金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(光の中へ)178

2012-10-28 08:18:18 | Weblog
 毬子は光体の正体を見極めようと目を凝らすのだが、
それはユラユラと揺れ動きながら藍色に点滅を繰り返すのみで、どう見ても霧そのもの。
点滅するから存在が視認出来るのであって、
点滅しなければ存在そのものが見えないであろう。
初見だか、蚊、羽虫、蛍等の生き物とも思えない。
危害を加えられる恐れも考えられない。
それに手を伸ばして掴もうとするが、手が動いたことによって風が生まれたのか、
流されるようにスウッと離れて行く。
 月も星も何一つ見えない。
藍色に点滅する霧の世界がどこまでも続いた。
暑さも寒さも感じない。
方位も分からない。どちらが北で南なのか。
時間の経過すら分からない。
 ポケットからマスホを取り出した。
が、圏外を示していた。
これで一つ分かった。
現代の文明機器が役に立たない世界であると。
 加えてもう一つ。
自分達が動いているのが分かった。
川にでも流されたかのように、
だだっ広い宏大な空間の中を一定方向に直線的に移動していた。
その速度はきわめて緩やかに思えた。
 余裕が生まれた分けではないが、ヒイラギの感情が不思議と冷静なのに気付いた。
ついさっきまでは熱かった。
毬子同様に心騒がせていた。
それが何時の間にか、知り尽くしたかのような大人な態度。
 毬子の疑問を読んでヒイラギが答えた。
「この世界なら来た覚えがある」
「どういう世界よ。
死後の世界なの。私達、死んでしまったの」
「俺とかは死んでいるが、お前は死んじゃいないよ。
それに、あの時は俺だけじゃなく、敵味方大勢が死んだ。
死霊となった者達は上へ上へと、宇宙に昇って行くのだが、
その中で俺と騅だけが、死んだ者達の列からスピンアウトしてしまった。
スピンアウトして飛び込んだのが、この世界という分けさ」
「それは喜んで良いの、良い話なの」
「あの時と同じなら、出口に繋がっている筈だ。現世に戻る出口にな」
 期待が生まれた。
 毬子は点滅する色が微妙に変化しているのに気付いた。
藍から青に色変わりして行く。
やがて青一色の世界。
普通に何の変哲もない青。
ここでも霧状の光体が点滅を繰り返していた。
色が藍から青に転じただけで、毬子を取り囲む状況は何ら変化しない。
 ヒイラギが、「これも前と同じだ」と言って毬子を安心させた。
 それも束の間、風邪の時とは違う種類の熱さを感じた。
全身が、爪の先から髪の毛の先端までもが熱を帯びた。
だけではない。
乗っている騅からも感じた。
両の太腿を通じて分かった。
なんと、「風神の剣」も熱を帯びてきた。
持つ掌が熱い。
火傷こそしないが熱い。
 再びヒイラギが、「これも前と同じだ」と言うのだが、冷静ではいられない。
 間を置かずに発光が始まった。
摩訶不思議にも、同時に毬子の身体が分解して行く。
手足、胴体とかに大きく分かれるのではなく、細かい霧状に。
自分の身体だけでなく、騅も、「風神の剣」も。
痛みも何も感じない。
疑問、疑念が膨らむのみ。
分解しても思考能力は残っているらしい。
 分解が進むにつれ様々な色が点滅を開始した。
赤、青、黄、緑、紫、・・・。
まるで繁華街のネオンサイン。
それらの多くは自己主張しながらも、
次の瞬間には吹き飛ばされるかのように、毬子の周辺から離れて行く。
「どうやら服飾品とかの、本体とは無関係な物は剥がされるようだな」とヒイラギ。
 確かにそのようで、四つの色だけが残った。
大雑把に言えば、白銀色系統が二つに赤色系統二つ。
そしてそれらは、霧状だか、本来の形状を表す事によって自分を主張していた。
白銀に点滅する天馬は騅そのもの。
刀剣の姿は明らかに、「風神の剣」。白銀なのだが、光沢が妙に違っていた。
騅が前に出る目映い白銀なら、「風神の剣」はひっそりとした孤高の白銀。
 当の毬子は赤。
人型の形状をしている赤がピュアな赤なら、
それに組み込まれている鮮血を思わせる赤がヒイラギであろう。
毬子は人としての目は失ったが、どういう仕組みか、視認する事が出来た。
ヒイラギの存在が、形状がはっきりと見えた。
それは毬子の頭部にあり、痣のように張り付いていた。
「俺は痣か」とヒイラギが笑う。
 毬子から戸惑いも恐怖も消えていた。
摩訶不思議に勝るものなし。
「もしかして今の私は裸なの」
「そのようだな」
「寒くはないわね。で、この状態は何なの」
「授業で習ったろう。分子、原子、中性子に素粒子。物を構成する最小単位だ。
最々小単位かな」
 毬子の思考が一時停止した。
習った覚えなどない。
「・・・。・・・本当に」
「お前が居眠りしてる間にな。
俺が聞いて、脳内に記憶して置いたがテストは赤点だった」
「それは申し訳ない」
「次から授業に出たらしっかり勉強してくれよ」
 返す言葉がない。
そこで話題を変えた。
「死霊となった者も分子、原子の最小単位になるの。
死んで単位の元となる実体は無くなったと思うけど」
「ほう、その手のことには鋭いな。
それは神様に会ったらだが、神様に聞いてくれ。俺には答えられない。
・・・。
もしかして、たぶんだが、
姿そのものが見えなくても、存在するのなら、分解される対象なのだろう」
「そうか。それで、元の姿に戻るのよね」
「そうなると毬子は衣服を失ったから裸だとは思うがな」
「裸で元の世界に戻るの。困ったわね」
 困っていると青色の世界の先に極彩色に点滅する世界が現れた。
ありとあらゆる色があった。
それらが、せわしなく動き、点滅を繰り返していた。
そこに否応なく流されて行く。
 原子か、素粒子かは知らないが、それらがあらゆる角度から飛んで来て、
付近を素通りするのもあれば、毬子達を突き抜けて行くのもある。
前から後ろから、上から下から、右から左から、斜めから。
直線もあれば、曲線もあり。
四方八方から飛んで来て、それぞれの決まった速度で飛び去って行く。
慣れると点滅せぬ色のない透明な物質が飛来するのも感じ取ることが出来た。
 多くは干渉せずに互いを突き抜けるのだが、たまに干渉して弾き合うのもあれば、
融合して膨らむのもあり、消滅するのもあり。
違う色彩の光体と光体がぶつかり、火花を散らすと、それはそれで美しい。
まるで線香花火のよう。
単純な動きだが、見ていて飽きない。
毬子達には何の害も及ぼさないので安心して見ていられた。
 ところが、前方より飛来する光体を目にした瞬間、何やら危惧を覚えた。
確信はないが嫌な予感がした。
それはヒイラギも同様らしい。
互いの意識がリンクし、警戒警報を鳴らした。
 しかしどうする事も出来ない。
回避を試み、騅を動かそうとするが、流されている状態から脱する事は出来ない。
毬子達は決められた軌道上を走るだけの存在でしかない。
乗せている騅も外れようとはしない。
 それは毬子やヒイラギと同じ赤色の系統であった。
二人に比べ、より鮮烈に点滅し、自己を主張する赤。
それが毬子の胸に向かって来た。
突き抜けずに直撃する。
痛みというより、電撃が全身を走った。
落雷を受けると、こういう衝撃を受けるのかも知れない。
毬子とヒイラギの二人は気が遠くなった。
騅も、「風神の剣」も巻き添えを食らい、これまた気を失う。
 いつしか緑色に点滅する世界に流されていたが、誰一人として目を覚まさない。
流される速度が上がっても誰も目覚めない。
さらに流れが早まる。
 流れが荒くなり、毬子達は新たな世界に、滝から落とされるようにして放り出された。
満天には星々が輝き、月が笑っている世界。




