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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(光の中へ)170

2012-09-30 08:06:11 | Weblog
 毬子は感情の高揚を押さえられない。
心の片隅に残っていたバンパイアへの恐怖の色を、
メラメラと燃える闘争心が真紅に塗り替えた。
毬子は一人ではない。
毬子の脳内に居候するヒイラギも本気になっていた。
「目を逸らすなよ。チャンスは少ない。出来れば一撃で首を刎ねたい」と。
 毬子は異議を唱えた。
「ただ殺しただけでは駄目でしょう。
そうなると、あいつが他に乗り移るだけでしょう」
「そんな事言ってる場合か、ここを切り抜けるので手一杯だ。
乗り移ったら、それは、それから考えればいいだろう」
 そう言われては返す言葉に窮してしまう。
 「バンパイアの関心が毬子に向けられた」と察した榊英二が動いた。
遠間からの飛び込みで、バンパイアの脇腹を狙い、突きをくれた。
地を這うようにして、低く飛ぶ。
修練の賜物。
人間離れした疾風の如き速さであった。
 ところがバンパイアが気配を察知した。
顔を向けながら、身体を僅かに捻っただけで、その刃先を難なく躱した。
のみならず榊を片手で捕らえて刀をはたき落とし、流れる動作で大きく投げ飛ばした。
かなり強引だが所謂、「払い腰」のような技。
体格差から、「まるで大人が虐めで子供を投げ飛ばした」と見えなくもない。
腕力こそ野生だが、格闘術の心得があるらしい。
 榊は背中から車道に投げつけられ、悲鳴をもらし、大きく呻いた。
 バンパイアが仕留める動作に入った。
踏み潰すつもりのようで、片足を大きく上げた。
 毬子は考えるよりも先に身体が動いていた。
遠間から大きく跳躍した。
宙を大きく長く飛んで行く。
これは修練とかいうものとは無縁のモノ。
明らかに神業。
内なるヒイラギの後押しがあって初めて可能な技。
 今求められているのは、榊や田原の救出が大前提。
それには冷静な対応をしている余裕はない。
ただ、バンパイアの首を刎ねて、救出の時間を稼ぐしかない。
とにかく時間的にも、否も応もない追い詰められた状況。
決断したら実行あるのみ。
 毬子は真上に構えた刀をバンパイアの首筋目掛け、斜め下に振り下ろした。
右からの袈裟斬り。
 ルドルフも少女の攻撃に気付いた。
人とは思えぬ飛翔力だが、感心も、驚愕する暇もない。
躱す余裕すらもないだろう。
上げた足を元に戻し、同時に左手を頭上に差し上げた。
片腕を犠牲にして、首を守ろうというのだ。
 左腕のみではなく、全身に力を込めた。
外皮を構成する皮膚分節だけでなく、随意筋とか不随意筋、赤筋・白筋の区別なく、
肛門までの筋肉を全てを引き締めた。
全身の筋肉を鎧とした。
それでもって刃を受けた。
「チョエスー」と少女の気合いが間近で聞こえた。
 上腕に食い込む刃。
体毛が削ぎ落とされ、皮膚が、肉が斬られた。
少女にしては鋭い斬り込みではないか。
全体重を刀に乗せているのだろう。
それでも一刀両断とはならない。
骨にも達していない。
 流石は獣化の効果。
筋肉の密度が鎧に近い強度なのではないだろうか。
そうと判断するが早いか、反撃に転じた。
斬られた箇所から血が噴き出すよりも速かった。
残った右手でもって宙にある少女の胸部に張り手を見舞った。
 毬子は、「鬼斬り」がバンパイアの腕で受け止められた事を知った。
これ以上は切り裂けないし食い込まない。
「なんて強い肉圧」と感じた瞬間に左胸に衝撃を受けた。
バンパイアの苦し紛れの一発、張り手だった。
 馬鹿に出来ない馬鹿力。
大きく後方に張り飛ばされた。
それでも立ち直るのは早い。
空中で体勢を整え、車道ギリギリに着地した。
 仕留める為にバンパイアが毬子の方に駆けようとする。
表情が苦痛か、屈辱か、妙に歪んでいるではないか。
怒っているのは確かだ。
 とうに、「鬼斬り」は毬子の手元を離れていた。
張り飛ばされた衝撃で落としてしまったらしい。
唯一の武器を失った。
だからといって逃げるつもりは更々ない。
両手を手刀とし、腰を充分に落として身構えた。
劣勢にも関わらず、不思議な事に頭は冷静に回転していた。
ここで待ち受け、バンパイアの両目を潰す覚悟をした。
肉厚の筋肉が全身を覆っていても、目まで覆うのは無理だろう。
 と、後方で警察ヘリのホバリング音が大きくなった。
慎重に接近して来ているらしい。
 それを受けてバンパイアの足が止まった。
毬子と警察ヘリを見比べた。
 すると、新たなヘリの音も聞こえてきた。
数機の取材ヘリが遠巻きにしているが、それとは別に、こちらに急接近をして来る。
警察ヘリが増援されたのだろう。
等間隔の三機編隊で現れた。
 突然の銃声。
連射ではなく、狙い澄ました銃撃が立て続けに行われた。
合計五発。
狙われたのはホバリング中の警察ヘリだった。
 損傷を受けていた。
警察ヘリが機体下部から煙を吐きながら離脱して行く。
 バンパイアはと見ると、奴は狙撃者を目で追っていた。
四谷方向に向かう車道。
狙撃者が事故で身動き出来ない車両の陰から姿を表し、狙撃銃を片手で上げて、
存在を誇示した。
 離れてはいてもルドルフはそれがクララ・エルガーだと認識した。
おそらく彼が斃した警察の狙撃手の装備品を奪ったのだろう。
銃身の長い大口径の狙撃銃は狩猟用のマグナム弾を使用するので、
重いし、射撃時の反動も激しい反面、破壊力には優れていた。
それをクララは軽々と扱い、警察ヘリを撃退してみせた。
 半蔵門前に群れていた警官隊がジュラルミンの盾を片手に動き出した。
手に手に拳銃を構え、クララを目掛けて駆け出した。
相手は女と見くびり、
「たとえ狙撃銃を手にしていても、所詮は一人。数で押さえ込める」
と指揮官が判断したのだろう。
 クララは容赦しない。
銃を連射モードにすると腰撓めにし、
警官隊の先頭に向けて三連射を二回繰り返した。
 銃撃でジュラルミンの盾が次々と弾き飛ばされ、
幾人かの警官から鮮血が噴き出した。
警官隊に怯えが走った。
次の瞬間には蜘蛛の子を散らしたように指揮系統を無視して逃散を始める。
 凄まじい爆発音が空気を揺るがした。
離脱した警察ヘリが皇居から東京駅方向に向かう途中で爆発炎上し、
黒煙と炎に包まれながら皇居外苑の芝生の辺りに墜落して行く。
機影が消え、再び大爆発。

