姫を抱いて飛んだ俺の背中を強烈な殺意が襲う。
同時に刃風を後頭部で感じ取った。
ドスンと音。
欄干に斧が食い込んだに違いない。
斧の小町より俺の方が僅かに早かった、と知った。
足裏に激しい衝撃。
水圧。
耳元を襲う姫の二度目の悲鳴。
まるで断末魔の叫び。
宥めて安心させてやりたいが余裕はない。
川面を割って沈んで行く。
俺は五感を働かせた。
他に飛び込んだ者がいないか、・・・。
斧の小町の追撃のみが唯一の気懸かり。
奴は泳ぎが苦手と推測しているのだが、・・・。
足裏で川底を捉えた。
俺は軽く膝を曲げて川底を蹴った。
推測通り追撃はない。
安心して浮かび上がるだけ。
きつい。
姫を抱いているだけではない。
二人の衣服が水を吸っているので、その重さは優に一人分。
二人を抱えているに等しい。
それでも必死、片手で水を搔いた。
着衣泳ぎの経験はあるが、それは職務としての訓練。
実際には経験していない。
二人を抱えての経験もない。
必死で藻掻いた。
腕がもげても、と片腕に力を込めた。
川底を蹴った反動と片腕の力技、というより思いの外、大川は浅かった。
疲れるより先に水面から首を突き出した。
満天の星が俺達を迎えてくれた。
俺の隣では姫がまだ藻掻いていた。
水を多少は飲んでいるようだが、生命に異常はなさそう。
姫の耳元に怒鳴った。
「おちつけ、おちつけ。
大丈夫、大丈夫。
身体の力を抜いてくれ。
俺が川岸まで連れて行く」
返事代わりに水を吐き出す姫。
彼女は理解する力は残していた。
息こそ荒々しいが温和しくなった。
そんな姫を抱き寄せて片手で泳いだ。
当然、千住側ではなく江戸側へ向けて泳いだ。
橋の上から強烈な明かりが届いた。
幾つもの龕灯が俺達に向けられた。
なかには川岸を照らす龕灯もあった。
戦いの最中の、この余裕振り、・・・。
もしかして、・・・。
耳を澄ませば、剣戟の響きも銃声も聞こえない。
戦いが終わった、・・・。
斧の小町を始末したのか、・・・否々、逃げられたのだろう。
絶対に逃げられたとしか思えない。
一艘の川船が俺達の傍にスッと寄って来た。
一人、お猫様が乗っていた。
俺の脳内に、「斧の小町は逃げたわよ」伝え、片手を差し出して姫の手首を鷲掴み。
強引に引っ張り上げようとした。
「痛い」と漏らす姫。
慌てて俺は姫の尻を押し上げた。
上半身から横向きになってドッと川船に落ちる姫。
船外に残った足を俺が押し込む。
途端に川船が俺から離れた。
「悪いわね、定員は二人なの」お猫様が言い捨て、川岸に向かう。
向かう先の川岸に武士達がわらわらと駆け下りて来た。
生き残っていたのだろう。
女武者二人が男共を掻き分け、最前列に進み出た。
川船が着けられると二人して乗り込み、姫を担ぎ上げようとした。
すると姫の拒否する声、「みっともない、一人で歩けるわ」と立ち上がり、
ふらつきながら川船から下りて行く。
俺は堤を上がる姫の後ろ姿を見送った。
それから俺は、ゆっくり川岸に泳ぎ着いた。
出迎えは一人もいない。
みんなは姫と共に堤の向こうに姿を消していた。
龕灯の明かりもない。
まあ、それはそうだろう。
姫は雇用主の娘。
俺はただの馬の骨。
忘れられても仕方ない。
否、一人いた。
川船にお猫様がいた。
俺の脳内に、「取り残された濡れ鼠発見」と言いながら、跳んで俺の隣に着地した。
嘲笑い。
そして、「またね」と言い捨て、堤沿いを下流に、足早に歩み去って行く。
俺は天を仰いだ。
満月。
満月だけが俺を見ていた。
あっ、何かが、欠けていた。
そう、狐火。
頭上から消えていた。
探すとそれは千住宿側にあった。
一箇所に留まらない。
流れるように北へ移動して行く。
感心なことに今も執拗に斧の小町を追跡していた。
と、それが、・・・激しく左右に揺れ、忽然と消えた。
待ったが二度と現れない。
狐火を操っていた狐が見つかって殺されたのか。
たぶん、そうに違いない。
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触れる必要はありません。
ただの飾りです。

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ドスンと音。
欄干に斧が食い込んだに違いない。
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水圧。
耳元を襲う姫の二度目の悲鳴。
まるで断末魔の叫び。
宥めて安心させてやりたいが余裕はない。
川面を割って沈んで行く。
俺は五感を働かせた。
他に飛び込んだ者がいないか、・・・。
斧の小町の追撃のみが唯一の気懸かり。
奴は泳ぎが苦手と推測しているのだが、・・・。
足裏で川底を捉えた。
俺は軽く膝を曲げて川底を蹴った。
推測通り追撃はない。
安心して浮かび上がるだけ。
きつい。
姫を抱いているだけではない。
二人の衣服が水を吸っているので、その重さは優に一人分。
二人を抱えているに等しい。
それでも必死、片手で水を搔いた。
着衣泳ぎの経験はあるが、それは職務としての訓練。
実際には経験していない。
二人を抱えての経験もない。
必死で藻掻いた。
腕がもげても、と片腕に力を込めた。
川底を蹴った反動と片腕の力技、というより思いの外、大川は浅かった。
疲れるより先に水面から首を突き出した。
満天の星が俺達を迎えてくれた。
俺の隣では姫がまだ藻掻いていた。
水を多少は飲んでいるようだが、生命に異常はなさそう。
姫の耳元に怒鳴った。
「おちつけ、おちつけ。
大丈夫、大丈夫。
身体の力を抜いてくれ。
俺が川岸まで連れて行く」
返事代わりに水を吐き出す姫。
彼女は理解する力は残していた。
息こそ荒々しいが温和しくなった。
そんな姫を抱き寄せて片手で泳いだ。
当然、千住側ではなく江戸側へ向けて泳いだ。
橋の上から強烈な明かりが届いた。
幾つもの龕灯が俺達に向けられた。
なかには川岸を照らす龕灯もあった。
戦いの最中の、この余裕振り、・・・。
もしかして、・・・。
耳を澄ませば、剣戟の響きも銃声も聞こえない。
戦いが終わった、・・・。
斧の小町を始末したのか、・・・否々、逃げられたのだろう。
絶対に逃げられたとしか思えない。
一艘の川船が俺達の傍にスッと寄って来た。
一人、お猫様が乗っていた。
俺の脳内に、「斧の小町は逃げたわよ」伝え、片手を差し出して姫の手首を鷲掴み。
強引に引っ張り上げようとした。
「痛い」と漏らす姫。
慌てて俺は姫の尻を押し上げた。
上半身から横向きになってドッと川船に落ちる姫。
船外に残った足を俺が押し込む。
途端に川船が俺から離れた。
「悪いわね、定員は二人なの」お猫様が言い捨て、川岸に向かう。
向かう先の川岸に武士達がわらわらと駆け下りて来た。
生き残っていたのだろう。
女武者二人が男共を掻き分け、最前列に進み出た。
川船が着けられると二人して乗り込み、姫を担ぎ上げようとした。
すると姫の拒否する声、「みっともない、一人で歩けるわ」と立ち上がり、
ふらつきながら川船から下りて行く。
俺は堤を上がる姫の後ろ姿を見送った。
それから俺は、ゆっくり川岸に泳ぎ着いた。
出迎えは一人もいない。
みんなは姫と共に堤の向こうに姿を消していた。
龕灯の明かりもない。
まあ、それはそうだろう。
姫は雇用主の娘。
俺はただの馬の骨。
忘れられても仕方ない。
否、一人いた。
川船にお猫様がいた。
俺の脳内に、「取り残された濡れ鼠発見」と言いながら、跳んで俺の隣に着地した。
嘲笑い。
そして、「またね」と言い捨て、堤沿いを下流に、足早に歩み去って行く。
俺は天を仰いだ。
満月。
満月だけが俺を見ていた。
あっ、何かが、欠けていた。
そう、狐火。
頭上から消えていた。
探すとそれは千住宿側にあった。
一箇所に留まらない。
流れるように北へ移動して行く。
感心なことに今も執拗に斧の小町を追跡していた。
と、それが、・・・激しく左右に揺れ、忽然と消えた。
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