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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(白拍子)140

2009-06-28 08:29:36 | Weblog
 長安が原田の首を、髪を鷲掴みして持ち上げた。
残念そうな声を出す。
「これも焼き捨てねばならぬか」
 白拍子は、「生首が好きとは」と素っ気ない。
「はっはっ・・・。ただ一つの証拠だから、できれば塩漬けして江戸に送りたい」
「私が人間だった昔は、四肢と首を切離し、焼き捨てたものよ」
「魔物退治した後の話か」
「時には人もね。怨霊として彷徨わないように念を入れたのよ。
勿論、私がやったわけじゃないわよ。それを生業とする方術師がやったのよ」
「ほう。ところで、人間だった昔とは何時の頃だ」
「さあ、忘れたわ」
 足軽達のみならず町人等もが廃材を持って集まる。まるでお祭り気分。
藁くずや小枝も入れた廃材の山が六カ所造られ、次々に火が点けられた。
白拍子の合図で、それぞれに四肢・首・胴が投げ込まれる。
たちまち肉の焼ける臭い。
 長安は、助けに入った若侍と僧に目を遣る。
二人は片膝ついて、近くに控えていた。
「お主等のお蔭で助かった。名は」
 典膳が顔を上げて答えた。
「それがしは神子上典膳、鎌倉代官所の者です。
隣の者は善鬼と申し、代官所出入りを許されている僧です」
 長安はそれとなく試す。
「ほう。御代官の酒井様はお元気か」
 典膳は不躾な視線を長安に送る。
鎌倉の代官は酒井・・・、とは。聞き違いではなさそうだ。
 隣の善鬼がチラリと典膳を見遣る。
口は閉じたまま、代わりに目が語っていた。
 たしかに典膳達には身分を証明する物がない。
一方、長安には相手の身分の確認のしようがない。
互いに悩ましい立場であった。
 典膳は、先刻承知とばかりに善鬼に頷く。
余裕のある顔で長安に答えた。
「松平広重様はお元気です」
 長安は惚けたまま続けた。
「そうか。たしか絵が好きで、絵師を招かれているとか」
「師は剣術家の伊東一刀斎です。手前共二人の師でもあります」
 ようやく長安が、「疑ったようで、許せよ」と破顔。人懐こい目で二人を見る。
 典膳はいつもの生真面目な顔。
「いいえ、当然の事です」
「して、この辺りにご用かな」
「いいえ、お礼を申し上げにまいりました」
「お礼・・・」
 典膳は、「仲間の尼僧を於雪殿に助けていただきました」と於雪に頭を下げ、
「今は御代官の庇護を受けているとか」と長安にも頭を下げる。
 長安は白拍子と顔を見合わせた。
「ほう、鎌倉代官所に出入りしている尼僧なのか」
 出入りを許されているわけではないが、勢いで答えた。
「はい」
 善鬼は意外そうな顔で典膳を見た。
ハッタリとは無縁な男であった筈だが。
 長安はそんな二人を繁々と見比べた。
「ややこしい話になりそうか」
 典膳と善鬼が同時に頷いた。
「わかった、場所を移そう。私の屋敷でどうだ」

 長安の屋敷は仮普請というわりには大層な造りであった。
遠目にもそれと分かる。まるで大名の館。
 長安は従っている典膳と善鬼が驚いているのに気付いた。
「これは習作だよ。近々、これ以上の陣屋の縄張りをする。
街道を行き交う者達が目を見張るような造りにするつもりだ。
私は広重様と違い、大業な屋敷が必要なのだよ。
血筋も威厳も持たぬから、せめて建物は立派にせぬとな」
 二人は目を見交わし、頷いたがいいのかどうか思案した。
 白拍子は、「まず外見から入るのか」と笑う。
 長安が、「そうとも、そしてそれに相応しい者になる」と断言した。
 一行の数は少ない。
大半を魔物焼きに残したからだ。
付き従う配下は八人に減っていた。
 町人達も減っていた。
大半が魔物焼きに奔走している。
お祭り騒ぎのような歓声が後ろから聞こえる。
 見張っていたのか、一行を迎え入れる為に表門が開かれた。
同時に大勢の子供達が飛び出してきた。
およそ二十数人。いずれも長安や配下の者達の子供だ。
我先に白拍子に駆け寄る。
 白拍子は対応に困る。
怨霊となってよりこの方、長い間、人とは交わってこなかった。
同じ存在である怨霊とすら会話した覚えがない。
何百年もの長い間、飛び交う鳥の囀りさえ聞こえなかった。
目を閉じ、耳を塞ぎ、ただ空間に存在していた。
 成り行きから魔物に転成したのだが、未だ日が浅く己自身を見極めていない。
どういう性情で、身体は如何なる特性を持つのか。
翼には慣れたが、他に何があるのかが分からない。
 殊に平気で血を流す行為は己本来の姿ではない。
人であった頃は喧嘩すらしたことがなかった。
そんな事から、己の内に何かが潜んでいる気配に襲われる時がある。
 大人であれば多少は乱暴に扱っても怪我をさせるくらいで済むが、
相手が子供となると・・・、それもこんなに大勢・・・。
彼女は目で長安に助けを求める。
 長安が口を開くより、子供達の足が速かった。
次々に身体を預けるように、「ワーイ」とぶつかってきた。
子供達は交互にぶつかり、ピョンピョンと飛び跳ねる。
子供だから彼女の顔色にまでは気が回らない。
 何時の間に現れたのか、町医者に案内してくれた少年・吉次が傍に立っていた。
「お姉さん、遊んでやんなきゃ」
 憮然たる表情の白拍子。
吉次の言葉に昔を思い出す。
人であった頃、子守をした事があった。
「そう・・・、・・・遊ぶのか」
 彼女はそのうちの二人を纏めて持ち上げる。
弾ける笑い。その二人が全身で笑っていた。
釣られて他の子供達も笑う。
幾人かが、「僕も」「私も」と持ち上げるのを催促。笑いが渦のように広がる。
 彼女は笑いより先に涙が溢れた。
何故かは知らぬが、止めどなく流れる。
そして小さな笑い。強張った笑い。
涙を流しながら、笑いながら、子供達を次々に持ち上げる。
いつしか無理のない自然な笑いに変わる。 




