金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(動乱)438

2015-04-29 20:11:40 | Weblog
 姜雀が老侍女を見詰めた。
「奥歯に衣着せてどうするの。はっきり言いなさい」
 老侍女は周りを見渡し、思案した。
自分が仕えている姜雀の気性は知っている。
信頼に値する。
しかし他の正室と、そのお付きの侍女、彼女達とは年齢差があるせいで、
それほど親しく交わって来なかった。
気心なんて、さっぱり知れない。
  姜雀が迷っている老侍女に促した。
「当主が亡くなったので後見する者が定まるまでは、
しばらく女三人で袁家を動かさねばならないのよ。
でも正直、女三人では手に余ると思う。
それで、それぞれに付いてる侍女のうちから、心利いた者を選び、ここに同席させたの。
正室三人で合議する際にも貴女方三人には助言を期待しているの。
だから何も隠したくない。隠したら良い助言なんて出来ないでしょう。
私達六人は同じ船に乗っているの。泥舟、分かるでしょう」
 侍女二人が椅子から立ち上がり、老侍女に向かい深く拱手をした。
それを見て姜雀が満足げに頷いた。 
 老侍女は話すことにした。
「私は袁燕お嬢様がお産みになった子は健在である、と信じています。
生まれたのが男子であったので、禍にならぬように自分の傍から遠ざけた。
あの方の気性からすると、そうに違いありません。
死産は偽りです。
おそらく別の誰かが乳母となって育て、首が据わったのを待って、左志丹が引き取り、
姿を消したのでしょう」
 姜雀が嬉しそうな表情を浮かべた。
比べて高夢春と賀璃茉の二人は戸惑うだけで何も言わない。
 姜雀が表情を改め、老侍女に意地悪く問う。
「聞かせて。
貴女はその子を袁術の跡継ぎにでも担ぎ上げたいのかしら」
 途端に高夢春と賀璃茉、その二人の侍女、それぞれの表情が強張った。
 老侍女は年の功、動揺を露わにしない。
「それはありません。
お子は残念なことに表には担げない生まれです。
理由はお分かりでしょう。
当人の為にもなりません。誹られるだけです」
 昔の事なので理由を知る者もいれば、知らぬ者もいた。
それを横目に老侍女は続けた。
「それより、左志丹と二人で居るということに関心があります。
左志丹は無骨な武人です。
その男が手ずから育てているのです。
さぞや立派な武人に育て上げているのではないでしょうか。
そのお子であれば、後見に相応しいのではないか、と思います」淡々と答えた。
 姜雀が片手を顎に当て、撫で回した。
賀璃茉に視線を向けて口を開いた。
「ねえ賀璃茉、貴女は今でも袁燕を憎んでいるのかしら」優しく問い掛けた。
 賀璃茉は両手を上げて、宙に遊ばせた。
「今さら何を・・・。
袁燕様は無論、袁逢様まで・・・、私を残して当の二人は亡くなってしまいました。
今では、あの事はもう遠い昔話」弱々しい言い様。
 袁燕は姜雀の愛娘であった。
実に美しく生まれた。
が、病弱であった為に深窓に暮らした。
それが罪深い恋を成就させ、懐妊までしてしまった。
今思えば、その時が彼女の幸せの絶頂であったかも知れない。
出産を契機に、より体調を衰えさせ、薬師達の看護も虚しく二年後に亡くなったからだ。
 袁逢も姜雀の子。
先代の当主にして、賀璃茉の夫であり、袁術の父。
その彼も五年前に病死した。
 姜雀が、みんなを見回して言う。
「その子が後見に相応しいかどうかは分からないけど、
育て上げている左志丹が傍にいれば心強いわね。
とにかく健在であれば一度会ってみたい。
生まれはどうあれ、私の孫ですものね。
・・・。
しかし探すにしても手掛かりがないわね。
袁燕の世話をしていた侍女達はとうの昔に散り散り。
袁逢の近習の者達も散り散り。
この屋敷に残っているのか、領地に戻ってしまったものか、それさえ分からない。
どうしたものか」
 手立てが思い浮かばないので、みんな押し黙ってしまった。
長い沈黙を破ったのは意外にも賀璃茉。
「この手のことは私共には無理です。
どうでしょう。信頼の出来る者に命じて、密かに探させては」
「そうね。
誰か、そのような者に心当たりはないかしら」
「一人だけ」と賀璃茉、
「左文元をご存じですか。
兄の左志丹が姿を消すや、その留守を守っていた弟です」と続けた。
 思い出したのか、姜雀が笑顔。
「あの者か。愛想だけの軽い男よね」
 賀璃茉が片手を振った。
「違います。誤解です。
兄の息子に家を継がせる為、敵を作らぬように腰を低くしていただけです。
そのように袁逢様が漏らしておられました。
その左文元はすでに隠居の身。
どこをどう動き回ろうと、誰にも怪しまれません。
それに、
・・・、
密かに兄と連絡を取っているかも知れません」




