金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(白拍子)86

2008-12-28 09:27:44 | Weblog
 最前まで組み合っていた者達は、大名とか足軽とかの身分差を乗り越え、
互いの傷を手当をしながら、酒を酌み交わしていた。
 比べて見物人達は、酒の配分で揉め、小競り合いを始めた。
商人が僧侶を殴りつけ、遊び人が公家を押し倒した。
風に煽られた野火の如く、喧嘩の燎原に火が点いた。
誰彼の見境なく殴りかかり、あるいは投げ飛ばした。
 それを豪姫は呆れ顔で見ていた。
「どうしてこうなるのかしら。向こうが治まったと思ったら、今度はこちら」
 傍らで秀家が笑う。
「いいのだ。連中も喧嘩する切っ掛けが欲しかったのだろう」
「血が騒ぐ、というのですか」
「そうだ。男は馬鹿な生き物だからな」
 そこへ赤ら顔の政宗がやって来た。
「ご両所、酒を有り難く頂いております」
 と、照れ笑い。
 豪姫が会釈して、心配顔で問う。
「政宗殿、お怪我はございませんか」
「なんの、これしき」
 笑い返し、二人を鬼斬りの刺さった岩へ案内した。
 
 岩自体はさほど大きくは無い。
人の背丈ほどで、上に人の五・六人も乗れば一杯の広さだ。
 梯子がかけられ、豪姫を先頭に秀家と政宗の三人が上がった。
鬼斬りは刀身部分の半分程が岩に隠れていた。
 手を伸ばそうとした豪姫を秀家が押し止めた。
「待ちなさい。順番がある。まずは先陣切られた政宗殿からだ」
 はっとして豪姫の手が止まった。
「そうでした。ごめんなさいね」
「いやいや・・・」
 政宗の方が恐縮し「秀家殿は固いな」と呟いた。
それでも秀家に「政宗殿」とさらに勧められては、政宗も否は無い。
「それでは手前の前に、目を瞠る活躍であった御仁に先陣を切っていただこう」
 政宗は周囲をじっと見渡した。
 すぐに鳥居元忠は見つかった。
組み合っていた大きな足軽と笑いながら酒を酌み交わしていた。
二人とも邪気の無い顔をしているではないか。
 その傍に従者が不満気な顔で控えていた。
気付いた足軽が従者の肩を抱き寄せ、酒を強引に飲ませる。
鳥居は手を打って大喜び。
 政宗が大きな声で鳥居を呼んだ。
「一番手柄は鳥居元忠殿。さあ、こちらへ」
 鳥居は首を捻りながら立ち上がった。
「手前でよろしいのか」
「いかにも。ささあ、この鬼斬りを抜いていただこう」
 その誘いに鳥居は破顔した。
「それは、願ってもない」
 
 鳥居から始まって、主だった者達が鬼斬りに挑むが、誰一人とて抜けない。
最後に政宗と秀家も挑むが、これとて何の手応えも無かった。
鳥居の推挙であの大きな足軽も出て来たが、ビクともしない。
 思案に倦ねた秀家は、無二斎を手招きした。
「お主も試してみよ」

 無二斎は岩に上がると、じっと鬼斬りを見た。
 豪姫等三人が岩に上がってから、辺りに怪しげな気配が漂い始めていた。
微かな物なので、歴戦の武将達も違和感を感じなかったのだろう。
それでも無二斎だけは気付き、万一に備えていた。
 どうやら、この鬼斬りが怪しげな気配の元らしい。
生き物でもあるかのように呼吸しているのが感じ取れる。
 秀家が催促した。
「遠慮はいらぬ」
 無二斎は方術の手解きを初歩ではあるが、少し受けていた。
山篭りした折に意気投合した方術師から教わったのだ。
「これだけを覚えておれば充分じゃ。
方術の奥は深いが、大切なのは基本じゅからのう。
それは剣の道も同じであろう。
基本さえ押さえておれば、道に迷うことはない。
たいていの者は基本を疎かにし、小難しく考えて、自分から道に迷うがのう」
 あの言葉には衝撃を覚えた。
どうということもない言葉だが、当時は剣の道に迷っていたからだ。
あれからというもの、愚にもつかぬ小手先の技は捨てた。
ただひたすら、初手の一撃を磨くことに専念した。
 無二斎は岩にあがる前に、気を溢れんばかりに溜め、
いつでも岩を一閃できる心構えでいた。
 真言を唱えながら刀印で鬼斬り周辺の空気を斬った。
すると、思わぬ衝撃を受けた。
風も吹かぬのに、強烈な冷たい風が一陣の矢となって手の甲を襲う。
並みの者の手では打ち抜かれていた筈。
鬼斬りからの反撃に違いない。
 たじろぐ無二斎に秀家が不審げな顔をした。
「どうかしたのか」
「この鬼斬りに嫌われたようです」
「・・・」
「どうやら力で抜くのでなさそうです」
「それはどういう事だ」
 皆の目が無二斎に注がれた。
「鬼斬りが相手を選ぶようです」
「それでは・・・まるで鬼斬りが生きているような話し振りではないか」
「はい、そのとおりです。生きております」
 秀家は無二斎と鬼斬りを見比べ、大きく頷いた。
「お主ほどの者が申すからには、そうなのであろうな」
 聞いていた豪姫がつかつかと前に出た。
「それでは私も試してみましょう。女は嫌いかしら」
 言うより早く手は伸びていた。
嫋やかな手で長い柄の中ほどを、何気に掴んだ。
 と、豪姫の顔色が変わった。




