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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(江戸の攻防)253

2010-07-28 21:22:56 | Weblog
 白い大蛇の出現で勢いを盛り返した一揆勢が再び国府庁舎に進撃を開始した。
対する官軍は潰走した兵士達を呼び集めるのに苦心していた。
籠城するにも兵力不足。国府庁舎の守備など出来るわけがない。
 官軍を指揮する頼本三郎太は一揆勢に国府庁舎を明け渡した。
「拠点を守るよりも野戦だ」と野にあって一揆勢を襲撃する事を選択した。
その言葉通りに無勢にも関わらず各所で一揆勢を打ち破った。
 そうこうするうちに白い大蛇の行動範囲が知られるようになった。
それは塚本家の周辺という狭い範囲に限られていた。
池周辺の湿地帯をねぐらとし、官軍が近付かない限りは動かない。
これで白い大蛇は一揆勢ではなく塚本家を守る為に現れたという事が歴然とした。
 官軍を立て直した頼本三郎太は一揆勢の掃討を開始した。
塚本家には接近せぬように注意を払いながら武蔵の国の大半を平定した。
残すは塚本家とその周辺のみ。
しかし、白い大蛇の存在が二の足を踏ませた。
彼のみならず兵士達も進撃を躊躇っていた。
 この頃、官軍陣地で夜間に巡回する兵士が行方不明になる事が多かった。
当初は脱走するものと考えられていたが、目撃者が現れた。
幸いにも逃げのびた者がいて、一件を証言した。
それで白い大蛇の隠された一面が顕わになった。
官軍陣地が離れた場所にあるにも関わらず、白い大蛇が深夜密かに忍び寄り、
兵を餌として捕食活動を行なっていたのだ。
三、四日に一度、巡回している兵士を捕らえ、噛み砕いて飲み込む。
一夜に五、六人を腹に詰めると満足して引き揚げる。
具足を着けた官軍兵士の味が好みらしい。
 深夜であっても大蛇の白い色は目立つ筈。
ところが捕食活動する際は蛇身が闇色に染まるのだそうだ。
この事実が知れ渡り官軍に衝撃が走った。
「それでは接近されても気付かない」
「闇の中、目の前に蛇の口があるというわけか」
「蛇の餌になる為に官軍に入ったのじゃない」
「嫌だ嫌だ」と脱走する者が相次ぐ。
 手詰まりとなった頼本三郎太を上司である武蔵の国の国司、橘景治が訪れた。
戦には弱いが魑魅魍魎の棲む都に生まれ育った青年貴族。
白い大蛇などの事柄には慣れていた。
「この者が役立つ筈だ」と頼本に一人の老人を引き合わせた。
 国司の権力で呼び寄せた秩父の修験者だ。
年老いてはいるが、その分、呪術にも長けていた。
「ワシに任せてもらえるかな」と口調までが自信たっぷり。
 頼本は相手が国司の連れてきた者なので丁寧に接した。
「大蛇を退治する方策があるのですね」
「ある。白い大蛇は呪術で呼ばれた。それも古代の呪術だ。
古代に白い魔物を呼び寄せる呪文があったのだそうだ。
そうなると、それを破るには大陸渡来の呪術しか無い」
「大陸渡来の呪術ですか」
「そうだ。それをワシが執り行う」
 老修験者の手配りは強引だった。
国司を後ろ盾に次々と指示を下した。
 まずは適度に大きくて広い池を探させた。
そしてそれは石神井川水系の支流が無数に流れる辺りに見つかった。
塚本家までは半日の距離にあり、
「願ってもない場所だな」と老修験者を大いに満足させた。
 その池の傍に祭壇が設けられ、同時に浮浪者狩りが行われた。
 「百人近くを捕らえた」という報告が老修験者にもたらされた。
「丈夫そうな者十人を選び、両手両足を縛って祭壇の周りに転がして置け」
 老修験者は祭壇で護摩を焚き、呪文を唱え始めた。
大陸渡来の呪術と言うだけに、何国の言葉なのやら判別しかねる。
 その呪文も半ばを過ぎると荒々しくなり、異様な迫力を増した。
昼間というのに、次第に辺りが暗くなり始める。
なにやら池の中央の水面が微かに盛り上がる気配。
頭上に雷鳴が轟き、稲妻が水面に落ちて火花を散らす。
居合わせた者達を急激な寒気が襲う。
 頃合い良しと判断した老修験者の合図で兵士達が動いた。
両手両足を縛っておいた者達十人を次々と池に放り込む。
ただ事ではないと承知していたのだろうが、それが現実のものとなり、
容赦のない仕打ちにそれぞれが泣き喚き始めた。
 とたんに水面より、周囲より暗い色をした物が姿を現わした。
黒々として長い物であった。
水飛沫を巻き上げるようにして、それが宙に浮かび上がった。
そして池の傍の雑木林に落下した。
 辺りが明るさを取り戻し、陽の光が雑木林を照らした。
木々を押し潰して、それが姿を白日の下に全容を晒した。
黒い大蛇であった。
 その時には生け贄の十人は姿を消していた。
影も形もない。
 黒い大蛇が頭を擡げて周囲を睥睨する。
異様に細長い目。それで何かを探す。
やおら視線を塚本家のある方角に向けた。
そして何やらガテンしたようで、そちらに向かって動き始めた。
 老修験者が頼本を手招きした。
「黒い大蛇が白い大蛇を襲う。
勝負は一日や二日では終わらないだろう。
その間に、お主等は一揆勢を討ち平らげる事だな」
「どちらが強い」
「勝った方だな」
 頼本が官軍陣地に去るや、入れ替わりに別の修験者が姿を現わした。
「どう考えても勝つのは黒い大蛇だろう」
「たぶん」
「控え目だな。まあ、いいだろう。問題はその後だ、後始末をどうする」
「ワシが出来るのは呼び寄せまでだ。後は知らん」




