金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(呂布)290

2013-11-28 20:50:55 | Weblog
 呂布は張任の教えを思い出した。
「最強の敵はな、何だと思う。
・・・。
それはな、弱い味方だ。
弱いといっても色々な弱さがある。
兵の士気が低い。
個々の兵の武技の練度が低い。
兵同士の連携が甚だ心許ない。
部隊としての統制が取れていない。
加えて、率いている将軍が優柔不断、決断が出来ない。
これほど恐い味方はいない。
隊列に、陣形に、配備のしようがない。
前にも後ろにも、横にも中にも、どこにも置けない。
無理して組み込み、戦で崩れたら目も当てられない。
敗走に周りの部隊も巻き込むからな。
そうなると、どんなに強い軍でも負け戦だ。
問題は、そんな彼等の活用法だ。
お前だったら、どう活用する」
 今の呂布にとっては隊商がそれだった。
当初、彼等は余計な経費を支払いたくないので、目の前の盗賊団を討つ気でいた。
盗賊団の練度を軽くみて、「統制なんて取れてないだろう」と自信満々だった。
ところが実際、盗賊団の馬群を目にすると、彼等が連携に慣れているのが見て取れた。
まるで北方騎馬民族のような動き方をしていた。
この涼州は北方騎馬民族とは国境を接し、何度も侵攻を受けているので、
それから学んだのかもしれない。
呂布の弓で先頭の何騎かが射られ、馬群が混乱しても、それは一時的なもの。
たちまち馬群を二つに分け、左右から攻め寄せて来た。
しかも勢いが少しも衰えていない。
その様子に隊商の警護の者達は怯えたのだろうか。
 警護の騎馬隊が出撃する切っ掛けは二回あった。
一度目は林から盗賊団が姿を現した際。
合わせて飛び出せば、連中の気勢を削いだはず。
伏兵のように現れた騎馬隊に、
「関所破りは囮だったのか。これは罠、他にも伏兵は」と勝手に勘違いし、
自滅してくれたかも知れない。
二度目は盗賊団が二手に分かれた際。
半数になった片方を攻撃し殲滅するのは容易かったはず。
ところが彼等は全く姿を現さなかった。
今もって気配すらない。
土壇場になって商人側が首を縦に振らないのかも知れない。
 グズグズしてはいられない。
二つに分かれた盗賊団が目前に迫ろうとしていた。
機を逸せば、なぶり殺しの目に遭う。
すると・・・、ある考えが、・・・浮かんだ。
黒いが、面白い。
これこそが弱い味方の活用法だ。
躊躇わない。
 呂布は弓を捨てて騎乗した。
槍も持たない。
盗賊団を引き付けるだけ引き付けて、関所を飛び出した。
街道を上った。
隊商が控えている方へ馬首を向けた。
 振り返ると二つに分かれていた盗賊団が一つの塊になり、
顔を怒らせて追って来ていた。
その怒りを鎮めるには呂布一人の首では足りないだろう。
 隊商の群れを見つけた。
彼等はこちらを見て、唖然としていた。
事情が飲み込めないのだろう。
荷馬車だけは下り方向に向けて整然と並んでいたが、騎兵達は三々五々。
油断していた。
迎撃の態勢が全く取られていない。
 そこに呂布が飛び込んだ。
何人かが問いを発するが、無視をした。
荷馬車の間を縫って、後方へと急ぐ。
 隊商側の怒鳴り声が飛び交う。
「迎撃しろ」「返り討ちにしろ」「荷馬車で道を塞げ」等々。
騎兵達が前方へ駆けた。
 警護の騎兵のみでなく、商人側の者達も武器を持っていた。
彼等が立ち向かおうとするところへ、盗賊団が雄叫びを上げて突入して来た。
馬が人に、荷馬車に衝突する音。
幾つもの悲鳴が上がった。
 盗賊団は思わぬ荷馬車の隊列に遭遇し、嬉しい混乱。
警護の騎兵の多さが、「西域との交易の商品」と語っていた。
お宝を目の前にして、関所破りの首を追っている場合ではない。
それぞれが勝手に荷馬車を奪おうと躍起になった。
 隊商側も声を枯らした。
「守れ、守れ」「指一本触れさせるな」と。
 随所で太刀が、槍が振り回された。
隊商側が分が悪い。
切り崩されて行く。
 奥へ進む呂布は途中で弓矢を持った者を見かけた。
腕に覚えのある荷馬車の馭者ようだ。
盗賊団を迎撃するため、荷馬車の上に立ち上がろうとしていた。
男に馬を寄せた。
「俺に渡せ」
 有無は言わせない。
強引に弓矢を取り上げた。
弓の弦の張り具合が丁度いい。
矢筒には矢が二十本。
これだけあれば足りるだろう。
 呂布は馬首を盗賊団のいる方向に向けさせた。
騎乗のまま、矢を番えて弓を引き絞る。
しかし、敵も味方も区別がつかない。
だぶんだか、こちらに背中を見せている者は味方だろう。
だから、こちらに顔を向けている者は賊と判断した。
手前勝手な理屈と、勘を頼りに次々と矢を放つ。
賊は騎乗しているものの、お宝を奪うのに躍起になっていて、状況は読まない。
そんな連中を射るのは容易いこと。
手前から順に一人、二人と斃して行く。