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昨日から正月休みに入りました。
風もようやく冷たくなり、そこそこに正月気分。
景気まで冷えているので、あまり嬉しい正月ではないですけどね。
とりあえず読書で過ごす予定です。

金色の涙(白拍子)85

2008-12-25 21:35:25 | Weblog
 大名達の混成軍が隊列を組み、所司代側の防御陣に素手で突入した。
受けて立つ所司代側も素手だ。
数度の衝突を繰り返し、ようやく防御陣が崩れた。
攻撃側と防御側の隊列が入り乱れ、統制を失う。
それからは個々で組み合う乱戦となった。
 その争いに加わろうとする豪姫を、無二斎が必死で止めた。
「お方様、お止めください。何とぞ、何とぞ」
 水を注された豪姫の顔色が変わった。
「何を申すの、そなたらしくも無い」
「ここでお方様が入られたら仲裁人を失います」
 その意外な言葉に、豪姫が目を白黒させた。
「仲裁人・・・」
「いかにも。周りを見渡してご覧ください。他におりますか」
 豪姫は素直に周りを見回した。
「たしかに・・・そうね」
 秀家が無二斎に鋭い目を向けた。
「政宗殿は我等の道を開けるために戦っておられる」
「あの方は大義名分が欲しかっただけのこと」
 虚を衝かれた顔の秀家。
「それは・・・、お主も口が悪いな」
 豪姫がきつい声で割って入った。
「回国修行の成果は口なのね」
 無二斎はニッコリ笑って返した。
「いかにも。刀を抜かずに口で相手を制する、それに越したことはございません」
 豪姫は秀家と顔を合わせて苦笑い。
「どのようにして仲裁いたすのじゃ」
「ここへ来る途中に酒蔵がございました」
 豪姫はちょっと考えた。
「んっ・・・、少し手前にあったわね。それが」
 秀家がニコニコ顔で頷いた。
「酒とはいいところに目をつけた」
 秀家は供廻りの頭を呼び寄せ耳打ちした。
実父の謀略の血と秀吉の薫陶を受けていて、頭の回転は速い。

 政宗は組み付いてきた足軽を投げ飛ばした。
「手応えの無い奴。もちっと強いのはおらぬか」
 すると正面に顎鬚の濃い足軽が立ち塞がった。
「俺が相手だ」
 むんずと政宗の襟首を摑まえ、強引に投げを打つ。
 政宗は寸前で踏み止まり、返した。
しかし相手も腕力がある。簡単には投げさせてくれない。
 その二人の間に白髪頭の武士が投げ飛ばされてきた。
素早く武士の従者らしき者が駆け寄り、助け起こした。
「旦那様、大丈夫だか」
 白髪頭は返事代わりに口から折れた歯を吐き出した。
 それを見た従者が、主人を投げ飛ばした足軽を睨みつけた。
なんとも大きな足軽だ。まるで岩だ。
この争いの渦中にいる者達の中では、一番の大男ではなかろうか。
従者は力では敵わぬと見たのか、腰の刀に手を伸ばした。
 白髪頭が従者の頭を引っ叩き、怒鳴りつけた。
「人が楽しんでいるのに邪魔するのか」
 従者を押し退け、岩のような足軽に飛びかかった。
腰を低く落とし、肩から当たる。
「こなくそっ」
 勢いに押されたのか、相手が一歩後退した。
 政宗に組み付いている足軽が、その様子を見て尋ねた。
「あの方、歳のわりに威勢がいいな。名前は」
「知らぬのか。徳川家の鳥居元忠殿だ」
「おお、あの方が鳥居様か」
 鳥居元忠は逸話の多い武将である。
そして、徳川家康のもっとも信頼の厚い武将でもある。
幼き頃より家康の側にいて、家康が織田家へ売られた時も、駿河へ送られた時も、
片時も側から離れなかったのだ。
 政宗は相手の注意が逸れたのを見て、脚を払い、投げ飛ばした。
 背中から落ちた相手は、腰を押さえながら立ち上がった。
その顔は怒りの色に染まっていた。
「卑怯な」
 と政宗を睨みつけた。
 我が意を得たとばかりに、政宗が笑った。
「ハッハッハッ・・・、油断大敵」
 その懐に相手が突進して来た。
政宗はガシッと受け止めた。

 秀家が豪姫を手招きした。
「準備は万端整った。あとはお豪に任せるよ」
「私で良いのですか」
「良いのだ。お豪の方が角が立たない」
 豪姫は神妙な顔で首を縦に振った。
「大役ですね」
 と。そして表情を一変させた。
「でも嬉しい」
 明るい笑顔で、秀家が呼び寄せた者達に視線を転じた。
何れも武士ではないが、物怖じしない顔の者達ばかり。
 豪姫が指揮を執った。
「行くわよ」
 二つの隊から「おー」と鬨の声が上がった。
 豪姫が一隊に命じた。
「鉄砲隊、前へ」
 秀家が近くの村から呼び寄せた猟師五人が前に出た。
手早く弾込めして、空に向けて構えた。
「放て」
 一斉に銃口が火を噴く。
五発の銃声が、喧嘩の喧騒を吹き飛ばし、争う男達の動きを止めた。
全ての視線が痛いくらいに、豪姫に集まった。
 豪姫は効果を見定めるとニコリと笑い、大きな声で叫んだ。
「傷の手当をいたす。酒で傷口を洗うように。余ったら飲んで構わぬ」
 と。その声を合図に残り一隊が動いた。
 人夫達が掛け声と共に、七台の荷車を前進させた。
それには酒蔵から取り寄せた大小様々な酒樽が積まれていた。
四台が喧嘩の場へ、三台が見物人達へ向けられた。




