関羽は桂英に返す言葉がなかった。
乗り出していた身を退き、卓上で両の掌を重ねた。
見かねた醇包が助け船を出した。
「関羽殿が簒奪するものとは誰も思っていないよ。
若い武官、文官が義をもって行動することは誰もが知っている。
若い時の流行病のようなものだ。
みんなが危惧するのは、力を持つ貴族、外戚、帝の近親者達だ。
奴等は表に出ないで、義憤に駆られた若い者達を操ろうとする。
実に怪しからん奴等だ」
関羽が頷いた。
「薄々とは聞いていました。
力ある者達に利用されるな、と。
でも、他に手が思い浮かばないのです。
それで聞こえぬ振りをしていました。
・・・。
どうしたら王朝を正せると思いますか」
桂英が言う。
「争いたい者は争わせて置くの。
滅びるまで争うと良いわ。
巻き込まれるだけ損よ」
「だから無位無冠でいるのですか」
「そうよ。
無位無冠だから、血を流すまでの義理はない。
そうでしょう。
とことん争わせる。
いずれ疲れるか、飽きるまで。
それを待つだけのこと。
難しくないでしょう」
関羽が目をパチクリ。
「赤劉家は後漢に忠誠を尽くす家柄だと聞いていました」
桂英が表情を緩めた。
「内緒だけど、正直言うと、それは表向きの話しよ。
劉家の血筋は世の中に一杯あるわ。
犬の糞か、劉家の血筋かってね。
言いたいことは分かるでしょう」
「王朝を継ぐ者は劉家の血筋なら誰でも構わない、という事ですか」
「私は言ってないわ。
分かるわね、関羽殿、貴男が言ったのよ。
・・・。
これも内輪の話だけど、強い者が後漢を継げば良いと思う。
それに我が家は関係したくないわ」
関羽が溜め息をついた。
「洛陽で聞いていた噂とはまったく違いますね」
「がっかりした」
「いいえ、一族を導くには並々ならぬ覚悟が必要なのだな、と感心しているのです。
これで無位無冠の意味が理解出来ました」
関羽は心底からそう思っているようだ。
桂英の表情は変わらない。
「我が家は後漢建国に力を貸しただけで、この領邑はその時の報奨。
それからは自力で何とかしてるわ。
慶事、季節の折々に帝に進物を贈っているけど、それだけの事よ」
「たしかに」
桂英が関羽に鋭い視線をくれた。
「それで関羽殿はどうするの。
洛陽に戻るの。
洛陽に戻って復職したいのなら、我が家が力を貸すわ。
三公、九卿、将軍、州牧は無理だけど、司隷校尉の配下なら楽勝よ。
それくらいの力ならあるから遠慮はしないでね」
関羽が立ち上がり拱手をした。
「有り難う御座います。
その折りにはお願いします。
ただ、このまま、真っ直ぐに洛陽に戻るのも気が引けます」
「分かるわ。
それなら北に向かいなさい。
民の困窮振りや太平道の様子を調べて、それを手土産に洛陽に戻りなさい」
関羽は大いに頷いた。
「たしかに言われる通りです」
「ただし、陰謀には巻き込まれぬように注意するんだぞ」と醇包。
「そうよね」と桂英が、
「宦官を滅ぼすには大軍が必要だわ。
大軍の圧力で帝の介入を阻止し、あっという間に宦官を一人残らず撫で斬りにする。
でも大軍を催すにはそれなりの理由がいる。
大騒乱が必要よね。
私なら太平道を誘導するわ。
ついでに反乱、一揆も。
それらを鎮圧する為の大軍を洛陽に集めて、最初に宦官全員を血祭りに上げる。
それから大騒乱の鎮圧に向かう」と続けた。
「それは・・・。
党人派の誰かが太平道を利用するということですか」
「当然でしょう。
誰もが、我が世の春を謳歌している宦官を恨みに思っているわ。
幸いにというか、巷には不平不満が溢れている。
ちょっと頭が切れる者なら、それを利用するわね。
難なく大軍を集められるのだから」
関羽が疑問を口にした。
「大軍を率いるとなれば何進様だと思うのですが、あの方に陰謀は無理でしょう」
何進は、その異母妹、何氏が帝の皇后に立てられたことにより、
外戚筆頭の席についた人物であった。
元々が庶民の出なので文武には疎く、
本人もそれを自覚して政治に口出すことは極力控えていた。
「噂では遠慮深い方のようね。
たとえ本人がそうでも、時勢が許さない。
利用しようとする者達が周りに集まる筈よ」
「そこまで言われると、そうなる気がしてきました。
占星術で占ったのですか」
桂英が笑顔になった。
「占わなくとも、これくらいは読めるわよ。
時勢に詳しくなりたければ、諸国を回る商人を友人にすることね。
彼等は商売の為なら虎穴にさえ入るから兵よりも頼りになるわよ」
黙って聞いていたマリリンにヒイラギが囁いた。
「関羽がいるうちに奴と義兄弟の契りを結べ。
奴はお前を気に入ってるから断らない筈だ」
無理よ。
関羽殿は北に向かうように定められているの。
『桃園の誓い』にね。
「劉備と張飛か。気にせずに横取りすればいいだろう」
義兄弟になって私はどうするの。
三国志の時代を生きて行くの。
この時代でずっと暮らすの。
忘れたの。私はただの通りがかりよ。
何時かは分からないけど、元の時代に戻るのよ。
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乗り出していた身を退き、卓上で両の掌を重ねた。
