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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(呂布)324

2014-03-30 08:24:08 | Weblog
 接近して来る奴らの遣り取りから、匈奴の者達と分かった。
遊牧の民である。
同時に狩猟の民でもある。
水や草を求めて長距離を移動し、家族や家畜を守る為に害獣を駆逐する。
時には遊牧地を巡って他の家族と争うのも厭わない。
ゆえに幼子の頃から戦に長けていた。
足跡を読むのは日常のこと。
追うのには慣れていた。
たとえ慣れぬ薄暗い森の中でも、呂布の足跡だけは見逃さぬだろう。
確実に接近して来る。
 呂布は運を天に任せるしかなかった。
今さら移動は出来ない。
ちょっとでも動けば、あるいは物音を立てれば、連中に気付かれぬ分けがない。
気配を露わにしただけで、たちまちの内に矢が射られ、槍が投じられる。
 望むのは、後続の追っ手七騎がここに合流すること。
敵の人数が増えても、素人同然の者達がドヤドヤガサゴソと物音を立ててくれれば、
呂布にとっては大いな助けになる。
が、それらしい動きはない。
七騎は森の入り口で躊躇しているのかも知れない。
 直ぐ手前の藪に槍が差し込まれる物音。
呂布は知らず知らずの内に身を固くした。
 丁度その時だった。
いきなり悲鳴のような怒鳴り声が届いた。
方向からすると森の入り口付近だ。
多数の蹄の音。嘶き。
太刀と太刀が当たる金属音も。
 追っ手六人の動きが止まった。
それも一瞬だけ。
言葉も交わさず六人が一斉に踵を返した。
飛ぶようにして引き返した。
表の騒ぎを呂布と結びつけたのだろう。
 呂布も素早く藪から抜け出した。
六人の後ろ姿を目で追う。
表で何が出来したのかは知らないが、騒々しさが一段と増した。
何やら争いが起こっているらしい。
 不意に呂布は思い出した。
昨夜の、田澪の使いの男の顔と言葉。
いやに、「明日にでも長安を離れてくれ」と力説していた。
その言葉に押されて否応なく出立した分けだが・・・。
どうやら囮に利用されたらしい。
刺客を誘い出す為に・・・。
田澪の家来も呂布を見張っていたのだ。
そうとしか考えられない。
 怒り半分の心持ちで駆けた。
騒ぎが起きている表に向かった。
枝を叩き折り、藪を踏み潰す勢いで先行する六人を追う。
 六人の最後尾の男が足を止めた。
呂布の立てる物音に気付いた様子。
何事かとばかりに振り返った。
呂布と視線がぶつかった。
途端に破顔。
先を行く五人を呼び止める事はしない。
一人で槍を構えて呂布を待つ。
 駆けながら腰の太刀を抜くのも面倒なこと。
それに相手はただの一人。
呂布は素手で向かって行く。
男から目を離さず、勢いのまま突進。
技も理屈も、何もない。ただ度胸のみ。
 だからといって相手に油断はない。
一瞬たりとも目を離さない。
肩に無駄な力が入っている分けでもない。
家畜を扱うかのような慣れた表情。
呂布が間合いに入るや、片足を踏み出しながら槍を真っ直ぐに突き出した。
腹部を狙った。
 並みの相手なら、それで済んだであろう。
ところが相手は呂布。
身体のキレが違う。
人としての感性からして違う。
身体を微かに捻って穂先スレスレに、擦れ違うように躱し、勢いのまま相手に当たった。
当たった勢いで弾き飛ばし、起き上がろうとする相手の胸元を片足で踏みつけ、
もう片足で、その喉元を踵で踏み潰した。
相手の両目が大きく飛び出し、四肢が激しく跳ね上がった。
落ちた槍を拾い上げ、止めを刺す。
 呂布は表に向かおうと顔を上げた。
前方の五人が足を止め、申し合わせたかのように振り返った。
ようやく状況に気付いたらしい。
憎々しげに、こちらを睨み付け、三人が弓を番えた。
二人が槍を手に、こちらに向かって来た。
 飛来する矢より早く呂布は傍の木陰に身を隠した。
立て続けに矢が射られ、幹に次々と食い込む。
 木陰の左右に迂回した敵二人が槍で挑み懸かって来た。
呂布は、「左の敵の方が早い」と見極めた。
躊躇無なく、そちらへ大きく一歩踏み出した。
呂布目がけて突き出された槍を、奪った槍で交差させるようにして受け退け、
そのままの一連動作で敵の胸を刺し貫いた。
一息入れる暇はない。
残った右の敵が槍を繰り出して来た。
呂布は身体を反転させながら、
手持ちの槍をも反転させて石突き部分で敵の槍を受け弾き、
さらに槍を反転させ、穂先で敵の顎を下から、かち上げた。
鋭い切れ味。
顔の下半分が斬れ、顎から鼻までも裂いた。
血飛沫が飛散して呂布にまでかかった。
 にも関わらず敵の攻撃は止まらない。
残った弓三人は仲間の討ち死にには動揺しない。
続けざまに矢を射て来た。
 呂布は地に伏せながら再び木陰に隠れた。
立て続けに幹に矢が食い込む。

