黄小芳が口喧しい。
強い言葉で飲酒した事を咎める。
「お酒は早いでしょう。まだ子供なんですから」という分けだ。
宋典は壺を取り戻して自分の手元に置いた。
何美雨から守るように両手で囲う。
それから怒られている様子を見て、両の頬を緩ませた。
何美雨は平謝り。
「ごめんなさい。宋典があまりにも美味しそうに飲むものだから、つい・・・」言い訳。
何美雨はみんなが寝静まった深夜、気分次第だが、夜歩きするのを慣習にしていた。
その際に酒壺を見つけると、何度か、こっそり味見した。
特に御膳房に保管されてる酒壺にはお世話になった。
そこの酒に比べても今の酒は負けてはいない。
実に美味しい。
黄小芳の小言が小止みになったのを見計らい、宋典に問う。
「ねえ宋典、後見人が得するというけど、仕える皇子が冠礼を済ませるまでの事で、
それを終えたら御用済みなんでしょう」
宋典が鼻を鳴らした。
「これだから物を知らぬ女子供は困る」上から目線で何美雨を見遣り、
手元の壺の酒を茶碗になみなみ注ぐ。
「勿体振ってないで教えなさいよ」
宋典は茶碗をゆっくり口元に運び、零さぬように慎重に飲み始めた。
「それで三杯目でしょうに。仕事中に許されると思うの」と何美雨が言うが、
宦官はビクともしない。
薄ら笑いを浮かべて飲み続けた。
時折、何美雨に視線を送った。
空にすると茶碗を少し持ち上げ、卓にドンと音を立てて置いた。
歪んだままの唇を開いた。
「酔っぱらいの戯言と聞き流してくれ」みんなを見回し、
何美雨とその侍女達が頷くのを待った。
試されているも同然だが引き下がるつもりは毛頭ない。
何美雨はみんなと顔を見合わせ、頷いた。
宋典が満面の笑み。
「お上は毒殺未遂だったのだが、どういう分けか直ぐに、
一部から毒殺犯人として何皇后の名が上がった。
まるで毒殺が成ったかのように不自然に上がった。
普通であれば皇后の名は畏れ多くて出せない、なのに」
はっとした顔の黄小芳が割り込んだ。
「そう言われる・・・、思い出しました。
そうでした。直ぐに皇后の名が上がりましたね」みんなを見回して深く頷いた。
宋典はより一層顔を綻ばせた。
老侍女に視線を走らせた。
「あれは何皇后を犯人に仕立てた毒殺だったと思う。
仕立てた奴は失敗に終わるとは思わなかったのだろう。
ところがその日、于吉仙人が居合わせ、手当が早く、毒殺を未遂に終わらせた。
その予期せぬ事態は、毒殺の黒幕にまでは届かなかった。
だから噂を流す役目の者共は予定通りに動き、毒殺犯人として皇后の名を上げ、
深く広く流布させた」
「どうしてその事を今まで黙っていたの、
取り調べの官吏達に告げればよかったでしょう」何美雨が鋭く言う。
宋典が両手を大きく広げた。
「後宮だけでなく、表の朝廷にも魑魅魍魎の輩が潜んでいる。
だれが敵で味方か、さっぱり分からん。
迂闊に喋れば夜中にそっと忍んで来た奴に口を塞がれる。
あるいは真っ昼間、擦れ違いざま女官に刺されるかも知れない。
下手すれば俺が犯人に仕立て上げられることも。
だから黙っていた。
初めてだよ、こうして喋るのは。
ここの小娘と侍女達は信用が出来る。
後宮の者達からは一線を引かれ、表の者達には胡散臭く思われているからな」
何美雨は全て分かったような気がした。
「私達を褒めているのか、貶しているのか・・・。
つまり事が成った後の後見人を目論んでいる者が、事を仕組んだと言うのね。
そして其奴は真っ先に自分の名が後見人として名が上がるようにも、
周到に仕組んでいるのよね」
侍女達が身体を強張らせた。
小娘と宦官を交互に見遣った。
「理解が早くて助かる」宋典が視線を多少和らげた。
「どうやって帝位を簒奪するつもりなのかしら」
「後見人に任じられるや、真っ先に太后に取り入る。
太后が育てている皇子こそが帝位に相応しい、と言えば歓迎されるだろう。