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金色の涙(江戸の攻防)252

2010-07-25 10:12:30 | Weblog
 方術師の合図で双子の村娘は小舟に乗り込み、池の中心に向かって漕ぎ出した。
この辺りは荒川水系が走り、幾つもの支流があった。
その為に土地の者達は小舟を操る事には長けていた。
双子も年若いとはいえ例外ではなかった。
巧みに小舟を池の中心に持っていった。
 双子の年の頃は十四、五。
もうすぐ口減らしの為に二人とも嫁入りする予定であった。
 姉が後ろを振り返る。
「後悔はないのね」
 妹は日焼けした顔に涙の跡。
「無いと言えば嘘になるけど、こうするしか無いでしょう」
「今からでも引返せるわ。生け贄は私一人で充分よ」
 双子の家は村では貧しい方ではなかった。
小作人は使わないものの、それなりに田畑を持っていた。
そんな生家に暗雲が。家長である父親が倒れたのだ。
病名は分からないものの、寝た切りとなり痩せ衰えた。時折だが下血をする。
 幸い近隣の町に薬師がいた。
田舎には珍しく名医と評判の者であった。
そんな彼が処方する薬で父親の病状も安定してきた。
このところ下血せず、微熱が続くだけ。
ただ、上方から取り寄せる薬草は高価で、すでに土地の半分を売り払っていた。
このままでは生家を継ぐべき弟には何も残りそうもなかった。
 そういう事から双子は生け贄の話しに飛びついた。
生け贄となれば豪農である塚本家より礼金が出るからだ。
 塚本家との礼金の交渉は妹が行なった。 
その妹が心配顔の姉に言う。
「双子だからと礼金の割り増しを頼んだのは私よ。
今さら私一人が引き返してどうするの」
「でもね」
「双子に生まれて、双子のままで死ぬのよ。
生きるも死ぬも一緒。それに何の不満があるの」
 言葉とは裏腹、目は強張り、顔色は真っ青。
精一杯強がっているのが分かった。
なので、姉もそれ以上は言わない。
 温和しいが気丈な姉と、勝ち気で口の立つ妹。
村でも評判の美人の双子であった。

 池より魔物が出てくるのではない。
池の表面が出入り口となるだけ。
一時的に水面が異界と繫がるわけだ。
 雷鳴が遠ざかり、水面の泡立ちが消えた。
雲があるわけでもないのに、池を中心として辺り一帯が薄暗くなった。
水面が白い光を放ち始め、池の中央の双子を乗せた小舟が橙色の光に包まれた。

 肝を冷やした双子は互いの手を取って辺りを見回した。
魔物らしき姿は見えない。
生け贄としての覚悟はしていたものの、土壇場では不安と恐怖を隠せない。
震えながら、ひしと抱き合う。
 双子は橙色の光に包まれた。
「これは」
「暖かいわ」
 光は優しいまでに暖かった。
やがて双子の身体に異変が生じた。
纏う着物が幻でもあるかのように雲散霧消。双子は裸体となった。
そして肌の色が透明となり、身体が溶解を始めた。
痛さは感じない。
光が身体を素通しする。
 橙色の光の奥より現れた物と双子が一体化を始めた。
双子は生け贄として死ぬのではなく、新たな生を受けるのを理解した。
その新たな物が顔を現わした。
燃えるように赤い目で双子を見詰める。
とたんに双子は狂わんばかりの悲鳴を上げた。
あまりにもおぞましい。
その新たな物が双子の不安を取り除くかのように、
「我に任せよ。我と共にあれ」と威厳を感じさせる物言い。
 双子は最後の力を振り絞り、人として最後の言葉、互いの名を呼び合う。

 それは一瞬だった。
水面が破裂するかのように白い光りが激しく四散した。
光に代わって辺りが元の明るさを取り戻した。
 宙に白く長い大きな物が放り出されるように舞っていた。
白い大蛇だ。
それが池の浅瀬に落下した。
水飛沫が大きく飛び散った。
 落下の勢いで大蛇の尾が池の傍に設けられた祭壇を直撃。
方術師を無惨にも押し潰す。
 大蛇は気にも留めない。
素早く池から上がって、森に姿を隠した。
 残されたのは池を漂う無人の小舟だけ。
何事も無かったかのように池の中央に浮かんでいた。

 白い大蛇が塚本家のある村に接近していた官軍の前に立ち塞がった。
森から行き成り姿を現わしたのだ。
 頭を擡げて赤い目で官軍を睨め回し、口から毒液を吹きだした。
先頭の者達に霧状の毒液を頭から浴びせ掛けた。
兵士達は皮膚が焼け爛れ、悲鳴を上げて七転八倒。
苦痛にのたうち回る。
 白い大蛇は官軍の隊列に向かって直進を始めた。
胴体で押し潰し、尾でもって左右に弾き飛ばす。
 二万余の官軍は蛇のような長い隊列なので、先頭の状況が伝わるのが遅い。
知らせよりも大蛇の方が早く直進して来るので呆然自失。
白い大蛇は彼等を何もさせずに追い散らした。




