姜雀が老侍女を見詰めた。
「奥歯に衣着せてどうするの。はっきり言いなさい」
老侍女は周りを見渡し、思案した。
自分が仕えている姜雀の気性は知っている。
信頼に値する。
しかし他の正室と、そのお付きの侍女、彼女達とは年齢差があるせいで、
それほど親しく交わって来なかった。
気心なんて、さっぱり知れない。
姜雀が迷っている老侍女に促した。
「当主が亡くなったので後見する者が定まるまでは、
しばらく女三人で袁家を動かさねばならないのよ。
でも正直、女三人では手に余ると思う。
それで、それぞれに付いてる侍女のうちから、心利いた者を選び、ここに同席させたの。
正室三人で合議する際にも貴女方三人には助言を期待しているの。
だから何も隠したくない。隠したら良い助言なんて出来ないでしょう。
私達六人は同じ船に乗っているの。泥舟、分かるでしょう」
侍女二人が椅子から立ち上がり、老侍女に向かい深く拱手をした。
それを見て姜雀が満足げに頷いた。
老侍女は話すことにした。
「私は袁燕お嬢様がお産みになった子は健在である、と信じています。
生まれたのが男子であったので、禍にならぬように自分の傍から遠ざけた。
あの方の気性からすると、そうに違いありません。
死産は偽りです。
おそらく別の誰かが乳母となって育て、首が据わったのを待って、左志丹が引き取り、
姿を消したのでしょう」
姜雀が嬉しそうな表情を浮かべた。
比べて高夢春と賀璃茉の二人は戸惑うだけで何も言わない。
姜雀が表情を改め、老侍女に意地悪く問う。
「聞かせて。
貴女はその子を袁術の跡継ぎにでも担ぎ上げたいのかしら」
途端に高夢春と賀璃茉、その二人の侍女、それぞれの表情が強張った。
老侍女は年の功、動揺を露わにしない。
「それはありません。
お子は残念なことに表には担げない生まれです。
理由はお分かりでしょう。
当人の為にもなりません。誹られるだけです」
昔の事なので理由を知る者もいれば、知らぬ者もいた。
それを横目に老侍女は続けた。
「それより、左志丹と二人で居るということに関心があります。
左志丹は無骨な武人です。
その男が手ずから育てているのです。
さぞや立派な武人に育て上げているのではないでしょうか。
そのお子であれば、後見に相応しいのではないか、と思います」淡々と答えた。
姜雀が片手を顎に当て、撫で回した。
賀璃茉に視線を向けて口を開いた。
「ねえ賀璃茉、貴女は今でも袁燕を憎んでいるのかしら」優しく問い掛けた。
賀璃茉は両手を上げて、宙に遊ばせた。
「今さら何を・・・。
袁燕様は無論、袁逢様まで・・・、私を残して当の二人は亡くなってしまいました。
今では、あの事はもう遠い昔話」弱々しい言い様。
袁燕は姜雀の愛娘であった。
実に美しく生まれた。
が、病弱であった為に深窓に暮らした。
それが罪深い恋を成就させ、懐妊までしてしまった。
今思えば、その時が彼女の幸せの絶頂であったかも知れない。
出産を契機に、より体調を衰えさせ、薬師達の看護も虚しく二年後に亡くなったからだ。
袁逢も姜雀の子。
先代の当主にして、賀璃茉の夫であり、袁術の父。
その彼も五年前に病死した。
姜雀が、みんなを見回して言う。
「その子が後見に相応しいかどうかは分からないけど、
育て上げている左志丹が傍にいれば心強いわね。
とにかく健在であれば一度会ってみたい。
生まれはどうあれ、私の孫ですものね。
・・・。
しかし探すにしても手掛かりがないわね。
袁燕の世話をしていた侍女達はとうの昔に散り散り。
袁逢の近習の者達も散り散り。
この屋敷に残っているのか、領地に戻ってしまったものか、それさえ分からない。
どうしたものか」
手立てが思い浮かばないので、みんな押し黙ってしまった。
長い沈黙を破ったのは意外にも賀璃茉。
「この手のことは私共には無理です。
どうでしょう。信頼の出来る者に命じて、密かに探させては」
「そうね。
誰か、そのような者に心当たりはないかしら」
「一人だけ」と賀璃茉、
「左文元をご存じですか。
兄の左志丹が姿を消すや、その留守を守っていた弟です」と続けた。
思い出したのか、姜雀が笑顔。
「あの者か。愛想だけの軽い男よね」
賀璃茉が片手を振った。
「違います。誤解です。
兄の息子に家を継がせる為、敵を作らぬように腰を低くしていただけです。
そのように袁逢様が漏らしておられました。
その左文元はすでに隠居の身。
どこをどう動き回ろうと、誰にも怪しまれません。
それに、
・・・、
密かに兄と連絡を取っているかも知れません」
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老侍女は周りを見渡し、思案した。