それから皇后とその皇子の処分に取り掛かる。
毒殺犯として名が上げられたからといって、噂だけでは処罰出来ない。
世間の誰をも納得させるが必要があるからな。
そこで皇子を遠隔地に送り出す。
皇子の身分から地方の王へと格下げし、何家に不満を充満させる。
時節柄、鮮卑の事があるから北の防備を劉家の濃い血筋で守り固めるとして、
軍勢を付けて送り出すのも一つの手だろうな。
その際、皇子の後見として皇后を帯同させる。
ついでに何進大将軍をも帯同させる。
遠ざけてしまえば、どのようにでも仕組める。
・・・。
最も都合が良いのは何家反乱の噂を流布させることだ。
反乱の噂を理由として何進から大将軍職を取り上げる。
そして何家を締め付けて反乱に追い込む。
実際に反乱しなくとも反乱の噂に真実味を持たせれは事は成ったも同然。
自らが大将軍職に就いて軍勢を率い、言い訳無用で何家を討伐する。
軍権を掌握し三公九卿を手懐け、表だけでなく後宮も掌中に収めれば、
それから先は胸先三寸。
太后と皇子には、こっそり薄めた毒を仕込み、食事の際に混ぜて出す。
皇子は三才だから、時間は充分にある。
虚弱体質と間違われ、若死にしても疑われない。
太后は当然ながら老衰で済ませられる。
その後は自分が帝位に就くか、息子に帝位を継がせるか。
そういったところだろうな。
証拠も証言も取れないから宦官風情では身動きが取れない。
簒奪を黙って見守っているしかない」白けた表情で話しを締めくくった。
何美雨は釈然としない。
「いくら何でも異論が出るでしょう。
激しい抵抗も考えられるでしょう」
宋典が茶碗に酒を注ぐ。
「今の帝の血筋が絶えたら、同じ劉家の血筋から養子を入れるだけ。
実に簡単。帝は所詮お飾り。
その時の後見人が濃い血筋で軍権を掌握していたら、誰も表立って逆らえない」
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
強い言葉で飲酒した事を咎める。
「お酒は早いでしょう。まだ子供なんですから」という分けだ。
宋典は壺を取り戻して自分の手元に置いた。
何美雨から守るように両手で囲う。
それから怒られている様子を見て、両の頬を緩ませた。
何美雨は平謝り。
「ごめんなさい。宋典があまりにも美味しそうに飲むものだから、つい・・・」言い訳。
何美雨はみんなが寝静まった深夜、気分次第だが、夜歩きするのを慣習にしていた。
その際に酒壺を見つけると、何度か、こっそり味見した。
特に御膳房に保管されてる酒壺にはお世話になった。
そこの酒に比べても今の酒は負けてはいない。
実に美味しい。
黄小芳の小言が小止みになったのを見計らい、宋典に問う。
「ねえ宋典、後見人が得するというけど、仕える皇子が冠礼を済ませるまでの事で、
それを終えたら御用済みなんでしょう」
宋典が鼻を鳴らした。
「これだから物を知らぬ女子供は困る」上から目線で何美雨を見遣り、
手元の壺の酒を茶碗になみなみ注ぐ。
「勿体振ってないで教えなさいよ」
宋典は茶碗をゆっくり口元に運び、零さぬように慎重に飲み始めた。
「それで三杯目でしょうに。仕事中に許されると思うの」と何美雨が言うが、
宦官はビクともしない。
薄ら笑いを浮かべて飲み続けた。
時折、何美雨に視線を送った。
空にすると茶碗を少し持ち上げ、卓にドンと音を立てて置いた。
歪んだままの唇を開いた。
「酔っぱらいの戯言と聞き流してくれ」みんなを見回し、
何美雨とその侍女達が頷くのを待った。
試されているも同然だが引き下がるつもりは毛頭ない。
何美雨はみんなと顔を見合わせ、頷いた。
宋典が満面の笑み。
「お上は毒殺未遂だったのだが、どういう分けか直ぐに、
一部から毒殺犯人として何皇后の名が上がった。
まるで毒殺が成ったかのように不自然に上がった。
普通であれば皇后の名は畏れ多くて出せない、なのに」