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白銀の翼(呂布)289

2013-11-24 08:04:46 | Weblog
 呂布は関所内部の様子を窺った。 
荒い木組みの柵で囲われているだけの関所なので、風通しも見通しもいい。
内部の様子がよく見て取れるし、声まではっきり聞こえてくる。
 街道を上り下りする者達が、それぞれに行列し、
その先頭の者が明らかに賊と分かる連中と通行税の交渉をしていた。
上りの商人が声高に税の値下げを要求。
下りの旅人も同様、負けてはいない。
旅慣れた者にとって、「賊が相手でも払うものは値切る」のが当然なのだろう。
結局は支払うことになるのだが、それでも少しでも値下げさせようと奮闘していた。
 関所入り口の番人二人は、呂布の口から出る言葉に目を白黒させていた。
それはそうだろう。
益州の一部の山里でしか使われない言語なのだ。
分かるわけがない。
呂布は対応に困っている二人を押しのけるようにして中に入って行く。
 行列を無視する呂布を番人二人が戸惑いながら追いかけて来た。
「この野郎、待て、待て」と。
 一人が息せき切って前に回り込み、軽い調子で槍を突き出して止めようとした。
呂布にとっては願ってもない展開になった。
「得たり」とばかりに槍の柄を掴む。
そして、強引に奪い取り、反転させて持ち替え、
回り込んで来た番人二人を血祭りに上げた。
狙ったのは防具で守られていない喉元。
目にも留まらぬ早業で刺し貫いた。
鮮血が噴き出し、悲鳴ともつかぬ悲鳴が上がった。
 人目に触れぬ分けがない。
周りは人で一杯なのだ。
驚愕の悲鳴が幾つも上がり、一瞬で行列が崩れた。
 呂布は驚き、呆れた。
行列していた者達が、それぞれ本来の目的方向に逃げて行く。
街道を上ろうとしていた者は上りに。
下ろうとしていた者は下りに。
これ幸い、通行税を払わずに走り去る。
 賊達も素早い対応をみせた。
何の指示も飛ばないのに、太刀を抜き、槍を構えて呂布に殺到した。
まるで、「待ってました」とばかり。
 呂布は、こういう状況は嫌いではない。
状況を読み、ただちに馬首を右方向に向けた。
躊躇いなく駆ける。
馬上より槍を巧みに繰り出し、押し寄せた五人を次々と穂先で屠る。
呂布にとって彼等は多勢でも木偶の坊でしかなかった。
 再び馬首の向きを変えた。
血塗られた穂先を新たな敵四人に向けた。
駆ける。
敵が太刀で、槍で防御しようが、呂布の剛力の前には如何ともし難い。
赤子の手を捻るも同然。
敵が手にする太刀や槍を払い飛ばし、四人を屠る。
 寄せる足音が聞こえないので、全体を見回した。
すると、少し離れた所に二人。弓を構えていた。
今にも放ちそう。
呂布は背筋に熱い熱を感じた。
強烈な興奮に見舞われた。
次の瞬間には馬を駆けさせていた。
もちろん弓の二人の方向に。
 弦が引き絞られ、矢が放たれた。
狙いは外れていない。
二本が、真っ直ぐに呂布に飛来した。
 狙いが分かるので、造作もない。
鮮やかな妙技。
槍の穂先で二本とも払い落とした。
 慌てたのは二人。
顔色を失い、弓を捨て、必死で柵の隙間から外に抜けて逃げて行く。
 呂布の背後で銅鑼が激しく何度も打たれ、山野に響き渡った。
振り返ると、賊の一人が打っていた。
隠れている仲間の本隊に危急を報じたのだろう。
呂布と目が合うと、これまた銅鑼を捨て、柵の隙間から逃げて行く。
他にも四、五人が逃げるのが散見された。
 呂布は関所内を見回した。
地面を呻き転がっている者はいても、立って歩いている者は一人もいない。
関所の外にも人影はない。
旅人も商人も地元の者も、巻き添えを嫌って、みんな逃げ去った。
 取り敢えず目的は達した。
あとは賊の方の問題。
まさか、このまま逃げるとは思えない。
賊の本隊の襲来に備え、弓矢を探した。
あいにく逃げた二人が捨てた二挺しかない。
矢だけは、ちょっとだけ余分にあった。
矢筒二つを合わせると三十数本。
 蹄の音が右方から轟いて来た。
林から盗賊団の群れが踊り出して来た。
舞い上がる土煙が邪魔をして、その数ははっきりしない。
土煙の上がり方からすると、少なくとも五十は超えるだろう。
 呂布は右方の柵に移動した。
槍を柵に立て、弓を手にした。
盗賊団がやっつけ仕事で組んだ関所の柵だが、馬止めの役は十分に果たすだろう。
 遠間だが呂布は弓を構えた。
矢を番え、狙いを定め、剛力で引き絞る。
放つ。
 矢が放物線を描いて盗賊団の群れに飛ぶ。
結果を見てる暇はない。
次々と矢を番え、常に先頭の賊を狙う。
 どこに当たったのかは知らないが、先頭が三人、四人と落馬し、
その影響で後続も何騎か巻き込まれ、馬群に混乱が生じた。
 盗賊団が二つに割れた。
怒りに燃えているのが感じ取れた。
左右二手に分かれ、ここを目指して来る。
 呂布は隊商の控えている方向に目を転じた。
ところが動きがない。
警護の騎兵達の蹄の音が全く聞こえない。
二つの隊商の混成なので、ぐずぐすして動きが鈍いのか。
それとも、まさか、意を翻したのか。




