金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(白拍子)193

2009-12-30 21:40:39 | Weblog
 孔雀は櫓から下りて長安等を出迎えた。
 長安は門内に駆け込むと、その場に腰を落とした。
肩で荒い息をし、今にも吐きそうな顔をしていた。
 孔雀は長安の腹部が血で濡れているのを見逃さない。
「御代官、手負うてはおられませんか」
 孔雀の問いかけに長安は己を見回した。
血に染まった腹部を手探る。
「・・・否、どうやら返り血らしい」
 遅れて善鬼等が戻って来た。
手負いが三人いるだけで、脱落者はいない。
 先頭で戻って来た神子上典膳は全身に返り血を浴びていた。
いつもとは違い、まるで能面のような顔。
ジッと抜き身のままの太刀を見ていた。
その様子から、まだ戦えそうな余裕が感じ取れた。
 砦の外では戦いが続き、あちこちから悲鳴が届いた。
逃げ遅れた者達が一揆勢の手に掛かっているようだ。
 長安が、「助けられるか」と傍の者に尋ねた。
 相手は無念そうに首を左右に振った。
「門を開ければ敵の突入を招きます」
 その時、夜空を劈くように狐狸達の雄叫びが上がった。
みんな固まって、左右を見回した。
 気付いた時には、その者達がいた。
影から姿を現わしたのは天狗族の娘。
その足下に黒猫。後ろに数匹の狐と狸。
何時の間にか砦に侵入していたらしい。
彼等が刺客であったなら、長安も孔雀も命を落としていたはずだ。
於雪の話しにあった、鞍馬で鬼と戦った魔物達に違いない。
 遅ればせながら孔雀は長安を守るように前に出た。
同時に典膳も抜き身を構えて孔雀に並んだ。
 それよりも黒猫が速かった。
スイッと動いた次の瞬間には、二人の間を風のように駆け抜け、
腰を落としたままの長安の前に、四つ足で立っていた。
孔雀と典膳は、ただ唖然とするだけ。
 黒猫はそんな二人を無視して長安に視線を向けた。
「人手が足りぬようだな。猫の手でよければ貸すぞ。
褒美は有りったけの酒で良い」
 言葉が長安に染み入るのを待ってから黒猫は続けた。
「お主等は邪魔にならぬように砦に籠もっておれ。いいな」
「加勢してくれるのか」
「そうだ。矢弾は放つなよ。我等の邪魔になる」
「もしかすると、鞍馬で鬼退治した魔物殿だな」
「そうだ。於雪から聞いたのか」
 長安はホッとしたように頷いた。
縋れるものなら、猫でも魔物でも構わぬらしい。
 狐と狸が、それぞれ一匹が動いた。
身軽に櫓の階段を駆け上がった。
先頭の狐の体毛の色が変化した。赤くなってゆく。
後ろの狸も体毛が変化した。緑色に。
星明かりが二匹を照らす。
 孔雀は相手の正体に思い当たった。
赤狐と緑狸ではないか。
伝説では「関東の守り神」。
関東の地を荒らす魔物を退治するとか。
実際に見た者はいないが、信じ恐れる者は多い。
 黒猫が孔雀を振り返った。
「女、お主が方術師達を纏めているのだな」
「いかにも」
「この一揆はただの一揆とは思えん。
お主等の出番があるかもな。準備して待て」
「どういうわけなの、聞かせて」
「予想が当っておれば、じきに分かる」
 孔雀には閃くものがあった。
「もしかすると、天魔なの」
 黒猫が感心したような声を出した。
「ほう、鋭いな。女、名は」
「孔雀。貴方は」
「ヤマト」
 頭上で心地好い音。
「ポンポコリン」
 見上げると、櫓の屋根で緑狸が腹鼓を打っていた。
続けて二回目。
 それに応じて、周りから「ポンポコリン」の腹鼓。
戦場を遠巻きしている狸達らしい。
夜空に「ポンポコリン」が響き渡った。
 孔雀はヤマトに、「上に上がりな」と言われるまま、櫓に上がった。
他には長安と天狗族の娘の二人。
 櫓から下を見ると一揆勢で溢れていた。
一分の隙間がないほど埋め尽くされていた。
にも関わらず、彼等は獣達の雄叫びに打ち震え、身動きしない。
 赤狐が甲高い雄叫びを上げた。
それが合図なのだろう。
あちこちから黒い影が飛び出した。
狐狸達のみならず、猪や猿等が紛れていた。
大量の獣達が雄叫びを上げながら駆け出した。
彼等の勢いが地響きとして伝わって来た。
 砦を包囲した一揆勢を、さらに遠巻きした獣達が襲う。
信じられぬ獣達の数だ。
星明かりの下を飛ぶように駆け、一揆勢の背後を衝いた。
具足の隙間を執拗に狙う。
 一揆勢は太刀や槍、松明を振り回して必死に防戦に努めるが、
何の効果も上げられない。
首筋や、手足の指を噛み切られる者続出。
悲鳴と血飛沫が飛び交う。
 狐狸達だけではない。
猪が体当たりで弾き飛ばす。
猿が長い手足で絡みつき、顔を引っ掻く。
鹿が角で突き、後ろ足で蹴飛ばす。
ついには熊までもが姿を現わした。
 孔雀はヤマトを見た。
「私等の出番はないみたいね」
「慌てるな、面妖な者達が後方に控えているそうだ」
「面妖な・・・、それは」
「魔物のような、魔物でないような」
「どっちなの」
「さあ、物見したのはオイラじゃないからな。まあ、じきに分かる」
 一揆勢は算を乱して逃げ惑う。
こうなると手の施しようがない。
それに気付いたのか、後方から法螺貝が吹き鳴らされた。
退却の合図らしい。てんでに敗走を開始した。
 入れ代わるように後方から一団が駆けて来た。
彼等は異様な空気を醸し出していた。
 ヤマトが孔雀を見た。
「あれだ」
「分かるわ。人のようだけど、人ではないわね」
 長安が口を開いた。
「魔物なのか」
 ヤマトが「そのような物だ」と答え、櫓から外に飛び降りた。
天狗の娘も躊躇なく従う。宙を舞うように飛び、危なげなく着地した。
赤狐と緑狸に加え、砦で控えていた他の狐狸達が後を追う。

 ヤマトの傍に降り立った若菜が、倒れている兵の太刀を拾い上げ、
星明かりで繁々と検分した。
「良い拾い物みたいね」
「分かるのか」
 若菜は、「言ってみただけ」と笑い、抜き身を構え、前方に目を走らせた。
状況を再認識したのか、しだいに顔が引き締まってゆく。
 先程まで暴れ回っていた獣達が危機を感じて次々と走り去る。
狐狸達も例外ではない。
ただ、「ポンポコリン」の腹鼓だけは止まない。
同じ拍子を守り、景気良く夜空に響かせていた。
 ヤマトと行動を共にする狐狸達は伏見の狐の他に、
赤狐や緑狸が呼び寄せた関東の狐狸達。併せて三十数匹。
いずれも修行を積んだ魔物ばかりであった。
 ヤマトは若菜の視線の先を追う。
槍を構えた一団が恐ろしい速さでこちらに駆けて来た。
人数にして、およそ千人余。
彼等から異様な気配がヒシヒシと伝わって来た。




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明日が大晦日。
仕事が忙しく、掃除する暇がありません。
埃の部屋で新年を迎えなければならないようです。
まあ、仕事があるだけ・・・、「良し」としますか。
それでは、良いお年をお迎えください。

金色の涙(白拍子)192

2009-12-27 07:12:35 | Weblog
 砦の櫓に戦仕度をした尼僧・孔雀がいた。
一揆勢が八王子を目指していると聞き、長安の軍に強引に同行したのだ。
善鬼や神子上典膳、方術師達、風間の者達も一緒にいた。
 孔雀は下の柵普請の様子を黙って見守っていた。
長安は毛色の違う武将であった。
武人というよりは商人という方が近いのかもしれない。
算盤勘定で仕事を進めるのだ。無駄な事は徹底して省く。
必要か、必要でないかで判断し、私情は一切入れない。
が、冷徹というわけではない。
仕事を離れると人当たりが良く、みんなに優しかった。
 後ろにいた善鬼が孔雀の耳元に囁く。
「惚れるなよ」
 その言葉に孔雀は顔を赤らめた。
否定代わりに裏拳を見舞う。
 善鬼は予想していたので、スイと後退して躱した。
 孔雀は視線を前方の山に転じた。
麓の道が高麗に通じていた。
まだ一揆勢の姿は見えない。
 気になるのは先程の獣達の雄叫び。
不意を突くように八王子の山々から獣達の雄叫びが上がった。
狐狸達の雄叫びと分かっても、雨霰のように降り注ぐ雄叫びの木霊に、
砦の者達は恐怖を覚え、大勢が立ち竦んだ。
幸いにも、それは直ぐに止んだ。
もう少し続いたら逃げ出す者が続出しただろう。
今までにない奇怪で、不気味な出来事だった。
 たぶん、湯治場に現れたという黒猫や、狐狸達の仕業であろう。
彼等の真意が計りかねた。
敵なのか、味方なのか、それとも気紛れに雄叫びを上げただけなのか。
 と、下で悲鳴に近い声。
誰かが大声で一揆勢が現れた事を告げた。
 麓の道におよそ百人。数騎の騎馬を先頭にしていた。先鋒らしい。
彼等は矢弾の届かぬ所で足を止め、こちらの様子を窺っている。
 しだいに一揆勢の数が増えてゆく。
隊列が大きく膨らみ、左右の草地に広がる。
 道の左の丘には砦、右には凹凸の激しい深い森。
どちらかに迂回しようとすれば、それはそれで可能である。
無傷で八王子に入れるだろう。
しかし、目の前の徳川勢を見逃すとは思えない。
 そうこうするうちに、日が暮れてゆく。
長安の指示で柵内に篝火が焚かれ始めた。
砦内でも同様だ。
 一揆勢は松明を点け始めた。
そして、気勢を上げるために松明を打ち振りながら、鬨の声を上げた。
万を越える人数だけに、分厚い鬨の声だ。
微かに茜色の残る空に、それが響いた。
鬨の声だけで徳川勢を威圧した。
 味方が萎縮するのが分かった。
孔雀は善鬼と顔を見合わせた。
何とかして味方の士気を盛り上げねばならぬ、と考えた。
 その時だった。
砦の後方で異な歓声が上がった。
 神子上典膳が、「あれ」と後方の山々を指差した。
 見れば甲斐との国境へ繋がる山の中腹あたりで、篝火が焚かれ始めた。
見る間に斜め横に長く増えてゆく。
道に沿って焚いているらしい。
あの辺りには湯治場があった筈だ。
 善鬼が感慨深く言う。
「おそらく、代官殿の奥方の差配であろう。良い心配りだ」
 奥方は家臣達の家族を連れ、国境の湯治場に避難した。
長安が湯治場に逗留している白拍子を頼りとしたからだ。
 その報せが味方に細波のように広がった。
どこからともなく歓喜に打ち震えた鬨の声が湧き上がる。
 味方のつかの間の喜びを打ち消すかのように、一揆勢の法螺貝。
それに合わせて矢弾が放たれた。
鉄砲隊、弓隊の掩護を受け、押し寄せる人馬の音。
松明を打ち振りながら一揆勢が攻めて来た。
まるで灯りの洪水だ。
 実戦に弱い長安だが、辛抱強く一揆勢を引き付けた。
柵は砦から森の端にまで長く構築してあり、戦いの序盤に隙はない。
 一の柵に一揆勢が打ちかかった。
勢いで押し倒そうとした。
 長安は、頃合い良しとみた。
迎え撃つべく采配を振るう。
三の柵の内側に控えていた鉄砲隊が火蓋を切った。
弓隊も続いた。容赦なく狙い撃つ。
 味方は盾を並べて身を隠していたが、一揆勢は全身を矢弾に晒していた。
次々と斃してゆく。
それでも前進は止められない。
一の柵を倒し、二の柵に押し寄せて来る。
 距離が近くなったせいか、一揆勢の放った矢弾が味方の盾を弾き飛ばし始めた。
勢いに乗った一揆勢は二の柵を倒して、三の柵に迫った。
 長安の合図で槍隊が前進して、柵の内側から迎え撃つ。
ここにきて白兵戦となった。
互いに柵を挟んで攻防を繰り広げた。
柵の隙間から槍が交差し、悲鳴が、気合いが、怒号が、そして血が飛び交う。
 櫓の上の孔雀は善鬼と典膳を振り返った。
「御代官を守れ」

 同時に二人は動いた。
階段を飛び降りて、下で控えていた仲間達のところへ。
方術師達や風間の者達を説いて砦を飛び出した。
 数に勝る一揆勢がついに柵の一角を突き崩した。
こうなると勝敗は決したようなもの。
崩れた所から一揆勢が雪崩れ込んで来た。
もう押し止められない。
 味方が浮き足立つ。
それぞれの組に組頭はいても、こういう場面での統率力に欠けていた。
戦慣れした将兵を岩槻へ派遣していた事が悔やまれた。
 長身痩躯の身を震わせ呆然自失の大久保長安。
偉人を思わせる彫りの深い顔が、顔面蒼白になっていた。
周りの家臣達の、「砦に引き揚げましょう」という声で我に返った。
 三の柵が倒され、一揆勢がドッと押し寄せた。
味方は蜘蛛の子を散らすように、方向の見境無く逃げ惑う。
 長安を守るのに残ったのは数人の家臣のみ。
アッという間に囲まれた。
 そこに善鬼等が駆け付けた。
先頭の善鬼と典膳二人で敵陣に穴を開けた。
続く方術師達が荒修行で鍛えた腕力で槍を振り回し、一揆勢を蹴散らした。
風間の者達が長安達を守るように囲む。
 典膳が野太刀を振るう。
突き出された槍を弾き、鎧ごと敵を一刀両断にした。
返り血を浴びるが、表情一つ変えずに次の敵に挑んでゆく。
二人、三人と続けて斃すや、その技の冴えに周りの敵が後退る。
その隙に長安達が風間の者達に先導されて砦に逃げてゆく。
 善鬼が、「戻るぞ」と典膳に呼び掛けた。
 他の一揆勢が砦を目指していた。
このままでは砦への退路を塞がれてしまう。
 あちこちで逃げ遅れた味方が孤立し、奮戦していたが、見捨てるしかない。
典膳は砦へまっしぐらに駆けた。
具足で重い筈の身体が不思議なくらいに軽い。
邪魔になる敵を容赦なく斬り捨てた。
敵の動きが緩慢に見えて仕方ない。
槍を野太刀で弾き、矢を籠手で払う。
 典膳が斬り開いた退路を善鬼や方術師達が防戦しながら辿る。
 彼等が砦に逃げ込むのを見計ったかのように、獣達の雄叫び。
かなりの数だ。
その距離は前回よりも近い。
砦を遠巻きにしているらしい。
雄叫びと、その木霊が騒然とした戦場を沈黙させた。
敵も味方も立ち尽くし、周りを心配げに見回した。




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クリスマスが終わりました。
みなさん、何か良いことが有りましたか。
私は一つだけ。
別れて暮らしている息子から電話がありました。
近況報告ですが嬉しいものです。

金色の涙(白拍子)191

2009-12-23 20:42:40 | Weblog
 遠ざかるヤマトや若菜等の後ろ姿を見送っていた小峯が隣の白拍子に尋ねた。
「於雪、あれが鞍馬で鬼と戦った魔物達なの」
「そうよ」
 小峯は納得したように深く頷いた。
「見た目は普通の黒猫に狐、狸だけど、気配が違う。怖いわね」
「そう、怖いでしょう。でも、味方にすれば頼りになるわ」
「そうね。私達、安心していいのね」
「そうよ、安心していいわ」
 小峯がニッコリ笑った。
「それでは安心して後を追いましょう」
「えっ、行くの」
 当然といった顔で小峯が頷いた。
「勿論」

 紅潮した顔の豪姫が肩を並べている夫・秀家を見た。
「私達も参りましょう」
 聞いた秀家は目を丸くした。
「気持は分かるが、ここは徳川領だ」
 耳にした慶次郎が眉を顰めた。
「お豪、我等は上方に戻らねばならぬ」
 豪姫はキッと慶次郎を睨む。
「慶次郎殿、貴男の言葉とは思えませぬ。
困った人がいれば横紙破りで助けるのが貴男の生き様だった筈」
 慶次郎も睨み返した。
 豪姫が続けて手厳しい言葉を投げた。
「女の身の奥方が御代官の元に先頭切って駆け付けようというのに、
慶次郎殿は黙って見ておられるのですか」
 慶次郎は奥歯を噛み締めた。
 豪姫は容赦がなかった。
「ご自慢の朱槍は上杉屋敷に預けておられるとか。
今頃、その朱槍が声を上げて泣いているでしょうね」
 秀家が割って入った。
「それは言い過ぎだ。
慶次郎殿はお豪の身を一番に案じておられるのだ」
 豪姫は夫を無視し、両の目を吊り上げて慶次郎に食ってかかった。
「オナゴの身より自分の名を大事になさいませ」
 慶次郎は返す言葉がない。
 真田昌幸が渋い顔の慶次郎に声をかけた。
「はっはっは、オナゴには敵いませんな。
我等、数は少ないが一騎当千の者ばかり。参りますかな」
 慶次郎は天魔の事に関しては、真田親子には明かしていなかった。
今更ながら、それを悔やむ。
 真田親子の家臣達も期待感で成り行きを見守っていた。
今にも抜かんばかりに腰の刀に手を添えている者もいた。
噂通りに好戦的な家中だ。
 猿飛や宇喜多家の忍者達は事情を知っていたので、それぞれの顔が曇る。
宇喜多夫妻を無事に、上方に連れ帰りたいのだ。
 そこに騎馬の蹄の音が届いた。
こちらに駆けてくるではないか。
およそ二・三十頭。軽やかに聞えるのは空馬だからだろう。
居合わせた人々が大慌てで道を開けた。
 一際大きい馬が先頭にいた。
黒光りする艶のある肌。慶次郎の愛馬・鈴風だ。
率いているのは、湯治場近くの草地に放して教養させていた豪姫一行の馬ばかり。
 鈴風が慶次郎の前で止まった。
堂々とした態度で、主人をグッと睨む。
そして何事か訴えるように、ヒヒーンと嘶いた。
どうやら戦の臭いを嗅ぎつけたらしい。
 豪姫のみならず、鈴風にも迫られて慶次郎は苦笑い。
鈴風の鼻先に手を当てると、その熱気が伝わってきた。
頭を振りながら、周りに集まって来た一行の者達を見回す。
「かくなる上は、一走りいたそう」
 その言葉で一行の者達の表情が締まる。
猿飛や宇喜多家の忍者達も気持を切り替えたらしい。
無二斎と藤次も同様だ。
互いに顔を見合わせ笑顔で頷きあっていた。
 慶次郎は厳しい顔を豪姫に向けた。
「お豪、秀家殿の傍を離れるな」
 豪姫は満足そうに頷き、傍の秀家を手を取った。
 慶次郎は、兵を集めようとしていた代官の奥方を呼び止めた。
「我等が参りますので、奥方には篝火をお願いしたい」
「篝火が何の役に」
「八王子の町に見えるところで焚いて頂きたい。
さすれば、味方も勇気百倍。士気が上がりましょう」
 意外な役目だが、篝火が味方の士気を奮い立たせる事を理解したらしい。
小峯は喜んで頷いた。
「我等が見守っている事を知らせるのですね。承知しました。
直ちに日が暮れたら篝火を焚けるように準備しましょう」
 付き添う白拍子の顔に感謝の色が浮かぶ。
慶次郎に軽く頭を下げた。
 入れ代わるように真田昌幸が小峯に問う。
「奥方、代官殿はどこを合戦場に選ばれたのかな」
「味方は僅か三千、たいして一揆勢は万を越えるとか。
そこで野戦ではなく、荒原の砦に籠もる事を選びました」
 八王子城はすでに家康により廃城。肝心の代官の陣屋も完成していない。
防御するにしても適当な場所がないのだ。
そこで全兵力を率い、高麗への道筋にある小さな砦に向かったらしい。
「あそこか。よし、私が道案内しよう」
 武田の武将として関東を転戦しただけに地理に詳しい。
城、砦は言うに及ばず、小さな川や沼のある場所にも精通していた。
 彼の家臣が後ろから問う。
「殿、戦仕度はいかがしますか」
 戦に巻き込まれるとは考えていなかったので、鎧も槍も持って来ていない。
「敵から奪えばよい。選び放題だ」

 砦は町外れの小高い丘にあった。
詰めているのは三千人余。
一揆勢の侵攻を阻むため、下の道に三段構えの柵を設けようとしていた。
 町普請に用意しておいた木材が荷車で次々と運び込まれた。
雑兵達が手際よく降ろ、場所ごとに分けてゆく。
 大勢の雑兵の先頭に立っているのが代官の大久保長安。
戦より普請を得意とするだけに的確な指示を出す。
僅かな時間で柵が組み立てられてゆく。
日暮れまでには柵普請は終える筈だ。




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金色の涙(白拍子)190

2009-12-20 08:58:07 | Weblog
 川越城を臨む堤に猿飛佐助は風魔小太郎、狐・ぴょん吉と腰を下ろしていた。
 あの日、岩槻から退去した魔物達は深夜、密かに川越城に入城した。
それで川越城が彼等の手中にあることは確かめられた。
 驚かされたのは翌日。
示し合わせたかのように、武州松山から来たという一揆勢が川越城に合流した。
それも昼日中であった。
城下町を騒がせる事無く、整然と入城した。
 その一揆勢はいずれも普通の者達ばかり。
魔物達との繋がりが分からない。
しかし、二人と一匹の優先すべきことは天魔の捜索。懸命に探し回った。
だが、いくら探し回っても天魔らしき者は発見できなかった。
気配にすら遭遇しなかった。
 二人と一匹は堤で落ち合い、次の策を話し合っていた
 と、周辺が騒がしくなった。
狐狸達の雄叫びが木霊となって押し寄せてきた。
これに応じて、あちこちで土地の狐や狸が雄叫びを上げ始めた。
無秩序な木霊となって四方八方に響き渡る。
 聞き覚えがあった。
狐狸達が戦いに臨む前の雄叫びに違いない。
佐助はぴょん吉を振り向いた。
「これはヤマト達かい」
「おそらく。方向からしても八王子を指し示している」
 不審そうに雄叫びにを聞いていた小太郎が、八王子という地名に反応した。
「八王子がどうした」
 佐助は自分自身の事は話しても、ヤマト達の事は説明していない。
小太郎が風魔の頭領だからと警戒している分けではない。
小太郎個人を信用する、しないでも無い。
佐助は忍者として、仲間の事は気軽に喋らないだけなのだ。
同様に小太郎にも詮索するような質問をしていない。
互いに深く立ち入らぬのが、よその忍者との付き合い方と心得ていた。
 佐助は薄皮を剥ぐように、事情を小出しにした。
「仲間の狐狸達が、土地の狐狸達を八王子に集めている。
この騒ぎようからすると、ただ事ではない」
 小太郎は首を傾げた。
「ほう、お主の仲間達・・・、他にも狐狸達がいるというのか」
「そう。信じてもらえるかどうか」
「信じよう。目の前に、ぴょん吉がいることだしな。
それで八王子に何が起きるのだ」
「戦い」
 小太郎は目を丸くした。
少年忍者と連れの狐を繁々と見比べた。
「戦う、何と戦う」
「さあ、何だろう。雄叫びだけでは、そこまで分からないからな」
「・・・。お主等が理解できない」
「気持は分かる。
俺達は仲間達の所に駆け付ける。ここで、お別れだ」
 佐助は立ち上がると、後ろの河原を振り返った。
そして、「坂東」と大きな声で呼ぶ。
 河原で水遊びをしていた馬が応えるように、こちらを振り向いた。
佐助に懐いた馬だ。
これに、関東の地名から「坂東」と名付けた。
 坂東が喜び勇んで駆けて来た。
佐助がヒラリと飛び乗った。
遅れじと、ぴょん吉も遠慮せずに後ろに相乗りした。
 小太郎が立ち上がった。
そして彼も事情の一端を小出しにした。
「俺の仲間達は八王子の代官所の世話になっている。
だから俺も馬を調達したら、後から八王子に駆け付けよう」
 佐助は頷いた。
「俺の仲間達は甲斐との国境の湯治場にいる」
 小太郎も頷いた。
「縁があれば八王子で会えるだろう」

 於福は縁側で老爺の将棋の相手をしていた。
 遠くから近付いてくる木霊に気付いたのは黒犬・黒太郎の方が僅かに早かった。
庭先の日溜まりから立ち上がり、耳をそばだてた。
木霊の正体は狐狸達の雄叫び。
黒太郎の傍で寝ていた赤ん坊も、遅れて耳をそばだてた。
 木霊が風のように押し寄せ、釣られて屋敷の周辺の山々から獣達の雄叫び。
狐と狸がてんでに吠えていた。
 その異様な騒ぎに屋敷の者達が集まってきた。
於福や黒太郎を頼りにしているらしい。
 老爺が手を止めて問う。
「あれは何の騒ぎなんだ」
「おいおい、狐狸の騒ぎが私に分かるわけないだろう」
「そうか。・・・ほい、王手飛車取り」
 老爺が嬉しそうに表情を崩す。
 ここで飛車を取られるのは痛い。
さりとて、飛車を守って王を失うわけにもいかない。
すでに角は敵の手中。持ち駒は歩三枚に桂馬一枚。手の施しようがない。
これで負けると三連敗。悔しい。
 防御策を考えていると、不意に黒犬の遠吠え。
狐狸達の雄叫びを蹴散らすかのように吠え始めた。
強烈な意志を感じさせる。
 黒太郎が、いきなり駆け出した。
それに赤ん坊が遅れることなく飛び乗った。
黒太郎は表門には向かわず、狂ったかのように塀にまっしぐら。
赤ん坊を乗せながら平然と塀を飛び越えた。
呆れるくらいの跳躍力だ。
背中の赤ん坊は、「キャッキャ」と喜んでいた。
 ただならぬ黒太郎の行動に於福は危惧を抱いた。
将棋盤をバンと叩いて、「負けた」。
 老爺は黒太郎の行動に唖然。於福の行動には目を白黒。
口を半開きにして両者を黙って見送った。
 於福は、すぐさまに黒太郎の後を追う。
庭に下りるや、塀に向かった。
普通の者では越えられない高さだが、於福は普通ではない。
勢いをつけて軽々と飛び越えた。
 黒太郎はすでに黒い点。遠くに消えそうになっていた。
その速さには追いつけそうもない。
 だが、黒太郎の駆けている道は八王子に通じていた。
そして黒太郎が気にした木霊は八王子方向からきたもの。
躊躇することなく後を追う。

 高麗の「霧隠れの里」の中山家でも、みんなが狐狸達の雄叫びを聞いていた。
 当主の兼房が隣の隠居・兼定を見上げた。
「父上、これは何の前触れですか」
「ワシも初めてだよ、こんなに獣達が騒ぐのは」
 傍で聞いていた才蔵にとっては初めてではない。
鞍馬の鬼騒ぎの時には、このように狐狸達が騒いでいた。
そこで気になるのは湯治場にいる赤狐や緑狸、そしてヤマトの存在。
今回のこの騒ぎに彼等が関与していない筈がない。
 才蔵の顔色を読んだのか、兼房が問う。
「心当たりでもあるのか」
「木霊してきたのは八王子の方向からでした。
あの辺りに、こういう風に騒ぐ狐狸達がいるのです」
「初耳だな」
「上方から旅して来た狐狸達です」
 居合わせた者達は才蔵の確信ある言葉に、口をアングリ。
 早く立ち直った兼房がさらに問う。
「ほう、知り合いのような口ぶりだな」
「ほんの少々。
幸村様の知り合いの狐狸達です。
一度、屋敷で酒を酌み交わしています」
 みんなは顔を見合わせた。
兼房ですら当惑して言葉を失う。
 兼定が、「フォツフォ」と笑う。
馬鹿にするというより面白がっているのだ。
 才蔵は弁解しない。
疑われようが、馬鹿にされようが事実なのだからしようがない。
それに今は、ここで言葉を尽くす時ではない。
「急ぎ、八王子に立ち戻ります。幸村様の身が心配です」



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冬らしくなってきました。
寒い。寒い。
寒いけど風邪ひかないようにね。
正月休みまで、あと少々。頑張ろう。

金色の涙(白拍子)189

2009-12-16 20:03:57 | Weblog
 先触れの騎馬が湯治場に駆け込んできた。
「御代官の奥方様が、ご到着される。於雪殿、居られるか」
 ヤマトから事前に知らされていた白拍子が飛び出して迎えた。
「こちらに」
「一揆勢が町に迫っているので、こちらに避難してまいりました」
「して、長安殿は」
「一揆勢を迎え撃たれます」
 小柄な婦人を先頭に、僅かな兵に守られた子女等が姿を現わした。
代官所勤めの者達の家族で、老人から赤ん坊まで合わせ百人近い人数だ。
湯治場に着いて安心したのか、ホッとして腰を落とす者が多い。
 疲れ切った顔の婦人が白拍子と顔を合せると、とたんに表情を和らげた。
「於雪」
 白拍子は何も言わずに婦人に駆け寄り、ヒシと抱き寄せた。
「小峰、足は大丈夫かい」
「逃げるのに必死で痛みを忘れていたわ」
 小峰は足の痛みを我慢して、湯治場に残留していた代官所の役人を捜す。
 そうと察して与力が前に進み出た。
「手前がここを任されております。何なりとご指示を」
「連れてきた者達の面倒を頼むわ」
「しかと承りました。奥方様は」
「関所の者達を呼び寄せ、町に引き返す」
 この先の関所に詰めているのは五十人ほどで、たいした戦力にはならない。
それを承知の上で言っているらしい。
己自身も足の痛みがあるというのに。眦を決していた。
 白拍子が、「それなら私も」と。
 小峰は嬉しそうに頷いた。
「貴女がいれば心強い」
 聞いていた者達の中から前田慶次郎が進み出た。
「失礼する。奥方、よろしいか」
 偉丈夫の姿に小峰は目を見張る。
「貴男は」
「浪人、前田慶次郎」
 その名乗りは小峰のみならず、みんなを驚かせた。
織田信長、豊臣秀吉に愛され、天下に「大傾奇者」として知られていたからだ。
奇矯な振る舞いに、武士らしからぬ衣装、だけではない。
古今の書籍、茶の湯に通じ、戦場では朱槍を許されていた。
ことに、織田信長が本能寺で討たれた後の、織田軍の関東総崩れで名を馳せた。
その時に所属していたのは伯父の滝川一益軍であった。
 本能寺の変を知るや、小田原から北条軍が攻め寄せてきた。
滝川軍は奮戦し二度三度と撃退するも、北条の大軍に抗しきれなくなった。
味方であった関東の諸将も、北条の勢いを知るや寝返る者続出。
ついに滝川軍は上方への退却を余儀なくされた。
 危急の際に殿を買って出たのが前田慶次郎。
攻め込んできた北条軍の足を止め、本隊が土一揆で退路を阻まれたと知るや、
殿から引き返して血路を斬り開き、味方を上方へ退却させた。
その際に斃した敵兵数知れず。
己のみならず馬までが全身血塗れであったそうだ。
 慶次郎は、「奥方は御代官の、お心をご存じか」と続けた。
「承知しております。心置きなく戦うためでしょう」
「それを承知で戻られるのか」
 小峰は慶次郎にニコリと答えた。
「縁あって夫婦でござりますれば」 
 慶次郎は言葉に詰まる。
後頭部を指で搔きながら、小峰の視線を受け止めた。
 小峰の後ろから元服前の子供が顔を見せた。
「母上、私も参ります」
 その言葉に小峰の顔色が変わった。
振り返って、強い口調で諭した。
「なりません。今は貴男が大久保家の長なのです。
貴男が弟や妹達の面倒をみなくて、一体誰がみるというのですか」
 傍で腰を落として成り行きを見ていたヤマトは、血の滾りを感じた。
熱い血潮が全身を駆け巡る。
それに合わせ、自身の奥深くで眠っていた龍が振動を始めた。
慌てた「金色の涙」が押さえようとした。
いつもと感じの違う龍の振動に不安を覚えたのだ。
が、アッという間に覚醒した。
 ヤマトは四つ足で立ち上がり、大きく咆哮した。
その猫らしからぬ雄叫びが辺りの山々に響き渡った。
獰猛な木霊に人のみならず獣も鳥も動きを止め、震え上がった。
 ヤマトは手近の柵の上に跳び上がり、居竦む人々を見回した。
岩をも射抜きそうな鋭い眼光。龍が完全にヤマトを支配した。
不思議な事に、実体は無いはずなのに成長した気配がする。
 今の龍は、さしもの「金色の涙」でも制御は不能になっていた。
原因は温泉から吸収した水溶性の金の影響なのだろうか。
伝説の金龍に成るかも知れぬと、単純な考えで温泉を飲んでいた。
今はそれが悔やまれる。
 ヤマトは大がかりな戦いの臭いに武者震い。
全身を覆う黒毛が、夕日を浴びて妖しく黒光りした。
 ヤマトは白拍子に目を遣る。
「於雪、ここで奥方と、みんなを守れ」
 先までとは違う口調に白拍子は思わず頷いた。
 奥方をはじめとして、みんなは人の言葉を喋る猫に思わず後退り。
湯治場から聞える噂で知ってはいたものの、実際目の当たりにして、
実物の不気味さに声を無くしていた。
 次ぎにヤマトは慶次郎に顔を向けた。
「これから先は俺達に任せて、お主等は上方に戻れ」
 歴戦の強者は臆しないで、ヤマトと視線を合わせた。
「わかっている。それで、お前はどうする」
 ヤマトは、「知れたこと」と答え、赤狐と緑狸を呼び寄せた。
期待に胸膨らませる二匹に、「ついて来るか」と問う。
 まず赤狐・哲也が顔を上に向け、甲高い雄叫びを上げた。
山々に木霊すると、あちこちの山から狐達の応じる雄叫びが自然発生した。
物見に出ている伏見の狐達のみならず、土地の狐達も参じるらしい。
 負けずと緑狸・ポン太が雄叫びを上げた。
図太い木霊が狐達の甲高い雄叫びの間隙を縫うように響き渡る。
こちらも狸達が雄叫びに応じた。
 狐狸達の雄叫びが山々の木々を揺り動かした。
鳥達が飛び立ち、獣達が野山をかけ回る足音が響き渡る。
おそらく熊や狼、猪等も刺激された筈だ。
 目を輝かせた若菜がヤマトの前に立つ。
「私も一緒だよ」
「今回は手強いのがいるかもしれん」
 天魔の事を豪姫の耳に入れたくないので暗に示唆した。
 若菜が承知とばかりに頷いた。