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暑かった。
皇居の前の芝生を裸足で歩いている人達がいた。
松の木陰に新聞を敷き、横になっている人達もいた。
なんとも涼しげで・・・。(たぶん涼しいのだろう)
ホームレスなんだろうけど、彼等が羨ましかった。

金色の涙(白拍子)139

2009-06-24 20:38:47 | Weblog
 白拍子は歩みを止めない。
代官配下の者達は遠慮するかのように、脇へ下がった。
半数が原田甚左を遠巻きに囲み、半数が長安の周りを固めた。
 彼女は既に相手の力量を推し量っていた。
剣の技量のみならず、身体の使い方も人並み外れている。
まさしく魔物。
代官配下の者達では手に負えないだろう。
 彼女は刀を提げたまま、相手の間近にまで迫ろうとした。
その前に相手が動いた。
鋭い踏み込み。繰り出される横殴りの一撃。
 彼女は、飛び交う虫でも払うかのように、提げていた刀で振り払う。
二撃目・三撃目も無造作に振り払う。
何度か続ければ、斬り捨てる機会が訪れる筈。
 原田は意外そうな目で彼女を見た。
そして、後方へ下がった。
慎重に柄を握り直した。
体勢を整えるやいなや、一気に間合いを跳んで来た。
 彼女も一拍遅れて跳んだ。
空中で交差した。
突いてくる刃先を受け流し、逆に相手の胸に己の刃先を向けた。
巧みに躱される。
 白拍子は着地するや振り返り、相手の攻撃に備えて身構えた。
そこで、相手の意表を突く行動に目を剥いた。
こちらに背を向け、長安を目指しているではないか。
肩透かしを食ってしまった。
 長安等は恐慌に陥った。
こういう手で原田が白拍子を突破するとは思わなかったのだ。
棒立ちなる。
 白拍子の決断は早い。
手に持つ刀を槍のごとく投じた。怪力の成せる技。光を思わせる速さで飛ぶ。
それが、まるで相手に吸い込まれるかのように、背中に突き刺さる。
鍔まで突き刺さり、腹から白刃が飛び出した。
 原田は奇妙な声を上げ、身動きが止まった。
背腹から血が流れ出す。
が、それも一瞬。何事も無かったかのように再び動き出した。
あくまでも長安を亡き者にするつもりのようだ。

 山中で孔雀を見失った神子上典膳等が、手掛かりを得たのは昼過ぎ。
旅の商人から、「空飛ぶ魔物が尼僧を医者に担ぎ込んだ」という話を聞いたのだ。
そうなると早い。
方術師や風間の者達と一団となって、八王子の医者に急いだ。
 しかし医者の屋敷は、代官が派遣した足軽の一隊に守られていた。
「尼僧に会いたい」と申し入れるが門前払い。
足軽の組頭は、「尼僧に会いたければ代官所を通すことだな」とにべもない。
 孔雀が世話になっているので、力尽くというわけにもいかない。
そこで典膳と善鬼が鎌倉の代官所の者として、大久保長安に会う事にした。
事実そうなのだから遠慮はいらない。
 二人は密かに面会しようと、町人達の中に紛れ込んだ。
遠目に長安を確認した。噂通りの風貌をしていた。
同時に空飛ぶ魔物・於雪をも見ることができた。
これまた噂通りの美しさ。そして力強さも感じ取れた。
 そういう時に襲撃に遭遇したのだ。
まず襲撃者の手並みに驚かされた。
流れるような刀捌き。一介の侍とは思えない。
 次に於雪とやらの無造作な行動にも驚かされた。
考えているのか、いないのか・・・。それでもとにかく強い。
 二人は人波を搔き分けながら前へ急ぐ。
ここで代官を見殺しにするわけにはいかない。
 於雪が、「止めて、足を狙うのよ」と大きな声で叫ぶ。
 典膳は弾かれたように、代官等の背後から飛び出した。
腰の刀を抜き放ち、正面から襲撃者に斬り込む。
相手の振り下ろす刀を辛うじて弾き返す。
そして返す刀で胴を抜き、深傷を負わせた。
 遅れて善鬼が六尺棒を、相手の首に叩き込む。
骨の折れる鈍い音。
並みの者なら一撃で死んでいる。
 襲撃者のさっきまでの身ごなしが嘘のよう。動きが緩慢になる。
それでも、前に出ようと足掻くではないか。

