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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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昨日今日明日あさって。(伯爵)18

2023-01-29 07:56:53 | Weblog
 王女の居室が広いと言えど、五十を数える兵は乱入出来ない。
剣や槍の間合いもあり、結界を囲むのは十数名。
廊下や階段に控えている者達と交替しながら、
結界を壊そうと躍起になっていた。
 剣で何度も斬り付けた。
槍で力いっぱい突いて、柄でも殴った。
それでもビクともせぬ結界。
数少ない攻撃魔法の使い手達が動員された。
火、水、風、土の属性でもって破壊を試みた。
爆風で室内が二次被害を出すが、結界には罅を入れただけ。
それも直ぐに自動修復された。

 俺は弓を片手に連中を眺めた。
謀反人にしては暗さがない。
心からこれが正しいと信じているのだろう。
何て連中だ。
まるで邪教の信徒だ。
幼女を殺める、それのどこに正しさがあるのか。
信じて疑わぬにしても程がある。

 俺の隣に女性騎士が来た。
「子爵様、あっ、今日からは伯爵様ですよね。
佐藤伯爵様、ポーションありがとうございました。
お陰で同僚達も助かりました」
「治って良かった。
もう少しだから頑張ろう」
「助けが間に合いますか」
「間に合う。
下が騒がしい。
あれは味方が突入したのだろう」
 鑑定と探知で知ったとは言わない。
余計な事は言わない、それが吉。
もう一人、女性騎士が寄って来た。
「余ったポーションは如何します」
「それは君達にあげる。
お仲間の治療に使うと良い」
「ありがとうございます。
仲間に使わせて頂きます。
ところで、これらは何処でお買い求めですか。
凄く品質が宜しいのですが」
「僕は露店とか屋台を冷やかして回るのが好きなんだ。
そこで見つけた」
 巧い言い訳。
これなら突っ込まれないだろう。

 俺は鑑定と探知で下の様子を見た。
突入の陣頭指揮はカトリーヌ明石少佐だ。
手練れを率いて謀反人達を駆逐し、階段を駆け上がって来た。
その速度から怒りが充分に窺い知れるというもの。
 しかし、彼女が率いている連中が凄い。
スキル持ちの騎士ばかり。
これでもかと言わんばかりに、物理系・魔法系を取り揃えていた。
詳細に鑑定したら、王妃様の子飼いと分った。
それを知って俺は安心した。
 ただ、疑問が。
ここは後宮、男子は不可なんだけど。
女子が半分いるから大丈夫なのか。
まあ、惚けるのはここまで。
俺は結界の中の皆に告げた。
「味方が階段を駆け上がって来ます。
もう少しです。
慌てずに待ちましょう」

 女性騎士が反撃を提案した。
「伯爵様は結界に干渉できましたね。
でしたら、私共が飛び出すのも可能ですよね。
隙を見て反撃しませんか」
 槍が得意なのだろう。
その柄を掴む手が強張っていた。
ここが死に場所と覚悟しているようだ。
「それには賛成できない。
敵が下に注意が逸れた所を狙うのは戦術としては正しいかも知れない。
でも、それが下の味方に伝わっていない。
下手すると同士討ちを招く。
・・・。
生き残った君達は、今回の件を正しく上に伝えるべきだ。
誰が味方で、誰が敵に回ったのかを。
・・・。
それに君達は充分に戦った。
その証がイヴ様だ。
心が壊れていない。
これは君達のお手柄だ、違うかい」

 そのイヴ様が歩み寄って来た。
槍を持つ女性騎士の空いた手を、小さな手で掴む。
「だめ、ここにいて」
 それに動揺する女性騎士。
反論出来ぬらしい。
それを見て同僚が言う。
「イヴ様を守り切るのが私達の役目。
ここで仲間を待ちましょう」
 侍女達もが味方した。
「そうですよ」
「最後まで守り切るのが役目でしょう」

