金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(解放)167

2020-05-31 07:40:58 | Weblog
 その日は直ぐにやって来た。
俺が午後の実技授業が終え、疲れた身体で寮に戻ると、
いつもは姿のないアリスやハッピーがベッドで寝転がっていた。
『いつまで待たせるの。
待ち草臥れちゃった』
『ピー、遅い遅い』
 二人共やる気満々。
俺はそんな態度に呆れた。
『闇市の開始は夕刻だよ』
『分かってるわよ。
でも待ちきれないの』

 俺は汗まみれの自分に光魔法をかけた。
入浴と洗濯のライトクリーン。
心身の疲労を取り除くライトリフレッシュ。
それから真新しい衣服に着替え、
一番上には夏用の丈の短い橙色のローブを羽織った。
『僕は昼食は済ませたけど、二人はどうする』
『プー、途中でなんか買ってよ』
『暑いから冷たいジュースね』

 俺は帰宅する生徒達に紛れて学校の正門を出た。
そのまま東区画へ向かう。
アリスとハッピーの二人は当然ながら子猫姿で、
学校側が設置した結界や巡回する警備員の目を避け、
難無く敷地から脱出。
先回りをして、屋台が見える所で俺を待ち構えていた。
『ペー、屋台屋台』
 屋台で焼き鳥とジュースを買い、近くの公園に寄り道。
二人に焼き鳥とジュースを渡し、俺はこれからの手順を再検討した。

 公爵邸は偵察済み、既に3D化。
当主や使用人、警備体勢も把握済み。
ただ、闇市が開かれる本日は大きく変化する筈だ。
特に警備体制。
デミアン・ファミリーが動員されるだろう。
ただの暴力装置なら問題はない。
蹴散らすだけ。
危惧するのは、ただ一つ。
探知や鑑定、あるいは攻撃が得意な魔法使い。
今回はアリスだけでなく、ハッピーがいる。
侵入する際に発見されると面倒だ。
それに貴族街なので、近隣の屋敷にいるかも知れない。
 はたと気付いた。
俺のステータス偽装は・・・。
これまではランクが低い奴が相手だったので、一度も見破られていない。
王宮でさえそうだった。
それに偽装に触れられれば、脳内モニターが教えてくれる。
でも、でもね・・・。
悪戯心が擽られた。
 そうだ。
もう一つ偽装しよう。
悪党ステータス。

「名前、ブラック。
種別、人間。
年齢、三十才。
性別、雄。
住所、足利国山城地方国都住人。
職業、悪党。
ランク、B。
HP、150。
MP、150。
スキル、全属性魔法」

 自分で言うのも何だが、
このランクのステータスを鑑定できる奴がいるのか・・・。
ましてや偽装と見破れる奴は・・・。
まあ、いいか。
念の為、用心用心。
そんな俺の自己満足にアリスが気付いた。
ジュースから口を離した。
『悪い顔をしているわね。
何を企んでいるの』
 俺は素直に分けを話した。
するとアリスが乗って来た。
『面白そう、私も私も』

「名前、レッド。
種別、ブラックの仲間。
年齢、一才。
住所、足利国山城地方住人。
職業、悪党。
ランク、B。
HP、150。
MP、150。
スキル、全属性魔法」

 偽装を施してやると満足そうに笑みを浮かべるアリス。
『悪党か、良い響きね。
でもどうしてランクBなのよ』
『なんとなく』
 隣のハッピーが焼き鳥を飲み込み、俺とアリスを見比べた。
『パー、面白い事なら、僕も僕も』

「名前、ブルー。
種別、ブラックの仲間。
年齢、一才。
住所、足利国山城地方住人。
職業、悪党。
ランク、B。
HP、150。
MP、150。
スキル、全属性魔法」 