 白拍子が跳び、原田の前に回り込む。
見慣れぬ若侍と僧を無視し、相手の正面に立ちはだかった。
相手は苦痛で顔を歪めていた。
それでも彼女を認めると、刀を振り上げた。
 白拍子の手の方が早かった。
身体を寄せ、相手から刀を強引に奪う。
そして素早く離れ、間合いを取る。
刀を自由に振り回せる間合いだ。
 白拍子は刀を一閃。続けてもう一閃。
血飛沫を上げながら、原田の両腕が宙に舞い上がる。
 続けて首を斬り捨てた。
大きく目を見開いたまま、首も宙に舞い上がる。
 白拍子は容赦がない。両足をも斬り捨てる。
胴体のみとなった原田・・・。ゆっくりとそれが地に落ちた。
 白拍子は周りにいる代官配下達に指示をした。
「魔物ゆえ生き返る恐れがある。ただちに焼き捨てよ」
 その言葉に配下達は素直に従う。
ただちに廃材集めに走った。




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金色の涙(白拍子)138

2009-06-21 09:14:03 | Weblog
 原田甚左は造りかけの町屋の二階の陰に潜んでいた。
腰に差している刀は、途中で擦れ違った侍を襲い、殺して奪った物。
絞殺した後で試し斬りをした。
思いの外、鋭い切れ味であった。
 待ち人はここを通る筈。
なにしろ奴が仮の陣屋に戻るには、整備されているこの道筋しかない。
代官ともあろう者が荒れた裏道を使うとは思えない。
 夕暮れと同時に一団が現れた。
足軽や侍等三十数人が整然と隊伍を組んでいた。
中央にいる者を守る為の隊列だ。
おそらくこれが代官の一行だろう。
 不思議な事に、その後を大勢の町人達が、ゾロゾロと付いてきた。
同一方向に住んでいるとは思えない。見送りなのだろうか。
 代官の顔は一度遠くから見ただけだが、よく覚えていた。
異人を思わせる彫りの深い顔。大久保長安が中央にいた。
他の者達より頭一つ抜け出ているので、直ぐに見分けられた。
 気になるのは長安と肩を並べている女。
長安も長身痩躯で大きいが、女はそれ以上。
申し分のない女性的な体躯に、美しい顔をしていた。
二人は楽しそうに語らっていた。
 その女が自分の存在に気付いた。
視線が絡み合った。
瞬間、彼は弾けるように動いた。
二階から飛び降り、刀を抜いて正面から斬り込んだ。
 先頭の足軽二人は驚いて足を止めた。
が、戦場慣れしているので、決断は早い。誰何などはしない。
持っていた六尺棒を構え、打ち殺す気でもって、打ち下ろしてきた。
 
 白拍子が長安に、「私を屋敷に連れて行ってどうするの」と問う。
 恥ずかしそうに長安が口を開いた。
「屋敷から使いが来た。女房・子供が於雪様に会いたいそうだ」
「へえ、この町に住む者は上から下までが魔物好きね」
 苦笑いしながら長安は、肩を並べる彼女を見上げた。
「すまんな。屋敷では御馳走を用意してるそうだ」
「まあ、いいでしょう」
 ホッと胸をなで下ろす長安。
女房や子供に弱いらしい。
 白拍子は粘るような視線に気付いた。
こちらを窺う者がいる。
殺気というより、薄気味悪い気配が感じ取れた。
 それは前方、造りかけの町屋の二階の陰に潜んでいた。
視線を絡ませ、相手を値踏みする。
表情のない顔をしている。
何を考えているのか、さっぱり読めない。
 相手が動いた。獣の如き身ごなし。
二階から身軽に飛び降りるや、抜刀して斬り込んできた。
俊足ではないか。
足軽二人が六尺棒で身構えても足は止めない。
振り下ろされる二本の六尺棒の間隙を縫うように駆け抜けた。
 槍を持つ足軽三人が慌てて横に広がり、防御線を敷いた。
慌てていても、連携は生きていた。
一人が正面から詰め、左右から二人が牽制した。
 配下の侍達もそれぞれが刀を抜き、足軽達の後詰めにつく。
六尺棒を持つ二人の足軽も、遅ればせながら相手の背後を絶つ。
 絶対絶命の窮地に立たされた筈なのに、相手の表情は変わらない。
一旦、足を止め、包囲陣を見回した。長安の居場所を確かめた。
 次には躊躇いもなく正面の槍に挑む。
繰り出された穂先を紙一重で躱し、槍を途中で真っ二つに斬り捨てた。
続けて足軽の腹部を深々と斬り裂いた。
 一角を破ると後は早い。
侍二人をアッと言う間に倒した。
 その鮮やかな太刀筋に配下の者達は警戒し、態勢を変えた。
長安を守るように正面を固めた。
 白拍子は相手の身ごなしに、尋常でないものを感じた。
あまりにも人間離れをしている。
「長安、何をしたの」
「何をとは・・」
「あんな奴に狙われるなんて、余程の事ね」
「知らない。初めて見る顔だ」
 傍にいた侍が口を差し挟む。
川越から戻って来た男だ。
「あれは・・・、原田甚左。川越に派遣されていた与力です」
 長安は直ぐに思い出した。
「原田甚左・・・、焼け死んだのではなかったのか」
「その筈でした。ただ、死体は確認していません」
「しかし、何故だ。与力に狙われる覚えはないぞ」
 白拍子が答えた。
「たぶんアレは魔物の類ね」
 唖然とする長安に彼女は言葉を重ねた。
「どうやら突破されるわ。戦うことになりそうね」
 相手はさらに三人を倒した。
流れるような太刀捌き。
侍というよりは、今流行りの剣術家だ。
 長安は顔を苦しそうに歪ませた。
「戦うなんてとんでもない。腰の刀は飾りだ。だが、逃げ足なら自信がある」
 言葉とは裏腹に、逃げる気配はない。
足が竦んでいるのではない。
いつでも抜けるように左手を刀の鯉口に添え、配下の働きをジッと見ていた。
青白い顔色をしていても、肝は太いらしい。
 長安は戦働きより、行政官として見出された人間だ。
誰も彼に武将としての働きは期待していない。
 なにしろ家業は神楽舞の一種である猿楽。
場所を選ばず、社寺のみならず市井でも演じる大衆芸能である。
父親は猿楽の一座の座頭として武田信玄に仕えていた。
 傍にいる者達も危機感を抱いたようだ。
代官を守るために次々と抜刀して相手に備えた。

