金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(洛陽)264

2013-08-29 19:44:55 | Weblog
 華炎の問いに擁昂は答えた。
「当然、後ろ盾はいた。
毒殺が成功すれば、彼の者が実権を握るので、
三人が失踪しても追っ手はかからなかったはず」
「彼の者」と華炎が問いを重ねた。
 擁昂は、「これを話し合いたくて来た」といっても過言ではない。
服毒自殺した三人の持ち物と、それぞれに与えられた部屋が捜索されたが、
毒薬の残量が発見された以外、犯行に関するものは何一つ見つかっていない。
後ろ盾の存在を示唆する物に至っては皆無。
 ところが于吉の助言で予想外の物が発見された。
于吉が、帝の離れの床下を指して、「毒殺と同時に呪詛も行われるもの」と言ったのだ。
そこで直ぐさま床下が調べられた。
結果、呪詛の木箱が見つかった。
木箱の中には帝の幼名を記した人形が入っており、呪詛を疑う余地がなかった。
 呪詛の木箱と人形が見つかっても、それだけを手掛かりに犯人を捕まえるのは、
通常であれば無理であった。
それを覆したのは、呪詛の方法。
木箱や人形の組み方、呪文の字体から呪術の流派が特定出来たのだ。
王宮勤めの呪術師達が口を揃えたのだから間違いはない。
そして、それは数年前の呪詛を思い起こさせた。
「帝を呪詛した」という前の皇后、宋氏の一件であった。
あの時と瓜二つ。
 続けて、今回使用されたと同じ種類の毒薬が、
つい最近の毒殺でも使用されている事が、
取り調べに当たった廷尉によって指摘された。
それは帝の側室の一人、王美人の件であった。
当時の彼女は帝の寵愛を一身に集めていた。
それが、 男子を産んだ年に毒殺された。
用いられた毒が、今回の毒と同じなのだ。
 それらを考察すると、一つの名前が浮上する。
宋氏が廃された直後に新しい皇后に立てられた人物。
王美人以前に帝の寵愛を受けていた人物。
その人物は、宋氏が廃されて得をし、王美人が男子を産んだことに脅威を覚えていた。
そういう人物は、ただ一人しかいない。
現在の皇后、何氏以外には考えられない。
 宋氏の呪詛の一件は、直後に、「宦官、王甫の謀であった」と噂が流れたが、
一部では、「王甫の後ろ盾は何氏ではないのか」とも囁かれた。
しかし、この一件が調べられる事はなかった。
子細が不明のまま、翌年、王甫は別件で捕らえられ、獄中で不審な死を遂げた。
 王美人毒殺は帝の怒りを買った。
徹底的に、執拗ではないかと思えるほどに調べられた。
そして行き着いた名前は、何皇后。
何皇后が幸いだったのは、帝の長男を産んでいたこと。
世間体がある。
世継ぎになろうという男子を産んだ何皇后を罪に問う分けには行かない。
それに大勢の宦官が取りなした。
 なにしろ宦官達と何皇后の仲は深い。
後宮に上がる前の何氏は南陽でも評判の美人であった。
そんな評判を、地方を監察して回っていた宦官の一行が聞いた。
実際、彼女を目にすると評判以上。
彼等は直ぐに実家に持ちかけた。
「後宮に上げてみないか」と。
何家に依存はなかった。
「このまま田舎で燻らせるよりは都に、後宮に」と。
下賤の出自ではあるが、何家は業で小金を貯めていた。
それを支度金として差し出し、娘を預けた。
これが切っ掛けであるので、何皇后は宦官達の身内も同然。
その田舎娘が帝の男子を産み、皇后に上がったのであるから、粗略にはしない。
何皇后の息子は宦官達の期待の星。
宦官の権力が長期に渡る事を意味する。
理由はどうあれ、全力で庇う。
 そういう分けで何皇后が罪に問われる事はなかった。
けれど帝の怒りが消えた分けではない。
次に何かをしでかし、帝の怒りを再び買えば、無事では済まないだろう。
  擁昂は自信を持って名前を挙げた。
「何皇后」
 かつての同僚である宦官達が聞けば、怒り狂うだろう。
裏切り者呼ばわりされるかも知れない。
しかし隠居した今、誰に憚る事もない。
興味が全て。
 華炎も同意の頷き。
「毒殺が成功していたら、宦官達の奔走で帝は病死扱いになり、
何皇后の息子が新しい帝に就いていたろうな。
・・・。
ところが失敗した。
これからどうなると思う」
「それでも強引に帝を毒殺するしかないだろう。
このままだと、帝が昏睡から覚め、何皇后に報復する。
証拠も証言もいらない。
帝の心証だけで十分だ。
今回は宦官達の力をもってしても阻止は出来ないはず」
「何皇后贔屓の宦官達はどう動く」
「命が惜しければ距離を置くしかない。
このまま後宮内で帝が毒殺されれば、外朝の三公九卿共を喜ばせるだけ。
なにしろ帝の子は一人じゃないからな。
帝毒殺犯捕縛の大義名分で近衛兵を動員し、後宮に押し入り宦官達を皆殺しにして、
何皇后と長男を捕らえ、次男を後継にする」
 帝の次男は、数年前に毒殺された王美人の産んだ子である。
毒殺後、帝の生母が孫の行く末を危ぶみ、手元に引き取り養育していた。
生母の名は董太后 。嫁ぎ先が河間系の劉家であった事から河間董氏とも。
何皇后が庶民の出なのに比べ、河間劉家の董太后には豊富な人脈がある。
古くからの家臣達もいる。
その力は侮れない。
「そう言うが、宦官達にも縁者が大勢いる。
宦官の引き立てで外朝側の高官になった者も多い。
簡単に済ませられるかな」