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金色の涙(白拍子)84

2008-12-21 09:57:38 | Weblog
 伊達政宗一行の者達は鎧兜でこそないが、いずれもが戦支度。
弓槍は勿論、鉄砲を担いでいる者もいた。
派手な色彩の身拵えが祭りを思わせるが、緊張感を秘めていた。
 政宗は見物人を意識して退くに退けなかった。
皆の期待が背中にヒタヒタと押し寄せて来るのだ。
 足軽達では埒が明かないので、その後ろの上役に声を掛けた。
「あの岩から鬼斬りを抜けば、殿下もお喜びになられる」
 しかし上役は聞こえぬふり。
伊達家は豊臣政権の一部からは嫌われていた。
「惣無事令を無視」「小田原攻め遅参」そして「葛西大崎一揆の扇動疑惑」と、
疑わしき事が多いからだ。
 「惣無事令」とは豊臣政権が全国に発令した「私戦の禁止」であった。
これを政宗は無視し、豊臣膝下の蘆名氏・二階堂氏を攻め滅ぼし、
奥州にて二百万石近い領土を得たのだ。
 さらに「小田原攻め」においては、武田信玄・上杉謙信も攻め倦んだ小田原城が、
百姓上がりの秀吉に攻め落とせるとは思えなかった。
為に、豊臣家からの参戦の催促に言質を与えず、密かに小田原北条氏と誼を通じ、
奥州を統一しようと図った。
奥州を統一し、小田原と連携して豊臣軍を撃退する心積もりであった。
 政宗が目指したのは南北朝時代の北畠顕家。
奥州の騎馬軍団を率い、途中で立ちはだかる足利尊氏軍を撃破し、
九州まで追い落とした公家武将である。
その為に伊達家の騎馬軍団は調練されていた。
 しかし、秀吉の圧倒的な動員力を聞くや、態度が一変。
ただちに小田原城攻めに駆けつけた。
が、時遅し。戦の持ち場は与えられなかった。
そして遅参を咎められ大半の領土を削られた。
 今回の政宗の上洛は「葛西大崎一揆の扇動疑惑」が原因であった。
一揆軍への武器供与や、一揆軍に伊達家中の者がいる、とかの噂が流れ、
「葛西と大崎の両氏を背後から扇動しているのは伊達家」と見られた。
それが秀吉の耳に入り、一揆鎮圧後ただちに呼び出されたのだ。
 家康等大名の見守る前で詰問されたが、それでも何とか乗り切った。
ただ、奥州にて戦い取った領土はさらに削られ、今や五十八万石。
 そこで政宗は京に滞在を続け、秀吉の機嫌を取り結ぶのに躍起であった。
下手に帰国して再び疑われる愚を避けたのだ。
連日、京の町中を騒がせ、派手好みの秀吉の耳に届くようにと策動していた。
 鬼斬りの刺さった岩は格好の見せ場であった。
大名や公家達もお忍びで見物に来ていたので、確実に秀吉の耳に届く。
そこで強引に群集を押し退け、最前列に出て、見張りの者達と交渉を始めたのだ。
 皆が政宗に注目しているのが分かるだけに、いまさら退けない。
政宗を後押しするかのように、群集から見張りの者達に罵声が飛び交う。
 それでも見張りの者達は所司代の権力を示す為に、頑として譲らない。
政宗を警戒して、休んでいた見張りの者達までが出てきた。
権力と数の力で退かせようというのだ。
 
 政宗は背後の空気が変化するのを感じた。
振り返ると、群集が左右二つに割れ、騎乗の一隊に道を開けた。
先頭の二頭に乗っているのは見知った顔。
 機を見るに敏な政宗は、駆け寄った。
「これは秀家殿、そして豪姫様」
 前田利家が小田原の一件以来なにかと親しくしてくれるので、
その縁で宇喜多家にも出入りしていた。
二人とは歳が近いせいか話が合うのだ。
 秀家が軽く会釈した。
「やはり政宗殿でしたか。声が遠くまで届いておりました」
 豪姫が秀家を見た。
「ねえ、私の申した通りでしたでしょう」
「ほんとにお豪は耳が良い」
「耳だけですか」
 と豪姫は秀家を軽く睨み、政宗に目を向けた。
「この度はとんだことでしたね」
 領地削減の事だ。
「いいえ、身から出た錆びです」
「でも案ずる事はありませんよ。あれは公の裁き」
「・・・」
「私人としての殿下は、貴方を心配しています。身を滅ぼさねばよいが、と」
 秀家が付け足した。
「そのうちに風向きも変わります」
 いつも優しい二人に政宗は心から頭を下げた。
「心配ばかりかけて、済まぬ」
「頭は上げてください。豪放磊落が売りでしょう」
「そうであった」
 と政宗は苦笑い。二人に尋ねた。
「しかし夫婦で鬼斬り見物かね」
 秀家は素直に頷いた。
「そうです。ですが、入れぬ様ですね」
 豪姫も首を傾げた。
「困りましたわね」
 この二人は権力の使い方に不器用なのだ。
そうと見た政宗はドンと胸を叩いた。
「某にお任せあれ」
 踵を返して、見張りの者達の元に引き返した。
「宇喜多秀家様と豪姫様が鬼斬りを見たいと仰せじゃ。直ちに此処を開けい」
 これには見張りの者達も所司代の権力を振り翳せない。
秀吉の猶子・宇喜多秀家と、同じく養女の豪姫が相手なのだ。
間の悪いことに、軽い仕事との考えから、機転の利く者を頭に据えていなかった。
 もたつく見張りの者達を政宗が叱り付けた。
「なにをしておる」
 そして周りの見物衆に紛れている大名達に呼びかけた。
「方々、秀家様と豪姫様の先払いと参りましょう」
 竹矢来を囲む群衆から一斉に鬨の声が上がった。
「おー」
 大名達はお忍びであるため供廻りは少なかったが、好奇心と売名から、
政宗の下に一隊に纏まった。
まるでお祭り前の喧騒。
 政宗が叫んだ。
「方々、ここでの刃物沙汰は厳禁ぞ」
 一同は「おー」と答え、素手で見張りの者達に突進した。
 こうなれば見張りの者達も武士の端くれ。
理由はどうあれ退くわけにはいかない。素手で迎え撃った。
 それを群集がヤンヤの喝采。
お祭りが始まった。拳が突き出され、脚が、身体が、宙を舞う。
そして血と汗と、怒号が飛び交った。 




