒るだろうが、始末する事にした。
宦官に歩み寄り。手にしていた銅鏡を差し出した。
「私の正体が知りたいのでしょう。
これをご覧なさい。
見る目が有るのなら、分かる筈よ」と軽く挑発した。
 宦官は相手が女児なので油断しきっていた。
銅鏡を受け取るや、裏面の紋様に解く鍵があるとばかり、舐めるように繁々と見た。
 宦官の関心が銅鏡に移ったと判断するや、何美雨の細い右手が走った。
爪先立ちとなり、上半身を捻りながら、右手が振り上げられて左へと弧を描いた。
目にも留まらぬ早業。
その手には薄刃の短剣が握られていた。
夜歩きで見つけた物だ。
おそらく婦女子用だろう。
それを懐から素早く取り出し、この凶行に及んだ。
切れ味は鼠で試していたので、良く分かっていた。
切っ先が宦官の喉をスパッと切り裂いた。
一度では終わらない。
二度、三度と喉を切り刻む。
鮮血を浴びても、たじろがない。
 宦官は悲鳴一つ上げられなかった。
喉に開いた傷口から鮮血と空気が同時に噴き出した。
手から銅鏡を落とし、立木が倒れるかのように、前のめりにドッと倒れた。
自分の身に何が降りかかったのか、理解する暇もなかったはず。
 黄小芳も状況は同じようなもの。
口を半開きにして茫然自失。
心身共に固まった。
 何美雨の目は冷めていた。
自分の方へ倒れて来た宦官を無造作に躱した。
殺した相手への憐憫の情も、自分の凶行の反省もない。
慣れた手つきで短剣の血を袖口で拭い、悠々と懐の鞘に仕舞う。
次に衣服の裾を持ち上げ、顔に浴びた血を拭い取った。
それから、ようやく宦官に目を遣った。
目色は変わらない。
視線が傍に落ちている銅鏡で止まった。
血に塗れているが無頓着に拾い上げた。
と、銅鏡から熱を感じ取った。
何やら異な感覚。
まるで生きているかのよう。
 魔鏡。
銅鏡の中に、そう呼ばれる物があった。
持ち主に特異な感性があり、長年に渡って丁寧に銅鏡を磨いていると、
希に銅鏡に持ち主の念が込められる。
その念が、何かの切っ掛けで、これまた希に、命に昇華する。
命を与えられた銅鏡、それが魔鏡。
命を与えられた魔鏡は、「持ち主の念を増幅させる」とも言われていた。
呪術師等が、「何としても手に入れたい」と願う物だ。
 何美雨は見掛けは女児だが、中身は悪霊怨霊の類。
特異な体質であった。
短い期間であったが、その手で銅鏡を磨き上げた。
その際、念が込められたのかも知れない。
そして、それが血を浴びることによって、命へと昇華したのだろう。
そう思うしかない。
手に持った銅鏡から命の息吹を感じるのだ。
 魔鏡に血は、こびり付かない。
全てが自然に奇麗に流れ落ちて行く。




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白銀の翼(動乱)415

2015-02-11 22:12:25 | Weblog
 何美雨は銅鏡を磨く手を止めた。
両手で持ち上げて仕上がり具合を確かめた。
窓辺なので鏡面が陽射しを受けて光り輝いた。
少し傾けて鏡面に映る自分を見た。
小さな鏡面に可愛い女児がいた。
予想以上の仕上がり。
思わず会心の笑み。
 黄小芳が部屋に入って来た。
彼女は本来の女官仕事の合間に、
「御用は御座いませんか」と、日に何度も顔を出すのを日課にしていた。
今日も同じだった。
何もなくても満足そうな表情をした。
何美雨は他人事ながら仕事に支障をきたしてないか、心配になった。
 何美雨が黄小芳と出会ったのは後宮祖廟での騒ぎの只中だった。
老女官は粉塵舞い散る祖廟の側壁に寄りかかるように腰を下ろしていた。
惨状に呆然とし、心身共に固まっていた。
何美雨が近付いても微動だにしなかった。
そこで老女官の目を覚ます為に肩を叩き、駄目と見るや両の頬を打った。
それで、ようやく目を覚ました。