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白銀の翼(動乱)437

2015-04-26 08:09:05 | Weblog
 亡き袁術は外郭南門近くに広大な屋敷を構えていた。
三公九卿を輩出するに相応しい門構えで、
同族の袁紹よりも家格は一段上に見られていた。
屋敷の奥まった一室に三人の女人が集まっていた。
袁術の正室、高夢春。
亡き先代の正室、賀璃茉。
亡き先々代の正室、姜雀。
屋敷は静まり返っていた。
物音一つしない。
みんなが三人の話し合いを邪魔せぬように振る舞っていた。
 屋敷の外は祭りのような騒ぎであった。
都人は、「鮮卑の騎馬隊を撃退した」ことを喜んでいた。
その証に宮殿正面の広場では凱旋した部隊が、
太后皇后臨席で報奨を授けられている頃合いだろう。
この屋敷の主人、袁術の戦死は暫くは公にされることはない。
凱旋に水を差したくなかったからである。
朝廷より葬儀が許されれば、朝廷よりの勅使が遣わされ、
盛大に催される手筈になっていた。
それでも戦死の知らせは、縁戚から噂として流れるに違いない。
それだけは止めようがない。
 袁術は男子を残したが、今だ幼く、成人するかどうかは分からない。
それ以前に、成人するまでの後見を必要としていた。
袁術に兄弟がないので、叔父甥関係の血の濃い者の内から、
誰かを後見に選任すべく三人の女人が額を寄せ合っていた。
ところが、これといった人物が見当たらない。
何れもが器量と人格が噛み合わない。
器量があっても人格は不安、人格が優れていても器量に乏しい、そんな人物ばかり。
話し疲れから、三人揃って深い溜め息をついた。
 部屋の壁際の椅子に三人の女中が控えていた。
いずれも正室三人、それぞれの侍女である。
その一人の表情が揺れ動くのを姜雀は見逃さない。
姜雀の侍女であった。
彼女は姜雀が袁家に嫁いでよりの侍女であり、気心が知れていた。
この屋敷だけでなく、領地にも血縁の者達がいるので、
その人脈により、嫁いだ当初は大いに助けられた。
 姜雀は侍女の名を呼び、
「何か言いたいようね。
私達は困っているの。
何か策があるのなら、言いなさい」と問うた。
 侍女は姜雀よりも十才も年上。
高齢で隠居しても、おかしくはない。
ただ姜雀が許さない。
思慮深いので、傍から手放したくないのだ。
老侍女はやおら立ち上がり、姜雀ではなく、高夢春と賀璃茉二人の顔を交互に見た。
年の功を活かしてか物怖じしない。
「聞きたくない昔話かも知れませんよ」前もって注意した。
 高夢春と賀璃茉は互いに顔を見合わせ、 姜雀の顔色を読み、同時に了承の頷き。
 老侍女の口から名が一つ飛び出した。
「袁燕お嬢様をお忘れですか」
 三人は虚を突かれた。
姜雀と賀璃茉にとっては久しく聞く名前だが、忘れたい名前。
高夢春にとっては会ったことはないが、聞いた覚えのある名前。
この袁家では禁句になっている名前。
三人とも押し黙り、暗い表情で先を促した。
「袁燕お嬢様のご懐妊をお忘れですか。
許されないご懐妊。
隠れてお産みなされましたが、死産であったそうです。
ご存じですよね」と念を押し、姜雀と賀璃茉を見た。
 二人が頷くのを見て続けた。
「お嬢様は屋敷から領地に移られ、そちらでお産みになられました。
あの当時は賀璃茉様も領地にいらっしゃいましたよね。
死産した乳児のご確認をなさいました、とか」
 賀璃茉は誰とも目を合わせない。
黙って浅く頷くだけ。
 満足そうな老侍女。
「ずいぶん後になってから流れた噂が一つ有りました。
あの当時、誰かが乳児を密かに買い取ったそうです。
その真偽はハッキリしませんが、
乳児を売ったと噂された家の懐具合が良くなったことから考えて、
たぶん事実なんでしょう」
 三人の正室が顔を上げて老侍女を見た。
それでも誰も口を開かない。
それぞれの心中に疑問が芽生えたようだか、一切口にしない。
「口にすると自分も汚れる」と思っているのかも知れない。
 残りの侍女二人の表情が強張っていた。
このまま同席して良いものかどうか、迷っているらしい。
 老侍女は天井を見上げた。
「袁燕お嬢様のご出産から暫くして、
武人であった左志丹が禄を離れ、領地から姿を消しました」
と疑問には構わず、次の言葉を発し、
「左家は我が袁家を古くから支えた家柄、大事な支柱の一つです。
その頭領が妻や子供を置き去りにし、黙って姿を消したのです」と続けた。
 ようやく姜雀が口を開いた。
「左家はそれでも存続しているわよね」
「はい。
当初は禄を半分に削られましたが、息子が成人するや元に戻されました。
どこかのどなたかが密かに左家を擁護していたようです」




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白銀の翼(動乱)436

2015-04-22 20:55:51 | Weblog
 マリリンは困惑した。
パラレルワールドと聞かされても、理解し難い。
それを見透かしたようにヒイラギが笑う。
「パラレルワールドは立証されたものじゃない。
立証のしようがないからな。
・・・。
俺達が今いる世界はどこだ。
過去だろう。
古い言い方をすると、神隠しに遭い、時空を越えて過去に飛ばされた。
それでここに居る。過去に生きている。
これは夢でも幻でもない、現実だ。」
 それは分かる。過去よね。
でも、私達が知ってる歴史とは違っているでしょう。
「たしかに違ってる。
袁術だけじゃない。
前にも話したが、赤劉家の名が歴史に残っていないのが不思議だ。
赤劉邑がある徐州は三国志でも有数の激戦地だ。
徐州を我が物にせんと曹操、袁術、劉備、孫権、呂布等が入り乱れて奪い合った。
ところが、あれほどの規模の邑なのに、その名は全く出て来ない」
 そうよね、赤劉家の存在は疑問よね。
それに・・・、
それに私は酔っぱらっていたとはいえ、関羽と義兄弟の契りを結んだ。
加えて今は傍に呂布、許褚、華雄がいて、董卓や李儒とも親しい。
これはどういうことなの。
私も三国志の仲間入りなの。
「もしかすると俺達が来たことによって、ちょっとだが歴史に歪みが出た。
史実への干渉だ。
その犠牲が袁術なのかも知れない」
 袁術の評価は、ちょっと扱いなのね。
「当然だ。
・・・。
お前は今までは歴史に関わらぬように動いて来た。
実に腹立たしかった」
 はあ、何言ってるの。
「腹立たしかったが、それは冷静に考えると正しい。
この世界は俺達の知っている歴史通りには動かない。
すでに袁術が死んでしまった事で、それが証明された。
だからこののちも歴史に関わらぬように注意深く耳を澄まし、目を凝らし、
騒ぎに巻き込まれぬように生きて行くしかないだろう」
 乱世の時代では一番難しい生き方よね。
「長生きするには、それしかないだろう。
生き延びて、元の世界に戻る手立てを探すのが最優先だろう、違うか」
 確かに。
元の世界に戻るのが最優先よね。
でも意外よね。
アンタのことだから、てっきり私に天下を取れと言うのかと思っていたわ。
 ヒイラギが鼻で笑った。
「ふっふん。
人一人殺せないヤツに天下を求めるのは酷と言うものだ。
どうよ、俺に任せてみないか。
呂布や関羽を従えて、天下の主に収まってやろうか」
 嫌よ。
アンタに乗っ取られるのは嫌。
この身体を血で汚されたくない。
「まあ、好きにしな。お手並み拝見。
とにかく臨機応変に立ち回るんだぞ。
これは喧嘩だからな」
 はあ、喧嘩。
何言ってるの。
どうして喧嘩なの。
「それでは聞くが、お前は過去に飛ばされるような悪さをしたのか」
 してない。
「ここに居るのは自分の意志か」
 まさか。
「これはな、お前と歴史、時空との喧嘩だ。
売られた喧嘩だ」
 そういうことね。
時空、歴史との喧嘩ね。
でも相手が大き過ぎて漠然としているわ。
 ヒイラギの声音が変わった。
「隣で許褚がお前を心配しているぞ」
 慌てて振り向くと、許褚がマリリンを心配気に覗き込んでいた。
「大丈夫ですか」いつまでもマリリンに律儀に接する許褚。
「ちょっと気分が晴れないだけ。
どうして、ここにいるのか、不思議に思ったのよ」
 すると華雄が笑顔で言う。
「手柄を立てたからでしょうよ、師匠」
「敵味方、大勢が死んでも手柄なのね」
「都への進撃を止めたのは、大きな手柄ですよ」
 視線が前方の韓秀、韓寿、韓厳の親子を捉えた。
長男と次男の二人は参戦していないにも関わらず、堂々たる態度でここにいた。
赤劉家騎馬隊の手柄が認められ、
韓秀の指示で、その報奨を二人が代表して受ける事になっていた。
親馬鹿といえば、それまで。
なのだが、家臣の犠牲と引き換えなので、こういう儀式は仇や疎かには出来ない。
同時に息子二人の名も売れて、養子先探しには有利に働くだろう。
計算尽くと分かっていても、親心から出ていることなので、軽蔑する気にはならない。




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白銀の翼(動乱)435

2015-04-19 06:50:05 | Weblog
 マリリン達の出で立ちに息を呑んだ観衆が、ざわめき始めた。
次第に大きくなって行く。
やがて大きな歓声に。
遊び心を理解したらしい。
その時にはマリリン達は遠ざかっていた。
 二階から見下ろしていた劉麗華達は顔を見合わせた。
マリリン達の出で立ちを、あれこれ見立てたのは姫五人。
観衆に受けるかどうかより、五人の趣味で見立てたもの。
それでも少しは観衆を気にしていた。
それが受けた。
顔を見合わせて喜ぶ。
 董卓将軍の隊列が途切れることなく進み、赤劉家の騎馬隊が現れた。
先頭に立つのは次期当主である劉芽衣の夫、韓秀。
直ぐ後ろには長男の韓寿と、次男の韓厳。
この三人は姫五人の見立てを拒否した。
「派手過ぎる。武人らしくない」と言い、愚直に鎧兜姿を選択した。
三人の後ろに従う赤劉家騎馬隊の面々もだ。
 姫五人だけでなく、守り役の者達も溜め息をついた。
予期はしていたが、目の当たりにして、やはり感。
良く言えば、隊列と一体感がある。
悪く言えば、隊列に埋没している。
だけど誰も口を開かない。
相手が劉麗華の父であり、兄弟であったので、言葉にするのは遠慮していた。
 事情が分からぬ華雪梅が言う。
「残念よね」子供らしい無邪気さ。
 みんなは苦笑い。
 この凱旋で内郭の門を潜れるのは将校以上の者に限られていた。
将軍と特に許された者は騎乗のまま。
他は徒歩で、武器は腰に下げた太刀のみ。
 マリリン達は当然、当初の予定通り、
内郭の城壁に沿って左回りで南門より退出するつもりでいた。
それを董卓が呼び止めた。
「王宮を見てみないか」と誘う。
 断る理由はない。
マリリンだけでなく、他の三人も同意した。
赤劉家の騎馬隊を待って馬を預け、内郭東門を潜った。
正面に建つ王宮に目を奪われた。
壮大であり、豪華絢爛。奥行きが窺い知れない。
いつもは城壁越しに見ていたが、こうして全容を間近にすると、別の感情が湧いてきた。
「まるで巨大な岩山。
よくぞここまで大量の石材を集めたもの。
人手だけでなく、莫大な費用も要しただろう」と関心した。
 韓秀親子も門を潜ったのだが、堅苦しい親子なので苦手、敢えて別行動にした。
郭夷達の姿を見つけ、そちらに向かった。
王宮正面広場の石畳に続々と武人が集まって来ていた。
他の三門より入城した者も多いので、様々な軍装で、まとまりには欠けていた。
マリリン達は行き交う者に奇異の目で見られたが、一向に気にはならない。
少々奇抜ではあったが、ただの鎧兜姿より、こちらの方が気が利いていた。
遊び心を大いに刺激された。
 途中、気になる噂を耳にした。
「袁術殿が亡くなった」というのだ。
 合流して郭夷に、その真偽を問い質すと、
「それは俺も聞いた。
なんでも、鮮卑の焼き討ちを受けた際、酷い火傷を負い、
家臣どもによって屋敷に担ぎ込まれた。
それが昨夜、息を引き取った」と説明してくれた。
 マリリンは唖然とした。
袁術が亡くなるとは。
三国志では主要な人物の一人。
不可欠の人が、「黄巾の乱」も始まらないのに亡くなってしまった。
 袁術がもっとも輝いたのは帝位に就いた時であった。
長安を脱出した皇帝が行方不明になるや、「後漢の命運が尽きた」と判断し、
最大の敵である袁紹を出し抜く為に自ら帝位に就いた。
皇帝を自称し、仲王朝を建てた。
寿春を都とし、諸侯に官位爵位を贈り、戦火に倦いた者達の歓心を買おうとした。
ところが麾下にあった孫策が反乱を起こした。
「我は後漢の臣である」として袁術を謀殺し、その遺領遺臣全てを奪った。
 魏、蜀、呉三国が相争う三国時代初頭に、
孫策の呉が領地を増やしたのは大きかった。
孫権の代になるや豊潤な領地を背景に、蜀と魏を滅ぼした。
ついで後漢の皇帝に禅譲を迫り、皇位に就き、呉国を建てた。
もっとも呉国は孫一族の内部分裂で短命に終わった。
分裂の間隙を突いて、孫策の軍師であった周瑜の子が反乱を起こし、
呉国を滅ぼして新たな国を建てたからだ。
 唖然としているだけのマリリンに、脳内に居候しているヒイラギが声を掛けた。
「大丈夫か」
 大丈夫な分けないでしょう。
呉国がないんだよ。
私達の歴史とは違うんだよ。
「そうか」
 そうかじゃないでしょう。
短命とはいえ、アンタの好きな呉国の建国が出来ないんだよ。
アンタは三国志の勝者が呉国である事を喜んでいたじゃない。
忘れたの。
「こういう時こそ落ち着いて、ようく考えるべきなんだ」
 どう考えれば良いの。
「たとえばパラレルワールドの可能性」
 はあ、パラレルワールド、何それ。
「我々のいた世界と同時並行して進む別の世界。
時間軸は同じだが異なる歴史の世界、とも言う。
ここは、もしかしたら、我々がいた世界と同時進行で進む別世界の過去ではないのか。
それなら納得が行く。
ここでは魏が勝者になっのかも知れない。
あるいは蜀が勝者になったのかも知れない。
それとも別の誰か・・・、そう考えると心がワクワクする」