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金色の涙(白拍子)188

2009-12-13 10:27:52 | Weblog
 ヤマトを目掛けて足が伸びてきた。
豪姫に脇腹を爪先で突っつかれた。
無視をすると今度は白拍子の足が伸びてきた。
踵で顔を押された。
 ゆっくり寝れないのでヤマトは露天風呂から飛び出した。
岩場で身震いして全身の水を切った。
 若菜が、「ヤマト、怒ったの」と笑う。
豪姫と白拍子も笑っていた。
「いや、呆れただけだよ」
「呆れちゃったの」
「少しね」
 女というものは人も猫も変わらないらしい。
親しくなった証にチョッカイを出してくる。
 豪姫が、「ねえヤマト、一緒に上方へ戻るよね」と、当然のような口調。
「オイラは急がないけど、そっちは家臣達が首を長く伸ばして待ってる筈だよ。
早く戻って安心させてやりなよ」
 嬉しそうな顔の豪姫。
「ふっふっふ・・・、猫に心配されるなんてね。それで一緒に戻るわよね」
「嫌だ」
 きっぱり断ると、豪姫が立ち上がって手桶で温泉の湯を汲み、
ヤマト目掛けてパシャッと掛けた。
「人であれば手討ちであるのに」
 顔に湯を浴びたヤマトは、「まったく」と呟いて露天風呂から逃げ出した。
女達の笑い声が後を追ってきた。
 表では豪姫の夫・宇喜多秀家が待っていた。
「ヤマト、中は楽しそうだな」
「遠慮せずに入れば」
 秀家は、「否、怒られる」と首を竦めた。
「姫に用事があるのなら伝えるよ」
「用事と言うほどでも・・・」
 秀家は言葉を濁した。
豪姫に構ってもらえないのが寂しいのだろう。
分かり易い顔をしている。
 往来を近在の者達らしいのが行き来していた。
湯治場の騒ぎは収まり、この宿のみが代官所に収用されただけで、
他は前のように店を開くことが許された。
それで一般客が姿を見せるようになっていた。
 ヤマトは剣呑な空気を感じた。
湯治場のさらに奥の空き地からだ。
秀家を捨て置いて駆けた。
 そこでは新免無二斎と吉岡藤次が真剣で立ち合っていた。
互いに中段に構え、ジッと睨み合っている。
 少し離れた所で、床几に腰掛けた前田慶次郎が成り行きを見守っていた。
仲裁に入る気はないらしい。
一切を見逃すまいと目を凝らしていた。
 近くの木立から鳥が飛び立つ羽音。
それを切っ掛けに藤次が跳んだ。
剣先を相手の喉元に向け、身体ごと突いて出た。
飛燕のごとき速さだ。
並みの者なら、まずは躱せないだろう。
 無二斎は身体を微かに斜めにずらし、剣先を流した。
そして相手の胴を薙ぐように刀を走らせた。
 突きが空を切った藤次だが、立て直しも早かった。
跳びながら手許に刀を戻し、相手の刃を止めた。
金属と金属がぶつかりあう衝撃音。
 二人は攻守所を替えながら幾度も刃を交えた。
上段からの激しい斬り落とし。
下段からの鋭い斬り返し。
攻めては受け、受けては切り返す。
二本の刀が火花を散らし風を巻き起こした。
互いに得意とする攻め手を繰り出すが、それ以上に守りも固い。
 二人は攻め手に事欠いたのか、左右に跳んで離れた。
肩で息をしながら再び身構える。
 慶次郎が立ち上がった。
「そこまで」
 藤次がウフッと息を抜いた。
「敵いまへんな」
 無二斎が、「お主は強い」と刀を仕舞う。
 慶次郎がヤマトに、「どうだった」と尋ねた。
視線は向けられなかったが、来ているのに気付いていたらしい。
 ヤマトはニベも無い。
「酒気を抜いてるみたいだね」
 女達同様に、男達も別棟で深夜まで飲み騒ぎしていた。
ことに藤次の声が夜空に響いていた。
それは、何やら分けのわからない唄らしきものだった。
 酒が残っている割には手数が多く、尋常でない体捌きをみせた。
二人とも優れた剣客であるようだが、褒める気はない。
 慶次郎は皮肉そうな目でヤマトを見た。
「男の心意気が分からんとは、やっぱり猫だな」
「たしかに猫には違いないね。ニャーオ」
 無二斎と藤次は吹き出る汗を袂で拭う。
心地好い汗ではないらしい。傍目にもベト付きが感じ取れる。
緩い風が酒の臭いをヤマトの鼻に届ける。
 ヤマトは顔を歪めながら三人を見回した。
「早く豪姫を連れ戻したがいいよ」
 事情を知らされている藤次が顔を上げた。
「天魔はんが現れまんのか」
「それはまだはっきりしない。気になるのは別の所で一揆が発生した事だね」
 佐助と行動を共にしている狐・ぴょん吉が土地の狐を使い、報らせに寄越した。
ぴょん吉は一揆の発生を告げ、岩槻の騒ぎに関連していると判断。
「二つは偶然ではない」と強調していた。
 慶次郎が片眉を上げた。
「その一揆の話しは初耳だな」
「オイラも話すのは初めてさ。昼過ぎに届いたばかりだからね」
「まあいい、どんな具合の一揆なのだ」
「恐ろしく強くて、広がりが早いそうだよ」
「ほう、獣らしい説明だな。で、こっちには」
「一部が八王子に向かって来るらしいね」
 湯治場から二匹の犬が駆けてきた。
気配から赤狐・哲也と緑狸・ポン太だと知れる。
 二匹は、一揆勢が八王子に接近するかもしれないというので、
昼過ぎから仲間の狐狸達と共に物見に出ていた。
 みんなの前に来ると足を止め、元の姿に戻った。
 哲也が、「えらいこっちゃ」と。
ふざけた物言いは相変わらずだ。
 ポン太が、「八王子から女達がこちらに逃げて来る」と説明。
代官の女房が少数の兵を率い、代官所勤めの者達の子女達を守りながら、
こちらの湯治場に向かって来るのだそうだ。




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金色の涙(白拍子)187

2009-12-09 21:24:34 | Weblog
 於福は一揆勢に興味を抱いた。
「それじゃあ、様子でも見てこようかね」
 老爺の制止も聞かずに飛び出した。
赤ん坊が黒太郎に乗って追いかけてきた。
ムキになって於福を追い越した。
 於福は、「どちらに向かうか分かるのか」と叫んだ。
 慌てて赤ん坊が黒太郎を止めて振り返った。
「どっちなの」
 黒太郎も於福を振り返り、視線を絡ませてきた。
扱いにくい犬だ。赤ん坊に懐いてるだけに始末に困る。
 「私についておいで」
 結局、於福が先頭に立つことになった。
 一揆勢をすぐに見つけた。
彼等は高麗方向から山を越えて来た。
人馬の長い行列が途切れる事なく続いた。
 彼等の装備は一揆というよりは軍勢そのもの。
槍隊、弓隊、徒士隊、そして鉄砲隊に荷駄隊まで揃っていた。
きちんと隊列を組み、部隊ごとに整然と行軍するではないか。
 於福達は離れた林から様子を窺っていた。
一揆勢の物見が数騎、脇の道を駆けて来た。
於福達に気付くが老婆に赤ん坊、そして犬と見るや無視して先を急ぐ。
 赤ん坊が囁いた。
「相手にされないね」
「私も相手にしたくはないね」
「どうして。弱気なの」
「違う。私は誰彼構わず喧嘩を売るわけじゃないのよ」
「そうなんだ。てっきり喧嘩好きかと思ってた」
 於福は、「私を怒らせたいの」と赤ん坊の頭に手を乗せた。
 赤ん坊は嬉しそうに於福の手を両手で掴む。
「あの一揆勢が爺さんの屋敷を襲うことはないの」
「ないね。向かってる道が違うからね」
「どこに向かってるの」
「方向からすると八王子だろうね」
 黒太郎の様子が変化した。
唸りながら一揆勢を睨み付けるのだ。
敵愾心丸出しではないか。
 遅れて於福と赤ん坊も気付いた。
次ぎに現れた一揆勢の部隊から妖しげな気配が漂ってきた。
千人ほどの槍隊で、どうやら彼等が殿のようだ。
 黒太郎は彼等となにかの因縁でもあるのだろうか。
目が血走り、全身の毛が逆立っていた。
右の前足で地面を荒々しく搔き、駆け出そうとする。
 赤ん坊が黒太郎の首筋に抱きつき必死で宥めた。
「どうしたの。良い子にするんだよ、良い子に」
 於福も黒太郎のただならぬ様子に驚いた。
背中に赤ん坊が乗っていなければ駆け出したであろう。
 その槍隊からは魔物とは違う質の気配が感じ取れた。
人の姿をしているが人ではない。さりとて魔物そのものでもない。
 彼等の後ろ姿が遠ざかってゆく。
それを黒太郎が無念そうに見送った。
 於福は、「少し遠回りをしよう」と別の道へ向かった。
黒太郎を一揆勢から離すためだ。
渋々といった感じで黒太郎が赤ん坊を乗せてついてきた。
 小川沿いの道を進むと、木立に囲まれた地蔵堂の裏から人の呻き声。
苦しんでいるのか、絶え絶えの声が聞えてきた。
 赤ん坊が黒太郎を急かせて地蔵堂の裏に駆け込む。
於福も一歩遅れて続いた。
 具足姿の大きな男が倒れていた。
大男という言葉がピッタリだ。
矢を受けたようで、具足に数本突き刺さっていた。
刺さった箇所から表に血が染み出していた。
急所は外れているが、大量の血を失ったのだろう。
顔が青白く、身体が小刻みに震えていた。
 於福は大男の手首を掴み、「おい、聞えるか」と呼び掛けた。
しかし、反応はなかった。
目は開いているのだが、見えていないらしい。
 赤ん坊が、「駄目なの」と身体を寄せてきた。
「手遅れだろうね」
 傍の草藪に奇妙な石像が転がっていた。
血を浴びているところから、大男が持ってきた物と推し量れた。
 それに於福は手を伸ばした。
子供くらいの大きさの立像で、大きい耳と鋭い牙。
背中には翼。垂れ下がった尻尾。見たことのない造りの石像だ。
 石像から微かにだが、何やら嫌な気が漏れていた。
強力ではないが侮ってはならない物だ。
 背中に古い護符が貼り付けてある。
護符の下は、小さな穴が開けられていたのか、それを塞いだような形跡がある。
どうやら腹部が空洞になっており、そこに何かが封じられているらしい。
 黒太郎が石像に対して低く唸った。
 赤ん坊も石像に警戒の目を向けた。
「何が封じられているのかな」
「見たいかい。壊せば見られる。今以上の面倒を抱える事になるけどね」
「止めとこうよ」
 石像を置き捨てにはするつもりはなかった。
幸い手近に地蔵堂があった。
狭いが石像を置くには困らない。
地蔵の後ろに石像を隠すように安置した。
 赤ん坊が、「爺さんの屋敷は飽きたよ」と出立をせがむ。
「どこに」
「追っ手が来ない所がいいな」
「それじゃ、・・・上方にでも行くかね」
「上方、すると京都というところだね」
「そうよ。でも今日は屋敷に戻る。爺さんに礼を言わないとね」
 於福は大男のところに戻ると、「楽にしてあげる」と身構えた。
そして相手の心臓目掛けて突きをくれた。
突きが具足の胸当て部分に触れた瞬間、拳に捻りを加えた。
 ドスッと激しい音。胸当て部分が砕け散った。
衝撃で手足が大きく撥ね上がる。

