孔雀は櫓から下りて長安等を出迎えた。
長安は門内に駆け込むと、その場に腰を落とした。
肩で荒い息をし、今にも吐きそうな顔をしていた。
孔雀は長安の腹部が血で濡れているのを見逃さない。
「御代官、手負うてはおられませんか」
孔雀の問いかけに長安は己を見回した。
血に染まった腹部を手探る。
「・・・否、どうやら返り血らしい」
遅れて善鬼等が戻って来た。
手負いが三人いるだけで、脱落者はいない。
先頭で戻って来た神子上典膳は全身に返り血を浴びていた。
いつもとは違い、まるで能面のような顔。
ジッと抜き身のままの太刀を見ていた。
その様子から、まだ戦えそうな余裕が感じ取れた。
砦の外では戦いが続き、あちこちから悲鳴が届いた。
逃げ遅れた者達が一揆勢の手に掛かっているようだ。
長安が、「助けられるか」と傍の者に尋ねた。
相手は無念そうに首を左右に振った。
「門を開ければ敵の突入を招きます」
その時、夜空を劈くように狐狸達の雄叫びが上がった。
みんな固まって、左右を見回した。
気付いた時には、その者達がいた。
影から姿を現わしたのは天狗族の娘。
その足下に黒猫。後ろに数匹の狐と狸。
何時の間にか砦に侵入していたらしい。
彼等が刺客であったなら、長安も孔雀も命を落としていたはずだ。
於雪の話しにあった、鞍馬で鬼と戦った魔物達に違いない。
遅ればせながら孔雀は長安を守るように前に出た。
同時に典膳も抜き身を構えて孔雀に並んだ。
それよりも黒猫が速かった。
スイッと動いた次の瞬間には、二人の間を風のように駆け抜け、
腰を落としたままの長安の前に、四つ足で立っていた。
孔雀と典膳は、ただ唖然とするだけ。
黒猫はそんな二人を無視して長安に視線を向けた。
「人手が足りぬようだな。猫の手でよければ貸すぞ。
褒美は有りったけの酒で良い」
言葉が長安に染み入るのを待ってから黒猫は続けた。
「お主等は邪魔にならぬように砦に籠もっておれ。いいな」
「加勢してくれるのか」
「そうだ。矢弾は放つなよ。我等の邪魔になる」
「もしかすると、鞍馬で鬼退治した魔物殿だな」
「そうだ。於雪から聞いたのか」
長安はホッとしたように頷いた。
縋れるものなら、猫でも魔物でも構わぬらしい。
狐と狸が、それぞれ一匹が動いた。
身軽に櫓の階段を駆け上がった。
先頭の狐の体毛の色が変化した。赤くなってゆく。
後ろの狸も体毛が変化した。緑色に。
星明かりが二匹を照らす。
孔雀は相手の正体に思い当たった。
赤狐と緑狸ではないか。
伝説では「関東の守り神」。
関東の地を荒らす魔物を退治するとか。
実際に見た者はいないが、信じ恐れる者は多い。
黒猫が孔雀を振り返った。
「女、お主が方術師達を纏めているのだな」
「いかにも」
「この一揆はただの一揆とは思えん。
お主等の出番があるかもな。準備して待て」
「どういうわけなの、聞かせて」
「予想が当っておれば、じきに分かる」
孔雀には閃くものがあった。
「もしかすると、天魔なの」
黒猫が感心したような声を出した。
「ほう、鋭いな。女、名は」
「孔雀。貴方は」
「ヤマト」
頭上で心地好い音。
「ポンポコリン」
見上げると、櫓の屋根で緑狸が腹鼓を打っていた。
続けて二回目。
それに応じて、周りから「ポンポコリン」の腹鼓。
戦場を遠巻きしている狸達らしい。
夜空に「ポンポコリン」が響き渡った。
孔雀はヤマトに、「上に上がりな」と言われるまま、櫓に上がった。
他には長安と天狗族の娘の二人。
櫓から下を見ると一揆勢で溢れていた。
一分の隙間がないほど埋め尽くされていた。
にも関わらず、彼等は獣達の雄叫びに打ち震え、身動きしない。
赤狐が甲高い雄叫びを上げた。
それが合図なのだろう。
あちこちから黒い影が飛び出した。
狐狸達のみならず、猪や猿等が紛れていた。
大量の獣達が雄叫びを上げながら駆け出した。
彼等の勢いが地響きとして伝わって来た。
砦を包囲した一揆勢を、さらに遠巻きした獣達が襲う。
信じられぬ獣達の数だ。
星明かりの下を飛ぶように駆け、一揆勢の背後を衝いた。
具足の隙間を執拗に狙う。
一揆勢は太刀や槍、松明を振り回して必死に防戦に努めるが、
何の効果も上げられない。
首筋や、手足の指を噛み切られる者続出。
悲鳴と血飛沫が飛び交う。
狐狸達だけではない。
猪が体当たりで弾き飛ばす。
猿が長い手足で絡みつき、顔を引っ掻く。