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もう書くので必死。
最近では、直前でないと手が動きません。
枯れてきたのではありません。
材料が有り過ぎて、纏め切れないのです。
なるべく簡素を心掛けてはいるのですが・・・。
それに時代考証も・・・。
油濃くなったら御免なさい。

金色の涙(白拍子)83

2008-12-18 22:31:38 | Weblog
 秀家は無二斎の言葉に首を傾げた。
「すると、祇園藤次が酒断ちすれば、お主より強くなるということだな。
お主はそれで良いのか。自分より強い者がいても」
 無二斎は邪気の無い顔で微笑む。
「自分より強い相手と立ち合いたいのです」
 秀家は目を大きく見開いた。
そして大きく頷いた。
「あい分かった。それがお主の道なのだな」
「いかにも」
「話しはここまでだ。無二斎、供をせよ」
 秀家は返事も聞かずに、表へ向かった。
 
 屋敷表の玄関に数頭の馬が廻してあった。
秀家が遠乗りするらしく、供揃えの者達が控えていた。
手前に美少年が立ち、秀家達を笑顔で迎えた。
 ようく見れば、男装の豪姫ではないか。
秀家の正室にして、秀吉の養女。実父は前田利家。
豊臣政権において、女性ながら特異な存在で、武将達にも一目置かれていた。
 可憐な豪姫が男装すると凛々しく見える。
無二斎も彼女に幾度か召しだされた。
その度に、回国修行の話しをせがまれるのだ。
なかなか聞き上手な姫君であった。
 秀家にとっては豪姫の存在が意外であったらしい。
目を丸くした。
「お豪、北政所様の所ではなかったのか」
 北政所は秀吉の正室であり、豪姫にとっては養母でもある。
勿論、秀家も北政所には可愛がられた。
その人に泊まりに呼ばれていたのだ。
三泊四日の予定で、昨夜が初日であった。
「北政所様は急用ができて、大阪にお戻りになったわ」
「何かあったのか」
「ちょっとね」
 豪姫としては、供の者達の手前、口にはし難いようだ。
どうやら秀吉と口論し、怒って大阪へ帰ったらしい。
その手の噂話は幾度となく耳にしていた。
仲が悪いわけではない。
秀吉が何かを仕出かし、北政所を怒らせるのだ。
時として激しい口論になるが、最後は秀吉が詫びて終わる。
老夫婦の遊びのような喧嘩なので、周囲の者達もあえて口は差し挟まない。
「そうか。で、その格好は」
「お分かりのくせに」
 と、豪姫はサッと馬に飛び乗った。
そして駆け出した。
 秀家も馬に飛び乗り、後を追った。
その顔は嬉しそうに微笑んでいた。
 無二斎達は慌てて、それぞれの馬に跨った。

 豪姫は町中の人出を気遣い、馬足を緩めた。
すぐに秀家が馬を並べた。
「お豪、神妙ではないか」
「人出がありますからね」
「少しは大人になったようだね」
 豪姫が悪戯っぽい目をした。
「少しだけかしら」
 無二斎達も追いつき、後に続いた。
 秀家が無二斎を振り返った。
「鬼斬りの長巻の話を覚えているか」
「はい。白拍子が前田慶次郎殿から奪い、岩に突き刺した長巻ですね」
 長巻とは、長い太刀に長い柄をつけた刀剣であった。
使い手しだいだが、馬をもただの一刀で両断できるそうだ。
「これからそれを見に参る」
 無二斎も京を離れる前に見るつもりでいたので好都合であった。
 鞍馬の麓に近付くにしたがい、人出が増えてきた。
皆が同じ方向へ向かっていた。
町人のみならず、公家から坊主、そして浮浪者と思しき者達までが。
勿論、武士達も多くいた。
どうやら、同じ目的であるらしい。