 原田甚左は長安の正面が固められても気にしない。
刀を振りかざして斬り込む。
立ちはだかる者達を次々と倒す。鮮血が右に左に飛び散る。
時には力業で押し切る。
 と、防御陣が割れた。
あの大きな女が、「私に任せて」と出て来た。
発っせられる凄まじい気配に、彼は大きく跳び退った。
 女は、彼が斃した侍が落とした刀を拾い上げた。
女の体躯からすれば、それはまるで小太刀に見える。
無造作に二・三度軽く振る。空気を斬る音。
 納得したのか、女は彼を睨み付けながら足を踏み出した。
片手に刀を下げたまま、構える事なく接近して来る。




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雨だ。
でも傘は会社に忘れてきた。
出かけたい。
でも、どうする。
・・・ガード下まで走っていって、駐車場を抜けて駅に出るしかないか。

金色の涙(白拍子)137

2009-06-17 19:58:03 | Weblog
 拡張された街道を軸に街は整備されつつあった。
かつては八王子城が中心であったが、今は宿場町に軸足を移そうとしていた。
 その陣頭指揮を執っているのが代官の大久保長安。
今日も図面片手に各現場を見回っていた。
与力・同心が長安の意を体しているので、普請は順調に進んでいた。
 その様子を、新造の商家の屋根の上に腰掛けた白拍子が見ていた。
さらに、その白拍子を見ようと野次馬達が下に詰め掛け、大賑わい。
 街道から梯子が架けられ、長安が上がってきた。
惚けた顔で口を開いた。
「見物しているのか、されているのか、どちらだろう」
 白拍子は苦笑した。
憎めない男だ。
「仕事はどうしたの」
「息抜きも仕事の一つ」
 瓢箪を二つ持っていた。
その一つを白拍子に渡し、隣に腰を下ろした。
汗を片袖で拭いながら、残った瓢箪を口に持っていった。
 白拍子も瓢箪に口をつけた。酒だ。
「下でみんなが見てるよ」
「これは俺の酒ではないぞ」
「それでは誰の・・・」
「お主の酒、いや、於雪様の酒だ」
 白拍子は大きく目を見開いた。
於雪とは、長安に教えた自分の新しい名前だ。
「於雪様・・・」
「そう、下にいるのは物見高い者ばかりではなく、お主の信者もいる」
「何を言ってるの」
「耳聡い者がお主の名を知り、於雪教を創ってしまった」
「もしかして・・・、私が神様なの」
 長安は真面目な顔で白拍子を見詰めた。
「まあ、於雪教というのは嘘だが、そうなりそうな勢いがある」
「・・・お祭り気分というわけね」
「そう。その連中に渡されたのが、この酒というわけだ」
「ただ酒ほど怖い物はないわね」
 長安は、「そうだよ」と答えながら、瓢箪に口をつけた。
「それでも飲むか。しかし、私は魔物よ」
「それは承知の上だ。魔物だから当然強い。
そして、病気の尼僧をこの町に担ぎ込んだように優しい。
加えて、天女のように美しい。
強い、優しい、美しいとなれば生神様にも祭り上げられるさ」
「天女のように、・・・口説いてるの」
 長安は頭を横に振った。
「俺が言っているのではない。みんなが申しているのだ」
 白拍子は、「理解できない」と戸惑い顔。
「みんなに顔をみせてやれよ」と長安に勧められ、立ち上がった。
 下にいる者達は最前よりも増えていた。
今も遠くから、人、人の波が押し寄せて来る。
町人、農民、僧侶に普請に動員されている者達・・・。
彼女はついでとばかり、瓢箪を片手で高々と差し上げた。
 一斉に歓声が上がった。
両手を振りかざして喜ぶ者。
地に膝をついて平伏する者。
合掌して、何やら祈る者。
涙を流す者、と様々。
 梯子を登ろうとする者達を、長安配下の足軽の一隊が押し止めていた。
それらの様子に、彼女は遙か昔を思い出した。

 京洛の社寺の一つに、雨乞いに呼ばれた日の事だ。
「日の本一の白拍子」が来るとあって、人の波が山門から溢れていた。
まるで京洛の全ての人間が集まってきたような騒ぎであった。
 彼女は真夏の強い日射しの下で、今様を歌いながら舞った。
暑い最中だというのに、汗一つかかない。代わりに不思議な感覚を覚えた。
自分でないような、何かが宿ったような・・・。
気がつくと、冷たい風と雨に打たれていた。
 詰め掛けていた者達は雨に熱狂した。
跳び上がって喜ぶ者。
両手に溜めて飲む者。
地を転がる者。
白拍子を拝む者。
涙を流し、奇声を上げる者。
庶民ばかりでなく、公家も僧侶も身分を忘れ、跳ね回って喜んでいた。