 廊下側が騒がしくなって来た。
こうなると室内の謀反人側も状況に気付く。
幾人かが心配そうに背後に視線をくれた。
廊下側から一人が顔を覗かせた。
「敵が階段を上がって来る。
まだ殺せないのか」
「無理だ。
防御結界が頑丈過ぎる。
こんな結界は聞いてないぞ」
 激しい爆発音。
顔を覗かせていた兵が悲鳴を上げた。

 途端、女性騎士の一人が口にした。
「伯爵様、イヴ様をお願いします。
さあ、私達は盾になるわよ」
 大人達が結界の最前列に歩み寄った。
女性騎士と侍女が横に並んで壁を作った。
イヴ様に戦いの惨たらしさを見せたくないのだろう。
俺はイヴ様を後方へ連れて行った。
絵本や玩具が並べられた棚の前だ。
イヴ様が俺を見上げた。
「わたし、まほうがつかえるわよ。
それでみんなをまもりたい」
 イヴ様は今、魔法使いの第一歩にあるはず。
「イヴ様、攻撃魔法の練習をしましたか」
「まだだけど」
「それでは危ないですよ。
味方にも被害を出します」
「そうなの」
「そうなんです」
 
 棚の中央にはイライザとチョンボのフィギアが仲良く並んでいた。
今もってお気に入りの様子。
俺はその二つに施した術式を鑑定した。
安全に起動していて問題はない。
長期に渡って使えそうだ。

 俺は棚から絵本を取り出した。
それをイヴ様に読み聞かせた。
当然、戦いの音に負けない様に声を大きくした。
こちらの意が伝わったのか、イヴ様は外に顔を向けない。
何て感心な子だ。
俺はイヴ様の頭を撫でたくなった。

 女性騎士の声がした。
「伯爵様、戦いが終わりました」
 俺は外に目を向けた。
結界を叩くカトリーヌ明石少佐がいた。
入れなくて困っている様子。
彼女の後方に手練れ達。
その手練れ達も、入れなくて思案に暮れていた。
イヴ様がカトリーヌの方へポテポテと駆けて行かれた。
「カトリーヌ、まってて」
 が、手前で結界に邪魔された。
弾き返され、それ以上は進めない。
「ニャン、にゃんとかしてよ」

昨日今日明日あさって。(伯爵)17

2023-01-22 09:07:41 | Weblog
 ポール殿の声が風魔法でフロアの隅々にまで届いた。
「すでに謀反は鎮圧されました。
外に出ても大丈夫です。
ただ、注意を一つ。
清掃していますので濡れた床で滑らぬ様にして下さい」
 観覧席の一角から堂々たる声で、質問が発せられた。
「謀反人は誰だ」
「近衛軍が二個小隊。
これら部外者が加わっていた」
「部外者とは誰だ」
「とある侯爵家の者が二十数名」
 執拗に質問が続いた。
「どこの侯爵家だ」
「鑑定した者によると、小早川侯爵家」
 この遣り取り、出来レースだ。
小早川家の名を当初から明らかにして逃げ道を封じた。
こうなると門閥本家・毛利家も庇いきれないだろう。

 んっ、強力な魔波。
これは、・・・。
近くで術式が起動した。
自分で言うのも何だが、美しい術式。
防御に徹した術式。
もう考える必要はない。
俺は立ち上がりながら、カールに告げた。
「イヴ様が襲われている」
 大勢の人の目があるが、命には換えられない。
身体強化を最大にして駆けた。
探知魔法も起動した。
赤絨毯の先のドア内外を探索した。
内側にも外側にも番をしている近衛兵が二名ずつ。
声を掛ける無駄は省略。
土魔法起動、持ちうる最大で、ドアに穴を開けた。
俺が通り抜けられる穴を。
 俺は壊すだけではない。
通り抜けた直後に、復元。
穴を元に戻した。

 背後から声が聞こえた。
誰かの俺への呼び掛け。
急ぐのでそれは無視。
 ドア内外の近衛兵だけでなく、
フロア全体の近衛兵の視線が俺に集中するが、説明する暇はない。
表玄関から外に出た。
確かに外は至る所、清掃中。
近衛兵と従士が、建物の外周を水撒きとモップで血を洗い流していた。
そこへ俺の登場で彼等の手が止まった。
彼等の目が物語っていた。
「何だこの子供、礼装しているが・・・」

 俺は風魔法を起動し、身に纏った。
目指すはイヴ様の居る後宮。
最短距離を選び、駆けた。
予想通りだ。
通行する者がいない。
謀反騒ぎで近衛が規制しているのだろう。
擦れ違うのは巡回の近衛のみ。
彼等は俺に職質しようと、が、無視して擦り抜けた。
幸いなのは俺が礼装の子供であること。
武器を取ってまで阻止しようと試みる者はいない。
呆れて見送るのみ。

 後宮が視界に入った。
再び探知、重ね掛けで鑑定。
今や共に最大値の探知と鑑定。
これで見逃すとか有り得ない。
 まずイヴ様。
魔波は登録済み。
即、五階に見つけた。
俺がプレゼントした物達がイヴ様を守っていた。
手作りの人形だ。
所謂、フィギア。
それは獣人・イライザ、イライザがテイムしたチョンボ。
 フィギアは錬金と土魔法で造り上げ、術式を施した。
本来はフィギア保全を目的とした物になるが、敢えて術式を膨らませ、
イヴ様防御も組み込んだ。
あらゆる攻撃を無効にする術式。
魔法、物理、毒、麻痺、呪い等々。
考え付く限りの攻撃を想定した。
今回はそれが功を奏した。
イヴ様付の侍女や警護の女性騎士を結界で囲い、
襲撃者のそれ以上の前進を阻んでいた。

 後宮一階から五階まで悲惨な有様だ。
至る所で警護の女性騎士や侍女が倒れ伏していた。
今もって抵抗しているのは五階でイヴ様を守っている者達のみ。
他は謀反人達、その数は百を超え、ほぼ三個小隊。
会場を襲った連中と併せると一個中隊規模になる。
 会場の王妃様を狙ったのは囮で、こちらが本命だったのだろう。
敵ながら上手く誘導したものだ。
王妃様を亡き者にしても、王女様が存命なら、誰かに担がれる。
ところが王女様が亡き者になれば、
王妃様や評定衆は亡き国王直系という拠り所を失う。

 感心している場合ではない。
表に姿はないが、五階までの各所に謀反の兵が配されていた。
何としてもイヴ様を亡き者にするという強い意志が感じ取れた。
これは王妃様や評定衆が王朝全体に支持されていない証。
何とも虚しいものだ。
 それはさて置き、これからどうやって謀反した者達を排除しようか。
イヴ様の結界はワイバーンクラスなら耐えられる。
安全は担保されている。
でも、囲まれている事から来る心理的ダメージは計り知れない。
心が壊れる前に急ごう。

 俺は悪目立ちを覚悟した。
重力スキルと風魔法を重ね掛けし、五階まで飛翔した。
この内側にイヴ様の居室がある。
外壁に穴を開けて飛び込んだ。
勿論、直後に復元した。
だから室内に居た者達には俺が転移した様に見えたのかも知れない。
敵も味方も唖然としていた。
声がない。
静寂が一時、室内を支配した。
 俺は結界に干渉し、素早く中に入った。
侍女の一人に抱かれているイヴ様に跪いた。
「遊びに参りました」
 目を瞬くイヴ様。
ジッと俺を見た。
「ニャンなの」
「そうですよ、ニャンです」
「ここはあぶないわよ」
 俺が心配された。
どうやら杞憂だったらしい。
まだ壊れていない。
普段から身辺に侍っている侍女達のお陰だろう。

 俺は皆に説明した。
「ここは防御の術式が起動しているので破られることはありません。
自動修復機能もあるので安心して下さい。
それに、もうじき味方が駆け付けます」
 俺は虚空からポーションを取り出した。
外傷や骨折を直すヒールポーション。
毒や麻痺等を治すキュアポーション。
HPを回復させるHPポーション。
MPを回復させるMPポーション。
それらを床に並べた。
「好きに使って下さい。
本日だけの無料サービスです」
 イヴ様が床をトコトコ歩かれ、俺の前に来られた。
「どうやってあそぶの」
「その前に喉はお乾きになっておられませんか」
「ちょっとだけ」
 俺は大きな樽を取り出した。
イヴ様が小首を傾げられた。
「これ、な~に」
「ジュース、バナナンジュースです」

 樽の太縄を風魔法で切った。
縄と菰を取り除き、蓋を風魔法でこじ開けた。
そして小さなテーブルを取り出し、
その上に柄杓と人数分のガラスコップを置いた。
俺は顔馴染みの侍女に頼んだ。
「これを皆さんで飲んで下さい。
慌てなくても大丈夫です。
僕が連中を見張ってますから」
 俺は初期型の複合弓を取り出した。
改良し、施した術式で矢を自動装填する逸品だ。
それを構えて謀反人達と対峙した。

昨日今日明日あさって。(伯爵)16

2023-01-15 15:43:29 | Weblog
 会場の表と裏で近衛が同士討ちをしていた。
けっして演習ではない。
HPがゴリゴリ削られていた。
血が流れ、死傷者が続出している証。
一方が会場に乱入せんと攻め、
片や一方がそれを阻止せんと奮戦していた。
これはどう見ても、攻め手側の反乱だとしか思えない。
けれどその原因が分からない。
 状況が状況だ。
俺は鑑定の精度を上げた。
そして特定した。
攻め手側の近衛に扮している者達がいた。
その数、二十数名。
小早川侯爵家の家臣だ。
武官を意味する騎士爵も含まれていた。
彼等が攻め手側の先頭に立ち、指揮を担っていた。
が、その動機が分からない。

 あっ、思い出した。
小早川家は侯爵家。
毛利侯爵家の門閥で、評定衆に席を連ねていた。
その毛利家の分家の女の子二人から、つい最近、
王妃様と内密に面会できないかと相談された。
同学年のパティー毛利とアシュリー吉良。
俺には荷が重かったので、それをポール細川子爵殿に丸投げした。
その後の経緯は知らないが、知る気もなかったが、もしかすると、
これに繋がるのか。

 新手が現れた。
率いるのは近衛軍のアルバート中川中佐。
近衛軍と国軍、宮廷、三者の間の調整を担う部局・調整局の局長だ。
彼が率いる部隊が表と裏の反乱軍を背後から襲った。
まるで示し合わせかの様な行動。
相手が小早川侯爵家なので、確たる証拠なしには罪に問えない。
そこで泳がせ、行動に移るのを待っていた。
たぶん、そうなんだろう。
 血が流れるのを覚悟しての罠。
王妃様側も腹を括ったものだ。
前から思っていたが、ベティ様は最愛の人を喪ってからというもの、
政に貪欲に取り組んでいた。
別の表現をするなら、血道を上げていた。
ベティ様にとって残されたのは一粒種の愛娘・イヴのみ。
彼女の立場を守ろうと必死なのかも知れない。

 しかし分からないのは小早川家の思惑だ。
彼の家は毛利家の門閥で、評定衆十席の一つに名を連ねる家柄。
その評定衆は王朝の最高議決機関で、国王すら無視出来ない。
建国への功績と、これまでに積み上げた実績がある。
無視すれば十席に連なる侯爵家は当然、
地縁血縁の貴族衆の協力が望めない。
政が大幅に遅滞する。
下手すると動かなくなる。
 だから政に不満があるなら評定衆の席にて意見具申し、
票決を求めれば済む話。
月番で一人が首席として議長を務めるので、可決に必要な票数は五。
そう難しい話ではない。
小早川家は既に一票を持っている。
門閥の毛利家本家と吉川家を含めると三票。
二票足りないだけ。
意見具申に無理がないのなら、対抗門閥の三好侯爵家か、他が、
一つ貸しとして融通してくれる。
 それを小早川家は行わなかったからの、これだろう。
門閥も頼らなかった。
代わりに血を流す選択をした。

 アルバート中川中佐の率いた部隊が優勢に戦いを進めていた。
死傷者を出すが、鎮圧の手は緩めない。
反乱軍を削る削る。
そして、鑑定スキル持ちを帯同しているのか、
着実に小早川家の手の者達を狙い、取り押さた。
多少手荒でも、殺しさえしなければポーションで治療できる。
これで尋問する相手には事欠かないだろう。

 この騒ぎが会場内に届かないので、式次第は順調に進められていた。
典礼庁のスタッフも誰一人騒がない。
まあ、それだけ壁が厚いという事なのだろう。
外壁と箝口令でここだけ別世界。
完全に外とは切り離されていた。
ある意味、驚きと呆れ、俺は天を仰いだ。
イザイラが俺を振り向いた。
「飽きたの」
「ちょっとね」

 混乱の一つもなく、俺の番になった。
「それでは最後の陞爵となります。
子爵位より伯爵位へ。
ダンタルニャン佐藤子爵殿」
「はい、ここに」
 エスコート役の典礼庁スタッフは女性だった。
立ち上がった俺の前にスッと寄って来た。
軽く会釈して、俺に手を差し伸べた。
「どうぞ」
「こちらこそ宜しく」
 手を重ねると、ステージへエスコートされた。
女性の手は予想とは違った。
武芸を嗜む者の手だ。
正規のスタッフではなく、近衛からの一時的な出向ではなかろうか。

 背中に人々のざわめきが届いた。
驚く声が多いなか、声を潜めて疑問を口にする者も。
生憎、賞賛する声は聞こえない。
それもこれも日頃の行いのせいだろう、・・・か。
まだ成人していない者に何を期待している、・・・のか。
俺は姿勢を正して、階段を上がった。
典礼庁の長官の前でエスコート役が手を離した。
俺は長官に正対した。
「ダンタルニャン佐藤子爵殿、美濃の寄親伯爵に任ずる」
 長官が生真面目な顔で証書を差し出した。
俺は踵を揃えて声高に返事した。
「謹んでお受けします」
 
 長官の背後から見守っていた王妃様の声。
「成人が楽しみですね。
では今以上に励んで下さいね」
 先ほどまでとは違って一言多い。
でも、無難に返事した。
「励みます」
 待っていたエスコート役に従ってステージを下りた。

 俺が着席するのを待ってポール殿がステージの真ん前に立った。
「本来はここで王妃様には御退場願うのだが、少し事情がある。
外で騒ぎが起きた。
謀反だ」
 思いもかけぬ言葉に座が静まった。
あらゆる音が途絶えた。
長官やスタッフ達は事前に知らされていなかったのだろう。
ステージ上で、席にある者達と同様に呆然自失の態。
想定していたのは王妃様を含む極一部の様。
顔色一つ変えずにいた。
隣のイライザが身震いした。
「本当なの」
 俺はイライザの手を握った。
「本当だけど、もう終わっているんだろう」
 カールの疑問の声。
「そうなんですか」
「王妃様やポール殿、カトリーヌ殿の様子を見ると、そうだと思うよ」

 音が戻った。
人々のざわめきが波の様に広がった。
それでも混乱は生じない。
ステージ上でのポール殿の立ち姿。
着座したままの王妃様の佇まい。
そして、周囲の近衛兵が微動だにせぬこと。
それが安心を齎した。

昨日今日明日あさって。(伯爵)15

2023-01-08 15:52:27 | Weblog
 会場に出入りする者が多い。
その全てが礼装。
当事者とその関係者のみではなく、警備の近衛兵もであった。
儀式感、空気感が半端ない。
俺達もその波に飲み込まれた。
 入り口の受付は典礼庁の文官複数名。
忙しなさそうに帳簿等を確認し、書き込みを行っていた。
俺達は案内の女官の手続きでスムーズに通過できた。
よくよく見ると、全ての当事者に女官が付いている訳ではなかった。
大半は当事者か関係者が手続きを行っていた。
俺達は何故か特別に扱われていた。

 フロア入り口には近衛兵が壁を背にして、ずらりと並んでいた。
その威圧感、半端なし。
女官に気付いたのか、そのうちの二名がサッと前に進み出て来た。
そして俺達を先導してくれた。
 ドアが大きく開けられた。
すると通路には赤い絨毯が敷かれていた。
近衛兵の一人が俺に囁いた。
「伯爵様になられる方は最前列です。
御家臣の方々もです」

 フロアは二つに分けられていた。
前方が叙爵陞爵される当事者達が座る席。
後方は叙爵陞爵される側の関係者か、観覧する者達が座る席。
 前方も後方も大方が埋まろうとしていた。
その中を俺達は所謂、バージンロードを案内された。
エスコートは女官と近衛兵。
特別感が半端ない。
不躾な視線の中、俺達は最前列に案内された。

「それでは我々はここまでです」
 女官と近衛兵が優雅に挨拶し、踵を返した。
俺はその三名の背中に言葉を投げた。
「ありがとう」

 席は折り畳みではなく、床に固定されていた。
その並びに俺達は腰を下ろした。
俺はカールとイライザに挟まれる格好になった。
イライザが俺に囁いた。
「まるで私とカールの子供みたい」
 イライザは俺の四つ上。
カールに至っては二十も上。
「もしかしてイライザの目は節穴」
「どうしてそうなるのよ」
「なんとなく」
「理由をおっしゃい、理由を」
 カールから呆れた様な声。
「ここに来ても二人は大の仲良し子好しだな。
お兄さんは安心したよ」

 最奥の階段を上がるとステージがあり、
見るからに重厚そうな椅子が据えられていた。
今は国王がいないので、そこには一つのみ。
王妃様の席が用意されていた。
そこを照らす照明が点けられた。
典礼庁の長官がステージ脇から姿を現した。
控えていた風魔法使いが彼の言葉を拡散した。
「もうじき王妃様が入られます」
 まず近衛の女性騎士十名が現れ、ステージ上の配置に付いた。
そしてポール細川子爵の先導で王妃様が入られた。
公式の場であるので、金のティアラをされていた。
正面に立たれ、フロア全体をゆっくり見回され、軽く頷き、席に付かれた。
右に立つのがポール殿。
左はカトリーヌ明石少佐。
この立ち位置で二人の重用ぶりが分った。

 男爵への叙爵から始められた。
典礼庁のスタッフが名前を読み上げ、
別のスタッフが当事者をステージ上にエスコートした。
長官が淡々と滞りなく当事者に証書を手渡すと、
王妃様が言葉を掛けられた。
「これから励んで下さいね」
 言葉に、漏れなく全員が一瞬、硬直、そして背筋を伸ばして、
「励みます」深々と頭を下げた。
 儀式美が遺憾なく発揮された。

 俺は暇だったので鑑定を始めた。
勿論、公明正大にではない。
下位の者には捉えられないだろうが用心して土魔法を重ね掛け。
こっそり、姑息に、階段を上がる当事者の足裏を捉えた。
それで判明した。
政の一環であった。
 そもそもが叙爵陞爵は政の一環ではあるが、
今回のはそれが特に著しい。
西の二つの反乱の討伐に関わっている人物が異様に多かった。
どこそこの戦場で活躍した。
あるいは戦場でなくても、後方にて一定以上の貢献をした。

 反乱初期は王妃様や評定衆に敵対する派閥、目障りな派閥、
欲しい職責にある者が、名指しで戦線に投入された。
そして磨り潰された。
その間、この様な叙爵陞爵の機会は設けられなかった。
ただ、空席を王妃様と評定衆で分け合ったのみ。
 あの頃に比べると、その度合が減ったからの今回の叙爵陞爵。
つまり初期の目的を達したので、味方を投入をし始めた。
そして彼等の手柄を公正に評価した。
そう理解した。

 なんて勝手な叙爵陞爵なんだろう。
でも俺は王妃様の派閥と色分けされていた。
声高に主張した訳ではないが、周囲はそう見ていた。
敢えて否定はしないが、むかつく。
でも口にも態度にもしない。
俺は家臣を抱えているのだ。
彼等を庇護する責がある。
せめて正式な寄親伯爵となり、一定の権力を有するまでは貝になろう。