鹿が角で突き、後ろ足で蹴飛ばす。
ついには熊までもが姿を現わした。
孔雀はヤマトを見た。
「私等の出番はないみたいね」
「慌てるな、面妖な者達が後方に控えているそうだ」
「面妖な・・・、それは」
「魔物のような、魔物でないような」
「どっちなの」
「さあ、物見したのはオイラじゃないからな。まあ、じきに分かる」
一揆勢は算を乱して逃げ惑う。
こうなると手の施しようがない。
それに気付いたのか、後方から法螺貝が吹き鳴らされた。
退却の合図らしい。てんでに敗走を開始した。
入れ代わるように後方から一団が駆けて来た。
彼等は異様な空気を醸し出していた。
ヤマトが孔雀を見た。
「あれだ」
「分かるわ。人のようだけど、人ではないわね」
長安が口を開いた。
「魔物なのか」
ヤマトが「そのような物だ」と答え、櫓から外に飛び降りた。
天狗の娘も躊躇なく従う。宙を舞うように飛び、危なげなく着地した。
赤狐と緑狸に加え、砦で控えていた他の狐狸達が後を追う。
ヤマトの傍に降り立った若菜が、倒れている兵の太刀を拾い上げ、
星明かりで繁々と検分した。
「良い拾い物みたいね」
「分かるのか」
若菜は、「言ってみただけ」と笑い、抜き身を構え、前方に目を走らせた。
状況を再認識したのか、しだいに顔が引き締まってゆく。
先程まで暴れ回っていた獣達が危機を感じて次々と走り去る。
狐狸達も例外ではない。
ただ、「ポンポコリン」の腹鼓だけは止まない。
同じ拍子を守り、景気良く夜空に響かせていた。
ヤマトと行動を共にする狐狸達は伏見の狐の他に、
赤狐や緑狸が呼び寄せた関東の狐狸達。併せて三十数匹。
いずれも修行を積んだ魔物ばかりであった。
ヤマトは若菜の視線の先を追う。
槍を構えた一団が恐ろしい速さでこちらに駆けて来た。
人数にして、およそ千人余。
彼等から異様な気配がヒシヒシと伝わって来た。
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明日が大晦日。
仕事が忙しく、掃除する暇がありません。
埃の部屋で新年を迎えなければならないようです。
まあ、仕事があるだけ・・・、「良し」としますか。
それでは、良いお年をお迎えください。
長安は門内に駆け込むと、その場に腰を落とした。
肩で荒い息をし、今にも吐きそうな顔をしていた。
孔雀は長安の腹部が血で濡れているのを見逃さない。
「御代官、手負うてはおられませんか」
孔雀の問いかけに長安は己を見回した。
血に染まった腹部を手探る。
「・・・否、どうやら返り血らしい」
遅れて善鬼等が戻って来た。
手負いが三人いるだけで、脱落者はいない。
先頭で戻って来た神子上典膳は全身に返り血を浴びていた。
いつもとは違い、まるで能面のような顔。
ジッと抜き身のままの太刀を見ていた。
その様子から、まだ戦えそうな余裕が感じ取れた。
砦の外では戦いが続き、あちこちから悲鳴が届いた。
逃げ遅れた者達が一揆勢の手に掛かっているようだ。
長安が、「助けられるか」と傍の者に尋ねた。
相手は無念そうに首を左右に振った。
「門を開ければ敵の突入を招きます」
その時、夜空を劈くように狐狸達の雄叫びが上がった。
みんな固まって、左右を見回した。
気付いた時には、その者達がいた。
影から姿を現わしたのは天狗族の娘。
その足下に黒猫。後ろに数匹の狐と狸。
何時の間にか砦に侵入していたらしい。
彼等が刺客であったなら、長安も孔雀も命を落としていたはずだ。
於雪の話しにあった、鞍馬で鬼と戦った魔物達に違いない。
遅ればせながら孔雀は長安を守るように前に出た。
同時に典膳も抜き身を構えて孔雀に並んだ。
それよりも黒猫が速かった。
スイッと動いた次の瞬間には、二人の間を風のように駆け抜け、
腰を落としたままの長安の前に、四つ足で立っていた。
孔雀と典膳は、ただ唖然とするだけ。
黒猫はそんな二人を無視して長安に視線を向けた。
「人手が足りぬようだな。猫の手でよければ貸すぞ。
褒美は有りったけの酒で良い」
言葉が長安に染み入るのを待ってから黒猫は続けた。
「お主等は邪魔にならぬように砦に籠もっておれ。いいな」
「加勢してくれるのか」
「そうだ。矢弾は放つなよ。我等の邪魔になる」
「もしかすると、鞍馬で鬼退治した魔物殿だな」
「そうだ。於雪から聞いたのか」
長安はホッとしたように頷いた。
縋れるものなら、猫でも魔物でも構わぬらしい。