 白拍子はゆっくりと腰を下ろした。
「これからどうなるの」
長安は、「それは神様の考えること」と他人事。
 下の騒ぎを無視して、二人はのんびりと酒を飲んでいた。
そこに、梯子から侍が一人上がってきた。
額から大量の汗を流している。
「ただいま川越から戻りました」
 長安が川越周辺の動きを探らせていた者だ。
「どうであった」
 侍は白拍子に気づき困惑した。
「人払いを」
 長安より先に、「気にするな」と白拍子。
 苦笑いしながら長安も頷いた。
 侍は二人を見比べ、少し考えた。
やがて口を開いた。
「奇妙な動きがありました。
まず、一昨日の夕方、土豪の屋敷が襲われ、家族全員が殺されました。
そしてその夜、川越に派遣されている代官与力の役宅も襲われました。
こちらは火を放たれ、酒席に招かれていた代官配下、城方の家臣、
大勢が焼け死にました。皆殺しです」
 代官の仕事の一つが、同僚の代官の監察である。
長安は川越に派遣されている代官与力の悪評を知り、配下に探らせていた。
単なる与力の横暴であれば、問題は直ぐに収拾できる。
 しかし、このような事態は予想外。
下手に動けば巻き込まれる恐れがある。
川越の領主から要請があるまでは、手出しを控えるべきだろう。
「他の者達は」
「引き揚げを命じてあります。順次、戻ってくるでしょう」
「それでよい。ところで、襲った者達の目星は」
「わかりません。・・・必要なら拙者が再度、川越に出向きますが」
「・・・しばらくは静観していよう」




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金色の涙(白拍子)136

2009-06-14 09:18:10 | Weblog
 遠くで一番鶏が鳴いた。
まだ辺りは暗いが、朝の訪れを告げていた。
原田甚左はここまで一度として足を止めなかった。
ずっと走り続けていた。
 瀕死の状態であったのが嘘のよう。
汗は流していたが、無表情。疲れの一つも窺えない。
 朝一で擦れ違った農夫が、呆れ顔で見送った。
丸腰で山道を駆け下りてくる侍に出会ったのは初めてなのだろう。
暫く振り返ったままだった。
 少しずつ行き交う人が増えてくるが、原田の足は止まらない。
人目は気にせずに先を急ぐ。
みんなは変な侍とでも思っているのだろう。
首を捻りながら見送る。
 誰も原田の醸し出す異様な気配に気付かない。

 傍らを流れる川の深みに潜む二人が、原田の気配に目を覚ました。
尼僧等の攻撃から逃れた老婆・於福と連れの赤ん坊であった。
 すでに肉体的には死んだ身の上であっても、尼僧等との攻防は辛かった。
少々手心を加えたせいもあるが、多勢に無勢。
加えて爆風に巻き込まれ、最後は疲労困憊の極み。
 幸いにも、爆風に飛ばされた先に川があった。
二人にとって川は海同様に癒しの場所。即座に川に潜った。
水中での呼吸にも不自由はしない。
あれからずっと川に潜み、心身を癒していた。
 赤ん坊が、「あれは」と於福に囁いた。
 於福は、「方術師の気配ではないわね。たぶん・・・魔物の類」と答えた。
「我等を追ってきたのか」
「それはないわ」
「すると、ただの通りすがり」
「そうみたいね」
「つまらない」
「追手を待っていたとは驚きね。どうしたの」
「なんか、暴れたい気分」
 赤ん坊は於福の手を離れると、川の流れに身を任せた。
途中から小さな手で器用に泳ぎ始める。
川底に蟹を見つけると、そちらに反転した。
 蟹にとって赤ん坊は巨大な生き物。
必死になって岩陰に隠れた。
 不満そうな顔で赤ん坊が於福に問う。
「水の中を泳げるように、空も飛べないものかな」
「それは・・・」
「爆風に巻き込まれていた時に、風に乗れそうな気がしたんだ」

 夜明けとともに川越城の大手門が開けられ、門番二人が出て来た。
門の左右に立ち番として位置についた。
それを待っていたかのように、武士の一団が登城して来た。 
 人数は十七人。
何れも徒士で二列縦隊の隊伍を組んでいた。
 警戒する門番に、隊伍の中より二人が早足で近付いた。
門番は一人が高倉弥五郎と知ると安堵した。
 高倉が、「おう」と横柄な声で挨拶した。
もう一人の編み笠を被った武士が前に出た。
 編み笠を外した。木村弘之だ。
人を安心させる穏やかな顔で、「ご苦労様です」と門番に挨拶した。
 残りの隊伍を組んでいる者達は、彼の配下ばかり。
高倉の屋敷で、城勤めらしい格好に着替えたのだ。
 彼の何の変哲もない黒い目。その色が変わった。
瞳の奥から赤い輝きを発し、全体が赤く光る。
それでもって門番二人を、それぞれに見据えた。
 立ち所に二人の身動きが止まった。
申し合わせたかのように六尺棒が落ち、表情から色が消えた。
しばし呆然自失。
 やがて、上役でもあるかのように彼の顔を仰ぎ見るようになった。
指示を待っているらしい。
 彼は、「しっかりと立ち番を務めよ」と指示した。
 二人は素直に、「はい」と頷き、六尺棒を拾い上げて左右に分かれた。
先程のように立ち番として振る舞う。
怪しい素振りはない。
 彼は門番の詰め所に向かった。
朝番の者達の控えている宿舎だ。
 詰め所は門の内側にあり、城壁にへばり付くように建てられていた。
新造で、二十人くらいは収容できそう。
 彼は一人で、「おはよう」と詰め所に入った。
朝番の者が八人おり、将棋とかして寛いでいた。
 彼の大きな声に全員が一斉に振り返った。
待っていたかのように目が赤く光る。
 彼は赤い目の使い方に慣れたらしい。
ここでは全員をそれぞれに見据えるのではなく、全体的に見据えた。
それでも赤い目の効果は絶大だ。
 みんなの身動きが止まった。
いずれの表情からも色が消え、呆然自失。
 ところが、一人だけ・・・顔に生気のある者がいた。
その者は不審な顔で彼を見ていた。
そして場の空気に気付いたのか、同僚達を見回した。
何が何やら分からないという顔で、「どうした」と問う。
 彼はその者に、「おい」と言葉をかけ、じっと見据えた。
相手も正面から挑むように睨み返してきた。
勝ち気な性格らしい。
 何らのも変化も無い。
どうやら、赤い目の影響の及ばない者が存在するようだ。
 彼はその武士を指さした。
「そいつを殺せ」
 反射的に七人の身体が動いた。
それぞれが刀を手に取り、一人に斬りかかった。
無表情でもって仲間を襲う。
 その者の顔が凍り付いた。
理由は分からなくとも、状況は理解したらしい。
言葉を発する間もなく滅多斬りにされた。