 みんなの注意が皇居周辺の騒動に向けられていた頃、
真上の高度の空間に歪みが生じた。
何かが空間の割れ目から、見えない姿を現した。
強烈な気配を放つでもなく、すーっと落下して行く。
 皇居の堀の上にある結界にいる精霊達だけが感じ取った。
「嫌な気配だ」
「これは妖気か」
「死霊も混じっている」
「我らに似てはいるが、異なるモノだ」




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白銀の翼(光の中へ)169

2012-09-27 20:10:09 | Weblog
 サクラの言う、「あの剣」とは、田原と榊の二人が手にしている刀の事であろう。
伯父がバンパイア対策として探し求めたのが、
「鬼斬り」と呼ばれる数振りの妖刀であった。
そのうちの二本が今、目の前の二人の手のうちにあり、
実際にバンパイアと対峙していた。
 サクラは暗に、「あの刀では役に立たない」と言っているのだ。
となると、「風神の剣」を持って来るしかないのだが、・・・。
もしかして、それを取りに戻ったのか。
 ヒイラギが断定した。
「そのようだな。サクラの気配が巣鴨方向に飛んで行く」
「持ってこられるの」
「サクラの霊力を侮るな」
 しかし毬子は自分を抑えられなかった。
手負いの田原を庇ったまま、榊一人で戦える分けがない。
「このままでは二人とも殺される」と感情が昂ぶった。
考えるより先に足が勝手に動き出した。
 ヒイラギも敢えて制止しない。
「しょうがないな」と苦笑い。
 伯父が慌てふためいた。
「毬子、やめなさい、とまりなさい」と追い縋る。
 それよりも毬子の動きの方が早かった。
颯爽と車道に躍り出た。
伯父の心配などどこ吹く風。
軽い足取りで田原と榊の二人の側に駆け寄ろうとした。
 近付くにしたがい、ヒシヒシと妖気が押し寄せてきた。
田原や榊の発する類のモノではない。
明らかに源はバンパイア。
殺気、狂気も入り混じっていた。
思わず鳥肌が立ち、背筋が凍り付きそうになった。
自然と足も重くなっていた。
ここで一旦足を止めれば、意志が砕け、二度と前には進めないだろう。
 それに反発するかのように、内なるヒイラギが熱気を帯びてきた。
「怖じ気づくな、俺がついてる」
 言われるまでもない。
重い足を引き摺るように前へ進めた。
 バンパイアが顔を向けてきた。
凶悪な表情。
まさに獣。
視線が絡み合う。
「逸らしたら負け」とばかりに受け止めた。
意地で我慢した
なんとバンパイアは意外にも濁りのない深淵な瞳をしていた。
緑がかったブルー。
「知性があるのだろうか」と思ってしまう。
 ここまで接近しては、逃げるに逃げられない。
開き直るしかない。
そうなると、不思議と肝が据わる。
それでも鼓動が早鐘を打ち、血潮が全身を駆け巡る。
顔が紅潮する。
「それでいい」とヒイラギ。
 毬子はバンパイアを警戒しながら田原に歩み寄ると、
毟り取るようにして刀を強引に取り上げた。
彼は抵抗しようとしたが、悲しいかな、そこまでの力は残っていなかった。
「なにをする」と声も弱い。
 この場で説いている暇はない。
「動けるなら、伯父様の方に行って」
 榊も事態に気付いた。
毬子の顔を見て戸惑う。
 バンパイアこと、ルドルフも戸惑っていた。
予想すらしなかった少女の登場にだ。
獣化したものの、今までの獣化と違い、今回のは完全なる一体化。
人の姿に戻れない一体化で、これまでのような不具合は出ない。
知性もそれ相応に働いていた。
直ぐに、「あの時の少女」と認識した。
原宿への裏通りで派手な喧嘩を見せてくれた少女だ。
虞姫に似た少女でもある。
それが何故ここに、・・・。
 古の記憶の扉が一つ、音もなく開いた。
項羽討ち死にの後、「虞姫が項羽の子を宿している」と知れ渡り、
劉邦は腹心を真偽の確認に走らせ、同時に虞姫の捕縛を中華全土に布告した。
真偽のほどは程なく判明した。
「事実である」と。
ただ、虞姫の行方だけは掴めなかった。
項羽の西楚軍を手際よく解散させると、その足で姿を消し、
二度と人前に現れる事がなかったのだ。
居場所の噂は色々と飛び交い、実際に捕縛の兵が向かったが、
いずれも噂で終わった。
 少女はその虞姫に似て度胸が良い。
小娘の細腕でこのバンパイア相手に剣を構えるとは。
果たして虞姫ほどの力量があるのだろうか。
あれば面白い。
 ルドルフは大人げないと自覚しながらも、剣を構えた少女に正対した。
すると誘われたかのように、もう一人が脇から飛び込んで来た。
狙い所はルドルフの腹部。