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白銀の翼(光の中へ)177

2012-10-25 20:03:18 | Weblog
 毬子は戸惑いを覚えると同時に恐怖にも駆られた。
乗った馬が雲を突き抜け、成層圏に達しようとしていたからだ。
この先どうなるのかが分からない上、地上に戻る術もない。
 ヒイラギが声を落として慰めてくれた。
「俺がついている。どんな事が起きようと一緒だ」
 何が起こるというのか。
いや、すでに起こっているし。
 不意に絹を引き裂くような悲鳴が脳内に響き渡った。
「ウッギャー」とサクラ。
「どうしたの」
「どうしたも、・・・こうしたもないわ。
ウッゥー。
伸ばしている触手が限界にきたみたい。千切れそう」
 サクラは『烏鷺神社』の精霊。
参拝客の願い事が積もりに積もって言霊に昇華し、
さらに年月を積み重ね、ついには精霊にまで上り詰めた。
それがサクラ。
精霊としての本体は烏鷺神社にあり、毬子の側には触手を伸ばして遊びに来るだけ。
その触手にも限界があった。
旧江戸内から外に伸ばすほど長くはないのだ。
それなのにここまで律儀に付き合ってくれた。
一人痛みに耐えていたのだろう。
 毬子は自分の立場も忘れてサクラを説いた。
「サクラ、私は大丈夫、ヒイラギや騅が付いていてくれるから。
アナタは怪我しないうちに神社に戻りなさい」
「そんな、・・・」
「アナタだけでも戻って、みんなに伝えて欲しいの。
特にお婆ちゃんに。
私は元気だし、必ず生きて戻るからって」
 珍しくサクラの声が小さくなった。
「マリ、・・・。
・・・。
分かったわ。みんなに伝える。
毬子は必ず生きて戻るって。
お婆ちゃんや百合子には特に。
毬子、本当に生きて戻るのよ」
 ヒイラギが力強く言う。
「マリは俺に任せろ」
「頼むわよ」とサクラ。
 サクラの気配が遠ざかる。
戻るように言ったものの、いざ戻られたら寂しいもの。
であるが弱音は吐かない。
 ヒイラギが、さも馬鹿にしたように問う。
「お婆ちゃんや百合子は分かるが、好きな男に伝言はないのか」
「そんなのいないわよ。私に居候しているんだから、分かるでしょう」
「分かってはいるが、念の為にな。やっぱり百合子がいいのか」
 分かってるくせに聞いてくる。
毬子はヒイラギの態度にむかついた。
「変な意味で聞いてるの」
 ヒイラギが変にドギマギする気配。
「そうじゃない。そうじゃない。・・・そうじゃないんだ」
 窮するなんて、ヒイラギにしては珍しい。
「百合子は大事な大事な女の子の友達よ」と毬子は言い切り、
「私が男に生まれていれば良かったのよね」と重ねた。
 初めて本心を口にし、胸のつかえが下りた気がした。
 ヒイラギが溜め息混じりに問う。
「男に生まれたかったのか」
 百合子への感情とは別に、「男に生まれたかった」とは心底から思っていた。
「そうよ。
お爺ちゃんは私に厳しく剣を教えてくれたけど、必ず一線を引いていたわ。
たぶん私が男だったら、そんな遠慮はなかった筈よ」
「薄々はマリの気持ちには気付いていたけど、本気だったんだ」
「アナタは私の感情の中にはズカズカと入ってこなかったものね。
ありがとう。
アナタは口は悪いけど優しいのよね」
 ヒイラギが苦笑い。
「爺さんが一線を引いていたのは、マリが女で、いずれ子を成す母体だから、
それを壊したくなかったんだろう」
 女は出産するだけの道具と認識している発言で、聞いていて嫌になる。
「私は出産する機械なの」
「違う、違う。
爺さんはそうは思ってなかった筈だ。
巣鴨の榊家で若いのはマリ一人。
年寄り二人が死ねば、本当の一人ぼっちになってしまう。
それじゃ寂しいだろう。
爺さんとしてはマリが良き伴侶を得、子沢山の家庭を築けば幸せになる、
そう考えていたんだろう」
 確かにそうかも知れない。
ヒイラギの推測に間違いはないだろう。
 不意にサクラの声が届いた。
「受け取って」と。
 目の前の空間が揺らぎ、忽然と抜き身の刀が出現した。
途中で落とした、「風神の剣」に間違いない。
 毬子は慌てて手を伸ばして受け取った。
「どうしたの」
「何かあった時に力になるかなと思って。アタシに出来るのはこれだけ。
それじゃアタシ帰るから」
 再びサクラの気配が遠ざかる。
「ありがとうサクラ、本当にありがとう」と毬子。
 思わず涙が零れた。
 ヒイラギが情感溢れる声で言う。
「アイツ平気な声をしていたが、触手が随分と削られていたぞ。
届ける為に触手を犠牲にしたんだろうな」
 毬子は涙流れるまま気持ちを引き締めた。
「必ず、みんなの元に戻るわ」
 手にした刀は奇妙に大人しい。
最前までは狂気のような妖気を顕わにしていたのに、それが嘘のように消えていた。
「刀に巣くう奴にも人並みの感情があるんだろう。
それでそいつが現状に戸惑っているんだ」とヒイラギ。
 急に辺りの空間が揺らいだ。
まるで地震のよう。
揺らぎを体感した瞬間、辺りが暗くなった。
夜ではない暗さ。
星明かりも月明かりもない。
まさに漆黒の闇。
 次の瞬間には、これまで一度として見たことのない世界にいた。
藍色一色が溢れる世界にいた。
感覚としては、トンネルを抜け出た感じだ。
見渡す限り、霧のような微細なサイズで、淡い藍色が点滅を繰り返していた。
光体が上下左右に緩やかに揺れ動いているのだが、正体までは掴めない。




