毬子は光体の正体を見極めようと目を凝らすのだが、
それはユラユラと揺れ動きながら藍色に点滅を繰り返すのみで、どう見ても霧そのもの。
点滅するから存在が視認出来るのであって、
点滅しなければ存在そのものが見えないであろう。
初見だか、蚊、羽虫、蛍等の生き物とも思えない。
危害を加えられる恐れも考えられない。
それに手を伸ばして掴もうとするが、手が動いたことによって風が生まれたのか、
流されるようにスウッと離れて行く。
月も星も何一つ見えない。
藍色に点滅する霧の世界がどこまでも続いた。
暑さも寒さも感じない。
方位も分からない。どちらが北で南なのか。
時間の経過すら分からない。
ポケットからマスホを取り出した。
が、圏外を示していた。
これで一つ分かった。
現代の文明機器が役に立たない世界であると。
加えてもう一つ。
自分達が動いているのが分かった。
川にでも流されたかのように、
だだっ広い宏大な空間の中を一定方向に直線的に移動していた。
その速度はきわめて緩やかに思えた。
余裕が生まれた分けではないが、ヒイラギの感情が不思議と冷静なのに気付いた。
ついさっきまでは熱かった。
毬子同様に心騒がせていた。
それが何時の間にか、知り尽くしたかのような大人な態度。
毬子の疑問を読んでヒイラギが答えた。
「この世界なら来た覚えがある」
「どういう世界よ。
死後の世界なの。私達、死んでしまったの」
「俺とかは死んでいるが、お前は死んじゃいないよ。
それに、あの時は俺だけじゃなく、敵味方大勢が死んだ。
死霊となった者達は上へ上へと、宇宙に昇って行くのだが、
その中で俺と騅だけが、死んだ者達の列からスピンアウトしてしまった。
スピンアウトして飛び込んだのが、この世界という分けさ」
「それは喜んで良いの、良い話なの」
「あの時と同じなら、出口に繋がっている筈だ。現世に戻る出口にな」
期待が生まれた。
毬子は点滅する色が微妙に変化しているのに気付いた。
藍から青に色変わりして行く。
やがて青一色の世界。
普通に何の変哲もない青。
ここでも霧状の光体が点滅を繰り返していた。
色が藍から青に転じただけで、毬子を取り囲む状況は何ら変化しない。
ヒイラギが、「これも前と同じだ」と言って毬子を安心させた。
それも束の間、風邪の時とは違う種類の熱さを感じた。
全身が、爪の先から髪の毛の先端までもが熱を帯びた。
だけではない。
乗っている騅からも感じた。
両の太腿を通じて分かった。
なんと、「風神の剣」も熱を帯びてきた。
持つ掌が熱い。
火傷こそしないが熱い。
再びヒイラギが、「これも前と同じだ」と言うのだが、冷静ではいられない。
間を置かずに発光が始まった。
摩訶不思議にも、同時に毬子の身体が分解して行く。
手足、胴体とかに大きく分かれるのではなく、細かい霧状に。
自分の身体だけでなく、騅も、「風神の剣」も。
痛みも何も感じない。
疑問、疑念が膨らむのみ。
分解しても思考能力は残っているらしい。
分解が進むにつれ様々な色が点滅を開始した。
赤、青、黄、緑、紫、・・・。
まるで繁華街のネオンサイン。
それらの多くは自己主張しながらも、
次の瞬間には吹き飛ばされるかのように、毬子の周辺から離れて行く。
「どうやら服飾品とかの、本体とは無関係な物は剥がされるようだな」とヒイラギ。
確かにそのようで、四つの色だけが残った。
大雑把に言えば、白銀色系統が二つに赤色系統二つ。
そしてそれらは、霧状だか、本来の形状を表す事によって自分を主張していた。
白銀に点滅する天馬は騅そのもの。
刀剣の姿は明らかに、「風神の剣」。白銀なのだが、光沢が妙に違っていた。
騅が前に出る目映い白銀なら、「風神の剣」はひっそりとした孤高の白銀。
当の毬子は赤。