狐と狸が、それぞれ一匹が動いた。
身軽に櫓の階段を駆け上がった。
先頭の狐の体毛の色が変化した。赤くなってゆく。
後ろの狸も体毛が変化した。緑色に。
星明かりが二匹を照らす。
孔雀は相手の正体に思い当たった。
赤狐と緑狸ではないか。
伝説では「関東の守り神」。
関東の地を荒らす魔物を退治するとか。
実際に見た者はいないが、信じ恐れる者は多い。
黒猫が孔雀を振り返った。
「女、お主が方術師達を纏めているのだな」
「いかにも」
「この一揆はただの一揆とは思えん。
お主等の出番があるかもな。準備して待て」
「どういうわけなの、聞かせて」
「予想が当っておれば、じきに分かる」
孔雀には閃くものがあった。
「もしかすると、天魔なの」
黒猫が感心したような声を出した。
「ほう、鋭いな。女、名は」
「孔雀。貴方は」
「ヤマト」
頭上で心地好い音。
「ポンポコリン」
見上げると、櫓の屋根で緑狸が腹鼓を打っていた。
続けて二回目。
それに応じて、周りから「ポンポコリン」の腹鼓。
戦場を遠巻きしている狸達らしい。
夜空に「ポンポコリン」が響き渡った。
孔雀はヤマトに、「上に上がりな」と言われるまま、櫓に上がった。
他には長安と天狗族の娘の二人。
櫓から下を見ると一揆勢で溢れていた。
一分の隙間がないほど埋め尽くされていた。
にも関わらず、彼等は獣達の雄叫びに打ち震え、身動きしない。
赤狐が甲高い雄叫びを上げた。
それが合図なのだろう。
あちこちから黒い影が飛び出した。
狐狸達のみならず、猪や猿等が紛れていた。
大量の獣達が雄叫びを上げながら駆け出した。
彼等の勢いが地響きとして伝わって来た。
砦を包囲した一揆勢を、さらに遠巻きした獣達が襲う。
信じられぬ獣達の数だ。
星明かりの下を飛ぶように駆け、一揆勢の背後を衝いた。
具足の隙間を執拗に狙う。
一揆勢は太刀や槍、松明を振り回して必死に防戦に努めるが、
何の効果も上げられない。
首筋や、手足の指を噛み切られる者続出。
悲鳴と血飛沫が飛び交う。
狐狸達だけではない。
猪が体当たりで弾き飛ばす。
猿が長い手足で絡みつき、顔を引っ掻く。
鹿が角で突き、後ろ足で蹴飛ばす。
ついには熊までもが姿を現わした。
孔雀はヤマトを見た。
「私等の出番はないみたいね」
「慌てるな、面妖な者達が後方に控えているそうだ」
「面妖な・・・、それは」
「魔物のような、魔物でないような」
「どっちなの」
「さあ、物見したのはオイラじゃないからな。まあ、じきに分かる」
一揆勢は算を乱して逃げ惑う。
こうなると手の施しようがない。
それに気付いたのか、後方から法螺貝が吹き鳴らされた。
退却の合図らしい。てんでに敗走を開始した。
入れ代わるように後方から一団が駆けて来た。
彼等は異様な空気を醸し出していた。
ヤマトが孔雀を見た。
「あれだ」
「分かるわ。人のようだけど、人ではないわね」
長安が口を開いた。
「魔物なのか」
ヤマトが「そのような物だ」と答え、櫓から外に飛び降りた。
天狗の娘も躊躇なく従う。宙を舞うように飛び、危なげなく着地した。
赤狐と緑狸に加え、砦で控えていた他の狐狸達が後を追う。
ヤマトの傍に降り立った若菜が、倒れている兵の太刀を拾い上げ、
星明かりで繁々と検分した。
「良い拾い物みたいね」
「分かるのか」
若菜は、「言ってみただけ」と笑い、抜き身を構え、前方に目を走らせた。
状況を再認識したのか、しだいに顔が引き締まってゆく。
先程まで暴れ回っていた獣達が危機を感じて次々と走り去る。
狐狸達も例外ではない。
ただ、「ポンポコリン」の腹鼓だけは止まない。
同じ拍子を守り、景気良く夜空に響かせていた。
ヤマトと行動を共にする狐狸達は伏見の狐の他に、
赤狐や緑狸が呼び寄せた関東の狐狸達。併せて三十数匹。
いずれも修行を積んだ魔物ばかりであった。
ヤマトは若菜の視線の先を追う。
槍を構えた一団が恐ろしい速さでこちらに駆けて来た。
人数にして、およそ千人余。
彼等から異様な気配がヒシヒシと伝わって来た。
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仕事が忙しく、掃除する暇がありません。
埃の部屋で新年を迎えなければならないようです。
まあ、仕事があるだけ・・・、「良し」としますか。
それでは、良いお年をお迎えください。