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白銀の翼(光の中へ)168

2012-09-23 09:00:51 | Weblog
 渋滞する車の屋根から屋根へドスン、ドスンと飛び移りながら、
バンパイアが接近して来た。
宙を飛ぶ粗暴の塊そのもの。
これに比べたら野生のゴリラなんて可愛いもの。
居合わせた野次馬達は顔を引き攣らせ、ただ見守るだけ。
みんながみんな、恐怖で身動きが取れなかった。
「狼に魅入られた子羊たち」そのまま。
 半蔵門前。
車列が途切れてバンパイアが車道に飛び降りて来た。
警備の警官隊のど真ん中であっても、一向に構わない。
逆に咆えて脅す始末。
 警官隊はジュラルミンの盾と拳銃で立ち向かおうとするが、
携帯する小口径の銃が足枷となった。
バンパイアに通用しないだけではない。
同士討ちへの心配から躊躇いが出た。
生じた間隙をバンパイアは見逃さない。
周りに居る者達を手当たり次第に薙ぎ倒した。
骨が砕かれ、肉が、歯が、鮮血が飛び散り、悲鳴が上がる。正に地獄絵図。
 警察ヘリが一機、皇居の堀の上で低空ホバリングを始めた。
狙撃手が機外に身を乗り出し、狙いを定めようとした。
生憎、警官隊が邪魔になってスムーズには運ばない。
 狙撃手のヘッドホンに指令が飛び込んで来た。
「警官隊が足留めしてる間に仕留めろ」
 マイクで返した。
「その警官隊が障壁となり、邪魔です」
「機会は二度も三度も巡ってこないぞ」
 確かにその通り。
ここを逃せば次の狙撃のチャンスがあるかどうかも怪しいもの。
それに、もう一人の狙撃手は地上での待ち伏せで失い、残ったのは自分一人。
狙撃手を乗せた警察ヘリ第二陣の到着までバンパイアが待ってくれるとは思えない。
唇を噛み締め、慎重に狙いを定め、引き金を絞った。
狩猟用のマグナム弾を使用する銃身の長い大口径の狙撃銃。
銃声も凄いが、射撃の反動も強烈。
それを慣れた調子で二連射。
 バンパイアの動作が緩くなった数少ないチャンスであった。
顔面に叩き込んだ筈であった。
なのに、驚いた事に、バンパイアはいとも簡単に躱した。
動体視力の成せる技か、視線を狙撃手に飛ばし、射線から身体を捻るだけで、
難なく銃撃から逃れたのだ。
 代わって側に居た警官の一人が、もんどり打って倒れた。
上半身から噴き出す鮮血。
側杖を食ったのは誰の目にも明らか。
これを見た警官隊が蜘蛛の子を散らすように退いて行く。
 打って変わって何の障壁もなくなった。
場に取り残されたのはバンパイア一人、いや一匹か、一頭か。
狙撃手は、これ幸いとばかりに続けて連射した。
だが、これまた躱された。
バンパイアが余裕を持って躱し、こちらを見て嘲笑うではないか。
  どうにもならぬ様子に榊英二と田原龍一の二人が駆けだした。
白刃を肩に担ぎ、無謀にもバンパイアに駆け寄った。
間合いと見るや足を止め、左右に分かれて身構えた。
二人は互いに声の掛け合いどころか、目すらも合わせない。
バンパイアから一瞬たりとも目を離さない。
 荒い鼻息のバンパイアが身動きを止め、二人を見比べた。
どちらが先手を取るのか、判断に迷う。
 それを見てヒイラギが口を開いた。
「武人らしい覚悟だ」
 毬子はヒイラギの声の調子が気になった。
「どういう意味」
「二人とも命を捨てたと言うことだ。まことに見事」とヒイラギが二人を賛美する。
 亡くなった祖父がよく口にしていた言葉が思い浮かんだ。
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」。
 毬谷家に仕えてきた榊家の者達は、常々こういう心構えで修行してきたのだろう。
今の時代には似つかわしくない主従関係だが、
それが今日まで連綿と続いているのも確か。
加えて、榊家の血筋でもない田原までが、その影響下にあるのを目の当たりにして、
毬子は正直当惑した。
「これは何なのだろう」と。
 サクラがそんな毬子を笑う。
「学校で習わなかったのかい。馬鹿男の成せる技だと」
「何てこと、酷いことを言うわね」
「男の多くは得てして勝負を度外視し、本能に従う生き物なの。
理性での判断を無視し、情に流される。
それを止める為に存在するのが女なのよ。
男と女、プラスとマイナス。良く考えて創られているわ。覚えておくことね」
 二人は主人である伯父を守るため、無謀な戦いに挑んだ。
その伯父はとことん毬子を庇おうとする姿勢。
「私が伯父を連れて逃げれば良いのか」と毬子。
 ヒイラギがその考えを打ち砕いた。
「もう手遅れだ。
あの二人が背中を見せた瞬間、バンパイアの格好の餌食になる。
それに、あの二人は背中を見せるのを良しとはしないだろう」
 サクラも言う。
「ヒイラギの言うとおりよね。
だからと言って、毬子には何の責任もないわ。
あの二人は毬子や伯父がいなくとも、バンパイアの姿を見れば勝負を挑んだ筈よ」
 驚いた事にヒイラギが、
「毬子、大人になって子を成すなら、あの二人の何れかだな」と諭すように言う。
 突然の発言に毬子は返す言葉が見つからない。
「何を、・・・」
「比べるなら伯父も良い男よ。
腕に何の覚えもないくせに、毬子を庇ってるものね。
一体どこから来る自信なんだか。持って生まれた性情かね」とサクラ。
 空気が動いた。
慎重な二人に対し、バンパイアは先を急いでいた。
右に飛ぶと見せ、左の田原を襲った。
 田原も怠りない。
剣先を真っ直ぐに、胸元への突きで迎え撃った。
 バンパイアの体捌きは人の姿の時よりも、格段に上であった。
刃先が触れるか触れないかの寸前で、するりと躱し、体当たりを喰らわし、
相手を大きく弾き飛ばした。
仰向けに倒した相手に止めの一撃を見舞おうとするのだが、相手も強か。
剣だけは手放さない。
口から血を吐き出しながら、上半身を起こして片手で構えた。
そこにもう一人が加勢に駆け寄り、庇うように正面に立った。
 毬子は身体が震えるのを感じた。
怯えではない。
熱く震えた。
「武者震いだな」とヒイラギ。
 駆け出したい欲求に駆られた。
出来るのなら今すぐにでも田原の元に駆け寄り、その剣を代わって構えたい。
「アンタはとことん男の気質だわね」とサクラが続ける。
「分かったわ、でもあの剣では駄目。アタシが戻るまで辛抱してるのよ」と、
何の説明もなく、いきなり毬子の内から気配を消した。