白銀の翼(呂布)323

2014-03-27 21:39:41 | Weblog
 呂布は襲い来る六騎の動きを見て、「北方騎馬民族の者」と判断した。
おそらく北方国境より侵入した同族と分かれ、そのまま居着いたのだろう。
奴等、弓三騎と槍三騎の横隊には微塵の乱れもない。
出過ぎてる者もいなけば、遅れている者もいない。
きっちりと連携が取れていた。
 あいにく呂布の武器は腰に下げている太刀のみ。
戦場で敵の槍か弓を奪い、武器の少なさを補うつもりでいたのだが、
すっかり算段が狂ってしまった。
この六騎が相手では奪うのは容易ではない。
場所を変える必要に迫られた。
となると、後方の森に駆け込むのが最善だろう。
木立や竹藪等を活用して乱戦に持ち込む。
 呂布の目は六騎を見るだけでなく全体も捉えていた。
後続の七騎が遅れていた。
馬の差なのか、兵の力量差なのか、それは分からないが、安心ではある。
 弓三騎が駆けながら矢を番えた。
射られるより先に動かねばならない。
手綱で意を伝えるや、愛馬の葉青は俊敏に反転した。
森を目指して駆けた。
呂布の左右を矢が追い越した。
三本が空気を切り裂き、呂布を追い越して行く。
続けて三本。
さらに三本。
騎乗のままで三連射とは。
 呂布は、「運が悪ければ一、二本は当たる」と覚悟していた。
それが運の良いことに全く当たらなかった。
双方が凹凸のある草地を地形に合わせて駆けているので、
狙いをつけるのが難しいのだろう。
しかし、騎乗のままで三連射するだけでも立派なもの。
呂布が逃げていなければ、今頃は都合九本が身体に食い込んでいた。
侮れない。
 森の手前で呂布は葉青の耳元に口を寄せて囁いた。
「しばらく草地で遊んでいろよ」
 葉青が理解したのかどうかは知らない。
呂布は素早く飛び降りた。
後ろを振り返ることなく、森に駆け込んだ。
呂布が過ぎた大木に矢が音を立てて続けざまに食い込む。
 人の手の入っていない森なので、馬で乗り入れるのは不可能。
呂布を討つには下馬せねばならない。
六騎は躊躇しない。
勇んで下馬すると気勢を上げて森に駆け込んで来た。
三人が短槍を構えて先頭に立った。
弓の三人が続く。
一団となって呂布の逃げた方向に向かって来た。
草原育ちなのに森を苦にしない。
槍の穂先で邪魔になる枝や蔦を切り払い、着実に接近して来た。
 呂布は足を止めた。
これより先に進めば敵から逃れられる。
なにしろ奥が深く鬱蒼としていた。
木漏れ日が差さなれば夜中も同然の暗さになるだろう。
探索には不向きな森だ。
同時に、逃れられても迷うおそれがある。
そうなれば生きて戻れるかどうか。
 呂布は手頃な草藪に目を留めると、そこに身を潜めた。
太刀はまだ抜かない。
隠れていることを気取られてはならない。
鼓動を鎮める努力に努めた。
息を細く長く吐いて、ゆっくり吸う。
 呂布は耳を澄ませた。
聞こえて来る足音と附随する音で、敵の行動を読んだ。
刺客を生業にするだけあって、急いでいても油断はない。
藪という藪に槍を突き入れ、呂布が潜んでいないかどうか確かめながら進んで来る。

