長安が原田の首を、髪を鷲掴みして持ち上げた。
残念そうな声を出す。
「これも焼き捨てねばならぬか」
白拍子は、「生首が好きとは」と素っ気ない。
「はっはっ・・・。ただ一つの証拠だから、できれば塩漬けして江戸に送りたい」
「私が人間だった昔は、四肢と首を切離し、焼き捨てたものよ」
「魔物退治した後の話か」
「時には人もね。怨霊として彷徨わないように念を入れたのよ。
勿論、私がやったわけじゃないわよ。それを生業とする方術師がやったのよ」
「ほう。ところで、人間だった昔とは何時の頃だ」
「さあ、忘れたわ」
足軽達のみならず町人等もが廃材を持って集まる。まるでお祭り気分。
藁くずや小枝も入れた廃材の山が六カ所造られ、次々に火が点けられた。
白拍子の合図で、それぞれに四肢・首・胴が投げ込まれる。
たちまち肉の焼ける臭い。
長安は、助けに入った若侍と僧に目を遣る。
二人は片膝ついて、近くに控えていた。
「お主等のお蔭で助かった。名は」
典膳が顔を上げて答えた。
「それがしは神子上典膳、鎌倉代官所の者です。
隣の者は善鬼と申し、代官所出入りを許されている僧です」
長安はそれとなく試す。
「ほう。御代官の酒井様はお元気か」
典膳は不躾な視線を長安に送る。
鎌倉の代官は酒井・・・、とは。聞き違いではなさそうだ。
隣の善鬼がチラリと典膳を見遣る。
口は閉じたまま、代わりに目が語っていた。
たしかに典膳達には身分を証明する物がない。
一方、長安には相手の身分の確認のしようがない。
互いに悩ましい立場であった。
典膳は、先刻承知とばかりに善鬼に頷く。
余裕のある顔で長安に答えた。
「松平広重様はお元気です」
長安は惚けたまま続けた。
「そうか。たしか絵が好きで、絵師を招かれているとか」
「師は剣術家の伊東一刀斎です。手前共二人の師でもあります」
ようやく長安が、「疑ったようで、許せよ」と破顔。人懐こい目で二人を見る。
典膳はいつもの生真面目な顔。
「いいえ、当然の事です」
「して、この辺りにご用かな」
「いいえ、お礼を申し上げにまいりました」
「お礼・・・」
典膳は、「仲間の尼僧を於雪殿に助けていただきました」と於雪に頭を下げ、
「今は御代官の庇護を受けているとか」と長安にも頭を下げる。
長安は白拍子と顔を見合わせた。
「ほう、鎌倉代官所に出入りしている尼僧なのか」
出入りを許されているわけではないが、勢いで答えた。
「はい」
善鬼は意外そうな顔で典膳を見た。
ハッタリとは無縁な男であった筈だが。
長安はそんな二人を繁々と見比べた。
「ややこしい話になりそうか」
典膳と善鬼が同時に頷いた。
「わかった、場所を移そう。私の屋敷でどうだ」
長安の屋敷は仮普請というわりには大層な造りであった。
遠目にもそれと分かる。まるで大名の館。
長安は従っている典膳と善鬼が驚いているのに気付いた。
「これは習作だよ。近々、これ以上の陣屋の縄張りをする。
街道を行き交う者達が目を見張るような造りにするつもりだ。
私は広重様と違い、大業な屋敷が必要なのだよ。
血筋も威厳も持たぬから、せめて建物は立派にせぬとな」
二人は目を見交わし、頷いたがいいのかどうか思案した。
白拍子は、「まず外見から入るのか」と笑う。
長安が、「そうとも、そしてそれに相応しい者になる」と断言した。
一行の数は少ない。
大半を魔物焼きに残したからだ。
付き従う配下は八人に減っていた。
町人達も減っていた。
大半が魔物焼きに奔走している。
お祭り騒ぎのような歓声が後ろから聞こえる。
見張っていたのか、一行を迎え入れる為に表門が開かれた。
同時に大勢の子供達が飛び出してきた。
およそ二十数人。いずれも長安や配下の者達の子供だ。
我先に白拍子に駆け寄る。
白拍子は対応に困る。
怨霊となってよりこの方、長い間、人とは交わってこなかった。
同じ存在である怨霊とすら会話した覚えがない。
何百年もの長い間、飛び交う鳥の囀りさえ聞こえなかった。