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白銀の翼(動乱)434

2015-04-15 20:47:22 | Weblog
 都、洛陽は朝から賑わっていた。
外郭四門から内郭四門へと続く東西南北四つの大路には、
この日の為に特別に許された露店が軒を連ね、
都人だけでなく近郊からも人々が押し寄せ、祭りか市のような活況を呈していた。
 やがて昼近くになると王宮で銅鑼が打ち鳴らされた。
呼応して外郭四門でも銅鑼が打ち鳴らされた。
それを合図に大路を行き交っていた人々が道の端に、左右に割れて真ん中を開けた。
 襲来した鮮卑の撤退が確認されてより三日後のこと。
鮮卑の騎馬隊と交戦し、撃退に努めた軍勢が凱旋することになった。
東門よりは、「一番の功績」と認められた董卓将軍と、彼が率いる部隊。
西門からは何進大将軍麾下であった国軍部隊。
南門よりは袁紹、曹操等の貴族豪族の混成部隊。
北門よりは都で募られた民兵と、近郊より掻き集められた在郷兵の混成部隊。
ただ何進大将軍は病気を理由に凱旋を辞退していた。
 銅鑼を合図に、東門の外で待機していた董卓麾下の軍が整列した。
国軍と董卓家の兵、赤劉家の兵、混成部隊であった。
董卓将軍が騎乗して、みんなを見回した。
「派手な格好だな」溜め息をついた。
 戦の終わりを告げる凱旋なので、戦で草臥れた鎧兜でも一向に構わないのだが、
多くの兵は洗い立ての衣服の上に、真新しい鎧兜を身に着けていた。
董卓が溜め息をついたのは、鎧の下の派手な色使いの衣服。
「目立とう、目立とう」としていて、実にいじらしい。
 そういう董卓自身も似たようなもの。
彼等に負けぬ色使いの衣服。
鎧兜も、このような時の為に買い揃えていた逸品。
その兜が陽射しを受けて輝いた。
みんなを見回して号令した。
「のんびり参るぞ」
 董卓が隊列の先頭に立った。
李儒と郭夷が従い、供回りの騎兵が続いた。
少し間隔を置いて国軍の騎馬隊。
董卓家の騎馬隊。
赤劉家の騎馬隊。
それらは生き残った者達のうち、騎乗に耐えられる者達だけで編成されていた。
耐えられぬ者達は今頃、董卓将軍管轄の牧場で酒を酌み交わしている筈だ。
「飲める体力がある者は」だ。
 物足りなさを感じた董卓は後ろを振り返った。
「四人を連れてこい」と郭夷に命じた。
 外郭東大路沿いの店の二階に赤劉家の女達がいた。
窓際にいるのは方術修行中の姫五人。
劉麗華、劉林杏、劉紅花、劉深緑、劉水晶。
この店が赤劉家と親しいことから、二階の一部屋を借り切り、
凱旋を見物することにした。
赤劉家騎馬隊の晴れ舞台を見たい一心であった。
彼女達は今か今かと、窓際から大路を見下ろしていた。
 部屋の中に居るのは姫達だけではなかった。
姫それぞれの守り役の女武者五人と、華雄の娘の華雪梅がいた。
「来た」という声に、華雪梅が敏感に反応した。
飲みかけのお茶を卓上に戻し、窓際に駆け寄って来た。
それを劉林杏が抱き上げ、窓に腰掛けさせた。 
 大きな歓声が上がった。
東門より騎馬隊の入城が始まった。
先頭の一騎は言わずと知れた董卓将軍。
親しまれているのだろう。
「いよっ、将軍」と野太い掛け声。
董卓は声の方を見て、気さくに片手を上げて応じた。
ところが董卓に続いて入った四騎を見て、みんな固唾を呑んだ。
四騎は鎧兜姿ではなかった。
 金髪碧眼の呂布は赤い衣服の上に虎の毛皮を巻き付けていた。
傍目には彼が双眼を怒らせているように見えた。
黒い衣服の上に狼の毛皮を巻き付けた華雄は、周囲を脅すように睥睨。
今にも噛みつきそう。
白い衣服の上に熊の毛皮を巻き付けた許褚は、我関せずといった顔。
三人からは血の臭いしか漂って来ない。
ところがマリリン一人は違った。
女物としか思えぬ色鮮やかな衣服に身を包み、背中には「風神の剣」。
薫風を漂わせ、悠然と騎乗していた。
 彼等の出で立ちは姫達が見立てたもの。
「恐いくらいに似合ってるわね」と劉水晶。
「本当、恐い恐い」劉麗華が含み笑い。
「そうよね、恐いわね」と劉紅花。
「はっはっは」華雪梅が大きく口を開けて笑う。
 劉麗華の守り役である朱郁が誰にともなく呟いた。
「あの格好で宮殿には入らないわよね」
「入らない予定よ。・・・まさかね」劉麗華が首を傾げた。
 すると劉林杏が、
「董卓将軍は酔狂な方と聞いています」と言うではないか。