白銀の翼(呂布)322

2014-03-23 08:16:06 | Weblog
 帰ろうとする男に呂布は背後から声をかけた。
「人数は揃っているのか」
 男が足を止め、振り返った。
「領地に早馬を走らせたので、五日もすれば百騎ほどが駆け付ける。
そういう分けだから、呂布殿は安心して長安を離れてくれ」
 百騎とあれば五百から千の歩兵が付き従う。
「百騎。それではまるで小さな戦ではないか。
官吏等が黙って見ているとは思えん」
 男が呂布に微笑む。
「そこまで我らを気にかけてくれるのか。
でも心配はいらん。
最近の役人共は小物ばかり。
兵力で脅し、袖の下で宥めれば、目も口も耳も塞げる」
 役人の体たらく振りは知っていたが、ここまで馬鹿にされてるとは。
自信たっぷりの言葉に呂布は二の句が継げない。
でも必要な情報は手に入れた。
この状況は程家の兵力が揃うまで動かない。
 長安に限らず城壁で囲まれた大都市は内郭部分と外郭部分で成っていた。
内郭部分が本城で、外郭部分は市街地。
内郭にも外郭にも城門があり、それぞれに門衛が詰めていた。
通常は日の出と同時に開門し、日没と同時に閉門すると決められていた。
 翌早朝。
呂布は出立の身支度を終えると、家宰の啄昭を訪れた。
「突然だが、洛陽に向かうことにした」
 予期せぬ言葉に啄昭が目をパチクリ。
完全に目が覚めた顔になった。
「いきなり・・・。
もう少し居るものと思っていたが」
「起きたら、思い立ってしまった。
そういう分けだから、田睦様には宜しく伝えておいてくれ」
 啄昭が呂布を引き止めようと説く。
「もう少し居てくれないか」と。
 心から願っているのが分かった。
しかし、その理由がどうあれ、聞き入れる分けには行かない。
突き放すようにして啄昭に別れを告げた。
 庭先に放してある愛馬を探した。
畑の傍がお気に入りなのか、いつも、その辺りにいる。
足を伸ばすと、やはり、いた。
見つけて、「葉青」と名を呼ぶ。
雌なので、田澪の意見で、『葉青』と名付けたのだが、
名付けてから日も浅いというのに、呼応するかのように呂布の方を振り向き、
愛くるしい目で駆け寄って来た。 
思わず、その両頬を撫で回した。
「出立だ」と話しかけた。
 涼州を旅立つ時に呂真に贈られた頑丈な馬で、
速さもあるが、それよりも長旅に適した馬だ。
表門を出るや、葉青に騎乗した。
頭に布は巻かず、金髪を誇示することにした。
誰かが、何者かが、どこからか呂布を逃さぬように見張っている筈。
その者、あるいは、その者達に堂々と出立を見せつけた。
 と、屋敷内から駆けて来る足音。
啄昭が息せき切って駆け寄って来た。
「待ってくれ」と呼び止め、「これを」と小さな袋を差し出し、呂布の手に握らせ、
「幾らあっても邪魔にはならん」と。
 握り具合と重みから、旅の路銀を都合してくれたと分かった。
呂布は遠慮せずに受け取った。
「ありがたく頂く」
 啄昭の見送りで表通りを城門に向かう。
朝日が昇りきってはいないが、行き交う者達は多い。
たいていは商人達だ。
旅立つ者や、市の準備に駆け回る者。
その中で、思ったように、背後に気配を感じ取った。
其奴等も騎乗のようだ。
距離を置き、蹄の音を押し殺していても、殺気までは消せない。
やはり夜通し見張られていた。
田獲家の者以外には考えられない。
蹄の音を聞き分け、尾行して来るのは三騎と判断した。
それとは別に、おそらく一騎か二騎が、刺客を呼ぶ為に駆け戻ったに違いない。
 呂布は素知らぬ顔を続け、城門を抜けた。
街道を東、洛陽方向へと向かう。
早朝にも関わらず人出が多い。
ことに、長安の市に野菜を出荷しようとする農家の姿が目に付く。
 しばらくは何事もなかった。
状況が変化したのは、後方から駆けて来た騎馬五騎が呂布を追い抜いてから。
公式の急使であるかのような装いと態度で、街道を洛陽に向かった。
その時、追い抜きざま、一人の目が呂布を確認したのを、呂布は見逃さなかった。
金髪が珍しいのではなく、殺気が籠もっていた。
雇われ刺客にしては未熟過ぎた。
おそらくは田獲家の家来だろう。
五騎が街道の曲がり角に消えて行く。
 間を置かず、再び後方に騎馬の蹄の音。
およそ十数騎。
こちらに全力で駆けて来た。
 危機を告げるかのように左前腕に痛みが走った。
涼州で大蛇に咬まれた傷跡だ。
 呂布は判断に迷わない。
「前後から挟み撃ち」と。
後方からの襲撃を逃れ、前に逃げられたとしても、先行している五騎が待ち構えている。
 葉青に、「戦いだ」と声をかけて、街道を左に逸れた。
相手の思う壺には嵌らない。
場所を変える事にした。
戦う場所はこちらが選ぶ。
広々とした草地を駆け、十分な距離を置いて振り返った。
予想通りに後方から駆けて来た一団が追って来た。
数えると十三騎。
騎乗振りから、半数には油断がならない。
自然、その半数、六騎が一団から抜け出す形になった。
凹凸が見えぬ草地を悠々と駆けて来た。
呂布を射程に入れたと見るや、三騎が手綱を放し、弓を手にした。
駆けながらも射る準備にそつがない。
よく見ると、もう三騎は短い槍を小脇に抱えていた。
矢が射られると同時に槍三騎が突進して来るのだろう。
この六騎が刺客に雇われた者達に相違ない。