目を閉じ、耳を塞ぎ、ただ空間に存在していた。
成り行きから魔物に転成したのだが、未だ日が浅く己自身を見極めていない。
どういう性情で、身体は如何なる特性を持つのか。
翼には慣れたが、他に何があるのかが分からない。
殊に平気で血を流す行為は己本来の姿ではない。
人であった頃は喧嘩すらしたことがなかった。
そんな事から、己の内に何かが潜んでいる気配に襲われる時がある。
大人であれば多少は乱暴に扱っても怪我をさせるくらいで済むが、
相手が子供となると・・・、それもこんなに大勢・・・。
彼女は目で長安に助けを求める。
長安が口を開くより、子供達の足が速かった。
次々に身体を預けるように、「ワーイ」とぶつかってきた。
子供達は交互にぶつかり、ピョンピョンと飛び跳ねる。
子供だから彼女の顔色にまでは気が回らない。
何時の間に現れたのか、町医者に案内してくれた少年・吉次が傍に立っていた。
「お姉さん、遊んでやんなきゃ」
憮然たる表情の白拍子。
吉次の言葉に昔を思い出す。
人であった頃、子守をした事があった。
「そう・・・、・・・遊ぶのか」
彼女はそのうちの二人を纏めて持ち上げる。
弾ける笑い。その二人が全身で笑っていた。
釣られて他の子供達も笑う。
幾人かが、「僕も」「私も」と持ち上げるのを催促。笑いが渦のように広がる。
彼女は笑いより先に涙が溢れた。
何故かは知らぬが、止めどなく流れる。
そして小さな笑い。強張った笑い。
涙を流しながら、笑いながら、子供達を次々に持ち上げる。
いつしか無理のない自然な笑いに変わる。
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暑かった。
皇居の前の芝生を裸足で歩いている人達がいた。
松の木陰に新聞を敷き、横になっている人達もいた。
なんとも涼しげで・・・。(たぶん涼しいのだろう)
ホームレスなんだろうけど、彼等が羨ましかった。
残念そうな声を出す。
「これも焼き捨てねばならぬか」
白拍子は、「生首が好きとは」と素っ気ない。
「はっはっ・・・。ただ一つの証拠だから、できれば塩漬けして江戸に送りたい」
「私が人間だった昔は、四肢と首を切離し、焼き捨てたものよ」
「魔物退治した後の話か」
「時には人もね。怨霊として彷徨わないように念を入れたのよ。
勿論、私がやったわけじゃないわよ。それを生業とする方術師がやったのよ」
「ほう。ところで、人間だった昔とは何時の頃だ」
「さあ、忘れたわ」
足軽達のみならず町人等もが廃材を持って集まる。まるでお祭り気分。
藁くずや小枝も入れた廃材の山が六カ所造られ、次々に火が点けられた。
白拍子の合図で、それぞれに四肢・首・胴が投げ込まれる。
たちまち肉の焼ける臭い。
長安は、助けに入った若侍と僧に目を遣る。
二人は片膝ついて、近くに控えていた。
「お主等のお蔭で助かった。名は」
典膳が顔を上げて答えた。
「それがしは神子上典膳、鎌倉代官所の者です。
隣の者は善鬼と申し、代官所出入りを許されている僧です」
長安はそれとなく試す。
「ほう。御代官の酒井様はお元気か」
典膳は不躾な視線を長安に送る。
鎌倉の代官は酒井・・・、とは。聞き違いではなさそうだ。
隣の善鬼がチラリと典膳を見遣る。
口は閉じたまま、代わりに目が語っていた。
たしかに典膳達には身分を証明する物がない。
一方、長安には相手の身分の確認のしようがない。
互いに悩ましい立場であった。
典膳は、先刻承知とばかりに善鬼に頷く。
余裕のある顔で長安に答えた。
「松平広重様はお元気です」
長安は惚けたまま続けた。
「そうか。たしか絵が好きで、絵師を招かれているとか」
「師は剣術家の伊東一刀斎です。手前共二人の師でもあります」
ようやく長安が、「疑ったようで、許せよ」と破顔。人懐こい目で二人を見る。
典膳はいつもの生真面目な顔。
「いいえ、当然の事です」
「して、この辺りにご用かな」