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白銀の翼(呂布)288

2013-11-21 21:18:28 | Weblog
 呂布は隊商の先頭にいた。
段揚と二騎、最先頭を進み、前方に目を配っていた。
今のところ周辺に怪しい気配はない。
街道を行き交っているのは、同じような隊商か、旅人、地元の者。
 呂布が隊商に加われたのは、大番頭の信頼を得たからではない。
たんに人員が不足していたからにすぎない。
洛陽からここまでの旅程で、「盗賊団との戦いで十人ほどを失った」というのだ。
気の良い段揚の口利きがなければ、一人旅が続いていただろう。
 誰も口にしないが、呂布が裏切った場合に備えて、最先頭の任を与えられたのだ。
「いつでも背後から弓で射る」と。 
隊商のみならず軍事に置いても、
身元の不確かな新顔を目の離し易い後方に置く事は、まず有り得ない。
最先頭か、最前線が当然の配置なので、呂布も怒りはしない。
このくらいの用心深さがなくては、とてもではないが西域への隊商は組めない。
 段揚の説明では、不足した人員は敦煌で補充するとか。
あの町には西域との交易に慣れた者達がいるので、こういう場合は便利なのだそうだ。
 四日目にして、ついに関所らしき物に遭遇した。
それは街道を塞ぐようにして造られていた。
遠目に如何にも急拵えと分かった。
そこを通るための行列も出来ていた。
 段揚が隊商を止めた。
関所を抜けて来た旅人に問う。
「あの関所は本物かね」
 問われた旅人が言葉を吐き捨てた。
「まさか。どう見ても賊だな。
それでも通行税を支払わねば通してくれん」
「何人くらいいる」
 旅人が気の毒そうに言う。
「表に出てるのは十数人だが、関所破りは止めた方がいい。
おそらく仲間達が、そこいらの森とか山とかに隠れている筈だ」
 確かに、それはあり得る。
迂闊な行動は取れない。
 隊商の主立った者達が集まって協議した。
当然ながら中心は大番頭。
商家の者にとって不必要な支払いを避けたいのが本音である。
余計な経費がかかっては隊商を組んだ意味がない。
しかし、ここまでの旅程で、すでに十人ほどを失っていた。
これ以上の人員損失も避けたいところ。
なかなか結論が出ない。
 そこへ、前方で行列していた隊商が引き返して来た。
そして、こちらの隊商に、
「余計な通行税は支払いたくないのだが、何か良い手立てはないか」と声をかけてきた。
 彼等も、こちらと同じような陣容であった。
双方の警護の人数を足すと四十余人。
正規の騎兵には敵わぬだろうが、目の前にいるのは盗賊団。
その人数は不確かだが、盗賊団の弱みは統制が取れぬこと。
「倍近い人数の敵にでも勝てる」と双方の警護の頭の意見が一致した。
問題は、盗賊団の仲間達がどこに潜んでいるのか。
確かめようにも時間も方策もない。
 呂布が進み出た。
「俺が関所を荒らしてみる。
騒ぎになれば、どこからか出て来るだろう」と。
 返事は求めない。
替え馬を預けて、さっさと関所に向かった。
 段揚が後を追ってきたが、断った。
「俺一人で十分。
逃げ足には自信がある」
「分かった。
せめて槍くらいは持って行け」
「槍を担いでいたら向こうも警戒するだろう」
 頭と口元と覆っていた布を取り外し、金髪を棚引かせて馬を進めた。
関所に並ぶ連中を後方より一喝。
「どけ、邪魔だ」
 みんなが振り返る。
そこには騎乗の偉丈夫がいた。
金髪碧眼。
鼻筋が通った細い顔。
獲物を狙うかのような鋭い眼光。
全身に纏っているのは暴力。
恐ろしさに誰一人、文句も言わずに道を譲った。
 関所入り口には二人の男が槍を持ち、番人よろしく立っていた。
二人の衣服は、賊と証明するかのように不揃い。
下っ端なので、金回りが悪いのか。
あるいは、衣服よりも酒、女に金を使うのか。
 二人が騎乗の呂布に警戒を露わにした。
「みんな順番に並んでる。
勝手に列を乱すんじゃない」
 賊に説教されてしまった。
呂布は笑い飛ばす。
「はっはっは。構わぬ、構わぬ」