白銀の翼(呂布)321

2014-03-16 08:24:37 | Weblog
 予想だにしなかった。
田澪が襲われるとは。
呂布は声が他の部屋に聞こえぬように、声を潜めて聞いた。
「それで田澪殿は」
「負傷されましたが、命に別状はありません」と断言し、表情を改め、
「田澪様からの伝言です。
・・・。
巻き込んで済まぬことをした。
これ以上迷惑はかけられない。
ついては明日、町の城門が開き次第、急いで長安を発ってもらいたい」と続けた。
 呂布は伝言を無視し、男を見据えた。
「誰が襲って来た。相手は誰だ」
 男は呂布の視線をしかと受け止めた。
「暗かったので・・・」と言葉を濁した。
 おそらく心当たりがあるのだろう。
それでも口外しない。
田澪に口止めされているとしか思えない。
 もしかしたら田獲家あたり。
取り立ての一件か。
以前、田澪から、「田獲家の女房は、かつて刺客を放ったことがある」と聞いた。
それで、
「刺客が雇われたら、狙われるのは自分ではないか」と呂布は心待ちにしていた。
今回の取り立ての一件で恨まれるのは、当然、呂布以外には考えられない。
大勢が見守る中で田獲本人に恥をかかせたのは呂布なのだから。
なのに田澪が襲われた。
「次に狙われるのは俺か。
それで長安を発てというのか」
 男はウンともスンとも言わない。
 呂布は聞き方を変えた。
「どうやって襲われた」
 男は一呼吸置いて口を開いた。
二、三日前から田睦家の出入りを窺う者がいた。
その立ち振る舞いは腕の立つ武人。
のみならず剣呑な空気も放っていたので、田澪は呂布には内緒にしながらも、
最悪の状況に備え、配下の者達を密かに田睦家の周辺に置いた。
彼女は、「田獲家の女房が刺客を雇い、呂布を狙わせているのだろう」と考え、
其奴が呂布を襲撃したら、配下の者達に呂布の加勢をさせるつもりでいた。
ところが、それまで田澪には目もくれなかった其奴が、
今日の帰路突然、仲間五人を引き連れて田澪の一行の前を塞いだ。
そして町中で、行き交う人々の目があるのを承知で公然と襲った。
 自分が襲撃される事を想定していなかった田澪の供揃えは軽装の騎兵二騎のみ。
人数からして太刀打ち出来る分けがない。
しかも不意討ち。
それでも二騎は怯まなかった。
力が尽きるまで戦った。
主人の馬車の前に身を晒し、敵の槍を、太刀を、我が身に受けて戦った。
田澪も老齢ながらも手待ちの短剣で、馬車の上で応戦した。
太腿に敵の槍を受けても気丈に、馭者を守りながら戦い続けた。
「主従供に討ち死にか」と思った時、瀕死の馭者が最後の力を振り絞った。
満身創痍、血が噴き出ているにも関わらず中腰となり、
人間の戦いに恐れ竦んでいた二頭の馬に鞭をくれた。
「走れ、走れ」と。
それに馬が応えた。敵中を強行突破。
辛うじて虎口を脱する事が出来た。
「すると供の三人は討ち死にしたのだな」と呂布。
 男が痛ましそうな顔で頷く。
「我らは、この屋敷周辺にいたので、気付くのが遅れた」
 呂布は男の表情を読む。
「お主等、仲間の敵を討つつもりか」
「当然。
隠居しておられるとはいえ、主人には違いない。
その主人が襲われ、供の三人が討ち死にした。
これを放っておかれるか。
黙って引っ込んでいては、我らの面子が立たない」
「大勢が見守る中で三人も討ち死にした。
長安を治める官吏等が黙ってはいないだろう」
 男が公然と胸を張る。
「それはそれ、我らは我ら」
「俺に邪魔されたくないので、俺に長安を出て行けか」
「町中で騒ぎになったので、明日には呂布殿の耳に届く。
それで、これ以上巻き添えにはしたくないので、長安を出て行って欲しい。
それが田澪様や当代の主人の考え。間違ってはいないでしょう」
 家宰の啄昭の話しでは、田澪の嫁ぎ先は豪族仲間の程家だそうだ。
長安ではかなりの古株で、領地も家来数も相当のものとか。
当代の主人は長子の程福。
相当の堅物らしい。
「俺では迷惑か」
「これは田獲家が当家に売った喧嘩です。
呂布殿は当家とは無縁の者、違いますか
その力を借りたとあっては家の恥。そういう事です」
 口が滑ったとはいえ、「田獲家が売った喧嘩」と。
それ相応の確証があるに違いない。
口が滑ったことに当の本人は気付いていない。
「そもそもの原因は田睦家にある。代人で出向いたのは俺だ」と呂布。
 男はしっかりした目で呂布を見返した。
「それは田澪様が襲われる前までの話し。今は違います」
 このまま話しを続けても埒は明かないだろう。
呂布は苦手な頭を絞った。
要するに、
「呂布がいつまで経っても屋敷から出てこないから、代わりに田澪を襲った」
という事なんだろう。
だからといって呂布を諦めた分けでないのは確か。
「呂布が怒って出向いて来る」と考え、待ち構えているか。
あるいは、呂布が長安から逃げ出すのを待ち伏せているか。
おそらく、この屋敷は密かに見張られている。
 呂布は男に答えた。
「分かった。朝一番で出て行こう」
 男は疑いながら、懐から小さな包み取り出した。
「これは田澪様からの気持ちです」
 受け取ると、かなりの重み、
中を見なくても、「旅の路銀」と分かった。
田澪なりの心積もりなのだろう。
「ありがたく受け取る。田澪様によろしくな」
 それでも男の顔から疑いの色は消えない。