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)263

2013-08-25 08:17:14 | Weblog
 いつ招かれても、この華炎の私邸には生活の臭いが、まったくなかった。
「年の半分は地方を回っている」といっても、逆に年の半分はここで暮らしているわけで、
少しは痕跡があっても不思議ではない。
ところが、痕跡が全くなかった。
家具はあっても、購入したばかりのように真新しい。
壁も廊下も傷んでいない。
本当にここが生活の本拠なのだろうか。
 擁昂は疑問を悟られぬように、案内された部屋の椅子に腰を下ろした。
間に小さな卓をはさんで、向かいの椅子に華炎が腰を下ろした。
前回同様に、男衆の一人が温かいお茶を運んで来た。
どうやら、この私邸では酒を出さぬ方針らしい。
 男衆が去ると、華炎が目で会話を促した。
目の色に威があった。
年齢的には擁昂の方が遙かに上なのだが、持って生まれた貫禄が違う。
魑魅魍魎の棲まう後宮を生き抜いた擁昂の方が気圧されてしまう。
これでは、まるで上司と部下。
 擁昂は不愉快には思わない。
この手の男なら王宮で何度も相手した。
たいがいは武官であったが、まれに文官もいた。
彼等は育ちが良いせいか、正論しか吐かなかった。
「自分の考えこそが正しい」と信じているようで、ことに宦官を目の仇にしていた。
ところが実際に宮廷政治で真っ先に潰されるのは彼等。
宦官だけでなく、仲間である筈の武官、文官達にもさえ疎んじられる始末。
 擁昂は威のある相手との付き合いには慣れていた。
肝心なのは正面切って争わないこと。
争いは他者に譲り、高見の見物をするに限る。
当たらず触らず、敵の自滅を待つのみ。
 擁昂は口火を切ることにした。
華炎の信頼を得るには、こちらの持ち札を明かすしかない。
 毒が盛られていたのは汁物だった。
その汁物を口にした帝の様子がおかしいので、傍に居た侍従の者が機転を利かせ、
無理矢理に吐かせた。
幸いだったのは于吉が後宮に滞在していた事。
駆けつけた于吉が残された食事の毒味をし、汁物に混ぜられた毒の種類を確かめた。
毒の種類が分かれば、解毒薬を作るのも難しくはない。
直ちに王宮中の薬草が掻き集められ、王宮に勤めている呪術師達が解毒薬を作り、
帝に処方した。
お陰で帝は容体を持ち直した。
まだ昏睡状態だが、命に別状はないそうだ。
 手元に集まった情報を取捨選択し、幾つかの可能性を組み立てた。
そして、その中で、もっとも正しいと思える可能性を手短に説明した。
 王宮からは今もって何の公式、非公式発表もない。
そのせいで洛陽の街中には色々な噂が飛び交っていた。
なかには突拍子もない噂もあった。
その手の噂に無責任な庶民が飛びついた。
だが擁昂は自分の読みに自信を持っていた。
「如何かな」とばかりに、華炎を正面から見た。
 すると華炎は笑みを浮かべた。
離れでの毒殺未遂の場面は、訂正も、質問も成されなかった。
どうやら華炎の読みも同様と見ても良いだろう。
そこで擁昂は、「続きは華炎の番」と目で促した。
華炎に否はない。喜んで口を開いた。
 食事は厨房で作られてから直ぐに帝の口に入る分けではない。
毒味役の者達が全ての食事を一口ずつ食し、味ではなく、毒の有無を確かめ、
安全と分かってから帝の手元に運ばれる。
そういうことから、「帝の手元に運ぶ途中で毒が混ぜられた」と推測。
となると犯人は運んだ者達の中に居るに違いない。
運ぶのが二人、先導役もいて、都合三人。
いずれも宦官であった。
 于吉が汁物と確かめた段階で三人を捕らえる為の手配が成された。
が、すでに時遅し。
その三人は示し合わせたのか、後宮から姿を消していた。
 功を立てたのは洛陽外郭の東門を守備していた者達。
彼等は王宮から、「全ての門の閉鎖」を命じる銅鑼が乱打されるや、
四の五の言わず、問答無用とばかりに門を閉じた。
門の内にも外にも出入りする者達が大勢溢れていた。
それらを途中で打ち切ったのだ。
大きな抗議の声が上がったが、門衛の者達は槍を構えて応じた。
誰一人、状況が分からなかったので、仕方がなかった。
門衛達は、「外敵が接近している」と信じて、外への防備を固めた。
その様子に、門の内外に居合わせた者達に怯えが走った。
このところ後漢の国境を外敵が何度も侵していた。
北方騎馬民族、匈奴であった。
彼等は後漢奥深くまで侵入し、乱暴狼藉を働き、農作物だけでなく、
ありとあらゆる物品を根こそぎ強奪して行く。
当然、奪われる物には人も含まれていた。
王朝が迎撃の軍を発するのだが、外敵の撲滅は今もって成っていない。
それが事実なだけに、居合わせた者達は蜘蛛の子を散らすように、
「外敵だ」と悲鳴を上げて逃散した。
 門内に取り残されたのは三人だけ。
姿格好から旅に出る者達と分かった。
彼等は当惑していた。
門衛達としては三人の相手をしている暇はない。
外敵の襲来に備えるのに忙しい。
ほっておくことにした。
 すると王宮方向から騎馬の一隊が姿を現した。
衛尉の命で出動した近衛の騎馬隊だ。
数にして十数騎。
それを見た三人の身体から力が抜けた。
三人揃って地面に腰を落とした。
何事か言葉を交わし、それぞれが懐から何かを取り出し、それを口に含んだ。
 東門内で服毒自殺した旅姿の三人の遺体が後宮に運ばれ、
侍従の宦官達により顔を改められ、
「帝へ食事を運んだ三人である」と確かめられた。
 語り終えた華炎が問いを発した。
「さて、三人だけでの謀議だったのか、それとも後ろ盾がいたのか。どう思う」