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白銀の翼(動乱)433

2015-04-12 08:08:00 | Weblog
 日が傾こうとしていた。
宮殿の石畳を董太后と何皇后が肩を並べて歩いていた。
二人は帝の見舞いを終え、大本営に向かっていた。
その後ろには取り巻きの者達が大勢付き従っていた。
何れも侍女と宦官であった。
行き交う者達が二人の姿を目にすると、遠くからでも、慌てて道を譲った。
 董太后はいたって上機嫌。
帝の姿を目にして、その様子にホッとした。
長い昏睡から目覚めただけで、言葉を一言も発する事は出来なかったが、
太后皇后二人を見て微かに頷いた。
その目に知の色を感じた。
後遺症の心配は不要らしい。
 治療にあたっていた華佗が断言した。
「あとは少しずつ食事を増やして体力を回復させれば、いずれ喋れるようになります。
起きて歩くには、もう少しかかります。辛抱強く見守って下さい」
 董太后は肩の荷が下りた。
帝が伏せてより、その代行をしていた。
大概な事は三公九卿の決裁で済むので、意外と代行は暇であった。
それでも帝の決裁を必要とする上奏もあり、気だけは抜けなかった。
 歩みながら、「もう少しの辛抱」と自分に言い聞かせた。
帝が復帰すれば、太后として気楽に生きられる。
政治の矢面に立つ必要もなくなる。
そう思うと、心が浮き立ちそう。
 気持ちを読み取ったかのように何皇后が言う。
「これで一安心ですわね」
 油断せぬように注意を喚起した。
「ワラワは一安心だけど、ソナタは違うわよ。
帝が最初に手をつけるのは、毒殺未遂の真相よ。
誰かが裏で操っていたのではないか、とね」
 途端に皇后の身体がビクッと震えるのが、見なくても感じ取れた。
「それは」怯えた。
「分かっています。
ワラワは少しも疑ってはいません。
何もなければソナタの皇子が後継者です。
毒殺する必要なんて、これっぽっちもありません。
犯人扱いは大きな間違いです」
 皇子は二人いた。
長子は何皇后が産んだ劉弁。
次子は王美人が産んだ劉協。
問題は嫉妬に駆られた何皇后が王美人を毒殺した前歴にある。
誰もが帝毒殺未遂を王美人毒殺と関連付け、「これも何皇后の仕業」と噂した。
「皇子の母君を罪に問うのは聞こえが悪い」との声があり、
矛を収めた帝であったが、その怒りは今もって消えてはいない。
何皇后は極めて旗色が悪い。
 何皇后が心底からの言葉。
「そのお言葉、嬉しゅう御座います」深く感謝した。
 これまで何につけ対立していた二人だが、帝毒殺未遂を機に手を携える事になった。
どちらかと言うと、何皇后の方から擦り寄って来た。
「帝の心証が悪いので、董太后の庇護を求めている」とも言えた。
理由はどうあれ、この頃は擦り寄る何皇后が可愛く思えた。
何皇后に言い聞かせた。
「何としても裏で操っていた者を捕らえましょうね」
「ええ、絶対に」
 関係した宦官達が服毒自殺してしまったので、手掛かりを失ってしまった。
それでも太后皇后は諦めず、当局に調査を命ずると同時に、
影響下にある者達をも動かした。
今だ真相は闇の中だが、はっきり分かった事が一つ。
「服毒自殺した者達は帝毒殺に到る憎悪、恨みを全く持っていなかった」
と言うことは、彼等の個人的な感情からの犯行ではなく、別の事情から。
「誰かに唆された、命じられた、強要された、の何れか」としか思えない。
 それよりも今は目前に迫った危機。
鮮卑の襲来に対処せねばならない。
足を速めた。
何皇后も歩調を合わせた。
帝が復帰するまでは女二人が後漢の舵取り。
少しの間違いも許されない。
そう思うと、より足が速まった。
 大勢が大本営に出入りしていた。
何れも急ぎ足であった。
様子から、事態の急変は感じられない。
 入るや、小娘が駆け寄って来た。
何美雨。
先ほどと変わらぬ無邪気振り。
まるで主人に懐く子犬のよう。
二人の前に両膝をついて、見上げた。
「帝は如何でしたか」
 董太后は手を差し伸べ、小娘を立ち上がらせた。
「滋養をつければ大丈夫だそうよ」
 その言葉に安心したのか、小娘が深く頷いた。
「よかった」と言い、姿勢を正して、「それでは申し上げます」と、
太后皇后が留守にしている間に起きた事を、一つ一つ事細かに説明を始めた。
どこから何の報告が上がったのか。
それに大本営詰めの高官の誰それが、どのように対処したのか。
見聞きした事を手短に要領良く説明した。
これまでの無邪気な小娘が嘘のよう。
戻って来た大将軍への処遇も、他人事のように伝えた。
 太后皇后を迎えるべく扉近くに集まった高官達が、小娘の説明振りに圧倒されたのか、
互いに顔を見合わせた。
中には恥じ入るように、俯く者もいた。
 董太后は意地悪く問う。
なにしろ大将軍は小娘の実父。
「敗走して戻った大将軍の処遇だけど、どうしようかしらね」
 小娘の顔色は変わらない。
大人びた口調で答えた。
「ただの将軍であれば更迭でしょうけど、相手は大将軍。
何進どうのこうのではなく、大将軍という官位だけは汚せません。
後漢大国では帝に次ぐ地位です。
徒や疎かには出来ません。
病気として官位を返上してもらい、当分は療養してもらってはどうでしょう。
もし処分をお考えなら、帝の裁可を仰ぐ必要があります」
 傍近くに居た何皇后は、姪のまるで官僚のような言いように表情を一変させた。
しかし言葉にはしない。
彼女にとっては姪も実兄も道具でしかないのかも知れない。
 董太后は小娘の背後に控える高官達を見遣った。
誰も小娘に異議を唱えない。
処分となれば、確かに帝の裁可を必要とするだろう。
「そうよね」と同意するしかなかった。
 小娘が続けた。
「最後に一つ。
さきほど董卓将軍より報告が入りました。
黄河の南岸より北岸へ渡河している大きな一団があるそうです。
確認のために将軍は新たな物見を発しました」
 董太后は思わず表情を崩した。
「南岸から北岸となれば、鮮卑の撤退以外ないわよね」
「まず間違いなく撤退でしょう。
でしょうが、確認が必要です。
将軍だけでなく、袁紹や曹操、他の部隊からの報告も待ちましょう」