 鬼斬りの刺さった岩は、所司代の者達がその周りを竹矢来で大きく囲み、
誰一人近寄らせないように見張っていた。
 長身の青年武将が、出入り口に立つ足軽に食って掛かった。
「入れろ」「入れない」と遣り合う。
 派手な装いと、右目の眼帯から、奥州の伊達政宗と知れた。
供廻りの者達も主人好みの身拵えをしていた。




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金色の涙(白拍子)82

2008-12-14 09:52:51 | Weblog
 新免無二斎は藤次と別れると、京での定宿としている商家に向かった。
新免一族の縁者の店で、地縁・血縁で宇喜多家に深く食い込んでいた。
主に扱っているのは米と塩。
最近は廻船にも手を広げようとしていた。
 店の主人は無二斎が立ち寄ると喜んで歓待してくれた。
回国修行の話しが好きなのだ。
その夜は語り明かす羽目になった。
 翌朝、無二斎は宇喜多家の京屋敷に出向いた。
上司に回国修行の報告をせねばならぬのだ。
 無二斎が訪ねたのは「馬廻り番頭」の一人、花房良明。
宇喜多家の重臣・花房の一族で、無二斎の剣の弟子でもあった。
 馬廻りとは、戦場で主君の身辺を、馬に騎乗して固める旗本の事だ。
 屋敷の取次ぎの者が無二斎を、奥の庭に案内した。
 嫌な予感に駆られ無二斎は尋ねた。
「ここに花房殿が」
「奥の庭で待たせるように、との指示で、某は詳しい事は聞かされてない」
 取次ぎの者が去ると、入れ替わるように現れたのは宇喜多秀家。
思ったとおりだ。
 武骨そうな花房良明を従え、軽い足取りで近付いて来た。
もうじき二十歳、全身から若さが溢れ出ていた。
好奇心一杯の目をしていた。
 無二斎は落ち着いた動作で主君を迎えた。
幾度か召しだされた事があり、性格は掴んでいた。
気の好い若者で、聡明でもある。
人を信じ過ぎるのが玉に瑕だ。
世上の噂では、嗣子のいない秀吉の後継候補の一人だとか。
 父親は毛利元就と比肩する謀将・宇喜多直家。
備前の浦上宗景に仕えて勢力を伸ばした武将で、暗殺と謀略で伸し上がり、
ついには備中で独立を果たした。
 ある時は毛利と、又ある時は反毛利と結び、支配地域を拡大していった。
為に、その行動は周囲に理解されず、悪人の一人にも数えられていた。
 そんな彼の前に立ちはだかったのが織田信長の中国地方攻略軍。
指揮官は秀吉であった。
希代の謀将も織田軍の勢いには勝てなかった。
なにしろ秀吉の傍には天才軍師・竹中半兵衛がいたのだ。
 ついには織田家に従うこととなった。
織田軍の道案内兼先鋒として、山陽道を転戦し、毛利側を押し返した。
そして天正九年、戦場の負傷が元で死亡した。
 十歳に満たずして父・直家を失った秀家は、秀吉の庇護を受ける事になった。
実子のいない秀吉にとっては我が子同然。大事に守り育てられた。
元服するや、秀吉から「秀」の一字を与えられ、猶子として扱われた。
さらに、最愛の養女・豪姫を正室として貰い受け、豊臣一門衆に名を連ねた。
そういう縁から、秀吉政権下の有力武将達にも可愛がられ、今日がある。
 秀家に従っている花房良明が、すまなそうな目を無二斎に向けてきた。
無二斎が堅苦しい場が嫌いなのを知っているのだ。
 どうやら、秀家がそうと察してここを対面の場に選んだらしい。
「無二斎、ここなら誰に気兼ねがいらぬぞ」
「はい、気遣い、有難うございます」
 秀家が無邪気を笑みを浮かべた。
「上に立つ者は大変なのだ。このように気配りせねばならぬ」
「はい、申しわけございません」
「ハッハッハッ・・・、鐘捲自斎とやらには会えたのか」
 越前の剣術・富田流の高弟で、北陸隋一の剣術家と評判の者だ。
今回の回国修行は彼に会う為に北陸道を下った。
「会えました」
「して、立ち合ったのか」
 事前に花房から聞いていたらしい。
問題は、秀家はどこに興味があるのか・・・。
「はい」
「相変わらず口が堅いな。で、どうなった」
「睨み合いで終わりました」
「睨み合い・・・」
「そうです。互いに構えたものの、攻め口が見つけられず・・・」
 昼過ぎから立合い、夕暮れまで互いに足場を変え、隙を窺った。
だが、見つけられるのは誘いの隙ばかり。
それは無二斎も同じであった。
互いに「後の先」ないしは「先の先」を狙っていた。
結局、一合も交える事無く終わった。
「ほう、噂どおりに手強い者であったか」
「はい。手前は未だに未熟者と知りました」
「お主が我が家来であることが嬉しい」
 と、大きく頷き、声を微かに変えた。
「ときに、昨日は所司代の者と争ったそうだな」
 無二斎は相手の目を見て答えた。
「はい」
「弁解はせぬのか」
「はい、いたしません」
「犬の、いや、狐の為とか」
 やはり、昨日の尾行者は宇喜多家の忍びであったのだ。
偶然、通りがかったのであろう。
 周りの気配を探るが、昨日の忍者の気配は感じ取れない。
「はい」
「それで、祇園藤次なる放蕩者と東国へ下るのか」
「はい。殿はあの者をご存知でしたか」
「祇園で何度か見かけたことがある。いつも酔っているがな」
 秀家の目には酔っている場面しか映っていないらしい。
「あの者、覚醒いたしますれば、私とて敵いますまい」
「んー、さほどの者か」
「はい。酔って歩く姿は全身隙だらけですが、とても斬り込めません」
 と、無二斎の言葉が熱くなってゆく。
「たぶん、天性の太刀捌き。己も知らぬうちに斬り返すでしょう。
手前とて、返り討ち。良くて相打ち。
ですが、このままでは、その天性の腕も腐ってゆくだけ。
あの者が魔物会いたさに東国へ下りたいと言うので、付き添って、
酒を止めさせようかと思います」