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このところ、能登半島では「オタマジャクシ」が降ってくるそうです。
人の悪戯か、それとも異常気象の悪戯か・・・。
まさか、能登半島が音楽の聖地となる兆しではないですよね。

金色の涙(白拍子)135

2009-06-10 20:24:32 | Weblog
 顔を踏みつけられている高倉弥五郎は、全身が恐怖で震えていた。
助けを呼ぼうにも声が出ない。
 同衾していた女は女房。哀れにも、すでに事切れていた。
流れた血で、己の背中が濡れている。
 小さな悲鳴が左右から漏れ聞こえてきた。
幾人もが忍び足で駆けているらしい物音・・・。
屋敷全体が襲われているらしい。
子供達は・・・。
 原田の役宅が襲撃された事を思い出した。
どうやら、相手はその連中に違いない。
 部屋が闇に包まれているので、相手の顔が見えない。
踏みつけている足に、そっと手を伸ばした。
具足の手応え。
準備万端の相手に寝込みを襲われては、如何なる者でも助からないだろう。

 木村弘之は一瞬、頭の片隅に稲光のような痛みが走ったのを感じた。
遅れて聞き慣れぬ言葉も走った。
「回路遮断」
 何の事やら意味が分からない。
それでも、何かの力が己に宿ったのを知った。
 異なる知識が、まるで流れ落ちてくる滝のように、止めどなく流れ込んできた。
その量の膨大な事。
それを疑いもせず、さも当然のように受け入れた。
覚える努力はいらない。自然に血肉になってゆく。
心が熱く打ち震え始める。
 ふと思う。神が宿ったのだろうか。

 木村の良心と「透明の塊」との融合は、光と闇が馴染むのに手間こそかかるが、
一片の拒否反応も示さない。
ただ「透明の塊」は木村が普通の人間に戻るのを阻止する為、最後の仕事をした。
脳細胞の中の人情の機微に通じた部分の回路を遮断した。
これで木村は後戻りができない筈だ。
 「透明の塊」は良心の光に身を晒した。

 高倉弥五郎は闇の中に光りを感じた。
踏みつけられながら、何気に上を見上げた。
相手の顔のある辺りから小さな赤い光が二つ。
目が光っているようだ。
 目を合わせた瞬間、吸い込まれるような感覚に襲われた。
逸らそうとするが、既に手遅れ。
身体全体が身動きを封じられた。
辛うじて呼吸が出来るだけ。

 木村弘之は相手と目を合わせた瞬間、相手を支配したのを感じた。
理屈ではない。直感というか・・・相手を理解したのだ。
 足を退かし、「お主の名は」と聞いてみた。
 高倉は急いで正座し、無表情で答えた。
「高倉弥五郎と申します」
 殺気などは全く感じ取れない。
そこで今回の一件について尋ねた。
「紅麗寺を移設させるそうだな」
「はい」
「誰の考えなのだ」
「江戸の大室宗伯ではないかと思います」
「会ったことは」
「ありません」
「指示はどうやって受けたのだ」
「それは・・・、御城代なら知っているのではないでしょうか」
 装っているとも思えない。
が、念を入れて別口から試した。
「木村家が襲撃されたが」
「はい。知っています」
「中山家とは遠縁なのに一番手に選ばれた。その理由は」
「それは拙者が仕組んだのです」
「何故」
「当主が嫌いだからです」
「それで一家全員を殺したのか」
 高倉は平然とした顔で、「はい」と返事した。
今は、「どうでもいい」と思っているような感じを受けた。
 彼はさらに試した。
「刀を持ってついて来い」
 命じるや、後も見ずに背中を向け、廊下に出た。
相手が手慣れた様子で動いた。
暗い室内でも、勝手はわかるらしい。
急ぎ刀架けから両刀を取り上げる物音。
彼は相手に背中に斬り付ける機会を与えたのだが、何も起こらない。 
高倉はまるで配下のように、素直に後をついて来た。
 信平が足音を忍ばせ、彼を捜しにやって来た。
闇に慣れた目で彼と高倉を認めた。
「お頭、これは・・・」
 目を白黒させながらも警戒は怠らない。
「子細あって、私の配下となった」
 信平は首をさかんに捻りながら、二人を交互に見遣った。
事情が飲み込めないらしい。
 そこで彼の方から、「子供達も殺したか」と問う。
高倉には二人の息子がいた。
 信平は高倉に遠慮しながらも、「はい」と小さく返事した。
 聞こえた筈なのに、高倉は微動だもしない。
他人事でもあるかのような素振り。