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)262

2013-08-22 22:10:10 | Weblog
 王朝の権力構造が変化した。
これまでは帝を後ろ盾にした宦官達の内朝に権力が集中していた。
それが、帝が毒に倒れた今、外朝の三公九卿に権力が戻ろうと始めた。
光禄勲と衛尉が、それぞれが掌握している近衛兵を動かした。
光禄勲が宮中の巡回を厳重にし、衛尉が王宮のみならず洛陽全ての門を閉鎖させた。
そして廷尉が取り調べの為、配下を率いて後宮に立ち入った。
 同時に王宮への出入り、洛陽への出入りが禁じられた。
すでに王宮に入っている者達には禁足令が出された。
高位の文官、武官は無論、商人等も、通いの下働きの者達も例外ではなかった。
誰一人、王宮から下がる事を許されなかった。
 洛陽の街中にいる者達にも王宮の空気が伝わったのだろう。
理由が分からないだけに、みんな言葉もなく顔を見合わせた。
オドオドする者。
ピリピリする者。
 王宮からは何の公式、非公式な説明もないまま、
二日目の昼過ぎに禁足令が解かれた。
王宮から下がった者達の口は塞げない。
「帝の食事に毒が盛られた」という噂が洛陽中に広がった。
詳細が分からないだけに街中が動揺した。
それでも、禁足令が解かれた意味だけは理解した。
「未遂に終わり、犯人を捕らえたからだろう」と勝手に推測。
貴族や豪族の舘から兵が出動する気配がないので、
「これで動乱は避けられた」と、みんな胸を撫で下ろした。
 今は隠居の身の擁昂だが、街中にいても騒動の因を大雑把に把握した。
宦官として中常待まで勤めた者なので、情報が先方からやって来るのだ。
かつて面倒をみた宦官や、官吏等が王宮から下がると、いの一番に擁昂の舘を訪れ、
見聞きした事を話してくれた。
これまでの付き合いもあるが、支払われる代価も彼等の目当てであった。
お陰で様々な視点から見聞きした事柄を細大漏らさず手に入れた。
 擁昂は手に入れた全てを疑問もなく受け入れる分けではない。
証言と証言をつきあわせ、取捨選択し、幾つかの可能性を組み立てた。
これが正しいかはどうかは分からないが、方向性は間違っていないだろう。
 正解は後宮にあるが、事が事なので、迂闊に問い糾す行為は自殺行為でしかない。
下手すれば毒殺の首謀者に間違われるかも知れない。
どこに手を回せば正解が入手出来るのか。
そこで、はたと気付いた。
華炎。
洛陽の外郭に店を構える商人だ。
 この華炎という商人の手腕は侮れない。
どこで元手を稼いだのかは知らないが、気付いた時には市場の中に店を構えていた。
当初は、小僧を含めて僅か五人の使用人であった。
それが今や大層な羽振り。
長安や平原、寿春等にも出店し、押しも押されもせぬ大商人の一人に数えられていた。
 擁昂は華炎とは商取引を通じ親しくなった。
何度か酒席を共にする機会もあった。
華炎は年の半分は地方を回っているのだそうだ。
訪ねたからといって、居るとは限らない。
それでも擁昂は華炎を訪れた。
 今回の事を話す相手としては華炎こそが相応しい。
彼も王宮には、擁昂に劣らぬ人脈を持つ密かな事情通。
それに口が堅い。
 訪れたのは三日後のことだった。
幸いにも華炎は店にいた。
華炎は擁昂の顔色を見て、「私邸の方が話易いでしょう」と。
 店の裏に小さくて古いが趣きのある家を買っていた。
正妻も妾も持っていないので、男衆が彼の身の回りの世話をしていた。




