ここ軍幕内にて俺を補佐している者達は王妃様派閥、
ないしは亡き国王陛下に今もって忠誠を誓う者達。
それを承知だからか、モビエール毛利侯爵も、ロバート三好侯爵も、
面白い小僧だ、とばかりの表情で俺を見遣った。
俺は俺で、演技スキル全開の鉄壁の微笑み返し。
突っ込みが入らないので、俺は言葉を重ねた。
「今回の管領様の件、そして前のテックス小早川侯爵様の件、
それは長期の内乱騒ぎに倦んで来ている兆しではないか、
臣はそう推測します」
君達の支持基盤に罅が入っているのではないか、言外にそう伝えた。
これに対し、批判も質問も返って来ない。
書記役の者が手を動かしたのをきっかけに、侍従秘書女官等もそう。
それぞれが仕事を再開した。
何も聞かなかったかのような空気感。
これは何なのだろう。
同意か、それとも無視か。
ロバートが俺に言う。
「今の意見を王妃様に直接申し上げてはどうかな」
モビエールがそれに重ねた。
「そうだな、それが良い。
臣等は王妃様の意向で動いている。
王妃様から新たな指示があれば、それに従う」
この返しには困った。
王妃様には言い難い。
正直苦手なのだ。
未亡人の色香が。
何事も見通していると言う目色が。
そして何度も俺を鑑定しようとする。
偽装しているので無駄なのに。
それでも隙あらば、と諦めずに挑む。
どうする俺。
困っていると隣の侍従が俺を見た。
「今の伯爵様のご意見、王妃様に提出する報告書に、
管領の謀反の原因として書き入れます」
俺はそれを聞いて、侍従や他の補佐してくれる者達を見回した。
皆は仕事を再開して、俺に目もくれないが、
その姿勢から暖かいものを感じ取った。
もしかして、それぞれに思うところが有るのかも知れない。
心強く思い、モビエールとロバートに視線を転じた。
おお、二人の視線が揺らいでいた。
軍幕内に生じた新たな空気に気付いたらしい。
俺は二人に追撃。
「他にもお待ちの方々がおられます。
お二人はそろそろ・・・」
邪魔だから出て行けよ。
二日後にカトリーヌ中佐が戻って来た。
案内の近衛兵を追い越して軍幕内に突入する騒ぎ。
「イヴ様はご無事か、イヴ様は」
俺を目敏く見つけると、テーブルに駆け寄って両手を着き、
前屈みになって言葉を重ねた。
「イウ様はどこですか」
唾が飛んで来た。
ご褒美か、・・・。
気持ちが分かるので、我慢してカトリーヌ中佐を見上げた。
わざと両手を上げた。
「落ち着いて、どうどう」
「私は馬じゃない」
憤慨した表情。
軍隊生活が長いとユーモアを解せないのだろう。
反対に、テーブルを囲む面々の肩が小刻みに揺れていた。
良かった。
受けていた。
カトリーヌ中佐の表情が変わった。
「すまない、無事なのは聞いていたのだが、・・・、
一目お会いしたくて焦っていたようね」
俺は軍幕入り口を指し示した。
「エリス中尉がお迎えに来てますよ」
現在、イヴ様の警護はエリス。
俺に頷き返し、上司であるカトリーヌ中佐に敬礼した。
「イヴ様はこちらです」
王妃様一行も二日遅れで戻って来た。
真っ先にイヴ様にお会いしたいだろうに、軍幕内に居座られた。
報告書を読まれ、分からぬところを俺や侍従秘書女官等に質問された。
長きに渡り国王陛下の片腕となって働いた者達。
全てに澱みなく答えてくれたので俺の出番はない。
俺の出番は最後に来た。
王妃様に問われた。
「何か忘れた事は」
「そうですね、・・・。
ああ、これですね」
俺はテーブル片隅に置かれて書類を取り上げた。
「これは」
「初日にここに駆け付け、手伝ってくれた者達の名簿です。
一番最初に褒めて上げて下さい」
意味深げに王妃様を見た。
複雑そうな目色の王妃様。
それでも理解されたようだ。
苦笑いを浮かべながら俺に言われた。
「そなたは褒美は望まない、そう理解して良いのですか」
正解です。
「ええ、これ以上は困ります」