白銀の翼(呂布)320

2014-03-13 21:37:33 | Weblog
 呂布は無遠慮な視線に晒されることには慣れていた。
金髪碧眼の偉丈夫が珍しいだけのこと。
奴等に他意はない。
向きになるほど幼くはない。
無表情で六人に相対した。
 比べて六人は緊張していた。
心積もりは分からないが、明らかに表情が硬い。
相手が臆するでもなく、威嚇で返すでもないので、
戸惑いが生じたのか、居心地悪そうに互いに顔を見合わせた。
 重い空気に気付いた田澪が相手方の名を呼び、用件を問う。
すると意外な答え。
「借りていた金の返済に来た」のだという。
 先方は啄昭がいるにも関わらず、田澪を相手に返済交渉を開始した。
奴隷上がりの家宰であるため、軽く見ているのか、露骨に無視をした。
それに呂布がカチンときた。
どうにも気に食わない。
肝心の啄昭はと見ると、当人は、「しかたない」と諦めている節があった。
ムカッとしている呂布に田澪が目配せをした。
彼女が何を言いたいのかは分かる。
 呂布は声を荒げた。
「返す相手を間違えていないか。当家の家宰は啄昭殿だ」
 仁王立ちで威嚇した。
これに返済客の背筋が震えた。
何も言い返さず、渋々と従う。
 その日のうちの返済客が三組あった。
田獲家の騒ぎが知れ渡るにしては早過ぎる。
怪訝に思った呂布は田澪に疑いをぶつけた。
「何か仕掛けたのか」
 田澪が表情を緩めた。
「借りてる者達の耳に直に届くように人を使ったのよ。
鬼のような呂布に殴り込まれるってね。
効果があったみたいね」
 田獲の母屋の案内をしてくれた男といい、
事前に、きめ細かい手配りをしてくれていたに違いない。
 翌日も返済客が次々と訪れた。
啄昭が家宰として応対し、呂布と田澪は立ち会い人。
いずれの客も呂布に目を丸くし、頷きながら、渋々と返済して帰って行く。
 この屋敷には五人の女中がいた。
何れも奴隷上がりで、自由の身になったというのに、
行く当てが無いために屋敷の勤めを続けていた。
その中の二人が買い物のついでに噂を仕入れてきた。
呂布の噂だ。
「鬼のような金髪碧眼の男が、田獲の屋敷に乗り込み、
屋敷の者達を千切っては投げ、千切っては投げ。
屋敷の奥に隠れていた当主を引き摺って、表に放り出したそうだ」
 無責任な噂ほど人は面白がるもの。
瞬く間に長安中に広がったに違いない。
 結局、返済の受領は五日がかりの仕事になった。
その間、主人の田睦は一度も顔出ししていない。
彼はずっと畑仕事に精出していた。
何かに取り憑かれたかのような働きぶり。
だからといって誰も止めない。
「飽きるまで好きにさせよう」と、みんなの意見は一致していた。
 困ったのは蔵に貯まった金。
今は呂布がいるので、押し入る賊はいないだろう。
が、問題は呂布がいなくなってから。
呂布は、ここにずっと滞在する分けではないのだ。
それで、みんな頭を抱えた。
この屋敷には田睦、啄昭以外の男は二人しかいない。
何れも奴隷上がりで、女達同様に行く当てがないので、この屋敷の勤めを続けていた。
そんな彼等は賊に対処出来るような武芸とは無縁の者。
屋敷の防備はないも同然。
貧乏な頃なら問題にならなかったが、このように蔵に金が積み上がると、
賊に備える必要がある。
「武人を雇おうか」と話しになった。
 そういう嬉しい悩みに呂布は付き合い気はない。
いずれここを離れる身。
当事者の家宰に任せるのが一番だろう。
それよりも問題は、自分の家族捜し。
取り立てで日延べしていたが、これで明日から気兼ねなく聞き込みに回れる。
「まずは市場から」と予定した。
 それが脆くも崩れた。
寝ようとしたところに、「田澪様が襲われました」との知らせ。
知らせに来たのは、田獲家での取り立ての際に母屋を案内してくれた男。
野次馬に紛れていた田澪の配下だ。
田睦家の者達に気付かれぬように屋敷に忍び入り、呂布の部屋を密かに訪った。
そして、「田睦家からの帰路を襲撃された」と言う。