『ピー、悪党悪党、みんなと一緒』心から喜んでくれた。
『ねえダン。
私達には覆面はないの』
『プー、覆面覆面』
『子猫用の覆面かい』
『そうよ』
『ペー、覆面覆面』
 面倒臭い。
でも断ると、余計に面倒臭そう。
自分のと同じで錬金で作ることにした。
材料はミカワサイで、色違いにして、
目鼻口の三か所に小さな穴を開けた。
夏場の猫には必須の、汗対策の風魔法の術式を施した。
アリスには赤の覆面。
ハッピーには青の覆面。
それを渡すと二人は覆面を被り、嬉しそうに跳ね回る。
『これはこれで良いわね』
『ポー、これでお仕事、がんばる』

 夕刻には早いが行くことにした。
みんなで悪党ファッション、悪党ステータス、そして光学迷彩。
上空へ、探知に引っかからぬ高さまで転移。
そこから目的地上空へと更に転移。
下をズームアップで確認した。
 最上位の貴族だけあって公爵邸は広い。
無駄に広い。
使わないのか、放置してるのか、手入れされていない箇所まである。
奥まった所にある池と、それを囲む雑木林だ。
人の丈より伸びた雑草がぼうぼう。
偵察時同様、本日も人影はなし。
 俺達は偵察時にはなかったテント村を見付けた。
表の庭園に軒先を並べ、大勢が独楽鼠のように動き回っていた。
どうやら、ここが闇市の一般品の売り場なのだろう。
だとすると俺達が目指すオークション会場は・・・。
ジッと人の動きを観察した。

昨日今日明日あさって。(解放)166

2020-05-24 07:16:20 | Weblog
 国都雀が、尾張と伊勢の争いが終焉に近いと口にし始めた。
俺が実家から聞かされている戦況情報の後追いなのだが、
これが割と精度が高い。
平民の情報網も馬鹿にできない。
そして、ついには具体的な数字まで出て来た。
「子息二人の身代金に捕虜全員の身代金を足すと、
1000万ドロン金塊で20000本になるそうだ」
 桁が違う。
分割するにしても何十年になるのだろう。
伊勢方の言い分が聞こえた。
「こちらの被害は領軍に加え、加勢してくれた寄子の貴族軍、
そして領民、だけでなく、領地も荒らされてるのですぞ。
立て直すのに年数と金額、どれ位かかると思われる。
・・・。
身代金の内訳は三つ。
受けた被害に対する損害賠償金、侵攻して来た罰則金、
手柄を立てた者達に支払う報奨金。
それらを合算したものです。
全額お支払い頂けなければ、
ご子息を含めた捕虜達を奴隷として売り払います。
いや、終身奴隷として伊勢地方で労役に課しますか。
ご理解頂けたかな」

 脳筋妖精アリスが窓から飛び込んで来た。
ダンジョンスライムのハッピーも一緒だ。
二匹の子猫が目の前でホバリング。
白がアリス、黒がハッピー。
『パー、戻って来た』ご機嫌なハッピー。
 アリスが収納庫から赤い布切れを取り出した。
『これが窓枠に挟まってた』
 サンチョとクラークからのメッセージ、
曰く付き商品の闇市に関する情報を入手したのだろう。

 さっそく二人のアジトにお邪魔する事にした。
位置は把握済みなのでアジトの真上へ転移した。
そこで違和感・・・。
探知と鑑定で調べた。
 屋根に術式が施されていた。
屋根に人が乗れば警報が鳴るようになっていた。
幸い、俺達はその一歩手前。
転移した空中でホバリング中。
 施した犯人に心当たり、大いにあり。
クラークしか思い浮かばない。
Bランクで契約スキル持ち。
しかも俺達に恨み骨髄。
これは彼なりの、精一杯の嫌がらせなのだろう。
 俺は術式を解いて、例のごとく、闇魔法で屋根と天井に穴を開け、
二人のボス部屋にお邪魔した。

 クラークが侵入に気付くより早く、奴の背後に着地。
光学迷彩を解いて、声をかけた。
「やあ、元気かい」ドスを利かせた。
 背筋をビクッとさせるクラーク。
その頭には黒い子猫姿のハッピーが乗っかり、
白い子猫姿のアリスはサンチョの背後に回り込む。

