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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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なりすまし。(59)

2016-03-30 19:58:58 | Weblog
 不意に暗がりから数匹の犬が現れた。
いずれも牙を剥き出し、鬼気迫る表情。
俺に逃げる余裕はなかった。
腰を落として防御の態勢をとった。
他の男達は怯えて腰を抜かした。
犬の群は俺達には目もくれない。
荒い鼻息で俺達の左右を駆け抜けた。
脇目も振らずに屋敷へ向かった。
 あちこちから聞こえる狐の鳴き声、犬の鳴き声も一つの方向に集約された。
全てが屋敷に向かっていた。
何が起きているのか。
 下女の話を思い出した。
二十年ほど前の東北のさる藩での出来事。
月が赤く染まった夜、一つの村が全滅した。
この集落のような大量虐殺であった。
殺されたのは人間だけではなかった。
村外れで沢山の狼や熊も殺されていた。
類似する今夜の状況から、東北での出来事を推測すると、
「狼や熊は虐殺する何者かの出現を予期して村に向かっていたもの」と思われた。
そして返り討ちに遭った。
もしかして狼や熊は虐殺する何者かを退治するのが目的だったのか。
だとすると今夜の狐や犬も。
 逃げる気満々だった俺の気持ちが揺らいだ。
視線は正直。
屋敷の上に飛来した無数の狐火を捉えて放さない。
果たして狐火の数だけ狐が現れたのだろうか。
狐と犬が協力して事に当たれるのだろうか。
疑問が俺を雁字搦めにした。
こうなると前に進むしかない。
屋敷に爪先を向けた。
歩きながら左肩の座敷童子に一声かけた。
「屋敷に戻るぞ」
 左肩に軽い痛みが走った。
「恐いし。逃げしうし」
「大丈夫だ。危ない事はしない。
狐や犬達の戦い振りを見物するだけだ」
「狐や犬が敵うわげねし。
蹴散きやされるだげだ」
 座敷童子の予知なのだろうか。
内心でそう思いながら、屋敷に向かった。
途中で疑問が一つ増えた。
屋敷から逃げて来る者と出会わないのだ。
女子供なら危ない川沿いではなく、意外と盲点な、
襲撃された後の安全なこちらに向かって来るはず。
なのに一人として出会わない。
俺は座敷童子に尋ねた。
「屋敷の女子供はどうしたんだろう。
別の逃げ道があったのか」
「誰も逃げねし」
「どうして逃げない」
「あの屋敷さは秘密があったの。
邪教が借りてる屋敷だったの。
藩の借金を肩こ代わりして、屋敷を借り受けたの。
今、その教祖が重い病で伏せていて、動かせねの。
だがきや、みんの教祖を守る為さ必死さのて戦うわ。
女子供も一人どして逃げねわ。
守りきれねど知れば、火を放って教祖と運命を共さするわね」
 邪教と取引せねばならぬとは。
藩財政の苦境が窺い知れた。
「お前はそんな連中に付き合って死ぬつもりだったのか」
「他さ知きやねがきや」
 呆れてしまう。
視える子供と遊ぶことしか念頭にないのだろう。
「座敷童子は東北で生まれる、と聞いている。
それがどうしてこの辺りに」
「視える子供が親の仕事の都合で、こちきやの屋敷さ引っ越すごどさのたの。
聡明な子で優しがた。
おきや、別れたぐのがた。
それで長持ちさ隠れて付いて来たの」
 人間と精霊では寿命が違う。
必ず人間が先に尽きて、座敷童子が一人取り残される。
俺は意地悪く、その点をついた。
すると座敷童子は、「でも寂しぐはねし」暗い表情で答えた。
 と、足を止めざるを得なかった。
前方が狐と犬で渋滞していた。
彼等は俺には目もくれない。
屋敷前の異状な戦いに集中していた。
「グッフ」「バキッ」「ブチッ」
肉を打つ音。骨が折れる音。何かが千切れる音。
狐が宙を舞う。犬も舞う。
好きで舞っているのではない。
戦いの中心に立つモノに殴り飛ばされるか、蹴り飛ばされるかしていた。
モノは人の姿をしていたが、明らかに人とは違っていた。
無言で狐や犬の攻撃を躱しつ、殴る蹴るしていた。
動きは、まさに目にも留まらぬ早業。
かといって武道を極めた者特有の捌きとも違う。
正しい手順を踏んだ合理的な捌きではなく、
その場その場に合わせた臨機応変な対応と見て取れた。
後ろに目でもあるのか、
たった一人で四方八方より襲い来る狐や犬を宙に飛ばしていた。
 モノもだが、狐や犬も異常だった。
宙を舞わされた仲間が落ちて来て絶命しても、一向に尻込みしない。
ただ唸りを上げて自分の番が来るを待っていた。




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なりすまし。(58)