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白銀の翼(呂布)287

2013-11-17 08:05:26 | Weblog
 その隊商は五十数人もの大所帯であった。
十二両もの荷馬車が中核で、前後をそれぞれ十数騎の騎馬隊が警護していた。
荷馬車の中身までは分からないが、ものものしい警戒振りから、
かなり価値ある商品を運んでいると見て取れた。
 そこへ、見るからに怪しい呂布が近付いて来たものだから、隊商全体に緊張が走った。
何しろ呂布は遠目にも、偉丈夫。
しかも旅汚れていた。
時折、川があれば水浴したのだが、衣服を洗う余裕まではなかった。
なので、砂除けの外套も、頭や口元を覆う布も、砂埃がこびり付いたまま。
不気味といえば不気味。
盗賊団の偵察と勘違いされても不思議ではない。
 呂布は隊列を止めぬように気を遣い、後尾の騎兵に馬を寄せ、
「敦煌へ行きたいのだが、この街道で良いのかな」と声をかけた。
 途端に警戒する幾つもの視線が突き刺さる。
 四十過ぎの無愛想そうな騎兵が、逆に問うてきた。
「一人で敦煌に向かうのか、何の用だ」
「敦煌の手前にある赤譜村の親戚を訪れる」
 赤譜村には呂家の血縁の者が一家を構えていた。
呂布の養父、呂威の縁戚である。
子供の頃、養父と何度か行った事があるので、縁戚の顔は今でも覚えていた。
「訪れる・・・。
あの村は何の村だ。
親戚がいるのなら、少しは知っているだろう」と試された。
「十何年か前に父親に連れられて行った時は、
村の入り口に白黒の大熊の置物が二つ、飾られていた。
何でも厄除けなんだそうだ。
・・・。
俺の親戚は自前の農家で、村が何を作っているかまでは聞かされてない」
 騎兵が表情を緩めた。
「いいだろう。
一昨年には、その大熊の置物が四つに増えていた。
・・・。
訪れてどうするんだ、あの辺りは辺鄙な所だぞ」
「色々とあるんだ」
 騎兵が、フッと笑う。
「ほとぼりが冷めるまで、農作業の手伝いでもするか」
 呂布を、「わけあり者」と勝手に理解したらしい。
まあ、わけあり者には違いない。
正確には賞金首なのだが。
「当然、そうなるだろうな」
「このまま北に進めば赤譜村に辿り着く。
しかし、日数がかかる。道が険しいから二十日ほどかな。
・・・。
そうそう、昔と違い、途中で通行税を徴収する賊が出没するが、どうする」
 呂布は当然のように言い放つ。
「余分な路銀はない。
しつこく催促されれば押し通るまで」
 騎兵が心から笑う。
「はっはっはっ・・・、そうやってここまで来たのか。
それでは命が足りないだろう」
 呂布は和らげた目で騎兵を見返した。
「俺は益州から来たのだが、途中に通行税を徴収する賊はいなかった」
 騎兵が首を竦めた。
「すると益州はまだ治安が良いんだな。
この隊商は洛陽からだが、途中、何度か盗賊団に襲われ、
十人近い者達がすでに命を落としてしまった」
「都近くにも盗賊団が現れるのか」
「現れる、現れる。
跋扈する蝗災か、盗賊団かといったところだな。
流石に都には押し入らぬがな」と苦笑い。
「益州にも盗賊団は出没するが、公然と通行税を徴収する輩は聞いた事がないな」
 騎兵が真顔で言う。
「ここの涼州とか北の諸州は異民族と接しているから、どうにも成らんのだよ。
月氏や羌族、匈奴 との国境が複雑に入り組んでいて、賊の逃げ場所になっている。
賊が昼日中に関所を拵えて通行税を徴収していると聞けば、
捕らえる為に軍が出動するのだが、連中は国境を越えて異民族の懐深くに姿を消す。
毎回、これの繰り返しなんだそうだ」
 呂布は呆れ顔で尋ねた。
「国軍に人はいないのか」
「董卓という将軍が異民族に強いので、涼州だけでなく并州も併せて任せられている。
人選は確かなんだが、一人だけでは、ちょっと広すぎて手に負えない」
「他に将軍は」
「何人か赴任して来たのだが、物の役に立たないという噂だ」
 突然、騎兵が話題を変えた。
「俺は段揚。お前の名は」
「呂布」
「呂布か。
村に着くまで、我らに手を貸さぬか。食い物が出るぞ」
 呂布は考えるまでもなかった。
「それは、こちらも助かる。道に迷わずに済む」
 段揚は喜色満面、「相談してくる」と言い捨て、荷馬車の一つに馬を急がせた。
荷台に腰を下ろしている商人然とした男に馬を寄せ、呂布を指し示しながら、
相談を始めた。
彼が隊商を統率しているのだろう。
内容までは聞こえない。
 やがて段揚が呂布を手招きした。
表情から、「説き伏せたのだ」と分かった。
男と呂布を引き合わせた。
商家の大番頭なのだそうだ。
 大番頭の刺すような視線が呂布を撫で回した。
耳元で止まる。
金髪が少し、はみ出てるのかも知れない。
呂布は挨拶代わりに頭や口元を覆っている布を取り外した。
伸ばし放題の金髪が風に棚引く。
居合わせた連中が目を丸くした。
段揚も。
大番頭だけは違った。
慣れているらしい。
「西域の言葉は喋れるのか」と尋ねて来た。
「いや、まったく。
こちらの言葉しか分からない」
 大番頭は少し考えるが、深くは追求しない。
「とにかく、よろしく頼みますよ」
 段揚が呂布を連れ、先頭に連れて行く。
「俺達は前だそうだ」
「どこでも構わん」
「しかし、金髪とは驚いた」
「西域と交易しているんだ。見慣れていないのか」
「西域といっても広いからな。そんなには目にしない」