 黒猫・ヤマトは今日も露天風呂の底で寝ていた。
 同じ湯に三人の女が入って来た。
若菜に白拍子の於雪、そして豪姫。
女同士という事もあり三人とも気兼ねがなかった。
さっと脱ぐと湯に飛び込んで来た。
育ち盛りの若菜に、女盛りの豪姫、魔物ではあるが成熟している於雪。
眩しいばかりの肢体を湯けむりが優しく包む。
 豪姫の提案で離れは女達専用とされた。
当初こそ遠慮しあっていたが、豪姫の人見知りしない性格が功を奏した。
連夜の酒と相俟って、互いを呼び捨てにする仲になっていた。




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金色の涙(白拍子)186

2009-12-06 10:29:32 | Weblog
 大室宗伯に呼ばれて小沢親子は僧房に入った。
僧房は六畳ほどの広さで床は板敷き。
三方の板壁には大量の護符が貼り付けてあった。
 小沢与次郎は護符には疎い。
ただ「梵語で書かれた魔除け」と分かるだけ。
 それは父・栄蔵も同じだろう。
父が葬式以外で寺に足を運ぶのを見たことがない。
実際、父は首を傾げながら室内を見回していた。
 宗伯がそんな二人の様子に気付いた。
「護符が読めないのか」
 栄蔵が、「護符より槍です」と。
槍一筋で小沢家を守り立ててきた自負が感じ取れた。
その答えが長男の江戸出仕であろう。
 宗伯が、「信心が足りぬらしいな」と呆れた。
 与次郎は天井を仰いだ。
僧侶達を斬り捨てさせた男の口から「信心」という言葉が出るとは。
その天井にも護符が貼り付けてあった。
 考えてみると護符は外向けではなく内向けではないか。
外から来る物を遮るのではなく、内にある物を閉じ込めておく為・・・か。
いったい何を閉じ込めておくのだろう。
 栄蔵が、「本尊はどこに」と狭い部屋を見渡した。
護符以外には何もない。
 宗伯は余裕たっぷりの表情で奥の壁を指し示した。
「隠し棚があるはずだ」
 栄蔵が急いで奥の壁を叩いて回った。
音の違いで隠し棚を探し当てるつもりらしい。
 左下の隅にそれを見つけた。
壁板がはめ込みになっていた。
栄蔵が手早く外すと、そこから大量の冷気が吐き出された。
 栄蔵が、「うっ・・・」と目を閉じた。
 与次郎の首筋を冷気が撫でた。
同時に冷気の内に妖しげな気を感じた。
それが、たちまちの内に僧房に充満した。
 宗伯も同様らしい。
首筋に手を当てながら室内を見渡していた。
 与次郎は、「これが護符のある理由ですか」と宗伯に向き直った。
 宗伯は黙って頷き、松明で隠し棚を照らした。
 隠し棚には子供くらいの大きさの立像があった。
姿は人。ことに耳が大きく、鋭い牙を持っていた。
のみならず背中に翼があり、垂れ下がった尻尾が見えた。
 驚いた栄蔵が、「これは・・・」と口ごもりながら後退った。
 宗伯は立像を見て納得したような顔をした。
「本尊だ」
「一体、何の本尊ですか」
「阿修羅という事になっている」
「なっている。・・・すると、実際は」
「知りたいか。・・・いいだろう。人の先祖の姿を形取った物だそうだ」
 栄蔵は食い入るように立像を見た。
そして嫌々するように首を左右に振った。
「人の先祖、この薄気味悪いのが」
「そういう話しなのだ。信じる信じないはお主の勝手だがな」
「宗伯様は信じるのですか」
 宗伯が、「信じている」とはっきり口にした。
そして与次郎を振り向いた。
「担げるか」
 どうやらこれが与次郎を伴った理由らしい。
江戸の兄のことがあるので断れるわけがない。
 一つ返事で隠し棚に半身を入れた。
棚全面にも護符が貼り付けてあるが無視をした。
邪魔する奴が現れれば刀の錆びにするだけ。
 両手を伸ばした。冷たい感触を得た。材質は石だ。
与次郎は視線を感じた。
棚の内から、・・・石像の両の目が笑っている気がした。
 後ろから宗伯が、「重いか」と。
持ち出せるかどうかを心配しているらしい。
 与次郎は力を込めた。
重量がある。が、動かせた。
奇妙な重量感。気のせいかもしれないが腹部に空洞があるのではなかろうか。
引き摺るようにして室内中央にまで持ち出した。
 腰の両刀を父に渡し、石像を持ち直した。
一気に力を込め、グイッと持ち上げた。腹の前で抱きとめた。
石像の顔が胸に食い込み痛い。
これを抱えたまま坂道を下りれば痣が出来るだろう。
 与次郎を先頭に僧房を出た。
外に控えていた三人が駆け寄ってきた。
ここまで沈着冷静だった者達も、初めて見る石像のあまりの姿に言葉を失う。
彼らも阿修羅像と聞いていたのだろう。
互いに顔を見交わした。
 と、夜空に鋭い矢音が響いた。
六人目掛けて続け様に矢が放たれた。
正面と右から雨霰のように飛来した。
躱しようがない。強い弓勢で具足を貫いた。
 与次郎の周りの者達は具足のあちこちから血を流していた。
急所を外れているが、止血しなければ死ぬだろう。
宗伯も同じような状況で、両膝を地面についていた。
 一本の矢が父の喉元に突き刺さった。
首の後ろから鏃が顔を出し、父はドッと後ろ向きに倒れた。
 幸いにも石像が盾の役を果たし、与次郎は無傷であった。
 矢が止み、戦支度の僧達が刀槍を振り翳して木立ちから飛び出して来た。
前から五人。右から六人。
他に弓を持った者達が木立に残っている筈だ。
 先頭の男に見覚えがあった。
紅高麗寺の僧兵の頭・耀全ではないか。
「与次郎、これは何の真似だ」
 僧兵達も麓の境内で斬り捨てた筈だった。
そんな与次郎の考えを読んだのか、耀全が嘲る。
「我等の役目はご本尊の守ることだ。
だから下では戦わずにここで待っていた。
お蔭で本当のご本尊様の顔を拝めた。礼を申すぞ」
 そして耀全は虫の息の宗伯を見た。
「見かけぬ顔だが、・・・もしかすると江戸からの」
 与次郎は刀は父に預けたまま。
今は無腰で石像を抱きかかえているだけ。
囲まれる前に逃げるしかない。
すでに麓に下る道は塞がれていた。
左に駆けた。
何故か石像が手放せない。
左に回り込もうとしていた一人が斬り付けてきた。
それは石像に当たり真っ二つに折れた。
与次郎は相手を蹴倒した。
 背後から矢が放たれる音。続けざまに放たれた。
幾本もが頭上を越し、数本が背中に食い込む。
激しい衝撃。与次郎はよろめきながら森に駆け込む。
足は止めない。
 耀全の、「追え」という声が届いた。