2016-03-27 08:07:08 | Weblog
 不思議なもので、黙って背後霊として憑かれていた時は何も感じなかったのに、
今は前もって分かっているせいか、左肩の辺りに心なしか重みというものを感じた。
いや違った。正しくは重みではない。
何やら小鳥が乗っかっているような軽さ。
その乗っかっているであろう左肩の辺りに向けて問う。
「臭うが大丈夫か」
「吐きそうだし。
でも、しかたね。
避けて通る分けさ行かねんだしね」
 俺は手拭いで鼻と口を覆い、集落に近付いた。
奥の一軒が炎を上げ、ゴウゴウと燃えていた。
生きて動いているのは、その炎のみ。
 集落の手前に、さっそく一体目。
木の根元に落ちているように倒れていた。
おそらく幹に叩き付けられたのだろう。
ピクともしない。
改めて確認しなくても絶命していると見て取れた。
 二体目は、・・・、無残な首のない遺体。
引き抜かれたのか、噛み千切られたのか。
頭部が近くに見当たらない。
 集落に入ると三体目、四体目。
喉元を喰い破られた母親、傍には顔を踏み潰された幼児。
母親の手が幼児の方へ差し伸べられていた。
 俺はこれまで何人も殺したし、別件で殺害現場に遭遇した事も多々あった。
しかし、ここは違う。
次元が違う。
完全なる虐殺現場。
全身に瘧のような震えが走った。
堪らずに喉元に熱い物がこみ上げてきた。
我慢も何もあったものではない。
両膝ついて、その場に吐いた。
全身から嫌な汗を流しながら、何度も繰り返して吐いた。
最後には胃液のような粘物まで吐いた。
 左の耳元で囁き。
座敷童子に、「大丈てでかい。倒れそうだし」心配された。
 俺は吐きながら、「直ぐに慣れる。心配無用」痩せ我慢した。
暫くすると震えが収まり、吐く物も無くなった。
手拭いで口元を拭い、立ち上がった。
流した嫌な汗で衣服が濡れているので気持ちが悪い。
 傍の親子を見遣った。
あまりにも無残の一言。
幼児を抱え上げて母親の胸元に運んだ。
手が血で濡れるが、気持ち悪さはない。
幼児を乗せてから母親の両手を上に重ねた。
かける言葉はない。
ただ合掌。
 その後は見つけた遺体からは目を逸らした。
終わった現場なので俺には何も出来ない。
俺は無力なただの第三者。
今はこの集落を通り過ぎたいだけ。
 歩いた先に水瓶があったので、柄杓で水を汲み口を濯いだ。
ついでに手の血を洗い流していると鐘が聞こえて来た。
短い間隔で激しく乱打された。
こういうのを火事を知らせる早鐘というのだろう。
他の場所でも早鐘が次々と乱打され始めた。
この辺り、足立一帯は湿地、沼地が多い。
その為、新田開発目当ての集落も多いのかも知れない。
 パタパタと足音。
息せき切って足の速い者達が駆け込んで来た。
延焼を防ぐ為の解体用に鳶口を手にした者も数人いた。
惨状を目の当たりにして、みんな悲鳴を上げて後退り、嘔吐を始めた。
次々に後続が着いた。
彼等も同様に悲鳴を上げ、嘔吐した。
 真っ先に立ち直った一人が俺に気付いた。
落とした鳶口を拾い上げて、俺に向けた。
「おったまげた。
おめえさん、何もんだっ」
 その声に、みんなの視線が俺に集中した。
得物になりそうな物を拾い上げて身構える者もいた。
総じて警戒し、俺を遠巻きにした。
 俺は両手を開いて、みんなを安心させようとした。
「見たとおり、怪しい者だ」言ってみたが、笑いは取れなかった。
まぁ、それはそうだろう。
場の空気は最悪。しかたがない。
それでも俺は安心した。
こんな場面でも昔のように軽口が叩けた。
そこで辺りを指し示し、「俺にこんな事は出来ない。牙も力もない」と言い、
次に屋敷のある辺りを指し示し、「俺はあの屋敷から逃げて来た。
ここで殺し回った奴は今、あの屋敷を襲っている」と続けた。
 みんなが屋敷に視線を向けたと同時に、その屋敷の一角から火の手が上がった。
争う声が途絶え途絶えなのは、状況悪化の証。
間を置いて数箇所からも火の手が次々に上がった。
屋敷の者達が敵と差し違えるつもりで火を放ったに違いない。
武士らしい覚悟とも言えよう。
おそらくだが、火が回る前に女子供は裏門から逃しているだろう。
 俺は注意を喚起した。
「殺した奴が焼け死ねば問題ないが、もし生き延びていたら、殺しに飽きてないなら、
次はどこを襲うかな」
 みんなが一斉に固まった。
顔を強張らせた。
そして狼狽し、互いに顔を見合わせた。
「ぼっとすっと・・・」「でぇ、・・・だんべ」「・・・ぬげるか」と小さな囁き。
一人が去ると、二人去り、三人去り、櫛の歯が欠けるように多くが去って行く。
問題は去った先にある。
自分達の集落の守りを固めるか、みんなで逃げるか。
 幾人かが残っていた。
真ん前の男が鳶口を下ろして、俺に問う。
「ふんずべえな殺す方だべんえ。
どこん誰さがらってい」
「俺は真っ先に逃げて来たから、何も見ていない」
 残っていた別の一人が声を上げた。
「こんは、よいじゃねぇ」
「人の仕業じゃないし、かといって獣でもない。
もしかすると、俺達が今までに見たことのない化け物かもな」
「どうすりゃ、よかか」鳶口の男。
 民百姓の手に負える事ではない。
俺は常識的に答えた。
「役所に知らせればいい。
高い年貢を納めてるんだろう。
お侍様に働いてもらえ」
「俺が行っちゃる」一人が駆けだした。
 一人が悲鳴を上げた。
尻餅つき、「でぇー」と宙を指し示した。
 燃え上がる屋敷方向の右方、その宙に不可思議な火の玉が出現した。
無数の小さな火の玉が、フラフラと浮遊しつつ、こちらに接近した来た。
星明かりと火の玉の明るさで、その辺りは真昼のような明るさ。
 鳶口の男が漏らした。
「王子の」
 それに一人が反応した。
「お狐様げ。王子のお狐様が助けに来られだで」
 王子稲荷の狐のことなのだろう。
だとすると、火の玉は狐火。
でも、助けとは。
お狐様が助けに来られた、と言っているが、・・・。
王子からでは途中、ここまでの間を遮る川が流れていた。
どうやって、その川を渡ったというのか。
そもそも狐が人を助けに来る、という事からして理解できない。
 声が届いて来た。
「コーン、コーン」
明らかに狐。
無数の狐の鳴き声が星空に響いた。
呼応して、それまで遠吠えを中断していた犬達が勢いを取り戻した。
狼に戻ったかのような獣本来の遠吠えをみせた。