 黄小芳の以前の人格は知らない。
仕事振りも評判も知らない。
知っているのは今現在の黄小芳。
かつての忠誠の対象は帝国であっただろうに、
後宮祖廟の儀式失敗を機に何美雨に移ったらしい。
露見すると只では済まないのに、「太后様のお計らいである」と偽り、
何美雨を内々に賓客扱いするように仕向けた。
だからといって甘やかしては呉れない。
時には、まるで守り役であるかのように厳しく叱責もした。
 このところの気懸かりは女児の幽霊の噂。
黄小芳以外で何美雨を直接見知っている者は数人。
黄小芳が女官として忙しい時に、その者達が何美雨の世話をして呉れた。
その者達には、「太后様のお計らいである。口外せぬように」と釘刺してあるので、
そう易々とは漏らさないと思うが、それでも絶対に安心とは言い難い。
何しろ噂好きの女官、宦官が集う後宮。油断は出来ない。
 黄小芳が何美雨に歩み寄り、銅鏡を覗き込む。
「奇麗な鏡」
 何美雨は、「頑張って磨いたのよ」と銅鏡を手渡そうとした。
ところが黄小芳は受け取らない。
「しわくちゃの顔なんて見たかありませんよ」と首を振った。
 その時、威勢の良い鬨の声が聞こえた。
表の王宮辺りから上がった。
かなりの人数だ。
おそらく軍勢だろう。
 黄小芳が教えた。
「ようやく兵力が揃ったそうです」
「すると、鮮卑の騎馬隊を迎撃する軍勢なのね」
「そうです。
太后様、皇后様の見送りを受けて、これから進発するそうです」
「これで一安心ね」
 黄小芳の表情はかんばしくない。
「だと宜しいのですが」
「何か気懸かりなの」
「数は揃えたようですけど、所詮は寄せ集め。
鮮卑を撃退出来るかどうか」
 黄小芳によると兵力の内訳は、正規の国軍兵力が五千余、
都在住の貴族豪族の屋敷からの加勢が一万余、
都の庶民より募った志願の民兵が一万余、
これに近在より掻き集めた在郷兵が二万余、
合わせると大雑把だが五万に近い軍勢。
 何美雨は呆れた。
「まともに戦えるのは国軍と貴族豪族からの加勢だけなのね」
 不意打ちのように人影が音もなく室内に飛び込んで来た。
宦官。
中年過ぎにしては軽快な身動き。
後ろ手に部屋を閉め切りにしてから室内を見回した。
二人を認めて嘲笑う。
そして何美雨を指さした。
「見つけたぞ、幽霊」
 黄小芳が何美雨を庇うように前に出た。
「何を申す。
この方の事も、部屋の事も、太后様のお計らい。
そなたの様な者が出しゃばる事ではない」と強弁した。
 黄小芳は女官にしては特異な立場にいた。
低い身分の下働きだが、後宮祖廟の儀式の要員に選ばれるなど、
あらゆる汚れ仕事、荒っぽい仕事を任されていた。
本来なら太后皇后とは直に口を利くことも許されない身分なのだが、
その手腕を見込まれて直に密命を受けた事も幾度かあった。
彼女が密命内容を口外しなくても、それが噂として流布していたので、
後宮に勤めている者達は彼女には丁重に接した。
 ところが宦官の表情は変わらない。
「嘘付くな」と冷静な声。
 どうやら確信を持って、この部屋に踏み込んで来たらしい。




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白銀の翼(動乱)414

2015-02-08 08:11:37 | Weblog
 宦官達が女児を探し回っていると知り、何美雨は驚いた。
後宮内で女児と言えば、心当たりは自分しかない。
黄小芳には内緒で、夜中に一人で幾度か後宮内を歩き回った。
昼日中に行けない場所を選び、誰にも見つからぬように慎重に行動した。
巡廻の者達と鉢合わせしそうになると、
黄小芳が教えてくれた隠し通路、隠し部屋に逃げ込んだ。
なのに見られていた。
巡廻の者達以外にも動き回っている者達がいたとは。
深夜に。その理由は・・・。
後宮内で密会があるとしても、相手となるのは宦官。
去勢された者達。
男女としての密会だけは有り得ない。
自分以外の者達は何の為に深夜に行動していたのか。
自分と同じ様に、単純な興味からではないだろう。
疑問が湧く。
 床から微かな振動。
そちらに視線を転じた。
床を小さな物が駆けて来た。
夜目でそれを鮮やかに捉えた。
鼠。
必死の走り。
一匹だけではなかった。
直ぐ後ろにも何かが続いていた。
細長い物。
蛇。
スルスルと追って来た。
両者とも必死な様子で追いつ追われつ。
一心不乱、彼女の存在を無視して足下を過ぎようとした。
 悪戯心が湧いた。
何美雨は右手を素早く伸ばした。
通り過ぎようとした蛇の後頭部を、しっかり掴む。
尾で反撃する暇を与えない。
掬い上げるように持ち上げて振り回し、勢いをつけ、納戸入り口へ向けて投げた。
 蛇が天井スレスレを飛ぶ。
狙い通り、納戸入り口の宦官に向かって放物線を描きながら降下して行く。
そして燭台を持つ手に落ちた。
怒りか反射神経なのかは分からないが、手首に巻き付き、鎌首を擡げた。
 突然の事に宦官は言葉を失った。
鎌首を擡げた蛇と視線を合わせ、ようやく悲鳴を上げた。
蹌踉けながら燭台を落とした。
灯りが消えた。
尻からドスンと落ちた。
 蛇が手首からスルスルと離れた。
震えている宦官を尻目に室内の暗闇に消えて行く。
 同僚の宦官二人の笑いが爆発した。
一頻り笑った後で、「夜食の蛇を逃がしてどうする」と責めた。
 ようやくのことで、尻餅ついた宦官が気を取り直した。
憮然とした顔で、燭台を拾い上げながら立ち上がった。
「今日はこれで終わりにするか」と独り言、同僚の同意も得ずに、納戸から離れて行く。
 それを、「待てよ」と含み笑いの二人が追う。
宦官達の足音が遠ざかって行く。
 何美雨は慎重を期した。
彼等が引き返して来るのを想定して、隠れた場所から動かない。
その目が新たな物を捉えた。
それは目の前の棚に置かれていた。
丁度、彼女の目の高さにあった。
幾つか並んでいる木箱の一つ。
それは紐で縦横十文字に結わえられていた。
彼女の手の平より少し大きめで、浅く平べったい木箱。
皿でも収めて有るのかも知れない。
 同じ棚に、紐で結わえられた木箱はない。
他の棚にもない。
この木箱の中身は特別なのかも知れない。
 手に取ってみた。
皿にしては重い。
紐を解くと、中身は布切れで覆われていた。
皿と同様の形と見て取れた。
箱を元の場所に置いて、布切れから中身を取り出した。
 意外な物だった。
最初、目に飛び込んで来たのは神と獣の紋様。
神獣鏡とも呼ばれる銅鏡が現れた。
紋様がある方が上になっていた。
本来、下になっている鏡面の方が表である。
鏡面の手触りが悪いが、錆びてはいない。
磨けば元に戻る筈だ。
 思わず、それを懐に仕舞った。
それから善後策を考えた。
良い策は何も思い浮かばない。
こうなれば開き直りしかない。
解いた紐を布切れに仕舞って、それだけを箱に戻した。
盗難が露見しても、自分に行き着く心配だけはない。
存在せぬ人間なので疑われ様がない。
 しばらくすると黄小芳が戻って来た。
「私です。
もう大丈夫です。
さあ、参りましょう」と落ち着いた声音。
 待ち兼ねた何美雨は暗がりから飛び出した。
その懐の膨らみを老女官は見逃さない。
「それは一体、何ですか」
「怒らないで。
せっかく良い物を見つけたのだから」
 懐から取り出して彼女に手渡した。
「銅鏡よ」
 黄小芳が受け取って裏表を観察しながら首を傾げた。
「この納戸には相応しくない物ですね。
おそらく、この前の地震騒ぎで置き場を間違えたのでしょうね。
・・・。
年代物。
でもまあ、磨けば元に戻るでしょう」
「私の物にしても良いのよね。お願い」
 黄小芳は、
「構わないでしょう。
人に使われてこその銅鏡。