 俺は悪党ファツション。
グレー一色で取り揃えたズボンにシャツ、フード付きローブ、
編み上げの長靴。
覆面は黒。
手には突いて良し、殴って良しの魔法使いの杖。
偽りの声音でサンチョに問う。
「儲かってるかい」
 サンチョは肩を窄めた。
「大っぴらに商売できないから、ちょびちょびだな」
「街中じゃタグなんて確認しないから、大っぴらにできるだろう」
「例の子爵邸焼き討ちの影響が今も残っていて、残党狩りと言うのかな、
時折だが、奉行所が【真偽の魔水晶】を持ち出して、
街中で検問を敷いている。
あれが厄介だ」
 ポール殿に聞いていたアレだな。
俺が貴族になる原因にもなった一件で、成り行きで目撃もした。
エリオス佐藤子爵邸焼き討ち。
あの時、子爵邸は盛大に燃えていた。
 証拠は残されていなかったが、関係各局は時間をかけて調べ上げ、
バイロン神崎家の家臣陪臣による犯行と断定、
子爵邸で発見された身元不明の死体が彼等だと噂を流した。
それを補強する為に今もタグの行方を探しているらしい。
なんとも執拗だが、王家の威信を守る為なら、やむなしか。 

 俺は二人の首元を見た。
共に鎖が見えた。
タグに違いない。
「そのタグは」
「このタグかい、これは他所から手に入れた」
 奉行所に手配されてるから、二人は自分のタグは下げられない。
「他所から・・・、殺して奪ったのか」
 サンチョの表情に変化はない。
「人聞きの悪い。
簡単に人は殺さない。
後処理に手間がかかるからな。
まあ、半殺しだな。
・・・。
このタグは闇取引で手に入れたもんだ。
その手の商売人がいるんだよ。
鍛冶で綺麗なタグを偽造する奴、それを仕入れる奴、
そして俺達のように欲しがる奴」言ってから含み笑い。
「【真偽の魔水晶】は誤魔化せるのか」
「それは無理。
国都からは出られない。
まあ、出る気もないけどな」

 俺は本筋に戻った。
「闇市の情報を教えろ」
 サンチョは引き出しを開けて、一枚の紙を取り出し、
デスクの上に置いた。
それをアリスが取り上げ、俺に手渡す。
分かり易い地図が描かれていた。
貴族名、商人名、日時。
 国都外郭東区画の貴族街。
アラステ新田公爵、・・・王族だ。
新田氏は足利氏の支族名の一つで、王の兄弟姉妹のみに与えられる。
大方は前王か前々王の子息か子女だろう。
これは拙い、・・・でも、やるしかない。
力押しの一手あるのみ。
 商人名も目を引いた。
大手商会だ。
とても闇市に関与するとは考えられない。

 クラークが鼻を鳴らして俺を見た。
「新田と知って怖気付いたのか」嫌味な表情。
 これだから老人は困る。
「問題はそこじゃない。
商人名だ。
大手の商会が闇市に関わるのか」
「ただの名義貸しだ。
闇市を仕切るのは東区画のスラムのデミアン・ファミリー。
それを公然と口にできるか。
できないだろう」
「新田家はデミアン・ファミリーと親しいのか」
 クラークはちょっと間を置いた。
「公爵様は賭博好きだそうだ」
 裕福な身分の子弟が賭博に誘い込まれ、借金の山を拵える。
よくある話だ。
「なるほど、そういうことか。
それで妖精の売買は」
「奴隷の売買はあるが、妖精は分からない。
そこまで詳しく聞くと不審に思われるので、通り一遍にしか聞けなかった。
それで良いんだろう」
「当日の警備は・・・」
「そこまでは掴めなかった」
 掴む気がなかったが正解だろう。
その位で怒る俺ではない。
虚空から金貨を入れた革の巾着を取り出した。
ダンジョン産の100枚入り。
それをクラークのデスクに放り投げた。
「褒美だ。
商売の足にしてくれ」
 趣味ではないが、金貨で殴ってみた。
デスクの音で、それなりに読んだのだろう。
顔を強張らせるクラーク。
こちらの意図が分からないのだろう。

昨日今日明日あさって。(叙爵)165

2020-05-17 14:16:30 | Weblog
 ダンカンが問う。
「魔物狩りより街中の仕事と申されていますが、
現に貴女方は魔物を狩っておられる。
そこには如何なる理由が・・・」
「簡単な事です。
女の子達の家庭教師とパーティの警護、
この二つで結構な報酬になるのです。
これは断れません。
そしてもう一つ。
ダンに有ります。
彼は魔物の引き運が強いのです。
ダンジョンに潜る分けでなし、森に入る分けでなし、
ただ平地で薬草採取するだけなのに、必ず魔物に遭遇するんです」
 言い終えるとシンシアは俺に視線を転じた。
そう言われても・・・。
仲間達に助けを求めた。
すると仲間達の視線は全て俺に向けられていた。
目色から判断すると、みんな同じ考えのようだ。
まさかな・・・。
取り敢えず過去を振り返ってみた。
あっ、直ぐに思い至った。
何時も何時も魔物に彩られていた。
 シンシアが言う。
「ダンは勘が鋭いのでしょう。
的確に来る方向と数を知らせてくれます。
そして得意の弓で半数近くを倒します。
全部ではありませんよ。
必ず女の子達の経験になるように、適度な数を残してくれるのですよ。
表現が間違っているかもしれませんが、敢えて言います。
ダンは誰よりも頼りになる弟分です。
一緒しない分けがないでしょう」
 これに仲間達が深く頷いた。

 叙爵・陞爵の〆が来た。
お世話になった方への御礼言上だ。 
折を見て、ポール細川子爵邸を訪れた。
勿論、手ぶらではない。
実家から送られて来た品々を持参した。
三河大湿原で狩ったミカワワニにミカワサイなどを用いて、
村の職人が工夫した民芸品の数々だ。
それを見てポール殿が目を丸くした。
「これはこれは、大変なものだ。
美しいだけでなく、実用的だ」
「それを聞けば村の者達が喜びます」
「馬車といい、この民芸品といい、ご実家は何を目指しておられるのだ」
「片田舎でひっそりと生きて、しかも余裕のある生活でしょうか」
「なんと贅沢ですな」

 月が替わると物事が動き出した。
領軍が領地に向けて進発したのだ。
俺はそれを見送る為に街道に出た。
 一行の先触れとして国軍の一個大隊が現れた。
騎馬隊、幌馬車隊、歩兵。
国旗と軍旗を並走させて粛々と進む。
彼等は領軍に随伴し、領地に隣接する新駐屯地に入るそうだ。

 次は奴隷の群れ。
大半は用意された幌馬車に乗っていたが、人数が多過ぎて、
屈強そうな大人達は歩かされていた。
 俺に気付いた大人が反対側に唾を吐き、ジッと睨みつけて来た。
まあ、そうなるだろう。

 代官として任地に赴くカールから事前に聞かされていた。
「奴隷は連座が適用された者達ばかりで、凶悪犯は一人もいません」
 連座は犯罪者の家族親族に適用される罪状だ。
「それは助かる。
凶悪犯がいないと扱いが楽だよね」
「そうとばかりは言えません。
連座なので、ほとんどが家族丸ごとです。
子供もいれば、身体の不自由な老人もいる。
なかには乳幼児も」
「あっ、そうか。
連座だから容赦なしか」
「そうです。
余計な費用が嵩むと思われます」
 怪我とか病気は雇用主持ちで治さねばならない。
奴隷には奴隷の人権があり、それを怠ると雇用主が罰せられる。
「分かった。
ところでその連座の刑期は長いの」
「長くても十年前後です」
「そうだと子供が不憫だね、・・・んーと。
ねえ、カール、子供達に教育を施す事はできないかい」
「教育ですか」
「領地の多くの村は壊滅したと聞いている。
だったら刑期が終えた彼等を迎え入れて良いんじゃない」
 カールは安請け合いはしない。
「それは頭に入れて置きます。
現地での作業の進捗状況次第ですね」