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白銀の翼(光の中へ)167

2012-09-20 21:13:52 | Weblog
 榊毬子の側で伯父、毬谷紘一が忙しそうに、あちこちに電話していた。
バンパイアを封じる為の石棺の手配である。
だが思うようにならないらしい。
無念そうに携帯を仕舞った。
「話にならん。運ぶ車の手配どころか、
大分から輸送させた石棺の置き場が分からないそうだ」と。
 聞いた榊英二と田原龍一の二人から、期せずして溜め息が上がった。
 銃声が聞こえた。
たぶん警察側の銃撃であろう。
 待機させている覆面パトカーから私服警官が飛び降りて来た。
「バンパイアを倒したそうです。生死の確認をする為に狙撃手が接近しています」
 伯父達の目が険しくなった。
「狙撃手一人で確認作業をするのか、バックアップは」と田原。
「詳しくは分かりませんが、無線の様子からでは一人のようです」
 伯父は、「危険だな」と銃声のした方角に目を遣った。
 その時、獣の咆哮が轟いた。
人々を怯えさせるに充分な咆哮がビル街の谷間から届いた。
散らずにいた野次馬達に動揺が走った。
警備の警官隊も同様だ。
みんなが警戒の目を咆哮の聞こえる方角に向けた。
 サクラが毬子に囁いた。
「只事ではない気配が巻き起こったわ。おそらくバンパイアの覚醒ね」
 ヒイラギも頷いた。
「強烈な気配を発してる。まさに化け物だな」
「こちらに向かって来るようね」とサクラ。
 毬子も二人の感化か、そのような気配を読み解けるようになっていた。
確かに危うい気配、寒気を覚えた。
 それは直ぐに判明した。
半蔵門から四谷に向かう道路で何台もの車が急ブレーキを踏む音。
車と車がぶつかる金属音もが聞こえてきた。
辺りに屯していた野次馬達からも悲鳴が上がった。
並大抵の怖がりようではない。
その多くが立ち竦んで身動きの取れない状態であった。
警備の警官隊も棒立ちで、その多くが唖然としていた。
 大きなモノが跳躍して現れた。
停まっている車の屋根から屋根へドスン、ドスンと飛び移りながら、
素早く移動して来た。
この速度では警察ヘリからの狙撃は無理だろう。
無理すれば野次馬の幾人かを傷つけることになる。
 向かって来ているのは衣服を身に纏ったゴリラに近いモノ。
とても金髪の少年と同一人物だとは思えない。
形相も凄いが、存在自体に威圧感があった。
まるで粗暴の塊。
これが、みんなの言うバンパイアなのだろう。
あまりのことに毬子は総毛立った。
 ヒイラギが、「ちょっと様子が変だな」と疑問を呈した。
「そうね、焦っている気配もするわね」とサクラ。
 毬子は二人に尋ねた。
「どうして引き返して来たのかしら」
 ヒイラギが即答した。
「進行方向に逃げられない何かがあったから、引き返して来たのだろう」
「だとすると、・・・」と一呼吸入れ、サクラが続けた。
「こちらには逃げ込める場所があるわ。普通の人間には無理な場所がね」
 精霊達の結界、「空間の窪地」しか考えられない。
さっき追い出されたばかりなのに、再びそこに引き返そうだなんて。
精霊達に対して勝算があるのだろうか。
「決めつけていいの」と毬子が疑問を口にすれば、
「私の勘が、そう教えてくれるわ」とサクラが余裕で応じた。
 ヒイラギもサクラに同意した。
「背に腹は替えられぬ、と言う状況に追い込まれているのだろう。
たぶん警察の銃撃を何発か喰らい、ダメージがあるのじゃないか」
 サクラが頷いた。
「私が結界を管理してるわけじゃないけど、困った状況ね。
手負いは始末におえないのよ」
 榊英二と田原龍一の二人が再び刀を抜き、
伯父と毬子を庇うようにして前に出た。
バンパイアの姿を見ても全くたじろがない。
それはそれで驚きだ。
腕に自信があるのか。
使命感に麻痺しているのか。
毬子は、「後で、その辺の心理を聞いてみよう」と思った。 




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白銀の翼(光の中へ)166

2012-09-16 10:06:14 | Weblog
 ルドルフは大量出血の影響で足下がふらついた。
それでも逃走を諦めない。
ビル陰からビル陰へと、警察ヘリの目を避けながら移動した。
幸い野次馬もいなければ、警官とも遭遇しない。
居合わせたのは運の悪い通行人達だけ。
事情を知らない彼等は目を丸くし、息を呑んでルドルフを見送った。
 ルドルフには新人類としての意地がある。
器としての身体を持たずに霊魂として生まれ、
幾つもの身体を乗っ取って今日がある。
病死とは無縁の存在で、上手に立ち回れば千年、二千年は生きられる。
生に飽きなければだが。
 霊魂と一口に言っても、死者の霊魂とは別物。
死んでも尚、現世に留まっているモノは悪霊怨霊の類と呼んだ方が相応しいだろう。
ルドルフの場合は違う。
霊魂の姿でこの世に生を受けた新種の人類なのだ。
待たないのは器の身体だけ。
新人類が俎上に上らないのは、バンパイアの類と間違われているせいであった。
 警察ヘリのローター音が右から聞こえたので、左に走った。
轟く銃声。
肩口に焼き付く痛みが走った。
身体のバランスを崩して歩道に倒れた。
 突然の銃声と飛び散る鮮血に、居合わせた通行人達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
 ヘリは囮で、新手の狙撃手を地上に配備していたらしい。
ルドルフは薄目を開けて、銃声のした方を見た。
すると、前方のビル陰から狙撃銃を構えた警官が現れた。
慎重にこちらに接近して来た。
不測の事態が生じたら、いつでも発砲出来る体勢をしていた。
 通行人のいる場所で発砲が許可されるとは。
狙撃手の腕がよほど信頼されているのか、事態の収拾が優先順位で上なのか。
たぶん後者であろう。
 ルドルフの身体に愛着があるが、これ以上の逃走は無理と判断した。
出血量が思ったよりも多すぎた。
幸いにも、封じて自然消滅させる為の石棺は用意されてないように思えた。
双方にとって急遽生じた遭遇なので、準備が間に合わないのだろう。
となれば、このまま死んだ場合、ルドルフの身体に別れを告げて、
近辺にいる誰かを乗っ取るだけ。
なんなら、こちらに接近して来る狙撃手でも構わない。
それも一興、面白い。
 狙撃手の後方に離れて停まったバイクに目が行く。
気になる姿形。
ヘルメットを投げ捨てて降りて来たのは革ジャン姿の女。
やはりクララ・エルガー。
こんな場合でも、長身から妖艶な雰囲気を醸し出していた。
今日も背中には先祖伝来の、
「くの字」に曲がったククリナイフを隠し持っているのだろう。
妖艶に妖気が入り混じっていた。
 彼女の足取りに危惧を覚えた。
早足で狙撃手に接近していた。
雇用主のアンネ・オールマンの姿がないのは、・・・。
これは彼女一人の独断に違いない。
「邪魔する者を殺害してルドルフを救う」と。
しかし、運に恵まれたとはいえ、よくも間に合ったものだ。
これも彼女独特の嗅覚の成せる技か。
 ルドルフとしては、これ以上クララを巻き込むつもりはなかった。
当然、アンネもだ。
ドイツ貴族の血を引く者としても女達に迷惑をかけるのは心苦しい。
彼女達が警察に注視される事態だけは何とかして避けなければならない。
 やりように迷うが、肝心のクララの足は緩まない。
覚悟を決めているらしい。
片手が背後に消えた。
クリリナイフを抜くのだろう。
まったく厄介な事になったものだ。
 ルドルフに選択肢はなかった。
最後の力を振り絞って立ち上がった。
万一に備えて残して置いた力を行使するしかない。
 狙撃手が敏感に反応した。
銃口を持ち上げ、緊急対応なので腰撓めにした。
近場なので照準を省くのは当然だろう。
引き金を絞ろうとした。
 それより早くルドルフは跳躍した。
狙撃手に逃げる暇を与えない。
咆哮しながら、高々と跳躍し、狙撃手の頭目掛けて飛び降りた。
同時に獣化も遂げた。
幾つかある傷口が塞がってゆく。
 獣化には、身体の持ち主の記憶と、
乗っ取った新人類の記憶の融合の不具合が因となって生じる獣化と、
今回のように意識して獣化する二種類がある。
意識した場合、短時間ならば多少はコントロールが利く。
 ルドルフは狙撃手を踏みつけたまま咆哮を続けた。
ビルの谷間に長々と響き渡る不気味な咆哮。
足下では狙撃手の頭部が粉々となり、頭蓋が露出し、血が吹き出していた。
辺りからクララと狙撃手以外の人影が消えていた。
 ルドルフは今回の獣化で、持てうる全ての力を使い切った事を認識した。
咄嗟の事とはいえ身体と一心同体化してしまった。
旧人類と新人類との完全なる融合である。
新人類側の記憶の奥底で危惧が渦巻いていたが、
それを承知の上で今回の獣化を選んだ。
後戻りの利かない獣化。
もう二度と人の姿には戻れない。
この姿のまま死ねば、身体からの脱出が利かないだろう。
当然ながら他者への乗り移りは成らない。
女達への情に流された短絡的な思考の成せる技であった。
 ルドルフには不思議と後悔はなかった。
クララと視線が絡む。
何か言い足そうなクララではあったが、それを無視して再び跳躍した。
クララの頭上を飛び越えて、皇居方向に向かった。
向かう先は、例の摩訶不思議な結界しかない。
神が創ったのか、精霊達の仕業なのか。
宙に存在する目に見えない世界。
歓迎されない事だけは確かだ。
それでも強引に押し入り、時間を稼いで対処法を練らねばならない。




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白銀の翼(光の中へ)165

2012-09-13 19:36:59 | Weblog
 上昇速度が遅くなっても項羽は慌てない。
先を急ぐ理由など何一つ無い身の上。
それよりも遅くなった理由が知りたい。
ゆっくりと感触を探る。
 何かが、自分に絡まっている気配がした。
実体を持たぬ霊魂なのだが、それでも何らかの引っかかりを感じる。
実体であれば、「自分の足首に何かが絡まっている」といったところか。
 しばらくすると、より強く気配が読めるようになってきた。
霊魂という存在に慣れ始めたのかも知れない。
絡まっているモノの気配、それは。
なにやら、・・・。
懐かしい感じ。
 そうと知ってか、絡まり具合がより強くなってきた。
まるで巫山戯ているような、甘えているような、・・・。
 まさか、とは思うが、・・・、もしかして。
騅なのか。
馬も死ぬと霊魂になるのか。
まるで人のように。
 人と獣の境目は、・・・。
虫も死ねば霊魂となるのか。
しかし、そんな事はどうでもいいことだ。
騅が死を選んだのは悲しいが、
同時に自分同様の霊魂になったのなら、それはそれで嬉しい。
そして側にいるのなら余計に嬉しい。
 不意に暗くなった。 
さっきまで無数の星明かり、月明かりを浴びていたのが、何も見えなくなった。
どこを見ても光がない。
淡い明かりさえもない。
暗闇の真っ直中に放り出された感じがした。
 そして次の瞬間、藍色の世界にいた。
まるで霧のような微細なモノが無数際限なく漂い、
淡い藍色の点滅を繰り返していた。
 項羽は光体の正体を見極めようと、視覚、感覚を研ぎ澄ました。
藍色の光体は緩やかにゆらゆらと上下左右に小さく揺れ動いていた。
しかし、さっぱり分からない。
輪郭さえも掴めない。
霧よりも細かいのかも知れない。
点滅していなければ、その存在さえ分からないだろう。
 辺り一面が藍色の世界。
どこまでも続いた。
時間も、暑いも寒いも、方位も感じない。
ただ川に流されたかのように、項羽と騅も空間を流されていた。
流れに逆らおうにも、その術が分からない。
 不思議にも、自分達以外の霊魂の存在が感じ取れない。
どうしたのだろう。
我らが迷ったのだろうか。
 進むに従い光の色が変化してゆく。
藍色から青色に。
これまた点滅を繰り返し、小さく揺れ動いていた。
完璧に霧状の微細な青い光体に包まれた。
ここでも流される状況は変わらない。
 それは唐突にきた。
何の前触れもなかった。
熱のようなものを感じると同時に、自分が発光するのが分かった。
鮮血に似た赤色の点滅を始めた。
色もだが、形にはもっと驚かされた。
霧状だが、自分が、霊魂が人そのものの形状をしていたのだ。
 驚きながら隣の騅を見ると、そちらにも驚愕させられた。
目映いばかりの白銀で、点滅を繰り返しているではないか。
おまけに、これまた霧状だが、馬そのものの形状で、
背中に明らかに翼と分かるものが生えていた。
「一日千里を翔る天馬」とは言われていたが、・・・。
白銀の翼を持つとは。
 流されながら互いに顔を見合わせた。
言葉は発せられないが、意志は通じる。
項羽は白銀の翼に手を置き、ヒョイと騅に跨った。
鞍はないが、翼のせいか、安定していた。
霊魂になっても乗り心地は変わらない。
実体であった時と同様に身を預けられる。
 青色の先には極彩色の世界が待ち構えていた。
黄色、橙色、桃色、紫色、・・・。
勿論、藍色や青色もあった。
加えて明度、彩度、色相の微妙な変化もあり複雑な色彩を呈していた。
だけではない。
それらが、せわしなく動いていたのだ。
それぞれの速度で、前から後ろから、上から下から、右から左から、斜めから、
あらゆる方角に現れ、てんでの方向に移動していた。
直線だけでなく、曲線を描くのもあった。
ぶつかっても壊れはしない。
互いに干渉しないで突き抜けるだけ。
ごくたまに、弾き返したり、融合したりとかあるのだが、
それはめったには起こらない。
 項羽と騅の中を幾つもの光体が突き抜けるが、何らかの影響も、痛みさえも、
何一つ受けなかった。
 そうこうするうちに気付いたら緑色の世界に流されていた。
ここの光体も前の藍色、青色と同じ点滅を繰り返しながら、
小さく揺れ動いていた。
 流される速度が微妙に変化した。
早まったのだ。
更に少しずつ早くなる。
どうしようというのだろう。
項羽は騅と顔を見合わせた。
疑問に思っても答えてくれる者はいない。
 いきなり流れが荒っぽくなった。
そして滝に落とされたような感覚を覚えた。
その際の衝撃で項羽は騅から落馬し、宙に長々と放り出された。
 気付くと見覚えのある世界。
月明かりに星々の明かり。
遙か下方には緑と青が鮮明な美しい星。
 慌てて騅を探すが、白銀色に点滅する天馬は見つけられない。
どうやら離ればなれになったらしい。
 騅を探す暇は与えられないようで、項羽は下方に落下して行く。
霊魂のまま、生まれた星に戻されるのか。