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白銀の翼(光の中へ)176

2012-10-21 08:43:46 | Weblog
 毬子は真っ逆さまに落ちて行く、
絶体絶命だというのに時間の経過だけがやけにスローモーに思えた。
学校で誰かが、
「事故の最後の瞬間は、時間がゆっくりに感じられるそうよ」
と言っているのを聞いた覚えがあった。
今まさに、この事なのだと確信した。
・・・。
 握っていた刀、「風神の剣」が手から零れるように落ちて行く。
風に舞う葉のように、ゆっくりゆっくりと。
刃が陽を浴びて反射した。
 景色が真逆に見えた。
皇居も、ビル群も。
今まで見たことのないリアルで残酷な景色。
今生の見納めなのか。
・・・。
 足下を見上げれば青い青い空。
少しだが雲が流れていた。
数機のヘリコプターも見えた。
警察ヘリなのか、取材ヘリなのか、そこまでは識別できない。
「もし取材ヘリなら私が地面に叩き付けられる瞬間までカメラが追ってくる」
と割に冷静。まるで他人事。
 脳内に居候するヒイラギに怒鳴られた。
「馬鹿野郎、諦めるのが早い」
 全身に纏わり付いて離れないサクラが穏やかに言う。
「いいこと、絶対に助けるからね」
 首から頭部にかけて暖かみを感じた。
ヒイラギとサクラが、「落下するのを阻止しよう」と力を尽くしてくれているらしい。
自分の事なのに自分だけが諦め、何もしないでいて恥ずかしい。
このままでは二人はおろか、一人残す祖母にも顔向けが出来ない。
みんなに応えようと、落下するままの状態に少しでも抵抗すべく両手を左右に広げた。
激しい空気摩擦を感じる。
それで落下速度に変化が生じる分けではないが、気分はパラシュート。
 と、頭に緩い衝撃。
柔らかい何かに触れた。
 今までにはないサクラの甲高い声が飛んで来た。
「掴まって。手を伸ばして掴まるのよ」
  触れたモノは何やら柔らかい何か、・・・。
何かが身体を受け止めた。
頭の次に背中、お尻、脹ら脛。
身体全体がドンとその上で弾む。
 下から痛そうな悲鳴。
人ではない何か・・・。
馬の嘶きに違いない。
騅の臭い。
 必死になって身体を反転させ、正体を見た。
朧気ながらも白銀に点滅する翼が毬子を受け止めていた。
両手を伸ばして落とされないように、突起している部分を掴む。
おそらくコレは翼を構成する骨組みであろう。
ゴツゴツ感こそあるが、それでもかなり細い。
 「騅は」と見ると、その横顔から堪えているのが分かった。
軽い筈の毬子でも、それが落下して来るとなると受け止めるだけでも至難の業。
例え受け止めても、下手すると翼が突き破られる恐れさえあった。
それでも騅は傍観する事なく毬子を救いに飛来し、片方の翼でシッカと受け止めた。
加えて、もう片方でバランスを取り、毬子を振り落とさぬように苦慮していた。
それはそれは大層な奮闘ぶり。
毬子は騅の負担を減らそうと、這いずるようにして背中に移動した。
騅の首筋を二度、三度と撫でる。
「ありがとう騅、助かったわ」
 騅は当然とばかりに飛翔を続けた。
 下を見ると、路上にバンパイアの首なし遺体が転がっていた。
損傷が著しく、辺りは生々しい血の赤に染められていた。
そこに駆け寄る女狙撃手。
顔までは見えないが、その走りから必死ぶりが伝わってきた。
彼女にとって唯一の命綱である狙撃銃をかなぐり捨て、
亡骸の側近くに転がる生首の所で跪き、拾い上げ、きつく胸に抱く。
 轟く銃声。
彼女の頭部から鮮血が噴き出した。
続けて銃声が続いた。
胸から、腹から、夥しい真紅の色が流れ出す。
それでも彼女は生首を離さない。
跪いた姿勢のまま、前に突っ伏し、・・・微動だにしない。
 毬子は敵の最期に束の間、感傷に浸ったものの、「騅は」と気付いた。
上へ上へと飛翔したままで、一向に下降する気配がない。
いつの間にやら警察ヘリや取材ヘリの高度を追い越していた。
「どうしよう」というのだろう。
 事態をヒイラギやサクラも危惧した。
「アンタの愛馬でしょう。何とかしなさいよ」とサクラがヒイラギを叱りつけた。
 言われなくてもヒイラギが奮闘しているのが分かった。
毬子の脳内から騅に向けて、「騅よ、騅よ」と念を送っているのだが、
一向に答えが返ってこないのだ。
そうこうするうちに、下方の景色が、ビルも皇居も豆粒のようになって行く。
まるで箱庭でも見ている気分。
 毬子も騅の首筋を撫でながら、
「ねえ騅、どうするの。お願いだから下りてよ」と頼むが、これまた何も返ってこない。
かといって飛び降りる分けにも行かない。
 ついに雲を突き抜けた。
なのに、空気が薄い筈なのに息苦しさを感じない。
雲の動きから、風を受けても当たり前なのに、その風すらも感じない。
まるで閉ざされたカプセルの中にでもいるよう。




