【大分・臼杵市】安土桃山時代の慶長五年(1600)、円誉上人を開山として稲葉家初代藩主・稲葉右京貞通が創建した。 浄土宗総本山知恩院の末寺。
本堂は明治十年(1877)の西南戦争で焼失したが、三重塔と山門は焼失を逃れ無傷で残った。
三重塔は10年の歳月をかけて江戸時代の安政五年(1858)に竣工され、塔内に聖徳太子像を祀っているので「太子堂」とも呼ばれている。 またこの塔は、九州に2つしかない江戸期の木造三重塔のひとつとして知られる。
龍原寺は臼杵川と並走する33号線が緩くカーブした位置にあり、住吉橋付近を進んだあたりから三重塔が目に飛び込んでくる。 悠然と聳える重厚な三重塔はまさに城下町のシンボル的存在....また、三重塔を含めた龍原寺の諸堂の佇まいは、なんとなく古都・京都を思い起こさせる。
白壁に囲まれた境内は広くないが、33号線の喧騒にも関わらず山門をくぐると落ち着いた雰囲気が漂う。 均衡のとれた美しい姿の三重塔....時間を忘れるほどにジックリと拝観させて頂いた。
何故か、軒下の四隅で歯を食い縛りながら、しっかりと軒を支える邪鬼たちの姿が印象に残った。
龍原寺のほぼ全景(門前道路の反対側から撮影)
切妻造本瓦葺で袖塀を有した江戸時代建立の山門
白い築地塀に囲まれた諸堂 山門を通して奥に本堂が見える
白壁に囲まれ、三重塔が風格が醸し出している龍原寺
入母屋造本瓦葺の本堂
本堂..大きな向拝前に笠付き仏塔と小さな石燈籠が立つ 南無阿弥陀仏が刻まれた仏塔
本堂向拝の遠景 本堂向拝の虹梁に2つの斗〇(木偏に共)が乗り龍の彫り物
境内から眺めた三重塔
三重塔..江戸時代後期安政5年(1858)建立で、桟瓦葺(各屋根の中央2列は本瓦葺)、相輪を含めた塔高は21.8m
各層に組高欄を設けている
初層の四方は禅宗様の桟唐戸と和様の連子窓
初層の軒は扇垂木で組物は三手先..四隅の軒下で軒を支える邪鬼
三重塔の近くに建つ地蔵堂
地蔵堂内に鎮座する地蔵尊像群(半跏坐像もある)
瓦葺屋根の拓蔵稲荷大明神と入母屋造桟瓦葺の鐘楼..朱色の鳥居のある拓蔵稲荷大明神
本堂と庫裡の間にある唐破風の建物は玄関か/庫裡
龍原寺の全景
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