 原田甚左が無住の寺の暗闇で目を覚ました。
すっくと半身を起こし、左右を見回した。
 何事も無かったかのように、山門から飛び出した。
獣の如き勢いで夜道を駆ける。
夜目が利くので小石に躓く心配はない。




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金色の涙(白拍子)134

2009-06-07 10:03:57 | Weblog
 暗闇に木村弘之と配下十五人が飛び出した。
目指すは川越の城下。
夜目の利く弘之を先頭に畔道を急ぐ。
 彼は今夜も南蛮の鎧甲に身を固めていた。
重さを全く感じさせない足取りに、配下の者達は呆れながらも素直に従っている。
 彼は出発前に、「気を失っている。放っておけば鼠の餌になるだろう」と、
原田甚左の処分を配下達に説明した。
実際、目覚めなければ鼠の餌になるだろう。
 誰も異を唱えなかった。
みんなの関心は次の襲撃に移っていた。
憎むべき高倉弥五郎に。

 彼の良心は心の奥底に引っ込んだまま出てこようとはしない。
戸惑っていた。
これまでは家族が惨殺された怒りと悲しみで、深くは考えてこなかった。
しかし原田との、如何なる理由かは知らないが、口吻で目が覚めた。
 川から生還してより、体調が異様なのだ。
刀傷の治癒の速さ、夜目の利く事、馬並みの脚力、・・・等々、まるで獣。
別の何かが巣くっているかのようだ。
己の身体に何が起こっているのか・・・。

 そんな彼の良心を、「透明の塊」が狙っていた。
明るさと温もりで光り輝く心は、「透明の塊」にとっては最高の獲物なのだ。
 逆に原田甚左のような暗い心は、「透明の塊」に近い存在なので、
敢えて欲しがる物でもない。
操り人形としてしか使いようがない。
 「透明の塊」の持つ闇を生かせるのは、弘之の光と温もりを持つ心なのだ。
強引に一体化を推し進めると、心の光と温もりを失ってしまう。
「透明の塊」は無理はしない。
いずれ訪れるであろう機会を心待ちにしていた。
光と闇の融合。
さすれば、より以上の力を発揮出来る。

 村と城下の狭間の畔道に人気はない。
昨夜、木村家と原田の役宅が襲われたのを聞き、夜歩きを控えているのだろう。
こんな夜更けに出歩く者がいれば、役人に目を付けられるだけ。
面倒の種を播くばかりだ。
 木村と配下の者達は月明かりの下、無人の畔道を駆けていた。
遮る者はいない。
 川越城の役人達は、昨夜の襲撃者達は北に逃げたものと信じ、
そちら方面の道筋に重点的に人を配置していた。
ことに入間川を挟んだ向こう岸には、多数の物見を派遣していた。
 それを裏切るかのように、彼等は西から城下に入った。
川越城の普請にも駆り出された事があるので、地理には精通していた。
夜でも道には迷わない。
 高倉弥五郎の屋敷は武家町の中にあった。
城代のお気に入りらしく、良い場所を与えられていた。
 手筈通りに弘之が塀を乗り越え、屋敷に忍び込んだ。
幸いこの屋敷も庭を巡回する者がいない。
武家町なので油断しているのだろう。
彼は裏門を開けて信平等を引き込んだ。
 屋敷の敷地内に入れば、後は楽。
外から見える筈もなく、誰に何の気兼ねもいらない。
 戸板をそっと外して母屋に足を踏み入れた。
それぞれの役目に従い、数人が組みになって行動した。
 弘之は一人で、寝ずの番をしている者達の部屋に、音も立てずに侵入した。
相手は三人。怠慢からか三人揃ってウトウトしていた。
容赦はしない。得意の短槍で次々と刺す。
その刺しと抜きの素早い事。まるで神業。的確な狙いで一人として外さない。
大量の血が室内に飛び散った。

 その様子に、心の奥底の良心が顔を擡げた。
血の臭いには敏感なようだ。
目を通して全てを見、最前の記憶をも見返した。
良心の鼓動が速まる。報復に加わりたいらしい。

 配下の者達が部屋から部屋へ、家人や使用人達を次々と刺殺して行く。
物音を立てぬように細心の注意を払い、一刺しで仕留める。
前夜の轍を踏まない。
外部に聞こえる事はないだろう。

  「透明の塊」は、木村本来の心の鼓動の速まりを待っていた。
怒りと悲しみだけではなく、今はそこに悩みも加わっていた。
こういう人間らしさこそが、「透明の塊」の必要としていた物。
 「透明の塊」は己の鼓動を、木村の鼓動に同調させた。
巧みに心の一部を装う。
 そして彼は次の間の襖を開けた。
高倉弥五郎が気配に起き上がろうとしていた。
同衾していた女は眠ったまま。
 彼は飛び込むようにして、高倉の顔に蹴りを見舞った。
続けて女を布団の上から一刺し。
躊躇いも逡巡もない。ここは小さな戦場。味方以外は全て敵なのだ。
 同時に、木村の良心が大きく膨れ上がった。
尋常ではない鼓動の速まり。まるで心が破裂せんばかりの勢い。
内を灼熱の炎が走る。悩みが深いようだ。
 そこに「透明の塊」は、付け入る隙を見出した。
速まる鼓動に、己の鼓動を同調させながら、接近し寄り添う。
 彼は、「今晩は」と高倉の顔を足で踏みつけた。
相手は唖然として声もない。
 木村の良心が、心の中の雑多な輩を吸収しながら、前へ前へと出てくる。
「透明の塊」をも、正体も知らず、己の一部と勘違いして取り込んだ。
異物であるので、吸収するには時間がかかる。
それでも「透明の塊」に騙されていることには気付かない。




