毬子は真っ逆さまに落ちて行く、
絶体絶命だというのに時間の経過だけがやけにスローモーに思えた。
学校で誰かが、
「事故の最後の瞬間は、時間がゆっくりに感じられるそうよ」
と言っているのを聞いた覚えがあった。
今まさに、この事なのだと確信した。
・・・。
握っていた刀、「風神の剣」が手から零れるように落ちて行く。
風に舞う葉のように、ゆっくりゆっくりと。
刃が陽を浴びて反射した。
景色が真逆に見えた。
皇居も、ビル群も。
今まで見たことのないリアルで残酷な景色。
今生の見納めなのか。
・・・。
足下を見上げれば青い青い空。
少しだが雲が流れていた。
数機のヘリコプターも見えた。
警察ヘリなのか、取材ヘリなのか、そこまでは識別できない。
「もし取材ヘリなら私が地面に叩き付けられる瞬間までカメラが追ってくる」
と割に冷静。まるで他人事。
脳内に居候するヒイラギに怒鳴られた。
「馬鹿野郎、諦めるのが早い」
全身に纏わり付いて離れないサクラが穏やかに言う。
「いいこと、絶対に助けるからね」
首から頭部にかけて暖かみを感じた。
ヒイラギとサクラが、「落下するのを阻止しよう」と力を尽くしてくれているらしい。
自分の事なのに自分だけが諦め、何もしないでいて恥ずかしい。
このままでは二人はおろか、一人残す祖母にも顔向けが出来ない。
みんなに応えようと、落下するままの状態に少しでも抵抗すべく両手を左右に広げた。
激しい空気摩擦を感じる。
それで落下速度に変化が生じる分けではないが、気分はパラシュート。
と、頭に緩い衝撃。
柔らかい何かに触れた。
今までにはないサクラの甲高い声が飛んで来た。
「掴まって。手を伸ばして掴まるのよ」
触れたモノは何やら柔らかい何か、・・・。
何かが身体を受け止めた。
頭の次に背中、お尻、脹ら脛。
身体全体がドンとその上で弾む。
下から痛そうな悲鳴。
人ではない何か・・・。
馬の嘶きに違いない。
騅の臭い。
必死になって身体を反転させ、正体を見た。
朧気ながらも白銀に点滅する翼が毬子を受け止めていた。
両手を伸ばして落とされないように、突起している部分を掴む。
おそらくコレは翼を構成する骨組みであろう。
ゴツゴツ感こそあるが、それでもかなり細い。
「騅は」と見ると、その横顔から堪えているのが分かった。
軽い筈の毬子でも、それが落下して来るとなると受け止めるだけでも至難の業。
例え受け止めても、下手すると翼が突き破られる恐れさえあった。
それでも騅は傍観する事なく毬子を救いに飛来し、片方の翼でシッカと受け止めた。
加えて、もう片方でバランスを取り、毬子を振り落とさぬように苦慮していた。
それはそれは大層な奮闘ぶり。
毬子は騅の負担を減らそうと、這いずるようにして背中に移動した。
騅の首筋を二度、三度と撫でる。
「ありがとう騅、助かったわ」
騅は当然とばかりに飛翔を続けた。
下を見ると、路上にバンパイアの首なし遺体が転がっていた。
損傷が著しく、辺りは生々しい血の赤に染められていた。
そこに駆け寄る女狙撃手。
顔までは見えないが、その走りから必死ぶりが伝わってきた。
彼女にとって唯一の命綱である狙撃銃をかなぐり捨て、
亡骸の側近くに転がる生首の所で跪き、拾い上げ、きつく胸に抱く。
轟く銃声。
彼女の頭部から鮮血が噴き出した。
続けて銃声が続いた。
胸から、腹から、夥しい真紅の色が流れ出す。
それでも彼女は生首を離さない。
跪いた姿勢のまま、前に突っ伏し、・・・微動だにしない。
毬子は敵の最期に束の間、感傷に浸ったものの、「騅は」と気付いた。
上へ上へと飛翔したままで、一向に下降する気配がない。
いつの間にやら警察ヘリや取材ヘリの高度を追い越していた。
「どうしよう」というのだろう。
事態をヒイラギやサクラも危惧した。
「アンタの愛馬でしょう。何とかしなさいよ」とサクラがヒイラギを叱りつけた。
言われなくてもヒイラギが奮闘しているのが分かった。
毬子の脳内から騅に向けて、「騅よ、騅よ」と念を送っているのだが、
一向に答えが返ってこないのだ。
そうこうするうちに、下方の景色が、ビルも皇居も豆粒のようになって行く。
まるで箱庭でも見ている気分。
毬子も騅の首筋を撫でながら、
「ねえ騅、どうするの。お願いだから下りてよ」と頼むが、これまた何も返ってこない。
かといって飛び降りる分けにも行かない。
ついに雲を突き抜けた。
なのに、空気が薄い筈なのに息苦しさを感じない。
雲の動きから、風を受けても当たり前なのに、その風すらも感じない。
まるで閉ざされたカプセルの中にでもいるよう。
★