「いいえ、お礼を申し上げにまいりました」
「お礼・・・」
典膳は、「仲間の尼僧を於雪殿に助けていただきました」と於雪に頭を下げ、
「今は御代官の庇護を受けているとか」と長安にも頭を下げる。
長安は白拍子と顔を見合わせた。
「ほう、鎌倉代官所に出入りしている尼僧なのか」
出入りを許されているわけではないが、勢いで答えた。
「はい」
善鬼は意外そうな顔で典膳を見た。
ハッタリとは無縁な男であった筈だが。
長安はそんな二人を繁々と見比べた。
「ややこしい話になりそうか」
典膳と善鬼が同時に頷いた。
「わかった、場所を移そう。私の屋敷でどうだ」
長安の屋敷は仮普請というわりには大層な造りであった。
遠目にもそれと分かる。まるで大名の館。
長安は従っている典膳と善鬼が驚いているのに気付いた。
「これは習作だよ。近々、これ以上の陣屋の縄張りをする。
街道を行き交う者達が目を見張るような造りにするつもりだ。
私は広重様と違い、大業な屋敷が必要なのだよ。
血筋も威厳も持たぬから、せめて建物は立派にせぬとな」
二人は目を見交わし、頷いたがいいのかどうか思案した。
白拍子は、「まず外見から入るのか」と笑う。
長安が、「そうとも、そしてそれに相応しい者になる」と断言した。
一行の数は少ない。
大半を魔物焼きに残したからだ。
付き従う配下は八人に減っていた。
町人達も減っていた。
大半が魔物焼きに奔走している。
お祭り騒ぎのような歓声が後ろから聞こえる。
見張っていたのか、一行を迎え入れる為に表門が開かれた。
同時に大勢の子供達が飛び出してきた。
およそ二十数人。いずれも長安や配下の者達の子供だ。
我先に白拍子に駆け寄る。
白拍子は対応に困る。
怨霊となってよりこの方、長い間、人とは交わってこなかった。
同じ存在である怨霊とすら会話した覚えがない。
何百年もの長い間、飛び交う鳥の囀りさえ聞こえなかった。
目を閉じ、耳を塞ぎ、ただ空間に存在していた。
成り行きから魔物に転成したのだが、未だ日が浅く己自身を見極めていない。
どういう性情で、身体は如何なる特性を持つのか。
翼には慣れたが、他に何があるのかが分からない。
殊に平気で血を流す行為は己本来の姿ではない。
人であった頃は喧嘩すらしたことがなかった。
そんな事から、己の内に何かが潜んでいる気配に襲われる時がある。
大人であれば多少は乱暴に扱っても怪我をさせるくらいで済むが、
相手が子供となると・・・、それもこんなに大勢・・・。
彼女は目で長安に助けを求める。
長安が口を開くより、子供達の足が速かった。
次々に身体を預けるように、「ワーイ」とぶつかってきた。
子供達は交互にぶつかり、ピョンピョンと飛び跳ねる。
子供だから彼女の顔色にまでは気が回らない。
何時の間に現れたのか、町医者に案内してくれた少年・吉次が傍に立っていた。
「お姉さん、遊んでやんなきゃ」
憮然たる表情の白拍子。
吉次の言葉に昔を思い出す。
人であった頃、子守をした事があった。
「そう・・・、・・・遊ぶのか」
彼女はそのうちの二人を纏めて持ち上げる。
弾ける笑い。その二人が全身で笑っていた。
釣られて他の子供達も笑う。
幾人かが、「僕も」「私も」と持ち上げるのを催促。笑いが渦のように広がる。
彼女は笑いより先に涙が溢れた。
何故かは知らぬが、止めどなく流れる。
そして小さな笑い。強張った笑い。
涙を流しながら、笑いながら、子供達を次々に持ち上げる。
いつしか無理のない自然な笑いに変わる。
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皇居の前の芝生を裸足で歩いている人達がいた。
松の木陰に新聞を敷き、横になっている人達もいた。
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ホームレスなんだろうけど、彼等が羨ましかった。