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)261

2013-08-18 08:25:19 | Weblog
 この中庭に足を踏み入れるのは初めて。
ただ、部屋の窓からは見えていたので、大雑把にだが把握していた。
それに、身の回りの世話をしてくれている女官達の説明もあり、
そこが何かは直ぐに分かった。
 帝の為に建てられた離れであった。
中庭の一角に帝の我が儘で設けられたのだそうだ。
昼間であれば派手な色合いの建物なので、それだと分かるだろう。
後宮とは屋根付きの渡り廊下で繋がれ、室内の真ん中に食卓があり、
用意されている椅子は一つだけ。
帝は、天気の良いとき、ここで一人で食事を摂るのだとか。
女官の一人が、「帝は、昔の田舎暮らしを懐かしんでいらっしゃる」と言っていた。
別の一人は、「お気の毒に。心底から信用出来る者がいないみたいですね」とも。
 于吉が感じ取った妙な気配は、その離れから漂って来ていた。
気配の色は憎悪であった。
何をこんなに憎むのだろう。
 建物が憎悪を宿しているとは思えない。
足音を消して慎重に接近し、物陰に身を隠し、よくよく目を凝らすと、
離れの傍に二つの人影を見つけた。
幸い先方は于吉の接近には気付いていない。
 その二つの人影をつぶさに観察した。
どうやら二人とも女官のようだ。
こんな深夜・・・、それも中庭で・・・何を。
 二人の間に言葉の遣り取りはない。
二人は怯えながら、辺りに注意を払っていた。
何かの見張りか・・・。
于吉の接近に気付かないのだから、物の役には立っていない分けだが・・・。
 すると、
離れの床下から這い出る人影。
一つ、二つ。
こちらは明らかに宦官だった。
こんな深夜に何を。
 女官二人が宦官二人の衣服に付いた土埃払う。
ここでも会話はない。
土埃を払い終えると用はないとばかりに女官二人は右に、宦官二人は左に、
無言のまま足早に去って行く。
 残されたのは于吉と、憎悪だけ。
その憎悪が床下から漂って来る。
 考えられるのは一つだけ。
呪詛。
しかし、強い憎悪だが、この程度では人どころか鼠一匹殺せない。
素人か、素人に近い呪術師の類が拵えた小さな人形を木箱に入れ、
離れの床下に埋めたか、床下のどこかに仕掛けたかのだろう。
場所柄から、呪詛の相手は帝と推測は出来るが、断定とまでは行かない。
なにしろこことは魑魅魍魎の棲まう後宮。
表があれば当然、裏もあり、その裏も。
とてもではないが一筋縄では括れない。
それに帝への呪詛に名を借りた謀も考えられる。
 実際、霊帝の前の皇后、宋氏が数年前、「帝を呪詛した」として廃されていた。
その後、「宦官、王甫の謀であった」と噂が流れた。
今では、「宋氏は濡れ衣を着せられた」と誰もが信じていた。
その時も離れの床下から呪詛の木箱が見つかっていた。
そして木箱の中には帝の名が刻まれた人形が入っていた。
今回も・・・。
 帝には気の毒だが、呪詛は見逃すしかない。
下手に関わり、宦官の恨みを買っては後宮から生きて出られない。
熟練の道士といえど四六時中狙われては、そのうちに疲労し、確実に仕留められる。
辺りの気配を探り、誰もいないのを確認して立ち去ることにした。
 関わるつもりはなかったが、騒ぎは先方からやって来た。
 于吉は二度寝して女官が起こしてくれるのを待っていた。
朝方、いつもの女官が顔を出した。
「おはよう御座います」と。
 于吉の深夜の行動に気付いている節はない。
「おはよう」と頭だけ持ち上げて答えた。
 運ばれて来た朝食を食べていると、中庭の方で騒ぎが持ち上がった。
悲鳴、足音、怒鳴り声。
後宮全体に波及するのに時間はかからない。
間を置いて、表の王宮にまで拡散して行く。
 于吉と女官は窓に駆け寄った。
中庭の離れの辺りが騒ぎの元であった。
数多くの宦官、女官達が右に左に駆けていた。
 廊下から一際激しい足音が聞こえて来た。
その足音の主が部屋に駆け込んで来た。
いつもは温和しい顔の若い宦官が、形相を変えていた。
「于吉殿、帝が毒を盛られました」
 聞くやいなや于吉は身を翻した。
老人とは思えぬ速さ。
風のように駆けた。
群れる者達の僅かな隙間を、老人とは思えぬ力強さで掻き分け、
離れに駆け込んで行く。
 狭い離れの片隅に帝が横になり、苦しそうに嘔吐していた。
それを近習の宦官が介抱していた。
于吉は跪いて帝の手首を掴み、脈を診た。
脈に乱れはあるが、大事には至らないだろう。
心配顔の宦官に、
「大丈夫だ。もっと吐かせれば、全部の毒が身体から抜ける」と声をかけた。
 帝の為の小さな食卓を見上げた。
椅子は倒れていたが、食卓は無事で卓上には朝食が残されていた。
毒が盛られていたのなら、食事しか考えられない。
于吉は立ち上がり、それらを極少量だが、一品ずつ口に入れた。
居合わせた宦官達が、「アッ」と声を上げたが、構ってはいられない。
于吉は道士修行で毒物の知識も積んでいた。
その一環として、何種類もの毒物を何年にも渡り、極少量ずつだが口にしていた。
お陰で毒物の種類を見分けると同時に、耐性も身に付けた。
 それは汁物に混ぜられていた。
臭いがないので、余程の者でないと気付かぬだろう。