元々は辺鄙な村の子、それが今や最年少の伯爵様、
陰口を叩かれる存在。
これ以上は妬みや怨嗟を生むだけ。
心安らかに生きるにはこれが最善手だろう。
王妃様の復帰により俺はお役御免。
引継ぎしが完了したので、別館に滞在中のイヴ様にご挨拶。
「屋敷に戻りますね」
「にゃ~ん」
イヴ様恒例の飛び込み。
何時もより勢いがあった。
これは・・・、身体強化するしかない。
弾力性のある身体強化をイメージ。
それで持って受け止め、高い高い、からの肩車。
「あっはっはっは」
喜んで貰えて嬉しい。
☆
ベティ足利は王宮本館の窓から外を見下ろした。
別館前の様子がよく見えた。
佐藤伯爵家の馬車が横付けされ、使用人等が乗り込むところであった。
その脇でダンタルニャンがイヴの相手をしていた。
兄妹のようで微笑ましい。
おりよくカトリーヌ明石中佐が報告に来た。
「王妃様、宜しいですか」
顔色が悪い。
「良いけど、貴女疲れているようね」
「ご心配をおかけします。
けれど大丈夫です。
・・・。
ボルビン佐々木侯爵の消息が全く掴めません。
侯爵家の家人も、縁戚もその家人にも聞き取りましたが、誰も知りません。
友人知人もです」
ベティはそれを予期していた。
問い詰めない。
ベティはもう一つの関心事を口にした。
「例の庭師達は」
「あちらもです。
あの日、宮廷に出仕していた全員が行方不明になっています」
「あの連中は何なのだ」
「身分は宮廷の庭師です。
宮廷庁の所属になっていますが、それは形ばかりのようで、
どこの部局にも所属していません」
ベティは一つ閃いた。
「給地給金は」
「給地と同時に給金も支払われております。
不思議な事に、各地に給地を与えられ、
各人が持つ商人ギルド口座に給金が支払われております」
「んー、・・・。
それぞれの家に給地が与えられ、
ギルド口座には訳有りの給金が降り込まれる。
そういう理解で良いのよね」
ないしは亡き国王陛下に今もって忠誠を誓う者達。
それを承知だからか、モビエール毛利侯爵も、ロバート三好侯爵も、
面白い小僧だ、とばかりの表情で俺を見遣った。
俺は俺で、演技スキル全開の鉄壁の微笑み返し。
突っ込みが入らないので、俺は言葉を重ねた。
「今回の管領様の件、そして前のテックス小早川侯爵様の件、
それは長期の内乱騒ぎに倦んで来ている兆しではないか、
臣はそう推測します」
君達の支持基盤に罅が入っているのではないか、言外にそう伝えた。
これに対し、批判も質問も返って来ない。
書記役の者が手を動かしたのをきっかけに、侍従秘書女官等もそう。
それぞれが仕事を再開した。
何も聞かなかったかのような空気感。
これは何なのだろう。
同意か、それとも無視か。
ロバートが俺に言う。
「今の意見を王妃様に直接申し上げてはどうかな」
モビエールがそれに重ねた。
「そうだな、それが良い。
臣等は王妃様の意向で動いている。
王妃様から新たな指示があれば、それに従う」
この返しには困った。
王妃様には言い難い。
正直苦手なのだ。
未亡人の色香が。
何事も見通していると言う目色が。
そして何度も俺を鑑定しようとする。
偽装しているので無駄なのに。
それでも隙あらば、と諦めずに挑む。
どうする俺。
困っていると隣の侍従が俺を見た。
「今の伯爵様のご意見、王妃様に提出する報告書に、
管領の謀反の原因として書き入れます」
俺はそれを聞いて、侍従や他の補佐してくれる者達を見回した。
皆は仕事を再開して、俺に目もくれないが、
その姿勢から暖かいものを感じ取った。
もしかして、それぞれに思うところが有るのかも知れない。
心強く思い、モビエールとロバートに視線を転じた。
おお、二人の視線が揺らいでいた。
軍幕内に生じた新たな空気に気付いたらしい。
俺は二人に追撃。
「他にもお待ちの方々がおられます。
お二人はそろそろ・・・」
邪魔だから出て行けよ。
