田獲家の家宰は動揺しても、そこは年の功。
腕を組み、上を仰ぎ見て、表情を読まれぬようにした。
しばらくして落ち着いたのか、顔を戻し、みんなを見回した。
「呂布殿や田澪様は当然として、他の方々は」
野次馬達を指した。
「無関係の庶民は追い出せ」とでも言いたいのだろう。
その表情に、「家の恥を晒したくない」という色がありあり。
命令されるより先に家来四人が動いた。
家宰の意を汲み、野次馬を追い出そうと。
その前に呂布が馬を進め、立ち塞がった。
「腕尽くなら俺が相手しよう」と四人を見下ろした。
見下ろされた四人は、その迫力に腰砕け。
怯んで引き下がった。
家宰が抗議した。
「ここは我らの屋敷。騎乗のままでは無礼であろう」
呂布は家宰を睨み付けた。
「今は貸した金の取り立てが先。
みんなも見ている。さあ、返事は」
家宰は苦々しい思いを表にした。
「何とかして家の体面を保ちたい」と。
形相を変えて呂布を睨み返すが、言葉は放たない。
門内の騒ぎが知れ渡ったのだろう。
屋敷内にいた家来達が新手として次々と現れた。
何れもが、防具は身に着けないまでも、
戦をするかのように棍か槍の何れかを手にしていた。
その数を合わせると、屋敷の者達は家宰を入れて二十三人。
増えたのは野次馬達も同様。
騒ぎを知り、付近を歩いていた者達が次々と門を潜って来た。
こちらは五十人近い人数。
新手の家来の一人が家宰に何事か耳打ちした。
それを受けて、家宰が呂布と田澪に告げた。
「当家の主人は外出しております。
主人に御用でしたら、また別の日に」
家来の数が増えたのが力になったらしい。
言葉遣いが再び慇懃無礼な口調に戻っていた。
呂布は家宰の言葉に嘘を感じた。
おそらく、耳打ちした家来は主人の指示に従っているのだろう。
主人の田獲がどこからか盗み見ているに違いない。
呂布は下馬し、田澪に小声で伝えた。
「怪我すると拙いから馬車に戻って」
下馬しても、騎乗していた時と変わらぬ呂布の偉丈夫振りに、
見守っていた野次馬達から歓声が上がった。
大人も子供も関係なく大喜び。
何を期待しているのか、異様な空気が辺りを支配した。
田澪の理解は早い。
何も異は唱えず、そそくさと馬車に戻った。
彼女が伴っていた二騎が馬車の傍に馬を寄せた。
二騎の表情に、次に何かが起こることを期待している節があった。
呂布は近くにいた野次馬の一人に手綱を、「持ってろ」と渡し、
それから家宰に視線を向けた。
「留守か居留守かは知らんが、家捜しさせてもらう」
呂布は家宰に断る暇を与えない。
言葉が終わるより一瞬早く足を踏み出した。
家来達のど真ん中を突っ切るつもりでいた。
家宰は身の危険を感じてか、声にならぬ声を上げながら後退った。
家来の誰かが声を上げた。
「止めろ、止めろ」と。
母屋の玄関に向かう呂布に棍が二本、三本と振り下ろされた。
呂布に油断はない。
最初の一本を巧みに躱しつ、二人目の懐に飛び込み、棍を鷲掴みし、蹴倒して奪った。
迎え撃つ側の家来達は必死。
矢継ぎ早に、数で嵩に懸かって襲って来た。
周りが敵だらけにも関わらず、呂布は冷静。
慌てることなく、滑らかな動きを見せた。
受けて、流して、隙を見つけては、奪った棍を振るう。
五人を打ち据える妙技。
呂布の桁違いの強さに家来達の間に動揺が走った。
互いに顔を見合わせ、相手に攻撃を譲った。
呂布の足は止まらない。
真っ直ぐに玄関へと向かう。
行く手にいる者は、たとえ攻撃を躊躇っている者でも容赦しない。
相手が槍でも怯まない。
棍で次々と打ち据えて行く。
残った者達が悲鳴を上げて、呂布に道を譲る。
家宰が背後から、「誰か、止めろ。その者を殺せ」と、あらん限りの声で怒鳴るが、
すでに勝負はついていた。
呂布と距離を置くのみで、誰も従わない。
腕に自信はあっても、油断は怠らない。
慎重に、かつ素早く玄関に踏み込む。
伏兵は置いてなかった。
人影すらない。
それでも呂布は五感を研ぎ澄ませた。
奥の方で騒々しい足音が聞こえた。
幾人もが駆け回っているような騒ぎだ。
声も聞こえた。
泣き叫ぶ声あり、怒鳴り散らす声あり。
おそらく使用人達が、表の騒ぎを知り、逃げ惑っているのだろう。
と、背後から声。
「もし、旦那」と呂布に話しかけてきた。
振り返ると、見るからに庶民の形をした男がいた。
涼しい顔で呂布に視線を合わせてきた。
武器は持っていない。
隠し持っている風でもない。
野次馬の一人に違いない。
「どうした」と呂布。
「ここの主人の顔をご存じですか」
「知らぬが、二、三人引っぱたけば分かるだろう」
「こらまた乱暴ですな。
手前が知ってます。この屋敷の造りも。
ご案内します」と、呂布の返事も聞かず、勝手に先に立った。