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白銀の翼(光の中へ)175

2012-10-18 20:42:44 | Weblog
 騅がバンパイアに体当たりを喰らわした。
ところが、ぶち当たった衝撃が返ってこない。
間一髪で躱された。
逃げられたのではない。
騅の体当たりをスレスレに躱しつ、斜め前に出て来たのだ。
左から騅の翼を掴もうとする気配。
右手を伸ばして来た。
彼には翼が見えるらしい。
見えるモノなら触れることも出来る筈だが、
果たして容易く掴むことが出来るのだろうか。
 毬子は自分でも驚くほど早く対応した。
伸びて来たバンパイアの右手を目掛け、刀を振り下ろした。
間合いの僅かに外だが、こちらも片手を伸ばせば切っ先がギリギリ届く範囲。
 バンパイアは獣の勘働きか、直前で右手を引っ込めた。
刀は空を斬るも、微かな手応えあり。
刀が巻き起こした太刀風が鋭い刃となってバンパイアの右手の甲を切り裂いた。
血飛沫が舞う。
 毬子は手にした妖刀の力を理解した。
「風神の剣」と名付けられたのは、太刀風の威力に由来すると。
 バンパイアが歯を剥き出しにして、後方へ跳び退った。
「騅のみでなく毬子と刀にも警戒が必要」と判断したのだろう。
 火が回っていない乗用車の屋根に飛び移ったバンパイアが大きく咆哮した。
溜まり溜まった怒りが空気を震わせた。
並の獣なら聞いた瞬間に逃げ出すだろう。
 騅も負けてはいない。
闘志満々。
バンパイアに向き直り、体勢を整えた。
 そのバンパイアの視線が下に向けられた。
何やら見つけたらしい。
飛び降りて路上から何かを拾い上げた。
金属部品らしき物で先端が尖っていた。
爆発炎上した車から飛んできた物に違いない。
火傷しそうなくらい熱を帯びている筈なのに、手にして満足そうに頷いた。
 毬子はバンパイアの行為に危惧を覚えた。
ニュースから仕入れた情報だけだが、
「バンパイアが武器を使用した」という報道は一度としてなかった。
常に体力、腕力任せで、全ての戦いに勝利してきたと記憶している。
そのバンパイアが自ら拾い上げた先端の尖った金属部品を手から離さないとなると、
「何等かの目的を持ち、凶器として使用する」としか考えられない。
 毬子は乏しい知識を総動員するが、結論が出るよりも先に騅が動いた。
単純に脚力任せでバンパイアに向かって行く。
車道を勇躍して駆けた。
その速度に衰えはない。
遠間から飛翔した。
今回も飽きずに身体ごと相手にぶち当たるつもりらしい。
 バンパイアに開き直りの気配。
騅の体当たりを右の乗用車の屋根に飛び乗ることによって躱し、
屋根を足場とし、残った力を振り絞って大きく跳躍した。
重量感タップリの体躯が軽々と宙に舞い上がって行く。
 毬子の視界からバンパイアが消えた。
戸惑いより先に勘が働いた。
「奴は騅が着地して足を止めた瞬間を頭上より狙う」と。
狙われるのが騅なのか、毬子なのか、そこまでは分からない。
気付いた時には騅の背中の上に立っていた。
その背中を足場に、至極当然のようにバンパイアの姿を求めて跳躍した。
何かに操られるかのように宙に舞い上がる。
 身体全体が熱い。
血潮が全身を駆け巡っているのが分かる。
ただ、頭だけは冷静であった。
今の力が自分の力ではなく、「ヒイラギやサクラの支援あってのもの」と理解していた。
自分の身体であって、自分の身体ではなし。
 勘は外れなかった。
下降して来るバンパイアを見つけた。
視線が絡み合う。
奴は驚きで目を大きく見開いた。
 毬子は上昇しながら、手首を捻り、下から掬い上げるように刀を動かした。
狙いは奴が凶器を持つ左手。
逆袈裟斬りの要領で、下から上に斬り上げた。
所謂、佐々木小次郎の、「燕返し」という技でもある。
 流石は妖刀、「風神の剣」。
切れ味が鋭い。
大根でも真っ二つにしたかのように、奴の左腕を肘のところで切り落とした。
悲鳴に似た小さな声が漏れ、鮮血が風に舞う。
 毬子は血飛沫を浴びても躊躇いも迷いもない。
上下に交差しながら、返す刀で奴の首を狙う。
耳から肩口にかけ、斜めから斬り下ろした。
 祖父の教えで竹を両断したことはあるが、それよりも容易に行えた。
何の抵抗もなくバンパイアの首を切り離す。
 瞬間、奴の命が燃え尽きたのを感じた。
理由は分からないが、どうやら乗り移りはならないらしい。
それに毬子は安堵感を覚えた。
同時に身体から力が抜けて行く。
熱も冷める。
 ヒイラギとサクラが、「気を緩めるな」と叫ぶが手遅れであった。
毬子の身体が沈むように落ちて行く。
落ちながら、「残心」を思い出した。
「技が決まっても、相手が倒れても、最後の最後まで油断するな」
と祖父が常々言っていた。
この場合は、「着地するまで気を張っていろ」ということか。
気を抜くのが早すぎた。
頭から落ちて行く。