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金色の涙(白拍子)133

2009-06-03 21:03:10 | Weblog
 木村弘之は原田甚左の額を鷲掴み。
相手の目の奥を覗き込むかのように、顔を近づけた。
 大量出血で体力を失っていても、気力だけは図太いようだ。
瞳の奥で小さく光る物。それは、生命力の自己主張。
こういう手合いは嫌いではない。
 彼は自らの手で殺す考えは捨てた。
だからといって、自然に息絶えるのを待つつもりもない。
原田に新たな利用価値を見出したのだ。
 彼は原田の首を強引に引き抜くかのように、上に持ち上げた。
瀕死の原田に抵抗する術は無い。
それでも原田は何かを言い掛けようとして、口を開く。
その口に、彼は己の口を重ね合わせた。そして激しく吸う。
 原田の目が点になった。
 彼の中の「透明の塊」が、口伝いに触手を伸ばした。
巧みに侵入し、口を閉じようとする原田の意志を停止させた。
のみならず、記憶を盗み、別物に書き換える。
さらに、燃え尽きようとする命の種火に力を与える。
続けて傷口の治癒・再生。「透明の塊」は忙しく立ち働いた。
 原田の全身が震え、熱を帯びてきた。
異質な物の侵入に、原田の本能が抵抗していた。
が、それは無駄というもの。ついには気を失う。
 彼は口吻のまま、原田を抱きしめ、その場に押し倒した。
誰かの視線を感じた。
木村弘之の、心の片隅に追い遣られた良心だ。
「透明の塊」の行為に嫌悪感を示していた。
だからといって阻止する手立ては何も持っていない。
目を背けず、ただジッと見ていた。
 彼は原田を仰向けに寝かせると、身体を離した。
目覚めれば別人格になっている筈だ。

 医者の屋敷の母屋は、渡り廊下を挟んで表と奥に分かれていた。
表が医者としての仕事場で、奥は医者の家族が住む住居となっていた。
 白拍子は尼僧を表の女達に、「よろしく頼む」と委ねた。
気立ての良い女達が多いようで、笑顔で引き受けてくれた。
ただ、医者だけが気難しい顔をしていた。
意に反する仕事は嫌なのだろう。
 医者は大久保長安の庇護下にあり、配下同然。
尼僧の治療に不満でも、手を抜く事はしない筈だ。
 長安は医者を何かに付けて話相手とし、幾度もこの屋敷に足を運んでいた。
今では勝手知ったる他人の屋敷。
まるで我が家同然に白拍子を奥に案内し、日当たりの良い座敷に腰を下ろした。
 直ぐに奥の女中が酒と肴を運んできた。
手回しが良いのは、日頃から長安の不意の訪問で鍛えられているからだろう。
 白拍子は杯に手を伸ばし、「茶ではなかったの」と問う。
 長安は彼女の杯に酒を注ぎながら、ニッコリと微笑んだ。
「配下達の手前、昼から酒とは言えん」
「それもそうね」
「酒は嫌いか」
「魔物となってからは初めてね」
 彼女は杯の酒を舐めるように味わった。
 長安が興味津々に見守っていた。
「旨いか」
 彼女は、「旨い」と一気に飲み干した。
 空になった杯に長安がすかさず酒を満たした。
 彼女は長安を正面から見据えた。
「酔わせてどうするの」
 長安は、「いや・・・」と弱々しい笑い。
 彼女は甲高い声で笑い、杯を飲み干した。
そして杯を長安の前に差し出した。
「酔ってみるわ」
 何杯か飲ませた後で、長安が彼女に問う。
「身体は大きいが魔物には見えないな。本当に魔物か」
「たぶんね。でも魔物が怖くはないみたいね。お前も町の者達も」
 長安は少し考えてから、口を開いた。
「怖いより珍しさが先に立つのかもな」
 彼女は惚けた表情で、相手に目を合わせた。
「田舎に住んでると、魔物にも事欠くようだわね」
「ははっ、確かにここは田舎だ。だが、今に日の本一の町にしてみせる」
「たとえば京の都のような、魔物が寄りつきたくなる町にするつもりなの」
 長安は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「そういうことだ。千客万来の町を造る」
 彼女は空になった杯を差し出した。
「私のような、優しい魔物ばかりじゃないわよ」
 長安は、「はっはっ・・・」と口を歪めて笑い、銚子を取り上げた。
杯に酒を注ぎながら、その目を彼女の胸元に注ぐ。
大きな胸。が、それより別の物が目を引いた。何かしら気になる。
「その首に架けている革紐の先には何があるのだ」
「妙な所に目がゆくみたいね」
「そういうわけでも・・・」
 彼女は革紐をまさぐり、先に括られている銀の十字架を見せた。
於満から別れ際に貰った物だ。
見せながら釘を刺す。
「誰に貰ったかは詮索しないことね」
 長安は、「やはり景教の十字架」と真剣な顔で頷いた。
 遠い昔、唐の国を経て伝来したキリスト教は景教と呼ばれていた。
「詳しいわね」
「我が家もそうだからだ」
「そうなの。十字架は・・・」
 長安は苦しそうな顔をした。
「してない。バテレンと一緒くたにされたくはないからな」
 南蛮人の伝えるキリスト教と、唐伝来で京の公家を中心に広がった景教は、
同じキリスト教でも色合いが異なっていた。




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