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なりすまし。(57)

2016-03-23 20:54:16 | Weblog
 予知か何かは知らないが、「屋敷は灰になる」と言いながら、
座敷童子は俺を逃がして自分はその屋敷と運命を共にしようとしていた。
襲い来るモノを異常に怖がりながらも、それでも残ると言う。
何とも見上げたもの。
自分を犠牲しても、その価値観を他人には押し付けない。
犠牲的精神の塊。
一番苦手なタイプだ。
どうして自分も生き延びようとしない。
 座敷童子を見直しながらも疑問が一つ。
屋敷と運命を共にするそうだが、座敷童子は精霊か守護霊かは知らぬが、
霊的な存在であるのは確か。
それが灰となって散れるのか。
 悠長に話し合う時間はない。
座敷童子を抱き上げた。
途端におかっぱ頭は表情を崩して泣き叫ぶ。
俺は無視して荷物のように持ち抱え、茂みに入った。
そして塀の穴から力尽くで押し出した。
直ぐに俺も四つん這いになって穴から抜け出た。
 座敷童子は尻餅をついたような格好で、路傍で固まっていた。
俺は中腰になり、おかっぱ頭を乱暴に撫で回した。
「外に出ても平気だろう」
 怒っているのか、身動きしない。
目も合わせない。
「今まで外さ出たごどがね。
昼の陽射しを浴びたごどもね。
だがきや恐い」責めるような口調。
「話は後だ。今は逃げるのが先」おかっぱ頭を強引に持ち上げて肩車した。
「ギャー」けたたましい悲鳴を上げて手足をバタバタさせた。髷を掴む。
 よく見ると、この道は塀を作る際に踏み固めたもののようだ。
あまり通る者がいないようで草がぼうぼう、獣道の感がした。
俺は辺りを見回した。
星空の下、前方には湿地が広がり、蝙蝠が乱舞していた。
この道を左に行けば川沿いに出れられる。
右へ行けば襲撃されて火災が生じている集落。
 俺は暴れている座敷童子に言い聞かせた。
「約束する。
俺はお前に新しい家を探してやる。
子供が一杯いる家だ。
視える者が居る家だ。
江戸は広い、必ず有る」
 座敷童子が暴れるのを止めた。
俺の言葉を吟味している様子。
そこで俺は言葉を重ねた。
「北生まれの商人の御店もある。
津軽屋。弘前屋。
二戸屋。盛岡屋。
男鹿屋。大館屋。
石巻屋。仙台屋。
庄内屋。鶴岡屋。どうだ」
 適当に東北地方に由来する、それらしい屋号を上げた。
実在するかどうかは知らない。
でも、たぶん、二つか三つは有るはずだ。
 座敷童子が髷から手を離した。
「まんつごぐ探してぐれるのだな」
「約束する。
お前が気に入る御店を探してやる」
「視える子供が居る御店がいいの」明るい口調。
 そこで俺は新たに提案した。
「それまで俺に憑いていればいい。
背後霊でも守護霊でもいい。
御店が見つかるまで、この身体に憑くことを許す。
それでどうだ」
 座敷童子が笑う。
「背後霊さ守護霊。
それは都合が良すぎる。
貧乏神さするね」途端に姿を消した。
 気のせいかも知れないが、何やら左の肩辺りに違和感。
その左の耳に囁き。
「さあ早ぐ逃げしう。
奴さ追いかけきやれては堪きやね。
早ぐ、早ぐ」
 座敷童子といっても所詮は子供。
機嫌が直るのが早かった。
 俺は右に向かった。
左を川沿いに下れば千住大橋に辿り着くそうだが、夜では足下が危ない。
川沿いなので軟弱な地盤も多いだろう。
沼地に足を取られる、あるいは足を滑らせる可能性が大と判断した。
そこで遠回りになるかも知れない右に向かった。
 火災が目印なので迷うことはない。
近付くに従い、何やら異様な臭い。
人間が焼かれている臭い。
だからといって避ける分けには行かない。
俺は懐から手拭いを取り出して、鼻と口を覆った。




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なりすまし。(56)