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)260

2013-08-15 20:40:30 | Weblog
 郭勝は仕事を中途で切り上げた。
残った仕事は部下の宦官達に押しつけて、自分は馬車の人になった。
郭勝は十常侍の一人として大勢の宦官を率いる立場なので、大いに自由が利く。
 この日は後宮の仕事よりも恩人との約束を優先した。
郭勝を宦官の高位に引き上げてくれた人だ。
恩人も元は宦官で、宦官生活で貯えた財産で洛陽の街中に屋敷を構え、
優雅な隠居生活を送っていた。
名を擁昂。
中常待まで勤め、「油断の無い人」と知られていた。
 昨夜、擁昂から使いが来た。
「于吉、赤劉家」とだけ書かれた文を手渡された。
 気にならない分けがない。
後宮で養生している于吉の部屋で、于吉の見舞いに訪れた赤劉家の者達が、
帝と鉢合わせをした。 
それを知った多くの者達は、何一つ疑問には思わず、
「鉢合わせして、赤劉家の者達は驚いたろう」と気の毒がった。
 だが、一部の者達は鉢合わせが偶然だとは信じなかった。
「何らかの事情で鉢合わせを演じたのであろう」と深読みし、
「宋典なら事情を知っているであろう」と仲間内で噂した。
郭勝もその一人。
 だからといって、公然と宋典に問い質す者はいない。
宦官に敵対する勢力には、宦官は一致団結して立ち向かう。
しかし、相手が同僚の宦官では勝手が違う。
生きて行ける場所は後宮しかないので、それぞれが必死なのだ。
面従腹背は当たり前。
刃物の代わりに言葉で相手を地獄に叩き落とす。
どうしようもない時には密殺もある。
現に年に何人かが病死として処理されていた。
まさしく魑魅魍魎の世界。
 迂闊に一人を敵に回せば、必ず漁夫の利を狙う者が出て来る。
「気がついた時には、争っていた二人が後宮から追われていた」
なんてのは日常茶飯事。
疑問があっても、疑問は疑問として抱えて生きて行かねばならない。
 そういうことから郭勝は擁昂の文に心を躍らせた。
使いに、「明日、昼過ぎに伺います」と返事を持たせて帰した。
 後宮の事なのに、
「現役の者より隠居した者の方が詳しい」というのも変な話しではある。
が、無視は出来ない。
擁昂は今もって後宮に人脈を保持しているのだ。
とにかく、鬼が出るか、蛇が出るか、楽しみではある。
 郭勝は途中で仕入れた手土産を、玄関前に出迎えてくれた擁昂家の家宰に渡した。
「お孫さんと若奥様に」と。
 擁昂は遠縁の娘を養女とし、武官の次男を婿養子にしていた。
この三人の家族関係は羨ましいくらい上手くいっていた。
 表の客間ではなく、奥に案内された。
内密の話しがある場合は、たいていここであった。
使用人の耳を憚っての事だ。
 擁昂がにこやかな顔で現れた。
「待たせたかな」と。
 女子衆が次々と酒と肴を運んで来た。
とても二人で飲み食い出来る量ではない。
「多すぎませんか」と困惑する郭勝。
 擁昂は気にも留めない。
「残れば、下働きの者達が喜ぶ」
 二人だけになったところを見計らい、郭勝が問う。
「于吉と赤劉家の事ですが、何かあるのですか」
「于吉が徐州の赤劉家当主と親しいことなら知ってるな」
「はい」
「洛陽にいる赤劉家の娘が、于吉を見舞った事も知ってるな」
「当然です」
 擁昂が両眼に力を込めた。
「赤劉家の家宰が一昨日、我が屋敷を訪れた。
・・・。
丁寧に、色々と聞かれた。
于吉や、昔のありとあらゆる事。
・・・。
于吉の見舞いで赤劉家の者達が帝と鉢合わせしたそうだが、それと関係あるのかな。
妙な噂をする者もいるそうだが」

 妙な気配を感じた。
気配は外からだ。
于吉は、そっと半身を起こした。
辺りを静寂と暗闇が支配していた。
おそらく深夜だろう。
巡回の者の足音みのが、遠くに聞こえた。
二人一組に違いない。
 軽い身のこなしで床に降り立った。
于吉が病み上がりの老人ということで、油断しているのか、見張りは付いていない。
廊下に忍び出た。
無駄に柱の出っ張りのある廊下なので、あちこちに陰が出来ていた。
その陰を利用して移動した。
長年の修行の成果か、巡回の者共の目を誤魔化すのは赤子の手を捻るようなもの。
 気配のする中庭に出た。
月明かりの届かない場所を選んで移動した。
年を取っても夜目は健在。
気配の元を見つけた。




