王宮区画には庭園や公園が多く、
建物と建物の隙間に造られた物まで含めると、かなりの数に上った。
火災対策の意味合いで、延焼を防ぐ為に造られている面もあり、
それを無駄と指摘する者はいない。
最大の庭園は園遊会専用に造られていた。
そこには世界中から取り寄せた草木が植栽されていた。
気候の関係で枯れてしまった物もあるが、見て回る価値はあった。
その一画に謁見場が建てられていた。
一見すると、それはただの岩山にしか見えない。
周辺の官庁の建物群が壮麗なのに対し無骨であったからだ。
切り出した石材を磨き上げることもせず、
適当に積み上げただけではないか、
大方の者はそんな感想を漏らした。
そんななか外観を、伏したドラゴン、と喩えた者がいた。
実際、迫り出した玄関屋根がドラゴンが大きく開けた口の上顎。
それを下から太い支える柱は牙。
屋根の下の長い表通路は下顎、と見えなくもなかった。
正面の無骨な扉を開けると意外や意外、内部は全くの別世界。
石材は天井まで完璧に磨き上げられ、
分厚い濃紺の絨毯が通路一杯に敷き詰められていた。
だけでなく、随所で魔道具の照明が煌々と輝いていた。
通路を進んで次の重厚そうな扉を開けると、
そこは広大なホールになっていた。
白と赤の世界。
天井と壁面は磨き上げられて白一色、
床に敷き詰められているのは真っ赤な絨毯。
最奥の階段を上がると、二階ほどの高さの、
まるで舞台のような広さの壇上に、王座が据えられていた。
下を睥睨する位置の王座にはブルーノ足利、
その左の席にはベティ王妃がいた。
侍従と秘書役の面々を後ろに従えて二人は引見を行った。
魔物の大移動を阻止した美濃や尾張の者達を招き寄せて褒章した。
それに立ち会っていたのはホールの左右に居並ぶ文武百官と、
その伴侶、ないしは許婚か子供達。
非番の者達を集めただけであるが、同伴一人を許していたので、
数の圧力が国王の威圧と相まって引見を華々しい物に仕上げていた。
階段下からボルビン佐々木侯爵がブルーノを見上げた。
ボルビンには司会進行役を任せていた。
表向きの理由は、声の通りが良いこと。
その彼は高齢にも関わらず、視線でも威圧を利かせ、
引見をスムーズに進めてくれた。
お陰で短時間で終えることが出来た。
満足げな表情で頷いて応えた。
ボルビンも軽く頷き返し、ホールを振り返り、全体を見回して告げた。
「本日は以上である。
国王陛下がご退席される」
声がホール全体に響き渡ると全員が一斉に国王の方に正対し、
片膝ついて頭を垂れた。
応えてブルーノは立ち上がり、ベティに手を貸し、
二人仲良く壇上の最前に進み出た。
「本日は大義であった。
この後の園遊会を思い切り楽しんでくれ」
ブルーノは取り巻きの者達を従え、壇上を奥に向かった。
そこには両開きの扉があり、
左右に礼服姿の近衛士官二人が立っていた。
ブルーノの指示で扉が開けられた。
礼服姿の近衛兵の一隊が国王一行を出迎えた。
広い通路の先には優雅そうな手すり付きの階段があり、
下は馬車寄せになっていて、
ここでも大勢の関係者が一行を待ち構えていた。
ブルーノは随員達を従えて階段を下りている途中、
下で待ち構えている近衛の一人が目に留まった。
肩章は中佐。
顔に見覚えはあるが名前までは思い出せない。
記憶に間違いがなければ、ここにいる役職ではなかった筈だ。
下りたブルーノの前にその中佐が片膝つき、口を開いた。
「お待ちしておりました」渋い声。
その声で現在の役目を思い出した。
「バイロン神崎子爵の取り調べをしているのではなかったか」
エリオス佐藤子爵に斬りかかったバイロンの取り調べを担当していた。
「早めに報告せよ、とのご指示でしたので、ここにまかり越しました」
「だったな。どうなった、事情が分かったのか」
中佐は周囲の耳を気にした。
「立ち話では少し拙いのではないですか」