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楚漢好きサン、コメントありがとう。

ようやく話も折り返し地点にまで来ました。
この先、どうなるかは、・・・。
まだ何も決めていません。
今で精一杯。
走りながらゴールを探している状況です。
沖縄になるのか、北海道になるのか。

白銀の翼(光の中へ)174

2012-10-14 09:13:17 | Weblog
 毬子は辺りを見回した。
あちらこちらで車両が爆発炎上し、無数の膨れ上がる炎と立ち上る黒煙。
「まるで戦場である」かのような惨状であった。
このままでは街路樹や建物への延焼も考えられる。
しかし近くに消防署があるのだが、出動する気配がない。
おそらくバンパイアと女狙撃手がいるので、出動を見合わせているのだろう。
 果敢な機動隊員達がいた。
バンパイアの隙を突き、身動きのままならぬ田原龍一と榊英二の二人を運び出したのだ。
のみならず伯父、毬谷紘一までも強引に連れ去ってくれた。
それを見た毬子はホッとした。
「人の心配とは余裕だな。目の前に集中しろ」とヒイラギに叱られた。
 肝心のバンパイアは少し離れた場所にいた。
女狙撃手とは合流していない。
毬子がバンパイアの左腕に負わせた傷口から流れていた血が止まっていた。
話に聞く治癒力の成せる技なのだろう。
 毬子を騎乗させている騅は足踏みしていた。
バンパイアに襲いかかりたいのだが、こうも簡単に躱されては慎重に成らざるを得ない。
機を窺っていた。
 毬子は頭に引っかかっていた事を思い出した。
騅の名に覚えがあったのだ。
たしか古代中国であった。
そう、「生ける武神」と呼ばれた項羽の愛馬の名と同じではないか。
項羽が愛したのは虞姫と騅だった筈。
常日頃ヒイラギは、「俺は『生ける武神』と口癖のように言っていた」。
すると、・・・。
 毬子が好きなのは古代中国の三国志であるが、
それ以前の秦建国から漢対楚へと続く戦乱の時代にも興味があった。
それで覚えていたのだ。
 毬子の思考が読める筈なのに、ヒイラギは応えない。
沈黙を守っていた。
敢えて聞こうとした時、新たな声が届いた。
「何、どうなってるの。馬なんかに乗っちゃって」とサクラ。
急ぎ口調で続けた。
「マリ、両手を上に差し上げ、何かを掴む仕草をするのよ」
  意味が分からないが、両手を上に差し上げた。
すると何もない空中に何かを感じた。
蜃気楼のように木刀が見え、次第に露わになってゆく。
重くはないが、たしかな重量を感じた。
白鞘の日本刀。
「風神の剣」としか考えられない。
「しっかり受け取れ」と何事もなかったかのようにヒイラギが口を開いた。
 言われるまでもなく両手でしっかりと受け取った。
両の掌に嫌な感触。
鞘から抜かれてもいないのに妖気がただ漏れしていた。
溜まり溜まっていたのか、バンパイアの存在に敏感に反応しているのか。
 躊躇っている暇はない。
今は急を要する事態。
誰かが事態を収めねばならない。
決断した。
「ヒイラギ、サクラ、私を守って」と念じながら、鞘から刀を抜いた。
 途端に冷気が噴出した。
夏だというのに、まるで冬の寒気そのまま。
これまでの汗を一気に引かせた。
それが毬子を包もうとする。
風神の剣に宿るモノの仕業に違いない。
まさしく由緒正しい妖剣。
バンパイアを封じる力も宿っているに違いない。
 騅も敏感に反応した。
両の前足を高々と上げて、おおいに嘶いた。 
毬子を振り返り、険しい視線を向けて来る。
 ヒイラギが体内を暖かくする。
サクラも負けじと身体周りを暖かくする。
一つの冷気と二つの暖気が毬子を巡って相争う。
今にも火花の飛び散る音が聞こえそう。
 毬子はヒイラギが己の触手を体内隅々にまで張り巡らせたのを感じ取った。
ヒイラギの触手が強くなったのはサクラの指導の賜物だろう。
当のサクラは毬子の周りを暖気でコートのように覆い、
剣に宿るモノを、なんとか剣に押し戻そうと奮闘していた。
 決着がつくのを待ってはいられない。
右手に刀を持ち、左手の鞘を投げ捨てた。
それが合図になった。
騅が駆け出した。
毬子の意気込みが分かるのだろう。
騅から不安は微塵も感じ取れない。
意気揚々とバンパイアに向かって行く。
 ルドルフは空中から現れた刀に驚かされた。
またもや摩訶不思議。
信じられぬ現象ばかりを目にさせられる。
 小娘が刀を抜いた瞬間、それに気付いた。
刀から異様なまでの妖気が生じている。
昔、大分で自分を封じた刀ではないか。
あの女剣士の代わりに小娘が新たな所有者になっていたとは。
 前回の教訓があるので二度目の対決には負ける気がしない。
小娘一人が相手ならばだ。
しかし前回とは違い相手にはペガサスが味方していた。
こちらも何等かの対策を、・・・。
クララに合流して反撃しようにも、銃撃ではペガサスには効かない。
何を、・・・。
 それを見透かしたかのようにペガサスが向かって来た。
僅か四、五歩の助走で勢いをつけた。
あっという間に目前に迫った。
その速度からは逃げ切れない。