腕を組み、上を仰ぎ見て、表情を読まれぬようにした。
しばらくして落ち着いたのか、顔を戻し、みんなを見回した。
「呂布殿や田澪様は当然として、他の方々は」
野次馬達を指した。
「無関係の庶民は追い出せ」とでも言いたいのだろう。
その表情に、「家の恥を晒したくない」という色がありあり。
命令されるより先に家来四人が動いた。
家宰の意を汲み、野次馬を追い出そうと。
その前に呂布が馬を進め、立ち塞がった。
「腕尽くなら俺が相手しよう」と四人を見下ろした。
見下ろされた四人は、その迫力に腰砕け。
怯んで引き下がった。
家宰が抗議した。
「ここは我らの屋敷。騎乗のままでは無礼であろう」
呂布は家宰を睨み付けた。
「今は貸した金の取り立てが先。
みんなも見ている。さあ、返事は」
家宰は苦々しい思いを表にした。
「何とかして家の体面を保ちたい」と。
形相を変えて呂布を睨み返すが、言葉は放たない。
門内の騒ぎが知れ渡ったのだろう。
屋敷内にいた家来達が新手として次々と現れた。
何れもが、防具は身に着けないまでも、
戦をするかのように棍か槍の何れかを手にしていた。
その数を合わせると、屋敷の者達は家宰を入れて二十三人。
増えたのは野次馬達も同様。
騒ぎを知り、付近を歩いていた者達が次々と門を潜って来た。
こちらは五十人近い人数。
新手の家来の一人が家宰に何事か耳打ちした。
それを受けて、家宰が呂布と田澪に告げた。
「当家の主人は外出しております。
主人に御用でしたら、また別の日に」
家来の数が増えたのが力になったらしい。
言葉遣いが再び慇懃無礼な口調に戻っていた。
呂布は家宰の言葉に嘘を感じた。
おそらく、耳打ちした家来は主人の指示に従っているのだろう。
主人の田獲がどこからか盗み見ているに違いない。
呂布は下馬し、田澪に小声で伝えた。
「怪我すると拙いから馬車に戻って」
下馬しても、騎乗していた時と変わらぬ呂布の偉丈夫振りに、
見守っていた野次馬達から歓声が上がった。
大人も子供も関係なく大喜び。
何を期待しているのか、異様な空気が辺りを支配した。
田澪の理解は早い。
何も異は唱えず、そそくさと馬車に戻った。
彼女が伴っていた二騎が馬車の傍に馬を寄せた。
二騎の表情に、次に何かが起こることを期待している節があった。
呂布は近くにいた野次馬の一人に手綱を、「持ってろ」と渡し、
それから家宰に視線を向けた。
「留守か居留守かは知らんが、家捜しさせてもらう」
呂布は家宰に断る暇を与えない。
言葉が終わるより一瞬早く足を踏み出した。
家来達のど真ん中を突っ切るつもりでいた。
家宰は身の危険を感じてか、声にならぬ声を上げながら後退った。
家来の誰かが声を上げた。
「止めろ、止めろ」と。
母屋の玄関に向かう呂布に棍が二本、三本と振り下ろされた。
呂布に油断はない。
最初の一本を巧みに躱しつ、二人目の懐に飛び込み、棍を鷲掴みし、蹴倒して奪った。
迎え撃つ側の家来達は必死。
矢継ぎ早に、数で嵩に懸かって襲って来た。
周りが敵だらけにも関わらず、呂布は冷静。
慌てることなく、滑らかな動きを見せた。
受けて、流して、隙を見つけては、奪った棍を振るう。
五人を打ち据える妙技。
呂布の桁違いの強さに家来達の間に動揺が走った。
互いに顔を見合わせ、相手に攻撃を譲った。
呂布の足は止まらない。
真っ直ぐに玄関へと向かう。
行く手にいる者は、たとえ攻撃を躊躇っている者でも容赦しない。
相手が槍でも怯まない。
棍で次々と打ち据えて行く。
残った者達が悲鳴を上げて、呂布に道を譲る。
家宰が背後から、「誰か、止めろ。その者を殺せ」と、あらん限りの声で怒鳴るが、
すでに勝負はついていた。
呂布と距離を置くのみで、誰も従わない。
腕に自信はあっても、油断は怠らない。
慎重に、かつ素早く玄関に踏み込む。
伏兵は置いてなかった。
人影すらない。
それでも呂布は五感を研ぎ澄ませた。
奥の方で騒々しい足音が聞こえた。
幾人もが駆け回っているような騒ぎだ。
声も聞こえた。
泣き叫ぶ声あり、怒鳴り散らす声あり。
おそらく使用人達が、表の騒ぎを知り、逃げ惑っているのだろう。
と、背後から声。
「もし、旦那」と呂布に話しかけてきた。
振り返ると、見るからに庶民の形をした男がいた。
涼しい顔で呂布に視線を合わせてきた。
武器は持っていない。
隠し持っている風でもない。
野次馬の一人に違いない。
「どうした」と呂布。
「ここの主人の顔をご存じですか」
「知らぬが、二、三人引っぱたけば分かるだろう」
「こらまた乱暴ですな。
手前が知ってます。この屋敷の造りも。
ご案内します」と、呂布の返事も聞かず、勝手に先に立った。