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)259

2013-08-11 08:16:26 | Weblog
 詳しい経緯は知らないが、于吉の弟子を自称する者が、三十年以上も昔に、
『太平清領道』なる巻物を時の帝に献上した事があった。
ところが、書の内容を吟味した者達が、「虚偽の書である」と断定。
巻物すべてが焚書処分にされた。
 以上が、劉芽衣が母から昔に聞かされた話だ。
献上した者の処分までは覚えてないが、何らかの罪を得たのは確かだろう。
 真っ先に頷いたのは、洛陽生まれの夫、韓秀。
「そう言えば、そういう騒ぎがあったな」と。
「ありましたな」と康も同意した。
 二人とも当時は子供で、その手の話題には興味がなかった。
それで詳細を知らない。
 徐州生まれの劉芽衣は方術修行の真っ最中だったので、同業者への興味もあり、
母に幾つかの質問もしていた。
それに、「于吉は母の古くからの友人」という縁もあった。
お陰で、事件の概要は今でも覚えていた。
 韓秀が疑問を口にした。
「あの時の道士は、于吉殿の弟子と自称していたらしいが、それは本当なのか。
それに何故、献上したのか。
献上自体、于吉殿の許しを得ての事だったのか。
虚偽の書と断定したのは、どういう根拠だったのか。
断定したからには、本物を知っていたのか。
それに肝心な点は、『太平清領道』は于吉殿の所有する物だったのか」
 ここまで韓秀が熱を込めるとは珍しい。
 康も負けずと疑問を口にした。
「『太平清領道』で評判を落としながらも、于吉殿は先帝や先々帝に招聘されています。
結果としては、追われるようにして王宮を去りましたが、
その辺りの事情が気になりますな」
「疑問の答えは王宮にあるようですね」と若年の篤。
 康が倅を振り向いた。
「そうだ。答えは王宮にある。
だが帝の手に届かぬ所にある。
あの方は所詮は養子、接ぎ木でしかないからな」
 韓秀が笑う。
「手厳しいな。
それじゃ、帝が可哀相だ」
「事実です。
宦官に取り込まれている事にすら気付いておられぬ。
今回の一件にしても、王宮外の小事だから宦官達が、お目こぼししているだけ。
後宮に及ぶ一件だとなると、態度も変わるでしょうな」
「それでも疑問に答えてくれるのは宦官しかいない」と韓秀が劉芽衣に言う。
「知っているとしたら古手の宦官よね。
連中は狐狸のようで、厄介この上ないわ。
こちらが一つ尋ねると、逆に三つ、四つも聞き返してくる。
どうしたら良いかしら」
「宋典殿に頼むしかないだろう」
 劉芽衣としては気乗りしない。
「あの者を信用しても良いのかしら」
「そこまで疑うか。
気持ちは分かるが・・・。
帝と我らを繋ぐ者は、あの者だからな。
それに力のある宦官であるのは間違いない」
 劉芽衣は別の可能性を見出した。
「後宮の宦官でなく、隠居した宦官はどうなの」
 宦官の高官ともなると、
洛陽の街中に屋敷を構えて後宮に通う事が許される時代になっていた。
のみならず、血縁の者を養子に迎えて家を存続させる事も。
為に、高齢、病気を理由に職を辞し、街中の生活を謳歌する者が出始めていた。
 韓秀が感心した。
「良いところに目をつけた。
連中なら王宮の様々な事を知っている。
公文書よりも詳しいだろう。
表だけでなく、裏の裏まで」
 康も賛同した。
「権力闘争からも身を引いているので、現役の宦官よりは話易いでしょうな」
 若年の篤が結論を述べた。
「接触するのは商人と隠居した宦官ですね」




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)258

2013-08-08 20:56:37 | Weblog
 屋敷に戻った劉芽衣は康を呼んだ。
洛陽屋敷を長年に渡って取り仕切っている家宰である。
家は、家臣筆頭格の朱家とは同格で、朱家が赤劉邑を取り仕切っているのに対し、
ここ洛陽の屋敷を預かり、あらゆる交渉事を一手に引き受けていた。
 康が、いつものように人当たりの良い顔で、「何かご用ですかな」と現れた。
洛陽の生まれで、劉芽衣よりも八つ年上。
その康が部屋の空気を読んで、先に提案した。
「倅を同席させても宜しいですかな」
 異論はない。
 康は廊下に控えさせていた息子を呼び入れた。
呆れるくらいに手回しが良い。
事態が漏れていたのか。
それとも康の長年培った経験からか。
 細身の青年が、軽い足取りで康の隣に腰掛けた。
家の総領息子で名は篤。
顔も性格も父親に似ていた。
 劉芽衣は二人に帝の密命の一件を明かした。
文官の蔣堅を訪れたことも事細かく説明した。
「前もって打ち明けなかった事を抗議される」と覚悟していたが、そんな事はなかった。
 康が言う。
「当家の探索方は太平道に伝手を持っておりません」
 探索方自体が少人数であった。
「それは分かっているわ。
でも、貴方が何とかしてくれるでしょう」
 康が苦笑い。
「買い被りですよ」
「でも、打つ手はあるわよね」
 康は首を傾げた。
ちょっと考え、「気心の知れた商人がおります。その者を使いましょう」と。
「どうするの」
「その者を間に入れて、太平道と付き合いのある商人から仕入れるのですよ。
あらゆる噂話、内緒話を。
払うものを惜しみなく払えば、必要な物が手に入るかもしれません。
自信はありませんが、それが一番手っ取り早い方法ではないでしょうか」
「そうね、急ぎの仕事だから、それで行きましょう。
分かってるとは思うけど、相手は選んでよね」
 康は、「お任せを」と応じながら、
表情を硬くして、「それより、ちょっと気になる事があります」と言う。
「何かしら」
「于吉殿は、襲われる理由が分からない、と言う話しですが、
それを鵜呑みにしていいのですかな」
 劉芽衣も頭の片隅に置いていた。
「于吉の言葉を全面的に信用してはいけない」と。
「欺くというより、世間に知られたくない事情があるのではないか」とも。
そこで、「鵜呑みにはしてないわ」と答えた。
 康が軽く頷いた。
「知りたくない話しが出て来るかも知れませんね」
 倅の篤が口を開いた。
「于吉殿も、太平道の張角も道士として広く知られています。
なのに争うとなると、普通の事ではなく、道士としての何か、何かがあるのでは」
 親に似て読みが鋭い。
「具体的には」
「道士としての宗派の後継者争い」
「良いところに目を付けたわね。
于吉殿も、張角も、仙人について学んだ、と聞いた事があるわ。
同じ仙人について学んだのかどうかは知らないけど、
でも、その辺りも調べてみる必要があるわね」
「その仙人の名が分かりますか」
「覚えてないわ」
「その仙人は本物ですか」
 思わぬ点を突いて来た。
本物・・・。
「本物とは」
「本物の仙人は何百年も生きていると聞いています」
 世間一般的な答えに劉芽衣は表情を崩した。
仙人になる為に仙道という修行がある。
赤劉家の方術修行にも取り入れられていた。
しかし、何百年も長生きしている仙人には出会った事がない。
仙人は噂でしか知らない。
・・・。
 思い出した。
仙人が著したという噂のある神書を。
『太平清領道』という。
その教えは、ごく一部の道士にのみ伝わっているそうだ。
これに于吉や張角が関係しているのであろうか。