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白銀の翼(光の中へ)173

2012-10-11 20:20:05 | Weblog
 毬子には騅が何を催促しているのか、さっぱり分からない。
頭を悩ましているとヒイラギが助け船を出した。
「久しぶりに暴れ回りたいのだろう」
 そうなると相手はバンパイアしか考えられない。
「良いじゃないか」とヒイラギはまるで他人事。
 騎乗して身を晒すのは誰だと思っているのだろう。
「騅に身を任せろ。人よりは信用に値する」と言い切るヒイラギ。
 まさに進退窮まった状態。
「初めての馬に騎乗し、武器もなしでバンパイアに挑め」と言うのか。
 それでもヒイラギは平然と答える。
「学習しなかったのか。ままならぬのが人生と」
 突然、騅が動き出した。
勝手にバンパイアに向かって行く。
毬子は止めようを知らない。
慌てて鬣を掴む手に力を込め、落馬せぬように身を伏せた。
 ルドルフは乗用車の屋根の上に身を晒し、待っていた。
警察ヘリからの狙撃でも、機動隊からの狙撃でも構わなかった。
クララの代わりに標的になろうと考えた。
むざむざと撃たれるつもりはない。
躱せる自信があった。
 ところが再び馬が襲って来た。
それも、どういう関係か知らないが、小娘を拾い上げてである。
乗せた分だけ重量が増し、動きが鈍るというのに。
やはり馬の考えていることは分からない。
 その馬が意気揚々と駆け来て、ルドルフ目掛けて跳躍した。
驚いた事にさっきより勢いがある。
蹄にかけようとしているのが読み取れた。
人を乗せた状態の方がより真価を発揮するらしい。
 ルドルフは躱すので精一杯。
屋根から転げ落ちるようにして別の乗用車に飛び移った。
 銃声が轟いた。
銃声の特徴から大口径の狙撃銃と判断した。
方向からするとクララ以外には考えられない。
短い間隔を置いて三発。
 直ぐに馬を狙ったものと分かった。
その馬の腹部辺りで立て続けに火花が散ったからだ。
 ルドルフは不思議な光景を見た。
ほんの一瞬だが、火花の向こうに朧気ながら翼を見た。
白銀に輝く翼だった。
その翼が羽ばたき、三発の弾丸を弾き落としたのだ。
 空中には結界があり、神か精霊かは知らないが、何かが存在していた。
そして今、目の前には明らかにペガサスと呼べるモノがいた。
この世はなんと摩訶不思議に満ちていることか。
ルドルフは笑いたい衝動に駆られた。
 クララの狙撃に応えるかのように、
機動隊の重武装小隊による銃撃がクララ目掛けて開始された。
左右から一斉射撃。
遮蔽物にしている二台の乗用車を蜂の巣にした。
全てのガラスが粉々となり、屋根部分が砕けた。
それでも引火爆発せぬように、燃料タンク周辺だけは冷静に避けていた。
 対するクララは躊躇いがない。
重武装小隊が遮蔽物としている乗用車の燃料タンクを確実に狙った。
大口径の狙撃銃だけに貫通力がある。
次々と爆発炎上させた。
重武装小隊の者達のみならず、近くにいた機動隊員達も巻き添えを食い、
吹き飛ばされた。
下半身を炎に包まれる者。
車両の破片が腹部に突き刺さる者。
片腕を失う者。
路上に倒れたまま身動きせぬ者。
悲鳴と断末魔が飛び交い、まさに阿鼻叫喚。
周りの車にも延焼、爆発炎上が続いた。
たちまちにして辺り一帯が火の海になった。
 幸いにして毬子は騅の翼に守られ無事であった。
弾丸だけでなく、破片や炎までも跳ね返したのだ。