 於福は庭先の鳩を見ていた。
三羽が雑草に首を突っ込み、忙しそうに何かを啄んでいた。
 縁側に腰掛けた於福は明るい日射しに包まれていた。
ここは黒い犬の手当てに立ち寄った豪農の屋敷。
あれからずっと連泊していた。
こんなにノンビリできるのは由比ヶ浜の海中から解き放たれて初めて。
追って来る者がいない。戦いを挑む者もいない。
 こちらに何かが駆けて来る気配を感じたのか、鳩が慌てて飛び立った。
 玄関の方から黒い犬が飛ぶように駆けて来た。黒太郎だ。
その背中に赤ん坊が縋るように乗っていた。
嬉しそうな顔で於福を見る。
黒太郎も嫌そうではない。
於福には敵愾心を露わにするのに赤ん坊には優しい。
 屋敷の主・老爺が顔を出した。
「どうやら傷口は塞がったようじゃの」
 黒太郎の快復力には驚かされた。
獣の強靱な生命力か、メキメキと傷口が塞がった。
「どうしても我等を追い出したいようだね」
 老爺は、「いやいや」と片手を振った。
しわくちゃな顔を歪めて続けた。
「武州松山で一揆が起きた。今は出歩かぬがよかろう」
「心配性だね。ここまでは遠い。来ぬだろうに」
「それが昨日、隣町の高麗が一揆勢に占拠された」
「ほう、手早い一揆だね」




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金色の涙(白拍子)185

2009-12-02 21:27:44 | Weblog
 覚悟を決めた小沢栄蔵が矢継ぎ早に指示を下した。
それに従い郎党達が境内に向けて駆けて行く。
 山全体が紅麗寺の寺領だが、主要な建物は麓の本堂の周囲にあり、
皆殺しするのに手間は掛からない。
分かれて次々と押し入って行く。
あちこちで悲鳴が上がり始めた。
 具足を血で染めた者達の足は止まらない。
厚い扉をも力尽くで蹴破り、人影を見かけ次第斬りつけた。
 僧房に踏み込んだ者達が幾人もの僧侶を外に投げ飛ばした。
それを待ち構えていた者達が槍を繰り出す。
 郎党達はまるで血に酔っているかのように刀槍を振るった。
寺の下働きの者達が助けを乞うが容赦はしない。
随所で血煙が舞う。
 郎党が引き据えた僧の首を栄蔵が一振りで飛ばした。
年老いても首を斬る勘所は外さないらしい。
血塗れの刀を引っ提げ、次の建物に向かう。
 大室宗伯はその様子を満足そうに眺めていた。
惨殺されているのが彼と同じ僧であることを忘れているのだろうか。
表情からは後悔の欠片も見出せない。
 彼の配下の者達が誰一人逃さぬよう、包囲網を広くとっていた。
彼等の周りには危うい気配が漂う。
敵味方関係なく逃れようとする者は斬り捨てるだろう。
 最後尾にいた小沢与次郎は浮かぬ顔で宗伯に並ぶ。
「武器を持たぬ者を斬る気はない」と綺麗事を言うつもりはない。
町では鼻つまみ者。昨日までは酒と女と喧嘩に明け暮れる日々だった。
そんな彼でも今回の宗伯の指図には納得がいかない。
やり方に粘っこい執念を感じるのだ。
とても徳川だけのためとは思えない。
 宗伯が与次郎を見上げた。
「行かぬのか」
「どうも足を痛めたようで」
 その無愛想な答えに宗伯は苦笑い。
「こういうのは嫌いか」
「好きではないです」
 宗伯は鼻を鳴らして視線を前に戻した。
 やがて境内が静かになった。始末がついたらしい。
気がつけば辺りは暗くなっていた。
星明かりが境内を照らすが、建物の影になってる部分が多い。
 栄蔵が、「篝火を焚け」と指示を出した。
外部の目を惹かぬように、数を抑えて要所に焚かせた。
 栄蔵が宗伯の前に来た。
顔を歪めていた。僧等を斬り捨てた事を後悔しているらしい。
「味方は一人も欠けておりません」
 栄蔵の周りにあちこちから郎党達が集まってきた。
具足の血は乾いていない。まるで臭い立つようだ。
 宗伯に配下が何事か耳打ちした。
頷きながら宗伯はみんなを見回した。
「小沢家の者達は庫裏で朝まで休んでいてくれ。
飯を作ろうが、酒にしようが好きにしてよし。
ワシの手の者達は、一揆勢の動きが気になるから、それに備え、
寺の内外を巡回する事。いいな。
栄蔵殿と与次郎殿はワシと一緒に本尊を探しに行く」
 栄蔵が不審げな顔をした。
「本尊は本堂だが」
「それではない」
「どういう事ですか」
「本堂の本尊はこの国で造られた物。
ワシが欲しいのは朝鮮で造られた本尊だ」
「それは初耳ですな」
「知る者は少ない。限られた者だけにしか教えないからな。
それを探す」
「心当たりでも」
 宗伯が、「あれに」と左を指差した。
山腹だ。
あの辺りには修行の為に籠もる小さな僧房が幾つかある。
「それらしい建物はないが」
「一つだけ誰にも使わせない僧房がある」
 栄蔵の目が大きく見開かれた。
「別当の」
 紅麗寺を預かる者は僧の位で「別当」と呼ばれていた。
その別当が籠もる僧房は余人禁制。常に施錠してある。
 宗伯が嬉しそうに頷いた。
「そう、そこだ」
「しかし、どうしてそういう事を知っているのですか。
地元の私らだって知らないのに」
 宗伯は答えるつもりが無いらしい。
薄笑いを浮かべるだけ。
 彼の配下の三人が松明を掲げて現れた。
どうやら暗くなった山の中を歩かされそうだ。
 その三人が松明を掲げて先頭に立った。
宗伯と栄蔵、与次郎の順で後に続いた。
踏み固められた山道を行く。
 木々の隙間から星明かりが差し込む。
六人は黙って険しい山道を上って行く。
人に驚いて何羽かの鳥が鳴きながら飛び立った。
獣達も逃げ出した。
 苦しいのか途中で、「暑い」と宗伯が兜を外した。
そして脇に投げ捨てた。
鎧兜は彼にとって単なる道具でしかないのだろう。
 中腹に着いた頃には与次郎と栄蔵も大量の汗を流していた。
二人して兜を脱いで小脇に挟み、手で汗を拭いた。
 配下の三人は疲れを知らないのか、僧房を調べて回った。
数にして六つ。それぞれ離して建てられていた。
施錠してある僧房は一つしかない筈。
それはすぐに見つかった。
見かけは他の僧房と変わらない。
違いは出入り口の扉に錠が掛けられている事だけ。
 扉には、蹴破られぬように分厚い板が用いられていた。
となると、解錠するしかない。
 配下の一人が扉の前に進み出た。
錠に取り組むらしい。
宗伯は何も発しない。ジッと手際を見守る。
 配下は少しいじったかと思うと錠を解いた。
そして当然と言った顔で扉を開けて脇に退く。
 松明を受け取った宗伯が真っ先に僧房に入った。
小さな建物の四方を松明で照らした。




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