人型の形状をしている赤がピュアな赤なら、
それに組み込まれている鮮血を思わせる赤がヒイラギであろう。
毬子は人としての目は失ったが、どういう仕組みか、視認する事が出来た。
ヒイラギの存在が、形状がはっきりと見えた。
それは毬子の頭部にあり、痣のように張り付いていた。
「俺は痣か」とヒイラギが笑う。
毬子から戸惑いも恐怖も消えていた。
摩訶不思議に勝るものなし。
「もしかして今の私は裸なの」
「そのようだな」
「寒くはないわね。で、この状態は何なの」
「授業で習ったろう。分子、原子、中性子に素粒子。物を構成する最小単位だ。
最々小単位かな」
毬子の思考が一時停止した。
習った覚えなどない。
「・・・。・・・本当に」
「お前が居眠りしてる間にな。
俺が聞いて、脳内に記憶して置いたがテストは赤点だった」
「それは申し訳ない」
「次から授業に出たらしっかり勉強してくれよ」
返す言葉がない。
そこで話題を変えた。
「死霊となった者も分子、原子の最小単位になるの。
死んで単位の元となる実体は無くなったと思うけど」
「ほう、その手のことには鋭いな。
それは神様に会ったらだが、神様に聞いてくれ。俺には答えられない。
・・・。
もしかして、たぶんだが、
姿そのものが見えなくても、存在するのなら、分解される対象なのだろう」
「そうか。それで、元の姿に戻るのよね」
「そうなると毬子は衣服を失ったから裸だとは思うがな」
「裸で元の世界に戻るの。困ったわね」
困っていると青色の世界の先に極彩色に点滅する世界が現れた。
ありとあらゆる色があった。
それらが、せわしなく動き、点滅を繰り返していた。
そこに否応なく流されて行く。
原子か、素粒子かは知らないが、それらがあらゆる角度から飛んで来て、
付近を素通りするのもあれば、毬子達を突き抜けて行くのもある。
前から後ろから、上から下から、右から左から、斜めから。
直線もあれば、曲線もあり。
四方八方から飛んで来て、それぞれの決まった速度で飛び去って行く。
慣れると点滅せぬ色のない透明な物質が飛来するのも感じ取ることが出来た。
多くは干渉せずに互いを突き抜けるのだが、たまに干渉して弾き合うのもあれば、
融合して膨らむのもあり、消滅するのもあり。
違う色彩の光体と光体がぶつかり、火花を散らすと、それはそれで美しい。
まるで線香花火のよう。
単純な動きだが、見ていて飽きない。
毬子達には何の害も及ぼさないので安心して見ていられた。
ところが、前方より飛来する光体を目にした瞬間、何やら危惧を覚えた。
確信はないが嫌な予感がした。
それはヒイラギも同様らしい。
互いの意識がリンクし、警戒警報を鳴らした。
しかしどうする事も出来ない。
回避を試み、騅を動かそうとするが、流されている状態から脱する事は出来ない。
毬子達は決められた軌道上を走るだけの存在でしかない。
乗せている騅も外れようとはしない。
それは毬子やヒイラギと同じ赤色の系統であった。
二人に比べ、より鮮烈に点滅し、自己を主張する赤。
それが毬子の胸に向かって来た。
突き抜けずに直撃する。
痛みというより、電撃が全身を走った。
落雷を受けると、こういう衝撃を受けるのかも知れない。
毬子とヒイラギの二人は気が遠くなった。
騅も、「風神の剣」も巻き添えを食らい、これまた気を失う。
いつしか緑色に点滅する世界に流されていたが、誰一人として目を覚まさない。
流される速度が上がっても誰も目覚めない。
さらに流れが早まる。
流れが荒くなり、毬子達は新たな世界に、滝から落とされるようにして放り出された。
満天には星々が輝き、月が笑っている世界。
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それはユラユラと揺れ動きながら藍色に点滅を繰り返すのみで、どう見ても霧そのもの。
点滅するから存在が視認出来るのであって、
点滅しなければ存在そのものが見えないであろう。
初見だか、蚊、羽虫、蛍等の生き物とも思えない。
危害を加えられる恐れも考えられない。
それに手を伸ばして掴もうとするが、手が動いたことによって風が生まれたのか、
流されるようにスウッと離れて行く。
月も星も何一つ見えない。
藍色に点滅する霧の世界がどこまでも続いた。
暑さも寒さも感じない。
方位も分からない。どちらが北で南なのか。
時間の経過すら分からない。
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これで一つ分かった。
現代の文明機器が役に立たない世界であると。
加えてもう一つ。
自分達が動いているのが分かった。
川にでも流されたかのように、
だだっ広い宏大な空間の中を一定方向に直線的に移動していた。
その速度はきわめて緩やかに思えた。
余裕が生まれた分けではないが、ヒイラギの感情が不思議と冷静なのに気付いた。
ついさっきまでは熱かった。
毬子同様に心騒がせていた。
それが何時の間にか、知り尽くしたかのような大人な態度。
毬子の疑問を読んでヒイラギが答えた。
「この世界なら来た覚えがある」
「どういう世界よ。
死後の世界なの。私達、死んでしまったの」
「俺とかは死んでいるが、お前は死んじゃいないよ。
それに、あの時は俺だけじゃなく、敵味方大勢が死んだ。
死霊となった者達は上へ上へと、宇宙に昇って行くのだが、
その中で俺と騅だけが、死んだ者達の列からスピンアウトしてしまった。
スピンアウトして飛び込んだのが、この世界という分けさ」
「それは喜んで良いの、良い話なの」
「あの時と同じなら、出口に繋がっている筈だ。現世に戻る出口にな」
期待が生まれた。
毬子は点滅する色が微妙に変化しているのに気付いた。
藍から青に色変わりして行く。
やがて青一色の世界。
普通に何の変哲もない青。
ここでも霧状の光体が点滅を繰り返していた。
色が藍から青に転じただけで、毬子を取り囲む状況は何ら変化しない。
ヒイラギが、「これも前と同じだ」と言って毬子を安心させた。
それも束の間、風邪の時とは違う種類の熱さを感じた。
全身が、爪の先から髪の毛の先端までもが熱を帯びた。
だけではない。
乗っている騅からも感じた。
両の太腿を通じて分かった。
なんと、「風神の剣」も熱を帯びてきた。
持つ掌が熱い。
火傷こそしないが熱い。
再びヒイラギが、「これも前と同じだ」と言うのだが、冷静ではいられない。
間を置かずに発光が始まった。
摩訶不思議にも、同時に毬子の身体が分解して行く。
手足、胴体とかに大きく分かれるのではなく、細かい霧状に。
自分の身体だけでなく、騅も、「風神の剣」も。
痛みも何も感じない。
疑問、疑念が膨らむのみ。
分解しても思考能力は残っているらしい。
分解が進むにつれ様々な色が点滅を開始した。
赤、青、黄、緑、紫、・・・。
まるで繁華街のネオンサイン。
それらの多くは自己主張しながらも、
次の瞬間には吹き飛ばされるかのように、毬子の周辺から離れて行く。
「どうやら服飾品とかの、本体とは無関係な物は剥がされるようだな」とヒイラギ。
確かにそのようで、四つの色だけが残った。
大雑把に言えば、白銀色系統が二つに赤色系統二つ。
そしてそれらは、霧状だか、本来の形状を表す事によって自分を主張していた。
白銀に点滅する天馬は騅そのもの。
刀剣の姿は明らかに、「風神の剣」。白銀なのだが、光沢が妙に違っていた。
騅が前に出る目映い白銀なら、「風神の剣」はひっそりとした孤高の白銀。
当の毬子は赤。
人型の形状をしている赤がピュアな赤なら、
それに組み込まれている鮮血を思わせる赤がヒイラギであろう。
毬子は人としての目は失ったが、どういう仕組みか、視認する事が出来た。
ヒイラギの存在が、形状がはっきりと見えた。
それは毬子の頭部にあり、痣のように張り付いていた。
「俺は痣か」とヒイラギが笑う。
毬子から戸惑いも恐怖も消えていた。
摩訶不思議に勝るものなし。
「もしかして今の私は裸なの」
「そのようだな」
「寒くはないわね。で、この状態は何なの」
「授業で習ったろう。分子、原子、中性子に素粒子。物を構成する最小単位だ。
最々小単位かな」
毬子の思考が一時停止した。
習った覚えなどない。
「・・・。・・・本当に」
「お前が居眠りしてる間にな。
俺が聞いて、脳内に記憶して置いたがテストは赤点だった」
「それは申し訳ない」
「次から授業に出たらしっかり勉強してくれよ」
返す言葉がない。
そこで話題を変えた。
「死霊となった者も分子、原子の最小単位になるの。
死んで単位の元となる実体は無くなったと思うけど」
「ほう、その手のことには鋭いな。
それは神様に会ったらだが、神様に聞いてくれ。俺には答えられない。
・・・。
もしかして、たぶんだが、
姿そのものが見えなくても、存在するのなら、分解される対象なのだろう」
「そうか。それで、元の姿に戻るのよね」
「そうなると毬子は衣服を失ったから裸だとは思うがな」
「裸で元の世界に戻るの。困ったわね」
困っていると青色の世界の先に極彩色に点滅する世界が現れた。
ありとあらゆる色があった。
それらが、せわしなく動き、点滅を繰り返していた。
そこに否応なく流されて行く。
原子か、素粒子かは知らないが、それらがあらゆる角度から飛んで来て、
付近を素通りするのもあれば、毬子達を突き抜けて行くのもある。
前から後ろから、上から下から、右から左から、斜めから。
直線もあれば、曲線もあり。
四方八方から飛んで来て、それぞれの決まった速度で飛び去って行く。
慣れると点滅せぬ色のない透明な物質が飛来するのも感じ取ることが出来た。
多くは干渉せずに互いを突き抜けるのだが、たまに干渉して弾き合うのもあれば、
融合して膨らむのもあり、消滅するのもあり。
違う色彩の光体と光体がぶつかり、火花を散らすと、それはそれで美しい。
まるで線香花火のよう。
単純な動きだが、見ていて飽きない。
毬子達には何の害も及ぼさないので安心して見ていられた。
ところが、前方より飛来する光体を目にした瞬間、何やら危惧を覚えた。
確信はないが嫌な予感がした。
それはヒイラギも同様らしい。
互いの意識がリンクし、警戒警報を鳴らした。
しかしどうする事も出来ない。
回避を試み、騅を動かそうとするが、流されている状態から脱する事は出来ない。
毬子達は決められた軌道上を走るだけの存在でしかない。
乗せている騅も外れようとはしない。
それは毬子やヒイラギと同じ赤色の系統であった。
二人に比べ、より鮮烈に点滅し、自己を主張する赤。
それが毬子の胸に向かって来た。
突き抜けずに直撃する。
痛みというより、電撃が全身を走った。
落雷を受けると、こういう衝撃を受けるのかも知れない。
毬子とヒイラギの二人は気が遠くなった。
騅も、「風神の剣」も巻き添えを食らい、これまた気を失う。
いつしか緑色に点滅する世界に流されていたが、誰一人として目を覚まさない。
流される速度が上がっても誰も目覚めない。
さらに流れが早まる。
流れが荒くなり、毬子達は新たな世界に、滝から落とされるようにして放り出された。
満天には星々が輝き、月が笑っている世界。
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