不意に暗がりから数匹の犬が現れた。
いずれも牙を剥き出し、鬼気迫る表情。
俺に逃げる余裕はなかった。
腰を落として防御の態勢をとった。
他の男達は怯えて腰を抜かした。
犬の群は俺達には目もくれない。
荒い鼻息で俺達の左右を駆け抜けた。
脇目も振らずに屋敷へ向かった。
あちこちから聞こえる狐の鳴き声、犬の鳴き声も一つの方向に集約された。
全てが屋敷に向かっていた。
何が起きているのか。
下女の話を思い出した。
二十年ほど前の東北のさる藩での出来事。
月が赤く染まった夜、一つの村が全滅した。
この集落のような大量虐殺であった。
殺されたのは人間だけではなかった。
村外れで沢山の狼や熊も殺されていた。
類似する今夜の状況から、東北での出来事を推測すると、
「狼や熊は虐殺する何者かの出現を予期して村に向かっていたもの」と思われた。
そして返り討ちに遭った。
もしかして狼や熊は虐殺する何者かを退治するのが目的だったのか。
だとすると今夜の狐や犬も。
逃げる気満々だった俺の気持ちが揺らいだ。
視線は正直。
屋敷の上に飛来した無数の狐火を捉えて放さない。
果たして狐火の数だけ狐が現れたのだろうか。
狐と犬が協力して事に当たれるのだろうか。
疑問が俺を雁字搦めにした。
こうなると前に進むしかない。
屋敷に爪先を向けた。
歩きながら左肩の座敷童子に一声かけた。
「屋敷に戻るぞ」
左肩に軽い痛みが走った。
「恐いし。逃げしうし」
「大丈夫だ。危ない事はしない。
狐や犬達の戦い振りを見物するだけだ」
「狐や犬が敵うわげねし。
蹴散きやされるだげだ」
座敷童子の予知なのだろうか。
内心でそう思いながら、屋敷に向かった。
途中で疑問が一つ増えた。
屋敷から逃げて来る者と出会わないのだ。
女子供なら危ない川沿いではなく、意外と盲点な、
襲撃された後の安全なこちらに向かって来るはず。
なのに一人として出会わない。
俺は座敷童子に尋ねた。
「屋敷の女子供はどうしたんだろう。
別の逃げ道があったのか」
「誰も逃げねし」
「どうして逃げない」
「あの屋敷さは秘密があったの。
邪教が借りてる屋敷だったの。
藩の借金を肩こ代わりして、屋敷を借り受けたの。
今、その教祖が重い病で伏せていて、動かせねの。
だがきや、みんの教祖を守る為さ必死さのて戦うわ。
女子供も一人どして逃げねわ。
守りきれねど知れば、火を放って教祖と運命を共さするわね」
邪教と取引せねばならぬとは。
藩財政の苦境が窺い知れた。
「お前はそんな連中に付き合って死ぬつもりだったのか」
「他さ知きやねがきや」
呆れてしまう。
視える子供と遊ぶことしか念頭にないのだろう。
「座敷童子は東北で生まれる、と聞いている。
それがどうしてこの辺りに」
「視える子供が親の仕事の都合で、こちきやの屋敷さ引っ越すごどさのたの。
聡明な子で優しがた。
おきや、別れたぐのがた。
それで長持ちさ隠れて付いて来たの」
人間と精霊では寿命が違う。
必ず人間が先に尽きて、座敷童子が一人取り残される。
俺は意地悪く、その点をついた。
すると座敷童子は、「でも寂しぐはねし」暗い表情で答えた。
と、足を止めざるを得なかった。
前方が狐と犬で渋滞していた。
彼等は俺には目もくれない。
屋敷前の異状な戦いに集中していた。
「グッフ」「バキッ」「ブチッ」
肉を打つ音。骨が折れる音。何かが千切れる音。
狐が宙を舞う。犬も舞う。
好きで舞っているのではない。
戦いの中心に立つモノに殴り飛ばされるか、蹴り飛ばされるかしていた。
モノは人の姿をしていたが、明らかに人とは違っていた。
無言で狐や犬の攻撃を躱しつ、殴る蹴るしていた。
動きは、まさに目にも留まらぬ早業。
かといって武道を極めた者特有の捌きとも違う。
正しい手順を踏んだ合理的な捌きではなく、
その場その場に合わせた臨機応変な対応と見て取れた。
後ろに目でもあるのか、
たった一人で四方八方より襲い来る狐や犬を宙に飛ばしていた。
モノもだが、狐や犬も異常だった。
宙を舞わされた仲間が落ちて来て絶命しても、一向に尻込みしない。
ただ唸りを上げて自分の番が来るを待っていた。
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)


★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