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書くにしたがい、色んな物が溢れてきます。
歴史物を書きたい。
武将物を書きたい。
剣術物も書きたい。
欲望の海で、海路を間違えそうになります。
でも、これはあくまでもファンタジーです。たぶん・・・。

金色の涙(白拍子)81

2008-12-11 22:27:06 | Weblog
 新免無二斎は背後に微かな気配を感じた。
いつの間にか尾行されていたらしい。
相手は一人。
殺気とは違う、しごく穏やかなものを発していた。
その者は間を空けて尾行してきた。
どうやらあの喜蔵なる所司代の忍者とは違うらしい。
 「祇園藤次」こと吉岡藤次が、無二斎と子犬二匹を案内したのは、
細い路地の奥にある小さな寺。
 住職は高齢のわりに元気で、愛想が良い。
「久しぶりやないか。よう来た」
「和尚さんも元気そうで、なによりや」
「お蔭さんで」
「こん人と内緒話がしたい。部屋を貸してくれんか」
 昔からの知り合いだそうで、庫裏に案内し、酒まで運んできてくれた。
住職は二匹の子犬に目をとめ、首を捻った。
「こんところ、鞍馬に狐狸が集まってるっちゅう話しやが、これもそうか」
「そうや、和尚さんは目が利くな」
「そらそうや、無駄に長生きはしとらん」
 藤次は二匹に狐に戻るように勧めた。
続けて二匹の前の盃に、さり気なく酒を注いだ。
 その様子を肴に、無二斎は手酌で飲み始めた。
藤次の狙いがミエミエなのだ。
引っかかるわけがないと思いきや、二匹は狐に戻り、盃に手を伸ばした。
どうやら酒に目がないようで、一ッ気に飲み干し、お代わりをした。
何とも無邪気なものだ。
 住職は面白そうに腰を下ろした。
「わしも入れてくれんか」
 無二斎は返事代わりに、藤次の盃を住職に渡して酌をした。
苦笑いする藤次に無二斎は釘を刺した。
「お主は昨夜飲んだろう。少しは酒を休め」
 藤次は諦めたように溜息をついた。
「うちとこの親父とおんなしや」
 気を取り直し、二匹に酒を勧めながら、巧みに話しを聞き出していく。
 背の高い方が「ちん平」で、低い方は「まん作」だそうだ。
ちん平は酒に夢中なので、大方はまん作が答えた。
と言っても、詳細を知っているわけではない。
なにしろ二匹は狐の階級では末席に近いので、全容に通じてはいないのだ。
「又聞きだが」と断って、まん作は話を進めた。
 紅葉ヶ原の洞窟「鬼の口」の由来から始まった。
そして藤次から聞いた話を裏付けた。
箕濱寺と鷺琥樂寺の二つの寺の宝物に纏わる話だ。
鬼達や、河本重四朗率いる一隊・・・。
さらに鬼ヶ島の話しや、銀鬼に加え白拍子の出現。
これらの魔物と戦った慶次郎達・・・。
 長い話となったが、三人の人間は酒を飲む手を止め、身動ぎせずに聞き入った。
まん作も話し好きなのか、語りに専念した。
気にせずに飲んでいるのはちん平のみ。
涼しい顔で、手酌で飲んでいた。
 まん作は話し終えると、満足気に皆を見回し、盃に手を伸ばした。
住職がまん作に酌をした。
 無二斎はまん作が一口飲むのを待ってから、尋ねた。
「その方術師とやらは、真っ直ぐ忍犬のいた屋敷へ向かったのか」
「んー、そう言われると・・・」
「忍犬が姿を現す前に、その方術師に怪しい気配は」
「どうだったかな」
 と、まん作は相棒のちん平を見た。
「一瞬だが、強い気を感じた」
 真っ赤な顔で答えると、ちん平はそのまま仰向けに倒れた。
鼾をかきはじめた。
「たぶん、方術師はその屋敷に忍犬がいることを知って、
お主達二匹を近くまで誘い込んだのだろう」
 無二斎は方術師に関しては詳しかった。
剣の修行で山篭りした折に、回峰修行の方術師と知り合い、
法力の手解きを受けたからだ。
 まん作が頷いた。
「そうか、法力で忍犬を俺達に嗾けたのか」
「たぶん、そうなんだろうな」
 藤次が無二斎に酌をした。
「どうどすか、新免殿」
「何が」
 正面から無二斎の顔を覗いた。
「魔物達と戦いたくはおませんか」
「んっ、お主・・・立ち合いは嫌いだった筈だが」
「魔物とやらを見たいだけどす」
「その白拍子は本当に東国に向かっているのか」
「話しからすると、そうらしいですな」
「旅したことはあるのか」
「あいにく、おませんね」
「道場と祇園を往復するだけの毎日か」
「そうどす。退屈な毎日で嫌んなります」
 無二斎は、隣の部屋に忍び込んでいる者にも聞こえるように、はっきり答えた。
「よかろう。ただし出立は、宇喜多の屋敷に顔出ししてからだ」
 藤次はにんまり笑い、まん作に目を移した。
「そういうわけや。一緒に行こか」
「俺達もか」
「そやがな。それとも尾行に失敗した、と、仲間ん所に戻んのか」
「それは・・・」