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白銀の翼(光の中へ)172

2012-10-07 09:08:25 | Weblog
 ルドルフは困った状況に置かれた。
自分一人なら切り抜けられる自信があった。
しかしクララがいた。
彼女を見捨てる分けにはいかない。
 桜田門方向から、増援の警察車両が次々と到着し、機動隊員達を降ろしてゆく。
よく見ると、全員がではないが、小銃を手にした者達も含まれていた。
重武装小隊が投入されたのだ。
それは靖国神社方向から来る機動隊員達も同様だった。
ルドルフへの対処ではなく、クララ対策と思えた。
 それとは別に増援された警察ヘリも三機残っていた。
仲間機が銃撃されて爆発墜落炎上した様を見て慎重になったのだろう。
三方に分散してから再び接近を開始した。
 野次馬達は姿を消し、渋滞中の車両からも人々が競って逃げてゆく。
このままではクララが一般人に紛れて逃げる事は不可能だ。
 獣化で時とともに人の気持ちが薄れゆくルドルフだが、今はまだ情が勝っていた。
クララに合流しようとした。
その時、思わぬ気配を感じ取った。
皇居の半蔵門内側からであった。
強烈な気配を発するモノが接近して来るではないか。
 黒い大きな影が姿を現した。
それは閉じられた門の上を飛び越えて来た。
明らかに馬そのもの。
普通の馬では越えられぬ高さ。
それを軽々と飛翔して見せた。
着地を鮮やかに決めると、その勢いのまま交差点の真ん中に進み出た。
頑強そうな馬体をして、足取りは見かけよりも軽い。
体格的には獣化したルドルフとよい勝負だ。
 馬は辺りに参集していた機動隊なぞには目もくれない。
嘶きながら首を左右に回し、視線を走らせた。
ルドルフの所で止まった。
ただの動物の目ではない。
異様なまでに荒々しい意志の宿る目。
それでキッと睨まれた感じがした。
次の瞬間には剥き出しの殺意が届けられ、向かって来た。
 初対面の馬に喧嘩を売られる覚えなんぞないのだが、
様子を見るため、置き捨てられた乗用車の屋根に飛び移った。
それを馬は果敢に襲って来た。
その速きこと。
跳んで体当たりを喰らわしてきたのだ。
全体重をかけて来ていた。
まともに受ければ、獣化したとはいえ、弾き飛ばされるであろう。
 みすみす喰らうルドルフではない。
左の乗用車の屋根に跳んで躱した。
馬の勢いが生んだ風がルドルフの鼻先を掠めた。
生憎、問い掛けようにも馬の言葉など知りようがなく、
二撃目を仕掛けられたら、好むと好まざるに関わらず反撃するしかないだろう。
 ところが様子が違った。
馬はルドルフには視線もくれない。
改めて首を左右に回し、何かを探す様子。
 最大の緊迫感に包まれていた場が静まり返った。
予期せぬ突然の闖入者、馬に、敵味方双方が息を呑み動きを見守る。
  毬子の中のヒイラギだけが違っていた。
これまでない感情を溢れさせ、一人興奮していた。
まるで火傷しそうなくらいに煮え滾る感じ。
 何故か、毬子の目には馬体に纏わり付く微かな光が見えた。
信じがたいことに微少な白銀の光が点滅しながら、馬体を霧のように覆っていた。
更に信じがたいことに背中には、どう見ても翼としか思えぬものを象っていた。
 ヒイラギが、「俺の相棒の騅だ」と断言した。
 毬子は聞き返した。
「騅って言ったの」 
「ああ、愛馬の名だよ」
 皇居の門を飛び越えて現れたのだが、聞かずにはおれない。
「どこから現れたの」
「遠い昔からだ」
 毬子は変に納得してしまう。
「朧気に見えるんだけど、光りとか、背中の翼とかは」
「見たとおりだよ。
見えない者には存在しないも同然だろうが、見える者には存在するものだ」
 これまた納得させられた。
見たままを受け入れるしかなさそうだ。
「生きてる馬だよね」
「その通り。さあ、乗ってみようか」
「馬に」
「俺の相棒の騅にだ」
「騅は分かったけど、私、馬に乗ったことがないのよ」
 毬子の心配をよそに、ヒイラギは弾む声で答えた。
「分かってる。だけど俺が覚えてる。騅にも俺だと分かるだろう。
大船に乗ったつもりで行ってみようか」
 ヒイラギの言い分は分かるが、毬子は逃げ出したくなった。
見るからに凶暴な馬なのだ。
行き成りバンパイアに襲いかかる行為は普通ではない。
 その騅が毬子に目を留めた。
値踏みするかのような視線を送ってくるのを、毬子は目を逸らさずに受け止めた。
騅が鋭い視線で繁々と観察を続けた。
 やがて合点がいったのか、歩み寄ってきた。
 毬子の退きたい気持ちをヒイラギが抑えつけた。
「笑顔で迎えろ。ここで一歩でも退いたら、騅に認めてもらえなくなる」
 別に馬に認めて貰う必要はないのだが、堪えた。
ヒイラギの気持ちを最大限に尊重した。
 気性はさて置き、その馬体の血色の良い事。
毛並みも艶々で、「どこの店でボディケアをしているの」と問いたいくらいだ。
 歩み寄った騅が首を下げて、鼻先を毬子の鼻先に突きつけ、
荒い鼻息を吹きかけて軽く挑発じみた態度に出た。
どう応じれば良いのか分からない。
ヒイラギも教えてはくれない。
幸い噛み付かれる恐れはなさそうだ。
そこで毬子は相手の鼻先に左の掌を差し出した。
 すると騅が生意気に、軽く首を捻りながら、その手を舐めるではないか。
くすぐったい。
掌が涎で濡れてしまうが、怒るに怒れない。
緊張する場面なのに、思わず苦笑いを漏らした。
騅は意に介さない。
逆に親しみの挨拶なのか、口を開けて、掌の甘噛みを始めた。
左の手首から先が涎でべとべとになってしまうほど。
 そうまでされると先ほどまでの恐れが吹き飛んでしまう。
毬子は思わず右手を騅の首筋に回した。
ふさふさの鬣。
これまた騅が意に介さない様子なので、鬣を指で梳いてみた。
本当に艶々。
リンスしていても不思議ではない感触。
 騅が甘噛みをやめ、毬子の匂いを嗅ぎ始めた。
頭髪から始まり、顔、首筋、両脇の下から股間まで。
周囲の視線など気にせずに続けた。
馬とはいえ全身の匂いを嗅がれるとは、・・・。
それに騅は雄ではないのか。
 ヒイラギが、「細かいことは気にするな」と笑う。
 騅は納得いったのか、首を上げて毬子を見つめてきた。
 ヒイラギが、「合格したみたいだ。飛び乗れ」と簡単に言う。
騅の顔もそう言ってる気がした。
 鐙も鞍もない裸馬だが、前後も考えずに片足を朧気な翼に預け、一気に飛び乗った。
毬子が全体重をかけても騅は微動だにしない。
どうやら翼の付け根が鐙代わりらしい.
「内股で締めろ。手綱がないから、鬣を掴め」とヒイラギが教えてくれるが、
面白がっている気配もした。
 意外と乗り心地が良い。
視点が高いせいか、まるで別世界。
ここが大草原なら声を上げて乗り回したい気分だ。
 騅が甲高く嘶いた。
何かを催促していた。