2016-03-20 07:15:08 | Weblog
 介添え女の最後の言葉が気になった。
「明日の昼前には迎えに来られる」と言っていたのが、舌の根も乾かぬうちに、
「命あれば、いずれどこかで」はないだろう。
僅かの間に彼女の見通しが悪い方に傾いていた。
外から続けざまに聞こえる悲鳴が影響しているのは明らか。
正体不明のモノの襲来を前提にしても、それはないだろう。
ここは嘘でも励まして欲しいところ。
 借り上げている客殿から俺以外の人の気配が消えた。
みんなは船に乗って川中に避難した。
船中泊し、朝を待って下流に漕ぎ出すそうだ。
 一人残された俺は客殿中の灯りを全て消して回った。
襲来する者の注意を惹きたくなかったので、人の居る気配そのものの払拭を図った。
何時でも逃げ出せるように身支度して自室に戻った。
頼りは脇差し一振り。
戦うには短くて不安だが、逃げる際には腰が軽くて助かる。
雨戸を開けっ放しにして、布団に寝そべった。
母屋はドタバタ、外では止まらない悲鳴。
とても眠れるものではない
 俺は目を閉じて、悲鳴に集中した。
方向を特定し、距離を推し量った。
心なしか、こちらに近付いて来ているように感じた。
 虐殺者の正体が気にかかった。
其奴は狼の牙と熊の剛力を持つモノ。
そして今夜は満月。
狼男しか連想しない。
まさかとは思うが、無きにしも非ず。
 そうこうするうちに、正解を持つ者に心当たり。
お嬢様こと若様に憑依している化け猫が、それだ。
奴は何百年も生きているはず。
その膨大な知識のうちに答えも持っているはず。
 身近に熱を感じた。
人の気配。
首を回し見た。
何時の間にか座敷童子が枕元に正座していた。
俺は慌てて起き上がった。
座高が違うので、ゆるく胡座をかいて表情を窺った。
先ほどのような恐怖に駆られた表情ではないが、険しさに変わりはない。
 他に耳がないので、堂々と口に出来た。
「一体、どこにいた」
「急だったはで、押し入れさは隠れきやれのがた。
困ってお前をみだきや、背後霊がついていね。
そこでお前の背後霊さのてみた」
 何となく分かった。
俺の背後霊さのてみた、だと。
ここは怒るところか。
違う。怒る資格がない。
なにしろ俺自体、憑いているモノ。
 座敷童子が立ち上がり、俺の手を掴んだ。
「今、逃げねど殺されるし。さあ、逃げしう」強引に手を引いた。
 母屋方向で急を告げる声が上がった。
外を見た。
高い塀の向こうが明るい。
どうやら集落のある辺りで火災が発生したらしい。
 座敷童子に引かれるまま、客殿の外に出た。
月の異様な赤混じりではあるが、燦めく星々が足下に明かりをくれた。
表門に向かうと思いきや、違った。
庭園の奥へ奥へと手を引かれた。
座敷童子の足取りの何と軽いこと。
まるで飛ぶように駆けて行く。
 俺は認識を改めた。
押し入れや蔵に棲まう座敷童子には、「引き籠もり」「ぼっち」の印象があった。
視える者しか相手にしない。
視える者が現れるまでは自分の世界に引き籠もり、一人ぼっち。
今、俺を誘う座敷童子は、そんな気配は微塵も感じさせない。
健康な子供そのもの。
 屋敷の近くで悲鳴が上がった。
おそらく外で警戒していた武士だろう。
屋敷全体が騒然となった。
数箇所から、けたたましい怒号が飛ぶ。
 座敷童子が足を止め、背後を恐る恐る振り返った。
身体震わせ、唇の端を強く噛む。
「急ごう。奴が来る前さ逃げしう」再び俺の手を引いた。
 裏門に、ではなかった。
庭園の奥まったところに案内された。
塀の手前の、手入れの行き届かない茂み。
低木と丈の高い雑草で、こんもりしていた。
 俺が疑問を発する前に座敷童子が口を開いた。
「茂みを奥さ入るど、塀さ穴が開いてでゃ。
そこがきや逃げきやれる」
 大雑把に理解した。
言われるまま、茂みに入って穴を確かめた。
あった。
子供なら楽々と。
大人でも四つん這いになれば、抜けられる。
 俺は後ろの座敷童子を振り向いた。
いない。姿そのものがない。
また勝手に消えたのか。
慌てて元の場所に戻った。
いた。
子供が一人立ち尽くしていた。
身体を震わせ、涙していた。
零れた一滴が星々の明かりに反射した。
 座敷童子は俺と視線が絡むと、一瞬だが、笑みを浮かべた。
それもほんの一瞬。直ぐに険しい表情。
「早く逃げてし。喰い殺されるし」追いやるように両手を振った。
 表門が突破されたらしい。
母屋から戦う物音が届いた。
 気が気ではないが、まさかと思って座敷童子に問う。
「お前は残ってどうする。一緒に逃げよう」
「ここの子供だがきや、外さ逃げきやれね」
「お前は喰い殺されたいのか」
「それは嫌だし。
でも、こごさ生まれた者どしての役目があるし。
だがきや逃げれきやれね」
 俺は執拗に問うた。
「役目。役目とは何だ」
「視える者が生まれるのを待ち、生まれただば、その者ど遊ぶごど」
 遊ぶだけ、それに何の意味が。
無意味としか思えないが。
「次に生まれるのは分かっているのか」
「もう生まれね。
今夜、この屋敷は灰さのる。
もう誰も生まれね」確信を持って言い切った。
「屋敷が灰になったら、お前はどうなる」
「憑いた屋敷が灰さのれば役目が終わる。
むつけきや灰さのる」
 精霊か守護霊かは知らぬが、義理堅く屋敷と運命を共にしようとしていた。
 母屋で男女問わずに悲鳴が上がった。
時間がない。
俺は焦りを隠し、強く聞いた。
「今、視える者はいるのか」
「ここ暫ぐ一人もいのがた」
 だから俺に懐いたらしい。
「義理がある者がいるのか」
「いね」
「視える者が居ないと詰まらないだろう」
「詰まきやねだべ」
「俺は好きか」
「視えるがきや好ぎ」
 それなら簡単。
俺は座敷童子の手首を掴んだ。
「一緒に来い」
 座敷童子が激しく抵抗した。
おかっぱ頭で嫌々した。
「屋敷がきや外さ出たごどがねえ。
恐いし、外は恐いし」手を振り解こうとした。




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なりすまし。(55)