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白銀の翼(呂布)286

2013-11-14 21:46:52 | Weblog
 呂布は気怠く目覚めた。
昨夜の余韻が色濃く残っていた。
繰り広げた痴態で全身の筋肉が緩んでいた。
それも束の間、ハッとした。
隣に人肌の温もりを感じない。
慌てて手を伸ばした。
右にも、左にも誰もいない。
 半身を起こして天幕内を見回した。
狭いので、念入りに見る必要はない。
女がいた形跡は残り香のみ。
 天幕の隙間から日射し。
何時の間にか夜が明けていた。
鳥の囀りが聞こえて来た。
ところが、人の声が聞こえない。
人の気配も感じ取れない。
 呂布は愕然とした。
慌てて素っ裸のまま天幕から飛び出した。
危惧したように張任達の姿が消えていた。
天幕も、騎馬も、呂布のを残して全て消えていた。
「やられた」と思った。
気取られる事なく現れて、気配も見せずに消えた。
 心地好い風が全身を撫でる。金髪を揺らす。
呂布は長い溜め息をついた。
「師匠の張任には敵わない」と。
そして、「あの女に再会する事も叶わない」と。
 手早く身支度を調え、天幕を片付けた段になって、
太刀がすり替えられている事に気付いた。
まず重さが違う。
明らかに重い。
柄の造りも微妙に違っている。
 鞘から抜いた。
太刀が日射しに燦然と輝く。
前後左右に振り回してみると、これが意外と扱いやすい。
呂布の剛力に合わせて選んでくれたのだろう。
近くの竹藪で試し切り。
切れ味が脅威を覚えるほどに鋭い。
 太刀だけではなかった。
弓矢が一具。
矢筒には二十本の矢。
槍ではなく、弓であるところに意味があった。
路銀、食料がなくなったら、「弓で獣でも鳥でも射て、食料とせよ」と言うことなのだろう。
 張任の思いやりには、ただ、ただ頭が下がる。
言葉だけでは感謝しきれない。
彼が去ったと思われる方向に、両膝ついて深々と拱手をした。
 呂布は替え馬に荷物を載せ、もう一頭に騎乗した。
野営地から街道に向かう。
追っ手を殲滅させたので、急ぐ旅ではない。
故郷とて現存しているかは、はなはだ疑問。
村が盗賊団に襲撃されたのは十年以上も昔。
その時、居合わせた村人達は殺されるか、奴隷として売られるために連行された。
全ての村人がいなくなったのに、村だけが現存しているとは思えない。
それでも、故郷へ戻らなくてはならない。
近隣の村か町に手掛かりがあるかも知れない。
重い心を奮い立たせ、涼州へと馬首を向けた。
 涼州は益州の北にあり、州境を接していた。
なので気楽に考えていた。
ところが、野営と、農家の軒先を借りての泊まりを重ねる事になった。
宿のある村や町がなかったのだ。
あったのは細々とした、盗賊団も素通りしそうな感のする村ばかり。
 考えてみたら、呂布は私兵団を率いて戦場に赴いた事はあるが、
本格的な旅はした事がなかった。
長かった旅は奴隷として売られる為の連行の旅のみ。
故郷までの道を知るわけがなかった。
 二十日ほどかけて涼州に辿り着いた。
そこで最初に出会った隊商に声をかけた。
「敦煌へ行きたいのだが、この街道で良いのかな」と。




