白い大蛇の出現で勢いを盛り返した一揆勢が再び国府庁舎に進撃を開始した。
対する官軍は潰走した兵士達を呼び集めるのに苦心していた。
籠城するにも兵力不足。国府庁舎の守備など出来るわけがない。
官軍を指揮する頼本三郎太は一揆勢に国府庁舎を明け渡した。
「拠点を守るよりも野戦だ」と野にあって一揆勢を襲撃する事を選択した。
その言葉通りに無勢にも関わらず各所で一揆勢を打ち破った。
そうこうするうちに白い大蛇の行動範囲が知られるようになった。
それは塚本家の周辺という狭い範囲に限られていた。
池周辺の湿地帯をねぐらとし、官軍が近付かない限りは動かない。
これで白い大蛇は一揆勢ではなく塚本家を守る為に現れたという事が歴然とした。
官軍を立て直した頼本三郎太は一揆勢の掃討を開始した。
塚本家には接近せぬように注意を払いながら武蔵の国の大半を平定した。
残すは塚本家とその周辺のみ。
しかし、白い大蛇の存在が二の足を踏ませた。
彼のみならず兵士達も進撃を躊躇っていた。
この頃、官軍陣地で夜間に巡回する兵士が行方不明になる事が多かった。
当初は脱走するものと考えられていたが、目撃者が現れた。
幸いにも逃げのびた者がいて、一件を証言した。
それで白い大蛇の隠された一面が顕わになった。
官軍陣地が離れた場所にあるにも関わらず、白い大蛇が深夜密かに忍び寄り、
兵を餌として捕食活動を行なっていたのだ。
三、四日に一度、巡回している兵士を捕らえ、噛み砕いて飲み込む。
一夜に五、六人を腹に詰めると満足して引き揚げる。
具足を着けた官軍兵士の味が好みらしい。
深夜であっても大蛇の白い色は目立つ筈。
ところが捕食活動する際は蛇身が闇色に染まるのだそうだ。
この事実が知れ渡り官軍に衝撃が走った。
「それでは接近されても気付かない」
「闇の中、目の前に蛇の口があるというわけか」
「蛇の餌になる為に官軍に入ったのじゃない」
「嫌だ嫌だ」と脱走する者が相次ぐ。
手詰まりとなった頼本三郎太を上司である武蔵の国の国司、橘景治が訪れた。
戦には弱いが魑魅魍魎の棲む都に生まれ育った青年貴族。
白い大蛇などの事柄には慣れていた。
「この者が役立つ筈だ」と頼本に一人の老人を引き合わせた。
国司の権力で呼び寄せた秩父の修験者だ。
年老いてはいるが、その分、呪術にも長けていた。
「ワシに任せてもらえるかな」と口調までが自信たっぷり。
頼本は相手が国司の連れてきた者なので丁寧に接した。
「大蛇を退治する方策があるのですね」
「ある。白い大蛇は呪術で呼ばれた。それも古代の呪術だ。
古代に白い魔物を呼び寄せる呪文があったのだそうだ。
そうなると、それを破るには大陸渡来の呪術しか無い」
「大陸渡来の呪術ですか」
「そうだ。それをワシが執り行う」
老修験者の手配りは強引だった。
国司を後ろ盾に次々と指示を下した。
まずは適度に大きくて広い池を探させた。
そしてそれは石神井川水系の支流が無数に流れる辺りに見つかった。
塚本家までは半日の距離にあり、
「願ってもない場所だな」と老修験者を大いに満足させた。
その池の傍に祭壇が設けられ、同時に浮浪者狩りが行われた。
「百人近くを捕らえた」という報告が老修験者にもたらされた。
「丈夫そうな者十人を選び、両手両足を縛って祭壇の周りに転がして置け」
老修験者は祭壇で護摩を焚き、呪文を唱え始めた。
大陸渡来の呪術と言うだけに、何国の言葉なのやら判別しかねる。
その呪文も半ばを過ぎると荒々しくなり、異様な迫力を増した。
昼間というのに、次第に辺りが暗くなり始める。
なにやら池の中央の水面が微かに盛り上がる気配。
頭上に雷鳴が轟き、稲妻が水面に落ちて火花を散らす。
居合わせた者達を急激な寒気が襲う。
頃合い良しと判断した老修験者の合図で兵士達が動いた。
両手両足を縛っておいた者達十人を次々と池に放り込む。
ただ事ではないと承知していたのだろうが、それが現実のものとなり、
容赦のない仕打ちにそれぞれが泣き喚き始めた。
とたんに水面より、周囲より暗い色をした物が姿を現わした。
黒々として長い物であった。
水飛沫を巻き上げるようにして、それが宙に浮かび上がった。
そして池の傍の雑木林に落下した。
辺りが明るさを取り戻し、陽の光が雑木林を照らした。
木々を押し潰して、それが姿を白日の下に全容を晒した。
黒い大蛇であった。
その時には生け贄の十人は姿を消していた。
影も形もない。
黒い大蛇が頭を擡げて周囲を睥睨する。
異様に細長い目。それで何かを探す。
やおら視線を塚本家のある方角に向けた。
そして何やらガテンしたようで、そちらに向かって動き始めた。
老修験者が頼本を手招きした。
「黒い大蛇が白い大蛇を襲う。
勝負は一日や二日では終わらないだろう。
その間に、お主等は一揆勢を討ち平らげる事だな」
「どちらが強い」
「勝った方だな」
頼本が官軍陣地に去るや、入れ替わりに別の修験者が姿を現わした。
「どう考えても勝つのは黒い大蛇だろう」
「たぶん」
「控え目だな。まあ、いいだろう。問題はその後だ、後始末をどうする」
「ワシが出来るのは呼び寄せまでだ。後は知らん」
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籠城するにも兵力不足。国府庁舎の守備など出来るわけがない。
官軍を指揮する頼本三郎太は一揆勢に国府庁舎を明け渡した。
「拠点を守るよりも野戦だ」と野にあって一揆勢を襲撃する事を選択した。
その言葉通りに無勢にも関わらず各所で一揆勢を打ち破った。
そうこうするうちに白い大蛇の行動範囲が知られるようになった。
それは塚本家の周辺という狭い範囲に限られていた。
池周辺の湿地帯をねぐらとし、官軍が近付かない限りは動かない。
これで白い大蛇は一揆勢ではなく塚本家を守る為に現れたという事が歴然とした。
官軍を立て直した頼本三郎太は一揆勢の掃討を開始した。
塚本家には接近せぬように注意を払いながら武蔵の国の大半を平定した。
残すは塚本家とその周辺のみ。
しかし、白い大蛇の存在が二の足を踏ませた。
彼のみならず兵士達も進撃を躊躇っていた。
この頃、官軍陣地で夜間に巡回する兵士が行方不明になる事が多かった。
当初は脱走するものと考えられていたが、目撃者が現れた。
幸いにも逃げのびた者がいて、一件を証言した。
それで白い大蛇の隠された一面が顕わになった。
官軍陣地が離れた場所にあるにも関わらず、白い大蛇が深夜密かに忍び寄り、
兵を餌として捕食活動を行なっていたのだ。
三、四日に一度、巡回している兵士を捕らえ、噛み砕いて飲み込む。
一夜に五、六人を腹に詰めると満足して引き揚げる。
具足を着けた官軍兵士の味が好みらしい。
深夜であっても大蛇の白い色は目立つ筈。
ところが捕食活動する際は蛇身が闇色に染まるのだそうだ。
この事実が知れ渡り官軍に衝撃が走った。
「それでは接近されても気付かない」
「闇の中、目の前に蛇の口があるというわけか」
「蛇の餌になる為に官軍に入ったのじゃない」
「嫌だ嫌だ」と脱走する者が相次ぐ。
手詰まりとなった頼本三郎太を上司である武蔵の国の国司、橘景治が訪れた。
戦には弱いが魑魅魍魎の棲む都に生まれ育った青年貴族。
白い大蛇などの事柄には慣れていた。
「この者が役立つ筈だ」と頼本に一人の老人を引き合わせた。
国司の権力で呼び寄せた秩父の修験者だ。
年老いてはいるが、その分、呪術にも長けていた。
「ワシに任せてもらえるかな」と口調までが自信たっぷり。
頼本は相手が国司の連れてきた者なので丁寧に接した。
「大蛇を退治する方策があるのですね」
「ある。白い大蛇は呪術で呼ばれた。それも古代の呪術だ。
古代に白い魔物を呼び寄せる呪文があったのだそうだ。
そうなると、それを破るには大陸渡来の呪術しか無い」
「大陸渡来の呪術ですか」
「そうだ。それをワシが執り行う」
老修験者の手配りは強引だった。
国司を後ろ盾に次々と指示を下した。
まずは適度に大きくて広い池を探させた。
そしてそれは石神井川水系の支流が無数に流れる辺りに見つかった。
塚本家までは半日の距離にあり、
「願ってもない場所だな」と老修験者を大いに満足させた。
その池の傍に祭壇が設けられ、同時に浮浪者狩りが行われた。
「百人近くを捕らえた」という報告が老修験者にもたらされた。
「丈夫そうな者十人を選び、両手両足を縛って祭壇の周りに転がして置け」
老修験者は祭壇で護摩を焚き、呪文を唱え始めた。
大陸渡来の呪術と言うだけに、何国の言葉なのやら判別しかねる。
その呪文も半ばを過ぎると荒々しくなり、異様な迫力を増した。
昼間というのに、次第に辺りが暗くなり始める。
なにやら池の中央の水面が微かに盛り上がる気配。
頭上に雷鳴が轟き、稲妻が水面に落ちて火花を散らす。
居合わせた者達を急激な寒気が襲う。
頃合い良しと判断した老修験者の合図で兵士達が動いた。
両手両足を縛っておいた者達十人を次々と池に放り込む。
ただ事ではないと承知していたのだろうが、それが現実のものとなり、
容赦のない仕打ちにそれぞれが泣き喚き始めた。
とたんに水面より、周囲より暗い色をした物が姿を現わした。
黒々として長い物であった。
水飛沫を巻き上げるようにして、それが宙に浮かび上がった。
そして池の傍の雑木林に落下した。
辺りが明るさを取り戻し、陽の光が雑木林を照らした。
木々を押し潰して、それが姿を白日の下に全容を晒した。
黒い大蛇であった。
その時には生け贄の十人は姿を消していた。
影も形もない。
黒い大蛇が頭を擡げて周囲を睥睨する。
異様に細長い目。それで何かを探す。
やおら視線を塚本家のある方角に向けた。
そして何やらガテンしたようで、そちらに向かって動き始めた。
老修験者が頼本を手招きした。
「黒い大蛇が白い大蛇を襲う。
勝負は一日や二日では終わらないだろう。
その間に、お主等は一揆勢を討ち平らげる事だな」
「どちらが強い」
「勝った方だな」
頼本が官軍陣地に去るや、入れ替わりに別の修験者が姿を現わした。
「どう考えても勝つのは黒い大蛇だろう」
「たぶん」
「控え目だな。まあ、いいだろう。問題はその後だ、後始末をどうする」
「ワシが出来るのは呼び寄せまでだ。後は知らん」
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