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)257

2013-08-04 08:49:09 | Weblog
 後漢王朝の政務を担うのは外朝と呼ばれていた。
三公九卿に任命された人々が中心となり、大勢の官吏を使い、後漢を運営していた。
三公とは太尉、司徒、司空。
九卿とは太常、太僕、大司農、光禄勲、廷尉、宗正、衛尉、大鴻臚、少府。
彼等大臣が寄り集まり、合議で裁定を下していた。
 もっとも最近は内朝が政務を主導する傾向が強くなった。
内朝とは帝の私的な使用人である宦官を中心とした者達を指す。
尚書、侍中、中書の三役が中心となり、「帝の意向である」として、
外朝をも凌ぐ権力を見せつけた。
 翌々日、劉芽衣と韓秀が二人して訪れたのは蔣堅という文官であった。
彼が宮廷から下がったのを確かめて訪れた。
 蔣堅は大鴻臚に仕える官吏の一人で、身分も家格も低い。
しかし縁者の多くが、男子は官吏、女子達は後宮勤めで、
思いの外、王朝に広く深く根を張っていた。
しかも韓秀とは昔からの友人で、赤劉家には何度も顔出ししており,
今では劉芽衣とも顔馴染み。
口は軽いが、人柄は信用が置けた。
 二人が手土産に持参したのは西域から運ばれた布地と、洛陽近郊の酒樽。
布地は蔣堅の奥方に、酒樽は当人に選んだ物。
 恐縮した顔で彼と奥方が出迎えた。
「これはこれは、言って頂けたら私から出向きましたものを」
 小柄な身体を、より小さくして挨拶した。
韓秀とは友人でも、赤劉家の家格は遙かに高い。
それを意識したものだろう。
もっとも、それは当初だけ。
狭い客間に二人を招き入れ、酒が入ると気分が楽になったのか、いつもの調子。
口が軽くなった。
役所、大鴻臚で仕入れた噂話しを、水が漏れたかのように喋る、喋る。
 大柄な奥方が嬉しそうに酒と肴のお代わりを運んで来た。
「ごめんなさいね。この人、話し好きだから」
 話し好きの域を越えていた。
 相手の口が軽くなったところで劉芽衣が本題に入った。
「私達が後宮の于吉殿を見舞ったのは知ってるでしょう」
 蔣堅が表情を、さらに柔らかく崩した。
「ええ、聞いてます。
何でも、帝が途中から来られたとか。
あれでは、赤劉家の方々が腰を抜かすほど驚いたろうと、みんなが気の毒がりました」
「そうね、鉢合わせした当方としては、大いに慌てたわ」
「あの方は人を驚かせるのが好きですからね」
「そうなの、わざと驚かせるの」
「そのようです。
特に後宮では、いつも女達を驚かせてばかりのようです」
「どんな風に」
 蔣堅は肩を竦めた。
「聞いた話では物売りです。
お気に入りの宦官に屋台を引かせ、色々な物を売り歩くのです。
つまらない物から、西域から運ばれた高価な物まで。
まるで商人です。
お育ちが、お育ちだから、しようがないのかも知れません」
 噂では聞いていた。
「帝は自由に使えるお金に不足しているそうね」
「そうなのです。
地方の官吏が誤魔化し、途中で宦官が抜くので、年々、国庫に入るのが減ってます。
だから今では、近衛兵を減らそうか、という話しがあるくらいで」
「近衛兵は減らせないわよね」
「そうなんです。兵数が王朝の柱ですからね。
他に減らすもの、と言えば・・・、宦官」
 劉芽衣は同意はしなかった。
この家は、家格は低くとも使用人が数人いた。
どこで誰が聞き耳を立てているのか分からない。
用心に越したこと事はない。
なので劉芽衣は慌てて話題を変えた。
「于吉どのの容体はどうかしら。何か聞いてない」
「割と元気だそうですよ」
「崇山で襲われたそうだけど、いったい何者に襲われたのかしら」
「ただの山賊、盗賊の類ではないようですね。
襲った連中の顔を晒したのですが、麓の者達が知らぬ顔ばかりだったとか」
「役所は何か手を打ったのかしら」
 蔣堅が首を捻った。
「そういえば、そういう動きはないですね。不思議ですね」
 不思議がられても困る。
ここは一つ、蔣堅の関心を逸らす必要がある。
「うちの家と于吉殿の古い付き合いは聞いているでしょう」
「ええ、同じ徐州なので昔から親交があるそうですね」
「于吉殿が後宮から出られたら、うちの洛陽屋敷に招くか、徐州の邑に招くか、
どちらかになると思うの。
それで時々でいいから、于吉殿の様子や、
襲った者達の正体の噂話を聞いたら教えて頂きたいの」
 話の辻褄を合わせた。
これで蔣堅や、聞き耳を立てていた者がいたらだが、その者も納得させられた筈だ。