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白銀の翼(光の中へ)171

2012-10-04 19:42:56 | Weblog
 それは項羽とともに緑色に点滅する霧状の光体が浮遊する世界を抜け、
途中から行方知れずとなっていた愛馬の騅であった。
精霊達のうちでも力を有している者なら、その姿が識別出来るに違いない。
目映いばかりの白銀の光を発っしていて、形状は霧状そのままだが、
明らかに翼と分かるものを背中に生やしていた。
月明かりも星明かりもない暗い世界なら、
霧状であっても輝きの輪郭から天馬として認識できるのだが、
生憎、この現実世界は太陽の強烈な光に支配されていた。
陽光が白銀の光体の中を、抵抗を受けることなく通過するので、
一般人には宙から駆け下りて来る天馬の姿など全く見えないだろう。
 騅は探していた項羽の気配を感じ取った。
下の大地から伝わって来る独特の気配。
微かだが紛れもなく項羽そのもの。
 見失ったものの、時間や方位の定かでない世界を漂っていたので、
時間の経過そのものが分からなかった。
どのくらい経過したのか。
そして、ここはどこなのか。
 とにかく、探し求めていた項羽を見つけ、喜び勇んだ。
どこに紛れようと、彼の独特の気配だけは隠せない。
 幸いにも着地地点には馬が待っていた。
皇居の内側にある放牧場だ。
そこでは十数頭の儀式用の馬達が飼われていた。
実際、「待っていた」というよりは、「定め」なのではなかろうか。
 騅が選ぶというより、吸い寄せられるように一頭の中に侵入した。
芝の上で寛いでいた老馬だ。
どちらにとっても否も応もなし。
 その馬の名は、「グローリアン・パワー」。
長距離に強い血統のサラブレッドであることから、
競馬で稼いで貰おうと海外より購入されたのだが、
全く戦績が芳しくなく、ついには余生をここで送ることになったのだ。
 誰に教えられた分けでもないのに、騅の本能がグロリアン・パワーの記憶を、
まるで食い尽くすかのように上書きしてゆく。
それに従い馬体の様子も変化を始めた。
白銀の光体が血液を媒体に、全身の隅々にまで、その影響を及ぼす。
肌の血色が良くなり、毛並みに明らかな艶が出た。
筋肉の質量ともに若返りするのだが、放牧場で働いている者達には分からない。
彼等の関心は皇居の外の騒ぎにあった。
銃声はするわ、爆発炎上はするわで、馬の世話どころではなかった。
 騅は乗っ取った馬体を立ち上がらせた。 
不具合は感じない。
試しに柵沿いを駆けてみた。
これまた良い調子。
先を急ぐので助走を開始した。
何人かが様子が違うのに気付くのだが、手遅れ。
離陸する飛行機のように、そのまま一気に柵を飛び越えた。
綺麗なフォームで長い距離を余裕を持って飛んだ。
続けて、その先の丈の高い生け垣も楽々と飛び越えた。

 毬子には警察ヘリの爆発墜落炎上を悼む余裕はなかった。
バンパイアの注意が逸れ、安堵したわけではないが、
張り手された左胸に痛みを感じ始めたからだ。
次第に激痛に変わってゆく。
骨の二、三本は折れているかも知れない。
 ヒイラギが、「息吹」と言う。
 祖父が教えてくれた呼吸法であった。
口を半開きにし、ゆっくりと体内の空気を全て吐き出し、
口を閉じ、鼻から新鮮な空気を吸う。
その際の心の置き方は、
「丹田の古い気を吐き出し、替わりに新鮮な気を取り入れる」のだそうだ。
何も武器がない今、藁にでも縋りたい気持ちなので、素直に従う。
 ヒイラギが力を貸してくれているのか、短時間で丹田の辺りが熱くなり、
左胸の痛みが軽くなった。
それでも痛みが軽くなっただけで、骨折までは治っていないだろう。
 と、下腹部に急な疼痛が走った。
まさか、・・・。
一週間も早いではないか。
月一度のお客様以外には考えられない。
 途端にヒイラギの怒声、「お前は緊張感がないのか」と。
 返す言葉がない。
でも、これだけは、・・・。
 視線の片隅に伯父の姿を捉えた。
ガードレールを越えようとしていた。
何としても毬子を連れ戻すつもりらしい。
 毬子はそちらを振り向き、伯父の近くにいた私服警官を指さす。
「あなた、伯父サンを引き留めて」
 その段になって私服警官も事態に気付いた。
慌てて伯父の側に走り寄り、後ろから羽交い締めした。




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