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金色の涙(白拍子)80

2008-12-07 09:22:50 | Weblog
 老婆・於福は包囲された事に気付いた。
相手は四人。
どうやら昨夜の尼僧や侍は来ていないようで、一対一なら楽な相手ばかり。
 次第に彼等が荒々しい殺気を発するようになってきた。
味方を呼び寄せに走る者がいない。
自分達四人で奇襲すると決したのだろう。
慎重に四方から小屋に忍び寄る気配。
 於福は赤ん坊をそっと抱き上げた。
彼女の考えを読んだかのように、赤ん坊が微かに頷いた。
戦い方は、人数をいかに捌くかの問題だけだ。
 奇襲しようとした四人の機先を制し、正面から飛び出した。
驚く相手の胸元に火球を放ち、一発で倒した。
 残った三人が火術で反撃してきたが、威力はたいしたものではなかった。
彼等に一撃で人を葬る火術は操れないらしい。
 火術が当たった木の幹には、小さな焼け焦げた跡。
その程度なのだ。
ただ火傷を負いたくないので、三人の連携には手を焼いた。
 「顔は女の命」と呟きながら、於福は火術を次々と躱して行く。
それを胸元の赤ん坊が「とうに枯れてるよ」と嘲笑う。
 三人は包囲陣形を維持し、火術の間合いから於福を逃さない。
執拗に、かつ相打ちせぬように攻撃してきた。
 於福は赤ん坊を抱えながらの戦いであった。
赤ん坊に被害が及ばぬよう慎重に、敵の火術を躱した。
 手間を喰ったものの、二人目を倒した。
残りは樂だった。
二人で於福を追い込めるわけもなく、一瞬で場の空気が変わった。
逃げ腰になったところを次々と血祭りに上げた。
 於福と赤ん坊はここから離れず、新たな追っ手を待ち構える事にした。
敵を減らす絶好の機会である。
そこにようやく現れたのが、孔雀達四人であった。
 気配を巧みに消して潜む二人に誰も気付かなかった。
仲間の死に衝撃を受けて、それどころでは無いのだろう。
 於福は当面の敵としては梃子摺るであろう孔雀の隙を窺った。
思ったように彼女一人は油断を見せない。
しかし、仲間の死体を見分するうちに、注意が散漫になってゆく。
 於福の火球の痕跡で足を止めた。
威力を推し量るかのように、じっと見入った。
 こちらに背中を向けている今が狙う機会。いきなり火球を放った。
躱せない筈だ。

 孔雀は背後に殺気を感じ、振り向いた。
火球がこちらに向かってきた。次第に大きくなる。
とっさの事に身動きが取れない。迂闊としか言いようが無い。
 と、傍にいた体格のよい僧が孔雀を庇うように、前に飛び出した。
そして仁王立ちになって火球に立ち塞がった。
 方術師としては孔雀の足下にも及ばないが、行動力だけは頭抜けていた。
いずれ、方術師としてではなく僧として、鎌倉を背負う男と期待されていた。
 
 僧は真言を大声で唱えながら、火球を腹部で受け止めた。
凄まじい衝撃が全身を走る。
思わず二・三歩後退する。
それでも火球を逸らさない。
不思議な事に、痛みを感じない。
腹部を見ると、大きな穴が開いていた。
 火球が破裂し、火炎となって僧を押し包んだ。
僧は紅蓮の炎を感じ取りつつも、真言を唱えるのは忘れていない。
大きな声が森に木霊した。
 それはほんの一瞬の出来事であった。

 唖然とした孔雀だが、次の瞬間には仲間を助けようと動いた。
それを仲間二人が押し留めた。
抵抗する孔雀を、力尽くで近くの大樹の陰に引き込む。
次の火球を恐れたのだ。
「助けなくちゃ」と怒鳴る孔雀に、一人が怒鳴り返した。
「落ち着け、落ち着くんだ」
「あいつを助けなくちゃ」
 孔雀の身体を幹に押し付け、頬を引っ叩いた。
「もう手遅れだ、落ち着け」
 孔雀の両目から大粒の涙が零れ落ちる。
「でも・・・」
「あいつを無駄死ににしたいのか」
 孔雀の全身から力が抜け落ちた。
その場に崩れ落ちるように、腰を落とした。
 別の一人は敵の気配を探っていた。
「向こうの木陰に隠れている」

 木陰から於福は燃え上がる僧を見ていた。
立ったまま大の字になって、炎に包まれていた。
真言を唱える声も途絶えているが、仲間を守る気概だけは残っていた。
 於福は二発目を放とうとした気が萎えた。
「行こう」と赤ん坊が於福に囁く。
 於福は頷き、火球を三人が隠れてる大樹に放った。
僧に放ったのと同じ大きさの火球だ。
幹が大きく裂け、火炎が幹を押し包む。
そして倒れ始めた。
 隠れていた三人が大樹の陰から飛び出した。
必死で遠ざかって行く。
 轟音と同時にドーンと大樹が倒れた。
古木や藪を下敷きにして、周辺に埃を撒き散らした。
その隙に於福も赤ん坊を抱えて逃げた。