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白銀の翼(呂布)285

2013-11-10 07:52:42 | Weblog
 水浴から野営地に戻ると、天幕の設営が全て終えていないにも関わらず、
張任と呂布には酒席が用意されていた。
「先に二人で始めていてくれ」というのだ。
みんなは、「それぞれの設営を終え次第、順次、加わる」手筈なのだとか。
 二人で肩を並べて、焚き火の前に腰を下ろした。
すでに二人分の肉が焼き上がっていた。
それを肴に二人で飲み食い始めた。
昼日中の酒の回りは早い。
呂布はいい気分になった。
 張任は酒が入っても、師匠である事を忘れない。
串で足下に、隊列の編成とか、進軍手順、地形に合わせた陣取りとかの絵図を描く。
描いては消し、描いては消し。
教えることを楽しんでいた。
 そうこうするうちに酒席に加わる者達が増えて来た。
男も女も関係ない。
空いた場所に適当に腰を下ろし、手前勝手に飲み食い始めた。
酒宴の輪が大きくなるに従い、焚き火も増やされた。
酔ってもいないのに歌が始まった。
歌を肴に、酒が進む。
誰かが薪を叩いて歌に拍子をつけた。
笑い声、怒鳴り声も。
こうなると騒がしい。
傍にいる張任の声が聞き取れなくなった。
 様子を見遣った張任は、心から嬉しそうな顔をした。
絵図を描くのを止めた。
串を投げ捨てて歌に加わる。
そして、興に入ったのか、立ち上がった。
薪を叩いて拍子を取っている男の傍に歩み寄り、何事か注文をつけた。
即座に拍子が変わった。
それに合わせ、張任が歌い踊る。
酔いが回ったのかも知れない。
 と、思っていたら、
何時の間にか呂布の右隣に、あの女武者が腰を下ろしていた。
見事な肢体を武具で覆い隠した女武者。
女武者が呂布の大盃に酒を注ぐ。
 どうやら張任は、この女に遠慮したのかも知れない。
呂布としても、張任の配慮に感謝した。
この女には興味があった。
「お前は酒が強いのか」
 女は呂布の視線を平然と受け止めた。
「多少は」と答え、呂布の手の大盃に手を伸ばし、取り上げるではないか。
少し飲み残しがあるのだが、それを平然と飲み干す。
そして、その大盃を呂布に差し出し、「注げ」と催促する目色。
 呂布は嬉しくなった。
嬉々として酒を注いだ。
満々と。
女はそれも一気に飲み干す。
多少の溢れはあるのだが、全く気にしない。
大盃を呂布に戻した。
 今度は呂布が女の注いだ酒を飲み干す。
大盃を女に戻しながら尋ねた。
「名前は」
 大盃を受け取った女は呂布の問いを笑う。
「もう二度と会うこともないのだから、名前を覚えても仕方ないでしょう」
 二人は、うわばみか、何度も大盃が行き交う。
合間に互いに肴も勧める。
会話は弾まないが、代わりに視線が妖しく絡む。
まるで二匹の蛇のように絡む。
 呂布も健康な青年なので女の経験はあった。
奴隷でも町に出れば金次第で、色街で女が買えた。
私兵団と行動している時は、大成果を上げた時に限ってだが、
雇用主達が一晩売春宿を借り上げてくれたりもした。
ただ、金銭関係が介在しない女だけには縁がなかった。
 今、呂布は隣の女に魅せられていた。
胸が弾む。
肩を寄せ、大盃を交わしているだけなのに、鼓動が鎮まらない。
女の酒臭い息が鼻を擽る。
呂布は堪えきれなくなった。
片手を女の腰にそっと回した。
 女は驚かない。
堂々と大盃を一気飲み。
あらためて呂布を見返す。
妖しげな目色。
そして、天幕の方を促す。
 言葉はいらない。
互いに肩を寄せ合いながら立ち上がった。
立ち上がって始めて酔っている事に気付いた。
これまでを振り返ると、丘の上の野営地でも酒をしこたま飲んでいた。
水浴の時点で酔いを感じるほどに。
それでも、「体力で乗り切れる」と自信を持っていた。
なのに。
女が予定外であった。
お陰で酒が大いに進んだ。
フラフラな足取りになるほど。
 女が片手を絡ませて笑う。
「酔ったの」
「ちょっと飲み過ぎたみたいだな」
「ちょっとだけなの」
「たぶん」
 誰憚ることのない、たわいない会話。
二人の目には他人は一人も映っていない。
酒宴の喧騒すらも入ってこない。
頼りない足取りで天幕に入って行く。
 下には毛皮が敷いてあった。
呂布は女を両手で抱きしめ、ソッと毛皮に腰を下した。
「名前は」
 すると女が呂布を、「しつこいわね」と組み敷く。
意外と腕力が強い。
見かけだけの女武者ではなかった。
女が呂布に馬乗りになって、その首を絞める。
握力もたいしたもの。
そこいらの男なら、絞め殺されるだろう。
なされるがままに任せ、女を見上げた。
 女が真剣な顔を近付けて来た。
またもや酒臭い息が呂布を擽る。
「拉致されたのが私でも助けてくれたのかしら」
 不意に呂布は、頭の片隅が煌めくのを感じた。
あの婿入りの話し。
益州の豪族が呂布を婿に迎えようとした。
そこには家付きの娘がいた。
お転婆娘と評判の女武者だったはず。
「助けた。
敵百万あろうと、助けた」
「本気にするわよ」
「いずこにあろうと、単騎でも駆け付けた。
・・・。
もっと・・・、もっと早く知り合えていれば良かった。
そう思わないか」
 途端に女から涙が落ちてきた。
取り繕うように、女が呂布の首筋に喰らいつく。
歯形がつくほどに噛み付いた。