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

白銀の翼(洛陽)256

2013-08-01 20:53:54 | Weblog
 宋典が後宮から下がる赤劉家の者達の案内に立った。
見舞いの鉢合わせを演じたものの、人の口に戸は立てられない。
憶測だけの噂が流れるのなら良いが、図星を突かれては堪らない。
特に避けなければならないのは、
後宮からの帰路に、興味本位の高官に呼び止められて質問されることだ。
何を問われるかが分からないだけに、避けるに越したことはない。
そこで帝は宋典に、「人目につきにくい通路を選ぶように」と指示した。
 幸い王宮は広く、建物も通路も多い。
一般通路から、下働きの者専用の通路、帝専用の通路、隠し通路、軍用の通路、
遺体搬送等の汚れ専用の通路。
多種多様な通路に加え近衛兵の立哨、巡回もあり、
誰に遭遇するかは、その時にならなければ分からない。
 宋典のお陰で行きも帰りも、好奇の目に晒される事はなかった。
時折擦れ違ったのは下働きの者達や近衛兵達のみ。
敢えて声かけようとはしない者ばかり。
それでも彼等の噂話の種にはなるだろう。
 赤劉家の馬車が動き出すのを宋典が見送ってくれた。
その際、「何か困ったことが起きましたら、私に」と力強い言葉。
 馬車は二両。
前の馬車に劉夫妻。
後の馬車には息子二人。
供揃えは平服の騎馬隊のみ。
前方に五騎。
殿に五騎。
家格にしては少ないが、無位無冠の赤劉家には相応しい供揃えだろう。
 赤劉家が与えられた屋敷は外郭の内で、北門の傍にあった。
北門が破られた際に砦の役を務められるような造りで、周りの町屋を圧倒していた。
宮殿勤めの高官達の屋敷に比べても遜色はない。
 家臣達には、「帝に呼ばれた」とは言っていない。
「于吉殿を見舞って来る」と説明しただけ。
宋典のことも、「于吉殿に頼まれて来ただけ」と説明しておいた。
于吉と赤劉家の付き合いを知っているので、誰も疑問は抱かないだろう。
 その証拠に、出迎えに重臣の姿はない。
通常の外出扱い。日常業務を優先しているのだろう。
 これ幸い、劉芽衣は自室に戻ると息子二人に、
「帝に会ったことは忘れなさい。
人に聞かれたら于吉殿の事は喋ってもいいけど、
帝に会った事、命ぜられた事、何一つ喋ってはいけません。
いいわね」と口止めした。
 上の息子は理解したようで、「はい」と強く頷いた。 
しかし、下の息子は理解出来ないのか、「喋ったらどうなるの、怒るの」と聞いてきた。
 そこで劉芽衣は優しく答えた。
「怒らないわ。その時は親である私が悪いの。
だから貴方の代わりに私が自害するわ。
それが責任というものよ」と言い切った。
 虚を突く答えに息子二人が固まった。
 夫、韓秀が助け船。
「お前達二人が黙っていれば、何も起こらない」と。
 帝の時と場所をわきまえない発言が、今になって悔やまれた。
息子二人が一緒の時に密命を下さなくともよいものを。
人としての性格は良さそうだが、思慮が足りないのではないだろうか。
そして、その密命に馬鹿正直に従ってよいものだろうか。
 二人の息子を退出させ、夫と二人きりになると思わず長い溜め息が出た。
途端に韓秀が笑う。
「はっはっは、それが本音か」
 いつも夫には心中を見透かされた。
「そうよ、いけない」
「構わない。
それでどうする。誰に探索を命じる」
「少し様子を見ましょう。
まずは・・・、そうね。
探索の者を出す前に宮廷内の動きを探る必要があるわね」
「そうか、そういう事か。
帝の周辺から密命が漏れているかも知れない、と疑っているのだな」
「船に乗ったはいいが、穴あきでは困るでしょう」
 韓秀が言う。
「それなら最適な奴がいる。
宮廷勤めの文官ながら後宮にも詳しい。
ほうれ、お前も知っているだろう。あいつだ」
 劉芽衣も同意した。
「あの者ね。
あの者なら酒を飲ませれば口も軽くなるわね」




ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

* フォントサイズ変更

* フォントサイズ変更 * drop here