最前まで組み合っていた者達は、大名とか足軽とかの身分差を乗り越え、
互いの傷を手当をしながら、酒を酌み交わしていた。
比べて見物人達は、酒の配分で揉め、小競り合いを始めた。
商人が僧侶を殴りつけ、遊び人が公家を押し倒した。
風に煽られた野火の如く、喧嘩の燎原に火が点いた。
誰彼の見境なく殴りかかり、あるいは投げ飛ばした。
それを豪姫は呆れ顔で見ていた。
「どうしてこうなるのかしら。向こうが治まったと思ったら、今度はこちら」
傍らで秀家が笑う。
「いいのだ。連中も喧嘩する切っ掛けが欲しかったのだろう」
「血が騒ぐ、というのですか」
「そうだ。男は馬鹿な生き物だからな」
そこへ赤ら顔の政宗がやって来た。
「ご両所、酒を有り難く頂いております」
と、照れ笑い。
豪姫が会釈して、心配顔で問う。
「政宗殿、お怪我はございませんか」
「なんの、これしき」
笑い返し、二人を鬼斬りの刺さった岩へ案内した。
岩自体はさほど大きくは無い。
人の背丈ほどで、上に人の五・六人も乗れば一杯の広さだ。
梯子がかけられ、豪姫を先頭に秀家と政宗の三人が上がった。
鬼斬りは刀身部分の半分程が岩に隠れていた。
手を伸ばそうとした豪姫を秀家が押し止めた。
「待ちなさい。順番がある。まずは先陣切られた政宗殿からだ」
はっとして豪姫の手が止まった。
「そうでした。ごめんなさいね」
「いやいや・・・」
政宗の方が恐縮し「秀家殿は固いな」と呟いた。
それでも秀家に「政宗殿」とさらに勧められては、政宗も否は無い。
「それでは手前の前に、目を瞠る活躍であった御仁に先陣を切っていただこう」
政宗は周囲をじっと見渡した。
すぐに鳥居元忠は見つかった。
組み合っていた大きな足軽と笑いながら酒を酌み交わしていた。
二人とも邪気の無い顔をしているではないか。
その傍に従者が不満気な顔で控えていた。
気付いた足軽が従者の肩を抱き寄せ、酒を強引に飲ませる。
鳥居は手を打って大喜び。
政宗が大きな声で鳥居を呼んだ。
「一番手柄は鳥居元忠殿。さあ、こちらへ」
鳥居は首を捻りながら立ち上がった。
「手前でよろしいのか」
「いかにも。ささあ、この鬼斬りを抜いていただこう」
その誘いに鳥居は破顔した。
「それは、願ってもない」
鳥居から始まって、主だった者達が鬼斬りに挑むが、誰一人とて抜けない。
最後に政宗と秀家も挑むが、これとて何の手応えも無かった。
鳥居の推挙であの大きな足軽も出て来たが、ビクともしない。
思案に倦ねた秀家は、無二斎を手招きした。
「お主も試してみよ」
無二斎は岩に上がると、じっと鬼斬りを見た。
豪姫等三人が岩に上がってから、辺りに怪しげな気配が漂い始めていた。
微かな物なので、歴戦の武将達も違和感を感じなかったのだろう。
それでも無二斎だけは気付き、万一に備えていた。
どうやら、この鬼斬りが怪しげな気配の元らしい。
生き物でもあるかのように呼吸しているのが感じ取れる。
秀家が催促した。
「遠慮はいらぬ」
無二斎は方術の手解きを初歩ではあるが、少し受けていた。
山篭りした折に意気投合した方術師から教わったのだ。
「これだけを覚えておれば充分じゃ。
方術の奥は深いが、大切なのは基本じゅからのう。
それは剣の道も同じであろう。
基本さえ押さえておれば、道に迷うことはない。
たいていの者は基本を疎かにし、小難しく考えて、自分から道に迷うがのう」
あの言葉には衝撃を覚えた。
どうということもない言葉だが、当時は剣の道に迷っていたからだ。
あれからというもの、愚にもつかぬ小手先の技は捨てた。
ただひたすら、初手の一撃を磨くことに専念した。
無二斎は岩にあがる前に、気を溢れんばかりに溜め、
いつでも岩を一閃できる心構えでいた。
真言を唱えながら刀印で鬼斬り周辺の空気を斬った。
すると、思わぬ衝撃を受けた。
風も吹かぬのに、強烈な冷たい風が一陣の矢となって手の甲を襲う。
並みの者の手では打ち抜かれていた筈。
鬼斬りからの反撃に違いない。
たじろぐ無二斎に秀家が不審げな顔をした。
「どうかしたのか」
「この鬼斬りに嫌われたようです」
「・・・」
「どうやら力で抜くのでなさそうです」
「それはどういう事だ」
皆の目が無二斎に注がれた。
「鬼斬りが相手を選ぶようです」
「それでは・・・まるで鬼斬りが生きているような話し振りではないか」
「はい、そのとおりです。生きております」
秀家は無二斎と鬼斬りを見比べ、大きく頷いた。
「お主ほどの者が申すからには、そうなのであろうな」
聞いていた豪姫がつかつかと前に出た。
「それでは私も試してみましょう。女は嫌いかしら」
言うより早く手は伸びていた。
嫋やかな手で長い柄の中ほどを、何気に掴んだ。
と、豪姫の顔色が変わった。
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昨日から正月休みに入りました。
風もようやく冷たくなり、そこそこに正月気分。
景気まで冷えているので、あまり嬉しい正月ではないですけどね。
