父はメイドにカールを呼ぶように申しつけると、俺を見た。
「カールが来るまでお茶でも飲んでようか」
残ったメイドがみんなのお茶を入れ直した。
それを横目に俺はお茶請けのお菓子に手を伸ばした。
尾張名物の煎餅、おんでこ煎だ。
重苦しいとしか思えない醤油味の濡れ煎餅。
これがお茶に合う。
姿が見えないのを良いことにアリスが現れ、
俺が手にした煎餅に取り付いた。
舌でペロッペロッ。
『なにこれ、癖になりそうな酷い旨み』
『これが大人の味だよ』
『なによそれ、お子様が』
二枚、三枚と食べているとカールが部屋に入って来た。
笑みを浮かべて俺に目礼し、父達のソファーの後ろに立った。
何だか、おかしな光景だ。
この中で爵位持ちはカール一人。
その彼が立ちんぼ。
まあ、今の肩書きが冒険者だから良いのか。
お茶で一息入れた父が顔を上げた。
優しい目色で俺を見た。
「王室から異例な通達があった。
・・・。
お前に子爵位を授けるそうだ。
子爵様だ」
耳を疑った。
聞き間違い。
そうだ、聞き間違いに違いない。
「はあー、・・・子爵様って聞こえましたけど」
父は苦笑い。
「だよな。
そう思うような。
でも、そうなんだ。
子爵様だ、ダンタルニャン」
聞き間違いではなかった。
子爵様。
意味が分からない。
国王が授けるのが公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五爵位。
その下に騎士爵、上大夫爵、下大夫爵と三爵位があるが、
そちらは地方の寄親である伯爵が授けるもの。
何の功績もないのに、いきなり子爵はないだろう。
それに、そもそも最下位爵の下大夫爵ですらない。
爵位の階段の階には程遠い平民の男児。
どこかで手違いが生じたに違いない。
そう俺は確信した。
「これは何かの間違いです。
事務手続きの際に誰かがミスったんでしょう」
父に促されてカールが口を開いた。
「爵位おめでとうございます。
これは事実です。
私の実家の細川子爵家に確認したので間違いありません」
「ほんとうに」疑いの眼でカールを見た。
「ほんとうですよ」カールは目を逸らさない。
「何の功績もないよ」
「ご心配なく、これは王室の都合です」きっぱり言い切った。
「都合・・・」
「国都の貴族街で焼き討ちがあったそうですね」
「外郭北区画のエリオス佐藤子爵邸」
「そうです、それに関して色々と噂が飛び交っています。
知ってますか」
「無責任な噂ばかりだけど、
中で一つだけ聞き逃せないのがバイロン神崎子爵かな」
真実味のある噂を聞いた。
始まりは宮中での一件。
バイロン神崎子爵がエリオス佐藤子爵に刃傷沙汰、斬り付けた。
佐藤子爵は命は助かったものの、
後遺症で寝たきり生活をせざるを得なくなった。
加害者の神崎子爵は爵位と領地が没取され、当人は断頭台送り。
それで一件は落着した筈だった。
忘れた頃に起きたのが今回の焼き討ち。
多くの者が神崎子爵家遺族や遺臣の関与を疑った。
アリスが腹を抱えて笑う。
『お子ちゃま貴族って、人材不足なの~』
俺は無視した。
俺はカールに尋ねた。
「もしかして、佐藤子爵家と神崎子爵家が関係するの」
「おおありです。
最初に佐藤子爵家はこちらの佐藤家とは無関係と申し上げます。
あちらもジョナサン佐藤の血統と謳っていますが、
傍系にしても信憑性は甚だ疑わしいものです。
・・・。
あちらの佐藤子爵家も分家を率いていて、
それなりに貴族として権勢を誇っています。
でもこの度の焼き討ちで、その本家の佐藤子爵家が滅びました。
そうなると誰が子爵家を継ぐのか、そこが問題になります」
幾つかの分家が後継者として名乗りを上げた。
それに疑問を持ったのが姦しい貴族雀達。
暇を持て余しているのか、口を極めて罵った。
刃傷沙汰から焼き討ちまでの一連の騒ぎに対し、
分家は総じて貴族らしい対応をしていない。