いずれも牙を剥き出し、鬼気迫る表情。
俺に逃げる余裕はなかった。
腰を落として防御の態勢をとった。
他の男達は怯えて腰を抜かした。
犬の群は俺達には目もくれない。
荒い鼻息で俺達の左右を駆け抜けた。
脇目も振らずに屋敷へ向かった。
あちこちから聞こえる狐の鳴き声、犬の鳴き声も一つの方向に集約された。
全てが屋敷に向かっていた。
何が起きているのか。
下女の話を思い出した。
二十年ほど前の東北のさる藩での出来事。
月が赤く染まった夜、一つの村が全滅した。
この集落のような大量虐殺であった。
殺されたのは人間だけではなかった。
村外れで沢山の狼や熊も殺されていた。
類似する今夜の状況から、東北での出来事を推測すると、
「狼や熊は虐殺する何者かの出現を予期して村に向かっていたもの」と思われた。
そして返り討ちに遭った。
もしかして狼や熊は虐殺する何者かを退治するのが目的だったのか。
だとすると今夜の狐や犬も。
逃げる気満々だった俺の気持ちが揺らいだ。
視線は正直。
屋敷の上に飛来した無数の狐火を捉えて放さない。
果たして狐火の数だけ狐が現れたのだろうか。
狐と犬が協力して事に当たれるのだろうか。
疑問が俺を雁字搦めにした。
こうなると前に進むしかない。
屋敷に爪先を向けた。
歩きながら左肩の座敷童子に一声かけた。
「屋敷に戻るぞ」
左肩に軽い痛みが走った。
「恐いし。逃げしうし」
「大丈夫だ。危ない事はしない。
狐や犬達の戦い振りを見物するだけだ」
「狐や犬が敵うわげねし。
蹴散きやされるだげだ」
座敷童子の予知なのだろうか。
内心でそう思いながら、屋敷に向かった。
途中で疑問が一つ増えた。
屋敷から逃げて来る者と出会わないのだ。
女子供なら危ない川沿いではなく、意外と盲点な、
襲撃された後の安全なこちらに向かって来るはず。
なのに一人として出会わない。
俺は座敷童子に尋ねた。
「屋敷の女子供はどうしたんだろう。
別の逃げ道があったのか」
「誰も逃げねし」
「どうして逃げない」
「あの屋敷さは秘密があったの。
邪教が借りてる屋敷だったの。
藩の借金を肩こ代わりして、屋敷を借り受けたの。
今、その教祖が重い病で伏せていて、動かせねの。
だがきや、みんの教祖を守る為さ必死さのて戦うわ。
女子供も一人どして逃げねわ。
守りきれねど知れば、火を放って教祖と運命を共さするわね」
邪教と取引せねばならぬとは。
藩財政の苦境が窺い知れた。
「お前はそんな連中に付き合って死ぬつもりだったのか」
「他さ知きやねがきや」
呆れてしまう。
視える子供と遊ぶことしか念頭にないのだろう。
「座敷童子は東北で生まれる、と聞いている。
それがどうしてこの辺りに」
「視える子供が親の仕事の都合で、こちきやの屋敷さ引っ越すごどさのたの。
聡明な子で優しがた。
おきや、別れたぐのがた。
それで長持ちさ隠れて付いて来たの」
人間と精霊では寿命が違う。
必ず人間が先に尽きて、座敷童子が一人取り残される。
俺は意地悪く、その点をついた。
すると座敷童子は、「でも寂しぐはねし」暗い表情で答えた。
と、足を止めざるを得なかった。
前方が狐と犬で渋滞していた。
彼等は俺には目もくれない。
屋敷前の異状な戦いに集中していた。
「グッフ」「バキッ」「ブチッ」
肉を打つ音。骨が折れる音。何かが千切れる音。
狐が宙を舞う。犬も舞う。
好きで舞っているのではない。
戦いの中心に立つモノに殴り飛ばされるか、蹴り飛ばされるかしていた。
モノは人の姿をしていたが、明らかに人とは違っていた。
無言で狐や犬の攻撃を躱しつ、殴る蹴るしていた。
動きは、まさに目にも留まらぬ早業。
かといって武道を極めた者特有の捌きとも違う。
正しい手順を踏んだ合理的な捌きではなく、
その場その場に合わせた臨機応変な対応と見て取れた。
後ろに目でもあるのか、
たった一人で四方八方より襲い来る狐や犬を宙に飛ばしていた。
モノもだが、狐や犬も異常だった。
宙を舞わされた仲間が落ちて来て絶命しても、一向に尻込みしない。
ただ唸りを上げて自分の番が来るを待っていた。
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)


★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
