マリリンの右に麗華、左には関羽が肩を並べていた。
他の姫達も見晴らしの良い所に腰を据えていた。
みんなの視線は下の草地に向けられていた。
丘の上からだと太平道の三人の駆ける様子が手に取るように見えた。
鍛えられているせいか、捕らえられていた疲労は全く見せずに、
瞬く間に遠ざかって行く。
やがて一人が東の小川に足を踏み入れた。
それを確認した関羽がマリリンに聞こえるように呟いた。
「始める刻限だな」
答えは待たない。
足早にその場から離れると、待機している者達の方へ向かった。
マリリンの代わりに関羽が狩りの差配を振るう事になったのだ。
事前に打ち合わせてはいないが、流石に関羽。
現場を見ただけで勘所を押さえてしまった。
森から獣を追い立てる勢子役の者達に指示を下した。
「静かに小川に向かい、流れに沿って森の東側に布陣する。
準備が整い次第、合図を送るので、合図を受けたら一斉に森に攻め込むこと。
慌てる事はない。
声を上げ、獣達を西側に追い出すだけでいい。
けっして無理はするな」
舘から同道した男衆、村の者達、
近隣の村からの加勢の者達が無言で勢い良く立ち上がった。
それぞれが太くて短い棍棒を手にしていた。
木々の幹を叩いて獣達を追い立てるのに使うが、
万一の際、獣が逆上し反撃して来たら、それで殴り倒すのにも用いる。
なかには短槍を持参の者も少数ながらいるので、備えに怠りはない。
勢子役を纏めるのは当然ながら地元の村長。
彼を先頭に千人余が動き出した。
そうこうしている間に川を渡り終えた三人が、その先の森に消えて行く。
マリリンは麗華を見遣った。
すると麗華が無邪気に見返して来た。
彼女の瞳が清々しいほどに生気に満ちていた。
その彼女に言う。
「我々も行きましょう」
麗華は軽く頷き、仲間の姫達に視線を転じた。
「私の代わりに沢山の獲物を捕らえるのよ」
姫達は軽い笑いでそれに応じた。
二人が勢子役の隊列の最後尾に付いて丘を下ると、
どこからともなく青毛の剛が現れ、マリリンの背中を鼻先で突いた。
様子から察するに、「乗れよ」と催促しているらしい。
思わずマリリンは剛が愛おしくなった。
誰もいなければ、太い首筋に抱きついていたことだろう。
それに麗華が水を差す。
「良いわね、馬に慕われて。
私の馬は姿も見せないわ」
麗華は騎乗は巧みだが、方術修行に忙しく、
馬と遊ぶまでの余裕がない事を不満に思っているのだろう。
それが今の言葉になったに違いない。
「試しに乗ってみてもいいのよ」と水を向けた。
「遠慮する、そんな乱暴な馬。
私を怪我させるつもりなの」
麗華が話題を変えた。
「ところでどうするの、あの三人。
見つけ次第、首を切り落とすの」
隊列の最後尾なのだが、前を歩く勢子役の者達が耳を傾けているかも知れない。
用心するに越したことはない。
マリリンは剛の首筋を撫でながら答えた。
「あの三人、返り討ちしようと待ち構えているかしら」
「執念深そうな三人だったから、絶対に待ち構えているわ、きっと」
「そうすれば手間が省けるわね」
この会話を続けると、どこで綻びが出るかも分からない。
マリリンは話しを別方向に向けた。
「方術修行は厳しいの」
麗華は意外そうな顔でマリリンを見詰めた。
「興味有るの。
・・・。
厳しいわよ、それはもう。
出来るのなら、貴男と代わってあげたいわ」
「いや、代わらなくていいから。
それで何が得意なの」
「取り敢えず全部を教えて貰ったわ。
出来るかどうかは別にして、だけど。
今は占星術を囓っているところね」
方術修行の様子を尋ねるマリリンに麗華は嫌な顔一つしない。
丁寧に答えてくれた。
本来、話し好きなのかも知れない。
やがて小川に行き当たった。
前を行く隊列は左へ、川に沿って上流へと向かう。
その先の森から獣を追い出すのが彼等、勢子役の役目。
マリリンと麗華の仕事は、川向こうの森にあった。
森に消えた三人を追わねばならない。
浅い川を渡りながら、剛に言い聞かせた。
「ここで帰りを待ってるのよ、いいわね」と剛の首筋をピタピタと軽く打つ。
傍で聞いていた麗華が小馬鹿にした。
「分かるわけないでしょう。馬なんだから」
ところが麗華に反発するかのように剛の足が浅瀬で止まった。
我関せずとばかりに流れに鼻先をつけた。
そして、そこから離れようとはしない。
麗華が剛を睨み付けながら、マリリンの後をついて来る。
「なんて馬なの。
本当に嫌な馬ね。いつか肉にしてあげるわ」
川から森までは近い。
待ち構えているとすれば、あそこのどこからか、こちらを見ていることだろう。
マリリンは川を渡り終えると麗華に言う。
「これから起こる事は桂英様、醇包様以外には他言無用ですよ」
後ろにいた麗華が肩を並べて来た。
「どういうこと」
「私は、あの三人を逃がそうと思っています」
麗華が前に回り、足を止めてマリリンを見上げた。
「分かるように説明して頂戴」
マリリンは麗華なら口が堅いと見ていた。
単刀直入に言う。
「何時の日か太平道は反乱に追い込まれるでしょう。
その際、この領邑が血祭りに上げられるのを防ぎたいのです」
「それは勘で言ってるのよね」
「ですが、信じてください、私を」
麗華は表情を曇らせた。
「太平道は信徒を増やす一方だと聞いているわ。
まるで軍隊みたいな教団だそうね。
・・・。
続けて」
「太平道の恨みを買う行為は、なるだけ避けるべきだと思うのです。
ですから、あの三人が森を抜け出ていたら問題はありません。
問題は返り討ちしようと待ち構えている時です。
麗華殿、その時は手出しせずに、私に任せてくれませんか」
「向こうは何も知らないのでしょう。
絶対に貴男を殺そうと、襲ってくるわ」
「それは承知です。私が何とかします」
麗華が睨み付けて来た。
「それじぁ私はどうすればいいの。
黙って見ているだけなの、そんなのないわよ」
「万一に備えてください。
私だけでは手に負えないと判断されたら、矢を射ても構いません。
その際、致命傷だけは与えないこと。
貴女なら出来ますよね」
麗華が首を左右に振る。
「無茶よね。
・・・。
もしかすると、この話しはお婆さまやお爺さまには通じているのよね」
「はい。そういう事から私に三人を預けられたのです」
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みんなの視線は下の草地に向けられていた。
丘の上からだと太平道の三人の駆ける様子が手に取るように見えた。
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瞬く間に遠ざかって行く。
やがて一人が東の小川に足を踏み入れた。
それを確認した関羽がマリリンに聞こえるように呟いた。
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答えは待たない。
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マリリンの代わりに関羽が狩りの差配を振るう事になったのだ。
事前に打ち合わせてはいないが、流石に関羽。
現場を見ただけで勘所を押さえてしまった。
森から獣を追い立てる勢子役の者達に指示を下した。
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準備が整い次第、合図を送るので、合図を受けたら一斉に森に攻め込むこと。
慌てる事はない。
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近隣の村からの加勢の者達が無言で勢い良く立ち上がった。
それぞれが太くて短い棍棒を手にしていた。
木々の幹を叩いて獣達を追い立てるのに使うが、
万一の際、獣が逆上し反撃して来たら、それで殴り倒すのにも用いる。
なかには短槍を持参の者も少数ながらいるので、備えに怠りはない。
勢子役を纏めるのは当然ながら地元の村長。
彼を先頭に千人余が動き出した。
そうこうしている間に川を渡り終えた三人が、その先の森に消えて行く。
マリリンは麗華を見遣った。
すると麗華が無邪気に見返して来た。
彼女の瞳が清々しいほどに生気に満ちていた。
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「我々も行きましょう」
麗華は軽く頷き、仲間の姫達に視線を転じた。
「私の代わりに沢山の獲物を捕らえるのよ」
姫達は軽い笑いでそれに応じた。
二人が勢子役の隊列の最後尾に付いて丘を下ると、
どこからともなく青毛の剛が現れ、マリリンの背中を鼻先で突いた。
様子から察するに、「乗れよ」と催促しているらしい。
思わずマリリンは剛が愛おしくなった。
誰もいなければ、太い首筋に抱きついていたことだろう。
それに麗華が水を差す。
「良いわね、馬に慕われて。
私の馬は姿も見せないわ」
麗華は騎乗は巧みだが、方術修行に忙しく、
馬と遊ぶまでの余裕がない事を不満に思っているのだろう。
それが今の言葉になったに違いない。
「試しに乗ってみてもいいのよ」と水を向けた。
「遠慮する、そんな乱暴な馬。
私を怪我させるつもりなの」
麗華が話題を変えた。
「ところでどうするの、あの三人。
見つけ次第、首を切り落とすの」
隊列の最後尾なのだが、前を歩く勢子役の者達が耳を傾けているかも知れない。
用心するに越したことはない。
マリリンは剛の首筋を撫でながら答えた。
「あの三人、返り討ちしようと待ち構えているかしら」
「執念深そうな三人だったから、絶対に待ち構えているわ、きっと」
「そうすれば手間が省けるわね」
この会話を続けると、どこで綻びが出るかも分からない。
マリリンは話しを別方向に向けた。
「方術修行は厳しいの」
麗華は意外そうな顔でマリリンを見詰めた。
「興味有るの。
・・・。
厳しいわよ、それはもう。
出来るのなら、貴男と代わってあげたいわ」
「いや、代わらなくていいから。
それで何が得意なの」
「取り敢えず全部を教えて貰ったわ。
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方術修行の様子を尋ねるマリリンに麗華は嫌な顔一つしない。
丁寧に答えてくれた。
本来、話し好きなのかも知れない。
やがて小川に行き当たった。
前を行く隊列は左へ、川に沿って上流へと向かう。
その先の森から獣を追い出すのが彼等、勢子役の役目。
マリリンと麗華の仕事は、川向こうの森にあった。
森に消えた三人を追わねばならない。
浅い川を渡りながら、剛に言い聞かせた。
「ここで帰りを待ってるのよ、いいわね」と剛の首筋をピタピタと軽く打つ。
傍で聞いていた麗華が小馬鹿にした。
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我関せずとばかりに流れに鼻先をつけた。
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麗華が剛を睨み付けながら、マリリンの後をついて来る。
「なんて馬なの。
本当に嫌な馬ね。いつか肉にしてあげるわ」
川から森までは近い。
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マリリンは川を渡り終えると麗華に言う。
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後ろにいた麗華が肩を並べて来た。
「どういうこと」
「私は、あの三人を逃がそうと思っています」
麗華が前に回り、足を止めてマリリンを見上げた。
「分かるように説明して頂戴」
マリリンは麗華なら口が堅いと見ていた。
単刀直入に言う。
「何時の日か太平道は反乱に追い込まれるでしょう。
その際、この領邑が血祭りに上げられるのを防ぎたいのです」
「それは勘で言ってるのよね」
「ですが、信じてください、私を」
麗華は表情を曇らせた。
「太平道は信徒を増やす一方だと聞いているわ。
まるで軍隊みたいな教団だそうね。
・・・。
続けて」
「太平道の恨みを買う行為は、なるだけ避けるべきだと思うのです。
ですから、あの三人が森を抜け出ていたら問題はありません。
問題は返り討ちしようと待ち構えている時です。
麗華殿、その時は手出しせずに、私に任せてくれませんか」
「向こうは何も知らないのでしょう。
絶対に貴男を殺そうと、襲ってくるわ」
「それは承知です。私が何とかします」
麗華が睨み付けて来た。
「それじぁ私はどうすればいいの。
黙って見ているだけなの、そんなのないわよ」
「万一に備えてください。
私だけでは手に負えないと判断されたら、矢を射ても構いません。
その際、致命傷だけは与えないこと。
貴女なら出来ますよね」
麗華が首を左右に振る。
「無茶よね。
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