朝、豪姫の一行が宿屋を発った。
迷う事無く武蔵へ向かった。
昨夜の慶次郎の説得は効を奏さなかった。
一夜にして同行する人数が増えていた。
慶次郎や幸村主従が加わったのだ。
さらに陰供していた宇喜多家や猿飛の忍者達も姿を現した。
ヤマトの邪魔立てがなくなったので、馬を買い集め、全員が騎乗していた。
後尾の慶次郎が道端の木陰に愛馬・鈴風を寄せた。
さり気なく、「ヤマト」と呼びかけた。
枝から黒い塊が、鈴風の背に跳び下りた。
「見つかったみたいだね」
鈴風は大柄な黒猫が勝手に背に乗っても意に介さない。
慶次郎がヤマトをそっと抱き上げた。
「見つかり易いように隠れてたんだろう」
「そうなんだがね」
「詳しい話は猿飛の忍者から聞いた。どうして豪姫に話さないのだ」
「豪姫のあの性格、話を聞けば武蔵にへ下るだけでは満足せず、
天魔が現れれば、自ら先頭に立って戦うと言い張るだろう」
慶次郎は苦虫を潰したような顔をした。
「そうか、そうだな。しかし天魔の話は本当なのか」
ヤマトは大きく目を見開いた。
「猫は嘘つかない。・・・たぶんね」
「あいかわらず喰えん奴だな」
「猫を食おうというのが間違いだよ」
慶次郎は鼻で笑った。
「言ってろ」
「豪姫には武蔵へ下る事だけで満足させる。
天魔と衝突する事態になれば、鬼斬りを豪姫には触らせない。
実に単純な話さ。
天魔の話だけは豪姫の耳に入れては駄目だよ。
無事に京に連れ戻したければね」
その鬼斬りは藤次が背中に括りつけるようにして背負っていた。
それに目を遣りながら慶次郎が答えた。
「わかった、そうしよう。藤次や無二斎には話しておいた方がいいだろう」
「それは任せたよ」
「ところで、佐助と若菜はどうした」
「武蔵に先行させた。天魔の気配を探らせる為にね」
「人使いが荒い猫だな」
「そういうお主等だって猿に使われているではないか」
猿とは豊臣秀吉を指していた。
慶次郎は嫌な顔をして、「武蔵で会おう」とヤマトを宙高く放り投げた。
ヤマトは二・三回転してから、捻りを入れて着地した。
そして、「ミャー」と鳴いて草薮に姿を消した。
表から木刀で打ち合う音が聞こえてきた。
郎党の誰かが長男・隆太郎の相手をしている。
厨からは包丁で何かを切る物音が響いてきた。
女房の茜が下働きの女と朝飯の準備をしている。
廊下を駆けてくる小さな足音は娘の栞。
この部屋に、「お父様」と飛び込んで来る筈だ。
が、いつまで待っても襖が開けられない。
しだいに全ての物音が聞こえなくなった。
木村弘之は目を覚ました。
鎧兜を外し、着の身着のままで板敷きの小部屋で寝ていた。
破れた障子から陽が差し込んでいた。
今居る場所は・・・。
川越の外れにある無住の寺だ。
一年前に住職が死去してからというもの、無住のままでいた。
幸いにも人家から離れていたので、退却先にするのに都合がよかった。
昨夜、彼は配下五人を率いて、城方の者達を蹴散らした。
そして退却先とは逆方向へ逃げた。追手の目を逸らす為だ。
追手を振り切った事を確認してから、大きく迂回して退却先に向かった。
この無住の寺には信平等が先回りしていた。
誰一人として欠けていなかった。怪我人はいたが軽傷であった。
目から涙が零れてくる。拭う事はしない。
再び目を閉じた。
もう一度寝て、そして再び目覚めれば・・・。
「これは夢に違いない。目覚めれば全てが元に戻っている」と思った。
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迷う事無く武蔵へ向かった。
昨夜の慶次郎の説得は効を奏さなかった。
一夜にして同行する人数が増えていた。
慶次郎や幸村主従が加わったのだ。
さらに陰供していた宇喜多家や猿飛の忍者達も姿を現した。
ヤマトの邪魔立てがなくなったので、馬を買い集め、全員が騎乗していた。
後尾の慶次郎が道端の木陰に愛馬・鈴風を寄せた。
さり気なく、「ヤマト」と呼びかけた。
枝から黒い塊が、鈴風の背に跳び下りた。
「見つかったみたいだね」
鈴風は大柄な黒猫が勝手に背に乗っても意に介さない。
慶次郎がヤマトをそっと抱き上げた。
「見つかり易いように隠れてたんだろう」
「そうなんだがね」
「詳しい話は猿飛の忍者から聞いた。どうして豪姫に話さないのだ」
「豪姫のあの性格、話を聞けば武蔵にへ下るだけでは満足せず、
天魔が現れれば、自ら先頭に立って戦うと言い張るだろう」
慶次郎は苦虫を潰したような顔をした。
「そうか、そうだな。しかし天魔の話は本当なのか」
ヤマトは大きく目を見開いた。
「猫は嘘つかない。・・・たぶんね」
「あいかわらず喰えん奴だな」
「猫を食おうというのが間違いだよ」
慶次郎は鼻で笑った。
「言ってろ」
「豪姫には武蔵へ下る事だけで満足させる。
天魔と衝突する事態になれば、鬼斬りを豪姫には触らせない。
実に単純な話さ。
天魔の話だけは豪姫の耳に入れては駄目だよ。
無事に京に連れ戻したければね」
その鬼斬りは藤次が背中に括りつけるようにして背負っていた。
それに目を遣りながら慶次郎が答えた。
「わかった、そうしよう。藤次や無二斎には話しておいた方がいいだろう」
「それは任せたよ」
「ところで、佐助と若菜はどうした」
「武蔵に先行させた。天魔の気配を探らせる為にね」
「人使いが荒い猫だな」
「そういうお主等だって猿に使われているではないか」
猿とは豊臣秀吉を指していた。
慶次郎は嫌な顔をして、「武蔵で会おう」とヤマトを宙高く放り投げた。
ヤマトは二・三回転してから、捻りを入れて着地した。
そして、「ミャー」と鳴いて草薮に姿を消した。
表から木刀で打ち合う音が聞こえてきた。
郎党の誰かが長男・隆太郎の相手をしている。
厨からは包丁で何かを切る物音が響いてきた。
女房の茜が下働きの女と朝飯の準備をしている。
廊下を駆けてくる小さな足音は娘の栞。
この部屋に、「お父様」と飛び込んで来る筈だ。
が、いつまで待っても襖が開けられない。
しだいに全ての物音が聞こえなくなった。
木村弘之は目を覚ました。
鎧兜を外し、着の身着のままで板敷きの小部屋で寝ていた。
破れた障子から陽が差し込んでいた。
今居る場所は・・・。
川越の外れにある無住の寺だ。
一年前に住職が死去してからというもの、無住のままでいた。
幸いにも人家から離れていたので、退却先にするのに都合がよかった。
昨夜、彼は配下五人を率いて、城方の者達を蹴散らした。
そして退却先とは逆方向へ逃げた。追手の目を逸らす為だ。
追手を振り切った事を確認してから、大きく迂回して退却先に向かった。
この無住の寺には信平等が先回りしていた。
誰一人として欠けていなかった。怪我人はいたが軽傷であった。
目から涙が零れてくる。拭う事はしない。
再び目を閉じた。
もう一度寝て、そして再び目覚めれば・・・。
「これは夢に違いない。目覚めれば全てが元に戻っている」と思った。
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