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白銀の翼(光の中へ)164

2012-09-09 10:11:23 | Weblog
  騅は怒っていた。
項羽の水臭さにである。
この期に及んで自分を、自分達を除け者にするとは。
 より以上に、それを事前に察知出来なかった自分自身をも怒っていた。
項羽は勇猛果敢、独断専行、唯我独尊という強面な部分だけが知られ、
その実、「性根は易しい」という面は知られていない。
土壇場になって、
「自分を、自分達を道連れにするのは止める」という事態も想定出来た。
細心の注意を払っていれば、それが察知出来た筈なのに、それを怠っていた。
戦いの合間の休憩という事で、のんびりと草地で遊んでいた自分が悔しい。
人の言葉が喋れるのなら、項羽を面罵したい。
「お前にとって俺は何なんだ。相棒だろう。
生きるも死ぬも共にする相棒じゃないのか」と怒鳴ってやりたい。
 空馬の群れの突入に気付いた敵将がそれを阻止しようと、
自らの騎馬隊を率いて走路に立ち塞がった。
およそ三千騎。
 対する空馬の群れは二百余。
戦力差が甚だしい。
そうと知っても騅達の足は緩まない。
「たかが乗り手のない空馬の群れ」と侮ったか、敵将が先頭に立っていた。
それを目掛けて騅の足が更に速度を上げた。
そして間合いと見るや、跳躍した。
まさに、「一日千里を翔る天馬」と呼ばれるだけの事はあった。
高々と宙を舞った。
敵将の頭上を軽々と越えながら、兜を蹄にかけて、
その敵将を馬体より蹴落とした。
 悲鳴を上げる暇もなく、頭から落ちてゆく敵将。
落馬して、おそらく首の骨を折ったに違いない。
それが敵騎馬隊に衝撃を与えた。
人馬共に動揺するのが見て取れた。
すかさず空馬の群れが塊となって突入した。
 それで気が済む騅ではない。
立ち塞がる者、障害となる者、それらを容赦なく次々と蹴倒して行く。
項羽を乗せていない分、身軽にもなっていた。
それは従う空馬の群れにも言えた。
野生に戻ったかのような俊敏な動きで敵陣の隙間を縫って進む。
 騅達は勢いを保ったまま戦場の中心に到達した。
そこには見慣れた西楚の軍旗が翻っていた。
喜び勇んで、敵の包囲網を背後より断ち割って味方に合流するのだが、
しかし、それを守っているのは傷付きボロボロになった十数人だけ。
彼らは最後の力を振り絞って軍旗と、そして、・・・。
西楚の覇王、項羽の亡骸を死守していた。
 騅達の思わぬ乱入が嬉しいのか、生き残っていた兵達が顔を歪めて涙す。
槍を落として号泣しながら自分の愛馬に駆け寄る者も。
 騅は項羽の亡骸に歩み寄った。
彼は仰向けで、両目を見開いたまま、息絶えていた。
「生ける武神」が、・・・。
たとえ人の言葉が喋れたとしても、今はかける言葉が見あたらない。
首を下げて、彼の顔についた血糊を舐める。
今出来ることは、彼の顔を綺麗にすることだけ。
自然に涙が溢れた。
 矢音。
大量の矢が頭上から降ってきた。
敵軍後方の焦れた陣営が早期決着を付けようとしているのだろう。
矢の雨が敵味方に関係なく降り注ぎ、各所で人馬の悲鳴が上がった。
慌てふためいて戦場から離脱する敵兵も相次ぐ。
 騅は項羽の遺体をこれ以上傷つけたくないので、遺体に覆い被さるように、
四つ足の腹の下に項羽を隠した。
矢の雨は、そんな騅にも降り注ぐ。
鞍以外の部分は無防備で、動かぬ馬体は雨に濡れるように矢が突き刺さった。
痛みを我慢した。
ここで暴れ回っては再び項羽を見失う事になる。
痛みより、何より、それが一番怖い。
 騅に代わって他の空馬達が動いたのだが、手遅れだった。
矢の雨が止み、敵の新部隊が攻め寄せて来た。
騎馬隊と槍隊が隙間なく隊列を組み、包囲網を狭めて来たのだ。
諸侯や将軍達の混成部隊だが、受けて立とうにも項羽はいない。
生き残っているのは傷付いた少数の兵と、騅率いる空馬のみ。
 惨劇となった。
盾を持った敵兵達が空馬を囲み、その身動きを阻止し、四方より槍を繰り出す。
多勢で組織的にこれをやられては、空馬ごときに抵抗の術はない。
辺りに馬の悲鳴が次々と響き渡る。
 生き残っていた味方兵達は、「最期は自分の手で」と判断し、
それぞれの持ち場で自害す。
 騅のいる場所に敵兵が現れるのに時は要しない。
まず騎兵達が現れた。
しかし彼らは接近しない。
乗っている馬達が騅の存在に怯えて、前進を躊躇っているからだ。
 次に現れた盾を構えた槍隊が騅を攻める事になった。
彼らも騅の力を知ってるようで、慎重に盾で遠巻きにした。
それからジリジリと間合いを縮め、・・・。
誰からか、「槍を投げろ」との声。
盾の陰から一斉に槍が投じられた。
何本もの槍が騅の無防備の馬体に突き刺さる。
これには騅も悲鳴を上げ、身を捩り、四つ足を震わせた。
それでも項羽からは離れたくない。
懸命に場所を死守しようと全身の力を振り絞る。
・・・。
・・・。
 項羽は騅の死の一部始終を見届けた。
今の存在が霊魂では声も涙も出ない。
それでも感情だけは生きていた。
自分の内部が沸騰し、濡れるのを感じた。
だが、事情が彼を許さない。
無情にも上へ上へと、上昇を続けて行く。
 直に地の様子が見られぬほどに遠ざかった。
項羽は一人ではなかった。
周りに敵味方の者達の存在を感じた。
同じ場所で死んだ者達が、みんな同じ方向に向かっていた。
 太陽の日差しから離れ、星々が輝く空間に出た。
こうして下を見ると、自分達の生きた地が丸い星だと分かる。
緑と青が鮮明な美しい星。
白い雲が覆っている場所もある。
どうやら夜空に見た星々の同類だったらしい。
 なんて小さな世界で生きていたのだろう。
そこで相争うのに何の意味があったのだろう。
自分の存在は。
人の存在する意味は。
霊魂の先にあるものは。
 感慨深く下を見ていたら、何やらが自分が重くなった気がした。
・・・。
否、気のせいではない。
何かが、何かが、・・・。
そのせいか、上昇する速度が遅くなった。
 比べて、周りの霊魂達は姿こそ見えないものの、
彼らが変わらぬ速度で上昇を続けているのは、はっきりと感じ取った。
後から来た霊魂達が自分を追い越して行くのも。




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白銀の翼(光の中へ)163

2012-09-06 20:52:58 | Weblog
 項羽を中心とした円陣に敵騎馬隊が襲いかかった。
五十余が拾い上げた盾で防御陣を組んでいるが、
勢いをつけて襲いかかる多勢の敵騎馬隊を阻止できるものではない。
随所で綻び始めた。
 敵騎馬隊は幾度も隊列を入れ替え、執拗に襲いかかった。
これに後続の敵歩兵部隊が加わった。
人馬が入り乱れ、円陣を崩壊させようと躍起になった。
 項羽は部下達を叱咤激励しながら、綻びた穴を塞いで回る。
その度に得意の槍を振り回して、敵を退けた。
項羽の面目躍如。
が、項羽一人の頑張りにも限界があった。
円陣が全体的に弱体化してゆく。
 項羽の耳がそれを捉えた。
飛来する矢音。
 敵騎馬隊に少数の弓隊が組み込まれていた。
その者達は項羽の周りが手薄になるのを待っていた。
そして今、好機到来とばかりに矢を放った。
 気付いたのは項羽だけではなかった。
側近くにいた宋文も気付いた。
彼は考えるより先に、矢の飛来する方向に向かい、全身を晒した。
具足で身を固め、盾を持ってはいても、無傷で済むわけがない。
何本もの矢が突き刺さり、具足から血が流れ出した。
 項羽は何とか宋文に駆け寄ろうとしたのだが、状況が許さない。
円陣の一角が崩れて敵騎馬数騎が乱入して来た。
うちの二騎が項羽に狙いをつけた。
左右から槍を繰り出す。
 項羽は難なく払いのけたのだが、かわりに背中に衝撃が走った。
後方より乱入して来た別の敵が槍を繰り出したのだ。
続けて脇腹にも衝撃。
これまた新たな敵。
 項羽には強烈な打撃となった。
そして激しい、焼き付くような痛み。
刺された時の痛みと、抜かれる際の痛み。
血も二カ所から噴出した。
しかし、これが致命傷とは感じない。
 両足で踏ん張り、気を張って槍を構えた。
ところが、周囲にいる筈の部下達の声が聞こえない。
当然ながら敵の声も聞こえない。
何も聞こえない。
争乱の真っ直中にいるというのに。
 目眩がした。
視界が狭まるのが分かる。
血を流しすぎたのだろうか。
 眼前に巨大な影。
気付いた時には遅かった。
胸に凄まじい打撃を受け、後方へ大きく飛ばされた。
背中から落ちて、「馬に前足で蹴られたのだ」と理解した。
立ち上がろうにも思うにまかせない。
まるで泥沼に落ちてゆくような感触。
 仰向けの項羽の側に寄せた敵騎兵が槍を繰り出した。
馬上から力任せに項羽の喉元を狙い、容赦なく突く。
鮮血が飛び、馬の足下を濡らす。
 項羽は痛みより何より、呼吸そのものを失ってしまった。
意識が飛ぶ。
・・・。
・・・。
 痛みを感じない。
そっと上半身を起こした。
周りは修羅場。
敵味方が項羽を中心にして争っていた。
 誰も上半身を起こした項羽に関心を払わない。
誰も、・・・、敵も味方も、視線すら合わせようとはしない。
 項羽は部下達に怒鳴った。
「陣を立て直せ」と。
 それでも誰一人応じない。
再度、「陣を立て直せ」と怒鳴る。
 聞こえた様子がない。
 項羽は改めて周りを見回した。
戦場独特の喧騒が聞こえない。
 項羽は宙に浮くのを感じた。
少しずつ、少しずつ、地を離れてゆく。
自分に重みを感じない。
 気付いたら騎乗の騎兵と同じ高さにいた。
下を見ると仰向けの自分がいた。
血塗れで身動き一つしていない。
両の眼を大きく見開いたまま、息絶えていた。
 それで事態を悟った。
いつだったか虞姫が星空の下で、
「人は死ぬと、身体を失い、霊魂だけの存在になるそうよ」と言っていた。
 項羽は疑問に思い尋ねた。
「霊魂になったら、その先どうなるのだ」
 彼女は苦笑いしながら夜空を指さした。
「上の方に向かうそうだけど、私は確かめた事がないわ」
 項羽は少しずつ上に向かっていた。
見えないが、彼一人ではなかった。
大勢の存在を感じた。
戦死した敵味方の者達に違いない。
 下方に異な気配を感じた。
亡骸となった項羽を中心とした戦場に凶暴な殺意が走っていた
空馬の群れが反項羽連合軍の隙間を縫うようにして、中心に向かっていた。
邪魔する者達や障害となる者達を強引に蹴散らし、先を急いでいた。
 その群れの先頭の馬は項羽の愛馬、騅であった。
見間違えようがない。
他の馬達に比べて一回り大きな馬体。
青鹿毛で、鼻っ柱の強そうな顔。
飛ぶようにして駆ける姿は、まさに一日千里を翔る天馬、騅そのもの。
 騅が西楚の騎馬隊の空馬二百余を率い、項羽の元へと急いでいた。




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白銀の翼(光の中へ)162

2012-09-02 08:55:30 | Weblog
 項羽にとっては見覚えのない軍旗であった。
雨後の筍のように増えた諸侯の一人か、将軍の一人ではあるのだろう。
「それほどの手応えは無いだろう」と思っていたら、
項羽達に先手を取られたにも関わらず、その陣容に乱れは窺えなかった。
指揮する者がよほどの手練れなのだろう。
最前列の横隊に整然と盾を並べさせ、
盾と盾の僅かな隙間から威嚇するように槍の穂先を出させていた。
 一列百人の横隊。
これが十列あるので千人隊に違いない。
この分厚さなら大概の騎馬隊を足止めできる。
 だが、相手が悪かった。
騎乗してさえ、鮮やかな槍捌きの西楚騎馬隊なのだ。
これが歩兵編成となるや、その比ではない。
騎馬の勢いを失った代わりに、地に足をつけた一味違う槍働きを見せつけた。
 「生ける武神」、項羽に至っては瞬殺であった。
盾と盾の僅かな隙間から覗く槍を目掛け、己の槍を絡ませるように突き入れ、
穂先を払いながら相手の胸元を深く抉った。
鮮血が盾を飛び越えた。
 項羽に続く者達が、その開いた穴をこじ開けた。
相手方に穴を塞ぐ余裕を一瞬足りと与えない。
飛び込むようにして、容赦のない槍捌きで穴の両脇の者達を刺し殺す。
二つの悲鳴が上がった。
 開いた一点の穴に項羽側が集中した。
後続の者達が盾を蹴倒し、槍で叩き伏せ、二列目、三列目と横隊を分断した。
 敵の千人隊長の怒号が飛ぶ。
「堪えろ。人数はこちらが多い。後列の者、開けられた穴を早く塞げ」
 項羽が部下達を追い越して、再び先頭に立った。
その槍が盾代わりとなり、敵の槍を弾き返す。
そして素早く槍を反転させ、柄でもって相手を叩き伏せた。
 側近の宋文が刺した槍を抜くのに苦労していた。
敵の防具が厚いのだろう。
相手を体ごと蹴り倒そうと、片足を上げた。
 十列全てを断ち割るのに時間は掛からない。
 第二陣には弓隊がいたのだが、項羽達が到達するより早く後退した。
被害を受けることを嫌ったのだろう。
 替わって第三陣の歩兵部隊が現れた。
小さな盾を持ち、太刀を構えて駆けて来る。
 これまた千人隊。
太刀を振りかざして、項羽達を押し留めようとした。
突破された第一陣の残余兵力も、隊列を立て直すや追撃に転じた。
 項羽の感覚は研ぎ澄まされていた。
前後で武器と武器で叩き合う音や、
悲鳴、号令、気合い等の物音に邪魔されることなく、
こちらに駆けてくる騎馬隊の蹄の音を聞き分けた。
おおよそ千騎。
方角からして、別の陣営からのものらしい。
 槍隊と太刀隊に挟み撃ちされるより先に、
その騎馬隊が強引に割り込んで来た。
これまた知らぬ軍旗を掲げていたが、勢いがあった。
味方を押し除け、その先頭が項羽達の脇腹に襲いかかった。
 これが大混乱の端緒となった。
一帯の軍勢が一斉に動き出した。
見渡す限り、辺り一帯から砂塵が巻き上がった。
我先に項羽の首を獲ろうと、欲望丸出しの軍気も膨れ上がった。
各所で押し合い圧し合いとなるが、どの陣営も譲ろうとはしない。
抗議の銅鑼が鳴り、触れ太鼓が叩かれるが、事態は一向に改善しない。
 項羽は信じられぬ音を聞いた。
雨のような矢音。
飛来する方向を見定めるより先に、周囲の部下達に聞こえるように怒鳴った。
「盾を拾い上げろ」
 そして自らも敵の落とした盾を拾い上げ、頭上に翳した。
少し遅れて大量の矢が雨のように降り注いだ。
矢は敵味方を選ばない。
兜に、肩口に、背中に、腕に、次々と突き刺さった。
防具が厚い者は良いが、薄い者は堪らない。
血を垂れ流し、悲鳴を上げて逃げ惑う。
 潮が引くように周りにいた敵の槍隊、太刀隊、騎馬隊が退却を開始した。
憤慨しながら退いてゆく。
味方の容赦ない行為を怒るのは当然だろう。
残されたのは項羽達の他は、傷付き身動きのままならない敵兵ばかり。
 項羽は矢の飛来方向を見定めた。
これまた知らぬ軍旗が翻っていた。
矢音が止むや、その陣営から連動して騎馬隊が進発した。
騎馬隊に遅れて歩兵部隊も続いた。
 盾を翳して身を守った部下達は五十余。
彼らが項羽を真ん中にして、盾でもって円陣を組む。
 盾を拾い上げるのが間に合わず傷付いた部下達は、円陣には加わらず、
仲間同士寄り合い、突進して来た敵騎馬隊の真正面に布陣した。
こちらも、おおよそ五十余。
槍の穂先を揃えて敵騎馬隊を待ち受けた。
 勢いをつけた敵騎馬隊がそこに突入した。
千を軽く越える大軍だ。
五千騎。
が、勢いだけでは突破できない。
部下達が命を惜しまず、力の尽きるまで、命の尽きるまで、抵抗するからだ。
 後続の敵騎馬隊が迂回を開始した。
無駄な負傷兵の相手するより、項羽の首と判断したのだろう。
左右に分かれ、項羽達の円陣を目指した。
それは後続の歩兵部隊も同様。
一万が流れるように二つに分かれた。




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