2016-03-16 19:58:11 | Weblog
 錆び付いた警官魂がギッギと音を立てて回転を始めた。
下女の話を頭の中で構築し検討した。
 俺は当初から殺し屋ではなかった。
普通に警察官コースに乗っていた。
それが逸れたのは、ある捜査に加わってから。
捜査の終盤、俺は犯人逮捕の班に組み込まれた。
先輩刑事四人と手順通りに逮捕しようとした。
ところが犯人が予想外の抵抗。
隠し持った刃物で先輩刑事を刺し、退路を確保していた俺の方へ逃げて来た。
他の先輩刑事三人は驚いているだけで、当てにならなかった。
俺は臨機応変に対処した。
空に向けて威嚇発砲した。
相手が止まりそうもなかったので、今度は相手の足下に向けて威嚇発砲した。
それでも相手が止まらないので、相手の足を狙い撃った。
命中したにも関わらず相手は止まらない。
身体の向きを変え、近くに居た民間人を人質にしそうな動きをみせた。
俺は即座に判断した。
犯人を背後から射殺した。
射殺が問題にされることはなかったが、
これを機に俺は別のコースに異動させられた。
「殺しの免許証」取得へのコースであった。
 俺は推測した。
赤い月は関東一円、どこからでも見えるだろう。
しかし小動物達の騒ぎが関東一円に広がっているとは思えない。
奴等は勘が鋭いから、迫る危機には敏感に反応する。
ことにそれが現場近辺では強くなる。
奴等の騒ぎは、この辺りが現場になると予知しているからに違いない。
下女から聞かされた噂話もあれば、座敷童子の反応もある。
この辺りで異変が起きる確率が最も高い。
 その時、満天の星空に悲鳴が響き渡った。
人の悲鳴に違いない。
一斉に五人全員が北の方を向いた。
間を置いて新たな悲鳴。さらに悲鳴が続いた。
そんなに遠くはない。
 俺は介添え女に問うた。
「あちらの方に村でもあるのか」
 介添え女は口籠もりながら、「小さな集落がありんす」教えてくれた。
でも、それ以上は言葉にしない。
屋敷の場所を特定されたくないので、集落名に触れる話題は避けたいのだろう。
困ったものだ。
 介添え女は視線を俺から外へ転じた。
外への関心より、何やら思案している様子。
やがて考えが纏まったようで、用心棒と下女に指示を下して走らせた。
 二人になると介添え女は俺に笑みをくれた。
「予定が変わりんした。
万が一を考えて、お客様を船に移しんす。
川で船中泊してもらい、日の出とともに、そのまま御店に戻ってもらいんす」
 夜中の操船は危険だが、今の状況からすると川で船中泊するのが一番いいだろう。
「分かった。それでは俺も」
「分かって頂けるでありんしょうか、お客様と一緒には乗せられんせん」
「もしかして、この離れに残るのは俺一人か」
 介添え女が殊勝な表情で頭を下げた。
「申し訳ありんせん。
明日、何事もなければ昼前には必ず迎えに参りんす。
朝飯の用意ができませんが辛抱しておくんなんし」
 廊下が騒がしくなった。
急遽、乗船することになったので、何かと手間取っているのだろう。
「しかたがない」
「母屋にはお武家様も何人かいるので安心しておくんなんし」
 それで安心できるかどうか。
なにせ狼や熊をも簡単に殺す奴が相手。
お武家様で対抗できるものだろうか。
「母屋が騒がしくなったら、一人で逃げようと思う。
どちらに向かって逃げればいいかな」
 介添え女は又もや思案した。
何としても、この場所を知られたくない、と顔色が語っていた。
やおら顔を上げた。
「この辺りは沼地が多く、歩き回るには不便な地形になっていんす。
夜中に逃げるのは勧めません」
 下手すると沼に足をとられる。
夜中なので助ける人も通り掛からない、と言いたいのだろう。
「ではどうしろと。自慢ではないが、俺は逃げ足の他に取り柄はない」
 介添え女は苦笑いで腕組み。
呆れたように溜め息。
「分かりんした。
前の川に沿って下るのでありんす。
途中に小川や沼がありんすが、迂回して前の川に沿って下れば、
いずれ大川になりんす」
 隅田川は江戸に入ると大川と呼ばれた。
だとすると、ここはその上流で、沼地が多いことから足立郡と推測できた。
 外から聞こえる悲鳴が止まない。
一体、何人が犠牲になっているのだろう。
母屋でも動きが激しくなってきた。
屋敷の人々が起きて変事に備えている気配が伝わってきた。
 介添え女が懐から小さな巾着を取り出し、俺に押し付けた。
「謝礼より多いけど、それは迷惑をかけた分でありんす。
遠慮なく受け取っておくんなんし。
・・・。
命あれば、いずれどこかで会えるでありんしょう。
その時は遠慮せずに声をかけておくんなんし」
 俺の返事は待たない。
巾着を押し付けたまま、さっさと身を翻し、廊下に消えた。




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なりすまし。(54)