 幌馬車から乳幼児らしき泣き声が聞こえて来た。
罪を犯した当人達は、この光景をどう見るのだろう。

 後尾は領軍が務めていた。
この領軍は当初、中隊規模であったのが、予想を超えて膨らんだ。
ポール殿とは縁のない貴族の余剰子弟が家臣の余剰子弟を連れて、入隊を望んだからだ。
進発する頃合いには二個中隊に。
それで中隊長のアドルフを大隊長に昇進させた。
この兵力なら大樹海の魔物の間引きも余裕だろう。
嬉しい誤算だ。

 最後尾にいた二騎が俺の方へ寄せて来た。
前にいのは代官・カール。
もう一騎はカールの背中に隠れて見えないが、たぶん、副官だろう。
カールが流麗な敬礼をした。
「それでは領地に向かいます。
私がいないからと言って、無茶はしないで下さい」
 俺は答礼した。
「勿論だよ。
心配しないで」
 カールの背後の顔が見えた。
見知った顔。
獣人・イライザ。
八百屋マルコムの娘のイライザだ。
俺と視線が合うと、しまったと言う表情になった。
俺は声をかけた。
「イライザ、何してるのかな」
 カールが場をイライザに譲った。
イライザは諦めたのか、背筋を伸ばして敬礼した。
「はい、カール様の副官に任じられました」
「へえー、・・・成人したの」
「一年前倒しで、成人しました」
 周知の慣習なので、批判はできない。
おそらくイライザの気持ちを知っている母・オルガの入れ知恵だろう。
これだけではない。
入隊から副官までもそうだろう。
オルガは細川子爵邸のメイドをしていたので、伝手がある。
ポール殿は関与してなくても、執事を動かせば副官までなら任じられる。
俺は溜息しかでない。
「カールを宜しく頼むね」
「任されました」
 屈託のないイライザの表情。
反対にカールは、ヤレヤレ感。

 尾張の実家から使者が次々に来た。
「伊勢侵攻の尾張軍が壊滅した。
伯爵様のご子息二人は捕えられた」
「後詰される予定だった伯爵様が取りやめられた。
伊勢方と交渉されるそうだ」
「伊勢方との交渉が進展しない。
このままでは交渉決裂もありうる」

昨日今日明日あさって。(叙爵)164

2020-05-10 08:34:31 | Weblog
 ウィリアム小隊長に説明されなくても見ただけで分かった。
戸倉村で製造された馬車だ。
ここまで見事な貴族用馬車に仕上げているとなると、それも三両、
俺が叙爵を承諾してからでは、とても間に合わない。
確実にそれ以前に着手している。
王宮から叙爵が実家に伝えられるやいなや、俺の承諾を織り込み、
着手したに違いない。
 車両の四面の左上隅にダンタルニャン佐藤家の紋章が描かれていた。
楕円形で、縁取りは黒、内側の地は青。
真ん中の絵柄は赤いユニコーン。
 実家の円形紋章を楕円形にし、色が変更されていた。
実家のユニコーンは銀色。
それが赤。
青空を飛び回る赤いユニコーンの趣き。
シェリルが口笛を吹いて言う。
「銀色も良いけど、赤もなかなかのものね」

 シンシア達、大人の視線は別の馬車に向けられていた。
一頭立て二輪のカブリオレ。
馭者席なしの完璧な二人乗り。
乗車スペースは木製ではなく、後部に折り畳める幌。
その幌前部が開けてあり、乗客席から馬を扱うようになっていた。
 軽快に走りそうだ。
貴族用と言うより、遊び用だろう。
俺はこのタイプが走っているところ、まだ見たことがない。
斬新、実家の父の得意顔が目に浮かぶ。
シンシアが笑顔で感想を口にした。
「良いわね。
魔物が出る郊外では使えないけど、街乗りなら有りね」
 普段は無口なボニーが言う。
「ええ、国都は広いので便利に使えますね。
例えば王宮への通勤とか」
 ルースが付け加えた。
「そうね、それにデートとかね」

