ブルーノが長考しているとベティが優しく言う。
「何を躊躇われているのですか。
もしかして管領殿が恐いのですか。
遠慮はいりませんよ。貴方様が主なんですから」
管領職というものは本来は国王が未成年の場合に設けられ、
国王が成人に達するまで補佐するのを役目とした。
そんな臨時の職務であったのが、いつの頃からか正規となり、
評定衆と肩を並べる権威を得るようになっていた。
現在、管領職にあるのはボルビン佐々木侯爵。
幼少期のブルーノの守り役であった関係から、
今以て全く頭が上がらない。
「一に和を以て貴しとなす、そう教えられた」
「それは昔の話しです。礼節があった頃のお伽噺です。
今は時代が違うのです。
上も下も隙あらば、と付け狙う当今には相応しくありません」
「お前は強いな。
・・・。
お前の守り役の顔が見てみたい」
ベティが鼻を鳴らした。
「ふっ、貧乏貴族の家の守り役ですよ。
嫡男ならまだしも、・・・。
メイドが兼任でしたわ」
「そうか、メイドか。羨ましい」心底からそう思っている様子。
「羨ましいのですか、驚きましたわ」
「ボルビン佐々木卿は堅苦しい。それに、むさ苦しい」
ベティが口を大きく開けて笑う。
ひとしきり笑ったあと、ブルーノを正視した。
「今はボルビン様が貴方様を守ってくれています。
でも残念な事にボルビン様は高齢です。先が短いのです」
「うむ、それで・・・」
「これからは内緒話ですよ、良いですね」
「分かった」
ベティは周囲を見回してから口を開いた。
「失礼な言い様ですけど、
今の貴方様の側近の方々は口は達者ですけど、
残念な方々ばかりです。
分かっていますわよね」
「ああ、残念な者ばかりだ。
信用できる者は二人か、三人・・・」
「そこでバート斉藤伯爵の登用です。
かの者は未だ色に染まっておりませぬ。
呼び寄せては如何ですか」
「斉藤卿も高齢だった筈だが・・・」
「うっふ、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ですわ」
「将を・・・、もしかすると斉藤卿は・・・馬扱い・・・か。
それで将・・・誰か・・・、そうか、ゴーレムか」
「そうですわ。
土の魔法でゴーレムを操れる者自体は珍しくはありません。
でも、土のゴーレムだけでなく、岩のゴーレムもですよ。
今時、岩のゴーレムを操る、と言う話しは聞いた事がありませんわ。
それも一体や二体ではなく、十体を越えたのですよ」
「レオン織田男爵か」
「そうです。
尾張のフレデリー織田伯爵家の長男に生まれましたけど、
諸事情から嫡男ではないそうです。
男爵位を買い与えられ、後継候補からも外されています。
それをどう見込んだのか、娘婿にしたのがバート斉藤卿です。
最愛の娘を嫁がせ、自分の息子達よりも可愛がっているそうです」
「斉藤卿を餌にして織田男爵を手繰り寄せろ、ということか」
ベティが悪戯するように目を輝かせた。
「織田男爵は私達と同世代。
都合が良いではありませんか」
ブルーノは頷きながら、空を見上げた。
「面識がない。
上手く飼い慣らせるかな」
「織田男爵が面倒臭い性格なら、間に取り次ぎ役を挟めば宜しいかと」
二月になった。
二月一日。
今日は待ちに待った入学式。
俺はカールと一緒に幼年学校に向かった。
学校に近付くにつれ、人が多くなり混雑してきた。
その多くは同じ方向に向かっていた。
入学する子供より付き添いの方が多いようで、
あちこちから、取り止めのない会話が聞こえて来た。
「ハンカチ持ったの」
「持ってるよ」
「合格通知は」
「それはお母さんだろう」
途中で箱馬車も合流して来た。
それも一両や二両ではない。
何両も何両も。
貴族や商人とかの富裕層の子弟を乗せているのだろう。
強引に人波に割り込むのが、さも当然であるかのように、
速度を落とさずに突っ込んで行く。
その度に罵声が飛び交う。
「馬鹿野郎、危ねえじゃねえか」
「この野郎、轢き殺すつもりか」
「馬車に乗ってるからと言って、偉そうにしてるんじゃないわよ」
箱馬車は止まらない。
入学式にその門前で諍いを起こしては拙いとばかり、
罵声を無視して、門を潜って行く。
カールが俺に言う。
「門を入れば身分は問われない。
王族だろうが、貧民だろうが、同じ生徒だ」
「王族の子を殴っても問題にならないの」
「殴る前提か・・・。
ダンはそういう性格じゃないだろう」
「たとえばだよ。
馬車の走り方を見ていると、
それに似た子供に育っているんじゃないか、と心配してるんだ」
前世のペットの散歩を思いだした。
電柱に立ちションするペットがいるが、
それは飼い主の真似をしている、と聞いた。
たぶん、そうなんだろう。
「馬車の走らせ方は馭者の性格。
・・・。
殴る殴らないは難しい問題だな。
王族や貴族の従者が別棟の控え室で待機している。
彼等がそれを聞いてどう思うか」
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。
「何を躊躇われているのですか。
もしかして管領殿が恐いのですか。
遠慮はいりませんよ。貴方様が主なんですから」
管領職というものは本来は国王が未成年の場合に設けられ、
国王が成人に達するまで補佐するのを役目とした。
そんな臨時の職務であったのが、いつの頃からか正規となり、
評定衆と肩を並べる権威を得るようになっていた。
現在、管領職にあるのはボルビン佐々木侯爵。
幼少期のブルーノの守り役であった関係から、
今以て全く頭が上がらない。
「一に和を以て貴しとなす、そう教えられた」
「それは昔の話しです。礼節があった頃のお伽噺です。
今は時代が違うのです。
上も下も隙あらば、と付け狙う当今には相応しくありません」
「お前は強いな。
・・・。
お前の守り役の顔が見てみたい」
ベティが鼻を鳴らした。
「ふっ、貧乏貴族の家の守り役ですよ。
嫡男ならまだしも、・・・。
メイドが兼任でしたわ」
「そうか、メイドか。羨ましい」心底からそう思っている様子。
「羨ましいのですか、驚きましたわ」
「ボルビン佐々木卿は堅苦しい。それに、むさ苦しい」
ベティが口を大きく開けて笑う。
ひとしきり笑ったあと、ブルーノを正視した。
「今はボルビン様が貴方様を守ってくれています。
でも残念な事にボルビン様は高齢です。先が短いのです」
「うむ、それで・・・」
「これからは内緒話ですよ、良いですね」
「分かった」
ベティは周囲を見回してから口を開いた。
「失礼な言い様ですけど、
今の貴方様の側近の方々は口は達者ですけど、
残念な方々ばかりです。
分かっていますわよね」
「ああ、残念な者ばかりだ。
信用できる者は二人か、三人・・・」
「そこでバート斉藤伯爵の登用です。
かの者は未だ色に染まっておりませぬ。
呼び寄せては如何ですか」
「斉藤卿も高齢だった筈だが・・・」
「うっふ、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ですわ」
「将を・・・、もしかすると斉藤卿は・・・馬扱い・・・か。
それで将・・・誰か・・・、そうか、ゴーレムか」
「そうですわ。
土の魔法でゴーレムを操れる者自体は珍しくはありません。
でも、土のゴーレムだけでなく、岩のゴーレムもですよ。
今時、岩のゴーレムを操る、と言う話しは聞いた事がありませんわ。
それも一体や二体ではなく、十体を越えたのですよ」
「レオン織田男爵か」
「そうです。
尾張のフレデリー織田伯爵家の長男に生まれましたけど、
諸事情から嫡男ではないそうです。
男爵位を買い与えられ、後継候補からも外されています。
それをどう見込んだのか、娘婿にしたのがバート斉藤卿です。
最愛の娘を嫁がせ、自分の息子達よりも可愛がっているそうです」
「斉藤卿を餌にして織田男爵を手繰り寄せろ、ということか」
ベティが悪戯するように目を輝かせた。
「織田男爵は私達と同世代。
都合が良いではありませんか」
ブルーノは頷きながら、空を見上げた。
「面識がない。
上手く飼い慣らせるかな」
「織田男爵が面倒臭い性格なら、間に取り次ぎ役を挟めば宜しいかと」
二月になった。
二月一日。
今日は待ちに待った入学式。
俺はカールと一緒に幼年学校に向かった。
学校に近付くにつれ、人が多くなり混雑してきた。
その多くは同じ方向に向かっていた。
入学する子供より付き添いの方が多いようで、
あちこちから、取り止めのない会話が聞こえて来た。
「ハンカチ持ったの」
「持ってるよ」
「合格通知は」
「それはお母さんだろう」
途中で箱馬車も合流して来た。
それも一両や二両ではない。
何両も何両も。
貴族や商人とかの富裕層の子弟を乗せているのだろう。
強引に人波に割り込むのが、さも当然であるかのように、
速度を落とさずに突っ込んで行く。
その度に罵声が飛び交う。
「馬鹿野郎、危ねえじゃねえか」
「この野郎、轢き殺すつもりか」
「馬車に乗ってるからと言って、偉そうにしてるんじゃないわよ」
箱馬車は止まらない。
入学式にその門前で諍いを起こしては拙いとばかり、
罵声を無視して、門を潜って行く。
カールが俺に言う。
「門を入れば身分は問われない。
王族だろうが、貧民だろうが、同じ生徒だ」
「王族の子を殴っても問題にならないの」
「殴る前提か・・・。
ダンはそういう性格じゃないだろう」
「たとえばだよ。
馬車の走り方を見ていると、
それに似た子供に育っているんじゃないか、と心配してるんだ」
前世のペットの散歩を思いだした。
電柱に立ちションするペットがいるが、
それは飼い主の真似をしている、と聞いた。
たぶん、そうなんだろう。
「馬車の走らせ方は馭者の性格。
・・・。
殴る殴らないは難しい問題だな。
王族や貴族の従者が別棟の控え室で待機している。
彼等がそれを聞いてどう思うか」
★
ランキングの入り口です。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)
★
触れる必要はありません。
ただの飾りです。