2016-03-13 08:07:29 | Weblog
 俺は座敷童子の隠れ場所を探した。
闇に溶け込んだか、駆け込んだかは知らないが、とにかく、
それらしい場所に視線を巡らせた。
満月を見上げている三人に気取られてはならない。
慎重に室内を見渡した。
廊下から差し込む明かりのせいで、灯りの点いてない室内は大方が暗がり。
濃い暗がりもあるが、隠れられそうな深さはない。
 固まっていた用心棒の一人が言う。
「赤い月は何かの兆しか」
「何回か見た事があるが、ここまで赤いのは初めてだ」と相棒。
 俺の乏しい知識でも月が赤く見えるのは珍しいことではない。
気象状況の影響であったり、大気層で屈折したりして、赤味を帯びて見えたりとか、
あるいは青白く見えたりした。
ただ今回のは違う、と思わされた。
小動物達の反応が異常すぎて気にかかるのだ。
それに座敷童子の恐がりよう。
何が原因なのか。
何としても座敷童子から聞き出したい。
 介添え女が誰にともなく言う。
「不吉な色でありんすね」
「鼠だけでなく鳥や犬までが騒いでいる。天地異変の前触れか」
「となると大きな地震か、津波、大噴火」
 三人が、
「ああでもない、こうでもない」と喋っているところへ下女の一人が顔を覗かせた。
顔ぶれを確かめると、ズカズカと入って来て話しに加わった。
「私は皆さんより長生きしてるので、月が赤くなるのは何度か目にしてます。
でもここまで犬や鳥達が騒ぐのは初めてです。
みんな何かから逃げだそうとしています。
それで思い出しました。
昔、聞いた噂です。
それは二十年ほど前のことです。
北の方、東北のさる藩でも、このような騒ぎがあったそうです。
月が赤く染まると、家々の犬猫、鼠達が逃げだした。
周りの山々の獣達、鳥達も逃げだした。
まるで何かを恐れるかのように逃げだしたそうです。
不吉な兆しと頭で分かっていても、逃げなかったのは人間達だけ。
お武家、町の者達、村の者達」三人を見回して、
「その夜、多くの人間が殺されたそうです」と言う。
 用心棒の一人が顔色を変え、急いて聞く。
「何があった。どうして殺された」
「話しを端折りすぎだ。分かるように説明しろ」相棒の声が荒い。
 みんなの関心を惹いて満足なのか下女が、
「何があったのか知る者達は全員が殺されました」と口を開いた。
 彼女が耳にした噂はこうだ。
藩の真ん中を南北に街道が通っていた。
街道沿いには幾つもの町や村があった。
その一つ村が、その夜のうちに全滅したのだ。
村の者が一人残らず、老人から幼児まで見境なく殺されていた。
全員が喉元を喰い破られるか、身体を引き裂かれるかしていた。
このことから犯人が人でないことは確かだった。
狂った奴の仕業だとしても大変な腕力、顎の力を必要とした。
狼のような牙、熊のような剛力。
そんな人間が存在する分けがない。
かと言って山の狼、熊でもなかった。
というのも実は、その狼や熊もが喰い破られるか、
引き裂かれるかしていたのが見つかったのだ。
村の外れで犯人と遭遇したようで、
何十頭もの狼や熊が山のように積み重なっていた。
そうと知った藩は藩士全員を動員し、国境を閉じ、付近の山狩りを行った。
鉄砲を持つマタギだけでなく山師までも動員した。
藩の面子もあり何十日もかけた。
しかし犯人発見には至らなかった。
見つかったのは狼や熊、鹿、猪の死骸のみ。
いずれも喰い破かれるか、引き裂かれるかしていた。
結局、犯人に繋がる足跡すら見つけられなかった。
 語り終えた下女が口を噤み、三人を見遣る。
聞いていた三人は互いに顔を見合わせるだけ。
脇で聞いていた俺も困惑した。
この話は、ただの噂なのか、それとも事実なのか。
沈黙が室内を支配した。




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なりすまし。(53)

2016-03-09 19:18:49 | Weblog
 座敷童子の恐がる様子は異常だった。
顔を歪ませて俺の首元にしがみついた。
身体だけでなく声まで震えていた。
俺は疑問を覚えた。
霊的存在が何に怯えているのか。
すでに死んでいる者に何か失うものがあるというのか。
 俺に訴えているが、言葉が理解できない。
声が震えているせいもあるが、それとは別に、
どうやら方言のようで何を言っているのか聞き取れない。
 俺は座敷童子の背中をさすった。
具象化しているので、人並みに温かい。
「落ち着いて、ゆっくり話してくれ」
「月が血さ染まるど、のんがが現れる。こわいし、こわいし」早口で言う。
 困ったものだ。
それに女児とはいえ、この姿勢を続けるのは、つらい。
重いのだ。今にも首がもげて落ちそう。
思い切って抱き上げることにした。
女児は驚くが抵抗しない。
恐い物への切迫感で一杯らしい。
俺に早口で捲し立てた。
「逃げねど。月が血さ染まるど、のんがが現れ、みんのを喰い殺す。
じっどしているど、みんの殺される。遠ぐへ逃げしう」フランス語感が漂っていた。
 座敷童子の本場は岩手から津軽にかけての一帯。
おそらく、そちらの方言だろう。
 俺にも、「月が血さ染まど」は大雑把ながら理解できた。
どうやら座敷童子は視力も人外らしく、屋根を通り越して空の月を見上げた様子。
信じるしかない。
座敷童子を抱いたまま立ち上がり、雨戸の方へ寄った。
まず障子に手をかけた。
俺の行動に危機感を覚えたのか、座敷童子が俺の肩に顔を伏した。
 俺は障子を開け、次に雨戸を開けた。
外気が室内に押し入った。
夕方とは違い、異様に冷たい空気が俺達を包む。
遠くでは犬達がひっきりなしに遠吠えしていた。
俺は夜空を見上げた。
満天の星空。
その下を飛ぶ無数の鳥達。
狂ったように鳴き囀り、てんでばらばらに飛んでいるせいで、
あちこちで羽根を絡ませたり、衝突したりしていた。
俺は直ぐに見つけた。
星空の一点のみが赤い。
満月。
原因は分からないが確かに満月が血に染まって見えた。
 座敷童子が怖々、ソッと上を見上げた。
視線が月で止まった。
「赤い、赤い。みんのを喰い殺す奴が来るし。遠ぐへ逃げしう」
 俺は座敷童子と満月に気を取られ、背後には備えてなかった。
いきなり廊下側の襖が力一杯、開けられて驚かされた。
ドカドカと三人が押し入って来た。
廊下に点けられた灯りが三人の顔を鮮明ではないが、
分かる程度に闇に浮かび上がらせた。
 先頭には介添え女。
左右には初顔の侍二人。
おそらく、いざというときに備えていた用心棒だろう。
 介添え女が厳しく問う。
「雨戸を開けて誰と話しているので、ありんすか」
 おかしい。
彼女の目に座敷童子は映らないのか。
それでようやく俺は気付いた。
何時の間にか座敷童子の姿が消えていた。
下りた気配はなかった。その場で即座に消えたらしい。
こうなると抱き上げた姿勢のままの俺は無様。
間抜けにしか見えない。
照れ隠し気味に両手を下げた。
 誤魔化すしか選択肢がなかった。
「あれを見て独り言」と俺は星空を指し示し、見える位置を彼女に譲った。
 用心棒二人は俺への警戒を解かない。
柄に手はかけないが、いつでも斬り付けられる間合いを保っていた。
それでも犬の遠吠えが気にかかるようで、時折、外に目を遣っていた。
 介添え女は不審顔であったが、不承不承、雨戸側に寄った。
「言い訳にしても、もっと、ましな言い訳があるで、ありんしょう」
と言いながら外を見回して、「あれはなに」固まった。
 ただならぬ様子に用心棒二人が動いた。
雨戸に急ぎ寄って、介添え女の視線の先を追った。
たちどころに二人も固まった。
 俺の関心は押し入れに移った。
閉じられているのか、いないのか。
三人の目が届かぬと判断し、視線を走らせた。
閉じられていない。
となれば座敷童子は今どこに。




