趙雲は劉備を徳拓に預けることにした。
旅芸人一座時代からの一人で、みんなの信頼が厚い老人である。
年の頃は、はっきりしないが見るからに枯れていた。
その徳爺さんは色街の入り口の裏手に小さな家を構えていた。
老人だからといって、けっして遊んでいる分けではない。
色街が寝静まった頃に起き出して、街中の塵拾いをしていた。
趙雲はそれが塵拾いではなく、見回りであると見抜いていた。
徳爺さんは見掛けこそ古老然としているが、目配りに気配りに怠りがない。
余裕からなのか、遊び心も人一倍。
一度、その現場に遭遇した事があった。
徳爺さんが不審な動きの男を目敏く見つけた。
店々の閉じられた表戸を見、何やら思案、物色しながら歩いて来る。
徳爺さんは声を上げるでなく、素早く物陰に潜んだ。
そして其奴が通り過ぎると物陰から音もなく出て、其奴の背後にそっと忍び寄り、
「どなた様で」と落ち着いた声音で問い掛けた。
其奴の驚きと言ったら、この世のものではなかった。
なにしろ明け方近い人気のない色街の中通り。
其奴は通行人がいないと確信して色街に足を踏み入れたに違いなかった。
そこに突如として背後からの声。
それも首筋に息が掛かる距離。
驚かない奴はいないだろう。
其奴はビクッとし、声もなく金縛り。
しばらく身動き出来なかった。
徳爺さんが肩に手をかけると、ようやく、其奴はヘナヘナと路上に崩れた。
趙雲が劉備を伴って訪れると、徳爺さんは幸い在宅であった。
劉備を盧植の弟子と紹介すると、「同門の者が来てくれたのか」と喜んでくれた。
熱い茶と茶菓子で持て成す徳爺さんの目には一点の曇りもなかった。
趙雲を孫のような目で見ていた。
そういう目で見られると隠して置けない。
打ち明ける気になった。
昔から何かに付け可愛がってくれた徳爺さんの期待を裏切った分けだが、
昨夜の一件を正直に話した。
ところが徳爺さんは怒りも軽蔑もしない。
「若い者には、ありがちなこと。
酒の上の失敗と認めているのなら、二度と同じ轍は踏まぬことじゃな」
そして劉備を快く引き受けてくれた。
劉備を徳爺さんの家に隠して、それで安心している分けではない。
なにしろ趙雲も当事者の一人。
誰かが怒鳴り込んで来はせぬかと一人、気を揉んでいた。
二日後に呼び出しが来た。
「趙雲、客人だよ。
栄静様と藍天威様が相手しているから早く行きな」
荒い言葉遣いの下女が客間方向を指し示した。
「相手側は何人」尋ねた。
「三人。
一人は若い女で、二人は大きな男」
趙雲は覚悟を決めた。
謝って謝り倒そう。
劉備には関わらせず、自分一人で引き受けよう。
あとは野となれ山となれ。
客間に飛び込んだ。
栄静と藍天威が顔を見合わせて深刻な顔をしていた。
栄静は元は旅芸人一座の座長であった。
藍天威はその夫で、栄静より五歳年下。
趙雲にとって二人は養父母である。
怖々と客達の方を振り向いた。
すると、見知らぬ顔が三つ並んでいた。
この町の者ではない。
心当たりもない。
大柄な若い女を真ん中にして、左に大柄な男、右には老人。
繁々と三人の顔を見比べた。
どこも似ていない。
三人は家族ではなさそうだ。
その三人も趙雲を見返した。
それぞれに違う表情を表した。
若い女は単純な喜び。
老人は驚愕。
大柄な男は安堵感。
栄静が言う。
「趙雲、こちらに」隣の椅子に腰掛けるように促した。
趙雲が腰掛けるのを待ち、三人を紹介した。
「豫州から来られた方々です。
娘さんが趙愛珍殿。
趙雪牧場の娘さんだそうです。
左右の二人はその後見人。
右のご老人は左文元殿。
左が紀霊殿」
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触れる必要はありません。
ただの飾りです。
旅芸人一座時代からの一人で、みんなの信頼が厚い老人である。
年の頃は、はっきりしないが見るからに枯れていた。
その徳爺さんは色街の入り口の裏手に小さな家を構えていた。
老人だからといって、けっして遊んでいる分けではない。
色街が寝静まった頃に起き出して、街中の塵拾いをしていた。
趙雲はそれが塵拾いではなく、見回りであると見抜いていた。
徳爺さんは見掛けこそ古老然としているが、目配りに気配りに怠りがない。
余裕からなのか、遊び心も人一倍。
一度、その現場に遭遇した事があった。
徳爺さんが不審な動きの男を目敏く見つけた。
店々の閉じられた表戸を見、何やら思案、物色しながら歩いて来る。
徳爺さんは声を上げるでなく、素早く物陰に潜んだ。
そして其奴が通り過ぎると物陰から音もなく出て、其奴の背後にそっと忍び寄り、
「どなた様で」と落ち着いた声音で問い掛けた。
其奴の驚きと言ったら、この世のものではなかった。
なにしろ明け方近い人気のない色街の中通り。
其奴は通行人がいないと確信して色街に足を踏み入れたに違いなかった。
そこに突如として背後からの声。
それも首筋に息が掛かる距離。
驚かない奴はいないだろう。
其奴はビクッとし、声もなく金縛り。
しばらく身動き出来なかった。
徳爺さんが肩に手をかけると、ようやく、其奴はヘナヘナと路上に崩れた。
趙雲が劉備を伴って訪れると、徳爺さんは幸い在宅であった。
劉備を盧植の弟子と紹介すると、「同門の者が来てくれたのか」と喜んでくれた。
熱い茶と茶菓子で持て成す徳爺さんの目には一点の曇りもなかった。
趙雲を孫のような目で見ていた。
そういう目で見られると隠して置けない。
打ち明ける気になった。
昔から何かに付け可愛がってくれた徳爺さんの期待を裏切った分けだが、
昨夜の一件を正直に話した。
ところが徳爺さんは怒りも軽蔑もしない。
「若い者には、ありがちなこと。
酒の上の失敗と認めているのなら、二度と同じ轍は踏まぬことじゃな」
そして劉備を快く引き受けてくれた。
劉備を徳爺さんの家に隠して、それで安心している分けではない。
なにしろ趙雲も当事者の一人。
誰かが怒鳴り込んで来はせぬかと一人、気を揉んでいた。
二日後に呼び出しが来た。
「趙雲、客人だよ。
栄静様と藍天威様が相手しているから早く行きな」
荒い言葉遣いの下女が客間方向を指し示した。
「相手側は何人」尋ねた。
「三人。
一人は若い女で、二人は大きな男」
趙雲は覚悟を決めた。
謝って謝り倒そう。
劉備には関わらせず、自分一人で引き受けよう。
あとは野となれ山となれ。
客間に飛び込んだ。
栄静と藍天威が顔を見合わせて深刻な顔をしていた。
栄静は元は旅芸人一座の座長であった。
藍天威はその夫で、栄静より五歳年下。
趙雲にとって二人は養父母である。
怖々と客達の方を振り向いた。
すると、見知らぬ顔が三つ並んでいた。
この町の者ではない。
心当たりもない。
大柄な若い女を真ん中にして、左に大柄な男、右には老人。
繁々と三人の顔を見比べた。
どこも似ていない。
三人は家族ではなさそうだ。
その三人も趙雲を見返した。
それぞれに違う表情を表した。
若い女は単純な喜び。
老人は驚愕。
大柄な男は安堵感。
栄静が言う。
「趙雲、こちらに」隣の椅子に腰掛けるように促した。
趙雲が腰掛けるのを待ち、三人を紹介した。
「豫州から来られた方々です。
娘さんが趙愛珍殿。
趙雪牧場の娘さんだそうです。
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右のご老人は左文元殿。
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