銅鏡も貴女様に出会えたと喜ぶことでしょうね」と快く応じ、声音を一転させ、
「それよりも、宦官達のことです。
連中が探している物が分かりました。
女児の幽霊だそうです。
深夜に出没する女児の幽霊を何人かの女官達が目撃し、
それが噂になっているのだそうです。
何か心当たりは御座いませんか」と詰め寄った。
 これまでにない気色ばんだ表情。
何美雨は思わず一歩退いた。
「ごめんなさい。内緒で出歩いて。
もうしないから許してね」と上目遣いで老女官に懇願した。
 黄小芳の表情が和らいだ。
「そうなさって下さいね。約束ですよ。
さあ、参りましょう」
 何美雨は疑問を口にした。
「見つかって言うのも何だけど、私以外にも深夜に出歩く者達がいたのね。
全く気付かなかった。
余程、慎重に行動していると思うのだけど、何か訳ありなのかしら」
「邪教異教の者達でしょう。
ごく少数ですが、そんな輩が後宮内にはいるのです。
表立って集まれないので、深夜密かに儀式を行っているのでしょうね」
「それを許しているの」
「許してはいません。
何度か禁止もしました。
邪教の信者と判明した者は後宮より追放もしました。
それでも、ゴキブリのように蔓延るのです。
連中としても、何としても後宮に信者を送り込みたいのでしょう。
益が有りますからね。
鼬ごっこで、手に負えません」
「連中というのは」
「大きいので言うと二つですね。
華北を中心に流行っている太平道。
次に、少し小さいけど蜀を中心に流行っている五斗米道。
この二つ以外にも、もっと小さいのが色々あります。
ここは都だけに人も多く、布教するには絶好の地です」




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白銀の翼(動乱)413

2015-02-04 21:49:57 | Weblog
 何美雨は窓辺で忙しく手を動かしていた。
床に厚い布を敷き、その上に銅鏡を置き、両膝ついて表の鏡面を磨いていた。
これを手に入れたのは五日前。
黄小芳を供にして後宮内を歩いていた時のことだ。
 後宮内の人気のない通路を二人で歩いていたら、
向こうから幾人かが駆けて来る足音が聞こえた。
供してる黄小芳が足を止めた。
何美雨に言う。
「用心の為に身を隠しましょう」
「足音の重々しさからすると、宦官達のようね」
「ええ、そうだと思います」
「何か慌てているみたいね。
もしかして、玉でも無くしたのかしら」
 黄小芳の老けた顔が弾けた。
一拍置いて鼻で笑う。
「ふっふ・・・、どうせ碌でもない事でしょう」
 何美雨は十三才とは思えぬ落ち着いて態度。
「わかりました。そなたの申す通りにします。
それで隠れるのに良き場所があるのですか」
「少し引き返すと小物を仕舞っている納戸があります。
そこなら宦官達は入らぬでしょう。
暗いですけど、我慢できますか」
 今度は何美雨が鼻で笑う。
「ふっふ・・・、子供扱いは止めなさい」
 黄小芳は下働きの女官で地位は低い。
それでも後宮勤めの最古参なので、内部には誰よりも精通していた。
全ての部屋割りから、全ての通路のみならず、
隠し部屋、隠し通路の存在までも把握していた。
 何美雨を連れて引き返し、その納戸に案内した。
開けると湿気った空気が二人に押し寄せた。
空気の入れ換えを怠っているらしい。
 灯りも窓もない。
その暗い納戸に何美雨は足を踏み入れた。
 黄小芳が心配気に問う。
「本当に大丈夫ですか」
「くどいわよ」
と何美雨、自分で納戸を閉じた。
 外から黄小芳の声。
「しばらく一人でここで我慢して下さいね。
様子を窺って大丈夫と判断したら、私が戻って来ますから、それまでの辛抱ですよ」
 遠ざかる黄小芳の足音を聞きながら、何美雨は納戸内を見渡した。
じきに暗さに慣れてくると夜目が利いてきた。