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なりすまし。(52)

2016-03-06 05:58:44 | Weblog
 退くに退けなかった。
寝姿のまま座敷童子の視線をしっかり受け止めた。
が、なんとも大人げない。
おかっぱ頭の女児を相手に真剣になるとは。
否、違った。
ようく考えてみれば座敷童子は姿形こそ女児だが、年齢は不詳。
何十年も何百年も座敷童子を続けているはず。
明らかに年上。
だからといって悲観はしない。
座敷童子への餌付けは成功したのだ。
まずは一勝。
次なる手を考えた。
直ぐに閃いた。
奇手だが試しみる価値はあった。
 俺は座敷童子を見詰めたまま、作り笑いを浮かべた。
そして掛け布団の端を持ち上げた。
一緒に寝ないか、と身振り手振りで演じた。
伝わったはずだ。
 ところが座敷童子に変化はない。
相変わらず無表情のまま、ジッと俺を見詰め続けた。
 我慢比べか、と諦めかけた時、座敷童子が視線を手元に転じた。
再び握り飯を頬張りだした。
もう片手でタクアンを掴んで囓る。味噌汁を飲む。
俺には目もくれない。
どうやら俺の存在は過去になったらしい。
 俺は座敷童子の歓心を買う次の手を考えた。
あれこれと思い浮かぶのだが、相手が相手だけに決め手に欠けた。
そのまま寝入ってしまった。
三晩しかないのに、とんだ失態だ。
下女の朝の声で起こされ、それを悔やんだ。
何も知らぬ下女が元気一杯に雨戸を開けた。
今朝は口元に米粒がついている事も、陰膳が枕元に移動している事もなかった。
 関心は座敷童子に移った。
今晩が最後の夜、何としても添い寝に持ち込みたい、と強く思った。
成功させる為には、座敷童子を霊的存在として扱うべきなのか、
具現化している子供として扱うべきなのか、その兼ね合いが難しい。
飯を食いながら、風呂に浸かりながら、一事のみを考えた。
だからといって肝心の仕事、種付けに影響は及ぼさない。
それはそれ、これはこれ、大人として対応した。
先様と介添え女の床技もあるが、
助平ごころ満載の俺の下半身に一切の手抜きはない。
きちんと仕事はこなした。
残りは明日の昼前の一戦のみ。
それを済ませれば船で送ってもらえる。
 夕飯を終えると、下女が用意してくれた夜食の膳を持って自室に引き揚げた。
行灯を消して早々と床についた。
寝につこうとしたが心が逸り、なかなか寝付けない。
まるで遠足前の児童。
こんな時は呼吸法、それに頼った。
まず全て吐ききった。
そして長く吸う。吐く、吸う。単純に繰り返した。
 いつしか寝入ったが、夜半、気配に目覚めた。
何かを囓る音。
聞き慣れた音。
タクアンに違いない。
狙い通りに押し入れは半開き。
陰膳に目を転じれば、おかっぱ頭の座敷童子がいた。
俺の方を向きながら、太いタクアン片手に茶を飲んでいた。
俺と視線が合っても動じない。
無表情で陰膳に取り組んでいた。
用意した俺への感謝は、微塵も感じ取れない。
まあ、座敷童子のみならず、神とか悪魔とか呼ばれるモノも含め、
霊的存在はこんなものなのかも知れない。
人間の思惑をいちいち忖度していては、商売が成り立たない。
唯我独尊、あるいは自分勝手、それが彼等の本質、本性だろう。
 分かっていても俺は諦めない。
前夜のように掛け布団の端を捲って、一緒に寝ないか、と身振り手振りで演じた。
座敷童子は予想通り、前夜のように応じない。
俺から視線を外して陰膳に集中した。
 今夜は下女が椀を増やしてくれた。
余り物の煮魚と焼き肉を足してくれた。
たとえ冷めていても美味しいはずなのに、座敷童子の表情に変化はない。
味が分からないのだろうか。
味そのものを理解できないのだろうか。
舌に問題を抱えているのだろうか。
あるいは座敷童子も所詮は子供、・・・なのか。
 不意に座敷童子の手が止まった。
表情に困惑が生まれた。
首を傾げながら視線を左右に走らせ、最後に頭上に向けて一点で止まった。
天井、そこに何か有る分けではない。
どうやら天井のさらに上、屋根を通り越して、天を見上げているような気配。
 矢庭に鶏が鳴いた。
屋敷内で放し飼いになっている鶏が一斉に悲鳴に近い声を上げた。
尋常な鳴き方ではない。
だけではない。
鳥達が一斉に羽ばたく羽音も聞こえた。
こんな真夜中に、・・・。
 天井が騒がしくなった。
屋根裏の鼠達がガサゴソ、ガサゴソ、蠢き始めた。
やがて激しくなった。
一方に走るのではなく、四方に逃げ惑うような走り方。
上げる鳴き声にも困惑と恐怖が入り混じっていた。
 猫も駆けていた。
唸り声を上げて廊下を狂ったように駆け回っていた。
 あちこちから犬達の遠吠えが聞こえた。
飼い犬とか野良犬とか関係なく連携し、威嚇するように吠えていた。
人間達だけでなく、他の動物達にも注意を喚起するかのように吠えていた。
 いくつかの部屋で人が起きる気配。
 座敷童子が立ち上がった。
恐怖に歪んだ顔。
俺に助けを求めるように両手を差し出し、駆けて来た。
慌てて上半身を起こした俺の首にしがみついた。
震えながら耳元で声を上げた。
「こわいし、こわいし、のんが来るし、こわいし」