 商人の娘達は内装に感心していた。
溜息ついてキャロルが言う。
「シートの革の手触りが良いわね」
 マーリンが相槌を打った。
「皮を鞣す職人の腕が分かるわね」
 モニカが別の点を指摘した。
「カーテンは絹よ」
 女児とは言え、商家の生まれ。
視点が違う。

 姦しい女性陣を馬車から引き剥がすのに手間取った。
「もっと見せてよ」
「そうよ、ケチケチしない」
「お願い、ダンタルニャン子爵様」
 結果、約束させられた。
「明日は好きな馬車で冒険者ギルドに乗り付けて良いよ」
 付き添っていたウィリアム小隊長が苦笑した。
「でも、ここまで喜ばれると嬉しいですね。
馭者はこちらで手配します」
 約束は約束なのだが、全員がカブリオネを希望した。
困った。
二人乗りなのだ。
シンシアが不敵な笑みを浮かべた。
「私達三人は軍務で乗馬も馭者も経験済みよ。
任せて、順番を決めて乗せて上げる」
 馬車は街中では人と同じ歩く速度と決められているから、
乗れない者は後ろに付いて、途中交替すれば済む話。

 彼女達を本館の三階に案内した。
フロアは当主とその家族用なので空き部屋だらけ。
一人一部屋でも余る。
 その一人一部屋を遠慮して彼女達は部屋割りした。
大人組と子供組の二つに分かれた。
和気あいあい、まるで合宿気分。
 俺は自室に入った。
窓を開けて盛大に伸びをした。
学校の寮は寂しくないが、自分の屋敷は寂しい。
分不相応だと、しみじみ思った。

 彼女達が風呂をすませ、ドレスに着替えた頃合いを見計らい、
ディナーになった。
今夜は良い機会だったので、
彼女達を屋敷の主だった者達に紹介する事にした。
急遽、決めたのだが、料理の品数は充実していた。
俺の表情を読んだのか、カールが耳元で囁く。
「料理長のハミルトンは出来る奴ですよ。
何かあっても良い様に乾物を備蓄しています」
「乾物・・・」
「ええ、水で戻すだけですから、もっと人数が多くても対処できます」
「ここに並んでいるのは・・・」
「四分の一くらいは乾物混じりです。
今日仕入れた生物と見分けがつきますか」
「見た目じゃ分からない。
もしかして、細川家の厨房の遣り方なの」
 料理長のハミルトンは細川子爵家の厨房で修業していた。
「そうです。
兄が言うには、乾物には乾物なりの味わいが有るそうです」

 キャロル、マーリン、モニカ、シェリルの子供組。
シンシア、ルース、シビル、ボニーの大人組。
屋敷からは執事・ダンカン、メイド長・バーバラ、庭師長・モーリス。
屋敷警備の責任者・ウィリアム。
そして後見人代行のカール。
ディナーの料理を担当していた料理長のハミルトンが遅れて現れ、
全員が席についた。
俺は最初、ハミルトンに声をかけた。
「ハミルトン、無理をさせたね」
「いいえ、とんでもありません。
無理難題があった方が面白みが有ると言うものです。
これからも、なんでもご遠慮なく申して下さい」
 ハミルトンは良い表情で軽く会釈した。
「頼りにするよ」