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白銀の翼(呂布)284

2013-11-07 19:26:52 | Weblog
 呂布は疑問を口にした。
「この家人の方々は、ふだんの師匠のお供では見かけませんね」
「そうだ。
ふだんは屋敷には置かず、雑役を免除して山や草原を駆け回らせ、
武技のみを磨かせている。
今から争乱に備えて置かないと、手遅れになるからな」
「争乱に」
「今のように世が乱れると、争乱となっても不思議ではないだろう。
それに備えるのが武人の勤め」
 たしかに。
人心が荒廃し、世情は大いに乱れていた。
庶民各層の一揆。
地方に力尽くで割拠し、搾取する豪族。
神出鬼没に現れ、暴れ回る盗賊団。
家屋敷田畑を捨てて流浪する民。
増え続ける無人の村落。
行き場を失った者達を吸収し、膨れ上がる数多の宗教団体。
そして、統治機能の混乱の隙を突いて、外敵の侵入も多発している。
 そもそもの原因は朝廷内の政争にあった。
彼等は権力争いに明け暮れ、日々、権謀術策の限りを尽くす生活に勤しんでいた。
そんな彼等に混乱する地方を垣間見る余裕などはない。
「争乱が起きると思いますか」
「起きる。絶対にな。
非常事態にでもならない限り、今の混乱は収まらないだろう。
つまり、今の混乱を収めるのは、新たな争乱という事だ」
 呂布は首を捻った。
今一つ理解出来ない。
 すると傍にいた女武者が目を輝かせた。
「火事を消すなら、より大きな火事、という事ですね」
 張任が、「得たり」とばかりに笑った。
「はっはっはっ、言い方は悪いが、そんなとこだ。
自然にそういう流れになるか、誰かが企てるか、
何れにしても、朝廷を一つに纏めるのは、大きな争乱しかない」
「そんなもんですか」
「そんなもんさ。
内輪揉めを収めるには、外に敵を求める。昔からそうやって来た」
 張任が周りの女武者達を指し示して呂布に言う。
「この女武者達は俺の知り合いばかりだ。
性格がきつく、口も悪い。
そんな奴等なんだが、どこで聞きつけたのか、
お前の見送りの供をしたいと、強引に付いて来た」
 当人達を前にして、褒めているのか、貶しているのか。
肝心の女武者達は全く気にしない。
目くじら一つ立てない。
 見事な肢体の女武者が呂布に言う。
「益州の全ての女達が貴男に感謝しています」
「感謝・・・」
 彼女が双眼を吊り上げ、ジッと呂布を見た。
語調荒く言う。
「無垢の娘達を拉致監禁するなんて、まともじゃないわ。
拉致されたのが奴隷の娘達では、どこにも訴えられない。
そうやって足下をみたのでしょうね。
連中は獣よ。
いいえ、獣以下よ。殺されて当然だわ」
 周りの女武者達も大きく頷いた。
 呂布は彼女から目が離せない。
口調はきついが、妖艶な色香を漂わせている。
女ながら、武者姿も板についている。
独特の存在感。
気持ちが擽られた。
「褒めてもらっているようだが、俺は賞金首。
褒め言葉を、そのまま素直に受け取っていいのかな」
 彼女がくすりと笑う。
「ふっふっ、構わないわ。
私が州の刺史なら、貴男に褒賞金を出すわ」
 張任が割って入った。
呂布に言う。
「下の平らな所に野営地を設けた。
お前の天幕も用意してある。さあ、下りよう」
 有無は言わせない。
張任の言葉が発せられるや、居合わせた者達が呂布の野営地の撤去を開始した。
呂布が撤去に手を出そうとすると、あの女武者に怒られた。
「ここは私達に任せて。貴男は張任様に付いて行って」と。
 従うしかない。
張任の後を付いて行く。
 下りながら張任が呆れた声で言う。
「お前は、あの手の女には弱そうだな」
「えっ、それは・・・」
 張任は直ぐに話題を変えた。
「本当に涼州に戻るのか」
「はい。
涼州に戻って、家族が売られた先を探します」
「成算があるのか」
「何もないので、涼州に戻るのです。
もしかすると、奴隷に売られた奴が村に戻って来ているかも知れません。
あるいは、近隣の村や町に、何か手掛かりを持っている者がいるかも知れません」
「はなはだ心許ないな」
「ええ、今はそれしかないのです」
 丘の裏の平らな草地に野営地が設けられていた。
ここでも張任の家人達や、女武者達が忙しく働いていた。
 張任は呂布を従え、野営地を通り抜けた。
少し行くと川があった。
十分な水量。
人影に気付いた川魚の群れが逃げるように散った。
 張任は何も言わず、川原で衣服を脱いだ。
引き締まった体躯の、あちこちに戦傷の痕跡がある。
真新しいのも幾つか。
深い所を選び、飛び込む。
 呂布も慌てて、衣服を脱ぎ捨て、張任の隣に飛び込んだ。
 張任が笑顔で言う。
「よく汗を流しておけ。
・・・。
夜になったら女が夜這いをかける」
「それは」と呂布。
 張任はそれ以上は答えない。
 川原に女武者二人が現れ、張任と呂布が脱いだ衣服を新しいのに交換した。