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白銀の翼(動乱)432

2015-04-08 20:58:06 | Weblog
 思っていたよりも早く何家の家宰、楊徳が現れた。
戦に帯同していたようで、鎧姿であった。
案内の女武者を追い越して、直立不動で大本営内を見回した。
 楊徳は当初は武人として雇われたのだが、才覚で家宰に抜擢された。
弓槍に強いだけでなく、算盤にも明るかった。
元々が武人であっただけに見るからに偉丈夫。髭面で強面。
楊徳は直ぐに何美雨を見つけた。
表情が歪む。
傍目構わず涙を零し、女武者を振り切り、駆け寄って来た。
何美雨の前に両膝をついて、「お嬢様」嬉し泣き。
 忙しい父、何進に代わり、楊徳は何美雨の遊び相手を務めてくれた。
ついでに読み書きを教えてもらい、武芸の真似事までも。
何美雨が後宮に差し出された一件では、最後まで強行に反対したのは彼一人。
「それは情けのう御座います」と泣き崩れた。
 何美雨は立ち上がると、楊徳の傍に歩み寄り、その肩に手を置いた。
「私は元気よ」
 ここは再会を喜び合う場ではない。
何美雨は席に戻り、問う。
「主人の留守を預かるのが家宰の仕事でしょう。
なのにどうして鎧姿なのかしら」
「お舘様が大将軍に任命されたからです。
大将軍ともなると全体を率いるのが仕事になり、何家の兵までは目が行き届きません。
それで私が代わって兵を率いる事にしました」
 何家には国軍の部将だった者達も大勢いた。
そのうちの一人に任せれば済む話しなのだか、それが出来ない。
何事も自分の目の届く範囲に置こうとした。
ことに大きな仕事になると、それがより一層際立った。
そういう性格なのだ、この家宰は。
「相変わらずですね。
・・・。
それでは命じます。
何家の兵を外郭東大路に戦仕度で待機させなさい。
手傷を負っていない元気な者達ですよ。
鮮卑の騎馬隊が押し寄せれば、状況次第ですが、
その出鼻を挫くために出撃してもらいます。
異存ありませんね」
 表情が一瞬で引き締まった。
「ありがたい。
汚名を晴らせる機を頂けるのですね」真摯な目色。
「約束は出来ません。あくまでも状況次第です。
さあ、準備なさい」
 余裕の表情で拱手し、下がろうとするが、思い留まった。
疑問が湧いたらしい。
「大将は何進様で宜しいのですね」率直に問う。
「それはなりません。大将軍は謹慎の身です」と言い、
大将の代わりは私が務めます」平然と楊徳を見返した。
「それは・・・」戸惑いを隠せない。
 何美雨は言い聞かせた。
「大将といっても私は御神輿、飾り物。
何家の血筋の者が軍勢の真ん中にいないと、何かに付け不都合でしょう。
采配は慣れた者に任せます」
 楊徳が間を置いて改めて平伏した。
「承知しました」
 何やら言いたげな表情だが、言葉にはしない。
何美雨を見上げては一人頷き、そそくさと退出して行く。
 後ろに控えていた侍女の黄小芳が耳元に口を寄せて来た。
「本当に出撃なさいますか」心配気に小さな声で問う。 
「そのつもりよ」
「私は戦に出たことがありません、どういたしましょう」
 何美雨は振り返った。
「貴女は老い先短いのだから、何も死に急ぐ事はないのよ。
ここでジッとして私の帰りを待ちなさい」
 黄小芳は、「そんな・・・」と言いながらも、
「貴女様は日毎に口が悪くなりますわね」呆れた。




