宋典が口にした名前に帝は驚いた。
「徐州の赤劉家」
後漢王朝成立に多大の功績があり、為に、後漢の祖、光武帝に徐州の領邑と、
赤劉家という異名、そして洛陽に宏大な屋敷を与えられた一族だ。
勿論、後漢の劉家とは遠縁ながらも同族。
ただ、代々の当主を女が継いでいたことから光武帝に、
「赤劉家」という異名が与えられた。
そして建国の際、光武帝に報奨を聞かれると、
「『長江の神樹』が見える地を」と徐州の一角に領邑のみを求め、
身分としては、「政治には関わりたくない」と無位無冠を選んだ。
そんな事から今日まで季節の折々に、
宮殿に献上品を持って、ご機嫌伺いに罷り出るだけで、
宮廷そのものからは一歩も二歩も身を引いていた。
何代にも渡ってその姿勢を貫いている点は信用が置けるが、何か物足りないのも事実。
そういうことから帝は、これまで挨拶を受けても、親しく話した事はなかった。
洛陽に与えられた屋敷には、慣習として、当主の血縁の者が居住し、
王朝の者達と宮殿外で親しく交わっているとか。
「現在もそれは守られているはず」と宋典。
ゆえに、
「その者を後宮に密かに呼び寄せ、于吉の一件の調べを命じたらどうか」
と提案した。
帝は当然の疑問を口にした。
「確かに赤劉家なら信用が置ける。
命を受けてもくれよう。
だが、太平道の内部事情を調べられる人材を抱えているのか。
そもそも、その手の事に慣れているのか。
甚だ心配だ」
宋典がニコリとした。
「赤劉家は代々が方術師の家柄です。
当主になるには女であることと、方術師である事が必要なのだそうです。
その方術ですが、
当主一人で全ての技を修める事は出来ないので、血縁の者達にも修行を求め、
方術のあらゆる技が欠落せぬように、様々な努力、工夫を講じているそうです。
ここ洛陽にいる者も、血縁であれば方術の修行は怠ってはいないでしょう。
もし、その者が力量不足であれば、
それ相応の者を徐州から呼び寄せるように、お命じになれば良いのです」
方術師であれ、呪術師であれ、道士であれ、帝にしたら似たようなモノ。
「方術師であるのなら、道士だった張角が起ち上げた太平道を調べるに際し、
何らかの手蔓があるのでは」と勝手に理解した。
そこで宋典に、
「最優先でその者と密会出来るように手筈を整えてくれ」と命じた。
二日後には宋典から意外な事を聞かされた。
宋典が密かに赤劉家の洛陽屋敷を訪れると、会ってくれたのは当主の娘夫婦だった。
彼女の長男が年頃なので、その婿入り先を選定をする為、
夫婦で洛陽に滞在しているのだそうだ。
ついでに年の離れた次男も連れて来ているとか。
長男の婿入り先探しには、悲しいが頷けた。
家を継ぐ女子がいれば、確かに男の兄弟は不要。
それは十分に分かるのだが、同じ男として・・・。
肝心の帝との密会の話しは、一も二もなく受けてくれた。
ただ、密会ではなく、都合良く赤劉家が于吉とは親しいので、
公式の見舞いの形を取ることになった。
その見舞いは赤劉家から申し出たそうだ。
「それなら」と帝は、「息子二人も同道させよ」と命じた。
「長男、次男の人となりを見て、婿入り先を探してやろう」という気になった。
帝への謁見であれば許可されるまでに時間がかかるし、宮廷の者達の興味をそそり、
有ること無いことを噂される。
しかし、見舞いが理由であったので、宋典の裏からの手回しもあり、直ぐに許可された。
もっとも、後宮に宦官以外の男子が足を踏み入れるのは許されない。
于吉の場合は帝の我が儘ということで許されていた。
今回の赤劉家の場合も、帝の耳に入れ、目こぼしで、宋典が押し切った。
次の日には赤劉家の四人が王宮を訪れ、後宮の于吉の部屋に案内された。
それを知らされた帝は公務を中断し、後宮に足を運んだ。
誰が見ても、見舞いの鉢合わせという形にした。
于吉の部屋に入るや、宋典が、于吉の世話をしていた女官達や、
帝に付き従っていた宦官達を退出させた。
部屋に残ったのは于吉に帝、宋典。そして赤劉家の四人。
帝は、跪いて顔を伏せている赤劉家の四人に声をかけた。
「他には誰もいない。さあ、立ちなさい」
四人は思わぬ言葉に家族で顔を見合わせた。
明らかに宮廷の作法からは外れているので戸惑っていた。
宋典が助け船を出した。
「帝は忙しいのです。言われた通りに従いなさい」
しぶしぶの体で四人が身を起こし、立ち上がった。
宋典が四人を帝に引き合わせた。
華奢な身体の美しい婦人が次期当主の劉芽衣。
とても三人の子持ちには見えない。
隣が夫の韓秀。
洛陽では知られた武門、韓家から望まれて婿養子入りしていた。
二人の後ろに控えているのが、息子達。
いずれも跡取りではないので、立場を忘れぬように夫の名前を継いでいた。
背の高いのが長男の韓寿。
幼顔をしているのが韓厳。
両親の躾の賜物か、二人とも背筋がしっかりと伸び、明るい顔をしていた。
これならどこでも婿入りを歓迎するだろう。
二人の兄弟の間に麗華という娘がいて、次の次の当主となるべく、
徐州の赤劉邑で方術修行に努めているのだそうだ。
帝はさっそく本題に入った。
「要件を手短に言おう。
この于吉を襲った連中の正体を知りたい。
于吉の話しでは、太平道の張角の弟二人が怪しいらしい。
その辺をしっかり調べてくれ」
劉芽衣が視線を于吉に移した。
「確かなのですか、于吉殿。
先ほどまでは、そんな話しは」
「女官達には聞かせられないから黙ってた」
「そうでしたか」と劉芽衣、
視線を帝に戻し、「調べは何時までに」と問う。
「出来るだけ早く。出来るか」
劉芽衣が拱手して、頭を深く下げた。
「あらゆる手を講じます。
それで結果報告は如何します。
公式に謁見しての報告は拙いのでしょう」
帝は苦笑い。
「それまでは于吉にここに留まってもらおう。
次の見舞いで報告してくれ」
劉芽衣の表情は安請け合いで無い事を物語っていた。
彼女だけではない。
他の家族もそうだ。
幼顔までが頼もしく見えた。
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「徐州の赤劉家」
後漢王朝成立に多大の功績があり、為に、後漢の祖、光武帝に徐州の領邑と、
赤劉家という異名、そして洛陽に宏大な屋敷を与えられた一族だ。
勿論、後漢の劉家とは遠縁ながらも同族。
ただ、代々の当主を女が継いでいたことから光武帝に、
「赤劉家」という異名が与えられた。
そして建国の際、光武帝に報奨を聞かれると、
「『長江の神樹』が見える地を」と徐州の一角に領邑のみを求め、
身分としては、「政治には関わりたくない」と無位無冠を選んだ。
そんな事から今日まで季節の折々に、
宮殿に献上品を持って、ご機嫌伺いに罷り出るだけで、
宮廷そのものからは一歩も二歩も身を引いていた。
何代にも渡ってその姿勢を貫いている点は信用が置けるが、何か物足りないのも事実。
そういうことから帝は、これまで挨拶を受けても、親しく話した事はなかった。
洛陽に与えられた屋敷には、慣習として、当主の血縁の者が居住し、
王朝の者達と宮殿外で親しく交わっているとか。
「現在もそれは守られているはず」と宋典。
ゆえに、
「その者を後宮に密かに呼び寄せ、于吉の一件の調べを命じたらどうか」
と提案した。
帝は当然の疑問を口にした。
「確かに赤劉家なら信用が置ける。
命を受けてもくれよう。
だが、太平道の内部事情を調べられる人材を抱えているのか。
そもそも、その手の事に慣れているのか。
甚だ心配だ」
宋典がニコリとした。
「赤劉家は代々が方術師の家柄です。
当主になるには女であることと、方術師である事が必要なのだそうです。
その方術ですが、
当主一人で全ての技を修める事は出来ないので、血縁の者達にも修行を求め、
方術のあらゆる技が欠落せぬように、様々な努力、工夫を講じているそうです。
ここ洛陽にいる者も、血縁であれば方術の修行は怠ってはいないでしょう。
もし、その者が力量不足であれば、
それ相応の者を徐州から呼び寄せるように、お命じになれば良いのです」
方術師であれ、呪術師であれ、道士であれ、帝にしたら似たようなモノ。
「方術師であるのなら、道士だった張角が起ち上げた太平道を調べるに際し、
何らかの手蔓があるのでは」と勝手に理解した。
そこで宋典に、
「最優先でその者と密会出来るように手筈を整えてくれ」と命じた。
二日後には宋典から意外な事を聞かされた。
宋典が密かに赤劉家の洛陽屋敷を訪れると、会ってくれたのは当主の娘夫婦だった。
彼女の長男が年頃なので、その婿入り先を選定をする為、
夫婦で洛陽に滞在しているのだそうだ。
ついでに年の離れた次男も連れて来ているとか。
長男の婿入り先探しには、悲しいが頷けた。
家を継ぐ女子がいれば、確かに男の兄弟は不要。
それは十分に分かるのだが、同じ男として・・・。
肝心の帝との密会の話しは、一も二もなく受けてくれた。
ただ、密会ではなく、都合良く赤劉家が于吉とは親しいので、
公式の見舞いの形を取ることになった。
その見舞いは赤劉家から申し出たそうだ。
「それなら」と帝は、「息子二人も同道させよ」と命じた。
「長男、次男の人となりを見て、婿入り先を探してやろう」という気になった。
帝への謁見であれば許可されるまでに時間がかかるし、宮廷の者達の興味をそそり、
有ること無いことを噂される。
しかし、見舞いが理由であったので、宋典の裏からの手回しもあり、直ぐに許可された。
もっとも、後宮に宦官以外の男子が足を踏み入れるのは許されない。
于吉の場合は帝の我が儘ということで許されていた。
今回の赤劉家の場合も、帝の耳に入れ、目こぼしで、宋典が押し切った。
次の日には赤劉家の四人が王宮を訪れ、後宮の于吉の部屋に案内された。
それを知らされた帝は公務を中断し、後宮に足を運んだ。
誰が見ても、見舞いの鉢合わせという形にした。
于吉の部屋に入るや、宋典が、于吉の世話をしていた女官達や、
帝に付き従っていた宦官達を退出させた。
部屋に残ったのは于吉に帝、宋典。そして赤劉家の四人。
帝は、跪いて顔を伏せている赤劉家の四人に声をかけた。
「他には誰もいない。さあ、立ちなさい」
四人は思わぬ言葉に家族で顔を見合わせた。
明らかに宮廷の作法からは外れているので戸惑っていた。
宋典が助け船を出した。
「帝は忙しいのです。言われた通りに従いなさい」
しぶしぶの体で四人が身を起こし、立ち上がった。
宋典が四人を帝に引き合わせた。
華奢な身体の美しい婦人が次期当主の劉芽衣。
とても三人の子持ちには見えない。
隣が夫の韓秀。
洛陽では知られた武門、韓家から望まれて婿養子入りしていた。
二人の後ろに控えているのが、息子達。
いずれも跡取りではないので、立場を忘れぬように夫の名前を継いでいた。
背の高いのが長男の韓寿。
幼顔をしているのが韓厳。
両親の躾の賜物か、二人とも背筋がしっかりと伸び、明るい顔をしていた。
これならどこでも婿入りを歓迎するだろう。
二人の兄弟の間に麗華という娘がいて、次の次の当主となるべく、
徐州の赤劉邑で方術修行に努めているのだそうだ。
帝はさっそく本題に入った。
「要件を手短に言おう。
この于吉を襲った連中の正体を知りたい。
于吉の話しでは、太平道の張角の弟二人が怪しいらしい。
その辺をしっかり調べてくれ」
劉芽衣が視線を于吉に移した。
「確かなのですか、于吉殿。
先ほどまでは、そんな話しは」
「女官達には聞かせられないから黙ってた」
「そうでしたか」と劉芽衣、
視線を帝に戻し、「調べは何時までに」と問う。
「出来るだけ早く。出来るか」
劉芽衣が拱手して、頭を深く下げた。
「あらゆる手を講じます。
それで結果報告は如何します。
公式に謁見しての報告は拙いのでしょう」
帝は苦笑い。
「それまでは于吉にここに留まってもらおう。
次の見舞いで報告してくれ」
劉芽衣の表情は安請け合いで無い事を物語っていた。
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