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金色の涙(江戸の攻防)251

2010-07-21 21:15:55 | Weblog
 緒戦で官軍を一蹴した塚本家は勢いを得た。
朝廷の支配に反感を持つ村々から加勢が駆け付けたのだ。
立ち所に千人余が集まり、一揆としての体裁を整えた。
さらに増える気配。
 京の貴族への裏工作で朝廷との融和を図ろうと考えていた塚本家だったが、
その意志とは無関係に生まれた反朝廷の潮流は塞き止めようがなかった。
塚本家当主が戸惑っている間に、知らぬ所で勝手に暴走を始める始末。
 膨れ上がった一揆勢の一部が国府を血祭りに上げようと進撃を開始。
途中で迎え撃つ官軍を打ち破り、国府の庁舎を占領した。
こうして塚本家当主は一揆の首謀者に祭り上げられてしまった。
 国司より官軍の全権を与えられた頼本三郎太は、
「一揆勢は今が上げ潮の刻、暫し様子見をしましょう。
潮も満ちれば、後は下げ潮を待つだけ。いずれ綻びも出ましょう」と。
 あちこちで官軍が敗れても動揺しない。
ただひたすら耐え、防戦一方で時節を待った。
 それは意外と早く来た。
膨れ上がった一揆勢は三万を数えたが、それに必要な糧食が不足を始めたのだ。
そうなると糧食の強制徴収しかない。
官軍側に立つ富農や豪族を選んで徴収した。
しかし、それでは終わらなかった。
一揆勢の末端には盗賊崩れとか、荒っぽい連中が加わっていた。
塚本家の命令も彼等にまでは届かない。
それらの者達が見境なしに糧食の強奪を始めた。
糧食だけだったのが味を占めたのか、蔵を破る、金銭を要求する、女を恥辱する。
一揆勢の評判が落ちるのに時間はかからなかった。
 頼本三郎太は、「機は熟した」と反撃を開始した。
官軍より選りすぐりの千人余を率いて、占領されている国府庁舎を急襲。
内応と朝駆けでもって奪い返した。
庁舎奪取は象徴的な意味合いを持っていた。
官軍の威信回復である。
 こうなると一揆勢の烏合の衆振りが顕わになった。
悪評が嫌になって遠ざかる者。庁舎を奪取されて弱気になる者。
略奪品を持って脱走する者。
元より命令系統が整ってなかったので、残った者達は右往左往するばかり。
 再編された官軍は一挙に攻勢に出た。
各所で一揆勢を打ち破り、塚本家を目指す。
 悪夢のような形勢逆転。
塚本家を守るのは一族を中核とした七、八百余。
対して攻め寄せる官軍は二万余。
 この時、塚本家に女の方術師が寄食していた。
四十二、三と歳を食っているが、古来より伝わる呪術の遣い手であった。
彼女は恩ある塚本家の滅亡を食い止めようと、呪術を用いる事にした。
 かといって相手は二万余の軍勢。
それに対抗できる呪術は・・・。
苦肉の策で思い浮かべたのは「魔寄せ」。
異界から魔物を呼び寄せる技だ。
 普通は呪術用の銅鏡で魔物を呼び出すのだが、
小さな銅鏡から出る魔物では心許ない。
そこで、近くの池の水面を銅鏡に見立てる事にした。
上手く運べば大型の魔物を呼び出せる。
 次ぎに必要なのは生け贄。
穢れ無き処女が相応しいとされていた。
幸いにも方術師と塚本家当主との話を漏れ聞いた双子の村娘が、
「私達で宜しければ」と生け贄になる事を買って出た。
 方術師は池の傍に設けられた呪術用の祭壇で護摩を焚きながら呪文を唱えた。
まずは己の体内に気を集めなければならない。
呪術に耐え得る精良な物が必要なのだ。
 暫くすると己の体内に力が漲るのを感じた。
この場所は磁場であるようで、精良な気が辺り一帯に溢れていた。
 ついに身体の芯が熱くなった。
集めた気を水面に滑らせるように放ちながら、「魔寄せ」の呪文を唱え始めた。
効果の現れるのは早かった。
微かにだが、目の前の水面が立てに震え始めたのだ。
彼女の呪術に感応しているのだろう。
 頭上で雷鳴が轟き、水面が泡立ち始めた。




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金色の涙(江戸の攻防)250

2010-07-18 10:17:04 | Weblog
 ヤマトは天魔の蹴りで胸部の骨を三本折られていた。
そのうちの一本が内臓に食い込み、大量の出血。
神池の底で幾度も吐き出した。
 加えて、蹴られた際に外皮が裂け、
内側の鎧の如き分厚い筋肉にも亀裂が生じていた。
 本来の「金色の涙」であれば一晩もあれば余裕で修復できるのだが、
今日までの度重なる負傷と修復の繰り返しでヤマトの肉体は劣化しており、
大変な手間を必要とした。
 「骨折した骨は強くなる」と言い、回復すると実際に強度が増す。
しかしヤマトの場合は肉体は借り物。
それに、肉体に備わった自然治癒ではなく、「金色の涙」の治癒力。
小さな肉体を、強引とも思える治癒力で、それも短時間で修復する。
であるので骨にも筋肉にも良い影響は与えない。
修復はされても肉体の劣化が早まるばかり。
 結局、何やかやと二晩を費やした。
体内時計は朝を告げていた。
 その間、ヤマトは警戒を怠らなかった。
正体の判明しない池に潜む何者かの襲撃を恐れたのだ。
幸い何も無かった。兆候一つすら感じなかった。