はっとした顔の黄小芳が割り込んだ。
「そう言われる・・・、思い出しました。
そうでした。直ぐに皇后の名が上がりましたね」みんなを見回して深く頷いた。
宋典はより一層顔を綻ばせた。
老侍女に視線を走らせた。
「あれは何皇后を犯人に仕立てた毒殺だったと思う。
仕立てた奴は失敗に終わるとは思わなかったのだろう。
ところがその日、于吉仙人が居合わせ、手当が早く、毒殺を未遂に終わらせた。
その予期せぬ事態は、毒殺の黒幕にまでは届かなかった。
だから噂を流す役目の者共は予定通りに動き、毒殺犯人として皇后の名を上げ、
深く広く流布させた」
「どうしてその事を今まで黙っていたの、
取り調べの官吏達に告げればよかったでしょう」何美雨が鋭く言う。
宋典が両手を大きく広げた。
「後宮だけでなく、表の朝廷にも魑魅魍魎の輩が潜んでいる。
だれが敵で味方か、さっぱり分からん。
迂闊に喋れば夜中にそっと忍んで来た奴に口を塞がれる。
あるいは真っ昼間、擦れ違いざま女官に刺されるかも知れない。
下手すれば俺が犯人に仕立て上げられることも。
だから黙っていた。
初めてだよ、こうして喋るのは。
ここの小娘と侍女達は信用が出来る。
後宮の者達からは一線を引かれ、表の者達には胡散臭く思われているからな」
何美雨は全て分かったような気がした。
「私達を褒めているのか、貶しているのか・・・。
つまり事が成った後の後見人を目論んでいる者が、事を仕組んだと言うのね。
そして其奴は真っ先に自分の名が後見人として名が上がるようにも、
周到に仕組んでいるのよね」
侍女達が身体を強張らせた。
小娘と宦官を交互に見遣った。
「理解が早くて助かる」宋典が視線を多少和らげた。
「どうやって帝位を簒奪するつもりなのかしら」
「後見人に任じられるや、真っ先に太后に取り入る。
太后が育てている皇子こそが帝位に相応しい、と言えば歓迎されるだろう。
それから皇后とその皇子の処分に取り掛かる。
毒殺犯として名が上げられたからといって、噂だけでは処罰出来ない。
世間の誰をも納得させるが必要があるからな。
そこで皇子を遠隔地に送り出す。
皇子の身分から地方の王へと格下げし、何家に不満を充満させる。
時節柄、鮮卑の事があるから北の防備を劉家の濃い血筋で守り固めるとして、
軍勢を付けて送り出すのも一つの手だろうな。
その際、皇子の後見として皇后を帯同させる。
ついでに何進大将軍をも帯同させる。
遠ざけてしまえば、どのようにでも仕組める。
・・・。
最も都合が良いのは何家反乱の噂を流布させることだ。
反乱の噂を理由として何進から大将軍職を取り上げる。
そして何家を締め付けて反乱に追い込む。
実際に反乱しなくとも反乱の噂に真実味を持たせれは事は成ったも同然。
自らが大将軍職に就いて軍勢を率い、言い訳無用で何家を討伐する。
軍権を掌握し三公九卿を手懐け、表だけでなく後宮も掌中に収めれば、
それから先は胸先三寸。
太后と皇子には、こっそり薄めた毒を仕込み、食事の際に混ぜて出す。
皇子は三才だから、時間は充分にある。
虚弱体質と間違われ、若死にしても疑われない。
太后は当然ながら老衰で済ませられる。
その後は自分が帝位に就くか、息子に帝位を継がせるか。
そういったところだろうな。
証拠も証言も取れないから宦官風情では身動きが取れない。
簒奪を黙って見守っているしかない」白けた表情で話しを締めくくった。
何美雨は釈然としない。
「いくら何でも異論が出るでしょう。
激しい抵抗も考えられるでしょう」
宋典が茶碗に酒を注ぐ。
「今の帝の血筋が絶えたら、同じ劉家の血筋から養子を入れるだけ。
実に簡単。帝は所詮お飾り。
その時の後見人が濃い血筋で軍権を掌握していたら、誰も表立って逆らえない」
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます