毬子は感情の高揚を押さえられない。
心の片隅に残っていたバンパイアへの恐怖の色を、
メラメラと燃える闘争心が真紅に塗り替えた。
毬子は一人ではない。
毬子の脳内に居候するヒイラギも本気になっていた。
「目を逸らすなよ。チャンスは少ない。出来れば一撃で首を刎ねたい」と。
毬子は異議を唱えた。
「ただ殺しただけでは駄目でしょう。
そうなると、あいつが他に乗り移るだけでしょう」
「そんな事言ってる場合か、ここを切り抜けるので手一杯だ。
乗り移ったら、それは、それから考えればいいだろう」
そう言われては返す言葉に窮してしまう。
「バンパイアの関心が毬子に向けられた」と察した榊英二が動いた。
遠間からの飛び込みで、バンパイアの脇腹を狙い、突きをくれた。
地を這うようにして、低く飛ぶ。
修練の賜物。
人間離れした疾風の如き速さであった。
ところがバンパイアが気配を察知した。
顔を向けながら、身体を僅かに捻っただけで、その刃先を難なく躱した。
のみならず榊を片手で捕らえて刀をはたき落とし、流れる動作で大きく投げ飛ばした。
かなり強引だが所謂、「払い腰」のような技。
体格差から、「まるで大人が虐めで子供を投げ飛ばした」と見えなくもない。
腕力こそ野生だが、格闘術の心得があるらしい。
榊は背中から車道に投げつけられ、悲鳴をもらし、大きく呻いた。
バンパイアが仕留める動作に入った。
踏み潰すつもりのようで、片足を大きく上げた。
毬子は考えるよりも先に身体が動いていた。
遠間から大きく跳躍した。
宙を大きく長く飛んで行く。
これは修練とかいうものとは無縁のモノ。
明らかに神業。
内なるヒイラギの後押しがあって初めて可能な技。
今求められているのは、榊や田原の救出が大前提。
それには冷静な対応をしている余裕はない。
ただ、バンパイアの首を刎ねて、救出の時間を稼ぐしかない。
とにかく時間的にも、否も応もない追い詰められた状況。
決断したら実行あるのみ。
毬子は真上に構えた刀をバンパイアの首筋目掛け、斜め下に振り下ろした。
右からの袈裟斬り。
ルドルフも少女の攻撃に気付いた。
人とは思えぬ飛翔力だが、感心も、驚愕する暇もない。
躱す余裕すらもないだろう。
上げた足を元に戻し、同時に左手を頭上に差し上げた。
片腕を犠牲にして、首を守ろうというのだ。
左腕のみではなく、全身に力を込めた。
外皮を構成する皮膚分節だけでなく、随意筋とか不随意筋、赤筋・白筋の区別なく、
肛門までの筋肉を全てを引き締めた。
全身の筋肉を鎧とした。
それでもって刃を受けた。
「チョエスー」と少女の気合いが間近で聞こえた。
上腕に食い込む刃。
体毛が削ぎ落とされ、皮膚が、肉が斬られた。
少女にしては鋭い斬り込みではないか。
全体重を刀に乗せているのだろう。
それでも一刀両断とはならない。
骨にも達していない。
流石は獣化の効果。
筋肉の密度が鎧に近い強度なのではないだろうか。
そうと判断するが早いか、反撃に転じた。
斬られた箇所から血が噴き出すよりも速かった。
残った右手でもって宙にある少女の胸部に張り手を見舞った。
毬子は、「鬼斬り」がバンパイアの腕で受け止められた事を知った。
これ以上は切り裂けないし食い込まない。
「なんて強い肉圧」と感じた瞬間に左胸に衝撃を受けた。
バンパイアの苦し紛れの一発、張り手だった。
馬鹿に出来ない馬鹿力。
大きく後方に張り飛ばされた。
それでも立ち直るのは早い。
空中で体勢を整え、車道ギリギリに着地した。
仕留める為にバンパイアが毬子の方に駆けようとする。
表情が苦痛か、屈辱か、妙に歪んでいるではないか。
怒っているのは確かだ。
とうに、「鬼斬り」は毬子の手元を離れていた。
張り飛ばされた衝撃で落としてしまったらしい。
唯一の武器を失った。
だからといって逃げるつもりは更々ない。
両手を手刀とし、腰を充分に落として身構えた。
劣勢にも関わらず、不思議な事に頭は冷静に回転していた。
ここで待ち受け、バンパイアの両目を潰す覚悟をした。
肉厚の筋肉が全身を覆っていても、目まで覆うのは無理だろう。
と、後方で警察ヘリのホバリング音が大きくなった。
慎重に接近して来ているらしい。
それを受けてバンパイアの足が止まった。
毬子と警察ヘリを見比べた。
すると、新たなヘリの音も聞こえてきた。
数機の取材ヘリが遠巻きにしているが、それとは別に、こちらに急接近をして来る。
警察ヘリが増援されたのだろう。
等間隔の三機編隊で現れた。
突然の銃声。
連射ではなく、狙い澄ました銃撃が立て続けに行われた。
合計五発。
狙われたのはホバリング中の警察ヘリだった。
損傷を受けていた。
警察ヘリが機体下部から煙を吐きながら離脱して行く。
バンパイアはと見ると、奴は狙撃者を目で追っていた。
四谷方向に向かう車道。
狙撃者が事故で身動き出来ない車両の陰から姿を表し、狙撃銃を片手で上げて、
存在を誇示した。
離れてはいてもルドルフはそれがクララ・エルガーだと認識した。
おそらく彼が斃した警察の狙撃手の装備品を奪ったのだろう。
銃身の長い大口径の狙撃銃は狩猟用のマグナム弾を使用するので、
重いし、射撃時の反動も激しい反面、破壊力には優れていた。
それをクララは軽々と扱い、警察ヘリを撃退してみせた。
半蔵門前に群れていた警官隊がジュラルミンの盾を片手に動き出した。
手に手に拳銃を構え、クララを目掛けて駆け出した。
相手は女と見くびり、
「たとえ狙撃銃を手にしていても、所詮は一人。数で押さえ込める」
と指揮官が判断したのだろう。
クララは容赦しない。
銃を連射モードにすると腰撓めにし、
警官隊の先頭に向けて三連射を二回繰り返した。
銃撃でジュラルミンの盾が次々と弾き飛ばされ、
幾人かの警官から鮮血が噴き出した。
警官隊に怯えが走った。
次の瞬間には蜘蛛の子を散らしたように指揮系統を無視して逃散を始める。
凄まじい爆発音が空気を揺るがした。
離脱した警察ヘリが皇居から東京駅方向に向かう途中で爆発炎上し、
黒煙と炎に包まれながら皇居外苑の芝生の辺りに墜落して行く。
機影が消え、再び大爆発。
みんなの注意が皇居周辺の騒動に向けられていた頃、
真上の高度の空間に歪みが生じた。
何かが空間の割れ目から、見えない姿を現した。
強烈な気配を放つでもなく、すーっと落下して行く。
皇居の堀の上にある結界にいる精霊達だけが感じ取った。
「嫌な気配だ」
「これは妖気か」
「死霊も混じっている」
「我らに似てはいるが、異なるモノだ」
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毬子は一人ではない。
毬子の脳内に居候するヒイラギも本気になっていた。
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毬子は異議を唱えた。
「ただ殺しただけでは駄目でしょう。
そうなると、あいつが他に乗り移るだけでしょう」
「そんな事言ってる場合か、ここを切り抜けるので手一杯だ。
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「バンパイアの関心が毬子に向けられた」と察した榊英二が動いた。
遠間からの飛び込みで、バンパイアの脇腹を狙い、突きをくれた。
地を這うようにして、低く飛ぶ。
修練の賜物。
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顔を向けながら、身体を僅かに捻っただけで、その刃先を難なく躱した。
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腕力こそ野生だが、格闘術の心得があるらしい。
榊は背中から車道に投げつけられ、悲鳴をもらし、大きく呻いた。
バンパイアが仕留める動作に入った。
踏み潰すつもりのようで、片足を大きく上げた。
毬子は考えるよりも先に身体が動いていた。
遠間から大きく跳躍した。
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ただ、バンパイアの首を刎ねて、救出の時間を稼ぐしかない。
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毬子は真上に構えた刀をバンパイアの首筋目掛け、斜め下に振り下ろした。
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ルドルフも少女の攻撃に気付いた。
人とは思えぬ飛翔力だが、感心も、驚愕する暇もない。
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上げた足を元に戻し、同時に左手を頭上に差し上げた。
片腕を犠牲にして、首を守ろうというのだ。
左腕のみではなく、全身に力を込めた。
外皮を構成する皮膚分節だけでなく、随意筋とか不随意筋、赤筋・白筋の区別なく、
肛門までの筋肉を全てを引き締めた。
全身の筋肉を鎧とした。
それでもって刃を受けた。
「チョエスー」と少女の気合いが間近で聞こえた。
上腕に食い込む刃。
体毛が削ぎ落とされ、皮膚が、肉が斬られた。
少女にしては鋭い斬り込みではないか。
全体重を刀に乗せているのだろう。
それでも一刀両断とはならない。
骨にも達していない。
流石は獣化の効果。
筋肉の密度が鎧に近い強度なのではないだろうか。
そうと判断するが早いか、反撃に転じた。
斬られた箇所から血が噴き出すよりも速かった。
残った右手でもって宙にある少女の胸部に張り手を見舞った。
毬子は、「鬼斬り」がバンパイアの腕で受け止められた事を知った。
これ以上は切り裂けないし食い込まない。
「なんて強い肉圧」と感じた瞬間に左胸に衝撃を受けた。
バンパイアの苦し紛れの一発、張り手だった。
馬鹿に出来ない馬鹿力。
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それでも立ち直るのは早い。
空中で体勢を整え、車道ギリギリに着地した。
仕留める為にバンパイアが毬子の方に駆けようとする。
表情が苦痛か、屈辱か、妙に歪んでいるではないか。
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とうに、「鬼斬り」は毬子の手元を離れていた。
張り飛ばされた衝撃で落としてしまったらしい。
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両手を手刀とし、腰を充分に落として身構えた。
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ここで待ち受け、バンパイアの両目を潰す覚悟をした。
肉厚の筋肉が全身を覆っていても、目まで覆うのは無理だろう。
と、後方で警察ヘリのホバリング音が大きくなった。
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それを受けてバンパイアの足が止まった。
毬子と警察ヘリを見比べた。
すると、新たなヘリの音も聞こえてきた。
数機の取材ヘリが遠巻きにしているが、それとは別に、こちらに急接近をして来る。
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等間隔の三機編隊で現れた。
突然の銃声。
連射ではなく、狙い澄ました銃撃が立て続けに行われた。
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狙われたのはホバリング中の警察ヘリだった。
損傷を受けていた。
警察ヘリが機体下部から煙を吐きながら離脱して行く。
バンパイアはと見ると、奴は狙撃者を目で追っていた。
四谷方向に向かう車道。
狙撃者が事故で身動き出来ない車両の陰から姿を表し、狙撃銃を片手で上げて、
存在を誇示した。
離れてはいてもルドルフはそれがクララ・エルガーだと認識した。
おそらく彼が斃した警察の狙撃手の装備品を奪ったのだろう。
銃身の長い大口径の狙撃銃は狩猟用のマグナム弾を使用するので、
重いし、射撃時の反動も激しい反面、破壊力には優れていた。
それをクララは軽々と扱い、警察ヘリを撃退してみせた。
半蔵門前に群れていた警官隊がジュラルミンの盾を片手に動き出した。
手に手に拳銃を構え、クララを目掛けて駆け出した。
相手は女と見くびり、
「たとえ狙撃銃を手にしていても、所詮は一人。数で押さえ込める」
と指揮官が判断したのだろう。
クララは容赦しない。
銃を連射モードにすると腰撓めにし、
警官隊の先頭に向けて三連射を二回繰り返した。
銃撃でジュラルミンの盾が次々と弾き飛ばされ、
幾人かの警官から鮮血が噴き出した。
警官隊に怯えが走った。
次の瞬間には蜘蛛の子を散らしたように指揮系統を無視して逃散を始める。
凄まじい爆発音が空気を揺るがした。
離脱した警察ヘリが皇居から東京駅方向に向かう途中で爆発炎上し、
黒煙と炎に包まれながら皇居外苑の芝生の辺りに墜落して行く。
機影が消え、再び大爆発。
みんなの注意が皇居周辺の騒動に向けられていた頃、
真上の高度の空間に歪みが生じた。
何かが空間の割れ目から、見えない姿を現した。
強烈な気配を放つでもなく、すーっと落下して行く。
皇居の堀の上にある結界にいる精霊達だけが感じ取った。
「嫌な気配だ」
「これは妖気か」
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