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白銀の翼(動乱)431

2015-04-05 08:03:24 | Weblog
 董太后の声が大広間に響いた。
「これよりは、ここが大本営になります。
出入りする者が多くなるので、入り口の扉を開け放ちなさい」
 末席にいた者達が走り出て、扉を左右に開け放つ。
 それを待っていた分けでもなかろうが、一人が駆け込んで来た。
宦官であった。
椅子席の面々を無視して、その真ん中を駆け抜け、太后の真ん前に両膝をついた。
「お上が、皇帝陛下が、お目を開けられました」喜びに溢れていた。
 帝は毒殺未遂の一件以来、死んだように眠ったままであった。
当初は仙人の于吉、王宮勤めの御典医、薬師が手当をした。
あらゆる人材、医薬を投入した。
にも関わらず昏睡から覚めない。
回復の兆しすらなかった。
そこへ董卓将軍から華佗なる医家を紹介された。
巷では名医と評判の者であるそうな。
太后は藁にも縋る思いで華佗を受け入れた。
 董太后が立ち上がった。
競うように何皇后も立ち上がった。
二人して何の断りもなく、大本営から飛び出して行く。
取り巻きの侍女、宦官の者共が一団となって後に従う。
その輪に宋典も加わっていた。
宦官高位の十常侍の一人としては当然の事なのかも知れない。
 上座の椅子席に残されたのは何美雨一人。
帝と聞いても他人事。
何の感慨もなく彼等彼女等を見送った。
後ろに控えている黄小芳も何も言わない。
病床に駆け付ける必要はないのだろう。
 目の前で仕事している三公九卿にしても、知らせに顔を綻ばせてはいるものの、
その心底は怪しいもの。
帝が政務に復帰すれば、彼等三公九卿は確実に軽んじられ、
宦官の進言のみが多く採り上げられる。
それを承知しているので、心底では正直、憂うているのかも知れない。
 何美雨は何気なく立ち上がり、当然のように隣の席に移った。
太后が腰掛けていた真ん中の席である。
ほんの少し移動しただけであるが、景色が違う。
上座の真ん中に腰を下ろし、みんなを見渡すと、何やら支配している気にさせられた。
彼女の気持ちを感じ取ったかのように、懐の銅鏡も小刻みな振動で応答した。
自分の胸の鼓動と銅鏡の振動が重なり、同調し、実に心地好い。
 侍女である黄小芳は何も注意しない。
溜め息をつきながら付き従い、背後に控えるのみ。
 高官達のうちの何人かも気付くが、これまた何の注意もしない。
子供と見て侮っているのか、それ以前に眼中にないのかも知れない。
 近衛軍の新しい配備先が決定された。
それを受けて武官達が我先に散って行く。
残された文官達は一仕事終えた顔付き。
それほどの仕事量ではないのに、ホッとした表情で自席に腰を下ろした。
 武官達と入れ替わるように女武者と分かる一団が扉より入って来た。
何れも戦仕度。
鎧姿で弓槍を手にしている者が多い。
その多くは下座に腰を下ろした。
女武者と言えど女。
何れもが香り袋を鎧に忍ばせているらしい。
それが女の匂いと合わさり、芳しい物となり、大本営に広がって行く。
 女武者の頭が劉春燕と劉茉莉二人を従えて前に進み出て来た。
顔見知りの高官に言上した。
「お召しにより参上いたしました」
 ところが、その高官は面倒臭そうに目顔で上座を促した。
「お主等は我らの管轄外。太后皇后様に従え」と言うことなのだろう。
 女武者の頭は上座を見遣り、戸惑う。
太后皇后の姿はなく、何美雨一人がいるだけ。
そんな成り行きにも関わらず、他の高官達は誰も口出しして来ない。
何れもが第三者のような表情を浮かべて様子見。
三公九卿にある者達も同じ。
 何美雨は女武者の頭と視線を合わせた。
当然のように近くに手招きした。
 女武者達を率いる頭は年季が入った者。
「扱い難い」と言われる女武者達から絶大な信頼を勝ち得ていた。
業も人柄も抜きん出ていた。
頭は直ぐに事態を察した。
劉春燕と劉茉莉を従えて何美雨の前に進み出、片膝ついた。
「太后皇后様は」柔らかく問う。
「帝が目を開けられたそうです。それで急ぎ後宮に戻られました」
「それは、それは、良かったですね」衷心からの声。
 何美雨は改めて頭を見遣った。
「事情は分かっていますね」
「近衛軍に代わり内郭四門の門衛を務めれば宜しいのですね」
「そうです。これは太后様の命令です」
「ただちに」
 身を翻し、持ち場につこうとする頭を呼び止めた。
「今は非常時です。
女と侮り、門を通り抜けようとする者がいるやも知れません。
そんな輩は捕らえる前に斬り捨てなさい。
問うのは、その後でも構いません」少女とは思えぬ独断。
 頭が驚いて身体を震わせた。
 椅子席の高官達も驚いた。
隣り合う者達とヒソヒソ話し。
 頭がようやく口を開いた。
「それは、いささか乱暴では・・・」
 何美雨は誰も異論を差し挟めぬように言う。
「混乱に乗じて不審な者が入るやも知れません。
帝を二度と危ない目に遭わせてはならぬのです。
分かってくれますね」
 途端に頭が姿勢を正した。
「承りました。
身元不確かな者は悉く斬り捨てます」
 椅子席の高官達の声が止む。
帝毒殺未遂は犯人達が服毒自殺してしまい、うやむやで終わった。
それでも誰もが、「犯人達の背後に何者かが潜む」と確信していた。
高官達の視線が左右に走った。
扉から駆け出す女武者の一団を見送る者、何美雨をまじまじと見る者、それぞれ。
 宦官が帝の様子を伝えに来た。
目を開けたものの、長く伏せていたので身体が衰弱し、声が出せないそうだ。
華佗が、「少しずつ食事を増やして体力を回復させる」と言ってのけたとか。
 大本営の出入りが激しくなった。
あちこちから現状の報告がもたらされた。
同時に問題点も突き付けられた。
それに対応するのは高官達の仕事。
額を突き合わせて解決策を捻り出す。
 女武者が駆け込んで来た。
下座で声を張り上げた。
「大将軍が帰還なされました」大本営中に響き渡った。
 一斉に、みんなの視線が何美雨に向けられた。
大将軍は非常時のみの特別職。三公九卿とは同列。
敗軍の将と言えど、その処遇は迂闊には下せない。
誰もが無関心を装い、難題を何美雨に投げた。
 何美雨は立ち上がった。
「留守の太后皇后様に代わり私が命じます。
大将軍は、おって沙汰があるまで屋敷にて謹慎すること。
大将軍に代わり、家宰を直ちに大本営に出頭させること。
以上、良いですね」即断した。
 みんなは唖然。
誰一人として異議を唱えられない。