 


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 ようやく冬らしくなって来ました。
朝夕ともに通勤時が寒く、難儀しています。
 昨日、近くの林を散歩しました。
木々に残った葉、地に落ちた葉。そこは紅葉のトンネル。
木枯らしが落ち葉を舞い上げると、まるで幽玄の世界。
周囲の空間が葉襖、その隙間から覗く陽光・・・。
淡い黄色一色の世界でした。

金色の涙(白拍子)79

2008-12-04 22:14:03 | Weblog
 松平広重が代官部屋で寛いでいると、赤い顔をした神子上信一郎が、
いつもの生真面目な表情で入って来た。
その後ろに神子上典膳が従っていた。こちらは酔っているのか足下が怪しい。
 神子上が神妙な顔で広重を見た。
「ご無礼いたします」
「おう、酒は美味かったか」
「いいえ、酒は夜に限ります」
「確かにな。それで、どうであった」
 広重が知りたいのは、江ノ島方向へ去った老婆と赤ん坊の行方であった。
「稲村ヶ崎を過ぎ、七里ヶ浜から陸へ上がったようです」
「姿を見た者は」
「おりません。しかし、それらしき気配が残っていたとか」
 多分、尼僧・孔雀が感じ取ったのであろう。
あの女であれば、万に一つの間違いもない筈だ。
「すると、そこからは、鎌倉山か」
「はい。その気配を頼りに追っております」
「人手は足りるのか」
「風間の者達の手を借りるとか」
「風間・・・あの風魔の事か」
「そうです」
 滅びた小田原・後北条氏に使えた忍者一族「風魔」の本姓が風間だ。
かつて箱根の主であった彼等も、秀吉の小田原攻めの前に大半の者達を失い、
その勢い衰え、何処かに姿を消してしまった。
 秀吉より関東への国替えを命じられた徳川は、関東の事情に通じた者達として、
風魔を取り込もうと探したのだが、消息は何一つ掴めなかった。
「孔雀は風魔の者か」
「なにやら繋がりがあるようです」
「どのような」
「そこまでは連中も聞かされてないようです」
「すると、孔雀の素性は分からぬか」
「聞き出せたのは、洸泉寺で修行した、という事だけです」
「洸泉寺で修行か」
 富士山麓にある回峰修行の寺で、その名は「洸泉道場」として知られていた。
ことに方術に関しては定評があり、輩出した人材は多岐にわたっていた。
宗派は問わぬ道場であったが、そこに修行とはいえ尼僧までも受け入れるとは、
じつに面妖な話しであった。
何か裏の、人に話せぬ事情があるのかも知れない。
「次に老婆と赤ん坊に関してですが、『自分達は追うので手一杯であるから、
できれば代官所で調べてはくれないか』、という孔雀からの伝言です」
「うむ、こちらで調べてもいいが、何か取っ掛かりはあるのか」
「寺の古老達に聞き回るしかないようです。如何いたします」
 広重はちょっと考えただけで、答えを出した。
「よし、やってくれ。その間は代官所に顔出ししなくても構わん」
「承知いたしました」
 広重は神子上の背後の典膳に目を向けた。
「どうだ、事情は飲み込めたか」
「はい」
 念押しをした。
「しかとか」
「はい」
「孔雀は佳い女だ、見たいか」
 典膳は若いだけに、広重の問いに詰ってしまった。
「それは・・・」
 広重がキツイ目で睨む。
「老婆が好みか」
 典膳は正面から広重の視線を受け止めた。
「立ち会ってみたいです」
「よし、お前にも一仕事して貰う」

 森の中を、先頭を切って走っているのは孔雀。
見た目はか細いが、足運びも腕の振りも力強い。
口を噛み締めながら、先を急いでいた。
彼女に三人の僧が従っていた。
 孔雀は前方から風に乗ってくる臭いに気付いた。
微かにだが、人の焼ける独特の臭いだ。
 足を止め、前方の気配を読む。
従っていた三人も臭いに気付き、身構えた。
 孔雀等は連絡の途絶えた仲間の僧四人を探し回っていた。
暴走せぬように言い聞かせてはいたが、どうやら最悪の事態のようだ。
 怪しい気配が感じられないので、再び駆けた。
臭いが次第に強くなってきた。
 森の中の一隅に、小さな小屋。
土地の猟師が建てた物であろう。
 その周辺に争いの痕跡が見つかった。
あちこちが焼け焦げ、今なお燻ぶっていた。
 体格のよい僧が小屋の粗末な戸板を蹴破り、中に飛び込んだ。
止める間も与えない素早さ。
だが、誰もいない。
 小屋から少し離れた所を探すと、人間の遺体が次々と見つかった。
ちょうど四人。真っ黒焦げだ。
焼けてはいるが、背格好は仲間の僧四人に似ていた。
 どうやら小屋の中にいた老婆と赤ん坊を、自分達だけで奇襲しようとして、
逆に返り討ちに遭ったらしい。
 孔雀は焼け跡を確かめた。
痕跡の大きいのは老婆の火球によるものだろう。
そして小さいのが倒された僧達による火術。
老婆の火球は、僧達の火術に比べ段違いの破壊力を示していた。
 と、凄まじい殺意を背中に感じた。
振り返ると、森の陰より火球が飛び出してきた。




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