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白銀の翼(呂布)283

2013-11-03 08:06:56 | Weblog
 ほろ酔い加減の呂布だが、時折五人を見回して観察するのだけは怠らない。
姿形は隊商の者である事を語っているが、それが偽りである事は明白。
顔や首回りに無駄な肉が一片も付いていない。
足下に揃えている太刀や槍にしても、かなり遣い込まれていた。
そして彼等の纏う空気は武人そのもの。
 五人は呂布に何も語らない。何も問わない。
ただ無言で飲み食いに興じるだけ。
とにかく、よく食い、よく飲む。
呂布の竹筒が空になったと見るや、新しい竹筒を手渡してくれた。
 正体不明の連中に周りを囲まれた状況だが、不思議と怖くはなかった。
彼等の放つ独特の空気を心地好く感じた。
 と、丘の下に新たな気配。
五人も感じ取った。
途端に立ち上がり身支度を始めた。
服装を正し、太刀を佩き、槍を手にした。
 呂布も立とうとしたが、一人が片手を上げて制した。
無用らしい。
五人の様子から、どうやら敵の襲来ではなさそうだ。
 丘の下から人の声が届いて来た。
女の声も混じっていた。
人数からすると十人程度か。
声の調子から、急ぎ足で上がって来ると分かった。
先頭は女武者。
武具を身に纏っていても、見事な肢体と分かる。
グッと呂布を睨む。
 十一人が上がって来た。
五人が整列して彼等彼女等を出迎えた。
人群れから一人の偉丈夫が進み出た。
射竦める双眼。
 呂布は自分の顔から血が引いて行くのが分かった。
慌てて立ち上がった。
転がるような勢いで出迎えの列に加わり、両膝をついて拱手をした。
 呂布に武技を一から教えてくれた張任であった。
益州の武官で、「この人あり」と称される武人。
年齢は三十半ば。
鍛え抜かれているのが遠目にも歴然。
体躯は呂布に比べると少々低いが、手足太く、胸も厚い。
 呂布が口を開くよりも、張任の方が早かった。
呂布に駆け寄り、右の肩に手を置いた。
がっしりした力強い手。
何よりも暖かい。
「よく眠れたか」
 呂布は大きく頷いた。
 張任が続けた。
「よく食えたか」
 呂布は目頭が熱くなった。
より大きく頷く。
 張任が、やおら両膝をつく。
両手で呂布の両肩を抱く。
「酒も飲めたようで良かった、良かった」
 呂布の涙腺が緩む。
ドッと涙が溢れた。
張任に抱かれたまま、「申し訳御座いません」と言うので精一杯。
 張任は武技の師匠であると同時に父であり、兄のような存在であった。
もっと鍛えて欲しかった。
もっと語り合いたかった。
 張任が強い語調。
「止むに止まれぬこと」と言いながら、呂布を強引に引き立て、
「俺を巻き込みたくなくて、別れの挨拶に来なかったのだろう」と続けた。
 図星であった。
深く頷き、涙を拭い、彼を見た。
 張任の双眼も濡れていた。
「俺の心配をするようになったか。
お前も一人前の大人だな」
「師匠に迷惑はかけられません」
「そういうのを水臭いと言うのだ。この馬鹿者が」
 呂布は覚悟を決めた。
地面に、しっかと腰を下ろした。
「師匠になら喜んで」と首を差し出した。
 張任は呆れ顔になった。
みんなを見回した。
「この大馬鹿者が俺に首を差し出すそうだ」
 さっきの女武者が呂布の横に来た。
「張任様は貴方様の加勢に来られたのです」
 異な説明なので呂布には理解出来ない。
州の武官の立場にあるのなら、追っ手側に加わるのが当然。
なのに・・・。
「罪を犯した者に加勢する」というのか。
 呂布は腰を下ろしたまま、みんなを見上げ、ゆっくり見回した。
それぞれの顔は違っても、顔色が暖かい。
何なのだ。
何が起きているというのだ。
 張任が厳しい目をした。
「国の法は、人の道とは別の物。
国の法は、正しい、正しくない、ではなく、
人と人が極力争わなくても済むように創り上げた代物。
力のある者に都合の良い物でもある。
国の法と人の道が衝突したとしたら、俺は人の道を選ぶ」
 呂布は女武者に、「立つように」と促された。
けれど呂布は従わない。
片膝ついて張任に問う。
「それで大丈夫なのですか」と心配した。
 張任の厳しい目は変わらない。
「己が身の心配をしたら、人が人でなくなる。
成すべきは心の声に従うこと」
 呂布は再び拱手をした。
「ありがたいことです。
・・・。
それにしても、よくここが分かりましたね」と問う。
 張任が表情を緩めた。
「お前を捜していたら不思議な事に、あちこちで消息が知れた。
まるで、わざと残したみたいにな。
それで、追っ手を誘っていると分かった。
後は簡単。追っ手に付いて行けば、お前が現れると考えた。
追っ手にも、お前にも気付かれぬように、慎重に、慎重に間を置いて付けた。
そして読み通りにお前は現れた。
手間取れば加勢しようと思っていたのだが、ところがお前は、
赤子の手でも捻るかのように、いとも簡単にやってのけた」
「するとあの後、ここまで付けられていたのですか。
まったく気付きませんでした」
「お前の気持ちは分かるが、油断のし過ぎだ」
 呂布はバツが悪そうに、みんなを見回し、張任に問う。
「お供の方々は」
「男どもは、うちの家人だ。
よく鍛えられているだろう」
「見るからに武人ですね。
もっとも、それ以上に無口ですが」
 張任が笑う。




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