とりあえず読書で過ごす予定です。
互いの傷を手当をしながら、酒を酌み交わしていた。
比べて見物人達は、酒の配分で揉め、小競り合いを始めた。
商人が僧侶を殴りつけ、遊び人が公家を押し倒した。
風に煽られた野火の如く、喧嘩の燎原に火が点いた。
誰彼の見境なく殴りかかり、あるいは投げ飛ばした。
それを豪姫は呆れ顔で見ていた。
「どうしてこうなるのかしら。向こうが治まったと思ったら、今度はこちら」
傍らで秀家が笑う。
「いいのだ。連中も喧嘩する切っ掛けが欲しかったのだろう」
「血が騒ぐ、というのですか」
「そうだ。男は馬鹿な生き物だからな」
そこへ赤ら顔の政宗がやって来た。
「ご両所、酒を有り難く頂いております」
と、照れ笑い。
豪姫が会釈して、心配顔で問う。
「政宗殿、お怪我はございませんか」
「なんの、これしき」
笑い返し、二人を鬼斬りの刺さった岩へ案内した。
岩自体はさほど大きくは無い。
人の背丈ほどで、上に人の五・六人も乗れば一杯の広さだ。
梯子がかけられ、豪姫を先頭に秀家と政宗の三人が上がった。
鬼斬りは刀身部分の半分程が岩に隠れていた。
手を伸ばそうとした豪姫を秀家が押し止めた。
「待ちなさい。順番がある。まずは先陣切られた政宗殿からだ」
はっとして豪姫の手が止まった。
「そうでした。ごめんなさいね」
「いやいや・・・」
政宗の方が恐縮し「秀家殿は固いな」と呟いた。
それでも秀家に「政宗殿」とさらに勧められては、政宗も否は無い。
「それでは手前の前に、目を瞠る活躍であった御仁に先陣を切っていただこう」
政宗は周囲をじっと見渡した。
すぐに鳥居元忠は見つかった。
組み合っていた大きな足軽と笑いながら酒を酌み交わしていた。
二人とも邪気の無い顔をしているではないか。
その傍に従者が不満気な顔で控えていた。
気付いた足軽が従者の肩を抱き寄せ、酒を強引に飲ませる。
鳥居は手を打って大喜び。
政宗が大きな声で鳥居を呼んだ。
「一番手柄は鳥居元忠殿。さあ、こちらへ」
鳥居は首を捻りながら立ち上がった。
「手前でよろしいのか」
「いかにも。ささあ、この鬼斬りを抜いていただこう」
その誘いに鳥居は破顔した。
「それは、願ってもない」
鳥居から始まって、主だった者達が鬼斬りに挑むが、誰一人とて抜けない。
最後に政宗と秀家も挑むが、これとて何の手応えも無かった。
鳥居の推挙であの大きな足軽も出て来たが、ビクともしない。
思案に倦ねた秀家は、無二斎を手招きした。
「お主も試してみよ」
無二斎は岩に上がると、じっと鬼斬りを見た。
豪姫等三人が岩に上がってから、辺りに怪しげな気配が漂い始めていた。
微かな物なので、歴戦の武将達も違和感を感じなかったのだろう。
それでも無二斎だけは気付き、万一に備えていた。
どうやら、この鬼斬りが怪しげな気配の元らしい。
生き物でもあるかのように呼吸しているのが感じ取れる。
秀家が催促した。
「遠慮はいらぬ」
無二斎は方術の手解きを初歩ではあるが、少し受けていた。
山篭りした折に意気投合した方術師から教わったのだ。
「これだけを覚えておれば充分じゃ。
方術の奥は深いが、大切なのは基本じゅからのう。
それは剣の道も同じであろう。
基本さえ押さえておれば、道に迷うことはない。
たいていの者は基本を疎かにし、小難しく考えて、自分から道に迷うがのう」
あの言葉には衝撃を覚えた。
どうということもない言葉だが、当時は剣の道に迷っていたからだ。
あれからというもの、愚にもつかぬ小手先の技は捨てた。
ただひたすら、初手の一撃を磨くことに専念した。
無二斎は岩にあがる前に、気を溢れんばかりに溜め、
いつでも岩を一閃できる心構えでいた。
真言を唱えながら刀印で鬼斬り周辺の空気を斬った。
すると、思わぬ衝撃を受けた。
風も吹かぬのに、強烈な冷たい風が一陣の矢となって手の甲を襲う。
並みの者の手では打ち抜かれていた筈。
鬼斬りからの反撃に違いない。
たじろぐ無二斎に秀家が不審げな顔をした。
「どうかしたのか」
「この鬼斬りに嫌われたようです」
「・・・」
「どうやら力で抜くのでなさそうです」
「それはどういう事だ」
皆の目が無二斎に注がれた。
「鬼斬りが相手を選ぶようです」
「それでは・・・まるで鬼斬りが生きているような話し振りではないか」
「はい、そのとおりです。生きております」
秀家は無二斎と鬼斬りを見比べ、大きく頷いた。
「お主ほどの者が申すからには、そうなのであろうな」
聞いていた豪姫がつかつかと前に出た。
「それでは私も試してみましょう。女は嫌いかしら」
言うより早く手は伸びていた。
嫋やかな手で長い柄の中ほどを、何気に掴んだ。
と、豪姫の顔色が変わった。
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昨日から正月休みに入りました。
風もようやく冷たくなり、そこそこに正月気分。
景気まで冷えているので、あまり嬉しい正月ではないですけどね。
とりあえず読書で過ごす予定です。