 うんっ、おかしい。
空気が変わった。
どうやらそれに気付いたのは俺一人。
他はステージに注目していた。
 そのステージの脇から新たな女性騎士が現れた。
馴染みの顔。
カトリーヌ明石少佐の副官がゆるりとした足取りで上司に歩み寄った。
意識した動き。
あれだ、注目を集めない様にしているのだ。
それが功を奏していた。
誰も不審に思わない。

 カトリーヌが副官に気付かぬ訳がない。
それでも、ちらりともしない。
副官がカトリーヌの背後に付き、何事か耳元に囁く。
カトリーヌは無表情を貫くが、俺は見逃さない。
彼女の表情筋が末端が緩んだのを。
眼輪筋、頬筋が。
たぶん、良い報告だ。

 副官が踵を返すと、カトリーヌが王妃様の耳元に口を寄せた。
彼女もまた、ゆるりとした動き。
こちらまで聞こえぬが、短く伝え、素早く姿勢を戻した。
すると王妃様がポール殿の手に触れられた。
それに応じてポール殿が姿勢を屈め、王妃様に耳を寄せた。
まるで伝言ゲーム。
王妃様が自然な形でポール殿に何事か囁かれた。
これも短い。
ポール殿は軽く頷くと姿勢を戻した。
 副官を含めた四人は場の空気を壊さぬ様に心掛けていた。
賢いのか悪賢いのか判別しにくいが、確かに意識した行為。
何事かが裏で進行しているのだろうが、
それが何なのかは俺には分からない。

 うむ、・・・怪しい。
俺は土魔法を重ね掛けした鑑定を広げた。
特にフロアの外を注視した。
えっ、戦闘。

昨日今日明日あさって。(伯爵)14

2023-01-01 09:08:17 | Weblog
 俺はダンカンに尋ねた。
「さてダンカン、君はどこを希望する」
「岐阜の近くをお願いします。
人手は実家に相談します」
 ダンカンの実家はポール細川子爵家の執事を務めていた。
しかも男爵なので姓持ち。
「姓は実家のかい」
「実家に相談しますが、出来れば新たな姓を興したいと思います」

 残りはウィリアムのみ。
「ウィリアム、君はどこを希望する」
「特にありません」
「それでは僕が決めるよ。
木曽を手薄にする訳には行かないから、
隣接する地に信頼できる者を置きたい。
だから君に頼みたい。
気心が知れてると思うから、イライザと隣り合わせだ。
カール、そうしてくれるかい」
 当人もイライザも異存はなさそうだ。
カールが頷いた。
「承知しました。
二人を木曽に隣接する地に配します。
そして私とアドルフ、ダンカンの三人は岐阜に隣接する地に」

 俺はもう一つの問題を確認した。
「伯爵と行動を共にしなかった寄子貴族達の処遇は」
 寄親伯爵は反乱するにあたり、
動員力が望み薄な寄子貴族に声を掛けなかった。
それなりの兵力を有する寄子貴族のみを招集した。
お陰で反乱に巻き込まれなかった貴族達は、
反乱終息後にホッと胸を撫で下ろした。
兄・ポールから情報を得ているカールが応じた。
「傍観していただけなので何もありません」
「本領安堵、という事かな」
「はい、そのままです」
「そうか、致し方なしか。
ところで、美濃の半分程が領主不在になるけど、その手当ては」
「近い将来の褒賞に備えて空けて置くそうです。
その間は寄親伯爵が代官として治める事になります」
 つまり俺に治めろと・・・。
まあ、いいか、カールに丸投げだ。
俺が成人するまでには、それなりの形にしてくれるだろう。

 翌日、俺達は礼装で箱馬車二輛に乗り込んだ。
一輛目に俺とカール、イライザ、メイド長・バーバラ。
二輛目にダンカンとアドルフ、ウィリアム、メイド・ジューン。
護衛の騎兵は六騎。
先頭に三騎、後尾に三騎。
勿論、この六騎も馭者も関係者なので礼装だ。
屋敷の者達全員の大きな喜びの声で見送られた。
「いってらっしゃいませ」
 屋敷の留守は、二人の執事見習いのうちの年嵩、コリンに預けた。
それを俺付きのメイド・ドリスが補佐する体制にした。
これなら問題ないだろう。