見かねた醇包が助け船を出した。
「関羽殿が簒奪するものとは誰も思っていないよ。
若い武官、文官が義をもって行動することは誰もが知っている。
若い時の流行病のようなものだ。
みんなが危惧するのは、力を持つ貴族、外戚、帝の近親者達だ。
奴等は表に出ないで、義憤に駆られた若い者達を操ろうとする。
実に怪しからん奴等だ」
関羽が頷いた。
「薄々とは聞いていました。
力ある者達に利用されるな、と。
でも、他に手が思い浮かばないのです。
それで聞こえぬ振りをしていました。
・・・。
どうしたら王朝を正せると思いますか」
桂英が言う。
「争いたい者は争わせて置くの。
滅びるまで争うと良いわ。
巻き込まれるだけ損よ」
「だから無位無冠でいるのですか」
「そうよ。
無位無冠だから、血を流すまでの義理はない。
そうでしょう。
とことん争わせる。
いずれ疲れるか、飽きるまで。
それを待つだけのこと。
難しくないでしょう」
関羽が目をパチクリ。
「赤劉家は後漢に忠誠を尽くす家柄だと聞いていました」
桂英が表情を緩めた。
「内緒だけど、正直言うと、それは表向きの話しよ。
劉家の血筋は世の中に一杯あるわ。
犬の糞か、劉家の血筋かってね。
言いたいことは分かるでしょう」
「王朝を継ぐ者は劉家の血筋なら誰でも構わない、という事ですか」
「私は言ってないわ。
分かるわね、関羽殿、貴男が言ったのよ。
・・・。
これも内輪の話だけど、強い者が後漢を継げば良いと思う。
それに我が家は関係したくないわ」
関羽が溜め息をついた。
「洛陽で聞いていた噂とはまったく違いますね」
「がっかりした」
「いいえ、一族を導くには並々ならぬ覚悟が必要なのだな、と感心しているのです。
これで無位無冠の意味が理解出来ました」
関羽は心底からそう思っているようだ。
桂英の表情は変わらない。
「我が家は後漢建国に力を貸しただけで、この領邑はその時の報奨。
それからは自力で何とかしてるわ。
慶事、季節の折々に帝に進物を贈っているけど、それだけの事よ」
「たしかに」
桂英が関羽に鋭い視線をくれた。
「それで関羽殿はどうするの。
洛陽に戻るの。
洛陽に戻って復職したいのなら、我が家が力を貸すわ。
三公、九卿、将軍、州牧は無理だけど、司隷校尉の配下なら楽勝よ。
それくらいの力ならあるから遠慮はしないでね」
関羽が立ち上がり拱手をした。
「有り難う御座います。
その折りにはお願いします。
ただ、このまま、真っ直ぐに洛陽に戻るのも気が引けます」
「分かるわ。
それなら北に向かいなさい。
民の困窮振りや太平道の様子を調べて、それを手土産に洛陽に戻りなさい」
関羽は大いに頷いた。
「たしかに言われる通りです」
「ただし、陰謀には巻き込まれぬように注意するんだぞ」と醇包。
「そうよね」と桂英が、
「宦官を滅ぼすには大軍が必要だわ。
大軍の圧力で帝の介入を阻止し、あっという間に宦官を一人残らず撫で斬りにする。
でも大軍を催すにはそれなりの理由がいる。
大騒乱が必要よね。
私なら太平道を誘導するわ。
ついでに反乱、一揆も。
それらを鎮圧する為の大軍を洛陽に集めて、最初に宦官全員を血祭りに上げる。
それから大騒乱の鎮圧に向かう」と続けた。
「それは・・・。
党人派の誰かが太平道を利用するということですか」
「当然でしょう。
誰もが、我が世の春を謳歌している宦官を恨みに思っているわ。
幸いにというか、巷には不平不満が溢れている。
ちょっと頭が切れる者なら、それを利用するわね。
難なく大軍を集められるのだから」
関羽が疑問を口にした。
「大軍を率いるとなれば何進様だと思うのですが、あの方に陰謀は無理でしょう」
何進は、その異母妹、何氏が帝の皇后に立てられたことにより、
外戚筆頭の席についた人物であった。
元々が庶民の出なので文武には疎く、
本人もそれを自覚して政治に口出すことは極力控えていた。
「噂では遠慮深い方のようね。
たとえ本人がそうでも、時勢が許さない。
利用しようとする者達が周りに集まる筈よ」
「そこまで言われると、そうなる気がしてきました。
占星術で占ったのですか」
桂英が笑顔になった。
「占わなくとも、これくらいは読めるわよ。
時勢に詳しくなりたければ、諸国を回る商人を友人にすることね。
彼等は商売の為なら虎穴にさえ入るから兵よりも頼りになるわよ」
黙って聞いていたマリリンにヒイラギが囁いた。
「関羽がいるうちに奴と義兄弟の契りを結べ。
奴はお前を気に入ってるから断らない筈だ」
無理よ。
関羽殿は北に向かうように定められているの。
『桃園の誓い』にね。
「劉備と張飛か。気にせずに横取りすればいいだろう」
義兄弟になって私はどうするの。
三国志の時代を生きて行くの。
この時代でずっと暮らすの。
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何時かは分からないけど、元の時代に戻るのよ。
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