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白銀の翼(動乱)430

2015-04-01 20:57:37 | Weblog
 何美雨は鎧姿の一団が扉の向こうに消えると、改めて太后皇后の前に両膝ついた。
畏まって言う。
「出過ぎた真似を致しました。お許し下さい」
 董太后は何皇后と顔を見合わせた。
しかし何皇后とは言葉を交わさず、暫し考えてから何美雨に視線を戻した。
「まるで曹操や袁紹達と事前に打ち合わせでもしてたかのようね」
 何美雨は、「いいえ、それはありません。勘違いです」惚けた。
 董太后の視線が柔らかくなった。
ゆったりと椅子に腰を下ろし、
「そう言うことにして置きましょう。
・・・。
それで他に何か言い残した事はないの」鷹揚に問う。
 曹操に聞いた市中の懸念を伝えた。
「外郭に住む庶民達が、外郭の四門を守る兵が少ないのに怯えているようです」
 都は二つの城壁で守られていた。
中心部にある王宮が内郭。
その外側にある市街地が外郭。
共に高い城壁と、厚い門構えで外敵の侵入に備えていた。
 董太后が問う。
「どうしろと」
「妥協の産物である中途半端が一番悪いそうです」
 図星であったらしい。
董太后が顔色を変えた。
というのは、朝議で最も時間をとられたのは、「如何にして外郭四門を守るか」。
守るにしても外郭の防備を任されている国軍は二千余しか残されておらず、
兵力不足は火を見るよりも明らか
そこで議論は、
「外郭に住む庶民から義勇軍を募り、さらに不足するようなら強制的に徴兵する」
という方向で進められていた。
 内郭の守りを任されている近衛軍一万余に触れたのは、ごく一部の武官のみ。
彼等が、「近衛軍の半数を外郭に回すべし」と意見を述べたのだが、
採り上げられる事はなかった。
多くの高官は自分達の身を心配し、内郭の守りを最優先した。
外郭が破られたら自分達の家族を内郭に避難させる心積もりと見えた。
 董太后の視線が何美雨に張り付いた。
「考えを申せ」と言いたげ。
 何美雨は曹操に聞いた防御策は語らない。
意地が悪いようだが、太后の器を測るつもりでいた。
と言うのも心底では曹操が申す通り、「鮮卑の騎馬隊は撤退した」と思っていて、
危機感は毛頭なかった。
ただ、それだけに、素人の太后が気の毒に思え、それとなく匂わせる事にした。
「兵力が足りなければ女武者もおります」
 とたんに董太后の表情が緩む。
椅子から立ち上がって一同を見回した。
「近衛軍全軍を外郭の守備に回しなさい」迷いはない。
 さらに何美雨の後ろに控えている劉春燕と劉茉莉に声をかけた。
「そなた達は劉家の女武者だったわね。
ただちに仲間達の元に戻り、内郭四門の守備につくように申しなさい」
 太后は満足気な表情で何美雨を見返した。
「どうだ」と言わんばかり。
 多くの高官は戸惑っていた。
先までの議論が根底から覆されたので、対応に苦慮している様子。
 彼等を尻目に何美雨は大きな声で賛同した。
「ご英断です。
近衛軍が外郭の守りにつけば、庶民達は落ち着きを取り戻し、
多くが義勇軍に志願して来るでしょう」
 触発されたかのように武官連中が次々と賛同の声を上げた。
流れが文官達にも広がって行く。
 太后の鶴の一声。
となれば再考の余地はない。
近衛軍の分割再配備。
三公九卿が中心となって新たな防御策を練った。
そこは行政手腕に長けた者達。
武官達から聞き取りながら、遅滞なく策定して行く。
 その様子を近くで覗いていた何美雨は、後ろから自分が呼ばれているのに気付いた。
振り返ると董太后が手招きしていた。
自分の隣の空席を指し示し、「ここに腰掛けなさい」と言うのだ。
先ほどまでは何も無かった筈なのに、いつの間にか椅子が用意されていた。
せっかくの好意を無にするのも子供らしくないので、とっておきの無邪気な笑顔で、
その椅子に駆け寄って腰掛けた。
流石に太后が用意させたもの。
ふかふかして、心地好い。
「わーおう」素っ頓狂に声を上げて見せた。
 董太后が喜ぶ。
「喜んでくれて嬉しいわ」
「良いのですか。私のような者が隣に腰掛けて」
「子供は遠慮せぬものよ」
 何美雨はこの席順に違和感を覚えた。
彼女の右に太后。さらに右が皇后。
彼女に席が与えられるまでは太后皇后二人で席を並べていた。
帝が病に伏せていたので、席順のように太后と皇后が同格として権勢を振るっていた。
ところが彼女に席が与えられた事により、太后の右には何皇后、左には何美雨、
そして真ん中に董太后という並びになった。
誰が見ても真ん中の太后が最高権威者である。
意識して椅子を用意させたのか、それとも無意識でのことか、理解しかねた。
たとえ意識していたとしても、一時の気紛れだとは思うのだが。




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