 全員を見知っているカールが場を仕切った。
「それでは食事しながら軽く自己紹介をお願いします」
 自己紹介にそれぞれの人柄が現れた。
大人達は慣れたもの。
仕事の一つでもあるかのように簡潔に済ませた。
比べて子供達は違った。
慣れてないので、それぞれの性格が出た。
 全員が終えると、屋敷の者達の質問がシンシア達に集中した。
魔法学園出身、元国軍士官、今は冒険者で未婚の野良貴族様。
そんな彼女達の生き方に興味津々なのだろう。
「交際している男性はいないの」
 ルースが苦笑いして答えた。
「今は男性よりもお店ですね。
お店を開くために冒険者として稼いでいます」
「魔物相手は危険でしょう」バーバラが心配そうに問う。
「あまり外には出ません。
商店の帳簿整理とか受験生の家庭教師、それに貴族のお嬢様の護衛、
そんな街中の仕事を上手く回した方が稼げますね」
「へえー、そうなんだ」ウィリアムが感心した。
 シンシアが付け足した。
「魔物を討伐しても報酬はバーティの人数で頭割りでしょう。
それから武器や防具、ボーション等々の必要経費を差し引くと、
残念としか言えません。
なにしろ冒険者は命と引き換えの仕事なんですよ。
それが雀の涙のような稼ぎなんて、有り得ません」
「冒険者は稼げると聞いていたんだけど、違ったのか」
 みんなの視線がシンシアに集中した。
「高ランクになれば、指名依頼が来るので稼げます。
幸せな結婚も出来ますし、広い屋敷も建てられてます。
その高ランクになるまでが、大変なんです。
まあ、中堅ランクでも、運が良ければ稼げますけどね。
ダンジョンの宝箱の中身次第ですが」
「それでも冒険者を希望する者が多いよね」
「街中の仕事は最初は人脈です。
信用できる人の紹介がなけれは雇用されません。
このお屋敷もそうでしょう。
雇用されても知識と知恵、忍耐がなければ長続きしませんけどね。
ところが冒険者は違います。
最初に必要なのは体力と武器だけです。
面倒臭くなくて、手っ取り早いでしょう」

昨日今日明日あさって。(叙爵)163

2020-05-03 07:58:52 | Weblog
 冒険者パーティ再開の前日になった。
俺は授業が終わると下賜された屋敷に戻ることにした。
執事のダンカン、メイド長のバーバラ、料理長のハミルトン、
この三人に懇願されたのだ。
「成人するまで公務には関わらない、その事は承知しています。
何も申しません。
ただ一つ、お願いがあります。
お休みの日はお屋敷に戻って来て、皆にお顔をお見せ願えませんか。
ついでにお食事もして頂くと、嬉しいのですが」
 三人が揃って頭を下げた。
使用人とは言え、大の大人。
無下にはできない。
 偶々、側に居合わせた屋敷警備の小隊長・ウィリアムも口添えした。
「ダンタルニャン様、村から来た私共は貴方様の人柄は分かっています。
我儘だけどお優しい方だと。
でも、こちらで雇われた方々は何も知らないのです。
少しでも貴方様を知ろうとしての、この様なお願い、
なにとぞ聞き届けて頂けませんか」
 村での俺は評価は我儘、・・・ショック。
振り返ってみたら確かに、・・・守役を振り切って野山を駆け回っていた。
そして、いつもいつも、守役を困らせていた。
救いは、お優しい方、えっ、どこにそんな要素が。
「分かった、休みの前夜に屋敷に戻るよ。
一泊二食付きでお願い、それで良いよね」
 平民の性。
旅館気分の一泊二食付きと言ってしまった。

 屋敷に戻る俺に三つの影が歩み寄って来た。
先に下校した筈のキャロル達だ。
「帰らなかったの」
「用意は万全よ」とキャロルがローブをめくった。
 マジックバックがあった。
マーリンとモニカも同様であった。
バックにお泊りから冒険までの必要な物一切を、詰めていると言う。

 俺は屋敷に一人で泊まるのも寂しいので、何のかのと理由付けをし、
バーティの仲間達を誘った。
そうしたら好感触。
シェリルやシンシア達までが乗り気。
 そこで、それを執事のダンカンに伝えたところ、屋敷の方も否はなし。
パーティ仲間の皆様なら大歓迎ですとのこと。
とんとん拍子で話が進んだ。

 キャロル達は食堂で飲み物を口にしながら、
俺が寮から出て来るのを待っていた。
「それを言ってくれたら、もっと早く寮から出たのに」
「いいのよ、気にしないで。
まだ暑いから私達もゆっくり飲みたかったしね」
 マーリンがけろりと言う。
「ダンは気遣い過ぎよ」モニカが含み笑い。
 キャロルが〆た。
「ダンは子爵様なんだから、でんと構えてなさい」
 彼女達に囲まれて門に向かっていると、
途中からシェリルとボニーも合流した。
「すみません、私まで」低姿勢のボニー。
 そんな様子の守役にシェリルは苦笑い。
「相手はダンなんだから、もっと気楽にしなさいよ」
「ですけど、子爵様になられたので」
「妙な気遣いは不要と当人が言ってるんだから」
 俺が口を添えるしかない。
「そうですよ、ボニーさん。
パーティ仲間なんだから、兄弟のような関係でお願いします」

 南区画の貴族街が見えたところで、
シンシア達三人が反対側から現れた。
丁度いいタイミングなんだが、偶然にしては・・・、
俺は思わず首を捻った。
それを見て取ったシビルが言う。
「貴方達の動きは読み易いのよ」
「そんなに」
「ダンは女の子達に甘い。
シェリルは後輩に甘い。
だからマーリン達の動きを考慮するだけで事足りるの」
 それを聞いたシェリルが大笑い。
俺は返す言葉がない。

 ルースがモニカに問う。
「どう、後期の様子は」
「授業が厳しくなったの、付いて行けるかしら」モニカが愚痴る。
「その為に私がいるんだから、頼りにしなさい」
 シンシア達三人はキャロル達三人の家庭教師である。
実際は魔法の教師として雇われたのだが、今や、何でも屋。
それぞれの親たちの依頼で、町道場に通っている武技は別にして、
座学全般から冒険者までをカバーしていた。
お陰で三人の懐具合は暖かいとか。
「この調子で卒業できるかしら」
 何時もは明るいキャロルまでが愚痴った。
それにシンシアが応じた。
「何時も言ってるでしょう。
得意なものを一つだけでも良いから伸ばす。
可能なら二つにする。
無理なものは落第せぬ様に、スレスレでも構わないから足掻いて、
足掻いて、その努力自体を見せるの。
分かった」
 キャロルは上目遣いでシンシアを見た。
「信じて良いのね」
「学校の先生は落第させる為にいるんじゃないわ。
貴方達、出来の悪い子達を卒業させる為にいるの」含み笑い。
「えっ、出来の悪いには何だかモヤモヤするけど、
卒業させる為にいると言う話は、嬉しいわね」俺に視線をくれ、
「ダン、見てなさいよ、必ず一緒に卒業するから」と言い切った。
 シェリルが参戦した。
「そう言えばダン、貴男、実技も座学も学年トップと聞いたけど」
「そうなの前期の一位様なの。
貴族の子弟様方を押し退けての一位だったから、
後期の風当たりを心配していたの、私達」マーリンが応じた。
「なのにこれだものね。
夏休みの間に子爵様。
心配して損した」モニカが俺を睨む。
 シェリルが笑うのを堪えながら俺に問う。
「飛び級する気はないの。
私達の学年に来なさいよ」
 途端、キャロル達三人が一斉に反応した。
「駄目」
 四人であれこれ論争、口喧嘩に発展した。
俺が入れる隙間はない。
途方に暮れているとボニーがこっそり言う。
「無視するに限るわよ、あの四人。
口喧嘩を楽しんでるから」

 喧しい女の子達を引き連れて貴族街を歩いた。
たぶん、幼年学校に通っている生徒に目撃されてるに違いない。
なのに、何が楽しいのか、四人は口喧嘩を止めない。
ああ、耳が痛い。
 前方にうちの屋敷が見えて来た。
表門に門衛が複数、規定よりも多い。
そのうちの一人が門内に駆け込んだ。
そういうことか。
 俺達が入るのに合わせたかのように、門の内側に小隊が隊列を組み、
歓迎の出迎え。
小隊長のウィリアムは満面の笑み。
「お嬢様方、ようこそいらっしゃいませ。
総員、敬礼」
 一斉に敬礼した。
見事に背筋が伸びていた。
美しい。
俺は唸った。
そんな俺を見てウィリアムが言う。
「向こうを」見るように促した。
 そちらには馬車が並べられていた。
四頭立ての箱馬車。
二頭立ての箱馬車。
そして初めて見る一頭立て二輪のカブリオレ。

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