弓馬の家であるジョナサン佐藤を謳うのであれば、
神崎子爵家の遺族や遺臣を警戒し、
襲撃に備えるのが当然ではないかと。
実際、本家も分家も何もしていなかった。
無警戒で過ごしていたところに焼き討ちを喰らった恰好だ。
それらの事情をカールが丁寧に説明してくれた。
俺は釈然としない。
「それが今回の爵位に繋がるの」
「はい。
貴族には貴族としての権利があれば義務もあります、が、
それよりなにより大切なのは恥ずかしくない行為です。
・・・。
今回は見過ごせないそうで、王室としては一罰百戒で望むそうです」
「それはどういう」
「ジョナサン佐藤の血統を謳う貴族間を相互に結ばせ、
弓馬の家柄として一纏めにし、立て直すそうです」
先が見えてきた。
我が家がジョナサン佐藤の直系であることは知られている。
しかし、他の家が直系ではなく傍系を謳うのであれば、
それは覆しようがないのも事実。
なにしろ千年を超えた血統。
この間に長い戦乱があったので、どこで、なにが、どうなったのか、
誰にも証明の仕様がないのだ。
「もしかして、僕が御神輿に担がれる分け」
「そうです」
「纏め役と言われても、僕、子供だよ」
「ご心配なく。
ダンタルニャン様は何もなさらなくても結構です。
全ては我等、大人にお任せを」
「ねえ、僕である必要があるの。
僕、未成年だよ。
幸い、成人した兄貴が二人がいるんだ。
どちらかに爵位を授けても問題ないでしょう」
カールに代わって父が答えた。
「上の二人には役目がある。
役目がないのはダンだけだ。
ここは一つ、喜んで受けると良い」
俺は深い溜め息をついた。
「冒険者になりたかったのに」
カールが応じた。
「貴族でも冒険者の兼業は可能ですよ。
私のようにね。
他にも大勢いますよ。
貴族の責務を果たせば誰も文句は言いません」
「そうなんだ」
「ええ、領地持ちの貴族、
王宮で文武官として使える宮廷貴族。
私のように貴族街に屋敷を持たず、兼業で稼ぐ野良貴族。
色々ですよ」
「カールが来るまでお茶でも飲んでようか」
残ったメイドがみんなのお茶を入れ直した。
それを横目に俺はお茶請けのお菓子に手を伸ばした。
尾張名物の煎餅、おんでこ煎だ。
重苦しいとしか思えない醤油味の濡れ煎餅。
これがお茶に合う。
姿が見えないのを良いことにアリスが現れ、
俺が手にした煎餅に取り付いた。
舌でペロッペロッ。
『なにこれ、癖になりそうな酷い旨み』
『これが大人の味だよ』
『なによそれ、お子様が』
二枚、三枚と食べているとカールが部屋に入って来た。
笑みを浮かべて俺に目礼し、父達のソファーの後ろに立った。
何だか、おかしな光景だ。
この中で爵位持ちはカール一人。
その彼が立ちんぼ。
まあ、今の肩書きが冒険者だから良いのか。
お茶で一息入れた父が顔を上げた。
優しい目色で俺を見た。
「王室から異例な通達があった。
・・・。
お前に子爵位を授けるそうだ。
子爵様だ」
耳を疑った。
聞き間違い。
そうだ、聞き間違いに違いない。
「はあー、・・・子爵様って聞こえましたけど」
父は苦笑い。
「だよな。
そう思うような。
でも、そうなんだ。
子爵様だ、ダンタルニャン」
聞き間違いではなかった。
子爵様。
意味が分からない。
国王が授けるのが公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五爵位。
その下に騎士爵、上大夫爵、下大夫爵と三爵位があるが、
そちらは地方の寄親である伯爵が授けるもの。
何の功績もないのに、いきなり子爵はないだろう。
それに、そもそも最下位爵の下大夫爵ですらない。
爵位の階段の階には程遠い平民の男児。
どこかで手違いが生じたに違いない。
そう俺は確信した。
「これは何かの間違いです。
事務手続きの際に誰かがミスったんでしょう」
父に促されてカールが口を開いた。
「爵位おめでとうございます。
これは事実です。