白銀の翼(呂布)319

2014-03-09 07:14:17 | Weblog
 田澪の口から出た、「刺客」という言葉が呂布を魅了した。
何者にも代え難き言葉。
今すぐにでも遭ってみたいもの。
思わず頬が緩む。
 その思いが表情に現れたのだろう。
彼女に呆れられてしまう。
「もしかして喜んでいるの。
刺客を放たれてもいいの」
 彼女は老いているが、鋭いところがある。
曖昧な言葉や、嘘を許すとは思えない。
呂布は正直に述べた。
「是非とも強い奴と手合わせしたい。
命をかける価値のある奴なら、なお結構。
これは、おかしなことかな」
 彼女だけでなく供の二騎や馭者までが表情を変えた。
かまわずに呂布は続けた。
「旅していて武の鍛錬をする暇がない。
少しでも怠ると腕が鈍りそうで・・・。
それを取り戻すには強い奴と手合わせするしかなかろう」
 彼女が表情を改めた。
「どういう育てられ方をした。
刺客との立ち会いを望むとは。
まるで、武にのみ生きている、という言い方ではないか」
「そうではないが」と呂布、一息置いて、
「技量を向上させるには鍛錬も大切だが、命をかけた立ち会いの方が、
より手っ取り早いと思う。
百の鍛錬よりも、命をかけた一つの仕合」と続けた。
「死に急いでいるとしか思えん。
・・・。
呂布、何の為に戦いたがる」
 呂布は一息置いて答えた。
「家族を探す為」
「家族を・・・」
 呂布は身の上に起きた事を話した。
生まれ育った村が如何にして滅びたか。
盗賊団の襲撃の手口から、大人の男達や病人、老人が皆殺しにされたこと。
そして女子供が狩り集められ奴隷として売られたこと。
「俺も家族も奴隷として売られた。
年月は経ったが、色々あって俺は自由になった。
自由になったからには、売られたままの家族を探さねばならない。
呂家の長男だかなら。
みんなを救い出して家を再興しなければ、殺された養父に申し訳ない。
それには強いに越した事はないだろう。
必要なら腕ずくで奪い返すつもりだからな。
だから暇があれば腕を磨いている。笑うか」
 みんなの表情が暗い方に沈んで行くのが分かった。
呂布は無理して破顔した。
「同情しないでくれ。
こんなに乱れに乱れた世の中だ。
他でも似たような話が転がっているそうだ」
 田澪がしみじみと言う。
「そうは言うがな・・・」
「気にしないでくれ。
これは俺一人の事情だ。
俺一人が戦えば済む話し」
 そうこうしているうちに田睦家に到着したので、話は打ち切りになった。
 戻った気配が分かったのかどうかは知らないが、誰も声をかけていないのに、
ふし転ぶようにな足取りで啄昭が向かえ出て来た。
鋭い視線で、みんなを見回す。
読み取ったのだろう。
「ご苦労様でした」と丁寧な拱手をされた。
 顔を上げて子細を聞きたがる。
呂布が固辞したので、田澪が取り立ての一切を語った。
これまで無念の思いでいたのだろう。
老家宰の表情が、話が進むに従い晴れて行く。
 満足した老家宰の先導で屋敷の蔵に向かう。
 田澪が老家宰に問う。
「田睦は」
 老家宰が嬉しそうに答えた。
「今日は裏庭を耕しておられます。野菜を作られる心づもりなのでしょう」
 没落しても土豪は土豪。
土地の旧家の体面もあり、主人が自ら野菜作りをすることはない。
けれどこの家では、
主人の田睦は長年、寝て臥せる生活が常態化したせいで体力を失っていた。
持って生まれた虚弱体質とは違う。
諸事情により生きる気力を失い、寝て臥せていたのだ。
それが畑仕事とは嬉しい知らせに違いない。
「そうか、それは重畳」
 蔵の前で、取り立てた金が馬車から下ろされると、老家宰は目を輝かせた。
自ら金を数え直して笑みを浮かべた。
「確かに」と頷き、軽い足取りで何回かに分けて蔵に仕舞う。
 仕舞い終えた老家宰に田澪が尋ねた。
「さあ、次は誰にしようかね」
 老家宰が二、三の名を上げると、老婆もそれを同じように繰り返した。
互いに視線を交わし、誰にするか話し合う。
 そこへ使用人の中年女が息せき切って駆け付けて来た。
「お客様ですよ」と来訪者の名を告げた。
 それまで名を上げていた一人だ。
「用向きを聞いたか」と老家宰。
 中年女が不機嫌そうに答えた。
「私ごときには教えてくれないわ」
 みんな顔を見合わせた。
田澪の機転で態勢を整えた。
老家宰が応対し、呂布と田澪は立ち会いと役割を振り、供の二騎と馬車を残し、
来訪者の待つ玄関先に急いだ。
 先方は馬車で屋敷に乗り入れていた。
馬車の脇には供が四騎。
三人の姿に気づくや、馭者とは別に一人が馬車から下りて来た。
如何にも土豪の主人らしき不貞不貞しい面つき。
供の四騎も一斉に下馬した。
都合六人。
その目が全て呂布に向けられた。
無遠慮な厳しい視線。