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なりすまし。(51)

2016-03-02 19:55:24 | Weblog
 どのくらい眠ったのだろう。
ふと目覚めた。
人の気配がした。
殺意悪意を持たぬ何者かが居た。
今の俺には童子以外は考えられない。
視線を暗闇の一方向に集中し、目が慣れるのを待った。
夜目が利いてくると、寝たふりのまま、ゆっくり寝返りを打ち、押し入れを見た。
予想通りに半開きになっていた。
現れた。
期待を膨らませて陰膳を置いた方に視線を転じた。
女児の姿。
陰膳の前に正座し、片手に握り飯を持ち、もう片手で味噌汁を飲んでいた。
その姿を見て、期待通りなのだが、それとは別に、童子の行為に疑問が生じた。
具現化しているが、民間伝承の童子は、そもそもは霊的な存在のはず。
飲み食いは消化に繋がり、さらには排泄へと至る。
それが霊的存在に可能なのか。
陰膳を置く前に気付かねばならぬ疑問が、今初めて生じた。
その疑問が強い雑念となって四方に拡散したのだろう。
童子が身動きを止め。首だけで俺の方を振り向いた。
幸い俺も自分の失策に気付いた。
一瞬早く目を閉じた。
視線が絡むことはなかった。
軽い寝息を立てて、寝ている振りで押し通した。
雑念を捨て、皮膚感覚に頼った。
部屋の空気に揺らぎはない。
俺は寝ることにした。
朝になって陰膳を確認すれば事足りること。
焦る必要はない。
 起こす声で目覚めた。
下女がドタドタと入って来て勝手に雨戸を開け始めた。
外は朝の陽射しで溢れていた。
部屋は反対方向にあるので朝日が差し込むことはなかった。
 半身を起こした俺を見て、下女が笑った。
「口元に米粒がついてやす」
 慌てて口元に手を走らせると、確かに米粒が三つ。
夜中に夜食の覚えはない。
 下女が俺の枕元の膳に手を伸ばした。
陰膳を座敷童子の為に供えたが、置いた場所は違っていた。
枕元ではなく、押し入れの近くに置いたはず。
 下女が椀の蓋を次々に取って、中身を確かめた。
「どれも奇麗に平らげてやすね。
お腹が減っていたからよすね」
 どうやら座敷童子は膳を完食しただけでは飽きたらず、
悪戯心で俺の口元に米粒を付け、膳の位置をも、わざと変えたのだろう。
それに気付かなかったとは不覚。
これは俺に対する何らかの意思表示か、ただの悪戯か、判断が難しい。
 俺は下女の思い込みに乗じることにした。
「この仕事は腹が減るみたいだ。
今夜も夜食を頼めるかな」
 下女は疑わない。快く頷いた。
 朝飯を終えて、のんびりしていたら介添え女が姿を現した。
「お風呂に入りんしょう」それ以上に余計なことは言わない。
 昼前の種付けの刻限と分かった。
二人で風呂をしている間に、俺の部屋の布団を敷き直すのだろう。
 風呂から上がると、やはり俺の部屋に向かった。
雨戸が閉められ、先様が布団で待っていた。
流石に二回目なので、前回のように心を躍らせることはなかった。
先様が暖めてくれた布団に横になり、
主に先様だが、二人の女に身を任せることにした。
心は冷静でも下半身は違う。
二人の女の手練手管に猛り立ち、血が沸き立つ。
 そして、それは夕刻前の種付けも同じ流れ。
女二人が俺を執拗にいたぶり、余すことなく痴態を演じた。
最後に先様が俺に跨った。
介添え女は常に冷静で、先様の介添えはしても、最後は横からの監視に徹していた。
仕事一途で血が騒ぐことがないのかも知れない。
 俺の関心は種付けから離れ、今は座敷童子にあった。
二日目の仕事を完璧にこなすと、風呂に入り直し、夕飯を済ませ、
夜食の膳を持って部屋に戻った。
二回も種付けしたはずなのに身体が軽い。
初恋の娘にでも逢うかのように、心が躍った。
女児趣味ではない。
霊的存在の具現化に大いに興味があった。
生き霊の俺としては、同じ霊体の類として、
その存在を理解することが何時かは何かの役に立つと思った。
 押し入れ近くに陰膳すると、行灯を消して布団に入った。
後は前夜のように寝て待つだけ。
逸る心を鎮めた。
 気配に目覚めた。
刻限は分からない。
目を慣らして押し入れを見た。
開けられていた。
期待通り。内心しめしめと、陰膳の方に視線を転じた。
 女児と視線が絡まった。
座敷童子がこちらを向いて、握り飯を頬張っていた。
俺の行動を先読みしていたらしい。
感情の籠もらない双眼で見詰められた。
俺は目を逸らせない。
逸らせたら負けと感じた。




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