 通常、馬車では王宮区画へ乗り入れは出来ないのだが、
叙爵陞爵の当事者という事で乗り入れが許され、
内郭南門の詰め所から近衛兵一名が案内に付いた。
「私に付いて来て下さい」
 彼に従って臨時の馬車寄せに駐車した。
他にも十数輛が駐車していた。
近衛兵が俺に告げた。
「控室にご案内します」

 ダンタルニャン佐藤子爵家に割り当てられた控室に入った。
広い。
住む訳ではないが、内装も家具も揃えられていた。
中でも特に目を引くのが大きな姿見鏡。
2メートルクラスでも全身が映せる。
思わずなのだろう。
ジューンが呟いた。
「まるで伯爵家の控室ですね」
 俺もそう思った。
と、左の続き部屋から女官とメイド二名が出て来た。
俺達に深々と頭を下げた。
「暫くの間、私共がお世話いたします」
 女官とは面識があった。
王妃様の傍近くで何度か顔を合わせていた。
俺は答礼した。
「お久しぶりです。
本日は宜しくお願いします」

 案内の近衛兵は行事慣れしているようで、卒なく熟してくれた。
「それでは私はこれで」
 袖の下は禁止なのだが、案内を終えて戻ろうとする近衛兵に、
バーバラが自然に歩み寄った。
小声で囁く。
「ご苦労さまでした。
これを詰め所の皆様で」
 軍服のポケットに小袋をそっと入れた。
前以ってバーバラに告げられていたので、俺達は視線を逸らした。
近衛兵の声が聞こえた。
「これは」

 カールが近衛兵に気を遣った。
大きな声で女官に告げた。
「これが当家の者達の一件書類です。
全員の分を揃えて置きました。
お受け取り下さい」
 持参した書類を女官に渡した。
叙爵陞爵する者達の姓名、家紋、領都、縁戚諸々に関する書類だ。
それらは全て寄親伯爵が目を通して朝廷に提出するのだが、
俺はまだ寄親伯爵ではない。
資格がない。
ないのだが、今回は致し方なし、とのこと。
俺が仮寄親伯爵として提出する事が許された。
最終的に国王の決裁待ちになるが、今回は王妃さま。
修正されるとか、却下される事はないだろう。
「直ぐに届けます」

 バーバラが近衛兵を宥めた。
「お祝いのお裾分けです、ねっ。
内緒ですよ。
早く戻らないと上官の方に叱られますよ」
 退出する女官が近衛兵に声掛けした。
「祝い事です。
目を瞑るのも役目の内ですよ。
さあ、参りましょう」

 今回の式典の会場は変更されていた。
これまでの会場がワイバーンの襲来で使用不能となり、
取り壊され、更地にされたからだ。
新たな会場は王宮本館に隣接する建物。
大勢の土魔法使いや各種スキル持ちを動員し、
大々的にリホームしたと聞いた。
聞いていたのだが、見て驚いた。
外装まで手を加えていた。
真新しいではなく、歴史と威厳を感じさせる為に、
重厚さに力点が置かれていた。
そしてそれが成功していた。
これではまるでギリシャの遺跡ではないか
たぶん、これが王妃様の趣味なのだろう。

 俺は会場の建物を見上げて溜息を付いた。
リホーム費用は如何ほど。
ここに注ぎ込んで肝心の戦費の方は大丈夫なのか。
案内は戻って来たあの女官だ。
彼女に声を掛けられた。
「佐藤子爵様、感心なさっていますね。
この建物が気に入りましたか」
「ええ、今の僕には似付かわしくありませんが、
何れ似合う年になったらと」
「この様な建物がお好きなのですね」

 会場周辺は近衛による厳重な警戒が行われていた。
要所要所には立哨、絶え間なく行き交う巡回。
許可のない者は入れない王宮区画なのに、これは・・・。
現状が複雑なのは理解出来るが、行き過ぎではないか。
疑心暗鬼を生ずる輩も出兼ねない。
その点を考慮してないのだろうか。
俺はカールに視線を転じた。
俺の意を察したのだろう。
カールが深く頷いた。

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