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学校で誰かが、
「事故の最後の瞬間は、時間がゆっくりに感じられるそうよ」
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今まさに、この事なのだと確信した。
・・・。
握っていた刀、「風神の剣」が手から零れるように落ちて行く。
風に舞う葉のように、ゆっくりゆっくりと。
刃が陽を浴びて反射した。
景色が真逆に見えた。
皇居も、ビル群も。
今まで見たことのないリアルで残酷な景色。
今生の見納めなのか。
・・・。
足下を見上げれば青い青い空。
少しだが雲が流れていた。
数機のヘリコプターも見えた。
警察ヘリなのか、取材ヘリなのか、そこまでは識別できない。
「もし取材ヘリなら私が地面に叩き付けられる瞬間までカメラが追ってくる」
と割に冷静。まるで他人事。
脳内に居候するヒイラギに怒鳴られた。
「馬鹿野郎、諦めるのが早い」
全身に纏わり付いて離れないサクラが穏やかに言う。
「いいこと、絶対に助けるからね」
首から頭部にかけて暖かみを感じた。
ヒイラギとサクラが、「落下するのを阻止しよう」と力を尽くしてくれているらしい。
自分の事なのに自分だけが諦め、何もしないでいて恥ずかしい。
このままでは二人はおろか、一人残す祖母にも顔向けが出来ない。
みんなに応えようと、落下するままの状態に少しでも抵抗すべく両手を左右に広げた。
激しい空気摩擦を感じる。
それで落下速度に変化が生じる分けではないが、気分はパラシュート。
と、頭に緩い衝撃。
柔らかい何かに触れた。
今までにはないサクラの甲高い声が飛んで来た。
「掴まって。手を伸ばして掴まるのよ」
触れたモノは何やら柔らかい何か、・・・。
何かが身体を受け止めた。
頭の次に背中、お尻、脹ら脛。
身体全体がドンとその上で弾む。
下から痛そうな悲鳴。
人ではない何か・・・。
馬の嘶きに違いない。
騅の臭い。
必死になって身体を反転させ、正体を見た。
朧気ながらも白銀に点滅する翼が毬子を受け止めていた。
両手を伸ばして落とされないように、突起している部分を掴む。
おそらくコレは翼を構成する骨組みであろう。
ゴツゴツ感こそあるが、それでもかなり細い。
「騅は」と見ると、その横顔から堪えているのが分かった。
軽い筈の毬子でも、それが落下して来るとなると受け止めるだけでも至難の業。
例え受け止めても、下手すると翼が突き破られる恐れさえあった。
それでも騅は傍観する事なく毬子を救いに飛来し、片方の翼でシッカと受け止めた。
加えて、もう片方でバランスを取り、毬子を振り落とさぬように苦慮していた。
それはそれは大層な奮闘ぶり。
毬子は騅の負担を減らそうと、這いずるようにして背中に移動した。
騅の首筋を二度、三度と撫でる。
「ありがとう騅、助かったわ」
騅は当然とばかりに飛翔を続けた。
下を見ると、路上にバンパイアの首なし遺体が転がっていた。
損傷が著しく、辺りは生々しい血の赤に染められていた。
そこに駆け寄る女狙撃手。
顔までは見えないが、その走りから必死ぶりが伝わってきた。
彼女にとって唯一の命綱である狙撃銃をかなぐり捨て、
亡骸の側近くに転がる生首の所で跪き、拾い上げ、きつく胸に抱く。
轟く銃声。
彼女の頭部から鮮血が噴き出した。
続けて銃声が続いた。
胸から、腹から、夥しい真紅の色が流れ出す。
それでも彼女は生首を離さない。
跪いた姿勢のまま、前に突っ伏し、・・・微動だにしない。
毬子は敵の最期に束の間、感傷に浸ったものの、「騅は」と気付いた。
上へ上へと飛翔したままで、一向に下降する気配がない。
いつの間にやら警察ヘリや取材ヘリの高度を追い越していた。
「どうしよう」というのだろう。
事態をヒイラギやサクラも危惧した。
「アンタの愛馬でしょう。何とかしなさいよ」とサクラがヒイラギを叱りつけた。
言われなくてもヒイラギが奮闘しているのが分かった。
毬子の脳内から騅に向けて、「騅よ、騅よ」と念を送っているのだが、
一向に答えが返ってこないのだ。
そうこうするうちに、下方の景色が、ビルも皇居も豆粒のようになって行く。
まるで箱庭でも見ている気分。
毬子も騅の首筋を撫でながら、
「ねえ騅、どうするの。お願いだから下りてよ」と頼むが、これまた何も返ってこない。
かといって飛び降りる分けにも行かない。
ついに雲を突き抜けた。
なのに、空気が薄い筈なのに息苦しさを感じない。
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