私の実家の細川子爵家に確認したので間違いありません」
「ほんとうに」疑いの眼でカールを見た。
「ほんとうですよ」カールは目を逸らさない。
「何の功績もないよ」
「ご心配なく、これは王室の都合です」きっぱり言い切った。
「都合・・・」
「国都の貴族街で焼き討ちがあったそうですね」
「外郭北区画のエリオス佐藤子爵邸」
「そうです、それに関して色々と噂が飛び交っています。
知ってますか」
「無責任な噂ばかりだけど、
中で一つだけ聞き逃せないのがバイロン神崎子爵かな」
真実味のある噂を聞いた。
始まりは宮中での一件。
バイロン神崎子爵がエリオス佐藤子爵に刃傷沙汰、斬り付けた。
佐藤子爵は命は助かったものの、
後遺症で寝たきり生活をせざるを得なくなった。
加害者の神崎子爵は爵位と領地が没取され、当人は断頭台送り。
それで一件は落着した筈だった。
忘れた頃に起きたのが今回の焼き討ち。
多くの者が神崎子爵家遺族や遺臣の関与を疑った。
アリスが腹を抱えて笑う。
『お子ちゃま貴族って、人材不足なの~』
俺は無視した。
俺はカールに尋ねた。
「もしかして、佐藤子爵家と神崎子爵家が関係するの」
「おおありです。
最初に佐藤子爵家はこちらの佐藤家とは無関係と申し上げます。
あちらもジョナサン佐藤の血統と謳っていますが、
傍系にしても信憑性は甚だ疑わしいものです。
・・・。
あちらの佐藤子爵家も分家を率いていて、
それなりに貴族として権勢を誇っています。
でもこの度の焼き討ちで、その本家の佐藤子爵家が滅びました。
そうなると誰が子爵家を継ぐのか、そこが問題になります」
幾つかの分家が後継者として名乗りを上げた。
それに疑問を持ったのが姦しい貴族雀達。
暇を持て余しているのか、口を極めて罵った。
刃傷沙汰から焼き討ちまでの一連の騒ぎに対し、
分家は総じて貴族らしい対応をしていない。
弓馬の家であるジョナサン佐藤を謳うのであれば、
神崎子爵家の遺族や遺臣を警戒し、
襲撃に備えるのが当然ではないかと。
実際、本家も分家も何もしていなかった。
無警戒で過ごしていたところに焼き討ちを喰らった恰好だ。
それらの事情をカールが丁寧に説明してくれた。
俺は釈然としない。
「それが今回の爵位に繋がるの」
「はい。
貴族には貴族としての権利があれば義務もあります、が、
それよりなにより大切なのは恥ずかしくない行為です。
・・・。
今回は見過ごせないそうで、王室としては一罰百戒で望むそうです」
「それはどういう」
「ジョナサン佐藤の血統を謳う貴族間を相互に結ばせ、
弓馬の家柄として一纏めにし、立て直すそうです」
先が見えてきた。
我が家がジョナサン佐藤の直系であることは知られている。
しかし、他の家が直系ではなく傍系を謳うのであれば、
それは覆しようがないのも事実。
なにしろ千年を超えた血統。
この間に長い戦乱があったので、どこで、なにが、どうなったのか、
誰にも証明の仕様がないのだ。
「もしかして、僕が御神輿に担がれる分け」
「そうです」
「纏め役と言われても、僕、子供だよ」
「ご心配なく。
ダンタルニャン様は何もなさらなくても結構です。
全ては我等、大人にお任せを」
「ねえ、僕である必要があるの。
僕、未成年だよ。
幸い、成人した兄貴が二人がいるんだ。
どちらかに爵位を授けても問題ないでしょう」
カールに代わって父が答えた。
「上の二人には役目がある。
役目がないのはダンだけだ。
ここは一つ、喜んで受けると良い」
俺は深い溜め息をついた。
「冒険者になりたかったのに」
カールが応じた。
「貴族でも冒険者の兼業は可能ですよ。
私のようにね。
他にも大勢いますよ。
貴族の責務を果たせば誰も文句は言いません」
「そうなんだ」
「ええ、領地持ちの貴族、
王宮で文武官として使える宮廷貴族。
私のように貴族街に屋敷を持たず、兼業で稼ぐ野良貴族。
色々ですよ」