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信頼に値する。
しかし他の正室と、そのお付きの侍女、彼女達とは年齢差があるせいで、
それほど親しく交わって来なかった。
気心なんて、さっぱり知れない。
姜雀が迷っている老侍女に促した。
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しばらく女三人で袁家を動かさねばならないのよ。
でも正直、女三人では手に余ると思う。
それで、それぞれに付いてる侍女のうちから、心利いた者を選び、ここに同席させたの。
正室三人で合議する際にも貴女方三人には助言を期待しているの。
だから何も隠したくない。隠したら良い助言なんて出来ないでしょう。
私達六人は同じ船に乗っているの。泥舟、分かるでしょう」
侍女二人が椅子から立ち上がり、老侍女に向かい深く拱手をした。
それを見て姜雀が満足げに頷いた。
老侍女は話すことにした。
「私は袁燕お嬢様がお産みになった子は健在である、と信じています。
生まれたのが男子であったので、禍にならぬように自分の傍から遠ざけた。
あの方の気性からすると、そうに違いありません。
死産は偽りです。
おそらく別の誰かが乳母となって育て、首が据わったのを待って、左志丹が引き取り、
姿を消したのでしょう」
姜雀が嬉しそうな表情を浮かべた。
比べて高夢春と賀璃茉の二人は戸惑うだけで何も言わない。
姜雀が表情を改め、老侍女に意地悪く問う。
「聞かせて。
貴女はその子を袁術の跡継ぎにでも担ぎ上げたいのかしら」
途端に高夢春と賀璃茉、その二人の侍女、それぞれの表情が強張った。
老侍女は年の功、動揺を露わにしない。
「それはありません。
お子は残念なことに表には担げない生まれです。
理由はお分かりでしょう。
当人の為にもなりません。誹られるだけです」
昔の事なので理由を知る者もいれば、知らぬ者もいた。
それを横目に老侍女は続けた。
「それより、左志丹と二人で居るということに関心があります。
左志丹は無骨な武人です。
その男が手ずから育てているのです。
さぞや立派な武人に育て上げているのではないでしょうか。
そのお子であれば、後見に相応しいのではないか、と思います」淡々と答えた。
姜雀が片手を顎に当て、撫で回した。
賀璃茉に視線を向けて口を開いた。
「ねえ賀璃茉、貴女は今でも袁燕を憎んでいるのかしら」優しく問い掛けた。
賀璃茉は両手を上げて、宙に遊ばせた。
「今さら何を・・・。
袁燕様は無論、袁逢様まで・・・、私を残して当の二人は亡くなってしまいました。
今では、あの事はもう遠い昔話」弱々しい言い様。
袁燕は姜雀の愛娘であった。
実に美しく生まれた。
が、病弱であった為に深窓に暮らした。
それが罪深い恋を成就させ、懐妊までしてしまった。
今思えば、その時が彼女の幸せの絶頂であったかも知れない。
出産を契機に、より体調を衰えさせ、薬師達の看護も虚しく二年後に亡くなったからだ。
袁逢も姜雀の子。
先代の当主にして、賀璃茉の夫であり、袁術の父。
その彼も五年前に病死した。
姜雀が、みんなを見回して言う。
「その子が後見に相応しいかどうかは分からないけど、
育て上げている左志丹が傍にいれば心強いわね。
とにかく健在であれば一度会ってみたい。
生まれはどうあれ、私の孫ですものね。
・・・。
しかし探すにしても手掛かりがないわね。
袁燕の世話をしていた侍女達はとうの昔に散り散り。
袁逢の近習の者達も散り散り。
この屋敷に残っているのか、領地に戻ってしまったものか、それさえ分からない。
どうしたものか」
手立てが思い浮かばないので、みんな押し黙ってしまった。
長い沈黙を破ったのは意外にも賀璃茉。
「この手のことは私共には無理です。
どうでしょう。信頼の出来る者に命じて、密かに探させては」
「そうね。
誰か、そのような者に心当たりはないかしら」
「一人だけ」と賀璃茉、
「左文元をご存じですか。
兄の左志丹が姿を消すや、その留守を守っていた弟です」と続けた。
思い出したのか、姜雀が笑顔。
「あの者か。愛想だけの軽い男よね」
賀璃茉が片手を振った。
「違います。誤解です。
兄の息子に家を継がせる為、敵を作らぬように腰を低くしていただけです。
そのように袁逢様が漏らしておられました。
その左文元はすでに隠居の身。
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