 白い大蛇と黒い大蛇の戦いから数百年が経っていた。
 始まりは小さな諍いであった。
 この武蔵の国に京の朝廷より新しい国司が赴任して来たのは晩春。
まだ若い青年貴族で名は橘景治といった。
 武蔵には幾つかの特産物があった。
筆頭は、秩父の山野に露出している銅。
地面から引き剥がすように採取すれば事足り、
それは人々に和銅として広く知られていた。
 二つ目は馬。
広大な武蔵の野は良馬の産地で、朝廷に毎年五十頭を献上していた。
選りすぐりの五十頭であるため、集めるのには苦労をした。
誰もが素直に飼い馬の献上に従うわけではなかった。
「献上せよ」と通告を受けると、反抗的な家は良馬を余所の牧場に移した。
そこで役所は隠す家が出ないように細心の注意を払った。
良馬を飼う家を兵でもって密かに包囲し、それから押収する事を告げたのだ。
毎年恒例行事のように強引に事は進められた。
 この池の近くの村で馬の献上に拒否する家が出た。
兵に包囲されても門を開かないのだ。
地方に影響力がきわめて強い豪農、塚本家であった。
 押し問答が繰り返され、ついに流血をみた。
押収する役人側が高飛車であったのが原因であった。
塚本家を代表して門前に立ち塞がっていた総領息子を殴り飛ばしたのだ。
それを塚本家の郎党が手を拱いているわけがない。
素手でも躊躇わない。
武蔵に育った東国人の血が荒らぶるのだろう。
包囲する兵士等に襲い掛かり、盾を蹴飛ばし、鉾や太刀を奪い取り、
権勢づくの役人側に斬り付けた。
これで双方に幾人もの死傷者を出した。
 衝突が一大事にならぬわけがない。
国司として赴任したばかりの橘景治には力量を問われる事件となった。
ただちに兵を動員し、自ら先頭に立って塚本家を目指した。
「相手は田舎の豪農」と甘くみた。
率いる兵は鉾を構えた五百余に、騎馬十数騎。
官軍意識が強いのか、物見も出さずに堂々と街道を進んだ。
 対する塚本家も受けて立つ。官軍などは恐れない。
これまでの経験から、相手を一蹴してから朝廷に裏工作すれば事足りた。
京に在住する貴族は金さえ積めば、平気で仲間の貴族を売り渡すのだ。
 塚本家の一族郎党は他家との争いや、盗賊との戦いで戦慣れしていた。
実際、官軍の一員として動員され手柄を立てた事もある。
 野に伏せた塚本家の待ち伏せ攻撃が開始された。
まず弓が射られた。
五十余と少数の弓隊だが、奇襲なので効果は絶大。先鋒を追い散らす。
 混乱する官軍に密かに接近した鉾隊、百余が脇から突撃。
官軍を真ん中から二分した。
そこに騎馬三十余騎が襲い掛かった。
 官軍の副将、頼本三郎太は機転が利いていた。
負け戦と知るや深傷になる前に退却を橘景治に進言した。
「これが東国の戦です。とりあえずは少し後ろに下がりましょう」
 橘は苦渋に満ちた顔をしていた。
なにしろこれが初陣なのだ。
「少し下がるとは、どうするのだ」
「隊列を整えるためです」
「ここでは」
「無理です」
 橘から一任を取り付けた頼本の采配は的確であった。
押し寄せる敵を押し止めながら、味方を巧みに後方に誘導してゆく。
二百余を纏めて、堅陣を組ませた。
盾を前面に出して、隙間から鉾を突き出させた。
 塚本側は無闇に攻め寄せてはこない。
手前で前進を止め、こちらの様子を窺う。
そして堅陣と認めるや退却を始めた。
てんでに丈の高い草地に姿を消して行く。
 橘が、「追わぬのか」と頼本に尋ねる。
「敵は草地のどこかに伏兵を置く筈です」
「そうか。・・・。これからどうすれば良いと思う。私は戦は初めてなのだ。
これほど血が流れるとは思ってもみなんだ」
「この東国の者達は官軍相手でも一歩も退きません。
力の強い者だけが尊ばれるのです」
「お前も東国の生まれか」
「はい」
「それではこの戦、お前に任せよう」
「よろしいので」
「よろしいも何も、私は戦にも、この土地にも不案内だ。頼るべき者も知らない」 