「気にするな。
みんな身内のような者達ばかりじゃないか」
隣のベティも同意した。
「そうです。
それに皆も多少は承知しているので、気になっている筈です。
勿論、私もです。聞かせて下さいな」
王宮区画内では滅多にない刃物沙汰であった。
今は箝口令が行き届いて、貴族社会には全く漏れていないが、
明日は分からない。
深く頷いて中佐が答えた。
「あの者は変です。
気が触れての刃物沙汰自体は珍しくありません。
ですが、大抵の者は拘束されると正気に戻り、しきりに後悔します。
ところがバイロン神崎子爵は時間が経過しても、
態度が一向に変わらないのです。
口も目も据わったまま。
なに一つ申しません。
飯はおろか、水さえも口にしません。
ただ、宙を睨んでいるだけです」
「開き直っている、とその方は思っているのか」
「判断しかねます。
・・・。
あの者が口を開かないなら、周辺を調べてみるしか有りません。
その許可を頂けないでしょうか」
「分かった。
秘書の者達にも調べさせているが、手は多いほど良いだろう。
手空きの近衛を使い、思う存分調べてみよ。
関係者、関係先、全ての取り調べを許す。
身分は無視しても構わない。取り調べが最優先だ。
命令書は即刻にも届けさせよう。
ただし急げよ。期日は明後日の朝までだ。
明後日午後には是非の判断を下したい。朝一番で報告に参れ」
中佐の顔が強張った。
「明後日の午後ですか」
「そうだ。
事が事だけに箝口令を敷いても漏れるのは早い。
そうなれば双方の子爵の寄り親が口出し、
紛糾するのが目に見えている。
それを避けるには、早めに決着させるしかなかろう」
「承知しました。直ちに開始します」
中佐は尻を蹴飛ばされたように、その場から離れた。
ブルーノは中佐の後ろ姿を見送りながら、隣のベティに身体を寄せた。
誰にも聞こえぬように小声で尋ねた。
「あの中佐の名前を覚えているか」
「アルバート中川子爵でしょう。
机仕事は有能と評判の士官よ」
「ありがとう」尻をポンと軽く叩いた。
ベティは苦笑い。
「どういたしまして」
馬車寄せには五両の国王専用車が待機し、
それぞれに馭者と近衛兵が付けられていた。
保安上の理由から国王の移動については、
たとえ短距離でも常時五両編成で行う、と決められていたからだ。
目と鼻の先にある王宮本殿に戻るだけなのだが、
移動中に暗殺された国王の例があるだけに、無視は出来ない。
ブルーノはベティと連れ立ち、ゆっくり歩を進めた。
何時もどの馬車に乗るかで迷う。
今も迷う。
なにしろ五両とも寸分の違いもないので、選びようがない。
事前に国王が何両目に乗車するのかは誰にも分からない。
当人にも分からない。
その日、その場の気分で決めるから、予測のしようがない。
ブルーノはベティの手を引いて一両目に乗り込んだ。
夫妻に遠慮したのか、随行していた者達は残った四両に分散した。
それを見て近衛士官十人が騎乗し、前衛と後衛に分かれた。
徒士の近衛隊もそれぞれの馬車の警護に付いた。
それら全ての動きを確認した近衛指揮官が出立の合図を出した。
馬車寄せの出入り口の重い扉が、
十数人の手によって外側に押し開かれた。
途端、轟音のような歓声が上がった。
庭園は園遊会前ではあるが既に招待された客は入場し、
三つある野外ステージや五十近くある屋台の下見を行いながら、
今や遅しと開始を待っていた。
そこに引見終了の知らせ。
彼等彼女等は謁見場の馬車寄せ方向に押し掛けた。
間近で国王夫妻を一目見ようと群がる様は、
まるで餌を見つけた働き蟻のよう。
庭園から王宮本殿に繋がる通路の両側が大観衆で埋まった。
馬車寄せの重い扉が押し開かれた瞬間、
居合わせた全員が歓声を上げ、両手を大きく振った。
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
