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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(叙爵)153

2020-02-23 08:30:53 | Weblog
 アリスが収納庫から陶器の酒樽を三つ取り出した。
『データを取ってね』
 何時もの事だから驚かない。
俺の魔女魔法で複製させるつもりなのだろう。
『王宮の厨房から盗んできたのかい』
『人聞きが悪いわね。
拾ったのよ、盗んじゃいないわ』
 俺は樽の封に鼻を当て、それぞれの匂いを嗅いだ。
鼻の強化も、鑑定もしていないので、違いが分からない。
それを見ていたアリスが笑う。
『お子様にお酒が分かるのかしら』
『まだ無理みたい』
『ダン、早く大人になりなさい。
そうすれば否が応でも分かるようになるわ』
『急には大人になれないよ』
 俺は魔女魔法を起動した。
この程度の物であれば鑑定から始める必要はない。
分析はするが分解も必要ない。
熟れた作業、三樽を一気にコピーした。
そして拾った三樽の隣に複製した三樽を並べた。
肝心のデーター収集にも怠りなし。
俺の表情を見たアリスに注意された。
『天狗になっちゃ駄目よ』とは言うものの、アリスも満更でもない様子。
 鼻を大きく広げて六樽を一つ一つ嗅ぎ回る。
そして最後に大きく頷いた。
妖精がこれで良いのか。
俺は思わず嫌味を言った。
『お子様にお酒を造らせるって、どうなんだろう』
『はあ、ただのコピーでしょうが。
私に意見なんて百年早い。
自分で酒造りが出来るようになってから言いなさいよ』手強い。
『俺は百年も生きられないよ』だって人間だもの。
『何事も修業よ、修業』言いながら六樽を収納して行く。

 口では敵わないので話題を変えた。
『エビスを出して』
 激しく反応するアリス。
『エビス・・・、もしかして、もしかするの』
『そうだよ』
 アリスが収納庫からエビスを取り出した。
俺はそれを宙に浮かべて、錬金魔法を起動した。
今回のは先に搭載した魔卵ではなく、
後で搭載した魔卵の術式のアップデートで済ますことにした。
時空スキル、転移の付与追加だ。
難しくはない、たぶん。
これまでの経験を元に書き加えて行く。
すんなり書き込めたので問題はない筈だ。
『アリス、二つ書き加えたよ。
一つはカーゴドアではなく、転移の術式で出入りできるようにした。
これで水中でも自由に出入りできる筈だよ』
『ほんとう、やったね』嬉しい表現なのか、俺の鼻先を飛び回る。
『二つ目はエビス本体での転移。
目視出来る範囲なら、安全を確認次第で転移できるようにした。
ただし、安全確認はエビスがやるからね』
 アリスがいきなり俺に頬擦りした。
涎を流してるのか、頬が濡れた。
『えっへっへへへ』
『魔力を通してみて』
『やるね』何ら問題なし。
 俺は安堵しながら術式をコーティングした。
見届けたアリスの挙動がおかしい。
頬がピクピク、全身もピクピク、羽根もビクピク。
俺が何か言うより先に、そんなアリスが動いた。
奇声を上げてエビスの外郭に抱きつき、
中に転移するやコクピットに収まり、
開けた窓から遥か先の空中に転移してしまった。
一気にテスト飛行を終えて言う。
『ダン、これ良い。
ちょっと飛んでくる』
 ちょっとで済む筈がない。
諦めた。
ただ一言。
『ドラゴンに喧嘩を売るのは禁止だよ』

 俺はズームアップと魔波の追跡で監視した。
魔導師を警戒しての高度飛行。
そして転移に次ぐ転移。
暴走に近い飛行にエビスは耐えていた。
 飽きるのも早い。
コースを一路、北にとった。
『アリス、ダンジョンに向かうのかい』
『そうよ、皆の顔を見てくるわね』
 俺も向かいたいが、立場が俺を自由にしてくれない。
今日も予定が入っているのだ。
今日だけではない。
明日も明後日も。
学校が始まるまでスケジュールが目白押し。
売れっ子のスターか、それともドサ回りの芸人か・・・。
どちらなんだろう。