白銀の翼(呂布)318

2014-03-06 21:17:36 | Weblog
 呂布は田獲を肩に担ぎ、母屋の玄関を出た。
一斉に声が上がった。
みんなが玄関前で待ち構えていた。
増えた野次馬達がまるで味方を迎えるような喝采をすれば、
屋敷の家来達は悲鳴に似た声を上げた。
 田澪の馬車が近くに来ていたので、その前に肩の荷をゆっくりと下ろした。
「これが田獲か」と確認を求めた。
 彼女が馬車から気絶している男を見下ろした。
「そうよ、この屋敷の主人。
手荒なことはしてないわよね」
「今のところは。
さて、どうしたものか」
 屋敷の家宰が駆け寄って来た。
傍らに片膝ついて息があるのを確かめると、安堵して呂布を見上げた。
「何をした」
「何も。
勝手に気を失ったので、担いで来ただけだ」
 呂布は思案した。
腕力には自信あるが、この手のことは大の苦手。
なにせ本来は他人事でしかない。
そこで、野次馬達に聞いてみた。
「貸した金を取り立てようとおもうが、この有様だ。どうすればよい」
 野次馬達が乗ってきた。
「俺達が家捜ししようか」
「人質にして貸した金と交換だ」
「頭を丸めさせろ」
それぞれが手前勝手ことを言う。
単に面白がっているだけで、全く何の参考にもならない。
 田澪が何か言いたそうな顔をしていた。
しかし立会人なので我慢しているらしい。
 呂布は昔からある方法を試みようと思った。
晒し者。
丸裸にして表通りに晒すのだ。
 それを田澪に告げると嫌な顔をされた。
「起こしてから談合してみては」と。
 突然、金切り声が届いた。
玄関から大柄な女が飛び出して来た。
髪を振り乱し、何事か喚きながら、こちらに駆け寄り、
気絶したままの田獲に縋り付いた。
様子から他の者達は眼中にないらしい。
女は必死で田獲の身体を揺さぶり、名前を呼ぶ。
何回も何回も繰り返す。
その甲斐あってか田獲が薄目を開けた。
それに安心したらしい。
ホッと溜め息をついた。
それも束の間、表情を変えた。
「ようやく状況に気づいた」という風な色。
顔を上げて周りを見回した。
特に呂布を念入りに繁々と睨め回した。
 女は視線を傍の家宰に転じた。
「借りているお金を直ぐにお返ししなさい」
 家宰が目を丸くした。
「それは・・・、奥様、今すぐですか」
 会話から女が田獲の女房であると分かった。
「そうです」
 家宰にとっては納得出来ない指示だったのだろう。
動きだしが鈍い。
躊躇いの表情で立ち上がり、周りの家来達を見回した。
 女房がキツイ声で言い渡した。
「直ぐに動きなさい。私の言うことに従えないのですか」
 そこまで言われては、家宰と威張っても結局は使用人の一人、逆らえない。
幾人かの家来を連れ、母屋の裏手に回った。
そちらに蔵があるのだろう。
 それを見送った後、女房は夫の田獲を家来に委ねた。
「部屋で休ませなさい」と。
 意識を取り戻した田獲であったが、呂布にも田澪にも目を呉れない。
何事もなかったかのように、家来の肩を借りて、弱々しげな風情で母屋に帰って行く。
 女房は形だけでなく肝も太いようで、
大勢の野次馬の好奇の目に晒されても動じない。
昂然と顔を上げ、家宰が金を揃えるのを待っていた。
 やがて家宰が家来達に金を持たせて戻って来た。
すると女房は呂布ではなくて田澪を交渉相手とした。
相手を見る目もあるようで話が早い。
田澪の目の前に金を積み上げ、借金の証文と交換した。
そうなると、「用がない」とばかりに田澪と呂布に屋敷敷地からの退出を促した。
 取り戻した金を田澪の馬車に積み込み、一行は田睦家に戻ることにした。
呂布は馬車に馬を寄せ、何気なさそうに言う。
「終わってみれば簡単だったな。
みんながみんな、あの女房殿のようであれば気楽なんだが」
 それを馬車の中の田澪が笑う。
「呂布、アンタは女を見る目がないわね」
 呂布が不審げな顔をすると、彼女が続けた。
「あの女は外面が良いだけ。
今頃は怒り心頭で、誰彼構わず怒鳴りつけているわ」
「まさか」
「そういう女なの。
借りた金を返さなかったのも、あの女の指示よ。
亭主を立ててるように見せて、みんなを騙しているけど、
屋敷の実権はあの女が握っているの。
嘘だと思うなら、賭けてもいいわよ」
 呂布は賭けない。
それを見て彼女が言う。
「しばらく身辺には気を付けるのよ。
あの女、昔だけど、刺客を放った事があるから」

白銀の翼(呂布)317

2014-03-02 08:33:31 | Weblog
 野次馬の男が先頭に立ち、屋敷の中を案内した。
妙な成り行きだが、呂布は男を信用した。
形こそ庶民だが、足運びに乱れはない。
場数を踏んだ武人と分かる。
 思い当たるのは、「田澪の手の者か」ということだけ。
彼女は立会人を自任しているので、公然と呂布に手を貸せない。
そこで、あらかじめこの男に、呂布の手助けするように言い含めて置いたのだろう。
この男は機転を利かせ、状況を見て、野次馬として紛れ込んだに違いない。
 男が呂布を振り返った。
「手前の顔を見知っている者がいたら、後々の面倒になります」と言い訳しながら、
懐から長い布を取り出し、鼻と口を覆うように巻き付けた。
 呂布は確信した。
この男は田澪の供として、この屋敷を幾度か訪れた事があるので、
顔が知られているのだろう。
 男が案内を再開した。
迷うことなく、奥へ奥へと導く。
途中で、この屋敷の使用人何人かと鉢合わせするが、
先方が勝手に悲鳴を上げて逃げて行くので、さして手間取る事はなかった。
 奥から一際甲高い声が聞こえてきた。
周りに居る者達を怒鳴り散らしていた。
「お前達はここで何してる」
「早く追い返してこんか」
「殺しても構わん」等々と。
 それを指して、案内の男が言う。
「あの情けない声が田獲です。
威勢はいいのですが、それだけの男です」
 その声が聞こえる部屋の前に来た。
男が言う。
「年の頃なら四十。
見るからに恰幅の良い男が田獲です。
鼻の下に大きな黒子があります。
奴の武技は並みですが、身近には使い手がいます」
 呂布はそれを聞いてから部屋に押し入った。
室内には五人の男がいたが、田獲は直ぐに分かった。
其奴と目が合った。
確かに恰幅がよく、鼻の下に大きな黒子がある。
 田獲が呂布に声を荒げた。
「何だ、お前。勝手に入るな」と。
 他の者達は呂布に怯えて後退り。
主人の災難に巻き込まれぬように、部屋の反対側の隅に固まって身を寄せた。
 呂布は室内を見渡した。
見るからに贅を凝らした家具が揃えられていた。
どうやらこの部屋は彼の執務室に違いない。
 呂布は田獲に歩み寄り、ジッと見下ろした。
「用向きは聞いているだろう」
 田獲は身に寸鉄を帯びていないにも関わらず、呂布をジッと見上げた。
まるで、「腕に自信あり」とでも言いたげな表情。
 行き成りだった。
怯えて部屋の片隅に身を寄せた一人が、呂布の視界から外れたのをいいことに、
懐から短刀を取り出し、足音を立てずに突進してきた。
 呂布が油断していた分けではない。
相手が巧みに殺気を隠していただけのこと。
 呂布は左前腕に痛みを感じた。
大蛇に咬まれた傷跡だ。
すでに塞がっていて、涼州から長安に来るまでの道中でも、異常は何も感じなかった。
それが・・・。
呂布は首筋に寒気を感じた。
同時に室内の空気が揺らいだ。
生じる強い殺気。
床に微かな振動。
棍を持ち上げて半身に構えた。
防御の姿勢をとりながら、殺気の方向に視線を向けた。
 男が一人、短刀を構えて突進して来た。
低い姿勢で軽やかな足運び。
まるで解き放たれた獣か、矢。
身体ごと当たる気構えと見た。
相打ちも承知らしい。
呂布に躱す余裕を与えない。
 案内の男が田獲には、「身近に使い手がいる」と言っていたのを思い出した。
その使い手に違いない。
呂布は棍を真っ直ぐに立てるしかなかった。
短刀で狙っていると思える身体の中心線を守るように立てた。
細い、細い盾。
 激しい衝撃。
短刀が美事、棍に食い込む。
そして真っ二つに折る。
 その一瞬の間に呂布は攻守を逆転させた。
棍を捨てて素早く身体を反転させ、足払いで相手の体勢を崩し、顔面に拳を見舞う。
 相手も只者ではなかった。
足払いで短刀を落とすが、体勢を崩しながらも拳を受けて流し、鋭い蹴りを返した。
飛鳥のごとき返し技。
が、相手が悪かった。
相手が呂布でなければ、形勢を変えられたであろう。
 呂布は相手の蹴りを、傲慢にも前に出て受け止め、身体ごと突進した。
恵まれた躯の利を活かし、相手を押し崩し、首を掴み上げた。
そして床に投げ落とす。
 嫌な悲鳴。
床板が折れる悲鳴なのか、人の悲鳴なのか。
相手は辛うじて身動きするが、立ち上がれない。
苦痛を訴えながら、じたばたと床を転げ回る。
 部屋の片隅に固まっていた三人がその様子を見て、より怯え震え、
悲鳴を上げて部屋から逃げて行く。
 呂布は室内を見渡す。
立っている者は田獲の他には誰もいない。
誰かが潜んでいる様子もない。
「案内の男は」と、開け放たれた部屋の入り口を見るが、影も形もない。
すでに姿を消したのだろう。
 呂布は改めて田獲を見た。
何かがおかしい。
さっきまでの威勢の良さは微塵もない。
表情が青白い。
よく見ると全身が微妙に震えていた。
使い手を失ったからに違いない。
 そこで呂布は大きく一歩前に踏みだし、「かーっ」と気合いを入れた。
途端に田獲の膝が大きく笑う。
ガタガタと音を立て、小便を漏らし、ドッとその場に崩れ落ちた。
気を失っていた。
 汚いが、いつまでも時間をかけてはいられない。
小便を漏らした田獲を持ち上げ、まるで肩荷のように無造作に肩に担いだ。

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