思ったよりも広く奥行きがあった。
 身体は何美雨であるが、中身は別人である。悪霊怨霊の類である。
後宮祖廟に置かれた棺内の結界から解放された際、
気絶していた何美雨の身体を一時拝借した。
憑依である。
その日のうちに本人を自由にするつもりでいた。
ところが予想に反し女児の意識は回復しなかった。
見捨てて身体から離脱する選択肢もあったのだが、そうなれば女児の生命は危うい。
何故なら、気絶状態のままで回復の兆しがなかった。
加えて、生け贄に差し出されて孤児も同然の身の上。
そんな女児の面倒など誰が見るというのか。
放って置けば野垂れ死にの運命。
しようがなく、そのモノは何美雨への憑依を続けることにした。
女児の意識が回復するまで、とも決めた。
 宦官達が踏み込んで来るかも知れないので、奥へ奥へと進む。
棚に触れぬように、床に置かれた箱に躓かぬように、物音を立てぬように慎重に進む。
そして隅の一角に身を潜めた。
 足音が近付いて来た。
手前から一部屋、一部屋、開けられて行く音。
何かを探し回っているらしい。
 やがて納戸が開けられた。
灯りが差し込まれた。
「こんな暗い場所に居るかな」と宦官の声。
 別の宦官が応じた。
「相手は正体の知れぬ女児。
どこに潜んでいるのか皆目見当が付かない」
 灯りのみで、一人も中には入って来ない。
 新たな宦官の声。
「本当に女児なのか」
「疑うのか。幾人かが目撃している」
「どれも夜中の目撃だろう。
小さな婆さんだったらどうする」と言いながら、その宦官が笑う。
 もう一人も釣られて笑う。
 苛立たしそうに一人が言う。
「どうして目撃した時に捕まえなかった」
「そいつは追ったそうだ。
でも直ぐに見失った。
行き止まりの通路でだ。
もしかすると本当の幽霊かも知れん」




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白銀の翼(動乱)412

2015-02-01 08:14:42 | Weblog
 それからヒイラギが嘲笑う。
「マリリン、お前は歴史本を鵜呑みにし過ぎなんだよ」
 そうかも知れないわね。
 ヒイラギが得意気に続けた。
「敗れた者達の真実だけは分からない。
たいていは一族郎党が皆殺しの憂き目に遭い、
真実を伝えようにも、伝える者が残されていない。
残されるのは勝者の言い分のみ。
それにだ、歴史本が伝えるのは、書かれた時点で分かっている事実だけで、
それは真実じゃないということだ。
覚えておけ」
 返す言葉がない。
年齢換算すると二千歳を軽く超える怨霊に教え諭される日が来るとは。
 董卓は呂布を離すと改めてマリリン達三人を見回した。
人物を吟味する目付き。
それから一人納得すると視線を華雄に向けた。
「お主が華雄殿だな。
話し通りの豪傑振りだ」
と嬉しそうに華雄の胸をバンバンと激しく叩いた。
 当の華雄はいつもの天然振り。
大口を開けて笑い返した。
 次に許褚。
「お主が許褚殿。
呂布や華雄殿に負けぬ剛力振りとか」
と歩み寄り、これまた許褚の胸をバンバンと激しく叩いた。
力加減に遠慮がない。
 許褚は神妙に拱手をして礼で返すのみ。
 董卓の視線が許褚からマリリンに移った。
微妙な目の色。
「三人を束ねているマリリン殿だな」
 マリリンは丁寧に拱手をした。
「それは少々買い被りですね。
束ねていると言うより、赤劉家の居候の古株、という事です」
 聞いているのか、いないのか、董卓はニヤリとし、マリリンに歩み寄り、
行き成り激しく抱擁した。
怪しい素振りはないが、何かを探ろうとする気配。
やがて身体を離した。
「やはり男であったか」と、あっけらかんと笑う。
 感心した目でマリリンに問う。
「三人に比べると年下だし、身体は細いし柔らかい。
それで三人に伍して戦えるのだから、たいしたもの。
誰に鍛えられた、と聞いてみたいが、記憶を無くしているのでは聞くだけ無駄か」
 どうやら韓秀は自家の手柄だけでなく、マリリン達四人も売り込んだのだろう。
その際、マリリンの事も包み隠さず説明したに違いない。
 マリリンは頷いた。
「大樹の根元に転がっていたそうです。
目覚めると赤劉家に運ばれていて、自分の身に何が起きたのか、
さっぱり覚えていないのです」
 劉麗華を初めとする姫達には自分の出自に関しては、大雑把に説明した。
東の海の向こうに故国があり、自分は元は女である、と。
光の道を通ったことも。
約束した分けではないが、姫達はそのことを口外しないでいた。
 董卓が問う。
「長江の神樹の根元であったそうだな」
「ええ。
神樹をご存じで」
「知るもなにも。
あの辺りに行った事はないが、長江の神樹はとりわけ有名だ。
それに、これが」
と、腰の大太刀の柄に手を伸ばし、
「覇王、項羽殿の物だそうだ。
本当かどうかは知らんが、蔡邕殿がそう見立てなされた。
項羽殿は神樹の見える辺りで戦死なされたそうだが、どういう分けか、
この大太刀は遙か離れた涼州の畑で見つかった。
それをワシが買い求めた。
徐州の畑で見つかった物なら信憑性も高いが、涼州じゃ・・・、ちょいと怪しい。
それでも蔡邕どのの見立ては重い。
博学で、生き字引とも称される方だからな。
だからワシはこの大太刀を項羽殿の物と思うことにした。
項羽殿は漢帝国の旧敵だが、それも遠い昔話し。
今は何の遠慮もいらんだろう。
そう言うわけで、一度は項羽殿の亡くなった地に足を運び、
この大太刀で舞って慰めたい、と思っている」
と言う。
 マリリンの中のヒイラギが興奮していた。
理由は聞かずとも分かる。
マリリンは即座に董卓に願う。
「その大太刀を少々触らせては頂けませんか」
 董卓は快く了承し、大太刀を引き抜いた。
みんなの目が大太刀に吸い寄せられた。
 マリリンは董卓から手渡されると、それを目の前に翳した。
意外と重く、光り輝いていた。
じっくり検分した。
畑で見つかった物であれば錆び付きもしただろうし、
刃毀れが生じていても不思議ではない。
当然ながら焼き直しを必要とした筈だ。
それが新刀同様の光を放っていた。
焼き直しした刀鍛冶の力量が優れていたのだろう。
 ヒイラギが言う。
「拵え方が古い。
俺達の時代の造りだ。
焼き直しでも、そこまでは忠実に復元出来ない。
焼き直しでないとすれば、おそらく畑ではなく、蔵で大事に保管されていたものだな」
 そこでマリリンは董卓に言う。
「とても畑で見つかった物とは思えません。
畑で見つかった物なら補修を必要とした筈。
ところがこれは焼き直しとは思えない」
「実はワシもそう思った。
それで店の者に聞いたのだが、畑と言い張るばかりで埒が明かなかった」
「だとすれば盗品。
これは紛れもなく古刀です。
どこかの蔵で大事に保管されていたのではないですか」
 董卓が満足げに頷いた。
「良い読みだが、その証拠がない」
「涼州で売られていたと言うからには、別の州で盗まれた物。
あるいは没落して手放したのものが、流れに流れて董卓殿の手元に行き着いた」
 董卓は嬉しそう。
「ワシの手元に行き着いた、と申すか。
・・・。
項羽殿の時代の物だと思うか」
「そう見えます」
「項羽殿の物か」
 マリリンの中のヒイラギは苦悶していた。
覚えていないらしい。
そこでマリリンがヒイラギの記憶を探った。
「項羽が最期に腰にしていた、と言うより、
手柄を立てた部下に与えた物ではないのですか。
当時、こんな大太刀を使いこなせ、しかも、
それを拵えさせる力を持っていた者は僅かでしょう」




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