二日後にカトリーヌ中佐が戻って来た。
案内の近衛兵を追い越して軍幕内に突入する騒ぎ。
「イヴ様はご無事か、イヴ様は」
俺を目敏く見つけると、テーブルに駆け寄って両手を着き、
前屈みになって言葉を重ねた。
「イウ様はどこですか」
唾が飛んで来た。
ご褒美か、・・・。
気持ちが分かるので、我慢してカトリーヌ中佐を見上げた。
わざと両手を上げた。
「落ち着いて、どうどう」
「私は馬じゃない」
憤慨した表情。
軍隊生活が長いとユーモアを解せないのだろう。
反対に、テーブルを囲む面々の肩が小刻みに揺れていた。
良かった。
受けていた。
カトリーヌ中佐の表情が変わった。
「すまない、無事なのは聞いていたのだが、・・・、
一目お会いしたくて焦っていたようね」
俺は軍幕入り口を指し示した。
「エリス中尉がお迎えに来てますよ」
現在、イヴ様の警護はエリス。
俺に頷き返し、上司であるカトリーヌ中佐に敬礼した。
「イヴ様はこちらです」
王妃様一行も二日遅れで戻って来た。
真っ先にイヴ様にお会いしたいだろうに、軍幕内に居座られた。
報告書を読まれ、分からぬところを俺や侍従秘書女官等に質問された。
長きに渡り国王陛下の片腕となって働いた者達。
全てに澱みなく答えてくれたので俺の出番はない。
俺の出番は最後に来た。
王妃様に問われた。
「何か忘れた事は」
「そうですね、・・・。
ああ、これですね」
俺はテーブル片隅に置かれて書類を取り上げた。
「これは」
「初日にここに駆け付け、手伝ってくれた者達の名簿です。
一番最初に褒めて上げて下さい」
意味深げに王妃様を見た。
複雑そうな目色の王妃様。
それでも理解されたようだ。
苦笑いを浮かべながら俺に言われた。
「そなたは褒美は望まない、そう理解して良いのですか」
正解です。
「ええ、これ以上は困ります」
元々は辺鄙な村の子、それが今や最年少の伯爵様、
陰口を叩かれる存在。
これ以上は妬みや怨嗟を生むだけ。
心安らかに生きるにはこれが最善手だろう。
王妃様の復帰により俺はお役御免。
引継ぎしが完了したので、別館に滞在中のイヴ様にご挨拶。
「屋敷に戻りますね」
「にゃ~ん」
イヴ様恒例の飛び込み。
何時もより勢いがあった。
これは・・・、身体強化するしかない。
弾力性のある身体強化をイメージ。
それで持って受け止め、高い高い、からの肩車。
「あっはっはっは」
喜んで貰えて嬉しい。
☆
ベティ足利は王宮本館の窓から外を見下ろした。
別館前の様子がよく見えた。
佐藤伯爵家の馬車が横付けされ、使用人等が乗り込むところであった。
その脇でダンタルニャンがイヴの相手をしていた。
兄妹のようで微笑ましい。
おりよくカトリーヌ明石中佐が報告に来た。
「王妃様、宜しいですか」
顔色が悪い。
「良いけど、貴女疲れているようね」
「ご心配をおかけします。
けれど大丈夫です。
・・・。
ボルビン佐々木侯爵の消息が全く掴めません。
侯爵家の家人も、縁戚もその家人にも聞き取りましたが、誰も知りません。
友人知人もです」
ベティはそれを予期していた。
問い詰めない。
ベティはもう一つの関心事を口にした。
「例の庭師達は」
「あちらもです。
あの日、宮廷に出仕していた全員が行方不明になっています」
「あの連中は何なのだ」
「身分は宮廷の庭師です。
宮廷庁の所属になっていますが、それは形ばかりのようで、
どこの部局にも所属していません」
ベティは一つ閃いた。
「給地給金は」
「給地と同時に給金も支払われております。
不思議な事に、各地に給地を与えられ、
各人が持つ商人ギルド口座に給金が支払われております」
「んー、・・・。
それぞれの家に給地が与えられ、
ギルド口座には訳有りの給金が降り込まれる。
そういう理解で良いのよね」
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