 今朝もポール細川子爵が馬車に乗ってやって来た。
俺を馬車に乗せると説明があった。
「まずは寄親に紹介する。
相手も爵位を継いだばかりで友人も知人も少ない。
かなり年上だが、良い関係が築けると思う」
 俺が領地を下賜された美濃地方の寄親はアレックス斎藤伯爵。
先代のバート斎藤伯爵が魔物の群れ撃退の功で侯爵に陞爵されると、
伯爵家を継いだのが嫡男の彼であった。
「とかくの噂を聞いています」
 平民雀による貴族評価だ。
それは宮廷雀にも似て辛辣だ。
「街中で流れているアレかな」
「ええ。
噂を纏めると、良い人」
「それは、どうでもいい人と言う事だね。
まあ、そんな人柄だ。
先代様がアクが強い方だったから、そういう育ち方になるのも仕方ない。
でも仲良くしておいて損はない」
「はい」

 アレックス斎藤伯爵家は北区画の貴族街にあった。
表門を入ると広い庭園。
真ん中を走る広い通路を進むと、でんと本館。
左右に別館。
奥に放牧場と厩舎、倉庫等。
最奥に使用人達が住まう長屋。

 伯爵自身が使用人達を従えて出迎えてくれた。
「ようこそ、ダンタルニャン佐藤子爵殿」
 本来であれば、伯爵自ら下の者を出迎える事は有り得ない事態。
加えて、この愛想良さ。
俺は先制パンチを受けた気分。
深く深く頭を下げた。
「これはこれは伯爵様。
自らお出迎えとは思いもしませんでした。
驚きで一杯です」
「はっはっは、気にされるな。
噂の人物を早く見たかったのだ」
「急遽の面会に応じて頂いて有難うございます」
「そう畏まらないでくれ。
我らは寄親と寄子、文字通りに親子だ。
気楽に気楽にな」
 アレックス斎藤伯爵の視線が俺の隣のポール殿に向けられた。
「ポール細川子爵殿、今日はお手柔らかにな」
「今日はダンタルニャン殿の後見人として出向いただけです。
ご懸念は無用です」
 二人の間で何かあったらしい。
聞いてみたいが、聞かぬのが貴族の礼儀。
素知らぬ顔を作った。

昨日今日明日あさって。(叙爵)152

2020-02-16 08:56:39 | Weblog
 東区画の貴族街。
その一角に彼女の屋敷があった。
クラリス吉川。
評定衆に名を連ねる女侯爵だ。
 彼女は王宮に上番する日ではなかったが、
話題の叙爵・陞爵があったので予定を日延べし、王宮を訪れた。
なにしろ一人の児童を叙爵し、当日そのまま陞爵すると言うのだ。
事情は呑み込めなかったが、異例の好待遇という事だけは分かった。
そこで彼女は分けを知る為に儀式に列席した。
 見届けると彼女は屋敷に舞い戻った。
執務室に入ると執事が口を開いた。
「ご機嫌斜めですね」
「理由は言わなくても分かるでしょう」
「気に食わないと」
「どこにでも転がっていそうな子供よ。
それが叙爵、陞爵、・・・笑っちゃうわ」
「まさか儀式の最中に」
「そこまではね。
私は自制が効くのよ
・・・。
列席してる佐藤家諸家の連中の顔は見物だったわね」
「と言うことは本気で、佐藤家諸家の旗頭にお子様子爵を」
「そうみたいね。
諸家を強制的に列席させて、王家の意向を示したわ」
「お子様子爵で旗頭が務まるのですか」
「後見は細川子爵、実務はその実弟よ」
「実弟・・・、あの噂になったアレですか」
「そうよ。
元国軍大尉でCランクの冒険者。
それがこれを機に貴族社会に復帰したわ」
「手強そうですね」

 彼女は話題を変えた。
「但馬地方の例の件はどうなってるの」
「失踪ですか」
「他に何があると言うの」
 彼女は伯爵時代に但馬地方の寄親をしていた。
侯爵に陞爵された際に嫡男に伯爵位を譲ったが、
気持ちは今も寄親のつもりでいた。
その但馬で家族揃って失踪すると言う事例が相次いでいた。
引っ越しではない。
全員が生活の匂いを残したまま姿を隠した。
家具も金銭も残したまま、整然とだ。
血痕でも残っていれば事件性があるのだが、それもなかった。
まるで神隠し。
「伯爵様の軍だけでなく、当家の者も動かして捜査していますが、
何ら進展していません。
ただ・・・」顔を顰めた。
「ただ・・・、どうしたの」
 執事は意を決したかのように答えた。
「故バイロン神崎子爵家絡みかと思われます」
 王宮区画でエリオス佐藤子爵に手傷を負わせたのがバイロン神崎。
彼女は首を傾げ、執事を睨むように見た。
「貴方の推測でいいから聞かせてちょうだい」
「失踪届けの名前に疑問を覚えました。
最近、聞いた名前が多かったものですから」
「それで・・・」
「何れも神崎子爵家の家臣だった者達でした」
「本当に・・・」
「はい、子爵家の断絶により多くの者が帰農しています。
・・・。
失踪したのは問題になった五十二人の身内ばかりです」
 エリオス佐藤子爵家が焼き討ちに遭い、
現場に残された身元不明の焼死体が五十二人。
事件前、一斉に姿を隠した神崎子爵家の家臣陪臣も五十二人。 
「面妖な話ね」
「はい。
帰農せずに領地を離れた者達もいるので追跡調査させました。
すると、行く先々で不審な連中に遭遇したそうです」
「一体何者なの」
「近づいて誰何すると、威嚇して姿を消すそうです」
 彼女は顔を強張らせた。
「捕まえなかったの」
「他領なので力尽くは拙いと思って控えたそうです」
「そうよね。どう思う」
「あくまで推測です。
現場に乱れも血痕も残されていないと言う事は、魔法で身動きを封じ、
【奴隷の首輪】を嵌めたのではないのかと」
「なるほど、そうね」

 俺は疲れてしまった。
心身共に疲れてしまった
これが貴族生まれなら違っていたかも知れない。
でも、生憎と平民。
前世も平民。
 晩餐を終えて細川子爵を見送ると、一気に疲れが噴出した。
膝をつきそうになった。
そうと察したのか、カールが手を貸してくれた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないみたい。
酷く疲れた。
こういう生活がずっと続くのかな」
「続きます。
でもその前に慣れますよ。
どこで手を抜けば良いのかも分かるようになります」
「それに期待しよう。
カール、今日はありがとう。
皆もありがとう。
今日はもう寝るよ」

 本来ならライトリフレッシュで乗り切るべきなんだろうが、
皆の目の前で披露すべき手段じゃないので、こんな有様。
ボロボロ。
見かねた従者のスチュアートがカールに代わって肩を貸してくれた。
それで自分の部屋に向かった。
俺の専属メイドになるドリスとジューンによると、
日当たりの良い部屋だそうだ。
本館三階の自室は。
 疲れた身体を引き摺るようにして階段を上がった。
その殆どはスチュアートの力だ。
部屋に入ると室内脇のドアが開けられた。
スチュアートが俺をドリスとジューンに引き渡した。
「さあ、お風呂で疲れを取りましょうね」どちらかが言った。
 続き部屋は浴室になっていた。
魔道具で湯を張り、そのまま温めていたのだろう。
部屋自体からして暖かい。
夏なんだけど。
 事前の言葉もなく、二人が連携して俺をスッポンポンにした。
もう二人の為すがまま。
助かったのは二人の事務的な仕事振り。
お陰で恥ずかしがらずに済んだし、ついでに目が覚めた。
「先に流しましょう」ドリス。
 もう任せる事にした。
二人にとって俺は所詮は子供。
遠慮する年齢じゃないのだろう。

 お風呂の効果かどうかは知らないが、翌朝はスッキリ目覚めた。
明るい方に視線を転じた。
窓に薄日が差していた。
俺はゆっくり起き上がると、カーテンを開けた。
まだ陽は顔を上げ切っていない。
もったいぶったかのように、ほんの一部だけが顔を覗かせていた。
 辺りを見回すと貴族街は静まり返っていた。
こんな早朝から動く者はいないのだろう。
いや、下の階で人が動く気配。
使用人達が音を立てずに働いている様子。
厨房かな。
 
 元気な声がした。
『おっはよう』アリスしかいない。
 お気に入りの白い子猫姿で俺の頭に飛び乗って来た。
当然の様に腰を下ろした。
『どう、疲れは取れたかしら』
『なんとかね』
『お姉さん二人に身体を洗ってもらった効果ね』
『見ていたのか』
『当然でしょう、眷属なんだから』

昨日今日明日あさって。(叙爵)151

2020-02-09 08:52:11 | Weblog
 本館玄関前に馬車が寄せられた。
待機していた青年が歩み寄って来てドアを開けた。
玄関前に並んでいた者達が一斉に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」声も揃っていた。
 ポール様に勧められて俺は真っ先に下りた。
恥ずかしい、まるで罰ゲームだ。
 通路に並んでいた兵士達も駆け足で集まって来た。
最後に下りて来た執事のダンカンが彼等に言う。
「全員紹介するのは無理だ。
多過ぎる。
今日は主だった者達だけだ。
他の者達は仕事に戻ってくれ」
 ざわめき。
不満らしい。
そこで俺は彼等を振り向いた。
見回すと当然だが、児童の俺よりも大きな大人ばかり。
俺は意識して声にした。
「私に仕える為に来てくれて有難う。
見た様に私は子供だ。
右も左も分からない子供だ。
いや、右か左かは分かる」ここで言葉を切った。
 ジョークのつもりだったが、受けなかった。
シーンとしていた。
俺は焦りを隠して続けた。
「ジョークは通じなかったみたいだが、ここで約束しよう。
私に仕える事を選んだ皆をけっして後悔させない。
そう約束しよう」
 ついでに軽く頭を下げた。
これが正解かどうかは知らないが、思いを口にした。
ザワザワ・・・。
拍手が沸き起こった。
たぶん正解なのだろう・・・、たぶんね。

 ダンカンの指示で大方が仕事に戻って行く。
残ったのは主だった者達のみ。
それぞれが自己紹介した。
馬車のドアを開けた青年が最初だった。
「執事見習いのコリンです。
ダンカン殿の補佐です」深々と頭を下げた。
 その隣に並んだ少年が言う。
「同じく執事見習いのスチュアートです。
ダンタルニャン様の従者に任じられました。
よろしくお願いいたします」固い。
 コック帽にコックコート姿の男が言う。
「料理長のハミルトンです。
細川子爵家の厨房で長く修業をしていました。
肉料理、魚料理、どちらもお任せください」笑顔で胸を張る。
 腹掛け姿の男が言う。
「庭師長のモーリスです。
同じく細川子爵家で修業していました。
敷地内整備はお任せください」腕捲り。
 村から小隊を率いて来た馴染み顔が言う。
「屋敷の警備を担当するウィリアムです。
守りはお任せください」優しい目色。
 磨き上げられた鎧姿の男が言う。
「領地を担当する中隊の中隊長・アドルフです。  
準備が出来次第、領地に向かいます」精悍そう。
 俺は彼に尋ねた。
「中隊の人数は」
「現在300名です。
正規には250名ですが、途中で脱落者が出ても困らない様に、
少し余分に集めました」
「脱落するくらい厳しくするつもりなの」
「そのつもりです。
領地内に木曽谷の大樹海があります。
軽い考えの者はここで脱落させます」
 俺は視線を料理長のハミルトンに向けた。
「兵数が多いようだけど、厨房のスタッフは足りてるの」
「中隊はここではなく国都郊外で野営しています。
魔物を狩って自炊しています」
 ダンカンが言い添えた。
「大樹海の魔物を想定しての野営です」
「大変そうだね。それで何時まで」
「予定数の奴隷が集まるまでです。
集まり次第、それを率いて現地に向かってもらいます」
「奴隷・・・」
「そうです。
魔物に襲われて木曽の集落の殆どが壊滅してしまい、
領内の人手が全くと言っていいほど足りません。
それを補うための奴隷です」
 俺はちょっと考え、口にした。
「もしかすると、奴隷も国庫からの支援なの」
「そうです、国が買い揃えるそうです」
 国の支援が有るとは言え、置かれた状況を喜んで良いのか、
悲観すべきなのか、とにかく前途は多難そうだ。

 ブルーノ足利はコーヒーを飲んで、顔を上げた。
向かい合う近衛の魔導師に問う。
「で、どうだった」
「仔細はこれに」一枚の紙を差し出した。
 ブルーノはそれを受け取り、一読した。
叙爵陞爵したばかりのダンタルニャン佐藤子爵、
彼のステータスが記されていた。

「名前、ダンタルニャン佐藤。
種別、人間。
年齢、十才。
性別、雄。
住所、足利国山城地方国都住人。
職業、美濃地方木曽領主、冒険者。
ランク、D。
HP、90。
MP、30。
スキル、弓士☆」

「それにしても高いな」
「そうですね。
幼年学校の生徒の平均ランクはE。
卒業する頃にDに上がるのが普通です」
「魔法学園の生徒は」
「同じようなものです。
それが一年時にDランク、一歩抜きん出ています。
が、見た感じ、天才ではなく秀才タイプですかな。
言っちゃ悪いが、お利巧さん」
「本当に口が悪いな」
「軍人ですから。
育て方次第では卒業時にCランクが可能かも知れません」
「そうか。
お前は自分の手で育ててみようと思わないのか」
 ブルーノが魔導師を見遣る。
憮然とした表情の魔導師。
「あの子は弓スキルで分かるように戦士タイブです。
魔法には向いてません。
それに私、忙しいのです」
「奴隷集めか。
順調と聞いていたが」
「当初は。
このところ邪魔が入るようになりました」
 ブルーノは少し考えてから一人の名前を口にした。
「クラリス吉川」
「ええ、あの女侯爵の手の者と思わしき連中が、
何かと邪魔してくるのです」
「目障りか」
「多少は」
「私の方から釘を刺しておこうか」
「それには及びません。
リストにある連中は全員、抜かりなく追手をかけています」
「ほう、結果が楽しみだな」
「女侯爵の鼻を明かしてやります」

昨日今日明日あさって。(叙爵)150

2020-02-02 07:31:35 | Weblog
 謁見を終えて解放されたと思った。
ところが違った。
謁見は前半戦だった。
侍従や子爵様と一緒に元の貴賓室に戻ると、
有能そうな文官が待ち構えていた。
彼が俺を見てニコヤカな笑みを浮かべ、ゆっくり立ち上がった。
「ダンタルニャン佐藤様、叙爵と陞爵、お祝い申し上げます」
 優雅に会釈した。
俺は奇襲攻撃を受けた気分。
「ありがとうございます」慌てて答礼した。
 彼の手元には書類の類があった。
それを指し示して彼が言う。
「私が今回の手続きを担当いたします」後半戦の開始を宣言された。
「そう、よろしくお願いします」
「こちらこそ。
お嫌でなければ私の隣にお座りください。
その方がスムーズに進むと思います」
 子爵様が俺に言う。
「彼の言うとおりにしなさい。
私たちはその間、お茶してるから」
 叙爵と陞爵に伴う各種書類が待っていた。
一つ一つ懇切丁寧な説明を受け、納得の上で署名して行く。
貴族として生きて行くには、これら沢山の事柄を覚えねばならぬらしい。
なんて面倒臭い。
そんな思いが顔に現れたのだろう。
カールに言われた。
「ダンタルニャン様、貴族の仕事は書類との格闘です。
現場に出ることは、ほとんどありません」気の毒そうな口調。
 兄の子爵様がこちらを見た。
「国王様の机は書類の山。
それに比べればダンタルニャン殿のは可愛いもの。
慣れれば平気で熟せるようになりますよ」

 全て終えた。
頭がパンクする寸前だった。
苦笑いの文官に小さな紙包みを差し出された。
「確認して下さい」
 開封すると中から銀板のタグが出て来た。
表は住所の刻印、そして冒険者としてのランクの刻印。
裏は個人情報。
 裏の個人情報は独特な文字で小さく刻まれていた。
俺には読めない。
これが読めるのは、
刻んだ職人達と【真偽の魔水晶】の類だけではなかろうか。
その点、表は分かりやすい。
生まれた地方の刻印、村の刻印、冒険者ランクの刻印、
これに下賜された領地のある地方の刻印と爵位、二つが足されていた。
 下賜された領地は美濃地方の木曽。
年末年始を騒がせた魔物の群れが発生した木曽谷を含む一帯。
そこが俺に与えられた。
魔物の群れの大移動によって大疲弊している筈であるが、
家族もカールも問題視していない。
大人の事情というもので受け入れたのだろうか。
流されることにした。
 首にタグを掛けた。
どのような術式が施されているのか知らないが、銅板の物よりも良さそう。
これが近衛の鍛冶師の力量なのだろう。
 タグはMPに触れて馴染んで行くのだが、俺のEPは上位互換。
問題はない筈、実際、何等の遅滞なく馴染んで行くのが分かった。
十日も首に掛けていれば俺を本人として認識するだろう。

 本殿玄関で近衛兵の見送りを受け、子爵様の馬車に乗った。
座席に腰を下ろすと、ホッとした。
ハーと長い息を吐きだした。
それを見ていた子爵様に言われた。
「お疲れのようだね」
「はい、これが気苦労と言うものなんですね。
この齢で味わうとは思いませんでした」
「王宮の方は終わりだけど、
貴族としての形式的な付き合いが幾つか残っている。
大丈夫かい」
「はい、パーティーと面会でしたよね」
「そうそう、何れにも私かカールが同行するから安心して欲しい」
 念の為に予定を聞いた。
立て続けに入っていて驚いた。
学校が始まるので、そんなスケジュールになったのだそうだ。
これでは夏休みの冒険者としての活動が出来ない。
「凄いですね。
しかたないですね。
はい、皆さんに頼らせて頂きます」
 このままだと胃に穴が開く。
後見役の子爵様とカールに全面的に頼ろう。

 南区画に下賜された屋敷があった。
王宮区画に隣接していた。
これは他の区画の貴族街も同様らしい。
宮廷貴族の通勤を考慮し、隣接した土地に構えたさせたのだろう。
俺の場合は幼年学校への通学のし易さを考えてか。
通学ではなく寮住まいになるけど。
でもこんな優しい配慮はありがたい。
 屋敷は同じような広さの敷地が並ぶ一角にあった。
見慣れた顔が門衛に立っていた。
村から家来として付けられた兵士二人だ。
立派な制服に着替えていた。
その一人が屋敷の方へ大きな声で告げた。
「子爵様が戻られました」
 俺の事だ。
改めて子爵様呼ばわりは恥ずかしい。
まるで罰ゲーム。
 表門が左右に大きく開けられた。
本館玄関へ馬車が進む。
その通路の両側に出迎えの者達が並んでいた。
思っていたよりも数が多い。
特に兵士が多い。
村から率いて来た数よりも多い。
そんな彼らが馬車に向けて敬礼している。
疑問が表情に現れたのだろう。
「たぶん、領地に連れて行く部隊ですね」カールが軽く言う。
 初めて聞かされた。
何時の間に、こんなに大勢集めたんだ。
 子爵様が言う。
「同僚達に声を掛けたら大勢が集まった」
「子爵様のコネの力ですか」
「子爵様は止めよう。
もう同じ子爵なんだからね。
ポールで良いよ」楽しそうな顔で要求された。
「それでは失礼してポール様、それでこんなに大勢集まったのですね」
「そうだ。
分隊長は何れも爵位持ち。
貴族の三男四男五男に生まれた者ばかりだ。
それぞれの実家が上大夫爵を買い与えた。
彼ら分隊長の力量は知らんが、
配下の兵士は彼ら実家の家来筋の、これもまた三男四男五男ばかり。
だから部隊としての纏まりだけは保障できる」
 分隊長の力量は不明だが、分隊として行動できると。
「こんなに大勢、僕が、いえ、私が雇えますか」
 貴族としては僕でなく、私だろう。
TPO、これ大事。
「領地が再生されれば問題ない。
それまでの間は国庫から支出する」
「国庫から・・・、私にそんな価値があるんですか」
「そこまで深刻に考えることはない。
木曽を復興させ、木曽谷の魔物を定期的に狩れば、
小麦や米だけでなく、魔物の素材も獲れる。
それを売れば左団扇だよ」
 気楽な口調で言われたが、その目は笑っていない。
ここにも大人の事情があるのだろう。

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