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金色の涙(江戸の攻防)249

2010-07-14 21:36:29 | Weblog
 翌早朝、関宿城の結城秀康のもとを、狐ぴょん吉が密かに訪れた。
「昨日、一揆勢が江戸城への総攻撃を開始した」と。
「それで戦況は」
「西の城門が突破された。しかし、その後、撃退したので心配はいらん」
 秀康にとっては気懸かりな戦況であった。
たとえ撃退しても突破された西の城門は戦の最中であるので修復は不可能だろう。
自分が一揆勢の武将であれば西の城門からの再突入を何度でも試みる。
それだけの価値がある。
それに、そこを主戦場と見せ掛けて、別の城門に主力を向けるという手も使える。
「どれくらい保ちそうかな」
「あまり期待はしない方がいい。
普請が中途であったから、あちこちに弱い部分がある。
一揆勢が普通の兵だけであれば、よくて十日前後。
魔物部隊が動員されれば一晩、・・・かな」
 ぴょん吉が自信のなさそうな顔で答えるので、聞いた秀康は、より不安になった。
「そうか。その魔物部隊は今どうしてる」
「昨日は総力を挙げて我等の仲間を襲った。
こちらも何とか撃退したそうだが、天魔の考えが読めないだけに、
どう動くかは予測がつかない」
 たしかに一揆勢の行動には不明な点が多い。
なかでも最大のものは江戸城攻め。
本気で攻略するつもりであれば、魔物部隊を先頭に押し立てればよい。
ところが、そうではなかった。普通の兵達に任せているのだ。
とても一揆を成功させようとしているとは思えない。
ヤマトが言っていたように、本当に「世を騒がせる」だけ・・・。
 秀康が考え込んでいると、ぴょん吉が「ところで」と続けた。
「お主、豊臣方から総大将に推されたそうだな」
 島左近から豊臣徳川連合軍の総大将を打診され、
受けざるを得ぬ立場に追いやられた。
「いかにも。それが」
「徳川方は豪姫を総大将に据えた」
 余りのことに言葉を失う。
江戸城へ加勢に駆け付ければ、連合軍の総大将の座を巡って、
姉同然の豪姫と争う事になる。
 徳川方の武将達の考えは手に取るように分かった。
秀康が総大将として手柄を立て、家康の嫉妬を買う事を恐れているのだ。
だから奇策で豪姫を総大将とした。
夫の宇喜多秀家も承知の上での事だろう。
 対して豊臣方は、秀康の個人的な事情など知ってか知らずか、お構いなし。
秀康を徳川方への楔として打ち込もうとしていた。
 答える言葉を持たない秀康を、ぴょん吉が気の毒そうに見た。
「粗方の事は知っている。何か手助けする事はないか。遠慮はいらんぞ」
「そうだな、・・・。何かあったら、・・・」
 何をどう答えるべきか分からない。
 廊下を駆けて来る足音が響いた。
余程の事が出来したに違いない。
こちらに近付いて来た。
 秀康の居室の前で止まると弾むような声。
「殿、味方が到着いたしました」と障子越しの報告。
 吉報であった。奥羽からの帰路にある味方のことだ。
到着が予想よりも一日早い。
「分かった、ただちに出迎えよう」
 ぴょん吉が、「また明日」と反対側の障子を開けて姿を消した。
 秀康はその背中に、「待っている」と返し、廊下に飛び出した。
一刻も早く、到着した味方を出迎えねばと気持が急いていた。
 左右に大きく開けられた大手門に、騎馬隊が続々と入城して来た。
先頭の武将には見覚えがあった。
旧武田家の出自である保科正光だ。
彼の祖父は武田家で「槍弾正」と呼ばれた保科正俊。
武張った家柄であった。
 孫の正光は今は徳川家臣で、城持ちでもある。
奥羽へは徳川軍の武将として騎馬隊を率いて出陣していた。
武田家の騎馬隊出身という事を買われ、預けられた騎馬は千騎。
奥羽では家康の期待通りの働きをしたらしい。
 正光は秀康に気付くと、ただちに下馬して駆け寄り、片膝をついた。
「秀康様、参上つかまつりました」
「疲れたであろう」
「なんのこれしき。主家の危機でござれば」
 顔こそ土埃に塗れているが疲れは全く感じられない。
その鋭い目付きは、まるで獲物を狙う鷹。
「お主が預かったのは千騎と聞いていたが」
 入城した騎馬は千騎を優に超えていた。
おそらく二千騎前後はいるに違い無い。
 正光が擽たそうな顔をした。
「是非にもという事で、他家の騎馬隊をも預かってまいりました」
 幾つかの大名家が、「騎馬隊を秀康様に預けます」と申し入れしたのだそうだ。




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金色の涙(江戸の攻防)248

2010-07-11 10:08:17 | Weblog
 ヤマトは身体を痛めているので、無駄な動きは控え、沈むに任せていた。
なかなか底に着かない。意外と深い。
どうやら、神社の池として掘られたのではないらしい。
自然の池を神池とし、傍に神社を構えたのだろう。
 水中は思ったよりも澱んでいない。
湧き水が緩やかな水流を育んでいた。
 空中で感じ取った不可思議な気配を探すが、それらしい物は見つからない。
しかし、何かが潜んでいるのは確かなので警戒を怠らない。
 ようやく底に着いた。
泥が沈殿しているようで、足場が安定しない。
何とか、身体半分を汚泥に沈め、居場所を確保する。
ここで、痛めた箇所が修復され、体力が回復するのを待つしかない。
頼りは、「金色の涙」の力のみ。