建物と建物の隙間に造られた物まで含めると、かなりの数に上った。
火災対策の意味合いで、延焼を防ぐ為に造られている面もあり、
それを無駄と指摘する者はいない。
最大の庭園は園遊会専用に造られていた。
そこには世界中から取り寄せた草木が植栽されていた。
気候の関係で枯れてしまった物もあるが、見て回る価値はあった。
その一画に謁見場が建てられていた。
一見すると、それはただの岩山にしか見えない。
周辺の官庁の建物群が壮麗なのに対し無骨であったからだ。
切り出した石材を磨き上げることもせず、
適当に積み上げただけではないか、
大方の者はそんな感想を漏らした。
そんななか外観を、伏したドラゴン、と喩えた者がいた。
実際、迫り出した玄関屋根がドラゴンが大きく開けた口の上顎。
それを下から太い支える柱は牙。
屋根の下の長い表通路は下顎、と見えなくもなかった。
正面の無骨な扉を開けると意外や意外、内部は全くの別世界。
石材は天井まで完璧に磨き上げられ、
分厚い濃紺の絨毯が通路一杯に敷き詰められていた。
だけでなく、随所で魔道具の照明が煌々と輝いていた。
通路を進んで次の重厚そうな扉を開けると、
そこは広大なホールになっていた。
白と赤の世界。
天井と壁面は磨き上げられて白一色、
床に敷き詰められているのは真っ赤な絨毯。
最奥の階段を上がると、二階ほどの高さの、
まるで舞台のような広さの壇上に、王座が据えられていた。
下を睥睨する位置の王座にはブルーノ足利、
その左の席にはベティ王妃がいた。
侍従と秘書役の面々を後ろに従えて二人は引見を行った。
魔物の大移動を阻止した美濃や尾張の者達を招き寄せて褒章した。
それに立ち会っていたのはホールの左右に居並ぶ文武百官と、
その伴侶、ないしは許婚か子供達。
非番の者達を集めただけであるが、同伴一人を許していたので、
数の圧力が国王の威圧と相まって引見を華々しい物に仕上げていた。
階段下からボルビン佐々木侯爵がブルーノを見上げた。
ボルビンには司会進行役を任せていた。
表向きの理由は、声の通りが良いこと。
その彼は高齢にも関わらず、視線でも威圧を利かせ、
引見をスムーズに進めてくれた。
お陰で短時間で終えることが出来た。
満足げな表情で頷いて応えた。
ボルビンも軽く頷き返し、ホールを振り返り、全体を見回して告げた。
「本日は以上である。
国王陛下がご退席される」
声がホール全体に響き渡ると全員が一斉に国王の方に正対し、
片膝ついて頭を垂れた。
応えてブルーノは立ち上がり、ベティに手を貸し、
二人仲良く壇上の最前に進み出た。
「本日は大義であった。
この後の園遊会を思い切り楽しんでくれ」
ブルーノは取り巻きの者達を従え、壇上を奥に向かった。
そこには両開きの扉があり、
左右に礼服姿の近衛士官二人が立っていた。
ブルーノの指示で扉が開けられた。
礼服姿の近衛兵の一隊が国王一行を出迎えた。
広い通路の先には優雅そうな手すり付きの階段があり、
下は馬車寄せになっていて、
ここでも大勢の関係者が一行を待ち構えていた。
ブルーノは随員達を従えて階段を下りている途中、
下で待ち構えている近衛の一人が目に留まった。
肩章は中佐。
顔に見覚えはあるが名前までは思い出せない。
記憶に間違いがなければ、ここにいる役職ではなかった筈だ。
下りたブルーノの前にその中佐が片膝つき、口を開いた。
「お待ちしておりました」渋い声。
その声で現在の役目を思い出した。
「バイロン神崎子爵の取り調べをしているのではなかったか」
エリオス佐藤子爵に斬りかかったバイロンの取り調べを担当していた。
「早めに報告せよ、とのご指示でしたので、ここにまかり越しました」
「だったな。どうなった、事情が分かったのか」
中佐は周囲の耳を気にした。
「立ち話では少し拙いのではないですか」
「気にするな。