 白拍子は自分の失策に気付いた。
ヤマトを探す前に、「雨乞い」をして雨を降らせれば良かったのだ。
そうすれば火災を避けるために、ヤマトが神池に飛び込む必要もなかった。
後の祭りであった。
 臍を噛みながら孔雀達の居る方へ急いで戻る。
気になるのは、神池に潜む物の正体。
前に感じ取った気配は、狐狸の類とは明らかに違っていた。
これまでに感じ取った事のない不可思議な物で、それは神池の主なのか、
それとも、ただ単に封じられているだけなのか。
 孔雀達の所に生き延びた狐狸達が続々と集まって来ていた。
哲也とポン太が呼び寄せているのだろう。
あまりも多数で、川原から溢れた一部は川に入り、水遊びしていた。
 着地した白拍子に哲也が、「ヤマトはいたか」と尋ねてきた。
「生きていたわ。でも身体を痛めたみたい」
「具合が悪いのか」
「かなりね。それで、神池に身を隠したわ」
 白拍子は大蛇神社の者達の居る所に急ぎ足で歩み寄った。
幸いにも宮司がいた。
老いてはいるが、気丈そうに白拍子を見返してくる。
「何かな」
「神社の神池には何がいるの」
「何が、・・・。何かいるのか」
 惚けているのではないらしい。
訝しげな顔をして、聞き返してきた。
「知らないのね」
 聞き耳を立てていた孔雀が、「どういう事」と話しに割り込んできた。
「火災で逃げ場を失ったヤマトが神池に飛び込んだの。
ヤマトは水中でも生きれる猫だから何の問題もないわ。
底の方で休んで傷を癒すと思う。
問題なのは、神池に何かが潜んでいるという事なのよ。
それがヤマトに悪さしないか心配で」
「それで、どういう奴か見当がつかないの」
「発された気配からすると、容易ならぬ魔物ね。
おそらく、・・・水虎か、実体を失い怨霊となった物、・・・」
 水虎とは、一見すると姿は体毛の少ない虎。
四本足の指と指の間に水掻きがあり、通常は水中に生息している。
しかし、必要があれば陸上での捕食活動も厭わない。
短時間であれば土の上を走れるのだ。
 宮司が色をなした。
「水虎等と。神池に魔物を見た者はいない」
「行方不明になった者は」
「そういう者もいない。何か不審な動きがあれば、我等が真っ先に気付く」
 神社の他の者達の顔色からも、それが嘘でない事がわかる。
もっとも彼等にあの気配を読む力が備わっているとは思えない。
「あの池には、身を投げた娘が大蛇となって天に昇ったという言い伝えがあるけど、
何か、それ以外の伝承は残ってないのかしら」
 宮司は頭を捻った。
「ワシは聞かされていない。
古文書があれば調べられるのだが、あいにく燃えてしまった。
調べる手立てがない」
 すると、見覚えのない大柄な狐が前に出て来た。
眩しそうに白拍子を見上げて口を開いた。
「初めてお目にかかる。ワシは『王子の狐』の頭だ。この辺りの伝承には詳しい」
 何かの手掛かりを持っているようだ。
王子の狐の頭は、みんなの関心を集めた事に満足げに頷いて話しを続けた。
「おそらく、白い大蛇と黒い大蛇の事だろう。
数百年も前の事だが、二匹の大蛇が、この辺りで戦ったそうだ」

 江戸城を包囲攻撃していた一揆勢が西の城門を突き崩した。
一万余りが勢いに乗って西の曲輪に雪崩れ込む。
 真田昌幸は二の丸の石垣に立って様子を眺めていた。
城門を打ち破られたが味方の被害は少ない。
城兵は巧みに敵をあしらいながら、二の丸に退却してきた。
西の曲輪に侵入した敵が鬨の声を上げ、こちらに攻め寄せて来る。
 徳川の武将達は西の城門が弱点である事は承知していた。
だから打ち破られる事を前提に防備を固めていた。
任されていたのは松平広重。
 退いて来た広重が昌幸の隣に肩を並べた。
余裕のある顔をしていた。
「どうかな、我等の逃げっぷり」
 敵を城内の広い閉ざされた場所に誘導した。
西の曲輪は二の丸の石垣と、左右の城壁に囲まれていた。
「なかなかのもので」
 二の丸の城門に殺到する敵兵を見下ろしながら、広重が采配を揮った。
「放て」
 左右の城壁の鉄砲狭間、矢狭間から一斉射撃。
矢弾が雨霰の如く敵に降り注ぐ。
敵は具足で身を固めているが、殺傷するに充分の射程距離であった。
次々と悲鳴が上がり、敵勢に戸惑いが走った。
 一揆勢には戦慣れした者達が多いだけに、戦況を先読みして勝手に行動する。
命あっての物種とばかりに、何人かが後退りした。
すると、それがあっと言う間に全体に波及した。
先頭に立って叱咤激励する者がいないのが最大の失策であった。
 広重は見逃さない。
「行け」
 城門が左右に開き、徳川方の騎馬隊五百余が敵勢に突入する。
浮き足だった一揆勢だが、数だけは多い、およそ一万余。
その分厚い敵隊列に騎馬隊が遮二無二挑む。
傍目には無謀としか思えない。
しかし、無勢でもって戦乱を潜り抜けて来た徳川勢は落ち着いていた。
目の前の敵を的確に倒して進む。
 広重もジッとはしていない。
石垣を駆け下りて、自らも騎馬隊を率いて飛び出す。
こちらは彼の配下のみで編成された二百余の騎馬隊。
先行する騎馬隊を追い越そうとする勢いを見せた。
 昌幸の合図で左右の城壁の鉄砲隊、弓隊が一斉に鬨の声を上げた。
続けて、控えさせていた陣太鼓を叩かせ、法螺貝を吹かせた。
それで味方に攻勢に転じた事を知らせた。
 応えるかのように、城全体から鬨の声が上がった。
時として大音量の鬨の声や太鼓、法螺貝が最大の効果を発揮する。
ここでもそうだった。
無勢の味方の士気を上げ、多勢の敵の士気を挫いた。




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金色の涙(江戸の攻防)247

2010-07-07 21:18:45 | Weblog
 白拍子は逃げる天魔を追った。
しかし、相手が一枚上手であった。
彼女が追って来れないような、木と木の間隔が狭く、横に張り出している枝の多い、
手入れの行き届いていない場所を選んで逃げるのだ。
長身の白拍子は、あちこちで頭を打ち、衣服を枝に引っ掛かけ、
その度に足を止めざるを得なかった。
 天魔は時折、振り返っては嘲るような表情を見せた。
策が当った事に満足しているらしい。
その背中が次第に遠ざかって行く。
 白拍子は立ち止まって、相手の逃げる方向を見定めた。
これ以上、足を使っての追跡は不可能だ。
上を見上げた。
枝葉に遮られて、空に飛び上がれるだけの隙間がない。
 それに、炎と煙、熱風が接近していた。
冷静に逃走経路を判断している暇は無い。
ただ頬に触れる冷たい空気のみを頼りに、右に左に駆けた。
 気付くと前方上空に小さな青い空間を見つけた。
本能の命ずるがままに、その空間目掛けて跳び上がった。
直ぐに翼が姿を現わした。
途中に無数の枝葉があるが、広げた翼で強引にへし折って行く。
 あっと言う間に鎮守の森から抜け出した。
上空は熱風に煽られた空気が風となり、激しく渦巻いていた。
白煙をも巻き込み、視界が悪い。
僅かの隙間から下界を見下ろせば、鎮守の森のみならず、
神社全体に火が回っているのが見て取れた。
 こうなると天魔追跡どころではない。
仲間達の消息が気に掛かる。
果たして何人が逃げ延びたのやら。
 神社の外周上空をゆっくり飛びながら、人影を探した。
すぐに仲間達は見つかった。
神社から北側に少し離れた荒川の小さな支流の川原にいた。
今のところは火災と距離があり、そこまで延焼するとも思えない。
 白拍子は彼等の真ん中に降り立った。
分けを知らぬ者達が驚いて声を上げた。後退りする者も。
具足の下の装束から神社の者達と見て取れた。
 白拍子は彼等を無視して、孔雀に尋ねた。
「人数が減ったようだわね」
 孔雀は顔色が病的なまでに青白い。
責任を痛感し、それを一人で背負っているのだろう。
「半減よ。まさか、この私が、・・・してやられるとは」
 確かに顔触れからすると半減だ。
無事に立っている者となると、孔雀に善鬼、典膳、小太郎の四人しかいない。
 横になっている方術師二人と、風間の者三人は、見るからに痛々しい。
血塗れの具足から、瀕死の重傷と分かる。
彼等からはまったく精気が感じられない。これ以上の同行は無理だろう。
「勝負は時の運よ。そうそう、私ね、天魔と刀を交えたの」
 とたんに孔雀の形相が変わった。
詰め寄らんばかり。
「斃したの」
「逃げられた。でも、次は決着をつけるわ」
「腕前はどうだった」
「他の魔物達とは一味も二味も違う。別物ね。
逃げられないように囲んでから、勝負するしかないわ」
 孔雀が顔を歪めて悔しがる。
「見張ってるつもりが、見張られてたなんてね。
あまりにも情け無くて、涙も出やしない」
 近くにいた善鬼が孔雀に言葉を掛けた。
「天魔との戦いは、まだ始まったばかりだ」
 ポン太と哲也が嬉しそうに駆けて来た。
「来てくれたのか」とポン太。
「勿論よ、ヤマトも一緒よ」
 哲也が辺りを見回し、「それでヤマトは、どこに居る」。
 ようやく白拍子は気付いた。
「アンタ達と一緒だとばかり思ってた」
 慌てて宙に跳び上がった。
翼を広げて神社上空に戻り、激しい熱風や白煙に耐えて、
災の中にヤマトの姿がないか探した。
 異常に鋭い視力が幸いして、白煙の隙間に黒猫の姿を見つけた。
ヤマトは神池の傍を、ゆっくり歩いていた。
なにやら、足取りが重そうだ。
身体を痛めているのかもしれない。
 
 ヤマトは逃げ場を失った。
炎がジリジリと迫っていた。
これ以上、後ろには下がれない。
背後は深さの読めない神池。
そして、そこには何かが潜む気配。
 その時、上空に白拍子の気配を感じ取った。
見上げると、白拍子と視線が合わさった。
こちらを心配しているのが分かる。
まるで母親のような眼差し。
 白煙の動きから、上空の風の様子が読み取れた。
熱風が激しく渦巻いているらしい。
白拍子がこれ以上接近すると、巻き込まれて墜落する懸念がある。
 だが、あの白拍子の気性では退かないだろう。
となると、ヤマトの取る道は一つ。
白拍子に分かるように、ニコリと笑って、神池に飛び込んだ。




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金色の涙(江戸の攻防)246

2010-07-04 10:13:19 | Weblog
 道庵は藪に蹴り飛ばした黒猫を追った。
探し出して、とどめを刺すつもりでいた。
四、五歩駆け出して己の誤りに気付いた。
 第一にせねばならぬのは武器を持てぬ黒猫ではなく、
武器を持つと手強い白拍子の始末ではなかったのか。
慌てて倒れている筈の白拍子を振り返った。
 彼女は起き上がろうとしていた。
道庵の方向転換に気付いて、険しい視線を向けてきた。
そして急いで片膝付いた姿勢となり、左手を刀代りに構えた。
手刀の狙いは道庵の喉元。
素手とはいえ油断はできない。
なにしろ相手は人ではない。
己と同等か、あるいは己を超えるかもしれない魔物。
 彼女は手刀で道庵を牽制しつつ、ゆっくり立ち上がった。
険しい視線がよりキツくなった。今にも食い付かんばかり。
視界に枝に食い込んだままの刀が見える筈なのに、一向に気にしない。
手刀でもってジワジワと歩を進めて来る。
 道庵は白拍子の発する気配に思わず恐怖を覚えた。
天より落下してから初めてだ。ここまで危険な奴は。
恐怖は一瞬の事。それが喜びに置換される。
戦うには面白い相手かもしれない。
 彼女の身体の造りは知らない。
おそらくは、「魔物そのもの」と考えるのが自然だろう。
対する道庵の身体は、「人そのもの」。それを天魔が借りているだけ。
持てうる力で人としては最高の状態にしてある。
人並み外れた筋力で、獣よりも俊敏に動ける。
配下の魔物達とは出来が違う。
 道庵は自分の身体の限界を知りたい思いに駆られた。
彼女を相手にどこまで戦えるのか。そして倒せるのか。
勝ち負けよりも興味が優先した。
刀を捨てて、素手で構えた。
彼女と同じように手刀で戦う事にした。
 白拍子が意外そうに目が細め、次には薄く頬を歪めた。
面白がっているらしい。
 そこに、呼んでもいないのに配下の魔物十数人が駆け付けて来た。
先頭で指揮するのは信平。
道庵と名を変えた木村弘之の郎党の頭であった。
信平は、「赤い目」の影響を受けて魔物と化したが、今もって道庵の身を案じ、
生き残りの郎党や手近の魔物達を引き連れ、道庵の傍を付かず離れずに、
勝手に警護を務めていた。
 道庵は信平の行動だけは大目に見ていた。
何故か怒りが湧かないのだ。
それに、「赤い目」の限界を知りたいとも思った。
 信平は白拍子が敵と見て取るや、引き連れた者達に攻撃を命じた。
そして自らも突進した。
 白拍子は前後左右から十数本の刀槍が襲って来るのに、全くたじろがない。
一番手の槍が背後から襲って来た。
彼女は背中に目があるかのように動いた。
身体を右に少しズラして槍を受け流し、柄を両手で掴み、強引に膝でへし折った。
続けて相手の顔面に張り手を飛ばし、頭を鷲掴み。
抵抗する相手を力尽くで、別方向から襲って来る者に、腕一本で投げ飛ばした。
 白拍子は、次の瞬間には地を滑るように、手薄な左方向に移動した。
相手の刀を右肘で払い除け、左手を貫手とし、五本指を槍の如く用いて、
相手の喉元に突き刺した。
まるで薄紙を突き破るかのように、貫手が喉元に食い込んだ。
 白拍子は、白目を剥いて口と喉から血を垂れ流す相手を蹴り飛ばし、
新たな敵に挑む。
 手刀で刀槍を捌き、貫手で血を流す。
そういう白拍子の戦い振りに道庵は刺激された。
目の前で三人、四人と配下が斃されるが、白拍子には敵意よりも感心しきり。
「こういう戦い方もあるのだな」と妙に納得してしまう。
 信平が白拍子の正面に立った。
郎党の頭に推されるだけの事はあり、人柄のみならず武芸にも優れていた。
力勝りの刀捌きではない。技にも長けていた。
青眼に構え、白拍子を足止めした。
 その間に配下の魔物達が陣を立て直した。
仲間を次々と斃されても恐れない。
白拍子を逃すまいと包囲した。
 道庵は空気に燻る臭いを嗅ぎ取った。
何かが燃えているらしい。
そちらに視線を転じた。
 鎮守の森の北側の木々が燃えていた。
炎が木々を越え、煙がさらに高見に上っていた。
バチバチと燃え爆ぜる音が聞え始めた。
乾燥続きなので燃え広がるのは早いだろう。
 人間達の争いに巻き込まれまいと、森の奥深くに隠れていた獣や鳥達が、
一斉に啼き喚いて逃走を開始した。
白拍子や魔物達が居ても気にしない。
牙を剥き出しにした猪や山犬、山猫、兎等が脇目も振らずに南へと駆けて行く。
 道庵は状況から退却しかないと判断した。
信平に、「引き上げだ」と声を掛け、真っ先に身を翻した。

 藪の中に蹴飛ばされていたヤマトが、ようやく薄目を開けた。
周りを白煙に包まれて目鼻が煙い。
木々が燃え爆ぜる音が耳に届く。
火災がこちらに接近しているらしい。
 天魔の蹴りは急所を外れていたが、かなりの打撃を受けた。
骨の二、三本は折れているかも知れない。
 口に溜まった血を吐き出す。
「金色の涙」が全開で身体の補修を開始していた。
もう少しジッとしていたいのだが、火災が近付いては悠長にしていられない。
 ゆっくりと藪から抜け出した。
逃げる方向が定まらない。
どちらに逃げれば・・・。
とにかく迫る火の熱さから遠ざか事にした。
 身体を痛めて動きの悪いヤマトより、火の回りの方が早い。
右から、左から、巨大化した炎が迫ってくる。
気付くと神池の傍に追いやられていた。




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