みんな身内のような者達ばかりじゃないか」
隣のベティも同意した。
「そうです。
それに皆も多少は承知しているので、気になっている筈です。
勿論、私もです。聞かせて下さいな」
王宮区画内では滅多にない刃物沙汰であった。
今は箝口令が行き届いて、貴族社会には全く漏れていないが、
明日は分からない。
深く頷いて中佐が答えた。
「あの者は変です。
気が触れての刃物沙汰自体は珍しくありません。
ですが、大抵の者は拘束されると正気に戻り、しきりに後悔します。
ところがバイロン神崎子爵は時間が経過しても、
態度が一向に変わらないのです。
口も目も据わったまま。
なに一つ申しません。
飯はおろか、水さえも口にしません。
ただ、宙を睨んでいるだけです」
「開き直っている、とその方は思っているのか」
「判断しかねます。
・・・。
あの者が口を開かないなら、周辺を調べてみるしか有りません。
その許可を頂けないでしょうか」
「分かった。
秘書の者達にも調べさせているが、手は多いほど良いだろう。
手空きの近衛を使い、思う存分調べてみよ。
関係者、関係先、全ての取り調べを許す。
身分は無視しても構わない。取り調べが最優先だ。
命令書は即刻にも届けさせよう。
ただし急げよ。期日は明後日の朝までだ。
明後日午後には是非の判断を下したい。朝一番で報告に参れ」
中佐の顔が強張った。
「明後日の午後ですか」
「そうだ。
事が事だけに箝口令を敷いても漏れるのは早い。
そうなれば双方の子爵の寄り親が口出し、
紛糾するのが目に見えている。
それを避けるには、早めに決着させるしかなかろう」
「承知しました。直ちに開始します」
中佐は尻を蹴飛ばされたように、その場から離れた。
ブルーノは中佐の後ろ姿を見送りながら、隣のベティに身体を寄せた。
誰にも聞こえぬように小声で尋ねた。
「あの中佐の名前を覚えているか」
「アルバート中川子爵でしょう。
机仕事は有能と評判の士官よ」
「ありがとう」尻をポンと軽く叩いた。
ベティは苦笑い。
「どういたしまして」
馬車寄せには五両の国王専用車が待機し、
それぞれに馭者と近衛兵が付けられていた。
保安上の理由から国王の移動については、
たとえ短距離でも常時五両編成で行う、と決められていたからだ。
目と鼻の先にある王宮本殿に戻るだけなのだが、
移動中に暗殺された国王の例があるだけに、無視は出来ない。
ブルーノはベティと連れ立ち、ゆっくり歩を進めた。
何時もどの馬車に乗るかで迷う。
今も迷う。
なにしろ五両とも寸分の違いもないので、選びようがない。
事前に国王が何両目に乗車するのかは誰にも分からない。
当人にも分からない。
その日、その場の気分で決めるから、予測のしようがない。
ブルーノはベティの手を引いて一両目に乗り込んだ。
夫妻に遠慮したのか、随行していた者達は残った四両に分散した。
それを見て近衛士官十人が騎乗し、前衛と後衛に分かれた。
徒士の近衛隊もそれぞれの馬車の警護に付いた。
それら全ての動きを確認した近衛指揮官が出立の合図を出した。
馬車寄せの出入り口の重い扉が、
十数人の手によって外側に押し開かれた。
途端、轟音のような歓声が上がった。
庭園は園遊会前ではあるが既に招待された客は入場し、
三つある野外ステージや五十近くある屋台の下見を行いながら、
今や遅しと開始を待っていた。
そこに引見終了の知らせ。
彼等彼女等は謁見場の馬車寄せ方向に押し掛けた。
間近で国王夫妻を一目見ようと群がる様は、
まるで餌を見つけた働き蟻のよう。
庭園から王宮本殿に繋がる通路の両側が大観衆で埋まった。
馬車寄せの重い扉が押し開かれた瞬間、
居合わせた全員が歓声を上げ、両手を大きく振った。
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます